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757 :日常に潜む闇 第6話 ◆4wrA6Z9mx6 :2010/11/07(日) 17:51:47 ID:BM5rZgek

~Side Seiji at his home~
無事家に辿り着き、誠二は玄関で靴を脱ぐ。
 両親は長期の海外出張、兄の誠一は学生寮住まいで、家には誠二以外誰もいない。
 誰もいない家というのは恐ろしいほど静かで、どこか物寂しさを覚える。
 家の明かりのスイッチを押し、照明をつける。
 学園都市外の一軒家に、一人で住むことがこれほどまでに心細いものだったとは、と今更ながらに思う誠二だった。
 夕飯は弘志との一件で済ませてしまっているので食べる必要はない。だから二階へ上がり、自分の部屋に入って後ろ手にドアを閉めた時、誠二はその場に体育座りでうずくまり、声を押し殺して静かに泣いた。
 今日だけで、どれだけ酷い目に遭っただろうか。
 朝は誹謗中傷の嵐。昼も嵐。そして教科書の破損。放課後になれば不良に絡まれ集団リンチ。挙句の果てには噂を流布した黒幕は兄、久坂誠一、もしくは昨日迫って来たクラスメイト、紬原友里ときた。
 そんな四面楚歌の状況で救いとなるのは先輩、天城美佐枝と友人、雪下弘志の二人。それ以外は全て敵。敵。敵。
 根も葉もないうわさに振り増されている自分に、心底嫌な思いがしていた。しかしここで死のうものなら、その噂を認めることになる、なによりもここまで育ててくれた両親、好きだと言ってくれた先輩に申し訳が立たない。
 さらに言えば、まだ兄も紬原さんも犯人と決まったわけではない。
 これらの事実が誠二にとっての唯一の救いだった。
「今日は、もう寝よう」
 ひとしきり泣いた誠二はブレザーを脱ぎ、ネクタイを外して、制服のままベッドにダイブして意識を手放した。



758 :日常に潜む闇 第6話 ◆4wrA6Z9mx6 :2010/11/07(日) 17:53:33 ID:BM5rZgek


~Next day~
 カーテンの隙間から差す朝日に、誠二は眩しさを感じながら目を覚ました。
「んあ……しまった。制服着たまま寝ちゃったのか」
 バカだなあ自分、と思いながら下着とワイシャツを新しいものに着替える。
 腕時計で時間を確認して、朝食、洗濯をする余裕があると判断すると、すぐに行動に移った。
 洗濯機を動かしている間に朝食を手早く作る。
 と言っても朝はご飯に味噌汁、目玉焼きと決めているのでさしたる手間ではない。ついでに言えばご飯は数日前から冷蔵庫に置いてあるからレンジで温めればすぐだ。
 朝食が整い、誠二は静かにそれを食べ始めた。
 新聞は、一応取ってはいるものの、朝は読む暇がないのでもっぱら夕方が夜に朝刊を読む形になっている。
 ものの十分程度で食べ終わると今度は食器を水に漬けておく。朝は何かと忙しいため家に帰って来てから洗わないと、時間がないのだ。
 次に洗濯機から洗濯を取り出し、部屋干しする。
 そして歯磨き、洗顔、髭剃りと身だしなみを整えて、最後に今日の修行を確認して教科書その他を詰め込むと、誠二は玄関に向かった。
「じゃ、行ってきます」
 しかし誰からも返事が返って来ない。
誠二は外に出て、鍵を締めると自転車に乗って久遠坂学園へ向かう。
 学園はその名の通り坂の上にあるわけで自転車だと辛いのだが、それでもペダルを漕ぐことで生まれる疾走感が彼は好きだった。と言っても坂では自転車から降りるのだが。
 他の学園生に混じって登校し、正門脇の大型駐輪場に停めて、ゲートをくぐって高等部へ向かう。
 だが、やはりと言うべきか、高等部に近づくにつれて誠二に対する視線は比例するように増していった。どうやら噂は既に全校生徒に知れ渡っているらしい。
 中にはあからさまに憎悪のこもった視線を向けて来る生徒もいる。
 そんな中、背後から声をかけられた。
「おはよう、誠二君」
「ああ、おはよう友里」
 一瞬昨日の弘志の話が脳裏をよぎったが、なるべく普通に返す誠二。
 友里はそんな彼の心情を悟ったのだろうか。普段から無表情な顔がさらに無表情さを増して、どこか険のある表情にも思えてくる。
「ねえ、何か隠してる?」



