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158 :日常に潜む闇 第5話 ◆4wrA6Z9mx6 :2010/11/01(月) 12:05:56 ID:Lxx+Itu9
~?????~
「…………」
 誠二は眩しさを感じて、ゆっくりと目を開けた。
 視線の先には白いまっ平らな板と蛍光灯。
 白い天井だとそこでようやく理解する。
 首だけを左右に動かせば、自分がベッドに寝ていることが分かる。そして両隣りはカーテンで仕切られている。
 身体を起こそうとしたが、腕や腹部、脚に鈍痛が走るので結局動くのをやめた。
「ああ、そうか――」
 その痛みで誠二は意識を失う前までのことを思い出した。
 不良たちに高等部の校舎裏だかどこかに連行されて、最初の攻撃を避けたのは良かったものの、結局袋叩きの目に遭ったのだ。
気を失う寸前で不良たちが大慌てで三々五々に散って、誰かが近づいてくるのが分かり、安心して意識を手放した。
「ってことはアレは夢だったのか」
 屋上で紬原友里とともに死ぬ――物凄く現実味を帯びていた夢だと誠二は思った。
「まあ、生きていれば問題ないか」
「そうだ。生きていさえいればなんとかなる」
 誠二の呟きに、何やら聞き覚えのある声が返って来た。
「ええ、と……」
 始業式の日、そして生徒会室までの強制連行。
 それらで会った先輩だ。
「天城美佐枝(あまぎ・みさえ)だ。まだ名乗っていなかったかな」
「あー、はい。それで天城先輩。もしかして保健室まで運んでくれたのって天城先輩ですか?」
「ああ」
 天城は首肯すると、誠二が横になっているベッドの脇まで歩み寄って来た。
「ついでに言えば、通報して、現場から君をここまで運んだのも私だ」
 耳打ちされた内容に、誠二は顔色を変える。
 目撃されていたのだ。そしてここまで運んでくれたのだ。
 これを驚かずにはいられようか。
「……そうだったんですか。ありがとうございます」
「ふふっ。感謝の言葉はいい。礼をするなら、もっと別の物……そうだな、態度や行動で示してもらいたいものだな」
 クスリとほほ笑む天城はどこか妖艶さを醸し出している。
 恐らく、至近距離でこんなことをしているからだろう。
 変に意識しないよう、誠二は痛みで悲鳴を上げる身体を鞭打って無理矢理起きる。
「おい、まだ無理はするな。これから念のために検査を――」
 天城の無理をするなという注意喚起は強制的に止めさせられる。
 誠二が床に足をついて立ち上がろうとして、それまで圧迫されていた血流が一気に流れたために眩暈を起こしたのだ。
 よろめいて、天城のほうへ寄りかかり、彼女をベッドに押し倒してしまった。
「う……す、すみません。今、どきます……」
 完全に回復していない状態のためか、誠二の口調は途切れがちだ。
 そんな彼に、天城はうっすらとほほ笑んだ。
「なかなかに殊勝な心がけだな。ここまで積極的になれるとは、どうやら私の予想通りだったということか」
 ふふっ。ますます良いぞ。
 そんなことを呟きながら、天城は誠二の後頭部へ両手を伸ばした。が、先に誠二の状態が回復してしまったために、未遂に終わる。
「助けていただいたのに、恩をあだで返すようなことをしてしまって本当にすみません」
「久坂誠二のためなら私はなんだってできるとも。気にする必要はない。むしろ君も私のために何でもしてくれると嬉しいね」
 深々と頭を下げる誠二に対し、天城も立ち上がり、制服の乱れを整えつつ、そんなことを言ってのける。
 しかし誠二は苦笑を浮かべるばかりだ。
「今の僕には、天城先輩にしてあげれることなんてないですよ」
 直後、天城の表情が無表情の一色に急変した。
「それは本気で言っているのか?」
「え? ええ、さすがに冗談で自嘲できるほど変態ではありませんから」
