635 名前:ヤンデレホテルへようこそ 後編 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 22:57:39 ID:mmBBP9Yf
ミスター・クレセントの笑みを見て、オリヴァー・フォレストはグラスをあおった。
それにしても、このラウンジはずいぶんと薄暗いとオリヴァーは思った。
明かりが見えたのは玄関先だけで、彼らのいるラウンジはムードを出すためか照明を落としている。
まるで、人がいることを外にアピールするかのように。
まるで、中の見られたくないモノを隠すかのように。
思えば、この宿の人間は胡散臭い連中ばかりだ。
無愛想な従業員。
SMまがいの格好の女。
そして、舞台の役者のように振舞って素の部分を、本心を見せないオーナー。
―――もしかしたら、自分はとんでもない所に来てしまったのかもしれない。―――
ふと沸き起こったゾッとするような思いつきに、考えすぎだろうとオリヴァーはかぶりを振り、改めて話し始めた。
自身の、そして三条エリという女性の物語を。
636 名前:ヤンデレホテルへようこそ 後編 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 22:58:03 ID:mmBBP9Yf
エリを落としてからはチョー最高だったね。
俺は留学生仲間から「畜生、上手いことロリ巨乳(英国人基準)をゲットしやがって」という視線を向けられ、エリは学生仲間から「上手いことセレブを捕まえやがって」という視線を向けられまくった。
殺意さえ覚える視線だったが、俺はそう言う妬み嫉み羨みの視線が大好きだ!(実際、エリは大学で随分嫌がらせを受けていたらしいと後に知った)
ただでさえ外国人(俺ら)は日本じゃ目立つし、俺の小遣いをつぎ込んでコーディネイトしたエリは相応にキレイに見えた。
だから、自然、俺とエリは街中でも目立つカップルとなった。
人々からの注目は、俺の自尊心を満足させてくれた。
何より最高なのは、エリからの評価だった。
コイツ、俺らに注目が集まるのは100パー俺のおかげで、本気で自分は俺のおまけだと思っていた。(大体あってるがな)
だから、エリは俺の言うことを何でも本気にした。
それ以上にエリは俺のことを本気で尊敬していた。
「オリヴァー様は本当に素晴らしい方なのですね」
「オリヴァー様は本当にハンサムなのですね」
「オリヴァー様は本当に正しいのですね」
「オリヴァー様は本当の本当に優しいのですね。
いやー、コレ全部本気で言ったんだぜ、エリ。
マジだった。
目がマジだったもん。
今まで俺と付き合った女は逆立ちしたってこんなことは言わなかった。
俺から金を引き出すためのお世辞や太鼓もちをすることはあっても、エリほど本気で俺を凄いと思ってた女はいなかった。
いやまー高笑いが止まらんかったね。
え、何をやりやがったのかって?
車を乗り回したり、映画館を貸しきったり、夜景の綺麗なレストランで昼飯食ったり…。
ああ、そうそう。
エッチは飽きるほどやったっけなー。
最初はエリも初心で…つーか処女だったから、イロイロきつくて固かったが、繰り返しヤッてる内にこなれてきた。
繰り返している内にアイツも上手くなってきて、気持ちよすぎて、何回ナカに出したか覚えて無い位だ。
帰る頃には、これ以上無いって位相性が良かったんじゃねーの?
まぁ、ある日エリが部屋に居ついたのは驚いたがな。
何でも、親父さんがカタブツで、俺との関係があーだこーだ言ってエリを追い出したらしい。
あと、よく話題に上がったのは、俺の故郷のことだった。
中華が旨いとか女はうるさいとかそんな益体も無いコトばっか話してたような気がする。
エリは笑顔で聞いてるんだが、時々ミョーに塞ぎこんだツラをしたものだった。(何だったんだ、アレ?)
