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71 名前:とある幽霊の話 前編 ◆efJUPDJBbo [sage] 投稿日:2010/10/30(土) 23:28:52 ID:08GtCShr

―――死のう。

そう思って少女は、このドアを開く。
一年前に飛び降り自殺があったこの美杉学園の屋上は、生徒立ち入り禁止の場となっていた。誰も気味悪がって近付きもしないこの屋上、古く腐った……ほぼ壊れかけのカギをハンマーで叩く。ガチャン、と大きな音をたてて、ドアノブが床に落ちた。
 「………………」
覇気のない瞳をした少女は、屋上のドアを開けた。
 「……………ぁ」
気持ち悪い風が流れる。
何一つの曇りもない青い空に、穢されることを知らない純粋無垢な風……そんなものが、少女の気を悪くした。自分と正反対のものに、なにも悩みもないままに自由に生きる世界が、少女にはどうしても憎かったのだ。
 「……………………」
目の前にある、錆びついた柵。
手入れも何もされていない屋上は、荒れた瓦礫の山とさして変わりなかった。
 「うぁ……」
柵を触るともろく崩れ去ったが、少女の手には、黒い墨を塗ったかのようになっていた。
まぁ、でも今から死のうとする少女には、そんなもの関係ないんだけどね。
 「…………………」
際に立つ。高い、下を見ると足がすくみそうになる少女。
しかし、ここでやめるという選択肢はあり得ない。
だって、ここから飛び降りることよりも生きている方が少女には怖かったからだ。
 「…………バイバイ」
十六年間という短い期間であったが、生きてきた腐った世界に、少女は別れを告げる。
足を踏み出す、視界が変わる、体が―――落ちる。

その日から、少女の世界は一変した。

72 名前:とある幽霊の話 前編 ◆efJUPDJBbo [sage] 投稿日:2010/10/30(土) 23:30:33 ID:08GtCShr
 「でねでね、この前気付いたんだけど……人が寝ているときに体を
重ねるとね、憑依することができるんだよ!
そしたら、生きていた当時と変わらないくらい快調に体が動かせ―――!」
私こと〈霞 奈央〉(かすみ なお)は、上機嫌に目の前の少年に話す。
その嬉々とした表情は、多分、生まれてから一度もしたことがなかっただろう。
 「コラッ」
しかし、会話の途中で少年は私の頭を叩いた。
 「はひっ!」
私は、情けのない声をあげて頭を押さえる。
少し涙目になりながら、叩いてきた少年に向かって頬を膨らませた。
 「もぅ! いきなり何するんだよぉ」
しかしその声は甘い。甘く脳髄がとろけてしまいそうな声。
そう、この声こそが、私が抱く少年への気持ち。
 「生きている人様に迷惑をかけるな、俺たちはあっちの世界とは関係をもっちゃいけないの!」
 「……ッ!」
隣同士に座っていたからだろう。
身を乗り出して話をしていた私の顔と、少し怒ったような顔をして空からこちらに視線を向けた少年。
二人は寄り添うように、そして互いの息がかかる位置まで接近していた。
後数センチ、もうそれだけの距離で唇同士を重ねられそうだ。
だから私は赤面してしまう。
彼の息がかかるだけで、彼の顔を見るだけで……私の心臓は握りしめられたかのように激しく鼓動する。
あ、ぁ、キス……したいな。
 「この体になって間もないこともあるけど、やっぱりそういうのは駄目だろ」
 「…………ぁあ」
一通り、私を叱った少年は、視線をまたも、空に戻す。
その行動に私は、寂しくなって、声を出してしまう。
もっと私だけを見ていてほしいのに……あなたの視線を一人占めしたいのに。
でも―――あなたは……。

―――ガチャ

 「お、やっと来たか」
少年は私の隣から立ち、その私が壊した屋上のドアを押して入ってきた少女〈七海 瑠夏〉(ななみ るか)のもとへ、小走りで向かったのであった。

―――なんで……あなたはそんな女ばかりッ

73 名前:とある幽霊の話 前編 ◆efJUPDJBbo [sage] 投稿日:2010/10/30(土) 23:31:08 ID:08GtCShr
 「どうして、なんで? どうして生きてるの! 私は確かに……」
 「君は死んだんだよ、この屋上から飛び降りて……ね」
屋上であたふたしている少女に俺は話しかける。
初めてだな……人にこんな説明をするのは。死んでから一年で……早いのか遅いのか分からないが、いずれはそんなこともあるだろうと俺は考えていた。しかし皮肉に思う。俺がここの自縛霊だから分かっていたはずなのに、最初に説明するのが、同世代の少女だとはな。
 「え、死んだ? でも、私……ここにい―――」
 「幽霊」
 「ッ!」
感触が、匂いが、視覚が、味が、耳が……正常に働く。少女は自分の調子……つまり、五感があるということから、生身の肉体であると錯覚したのだろう。しかしそれは違う。
俺たちはすでに幽霊なんだ。
 「君はこの屋上から、さっき飛び降りてたよ……俺も見ていたからね。ほら、下をのぞいてごらん、君の死体が転がっているんじゃないかな?」
 「えっ」
俺の言葉にとっさに反応した少女は、屋上から下の世界を見る。
 「うぇ……」
恐らくその瞳に己の姿をとらえたのであろう。嗚咽しながら、膝を瓦礫につけた。
 「…………………」
俺はしばらく、その姿を見守った。