「ならば、少し分からせてやろう」



159 :日常に潜む闇 第5話 ◆4wrA6Z9mx6 :2010/11/01(月) 12:06:43 ID:Lxx+Itu9

 一体なにを――という誠二の言葉は言葉にならなかった。
 視界いっぱいに映る天城美佐枝。そして後頭部と唇に感じる感触。
 紬原友里と同じことをされていることに、誠二は気づく。
 隙を突いて天城が舌を挿し込んでくる。しかし友里の時のような嫌悪感はない。
 いくら歯を、歯茎を、舌を絡め取るように舐められても、唾液を送りこまれても、むしろ誠二が同じことを仕掛けてしまうくらい気持ち良かった。
「んふう……」
「はあ……」
 二人の唇が離れ、間にはお互いの唾液が混ざりあった透明とも銀色とも見える橋が垂れ掛かっていた。
「ふふっ。これでも君はまだ無力だと言えるかい?」
「……いえ…………ですが、自信が持てません」
「何、気にするな。私はお前が欲しいんだ。これから、私に尽くしてくれるか?」
 思わず「はい」と言いそうになり、誠二は理性を最大限に活発化させなんとか踏みとどまる。
 果たしてここで頷いていいのだろうか。
「先輩、僕は……」
「結論はまだ出さなくても構わないさ。ただ、私が君を好いていること。これだけは忘れないでもらいたい」
 迷う誠二に天城はそう言うと、再びキスを交わす。
 今度は軽く唇同士が触れ合う、挨拶のようなものだった。
 何とはなしに一抹の寂しさを覚えるが、誠二はそれを顔に出すことはしない。
 天城は「また会おう」と言って保健室から出て行ってしまった。
 残された誠二は鞄を手に取り帰ろうとする。するとそこへ若い女性が声をかけて来た。
「あんまり保健室でいちゃつかれちゃ困るんだけどねえ」
「ええっと、すいません」
 保健医だ。
 火の点いていない煙草を口にくわえて、苛立っているかのように教務机で頬づえを突きながらこちらをジト目で眺めていた。
 この学園では、養護教諭という概念はないと最初のオリエンテーションで言っていた。大学部付属の病院から医師免許を持った人が派遣されているらしい。
「そりゃあ思春期の男子女子からしてみれば、保健室は背徳的行為の格好の場所かもしれないけど本当はそんな雰囲気なんてクソったれよ。ヤりたきゃ自分の教室に行ってヤってきな。それだけでも十分楽しめるから」
「…………それ教職者が言うセリフですか?」
「あたしは保健医。別に教える側じゃないから構わないわよ。さっさと帰りなさい。煙草が吸えないじゃない」
 法律で公共施設は全面禁煙というのをこの人は知らないのだろうか。というよりも本来なら喫煙を止める側に居るはずの人間がなんで大っぴらに煙草を吸おうとしているのだろうか。
 しかしこれ以上突っ込みを入れれば色々と面倒なことになりそうな予感がして、誠二は「失礼しました」と言って保健室を退室した。
 廊下に出て、誠二は軽くため息をついた。
 明日からの学園生活をどうすればいいか、つまりはイジメ対策についてだ。
 右足を引きずるようにして教室に戻り、自分の学生鞄を回収する。幸い、学生鞄には何も悪戯はされていない。
「誠二」
 急に、背後から声をかけられる。
 見知った声だったから、誠二はいつものようなのんびりとした口調で応じた。
「んあ? 弘志か。どうかした?」
「いや、……大丈夫、じゃあなかったみたいだな」
 振り返ればやはり雪下弘志がいた。
 どことなく翳りがあるのは、彼が俯いているからだけではないだろう。
「とりあえずどっかで飯でも食べない?」
 提案したのは誠二。
 驚いたように弘志は顔を上げる。
「久しぶりに激しい運動したから疲れちゃってね。お腹空いてるんだ」
 苦笑浮かべる軽口をたたく誠二に、弘志はどこか救われた気がした。
「…………ああ。そんじゃ、俺が見つけた美味いイタリアンレストランにでも行くか?」
