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37 名前:日常に潜む闇 第3話 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2010/10/29(金) 19:39:33 ID:IsLckfBA
~Side Yuri~
 誠二君がいなくなってから小一時間が過ぎていた。
 私たちはあの日から運命の赤い糸で結ばれているのに、どうしてそれを拒絶する行動に出るのだろうか。
 雌猫が懐いているから、そのせいで自分に正直になれないのだ。
「うふ……うふふふふ…………」
 明日から誠二君と同じ学校、同じ教室、同じ時間を過ごせると思うと同時に、誠二君を困らされる雌猫を探し当てる方法を考えると、どうしても楽しくて仕方がない。
 そうだ、誠二君には明日お弁当を作ってきてあげよう。
 だって奥さんが旦那さんに愛妻弁当を作ってあげるのは当然でしょ?
 お弁当に入れるおかずは何にしようか。
「あ――良いこと思いついちゃった」
 誠二君には私を食べてもらおう。でも、食べてもらうのは私の一部。さすがに全部をあげたら誠二君と一緒にいられなくなってしまうもの。
 これであなたは私色に染まれるよね。ううん、『私のこと、もっと深く知れるよね?』



38 名前:日常に潜む闇 第3話 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2010/10/29(金) 19:40:39 ID:IsLckfBA

~Next day~
「…………」
 学園都市内の路面電車に乗りながら誠二は昨日の出来事を考えていた。
 どうして友里はあんなことをしでかしたのか。
 二人は愛し合っていると言っていたが、どう考えてもおかしい。
 あのクリスマスの日、誠二は死線を踏み越えようとしていた彼女を助けた。それは事実だ。しかし彼女に惚れていたから助けたわけではない。
 普通、死んでしまうかもしれない状況で、助かるかもしれない人名が目の前にあればそれを救うのは道理だ。
 そして助けられたから、助けてくれたのが異性だったから好きなってしまうのは、まあ、あり得る話だろう。だが問題は、今回の場合は、助けられたのは相手が自分のことを好きだったからという理由だ。
 友里の勘違い、の一言で済ませられるのだが、どうしても彼女はそのことを分かってくれない。
 どうやって誤解を解けばいいんだろうかと考えているうちに、いつの間にか路面電車を降りて、高等部の校舎に足を踏み入れていた。
 昇降口で上履きに履き替えて、教室に向かう。
 ふと、自分に向けられる奇妙な視線に気づいた。
 廊下の所々で女子たちがちらちらとこちらに目を向けながら何かをひそひそと話している。
 変な寝ぐせでもついているのかなと思いながら教室に入った時、そこでもまた廊下の時と同じ視線を教室中から頂く羽目になった。
 一応朝、鏡で確認したがそれほどおかしなことにはなっていないはずだ。
 それとも、自分の基準がおかしいのだろうか。
 首をかしげながら席に着くと、弘志が慌てたように駆け寄って来た。
「おい誠二」
「どうしたんだそんなに血相変えて? 事件でも起きたのか?」
 冗談のつもりで言ったのだが、弘志は深刻な表情をして首肯した。
「誠二、お前、紬原友里と以前会ったことは?」
「? 高三の時、事故に巻き込まれそうになったのを助けたきりだけど?」
「…………その後、やつと一度も接触してないんだな?」
「そうだけど、一体どうしたんだ?」
 彼の真剣御を帯びた質問の意図を今一つ掴みきれない誠二は、どうしてそんなことを問うのか不思議で仕方がない。
 そして弘志は弘志で、誠二の問いに応えずに何か思考しているようだ。
 しばらくの間をおいて、弘志はゆっくりと口を開く。
「誠二。俺はお前を友人として、信じている。その上で聞いてくれ」
「あ、ああ」
 自分が問題の渦中にいるらしいとようやく悟る誠二だが、次に弘志が告げた内容に愕然とした。
「お前、前から付き合ってた友里を酷い目に合わせて挙句の果てに捨てたって噂になってるんだ」
「え…………?」
 戸惑う誠二を置いて、弘志は矢継ぎ早に説明する。
「情報は昨日の夕方から流れ出した。誰が発信元かは不明。けど、お前の話を聞いて噂は根拠がないと俺は判断した」
「ちょ、ちょっと待て。一体何が何だかさっぱりだぞ」
 どうしてそんな根も葉もない噂がでっち上げされたのか、その理不尽な話に誠二は困惑する。
