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624 名前:駄文太郎 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 12:56:58 ID:hAxv5OGB
「中等部から引き続き高等部へやって来た諸君、久遠坂学園高等部へようこそ。新たに久遠坂学園にやって来た皆さん、久遠坂学園高等部へようこそ。生徒会長の久坂誠一です」
 ホール内は生徒会長の誠一の声のみが響き渡り、それ以外の音がたつことを許さないような雰囲気にある。
「私はあまり饒舌ではありません。そして皆さんもご老体の方々の長い話で疲れているでしょうから手短に話しましょう」
 瞬間、生徒たちの間から笑い声が漏れる。
 舞台脇の来賓、学園長、一部の教職員は顔をしかめているが、どうやら大半の教員も誠一の意見におおむね同意らしい。苦笑を浮かべている。
「高校生とは、社会からも、同世代からも大人とも子供とも認められる微妙な立場です。ゆえに今この瞬間でしか得られないものがあります。どうぞ、それを見つけてください。皆さんの高校生活に幸あらんことを――以上です」
 一礼し、来賓と教員にも静かに頭を下げてから、舞台袖へ戻る。
 その一連の様子を眺めながら誠二は微妙な表情を浮かべていた。
 隣の女子生徒が、自分の隣に居る男子生徒の具合がよくないと思ったのか話しかけてきた。
「ねえ、調子悪いなら先生に言って保健室に行ってきたら?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
 と、小声で応じる誠二。
 なにしろ彼が苦虫を噛み物したような何とも表現しがたい顔をしていたのにはわけがある。
 あの生徒会長だ。彼の兄、久坂誠一は久坂誠二にとって目下最大のコンプレックスであったりする。
 女子生徒は大丈夫だと言い張る誠二を無表情な顔で眺め続けていた。


625 名前:駄文太郎 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 12:57:51 ID:hAxv5OGB
 ところ変わって入学式終了後の教室。
 誠二は自分のクラスに戻っていた。
 黒板で場所を確認して、自分の席に座る。
 しかしそれと同時にもう一つ、やって来るものがあった。
「俺、雪下弘志(ゆきした・ひろし)っていうんだ。よろしくな、生徒会長の弟」
「……………」
 いきなり勝手に自己紹介されて驚く誠二。数秒間のフリーズの後、
「ああ、うん。よろしく。でも兄さんを引き合いに出すのは止めてほしいかな」
 引きつった笑みで、しかしながらはっきりと言い返す。
 弘志は何が面白かったのかお腹を抱えて笑いだした。
「あはははは! お前って本当に面白い奴だな! いやあ、噂通りで良かった良かった」
 何が良かったというのだ。
 誠二は胸中で呟く。
 こっちは入学式早早から兄のカリスマ性に当てられて憂鬱な気分だというのに、ここでさらに兄を引き合いに出されてその上面白いとまで言われた。
まったくもって失礼な奴だ。
 何か文句を言ってやろうと口を開きかけた誠二だったが、それをいち早く察した弘志が制するように喋る。
「いや、気に障ったんだったらスマン。けど、お前とは無条件で仲良くなれそうだ」
「はあ?」
 突然何を言い出すのか、と誠二が首をかしげていると、今度は別な場所から声が飛んで来た。
「弘志はそうやって人に絡んでくのが好きなんだよ。弘志もいい加減にしとけよなー」
 わらわらと数人の男子生徒が集まって口々に弘志のあれやこれやを言い始めた。
 曰く、その絡み方はいやらしいから止めとけ。
 曰く、あんま人を困らせんじゃねえよ。
 曰く、こいつは情報通だから気になるあの子の情報がほしい時は活用しろ。
 それに対して弘志はおいこら変なこと言ってんじゃねえよ、と笑いながら掴みかかっている。が、じゃれあい程度のそれは友達同士が下らないことをし合っている様子そのものだ。
「あーっと、僕は久坂誠二。兄さんが個々の生徒会長なんだけど、コンプレックスだから引き合いに出すのは止めてね」
 困ったように自己紹介を始めた誠二に、弘志を中心に集まった男子生徒たちが驚いたように静かになる。直後、本日三度目の大爆笑を頂く羽目になった。