「そこでラーメンって選択肢がないのが凄いね」
「俺は漫画みたいな展開は望んでないからな」
 肩を竦めるようにして、こともなげに言う弘志に、いつの間にか誠二は笑っていた。
 少なくとも味方は一人いたらしい。
 さすがに肩に腕をまわして――なんて漫画では良くある光景とまではいかないが、この事実は明日も頑張ろうという活力源になったことは言うまでもないだろう。




160 :日常に潜む闇 第5話 ◆4wrA6Z9mx6 :2010/11/01(月) 12:07:05 ID:Lxx+Itu9


~Side Yuri~
 誠二君がガラの悪そうな数人の先輩たちに連れされたのを私は屋上から目撃していた。
 嫌な予感しかしなかったけれど、非力な私にはどうすることもできない。
 案の定、誠二君はリンチされて、気を失うどころか下手をすれば死んでしまうのでは、と思うくらいに蹴られ殴られ罵詈雑言を浴びせられていた。
 しかし私以外にも誰かが目撃したのだろう。
 数人の教師が駆けつけて、不良たちを追い払った。
 そこまでは良かった。確かに私は安堵していた。これ以上誠二君が酷い目に遭っていたら、と思うだけで恐怖だったからだ。
「あれが、誠二君にまとわりつくネコさんなんだよね」
 教師たちから遅れてやって来た一人の女子生徒。遠目で分からなかったが、教師たちに何事かを告げて、自分は誠二を抱きかかえてどこかへ歩いて行った。
 大方保健室まで運ぶとでも言っていたのだろう。
 私以外の女の子が誠二君に触れるなんて考えられなかった。もはや疑いは灰色から黒に確定だ。
 誠二君が気を失っている間に何か悪戯をされないか心配になって保健室へ向かった。
 どうやら向こうが一足先に保健室に入っていたようで、私は聞き耳を立てることにした。
 中から聞こえてくる声に、手元に狂気となり得るものがあれば、そしてここが学校でなければたぶん私は、いや間違いなく乱入して雌猫さんの息の根を止めていたはずだ。
 わなわなと内側から噴き出る怒りを抑えながら『ひとしきりの行為』が終わるのを待つ。
 あまつさえあの雌猫は誠二君に私の物になれと言ってきた。
 ペットは所詮飼われる側にしかなれないという不文律を雌猫はしらないのだろうか。
 傲慢。僭越。厚顔無恥――。
 そんな数多の言葉が思考を覆い尽くすが、相手は雌猫、人間ではないのだから何を言っても理解できない。実力で示すべきだが、私にはそんな力はない。
 遠まわしに雌猫を攻撃することもできるが、今は別のほうで手いっぱいだ。
 そうこうしているうちに、あの雌猫が帰ろうとしていた。
 私は慌ててその場から離れる。
 今日はこれ以上ここに居ても無意味だろう。
 そう考えた私は、下校することにした。そして今、その帰宅の真っただ中にある。
 ――私を命懸けで助けれくれた誠二君。
 ――髪が普通とは異なるのに、それを気にせず接してくれた誠二君。
 ――朝、挨拶を返してくれた誠二君。
 ――誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君誠二君
 紬原友里の頭の中は誠二一色に染まっていた。
 それだけ彼を好いている、ということなのだろう。
 さらに、友里は誠二がイジメに必死に耐えている光景、リンチに反撃せず耐え続ける様子を思い浮かべて悦に浸っていた。
 誠二にイジメが起きているのは、当然ながら友里も知っている。
 これで彼の一面を知ることができるのだ。腹立たしい現状ではあるが、その見返りは十分すぎる。他の、発情期に入った雌猫が近づくことはないし、『何よりもお互いのことをより深く知れる』。
 あの発情した雌猫だって、どうせその内愛想を尽かすに違いない。
 しかし念には念を入れるべきだろう。
 友里の足は自然と学園都市内のスーパーマーケットに向いていた。