「俺も分からん。けど、高等部全域に広まって収拾できない状態だ。女子連中と増長した男子から何かしらのアクションがあるかもしれない。だから注意しておけ。俺からもなんとかフォローしてみるけど…………期待はするな」
「…………」
 椅子に深く座り込み、誠二は一人沈黙する。
 弘志は窓に背を預けて、彼が十分に今の状況を理解するのを待っている。
 校舎に入ってからの女子たちの視線はこういうことだったのか。と誠二はようやくそのことを認識できていた。教室に入っても同じ反応だったことから、この高等部の女子全員が敵に回ったと考えていい。そして女子と仲の良い男子も向こう側に回った。
 孤立していると、誠二は静かにその事実を受け入れた。
「つまり、僕は孤立無援の状態で、これから何があってもおかしくはないってことか」
「ああ」
 何しろ噂では、誠二は女の敵だ。
 それを事実と思いこみ、怒り心頭に発した女子たちが結束して行動に出ることは明らかだ。
 恐らく男子からも、嫉妬と女子の雰囲気に流されてという二つの理由で参戦するに違いない。
 異性からどう思われようが知ったことではないが、同性からもいじめを受けるというのは少々どころかかなり辛い。
 体育の時、ペアを組んで行う授業なんかでは一人孤立――ハブられてしまうではないか。
「どうすればいいと思う?」
「ここまで広がってると、恐らく主犯格を探すのは困難だ」
 真剣な表情で弘志は考えている。
 彼の下には全校生徒の情報が流れ込んでいる。その情報量ゆえに誠二の無罪を信じて、こうして対策を練ってくれている。
 それだけで誠二は万感の思いだった。


39 名前:日常に潜む闇 第3話 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2010/10/29(金) 19:41:42 ID:IsLckfBA
「なら、行動で示すしかない、か……?」
「けどどうやってだ?」
 弘志の問いに誠二は言葉を詰まらせる。
 なんとか考えてみるよ、と言おうとした時、弘志が顔を歪めた。
「時間切れだ」
 そう言って教室の後ろのドアを顎でしゃくる。
 振り向けば、紬原友里が入って来るところだった。
「おはよう、誠二君」
「あ、ああ……おはよう」
 さすがに昨日のこともあり、多少の居心地の悪さを感じながらなんとか挨拶を返す誠二。
 弘志はと言えば、タイミングを見計らって誠二にまた後で話しあおうとこっそりと告げて仲間の所に戻って行った。
「うわー。噂ってやっぱり本当だったみたい」
「サイテーじゃん」
「紬原さんカワイソー」
 どうやら声を掛けられて動揺していると思ったのだろう。
 教室の前のほうにいた女子たちが、ひそひそ話していると言う割には後方に居る誠二にまではっきりと聞こえる音量で喋っている。
 男子たちはこちらに懐疑的な視線を向けるにとどまっているが、そのうち女子たちのように誹謗中傷を投げてくるだろう。
 まだ実害がないから耐えられる。
 誠二は昔のことをぼんやりと思いながら、隣から友里の視線を感じながら、SHRの時間をひたすら待つのだった。


40 名前:日常に潜む闇 第3話 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2010/10/29(金) 19:42:38 ID:IsLckfBA


~昼休み~
 午前の授業は単なるガイダンスのみで、他の連中からのあからさまな嫌がらせもなく無事に過ごせた。
 だがこれからが本番だ、と昼休みを告げるスピーカーからの鐘の音を聞きながら気を引き締める。
「ねえ、誠二君。お弁当作って来たんだけど、よかったら一緒に食べない?」
 出鼻をくじく勢いで友里がいきなりそんなことを言ってきた。
 しかし誠二には午前中を全て思考に費やした果ての起死回生の策がある。
「ありがとう。じゃ、食べよっか」
「うんっ」
 喜びの表情を浮かべる友里。
 周囲の女子はかなり驚いている。
それもそうだろう。改善の可能性全くゼロの状態にまで関係が破綻していたはずの2人なのに、昼食を共にするという、仲が良くなければ成立しない現象がこうして目の前で繰り広げられているのだ。
 誠二が考えた挙句の果ての戦略は、彼女がこちらに好意を寄せていることを知っているので、逆にそれを利用して噂が根も葉もないものだと証明する方法だ。
 これで何事も問題なく学園生活を送れる――。
 そう思った矢先だった。
「久坂誠二はいるか?」
 そう言って、教室に入って来た1人の女子生徒。
 教室中の皆が何事だろうかと一斉に教室の前のドアのほうへ注目する。
 それは誠二とて例外ではない。
「おお! 久坂誠二! いるならいると言ってくれないか。昼休みの時間は少ないんだ。有効に使わなくてはならない」