そんな日々も、長くは続かなかった。
終わりを告げたのは、親父からの一本の電話だった。
637 名前:ヤンデレホテルへようこそ 後編 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 22:59:16 ID:mmBBP9Yf
「良いニュースと悪いニュース、どちらから聞きたい?」
その日、俺の部屋に電話してきた親父は挨拶もそこそこにそう切り出した。
勿論、良いニュースから聞くことにした。
好きなものは先に食うタイプだからな。
「アイザーン社って知ってるだろ?日本のオニゴミヤ社ともでかいパイプ持ってる会社」
そりゃ知ってるに決まっている。
アイザーン社は海外向けの茶葉の輸出業でかーなーり儲けてる企業だ。
その稼ぎ振りは、多大な社会貢献を理由に社長が爵位を賜ったほどだ。
その会社の社長や家族とは何度かパーティーで会ったことがある。
「そのアイザーン社の社長がお前のことを聞いて、是非娘さんを嫁にもらって欲しいっておっしゃっていた」
「…ってえと?」
「お前は美人の嫁さんと今以上のリッチ生活、それに将来の就職先の更なる利益をゲットできるってわけだ」
そらまたどれもおいしい話だった。
ウン、『将来の就職先』って親父の経営する会社だよな?
「…って政略結婚って奴じゃねーか!」
「それが何か?」
臆面も無く言い切る親父。
ま、そうなんだがな。
業界じゃ珍しくない話だ。
日本だって接待だ何だってやるのと同じようなもんだ。
「アイザーン社と組めればとんでもない利益が見込める。そういうプロジェクトがある。それに、お前だってマイケル・ジャクソン並の贅沢ができるんだ。誰にとっても悪い話じゃない」
あの蝶豪邸暮らしは憧れるモンがある。
実際、アイザーン社長は英国内にいくつもの豪邸を持っている。(この街にも)
中には、それこそマイケルの豪邸(ネバーランド)ばりのシロモノもある。
あんな豪邸で、ハリウッド映画の悪役張りに女を侍らせてワイングラスでもくゆらせて高笑いしたら最高だろうなぁ。
「その話乗ったぁ!」
「それでこそ俺の息子だ!」
電話越しにグッと親指を立てあう俺たち。
「おし、そう言う事ならすぐに飛行機を手配しろ!結婚式の打ち合わせがある。半月以内に実家(コッチ)に戻って来い。『1人』で」
「おっしゃオッケー!……って1人で?」
最後に随分と強調された一言に引っかかり、俺は言った。
「そうそう。悪いニュースってのはそっちだ。お前、そっちで随分と爛れた性活を送ってるらしいじゃないか」
「性活って…まぁ大体あってるけど」
親父らしくも無い、もって回った言い回しだが、どうやらエリとのことらしい。
「別に、アイツとは『ケッコンをゼンテーに』なんていうほどマジじゃないぜ?」
そもそも、俺らの関係ってマジで恋人同士なんだろうか?
ご主人様と太鼓もち、&or性奴隷ってのが一番近い気がする。
「そうかそうか、なら良いんだ。実は、俺もアイザーン社長も、お前が日本の(自主規制)と交際してるってハナシを聞いたモンでな。それがちーっとネックになってたワケよ」
「ネックつーと?」
「アイザーン社長曰く、互いに遊びだと割り切ってるなら良いが、お前がその日本人に対してもし万一少しでも本気だってのなら娘をやれんと」
「つまり?」
「その日本人とサクっと別れてこい。可及的速やかに後腐れなく。間違っても連れてこよーなんざ考えるな。ンでもって二度と接触しないようにしろ。俺と違ってアイザーン社はスキャンダルとかに過剰反応するから」
要は、エリとはこれっきりってことか…。
ちょっと惜しいよなぁ。
俺の嫁、アイザーン社の娘とは前に話したことはあるにはあるが、余所行き0円スマイルの裏にそこはかとなくツンケンしたオーラを感じた。
それに比べて、エリはうるさくないし、素で太鼓もちもできるし、ストレス解消にもなるし、床上手だし、何よりミス・アイザーンより胸がでかい。
ボインちゃんなのは男としてはずせないポイントだ。
でも、会社のためにも、何より俺のセレブ生活のためにも、アイザーンの金は欲しい。
これは外せない。
638 名前:ヤンデレホテルへようこそ 後編 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 23:00:15 ID:mmBBP9Yf