161 :日常に潜む闇 第5話 ◆4wrA6Z9mx6 :2010/11/01(月) 12:07:45 ID:Lxx+Itu9

~Side Seiji and Hiroshi in a Italian restaurant after school~
「さて、話をしよう。あれは今から37万、いや1万4千年前だったか」
「何その前書き」
 弘志のもったいぶった口調にすかさず誠二は突っ込みを入れる。というよりもアイスピックで急所を突き刺したと言ってもいいくらいの一撃を加えた。
 久坂誠二と雪下弘志は商業区にある小さなイタリアンレストランに来ていた。
 アンティークなテーブルやイス、インテリアが醸し出すその空間は、狭いながらも小洒落たた雰囲気で、どことなく喫茶店を連想させる。本を読むにも、デートをするのにもうってつけの場所だと誠二は思った。
「話って言うのは始まりが大事なんだ。導入部分だけでも飾らせてくれよ」
「別にそれでもいいんだけど。なんか長そうな気がしたから」
「誠二……お前ってやつは……」
 なぜか同情の視線を送られた誠二は、無言で目の前のたらこパスタをフォークで器用に巻いて食べ始めた。
 それを見てようやく弘志は諦めたのか、食べながらでいいから聞いてくれと前置きして喋り始めた。
「今朝の件、あれは複数の場所からほぼ同じタイミングで流出していたらしい」
 パスタをフォークに巻きつける誠二の手が止まった。
「元栓までは特定できていないから勘違いするなよ」
 早とちりしないように釘をさす弘志。
「それとグレーゾーンを発見した。もちろん推測にすぎない。だが、今一番疑いの強い線だ」
「グレー、ゾーン……?」
 そうは聞き返してみたものの、なんとなくその言葉の意味が誠二には理解できていた。
 つまり現時点で噂の発生源としての容疑が一番濃い人物のことだろう。
「そうだ。聞いて驚くなよ。紬原友里。もしくは久坂誠一だ」
「…………」
 心臓が、一度だけ大きく鳴った。
 指から力が抜け、フォークを床に落としてしまった。
 弘志は自失している誠二が元に戻るまで沈黙を保っている。しばらくして店員が代えのフォークを持ってきて、ようやくそこで誠二は意識を取り戻す。
「弘志……冗談、だよね?」
 店員にお礼と謝罪を言ってから、弘志に確認を求める誠二。
 しかし弘志が首を縦に振ることはなかった。
「この二人が限りなくクロに近い。ただ、俺の網にかかった内容から推測しただけだから、その二人のいずれでもないということも大いにあり得る。まだ推測にすぎないってことだけはちゃんと理解してくれ」
「…………いや、でも……そんなまさか……そんなはずは…………」
 未だ誠二は信じられないと言った表情で同じ言葉を繰り返している。
 そんな友人の様子に、弘志は推測にすぎない情報を与えてしまったことに失敗を覚えた。
「安心しろ。お前の兄貴やあの紬原がそんなことするはずがないって俺も思ってる。感情論抜きで、情報だけで推測した俺の不手際だ。感情論込みで考えれば、あの二人じゃ無理なことは明らかだからな」
 咄嗟にそんなことが弘志の口から出ていた。
 言った直後に彼は後悔する。自分がそんなミスをするはずがない。人間は、例え普段は大人しくあっても、状況によっては大きく異なることがある。それは世の中の犯罪を知っていればすぐに分かる。
 こうやって嘘でしか友を慰められないことに弘志は苛立ちを感じていた。
「誠二、とりあえず飯、食おうぜ。こういう時こそ美味い飯食って気分転換しないとな」
「あ、ああ、うん。そう、だね……」
 まだショックから立ち直れていない誠二だったが、弘志からすれば最初のころに比べてだいぶ良くなっている。
 後は本人がゆっくりと自分を納得させるしかないと、自分ので切ることへの限界を感じながら大切な友人と他愛もない雑談に残り時間を割くことに決め込んだ。