 少しの間を置いて女子生徒は誠二の前にまで来ると、彼の手をいきなり掴んで早く来るようぐいぐいと引っ張り始めた。
「え? あの? ちょ……!」
 その女子生徒が入学式の時、学園の正門で会ったあの先輩であることに驚いた誠二だが、それ以上にこの状況に戸惑っていた。
「さあさあ! 短い時間は有効に活用しなくてはな!」
 そう言って女子生徒は困惑する誠二を引っ張って行った。
 友里は誠二が連れ去られた方向を、まるで能面のような表情で見つめ続けていた。




41 名前:日常に潜む闇 第3話 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2010/10/29(金) 19:43:29 ID:IsLckfBA
~~~~~~~~
「さあ、入ってくれ」
「うわわ……し、失礼します」
 誠二は背中を押される形で生徒会室に足を踏み入れた。
「失礼しますなんて他人行儀な真似をする必要はない。ここはある意味身内の集まりみたいなものだからな」
「――っ!」
 生徒会室の奥、窓の外の風景を眺めている生徒会長に声をかけられ、誠二は身体を硬直させた。
「誠一、兄さん……」
「久しぶりだな。弟」
 生徒会長の誠一はそこのパイプ椅子に座るよう身振りで促す。
「…………」
 戦々恐々といった風で誠二は座った。
 誠一は弟と対面するように反対側のパイプ椅子に腰を下ろし、天城は誠二の隣に座る。
 気まずい雰囲気のまま沈黙が続くかと思われたが、先手を切ったのは誠二だった。
「兄さん、なんで僕を呼んだんですか」
「簡単なことだ。お前を生徒会執行部に迎えたい」
「……謹んでお断りします」
「まあそう言うな。お前が俺に対してコンプレックスを抱いているのは知ってる」
「…………」
 さすが兄と言うべきか。弟である誠二の苦手なものまで把握しているようだ。
 誠二は睨むような目つきで誠一の目を射抜く。
 そのまま誰も一言も発することなく時が過ぎて行き――、
「今日はこれくらいにしておこうか。お前を勧誘することなど、雑作もないことだからな」
 最初に折れたのは生徒会長の誠一だった。
「では、失礼します」
 何か余計なことを言われる前に、と誠二はいそいそと生徒会室を退出した。
 閉じられたドアを眺めながら誠一はぼんやりと呟く。
「さて、見事に振られてしまったわけだが……君はどうする?」
「分かりきったことを聞いてどうするんだ? 久坂会長」
「だがあいつの頑固さは兄譲りだ。さっきのやり取りを見て分かっただろう?」
 誠一は問題ないと言う天城に肩を竦めた。
 しかし彼女は何がおかしいのかくつくつと笑い始めた。
「既に布石は打ってある。誠二がここに来るのは自明の理だ」
 その言葉に誠一は、天城がどのような策を張り巡らせたのか、瞬間的に悟った。
 生徒会長になる以前から彼には独自の情報網があり、それは会長になった今でも機能している。さらに言えば、最新の情報が網にかかるたびに彼のもとへ逐一送られるのだ。
 莫大な情報が手元にあるがために、誠一は天城のやり方、目的を推測できる。
 そして、その予想は間違いなく当たる。
 そんな予感がしていた。
「全く、これだから弟が羨ましいんだ」
「ふっ。会長もそれなりにモテるのではないか?」
「求めるべき愛の深さが問題なんだ。まあ、あれでも弟だからね。少なくとも殺したりはしないでくれよ?」
「ふふっ。それは彼次第だな」
「俺の役目はあくまでも傍観であり観察。せいぜい頑張ってモノにしたまえ」




42 名前:日常に潜む闇 第3話 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2010/10/29(金) 19:44:48 ID:IsLckfBA
~教室~
生徒会室での一件といい、なんだかんだで昼休みはあと十分で終了という時間になっていた。
 お昼を食べ損ねてしまったことに僅かな悲しみを抱きながら誠二は教室に入る。しかし室内の妙な雰囲気に思わず足を止めた。
 女子は何やらひそひそギャーギャーといった感じで誠二の批判の嵐だ。表現が矛盾しているように感じるが、密談とは言えない程度の声量で話し、時折大きな声を上げているのだから、少なくとも間違ってはいないだろう。
 男子はそんな女子連中といましがた教室にやって来たばかりの誠二とを見比べて戸惑っているような戦々恐々としているような、物凄く微妙な表情をしている。
しかも中には悔やむような顔をしている者や、当然というような表情をしている者までいる。