「なぁ、親父、その日本人を愛人にするとかは駄目?」
「駄目」
「じゃあ囲うとか」
「駄目、って言うか同じだろ」
「性奴隷」
「現代に奴隷制は無い」
「ハーレム」
「無理」
「雌犬」
「人権団体を敵に回す気か!」
「んじゃあ雌豚」
「阿呆か!」
そんな説得(?)かれこれが15分ほど続いた後、俺は爽やかな笑みを浮かべて言った。
「ンじゃあ、サクっと別れておくわ」
「おう、未来永劫別れてこい」
そう言って、俺は電話を切り、最初から『隣にいた』エリに目を向けた。
「ンで、エリ…」
何かを言いたそうに口をパクパクしている彼女の台詞を先取りして言ってやろう。
「示談金は、いくら欲しい?」
エリは、何も言わなかった。
639 名前:ヤンデレホテルへようこそ 後編 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 23:00:42 ID:mmBBP9Yf
まぁ、とにかく俺は晴れて、アイザーン家の別荘のあるこの町のセレブな教会でセレブな婚約者とセレブなウェディングを迎えたわけよ。
花婿衣装の俺、マジイケメンだったぜ…。
それが今日の話。
そして、その夜セレブ婚約者改めセレブ妻(なんかエロいなこの表現)と結婚初夜となるはずだったわけ。
初夜、すなわち処女。
ナデシコみたくどう染め上げてやろうかとワクテカしながら俺は妻の部屋に向かった。
部屋には艶っぽい顔の妻が笑顔で待っている。
そう期待していたし、その筈だった。
「…お待ちしておりました、オリヴァーさん」
俺が妻の部屋に入った瞬間、その期待は破られた。
開け放たれた窓。
ダイレクトに聞こえる雷鳴。
荒らされた部屋。
血を流す妻。
そして、
ナイフを持ったエリ。
正直、ワケが分からなかった。
ワケが分からなくて分からなすぎて、
「何でお前、そこにいるの?」
そう聞くのがやっとだった。
「…ほめてください、オリヴァー様」
それが、エリの言葉だった。
答えですらねぇ。
「…今、オリヴァー様をたぶらかした女狐を退治していたところなんです。全部全部全部この女狐が悪いんですよね?そうでなければ、優しい優しいオリヴァー様が私を捨ててしまうはず無いんですもの」
そんな設定は無ぇ!とツッコミを入れられるふいんきじゃ無かった。
むしろ、一言さえも言えないような威圧感を感じたね。
虚ろな目で、手に血まみれナイフ持って口だけしか笑っていない。
俺の知るエリとはまるで別人だった。
「ずっとずっとずっと寂しかったんですよ、オリヴァー様?」
俺のことを半ば無視して一方的に言葉を投げかけるエリ。
「何も言わずに私を捨ててどこかへ消えてしまうのですから。この女狐との挙式を知ったときは、正直何度死んでしまおうかと思ったことか」
袖をまくり、白い腕に付けられたいくつもの切り傷を見せ付けるエリ。
「けれど、気づいたんです。私とオリヴァー様の障害をすべて排除してしまえばいい。そうすれば、私は幸せになれる。オリヴァー様も私との約束を破ることも無くなる」
約束?ああ、コイツと添い遂げるとか言ったような言わなかったような。
「それにしても、この世界には障害が多いのですね。あなたのことを諦めるように言った友人たち。あなたのご実家に尋ねてきた私を門前払いにしたあなたの両親。それに―――お金」
「どう…して」
言葉を絞りだすのもやっとだった。
「だってそうでしょう?お金の差があるから、私とオリヴァー様が釣り合わないなんていう輩が出る。この女狐もお金があるから堂々とオリヴァー様を私から奪った。お金があるからオリヴァー様も贅沢な生活に堕落し、―――私に優しくしてくれなくなった」
そして、スッとナイフを俺に向けて言った。
「お金があるからいけないんです。私と一緒にお金の無いセカイに―――天国に行きましょう?」
その一言で、俺の緊張の糸は切れた。
「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
恥も外聞もそこに倒れている妻も捨てて、ほとんど悲鳴みたいな声を上げて回れ右して逃げてたね。
「フフ、鬼ごっこは嫌いじゃないですよ…、オリヴァー様」
そして、ユラリとエリは俺を追いかけてきた。