しばらくして落ち着いた少女に、俺は三つのことを伝えた。
一つ、幽霊であることを自覚すること
一つ、人に干渉しないこと
一つ、自縛霊(一定の場所から動けない霊)にはならないこと
それを彼女は、呆けた表情のままで、うなずいて聞いていた。
まぁ、当り前であろう。死んだのは自分の意志であったとしても、まだその先に……それこそ本当の意味での「第二の人生」が待っているだなんてな。
 「俺から言えることはそれだけだが……君はこれからどうする? 普通の場合はこの世界に満足したら、生きるという意思を捨てたら消えるはずだよ……それに君は自縛霊にはまだなっていないようだ。ここじゃないどこかに旅をするのも、また一興だと思うよ」
 「う……ぅん」
 「……………」
可哀そうに……この女の子。
俺はそう思う。だってそうだろ―――

―――一度死んだのに、また死にたいって顔してる。

 「良かったら聞かせてくれないか?」
 「えっ?」
俺は自然と口を開いていた。
しゃがんで俺のことを見上げてきた少女に、俺は続けて言う。
 「どうして死のうと思ったか……。君が嫌じゃなければだけど」
 「…………」
少女は再びに下を向いてしまう。死んだ理由なんて話したくはないんだろう。
でもこのままじゃいけない。このままいけばこの子は……何かこの世界に心残りができた成仏できない。それどころか、自縛霊になってしまう可能性がある。
……俺みたいにな。
 「人に話すってことだけで……楽になれるかもしれないぜ? まあ、俺みたいなやつだけどさ」
 「……………ぅん、分かった」
少々考えた少女は、そのうち頷いて返事を返した。何か心の中で吹っ切れるものがあったのかもしれない。
 「えっと、ですね……私は、その―――」
 「ちょっと、待って」
言いづらそうに、でも確実に言おうとしている少女に、俺はストップをかける。
少女は、不思議そうな顔でこちらに顔を向けてきた。
そんな場所に俺は笑ってこう言う。
 「まずは自己紹介からだ、俺は〈辻井 孝史〉(つじい たかし) 君の名前は?」
 「あ、〈霞 奈央〉です」

74 名前:とある幽霊の話 前編 ◆efJUPDJBbo [sage] 投稿日:2010/10/30(土) 23:31:51 ID:08GtCShr
 「七海! 待ってたよ」
孝(あだ名)が笑顔で、私のもとへ寄ってくる。
あぁ、今日も格好いいな……。私こと〈七海 瑠夏〉は心底そう思う。
十年来の付き合い、幼馴染、おしどり夫婦……ふふ、そんな言葉が私と孝との関係にふさわしい言葉かしら。そんな彼を見ていると、すぐさま顔がほころびそうになったが、一瞬にして私の顔は凍りつく。
 「………孝、またあの子と一緒にいたの?」
私の視界には、霞奈央が捕らえられる。
消えろよッ! 私は頭の中で、叫ぶ。
 「あぁ、奈央のことか? そりゃそうだろ、彼女だってまだ成仏してないんだから」
 「た、孝」
その言葉に胸が締め付けられるように痛くなる。
孝が、霞奈央のことをかばっている。そんなことを考えるだけで、殺したくなる。
 「………また来たんだね」
後ろから歩いてきた霞奈央は不愉快そうな顔で私を見る。
 「あなたこそまだいたのね」
不愉快なのは私の方だ、シネ、害虫! 私の孝に近づくな!
 「どうしてお前ら二人は、会うたび会うたびそうなんだ?」
孝は呆れた顔をする。
あ、ごめんね。別に孝が悪いわけじゃないんだよ、でもね、この害虫がね、うざいんだよ。
と、私は頭の中で言い訳をする。
 「………そんなことどうでもいいじゃない」
しかし、現実にはその言葉を出さない。孝に嫌われてしまう可能性があるから。
孝と私は相思相愛だからそんなことがないはずだけど、孝には、私がおしとやかな人間であると思わせておきたい。だから、仮面を私は繕う。
 「どうでもいいけど、早く出て行ってくれないかしら? 除霊が始められないわ」
ここで私は勝ち誇ったかのように、霞奈央に言った。
 「くっ」
霞奈央も分かっているのだろう、名残惜しそうな……一人前に恋する乙女の視線を彼に見せた後に、ふらふらとどこかに飛んで行った。
 「さて、始めましょうか、孝」
 「おう、いつもいつも悪いな」
 「うぅん……だって、孝のためだもん」
そう、今から孝への除霊と名をうったお楽しみタイムに私たちは入る。
ふふ、孝……今日もいっぱい愛し合いましょう。