 一体何がどうなっているのかますます理解できない誠二は自分の席に向かった。
 どうやら友里はどこかへ行っているらしく、彼の隣は空席だ。
 昼休みの後はすぐに授業なので、5限目は何だっただろうかと思いだしながら机の中から教科書を探る。
 取り出して、そして誠二は絶句した。
「………………」
 教科書がズタズタに切り裂かれている。ついでに言えば、油性ペンで落書きした後にカッターかハサミで切り刻んだようだ。
「……ま、いいか」
 気を取り直して誠二は極めて日常生活上の呟きにも似た呟きをする。
 ぶっちゃけて言えば教科書はなくても勉強は出来る。参考書を買って自宅で自学自習すればいいだけだ。
 そして何よりも、こうなることは既に覚悟していた。
 幸い男子からの目立った攻撃はない。
 まだ戦える。
 誠二はそう考えながら、窓の外を眺めた。

43 名前:日常に潜む闇 第3話 ◆4wrA6Z9mx6 [sage] 投稿日:2010/10/29(金) 19:45:23 ID:IsLckfBA


 誠二の席よりも少し黒板よりの場所で、女子たちが机を丸くして騒いでいた。
「なにあの態度? チョームカつかね?」
 先ほどの誠二のやり過ごし方に苛立ちを抱いた一人が呟くと、爆発したように非難の言葉が飛び交い始めた。
「なかった振りするのがカッコイイとか思ってんでしょ」
「バッカじゃねーの? これでアイツが泣き始めたらマジ最高じゃん」
「そんときは写メってマジみんなに晒してやるし」
 実に下らない、下賤な会話で一通りわめくと、今度は別な女子が言い始める。
「でもホント意外だよねー。あんな優男みたいな顔した奴が実はタラシだったなんて」
「噂だとエンコーとかで超ヤリチンらしいってえ」
「ええー? それマジ? マジでサイアクじゃん」
「しかも手ぇ出してたのって紬原さんだけじゃないらしいよ? そんでもって妊娠させて無理矢理オロさせたんだって」
「なにそれ? マジねえじゃん」
「女舐めんなよ。マジクソだし」
 ああ言えばこう言うとう言葉があるように、次々と女子たちが面白半分で嘘を本当のように語る様子に、弘志は苛立ちを感じていた。
 何とかしなければ誠二の立場が危ない、と。
 しかし決断を躊躇う理由が彼にはあった。
 久坂誠二を救うこと。それはつまり自分の立場を失うことだ。
 彼は自称とは言え情報屋として、学園内のすべての生徒たちと何らかの形で情報収集ネットワークを構築しておかなければならなかった。それは己の興味のためであり、自衛のためだ。
 それを失うことは、自分を守る術をなくすことであり、すなわち雪下弘志の精神的な自滅を意味する。
 彼は自分が他人からどう見られているかを過剰なまでに気にしている性質だった。自分が生み出す恐怖から自分を守るために彼は情報を集めるようになり、それが今ではここまで巨大化しているのだ。
 確かに網を縮小してもいいかもしれないが、久坂誠二を助ける場合、その網を全て失うというリスクを背負う羽目になる。
 義憤に駆られた弘志だが、さすがに己が身を賭してまで助けることはできなかった。
「なあ、誠二の噂……本当なのか?」
 弘志の友人が、不安げに弘志に問いかける。
「分かんねえ。噂の出所がはっきりしてないから、判断のしようがないんだ」
「そう、なのか……」
 友人は気まずい表情をして黙りこんだ。
 実はこの友人が尋ねてきたように、大きな謎がある。
 噂の発生源だ。
 つい先ほどネットワークを使って調べたのだが、どこからも発生源をうかがい知ることは出来なかった。
 噂は共通した内容と話が伝わるにつれて付け加えられていく内容の二種類から成る。特に前者が重要で、これを割り出すことで、その情報提供者の身辺を探れば大方予想がつく。
 だが、今回の噂は誰が発信元なのか、特定できなかった。
 同時に複数の人物から情報が流れたらしいというところまで想像できるのだが、その集団が何者なのかがまったくつかめない。
 久坂誠二に恨みを持つ集団だとしても、ここまで完璧に姿を消している連中ということは、学生の範囲内で考えること自体が間違っているのかもしれないと弘志は思い始めていた。
 そうなると、キナ臭い方向に舳先が向き始める。仮に外部の組織からの情報流入だったとした場合、それがもしも非合法的な集団だったとしたら命の危険がある。
自分だけではない。下手をすれば当事者の一人である誠二まで危険にさらされるかもしれないからだ。
自分がどう行動をするべきか、今は傍観するしかないという状況に弘志はいら立っていた。
面白い友人一人を救えないでいる自分を殴りたかった。
しかし時間というものは無情で、昼休みの終了を告げるベルが鳴った。