「なっ……! 笑うなよ!」
 しかし誠二の抗議はすぐに無視される。
「なー? 面白い奴だろ?」
「あっはっは。わりぃわりぃ」
「けど自分からコンプレックスだから言うな、なんて普通言わねえだろ」
「うっ……仕方ないだろ。僕だって言いたくはないけど、絶対に引き合いにだされるんだから牽制しておいて損はないじゃないか」
「まあ、そうだけどよお」
 くつくつと笑い続ける弘志達を見て誠二は思う。
 こんな連中ならなんだかんだでやっていけるかもしれないと。
 しかしそんな新たな友人たちとの楽しい時間も終わりを告げる。
「ねえ、そこ私の席なんだけど、どいてくれないかしら」
「ん? ああ、わり……ぃ…………な……?」
 男子生徒が後ろを振り向き謝ろうとして、そこにいた女子生徒の姿に驚いたように固まる。
「私の席だから、どいてくれない?」
 その女子生徒は普通ではなかった。絹のような透き通った輝きを持つ銀色の髪の持ち主だったからだ。
 そのあまりの異質さに、弘志たちは凍りついたように固まっている。
 しかしやはり白銀の髪を持つ女子生徒は、席に座れないから男子にどくよう告げた。
「あ、ああ。スマン」
 慌てて男子生徒の一人が離れる。
 それが合図だったのか、男子は口ごもりつつ三々五々に散って行った。
 弘志は唯一、「じゃ、またあとでな。誠二」と言って片手でスマンと謝って離れて行った。


626 名前:駄文太郎 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 12:58:47 ID:hAxv5OGB
「また、隣だね」
 まるで聞き耳を立てる者がいなくなったのを見計らったかのように女子生徒が誠二に話しかけてきた。
「ん? あー、どこかで会ったっけ?」
 少女の異質さに気づいていないのか、それとも気にしていないのか、のんきにそんなことを尋ねる誠二。
 声は聞いたことがあるようだが、こんな綺麗な銀色の髪をした女の子がかつていただろうか。
 女子生徒は無表情のまま誠二の顔をまじまじと見つめて一言。
「へえ。私を見て、何とも思わないんだ」
「いや、その髪の毛、綺麗だなーって思うだけだけど…………どちらさん?」
 女の子はちょっと驚いたような表情を浮かべた後、軽く咳払いした。
「んんっ。入学式の時、誠二君は私の隣に居たのよ?」
 言われて、確かに隣の女の子に話しかけらたような気がする誠二。
 なにしろあの時はそれどころではなかったのだ。覚えていなくても仕方がないと自分に言い訳する。
「あー、かもしれないね」
「でしょ? で、私は紬原友里(つむぎはら・ゆり)。そして私は貴方が好きです。愛してます。だから付き合ってください」
「……………は?」
 今、紬原は何と言った?
 その疑問は誠二のみならず教室全体が抱いたものだった。




「――さて、この学園での生活についはこれでいいな? …………よし。それじゃあ次行くぞ。お待ちかねの委員会決めだ」
 無精髭がトレードマークの担任、田所常人はそう言って黒板に委員会名を次々に書いていく。
 しかし大半の生徒たちは集中していないようだ。所々でひそひそと話しているが、どの委員会にするかという内容でもない。
 彼らが一番注目しているのは窓側の席、隣どうしに座っている二人。
 久坂誠二と紬原友里だ。
「さて、委員会はこんなもんだな……って、お前らどうしたんだ?」
 田所のその一言に皆、我に返る。
 そしてワンテンポ遅れる形でどの委員会にしようか話し合い始めた。
 新入生らしかぬその珍妙な様子に首をかしげる田所だったがとりあえず問題はないようだと判断してブラックボードの脇に移動する。
「委員会、か」
「ねえねえ、誠二君はどれにする?」
 ポツリと呟いた誠二に、いきなり友里が話しかけてきた。
 先ほどのこともあり、その勢いに思わずのけぞりそうになる誠二だったが、それでは相手に失礼となんとか耐えきる。
「うーん、どれにしようかな」
 クラスメイトたちが、話しながらもこちらに聞き耳を立てているのは明らかだ。
 なんだよこの空気はコンチクショウと悪態をつきたいところだが恥を晒すのはプライドが許さないので我慢だ。
「じゃあ図書委員にでもしよう、カナー…………」
 お前らなんだその空気読めみたいな視線は!