640 名前:ヤンデレホテルへようこそ 後編 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 23:02:25 ID:mmBBP9Yf
「それが、かれこれ2時間前だ」
グラスをテーブルの上において、オリヴァーは話し終えた。
「ねぇ、クレセント」
今まで黙って聞いていたレディ・クレセントが言った。
「やっぱり叩き出しましょうよ、この最低男」
「レディがそう言うなら」
「俺は客だぞ!被害者だぞ!」
ヴァイオラと共にオリヴァーを追い出しにかかるミスター・クレセントにオリヴァーは叫ぶ。
「被害者か」
「被害者?」
「被害者(笑)」
クレセント、ヴァイオラ、レディが次々と容赦の無い言葉を投げかける。
レディが一番容赦無かった。
そのやり取りを仕切りなおすように、クレセントはパンパンと手をたたいた。
「とはいえ、お客様は神様。ミスター・オリヴァーを雨の中放り出すわけにはいかない。一日(イチニチ)と言わず、二日(フツカ)でも三日(ミッカ)でもこちらにいて頂きましょう」
クレセントの言葉に、ブンブンと首を縦に振るオリヴァー。
「ああ、アイツがどうにかなるまで正直ここから出る気もしねぇ。しばらく、匿ってくれ」
オリヴァーは言った。
「しばらくと言わずに、今後ずっと未来永劫居てくれても構わないのだがな」
ニィ、と笑顔を深くして、彼は言った。
「それでよろしいかな、ミス・三条」
オリヴァーの後ろを見て。
そこには、一人の女性がいた。
東洋系の面立ち。
豊かな胸。
おかっぱに切りそろえられた黒髪。
「エリ…サンジョウ…」
「お待たせいたしました。オリヴァー様」
うつろな目のまま、にっこりと笑うエリ。
「ミス・三条がここに来たのは、ミスター・オリヴァーより少し前のことでして…」
聞いてもいないのに、ミスター・クレセントが言う。
まるで、演劇の口上(ナレーション)のように。
「酒のツマミを買いに行こうと外に出たら、何と見事なビショ濡れおかっぱレディが居るではありませんか。どうにもただならぬ様子だったのでこちらにお招きした―――ミスター・オリヴァー流に言えば『匿った』というわけでございます」
「アンタ、おかっぱ萌えだったの?」
「『萌え』とかではないさ。ただ、故郷の妹を思い出してね」
呑気なやり取りをするクレセントとレディに、自分で買いに行ったのかよ、とは突っ込めなかった。
「お前…まさか最初からすべてを……」
冷や汗をかきながら、オリヴァーは言葉を絞り出す。
「これ見よがしに煌々と明かりを灯していれば、もしかしたら来てくれるかもとクレセントさんが仰ったんです。まさか、本当に来てくださるとは思いませんでしたわ…」
答えたのはエリだった。
「き、きさ…」
喘ぐように、オリヴァーが言う。
それは、誰に対する言葉だったのだろうか。
エリか、それともクレセントか。
「さあ、参りましょう?オリヴァー様」
そう言って、エリは手に持ったナイフを振りあげ、オリヴァーに向かって駆け出す。
641 名前:ヤンデレホテルへようこそ 後編 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 23:04:36 ID:mmBBP9Yf
「ふ、ふざけるなぁ!」
オリヴァーがエリのナイフを持った手を押さえる。
「たくさん良い目も見せた!金も使ってやった!なのにどうしてお前は俺の生活をブチ壊すんだよおおおおおお!」
オリヴァーの言葉に、エリの目に炎が宿る。
「そんなものはいらなかった!!物もお金もいらなかったのに!!!あなたは私が一番欲しいものをくれなかった!!!!どうして私の気持ちを分かってくれないんですか!!!!!」
手を押さえられたまま、もがくエリ。
「お前の気持ちなど知るか!俺はこのまま偉くなって、たくさん贅沢をして、女だって、たくさん……」
「そんなものがあるから!あなたはおかしくなって!!だから私が、私が元に!!!優しいあなたに!!!!」
「訳のわからないことを!」
平行線だった。
もう少し早く、2人が互いの思いをぶつけていたら。
もう少し早く、2人が互いを理解しようとしていたら。
それは、今となってはどうしようもないこと。
裏切りと、刃。
取るべきではないモノを取った瞬間に、2人は終わる他無かったのかもしれない。
「死にたいんだったら、お前1人で死んでおけ!」