759 :日常に潜む闇 第6話 ◆4wrA6Z9mx6 :2010/11/07(日) 17:54:31 ID:BM5rZgek

「何かって……なに?」
 ここで悟られるわけにはいかない。
 これ以上関係をこじらせたくない誠二は、友里を信じたいと思う気持ちも併せてわざととぼけた。
「……私の思い違いだったのかな?」
「そうなんじゃない?」
 心臓が無意味に高鳴っている。
 不信と希望に挟まれて、誠二の胸中はさらに複雑さを増していた。
 朝食を取っている最中、弘志の衝撃的な内容のことを考えていた。
 でも、兄や紬原友里はとてもそんなことをするような人間とは思えない。だいたい兄弟の仲がギクシャクしているのは自分が兄にコンプレックスを抱いているからだ。
一応、兄は兄なりの自然体でこちらに接している。たとえそれが変人的行動を伴っていたとしても。
 そして紬原友里。彼女は出会って間もないが、すでに色褪せている過去の記憶と照らし合わせても到底考えられない。だが、可能性として考えるなら、紬原友里に疑いがどうしても傾いてしまう。
 弘志はほぼ間違いなくしないだろうが、久坂誠二は紬原友里に襲われている。彼女の自室で。
 未遂だったとはいえ、確かに彼女に襲われた。
ついでに言えばファーストキスも奪われた。とはいえ相手は、まあ美少女だ。嫌なわけではないが、やはり最初は好きな人とちゃんと向き合ってしたかった。
一方的過ぎるのは、色々とショッキングだ。
 話は逸れたが、とにかく強姦未遂に遭い、そして激しく拒絶した。
 つまり拒絶されたことに激高して、復讐(?)に走ったのではないかと誠二は考えていた。
 さらに言えば、復讐という名のイジメで精神的に弱っているところで、どんなに拒絶されても私は貴方が好きよと言う作戦なのではと、自意識過剰も甚だしい展開を想像してしまった。
 そんなこんなで思いつく限りのシナリオを描いてみたが、やはり実際に接した時の感覚、もしくは自分のお人好しさによってどうしてもこの二人ではないと思っている自分がいるのも確かだった。
 しかしどうだろうか。
 今実際に彼女と接して、やはり紬原友里が主犯ではないのかという疑いが再び浮上してくる。
 正体が誰なのかはっきりしないために、疑いのあるものを手っ取り早く犯人扱いして、自分を安心させようとする人間の脆弱さゆえだ。
 それを分かっていても、疑いを完全にぬぐいきることができない。
 誠二は泣きたい気持だった。
 そんな難しい顔をしてる彼をじっと見つめる友里。
 二人は無言のまま、周囲から無数の、様々な視線を受けながら昇降口に向かった。



760 :日常に潜む闇 第6話 ◆4wrA6Z9mx6 :2010/11/07(日) 17:55:14 ID:BM5rZgek


~~1時限目――A first period~~
 誠二は保健室にいた。
 正確に言えば、保健室のベッドに横になっていた。
 カーテンのすぐ向こうには、相変わらずイライラした様子の保健医が火の点いていない煙草を口に含み、片方の脚をもう片方の太ももの上に乗っけて書類作業をしている。
 ――先生、いくらパンツスタイルだからってそんな行儀悪いことするのは若い女性としてどうか思います。
 実際に言ったら一発殴られるどころでは済まなそうなことを思いながら、誠二は静かに天井を真っすぐ見つめていた。
 あれは昇降口――下駄箱での出来事だった。
「あれ? 上履きがない?」
 最初、誰かが間違って履いてしまったのかと思った。
 しかし、遠巻きにこちらを見て笑っている男子生徒たちを目撃して、意図的に隠されたのだと悟る。
 上履きくらいなら、まあいいか。と誠二は考え、靴下のまま教室へ向かおうと足を向けた。
「誠二君、上履きどうしたの?」
「ん? いやあ、なんだか他の人が間違って履いてっちゃったみたい。出席番号のシール貼ってあるのにねえ」
 友里の指摘におどけて見せる誠二。
 彼女は「ふう、ん。そうなの」と大して気にした様子もなく「早く教室に行きましょ」と誠二を促した。
 教室に入ってから、今度は自分の机が消えていた。
その部分だけ、ぽっかりとできた空間。そこには何故か中身が撒き散らされたゴミ箱やら箒、塵取りが置いてあった。
確定的だった。
 しかし誠二はやれやれ仕方ないといった風に肩を一度竦めると、片付けを始めた。
 友里が手伝おうかと言ってくれたが、下手をすれば彼女に被害が及ぶかもしれない。
 さっきまで容疑者扱いしていたのに、こんな時ばかりはなんて心変わりだろうかと自分の馬鹿さ加減に呆れていたのは秘密だ。
 片づけている最中、いきなり紙くずや散りゴミが飛んできた。
 飛んできた方向を見やれば、
「あはっ。ごめーん。片づけ邪魔しちゃったぁ? ついでにそのゴミも片付けといてくれない? ヨロシク―」
 実にすがすがしいまでの嫌がらせだ。
 何も言わずに肩を竦め、黙々と作業を再開する誠二。
 さっきの女子生徒は仲良しグループの和に戻り、何やらキャッキャと騒いでいる。
 どうせ自分にまつわることだろうと聞き流すことを決め込んだ。
 それでもやはり辛いものは辛い。
 この後机も探さないといけないのか、とネガティヴな思考に入りながら、保健室で休もうかなと思い始めていた。
 なにしろ何かと理由をつければ幾らでも休める場所だ。もちろんそれが敵前逃亡を意味するのは分かっている。
 片付け終わると、誠二はふらりと教室を出て、保健室へ向かった。
「あら? 誰かと思えば昨日のイジメられっ子じゃない」
「その節はどうも」
「逃げにきた? まああたしには関係ないからどうでもいいわ。ベッドに潜り込んで泣いてもいいけど、声は出さないでよ。あたし辛気臭いの大嫌いだから」
 じゃあタバコ臭いのはいいのか。
 開口一番とんでもないことを言う保健医に迎えられ、そうして今に至る。
 ちなみに、泣いてなどいない。
 敢えて言うならこれからの戦略を練っていたということにしておこう。