 ちらちらと二人――主に誠二――に寄せられる眼差しは間違いなく失望の色をはらんでいた。
 図書委員は各クラスから一人選ばれる。この学園は二期制で、他の委員会のように半期ごとに新しく委員を選出するのではなく一年を通して行われるというちょっと異質な役職だ。
「それじゃ一緒になれないよ。だから保健委員にしよ?」
 友里の一言に迷う。
 純粋に本が好きだから図書委員になりたいのだが、どうにも周りがそれを許してはくれないようだ。
 その時、一人の男子生徒が「じゃあ俺図書委員でもすっかな!」とあからさまに言って、黒板に自分の名前を小学生でもあるまいにと思うくらい大きく書いた。
 それに続くように我も我もと書き込み始める。
「…………じゃあ保健委員、やろっか」
 恨むぞクラスメイト諸君よ。
 隣でうっすらとほほ笑む紬原さんがいたのは気のせいだろう。


627 名前:駄文太郎 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 12:59:22 ID:hAxv5OGB
~~放課後~~
「おーい、誠二。ゲーセン行こうぜ」
 のんきな声を出しながら弘志が誠二のもとに歩み寄る。
「あー、うん。いいよ」
 二つ返事に了承する誠二だったが、隣では友里がいつもの無表情の下に怒りを帯びているせいか、どことなく恐ろしい雰囲気が漂い始めた。
「ねえ、誠二君は私と一緒に帰るの。だから割り込まないでくれる?」
 ナニカッテニヤクソクシテタコトニスルンデスカアナタハ。
「え? あ、そ、そうなの? あー、いや、なんつうかスマン」
「ううん、分かってくれればそれでいいよ」
「……んじゃ誠二、また今度、な」
 そう言ってササッと離れて行く弘志に誠二は胸中で突っ込みを入れる。
 我が友よ、そこは戦略的撤退を決め込むところではないぞ。
 友里はと言えば、あの恐ろしい雰囲気は消えてはいるもののやはり無表情だ。
「それじゃ、行きましょ」
 選択肢が残されていない誠二は、彼女に連れられて行くしかなかった。
 校舎を出て、他の生徒たちに混じって下校する。しかし彼女の髪が異質さを際立たせているために、注目の的に晒されてしまうのだけは御免だった。
「えーっと、紬原、さん?」
 集中する視線に耐えきれず、彼女の名を呼ぶ誠二。
 しかし呼ばれた本人は無表情であるにもかかわらず、なぜか誠二には不満げに見えた。
「名前で呼んでほしいな」
「うっ……ごめん、恥ずかしいから無理」
 女の子を名字ではなく名前で呼ぶことで掻き立てられる羞恥心への耐性がない誠二にとって、無理難題に等しい要求だ。
 話を逸らすために、誠二は疑問に思っていたことを口にした。
「ところで、どこに向かってるの?」
「……はぐらかしたわね」
 一瞬ドキリとする誠二。
 だが友里はそれ以上言うことはなく、彼の疑問に淡々と答えた。
「私の部屋よ」
「あ、そうなの」
 どこかに遊びに行こうというわけでもなく、どこかに食べに行こうというわけでもなく、単に友里の部屋に行くという答えに誠二は、友人の話に相槌を打つ程度の気持ちで返した。
 まあ女の子の部屋に初めて行くのだから、色々とあらぬことを思い浮かべてしまうのが普通なのだろうが、生憎と誠二はそういったことにあまり興味がなかったりする。
 二人はまたも無言になり、衆目の的となりながら友里の部屋へ向かうのだった。