75 名前:とある幽霊の話 前編 ◆efJUPDJBbo [sage] 投稿日:2010/10/30(土) 23:32:18 ID:08GtCShr
私が彼にした話、それはよくある作り話そっくりだった。
最初は、無視される程度にいじめを受けていた。
理由は簡単、学年一のイケメンと称される男子を振ったから。
元々、男子と付き合う気なんてなかったし、誰に告白されてもそう答えてきていたんだけど……。その事で、女子全体からねたまれた。
徐々にいじめがエスカレートしていく。
机や教科書に落書き、上履き、体操服が隠され、ボロボロにされて、あまつさえ、殴るけるの始末。もう大変だった。
そしてそんないじめる奴らが怖くて私はだれにも相談できなかった。
親にも……教師にも……。
そんなことが半年ぐらい続いたある日、私は思った。
あれ? 私は何のために生きているんだろうって……。
いじめられて……皆に嫌われて……そして自分自身が、こんなに弱い自分が嫌いで。
だったら私、生きてる意味ないじゃんッて……。
そう思ったら、何だかこの世界全てが醜く見えて、好きだったはずの青空も、透き通っていた風も、全て嫌いになった。

―――私から、好きなもの全てがなくなった。

あ、死のう。
生きていたってこんな世界、なにもいいことなんてない。
だから死のう。
…………多分私はこんなことを、彼に話した。
終始彼は、黙ったままだった。
私の方を向いて、ただひたすら私の話に、耳を傾けるだけだった。
話も終わり、屋上に静寂が流れた。お互いに何も話すことはできず、下を向く。
重すぎる話で……この場も重くなる。
 「……………」
でも、そんな静寂を、彼はいとも簡単に破って見せた。
 「―――――頑張ったんだな、霞は」
 「ぇ?」
彼の呟きが聞こえなかったわけではない。理解できなかったのだ。
頑張った? 何を? 私はただ何もできずに逃げてただけじゃない。
 「だってそうだろ、霞は誰にも相談せず……一人で世界と戦ったんだから」
そう、彼はそんなことを言い出し始めた。
 「すげぇよ、霞は。こんな広い世界の中で、仲間も作らず、一人で戦ったんだから。俺だったらそんな芸当できないね」
 「な、何……言ってるの? だって私、何もしてないんだよ! ただいじめられるだけで、それが怖くて……何もできなかった! 何にも立ち向かうことができなかった!」
私は声を荒げる。この時の私の心には、怒りの感情が芽生える。
何も知らないこんな男が、知った風な口を利くのが気に食わなかったのだ。
 「戦ったじゃねえか、自分自身と」
 「!」
 「怖くて逃げだしたくて、誰かに頼りたくても、それをせずに、自分一人で……そして何より、自分を嫌いになりながらも、生きてたんだろ? だったらそれはすごいことだって。
別に霞がそう思わなくても……たとえ世界中のだれもがそう思わなかったとしてもな、俺だけは霞が一生懸命戦って生きったってことを思い続けてやるよ」
 「…………ッ」
そんなきれいごと言わないで!
 「お、おい、霞……どうした?」
そう言おうとしてたのにな……どうしてだろう。涙が止まんないや。

―――そう、この日から、私は彼に、恋し始めた。

76 名前:とある幽霊の話 前編 ◆efJUPDJBbo [sage] 投稿日:2010/10/30(土) 23:32:57 ID:08GtCShr
 「はぁ、んぁ………んぁああぁ」
快感だけが、私の精神を貪(むさぼ)っていく。
孝と私は一つに繋がっていた。そう、これはいつものことだ。
いつも夜の十時きっかりに私は屋上を訪れる。
元々霊力が強い神社の巫女の末裔だったために、死んだ後の孝に除霊をしてあげると言い出した。周りに結界を張って、彼を眠らせて、そして……重なり合う。
 「んぁ、気持ち……いぃ……………ぁあ、孝!」
学校に通っている間一日中、彼のことを考えているのだ。
授業中でも、興奮はさめることなく、なんど授業中にトイレでしたことだろうか。
これも全部、全部……孝のせいだ。
孝の匂い、孝の瞳、孝の優しさ、孝の頬笑み、孝の血肉、孝の臓器、孝の髪の毛一本に渡るまで、すべて私のものだ。
この時間は、私と孝だけが現実と離れて唯一過ごせる、至福の時なのだ。
誰にも邪魔などさせるものか!
 「孝、孝、孝、好きぃ、好きなのぉ! 孝ぁ!」
そしてさらに動きを加速していく。
あぁ、どうして彼といると、こんなに気持ち良く、幸せになれるのだろうか……。
そう、七海瑠夏は思いながら、今日もまた……快楽に溺れていく。

―――孝は、ワタシダケノモノ。

―――この世界は、孝と私だけのッ!

 「そんなわけないでしょッ!」
 「へっ?」

――――ガンッ

と、頭部に大きな音が響く。
何? なに? ナニ?
私は突然の出来事に理解できない。どんどん体が前のめりに倒れていく。
彼に繋がったまま、前に、前に……。

 「あんたと、孝史君とのハッピーエンド? そんなのありえないから!」

ヒャハハハハアハハハアハアハハハハハハハハハ
そんな声がだけが、薄れゆく意識の中で……ただ渦巻いていた。