そのオリヴァーの言葉に殺意は無かったのだろう。
ただ、勢いのまま出た言葉で。
けれど、まるで示し合わせたかのように。
その言葉と同時に、もがいているエリの右手が、エリのナイフが、彼女の胸に向かって―――
「…おめでとう…」
彼女の胸に向かって突き刺さろうとしていた刃を止めたのは、ミスター・クレセントだった。
「おめでとう、ミス・三条。あなたは今!この瞬間!!当館最高級のスーペリアロイヤルスイートルームを半永久的に使用する権利を手にいたしました!!!」
状況を無視して、声を張り上げるクレセント。
「何を、訳の分からないことをぶれ!」
オリヴァーはツッコミを入れようとするが、レディ・クレセントに首に手刀を食らわされて気絶する。
「しっかし、つくづくひどい男ね。ひどすぎて、あなたが殺す価値もないわよ?」
そう言って、目隠しに覆われた目をエリに向ける。
オリヴァーを侮辱する言葉に、エリの表情が少しだけ歪む。
「怒った?まぁ当然か。でも、貴女があのまま殺していたら、私は一生この男を軽蔑し続けるわ」
一触即発の2人に割り込むように、クレセントは言葉を続ける。
642 名前:ヤンデレホテルへようこそ 後編 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 23:05:31 ID:mmBBP9Yf
「さて、お客様。スーペリアロイヤススイートは当館きっての防犯防災防音設備を誇ります。日当たりはいささか悪いが―――この先未来永劫、誰も貴女たち2人を脅かすことの無いことを、私の本名に賭けて保障しましょう」
「ぶっちゃけ、設備が上等なだけの地下室だけどね」
舞台役者のように芝居がかった所作で、エリだけを見るクレセント。
隣では、クレセントと手錠で繋がった女、レディ・クレセントが呆れた表情を向けていたが、それはさておき。
「本当に、何も私たちを脅かさないんですか…?それに、半永久的って…」
エリが言う。
「文字通り!未来永劫使用する権利だ。そこにいれば金だろうが金持ちだろうが二度と君たちを引き裂くことはない!!当然宿泊費用はかかるが…ココで住み込みで働いてくれればこと足りる」
一気にまくしたてるクレセント。
「二度と……引き裂かれない……」
クレセントの言葉を反芻するエリ。
「正直、お客様にこれを切り出そうか切り出すまいか今の今まで迷っていたが、先ほどの勇敢な行動!堕ちた恋人を是正しようという健気さ!貴女ほどスーペリアロイヤススイートにふさわしい人はいらっしゃらないと、私確信いたしました!」
大げさな身振りで言うクレセントが言う。
「勇敢…?健気…?」
再度、クレセントの言葉を反芻する。
「私は…正しいのですか……?」
エリが言った。
こんな凶行に及ぼうとも、彼女は心のどこかで自分の行いに疑問を持っていたのかもしれないと、レディ・クレセントは思った。
人は、そう簡単に狂いきれるものではないのだから。
「EXAACTLY!(その通りでございまっす!)」
ビシィっとポーズを取るクレセント。
「でも…私お金なんて…」
と、言うより三条エリはお金なんて嫌悪憎悪するモードに入っている女である。
「フフ…お金など…。泊る代わりに少々こちらで働いてくれれば事足りる」
「何かすごいこと言ってるみたいだけど、『部屋代は働いて払え』って言ってるだけよ、この男」
人のよさそうな笑顔を崩さないクレセントの横で、レディが言う。
「まぁ、そうだが」
レディの言葉をあっさり肯定するクレセント。
「さて、どうするお客様。泊りますか、泊りませんか?」
そう言って手を伸ばすクレセント。
その隣で、レディは言う。
「私達は、泊れとは言わない。この男を殺すのも手段の一つだとも思う。けれど、ココにこの男を閉じ込めるなんてロクでも無い手段を使ってでも2人で生きるのも―――まぁ、手段の一つなんでしょうね」
苦笑を浮かべるレディ。
その口調に、エリはふと思う。
彼女の言う『ロクでもない手段を使ってでも2人で生き』ているのが、彼女とクレセントなのではないか、と。
「選べ。―――互いを殺して何も生まれぬ終わりにするか、この世という生き地獄で終り続けるか」
クレセントは、生き地獄を選んだ方の男は、エリに向かって言う。
かくして、クレセント・インにまた「2人」の宿泊客が増えたのであった。
The End....?