628 名前:駄文太郎 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 13:03:32 ID:hAxv5OGB
~友里の部屋~
 彼女は学生寮住まいらしい。
 女子寮だというのに男を招いても良いのかと疑問に思うところではあるが、寮則では特に決まっていないから問題なのだという。いや、寮則を読んだことがないから彼女が嘘を言っているのかもしれないが。
 まあ高等部の校則で不純異性交遊を禁じているから問題ないと判断している可能性はあながち否定できないのかもしれない。
「うーん」
 それにしても、と誠二はぐるっと周囲を見回す。
 友里の部屋は典型的な学生向けの部屋だ。玄関から入ってすぐのところにキッチンがあり、その反対側にはトイレと風呂が分離して設置されている。
 ユニットバスはビジネスホテルなんかに泊まると良く見るが、あれを毎日使うとなると多少なりの抵抗感がある。この学生寮は結構細かい所まで配慮がなされているようだ。とはいえ学生寮らしく部屋は狭いのだけれど。
 勉強机の他に本棚、クローゼット、ベッド、それに脚の低いテーブルが一つ。ファンシーグッズだのヌイグルミだのといった、なんだか想像していたものと違うようだけれど、まあこれもまた殺風景な女の子の部屋の典型なのだろう。
「お待たせ。コーヒーでいいよね?」
「ああ、うん」
 台所から友里がコーヒーを盆に載せてやって来た。
 ちなみに誠二はホットのブラックコーヒーが大好きだ。アイスコーヒーは苦味が強く、砂糖を入れればコーヒーそのものの味を損なう。だから苦味が穏やかになるホットコーヒーをノンシュガーで飲むのが癖になっていた。
 それを何も聞かずして淹れるあたり、彼女は超能力者なのだろうか。
「あれ? もしかして私が誠二君の好きな飲み物用意したのにびっくりした?」
「あー、うん。まあね」
 考えている事まで見抜くとは、紬原友里、なんて恐ろしい子……!
「そんなこと一度も言ってないからさ、びっくりしたよ」
 驚いている割にはのんびりとした口調だが、これでも誠二はかなり驚いている部類に入る。
 しかし友里はどこか気に障ったのだろう。なぜか唇を尖らせている。
「私たちが始めて出会ったの、いつだか覚えてる?」
「…………? 今日の入学式じゃ――」
「違うわ。去年よ。去年のクリスマス・イヴ」
 誠二の言葉に覆いかぶさるように、強く『出会った日』を口にする友里。
 しかし――というか当然のように誠二は戸惑う。
 去年のクリスマス・イヴと言えば色々と、本当に色々と忙しかった記憶しかない。
 なにしろ高校受験を間近に控え、単身赴任で二人とも別々の場所に飛んでいる両親からなぜか勧められた進学塾に通い詰めていた日々の一コマであれば良かったのに、あのクリスマス・イヴだけは違った。
 珍しく雪が降ったなあと思って普段通り塾から自宅へ徒歩で帰宅している最中だった。信号待ちをしていた時、降り積もった雪にハンドルを取られた乗用車がスリップ、さらにバスが一台そこに突っ込み、通行人を巻き込んでの大事故に発展した。
 運悪く事故に巻き込まれて病院送りにされたのは懐かしい記憶だ、受験に影響が出るんじゃないかと気が気ではなかったのは恥ずかしい思い出だろう。しかし、どうして怪我をしたんだったか。
 確か――女の子が衝突した余波でこっちに方向を変えたバスに押し潰されそうになるのを助けて……助、けて…………?