761 :日常に潜む闇 第6話 ◆4wrA6Z9mx6 :2010/11/07(日) 17:57:10 ID:BM5rZgek
「ところでさあイジメられっ子クン」
「先生、いくらなんでもそれは酷いです」
「……あんたどうして苛められてるわけ?」
「さあ? どうしてですかね。敢えて言うなら何者かの策略に嵌められたとでもしておきましょうか」
 保健医にいきなり話しかけられ、誠二はなんとでもないと言った風に応える。
 するといきなりカーテンが開いた。
「イジメはたいてい相手が自分とは異なることを理解しようとしない、もしくは理解不足で起こるものよ。んでもってあんたの場合はマイノリティなケースね。ただの噂で苛烈ないじめが起こるなんて、異常そのものよ」
 科学者そのものの目つきで、保健医がちょうど誠二を見下ろす格好になっている。
 誠二は困ったような、苦笑いするような表情を浮かべた。
「そんなこと言われも分かりません。自分だってどうしてこんな目に遭うのかさっぱりですから」
「でしょうねえ。それが分かってたら苛めなんてとっくに解決してるんだから。ま、あたしが言いたいのは、誰かに心の支えになってもらいなさい。
そうね……同じ価値観を共有するという点では同性がいいのかもしれないけど、今回の場合、異性のほうがいいわねえ。包容力のある女性に悩みを打ち明けて、
価値観を共有してもらうのがいいかも。それにちょうどいい人材もいるわけだし。確か、天城とかって言ったかしら? この間告白されてたみたいだし、この際だからくっついちゃいな。ああでもあたしの目の前でいちゃつくなよ?
 もしやったら医学部の実習材料にしてやるから」
 そんな怖いことを言って、自分のデスクへ保健医は戻って行った。
 とんでもなく他人事を言われた気がするが、しかしそうしたほうがよさそうに思えるのもまた事実。
 どうしたものかと考えていると、1限目の終了のベルが鳴った。
 それから数分して、保健室にやって来たのは天城だった。
「失礼します」
「あらいらっしゃい。例の生徒ならそこで伏せって助けてくれるのを待ってるみたいよ」
 天城の事情を知ってか知らないでか、誠二にとっては不意打ちに等しい行為だ。
 しかし保健医の言葉に彼女は微笑んでしっかりと頷いた。
「風間保健医、煙草は止められたほうが良いです。逃げられますよ?」
「あら生徒が出過ぎた真似をするとは良い根性ね。ウザいから早く消えてくれないかしら?」
「もちろん。言われなくともそうする所存です」
 などという他愛もない会話をして、天城は誠二が横になっているベッドに歩み寄り、カーテンを押しあけた。
「おはよう、久坂誠二。教室に居ないと聞いてな、もしやと思って来た」
「ええ、と……おはようございます、天城先輩」
 彼女のことを悶々と考えていたために、余計に意識してしまう誠二。
 そんな彼に不審を抱くことなく天城はにこりとほほ笑んだ。
「できれば昨日の返事を聞きたいんだが、現状を鑑みるに、君にはその余裕がないとみた。そもそも今はそれが主な目的ではないからな」
「先輩、ちょっと、いいですか……?」
 急に悩むような真面目なような口調になった誠二に、天城も態度を改めた。
「どうした久坂誠二」
「あの、実は天城先輩にお願いがあるんです」
 天城の眉がピクリと動いた。
「その、僕の心の支えになってくれませんか?」
「それは、この間の返事と考えても構わないのか?」
「いえ……それとはまた別に、僕からのお願いです」
「ふふっ。君は卑怯だな。告白の返事をせずに、傍に居てくれなどと、私を生殺させるつもりか?」
「卑怯なのも、先輩に辛い思いをさせるのも、重々承知です。ですが、今だけ――今の状況が改善されるまでの間だけ僕の心の支えになってくれませんか?」
「ふふっ。これはまた……惚れた弱みというやつだな。構わないとも。むしろ喜んでお前の剣に、盾に、鎧になってやろう」
 そう言って、天城は一呼吸間を置いた後にさらに口を開いた。
「ただし、条件がある」
「条件、ですか?」
 その言葉に誠二は首をかしげると同時に一抹の不安を覚えた。
「そうだ。一つ、私を呼び捨てで、名字ではなく名前で呼ぶこと。二つ、私と会話する時、敬語は使わないこと。三つ、私と君は一心同体。つまり何時も離れずにいること。四つ、私のために尽くすこと。もちろん私も君に尽くす」
 どうだ? 難しくもなく、悪くもないだろう?
 天城が提示した条件に、誠二は一瞬逡巡する。
 本当にこれでいいのだろうか。いや、今はこうする他に策はない。
 何よりも、誠二はいつも隣に寄り添ってくれる誰かを心の底から求めていた。
「分かったよ、美佐枝」
 その言葉に、天城は満面の笑みを浮かべて誠二に抱きついた。