643 名前:ヤンデレホテルへようこそ 後編 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 23:07:03 ID:mmBBP9Yf
おまけ
「ちょ、お前ら、離せ!!」
「…これからは、ずっと一緒ですわ、オリヴァー様」
「俺は、これからスーパーミラクルアルティメットセレブとして幸せに…」
「幸せにおなりなさい、ミス・三条」
「…ありがとうございます、ミスター・クレセント」
「いえいえ。案内のほうを頼むぞ、ヴァイオラくん」
「分かりました。…ハァ、これで恋人と過ごす時間が減る」
「まぁそう言わないでくれたまえ」
「お前ら、俺を無視して話を進めるなぁ!俺は主役だぞ!?」
「ところでオリヴァー様、産まれてくる子供の名はいかがいたしましょう…?」
「お前妊娠してんの!?って言うかこのタイミングで明かすか普通!?」
「ごめんなさいオリヴァー様…。日本にいる間に言っていたら、絶対堕胎するように言われると思ったので…」
「当たり前だ!」
「最後まで最低ねぇ、この男」
「お客様方、スーペリアロ(以下略)はこちらになります」
「さぁ…、参りましょう、オリヴァー様」
「ハハハハ!それでは、一先ずのお別れといこうか、ミスター・オリヴァー」
「ク、クレセントぉ!お前、覚えてろよ~~~~~~!!」
ぎぃぃ・・・ばたん
ヴァイオラに案内され、オリヴァーとエリは賑やかに、地下室の闇へと消えた。
「まったく、相変わらず女の子に甘いわね」
2人の後ろ姿を見送ったレディがため息をついた。
「フフ…そうでもないさ。こちらの事情もあるしな」
クレセントは言った。
三条エリのような女性を『スーペリアロイヤルスイート』という地下室に迎えたのは初めてではない。
と、言うより、ヴァイオラをはじめとするクレセント・インの従業員はそうした女性たちばかりで構成されている。
ある女性は恋人と結ばれる手伝いを(非合法手段込みで)してもらい、ある女性はエリのように恋人を監禁させてもらい、そしてある女性は愛する者のために犯した犯罪の証拠を隠滅してもらった。
つまり、この宿の従業員にとって、クレセントは恩人であり―――同時に共犯者でもある。
共犯者なれば、たとえこのクレセント・インの隠し事を知ったとしても、クレセントの味方とすることができる。
例えば、地下室の最初の住人のこと。
例えば、地面深くに埋められた死体のこと。
例えば、レディ・クレセントの素性のこと。
もちろん、自称紳士のクレセントとしては彼女たちの意思を尊重したいとは思っているのだが。
644 名前:ヤンデレホテルへようこそ 後編 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 23:07:59 ID:mmBBP9Yf
「けれど、あの人―――三条さんである必要は無かった」
レディは詰問するような口調で、クレセントに言った。
「私たちに、会った犯罪者を誰も彼も匿う理由も余裕もない。そうでしょう?」
スゥっと、顔を近づける。
「今回みたいな厄介そうなケースはとっとと警察に突き出しても良かった。厄介事は、このホテルにとってもリスキーだもの」
そう語るレディの瞳は、今どんな風になっているのだろうとクレセントは思った。
「何が言いたいんだ、レディ?」
答える代わりに、レディはクレセントをソファに押し倒した。
「もし、もしよ、クレセント。アンタがあの女、三条エリに心変わりしていたというのなら―――」
馬乗りになったレディの、白く細い指が同じく白いクレセントの首にかかる。
「私はあなたを許さない」
それは、ひと際冷たい声だった。
「…永遠にないさ、心変わりなど…」
クレセントがそう言った瞬間、二人の上下が逆転する。
「…今回は、僕がこの宿のオーナーになったのはこの状況を作り出したのは、君といるため以外無いんだから…」
クレセントが、レディの、行方不明となったこの屋敷の縁者で唯一の生き残りの女性の耳元で囁いた。
彼女にしかさらさない、20歳の青年らしい口調で。
「…少し、酔いが冷めてしまったね。飲みなおそうか…」
体を起こし、クレセントが言う。
「そうね」
クレセントの体を、レディが抱き寄せた。
「私を酔わせて―――あなたの愛で」
そう囁くレディのルージュが、闇に映える。
「…ああ……望む所だ」
白い歯をのぞかせ、クレセントが笑う。
そして、2つの唇が重なり合う。
645 名前:ヤンデレホテルへようこそ 後編 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/10/24(日) 23:08:21 ID:mmBBP9Yf
英国のとある街にある宿。
住人全員が行方知れずとなった貴族の屋敷を改装した建物。
看板は血濡れた三日月の意匠。
狂気と狂喜を孕んだ客が集う場所。
去る者は許すが来る者は決して拒まない。
オーナーは謎めいた男、ミスター・クレセント。
建物の名をクレセント・イン。
またの名を―――
『ヤンデレホテル』
Never End!
最終更新:2010年10月25日 00:24