「あ、その顔は分かったみたいね」
「もしかして、紬原さんあの時僕が助けた子?」
「そうよ」

629 名前:駄文太郎 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 13:05:18 ID:hAxv5OGB
 まるで当然と言わんばかりにごくあっさりと、誠二の疑問に肯定する友里。
 ここで誠二は完全に思いだした。
 友里を助けたものの病院に運ばれ、気づけば彼女も隣のベッドにいたのだった。
 事故が縁を呼んだというべきか、隣同士ということで仲良く話していた気がする。
 じゃあ好きなものとか知っててもおかしくはないのか。
「ああそれよりも、助けようとしたのにあの時は怪我させちゃってごめん」
 そう言って誠二は頭を下げる。
 退院してから、少女を助けようとして逆に怪我をさせてしまったのは自分のせいだが、死ななかったのも事実であって、けれどもそれを口実に怪我が暗黙のうちに許されるわけがないと誠二は自己嫌悪に陥っていた。
 なんとなくその場の勢いで謝罪してしまったものの、なんだか胸のつかえが一つ降りたような気がする。
「そんな……誠二君が助けてくれなかったら、私、死んでたんだよ?」
 友里は頬を朱に染めている。
 初めて感情を帯びた顔の彼女に初々しさと可愛らしさを感じる。
ついでに言えば、こっちまで恥ずかしくなってしまいそうだ。
「いや、うん、まあ。でもやっぱりけじめみたいなものが必要かなって思うんだ。だから謝罪だけでも受け入れてほしい」
 そう言って正座したまま頭を下げる誠二に、友里は少しの間黙考する。
「…………じゃあ、謝る代わりに私のお願い聞いてくれる?」
「お願い?」
 代わりにお願いとは一体どういうことか。
 誠二はオウム返ししていた。
「そ、お願い。私のお願い、聞いてくれるなら許してあげるよ」
「分かった」
 けじめのつけ方が彼女のお願いを聞くことに変わっただけだ。誠二は頷いて同意した。
 友里は一度目をつぶり、深呼吸をする。
「誠二君、私は誠二君が大好きです。愛しています。だから、結婚してください」


630 名前:駄文太郎 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 13:07:34 ID:hAxv5OGB
「誠二君、私は誠二君が大好きです。愛しています。だから、結婚してください」
 目を開いて、一気に言いきった。
 その言葉を聞いた誠二はと言えば、
「…………」
 あまりの超展開さについて行けなかった。
「け、結婚?」
「そう。私は誠二君が好き。そして誠二君も私が好き。だから結婚する。おかしくないでしょ?」
「いや……前提が間違ってるような気がする」
 先ほどの友里の言葉を思い出しながら、その意味を咀嚼しながら誠二は慎重に言葉を選ぶ。
 ここで間違えたら、何かが終わる。
 紬原さんに限ってそんなことはないけど、何か嫌な予感がする。
「幾つか確かめておきたいんだけど――」
「なにかな?」
 質問を言う前に言葉を滑り込ませる友里。
 その机に身を乗り出してこちらに迫ってきそうな勢いに蹴落とされそうになりながらも、誠二は慎重に口を開いた。
「どうして、紬原さんと僕が相思相愛だって言えるの?」
「簡単なことよ。誠二君は私を助けてくれた。つまりそれは私を愛していたから。愛する人が消えるのが耐えきれなくて助けてくれた。そして私は誠二君に助けられて、そこで始めて貴方の気持ちに気付いたの。だから相思相愛。何か間違ってる?」
「間違いありまくりです」
 と言いたかったが言える雰囲気ではない。友里は身を乗り出してこちらの瞳を覗き込むように喋っているが、彼女の雰囲気はどこかおかしい。焦点が合ってないようにも思える。
「じゃあ次どうして結婚なの?」
 今度は割り込ませないために一気に言う。
 すると友里は殊更嬉しそうに明るい顔をして語り始めた。
「だって、相思相愛なら別に交際する必要なんてないじゃない。そんなもの、ただのお遊びのお付き合いだもの。それに時間の浪費だわ。より深く愛しあうために、今すぐ結婚するべきなの」
「…………」
 まさか紬原さんがこんな人だったとは、驚きである。