762 :日常に潜む闇 第6話 ◆4wrA6Z9mx6 :2010/11/07(日) 17:58:10 ID:BM5rZgek
「ふふふ。嬉しいぞ、誠二。これで私たちはいついかなる時も離れることはない。実に喜ばしい。誠に重畳だ」
 天城のその喜びように戸惑う誠二だったが、今は静かに彼女を抱きしめ返すことにした。
 しかしそれでまるく収まるわけがないというか、そうは問屋がおろさないのが世の常だ。
 ガシャン。と保健室の出入り口付近で何かが落ちる音がした。
 見れば、そこにいるのは紬原友里だった。
「誠二君……その人、誰?」
 落ちたのは弁当だった。
 だが彼女は中身が床に撒き散らされた弁当に目を向けない。
 静かに、だが足取りはしっかりと、こちらに歩み寄って来た。
 誠二と天城は、彼女が誠二に寄り添う形でベッドから離れ、ちょうど真上にあるカーテンレールを境界線とするように対峙する。
「ねえ誠二君、隣にいるの、誰?」
「天城美佐枝先輩だよ。生徒会の副会長。紬原さんも知ってるでしょ?」
「ふうん。それで、どうして誠二君はその人と一緒に居るのかな?」
 今更ながらに誠二は返事に窮した。
 彼女にどう説明すれば、この状況を丸く収めることができるのだろうか・
 さらに言えば、紬原友里の雰囲気が、彼女の自宅で襲われた時、そして夢で見た彼女のそれにそっくりだった。
 何かが不味い。
 嫌な予感しかしなかった。
「ふふっ。照れることはない。私たちの関係は友人たちにしっかりと告げなくてはな。なあ、誠二」
 いつまでも口を開かない誠二に代わって、天城が言った。それも彼の下の名前を呼んで。
 直後、友里は無言で誠二の左手を掴んだ。
「え? ちょ、ちょっと紬原さん?」
 突然のことに戸惑う誠二。
 しかし友里はぐいぐいと、まるで自分の物を取り戻すかのように引っ張っている。というか保健室の外へ引きずり出すようにしている。
「後輩。私の誠二に乱暴を働くとは、いかんせん見過ごせないな」
 パシン。
 誠二を掴む友里の手が強く叩かれた。
 驚き、その拍子に誠二から手を離してしまう友里。
「なに、するんですか……」
 叩かれた手をもう片方の手でかばいながら、天城を睨みつける友里。
 相当強く叩かれたのか、瞬間的に見えた手の甲は真っ赤になっていた。
「誠二と私は、たった今、この場で、一心同体になった。お前のような小娘がしゃしゃり出る所ではないということだ」
「誠二君と私は運命の赤い糸で結ばれているんです。それと、気安く誠二君の名前を呼ぶの止めてくれませんか? 耳障りです。誠二君が汚されます」
「ほう? なかなかに喋るな、後輩。しかし汚す汚されるとは尋常ではない。まるでお前が誠二に対してそうしたように、な」
 指摘され、友里は顔を初めて強張らせた。
 その時、天城は勝ち誇ったような表情を浮かべる。
「ふふ。私は誠二からぜひにと言われ、そして今の関係になったわけだ。残念だったな、後輩」
 行こうか、誠二。
 そう言って戸惑う誠二の背を押して保健室を出て行く天城。
 途中、天城が弁当箱を踏んづけたのは、言うまでもないだろう。
 友里は唇をかみしめ、その場に立ったままうつむいているばかりだった。