 だが誠二は友里が嫌いというわけではない。他の女の子と比べると異質だし(主に髪の毛が)、こんなぶっ飛んだ性格をしているが、誠意は確かに彼女に惹かれていた。
 だからこそ、と誠二は考える。
「僕も、多分紬原さんのことが好きなんだと思う。けど、それがラブなのかライクなのかまでは正直分からない。それに僕たちはお互いのことをほとんど知らない。だから、紬原さんの申し出は受け入れられない」
 そこで一旦言葉を切り、一呼吸入れる誠二。
 友里は嬉々とした表情から一変して、戸惑うような驚いたような微妙な顔をしている。
「だから、友達から始めよう」
 稚拙な結論は、多くの後悔を生む。
 物心つく頃から周りの大人たちを見ていて、誠二は漠然とそう考え、自分はそうはならないようにしなければと思っていた。
 それゆえの提案だったのだが、友里は俯き、静かに問いかける。。
「どう、して……? どうして、なの……?」
「だから、僕たちはお互いのことをよく知らないから――」
 この、今にも泣きそうで震えているか細い声。こちらに非があるような気がしてならない。
 誠二は罪悪感を覚えつつも、確固たる意志をもって理由を伝えた。が、どうやら友里にとってそれは説明のうちに入らないらしい。
「どうしてそんなこと言うの? 私たちは相思相愛なのよ? 愛の前では、なにものもひれ伏すのよ?」
 つまり性癖だろうと見ていて胸糞悪くなるような行いだろうと全て受け入れられるということか。
 そんなものは御免だ、と誠二は首を横に振る。
「なんで? どうしてなの? 
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして」


631 名前:駄文太郎 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 13:08:16 ID:hAxv5OGB
 呟きがまるで呪詛のように聞こえる。
 能面のような顔で同じ単語を繰り返し呟かれることで掻き立てられる寒気や恐怖といったものが実際こんなものだと感じてしまうことに、空恐ろしいものがあるがそれ以上に誠二はこの状況で意外と動じていない自分に軽く驚いている。
 いや、怖いものは確かに怖いのだが。
「落ち着いて、紬原さん。お互いのことをもっとよく知ってからじゃないと、すぐに結婚なんて、無理だよ。必ずどこかで歪みが生じるんだから」
「そう……そうなの…………」
 誠二の言葉にピタリと静まった友里は納得したような言動を匂わせる。
理解してくれたか、と安堵した誠二だったが、友里はいきなり声高に笑い始めた。
「ふふ、うふふ……。あはははははははははははは!」
 さすがの誠二もこの狂行には半歩引いた。
 ゆらり、と上半身を揺らして友里が立ち上がる。
「そういうことなんだね。誠二君、もう付き合ってる女の子が、ううん、無理矢理付き合わされてる子猫がいるんだね? だから私の想いが受け取れないんだよね?」
 彼女と、目が合う。
「……っ!?」
 その瞳に映るは狂気。
 次の瞬間、視界が大きく揺らぎ、気がつけば、机を挟んでいたはずの友里の顔がすぐ目の前にあった。
 飛び込んできた友里に押し倒されたのだと理解した時に、誠二の唇に生温かいものが触れた。抵抗する間もなく、歯茎を何かぬめっとしたものに蹂躙され、次いで口腔内へ侵入される。
 そこでようやく自分が何をされているのか気づいた。
 キスをされているのだ。それも、ディープだ。
 しかしここまで唐突過ぎると、色気も情緒もあったものではない。むしろ嫌悪感がこみ上げてくる。魅惑的な雰囲気に呑まれそうになったのは気のせいに違いない。
「んんっ!」
 女性に手を上げるのは甚だ不本意であるが、緊急事態だ。
 誠二は無理矢理友里を引き剥がした。
 直後、息苦しさが急にこみ上げて激しく咳き込んでしまった。
 ディープキスをされている間、呼吸ができていなかったと初めて気がつく誠二。
 あのままされていたら、と少し背筋がぞっとした。
「ゴホッ! ゲホッ! 紬原、さん……、今日のことは、口外しません。……僕は帰ります」
 努めて冷静に言い、踵を返す。
「あ……待って! 待ってよ誠二君!」
 友里の悲壮感を帯びた叫び声を背に受けながら、誠二は足早に彼女の部屋を去った。