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832 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/09(火) 23:32:36 ID:ykVc5Wto
「とりあえず命は何とか繋いだ。後は本人の体力次第だな」
「すいません黒川さん。帰ってきて早々」
藤川邸には医者が常駐していると英に聞いたことがあった。だからこそ避難先に英の屋敷を選んだ訳なのだが……。
「よっ、少年!元気だったか」
「……何でアンタがここに居るんだよ」
「いやぁつい先日病院の仕事が片付いたからこっちに戻ってきたら……ねぇ。妹さんも元気か」
「あ、はい」
そう。よりによってその"常駐している医者"が記憶喪失直後の担当医だったあの黒川さんだったのだ。
「まあこれも何かの運命だな!仲良くやろうや少年!」
「はあ……」
「要、話は聞かせてもらった。今亮介にも連絡したらすぐに来るってさ。……その子か」
英が里奈を見つめる。そういえば英がこうして里奈に会うのは初めてか。潤は心配そうに二人を見つめていた。
「えっと……あたし里奈って言います!匿ってくれてありがとう!」
「あ……うん……どう致しまして」
自己紹介をする里奈に対して見たこともないようなぎこちない笑みで返す英。やはりまだ会わせるのは早かったのかもしれない。
「潤、英と話したいことがあるから里奈と外にいてくれないか」
「……うん、分かった。里奈、行こう」
潤は察してくれたらしく里奈を連れて部屋を出ていった。
「……英、俺さ」
「いいんだ、要が悪い訳じゃないから」
先程と同じかそれ以上にぎこちない笑みを浮かべる英。……そんな顔されたら何も言えねぇよ。
「里奈……か。栄作さんもよくやるな」
「黒川さん……」
そんな英の肩を叩きながら黒川さんが言う。どうやら今ので察したらしい。さすが医者といったとこだろうか。
「要君……だったよね。君のことは妹からよく聞いてるよ」
「妹……?」
「ああ、君らのクラスの担任の黒川。あれ僕の妹だからさ」
「「……ええっ!?」」
衝撃の事実に俺と英が思わずハモる。つーか全く似ていないんだが。
「まあ大体は要君の愚痴だがね。結局アイツも僕も君が心配なんだ」
「アイツ……」
黒川先生をアイツ呼ばわりか。いや、兄妹だから当たり前といえば当たり前なんだが。
「とにかく頑張れよ!何かあったらいつでも相談しろよ?妹でも良いからさ」
そういうと黒川さんは医務室へ戻って行った。
「……要、ゴメン。でも僕も知らなかったんだ」
「いや、あれは気が付かないだろ」
とりあえず黒川先生には今後近付かないことが決定した。


833 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/09(火) 23:33:45 ID:ykVc5Wto

藤川邸には今英しか住んでいないらしい。父親の栄作さんはまだしばらくは病院だそうだ。
亮介も合流しとりあえず今日起きたことをかい摘まんで説明した。
リビングで一通りの話をした時には既にここに来てから小一時間ほど経っていた。
「なるほど……。つまり会長は本気で要を自分のモノにしたいわけか」
「ああ……。そういえば英、遥に連絡は?」
「それが着かないんだ。もしかしたら既に会長に……」
今にも会長がここにやって来るかもしれない。それを考えると手が震える。思い出してしまうのだ。会長のあの瞳を。
「……これは俺の問題だ。皆には――」
「関係ないわけないよ」
潤が俺を見つめながら喋る。里奈は疲れたのか隣のソファーで寝ていた。
「だって私たちは"要組"なんだよ?……仲間の問題は皆の問題だから」
「勿論会長の暴走を止めるのも俺達の役目だしな。細かいこと気にしてんじゃねぇよ」
亮介に思い切り背中を叩かれる。かなり痛かったが不思議と手の震えは止まった。
「僕たちは6人で一つなんだ。それは要が記憶喪失になっても変わらないよ」
「……ありがとう、皆」
今ならどうして記憶を失う前の俺が"要組"を結成したのか、分かる気がする。きっと俺は寂しかったんだ。
あの夢で見た、いや過去の記憶の中の俺は一人では耐えられなかったのかもしれない。いずれにせよ、今は仲間がいることに感謝だな。
「とりあえずまだ会長は来ないみたいだし――」
英がそう言いながら立ち上がった次の瞬間、二階にある大きな窓がけたたましい音を立てて割れた。
「な、何っ!?」
「下がれっ!」
藤川邸のリビングはちょうど二階が吹き抜けになっている為、割れた硝子がまるで雨のように降り注いでくる。
「兄さんっ!」
「分かってる!」
間一髪、寝ている里奈を抱き抱えて奥へと逃げる。
振り返るとついさっきまで俺達が座っていた場所に硝子の雨が降り注いでいた。と同時に何かがそれらと一緒に降ってきてソファーに激突する。
「くっ!?会長か!?」
「いや、あれは……」
硝子と共に降ってきた金髪のメイドは何事もなかったように起き上がり、服に付いた硝子の破片を払い落としていた。
「損傷軽微……たいしたことはありませんね」
「お、桜花!?」
「やはりここにいましたか要。迎えに行くといったのに困った人です」
軽く溜め息をつきながら近付いてくる桜花。何だこの感じ……。無意識に後退りしてしまう。桜花からも会長から感じたあの狂気を確かに感じる。
「人の夫を盗ろうだなんて、とんだメイドだな」
俺達と桜花の距離が後少しになった時、会長が正面口扉を蹴飛ばして入って来た。蹴飛ばされた扉は粉々になって四散する。
「優お嬢様の夫?随分と笑えない冗談ですね」
「私からすれば人間でない君が要を愛しているなどとほざく方がよっぽど笑えないがね」
桜花は向きを変えてゆっくりと会長に近付く。会長はソファーの側で止まっていた。
「これだから世間知らずのお嬢様は困ります。愛とは本人同士が好き合っていることなのですよ」
「ならば余計に笑えない。要が好きなのは私だからな」
二人の距離が近付いていく。気が付けば無意識に走り出していた。もう我慢出来ない。二人を止めなければならないんだ。


834 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/09(火) 23:34:35 ID:ykVc5Wto
「に、兄さん!?」
「止めろよっ!」
二人の間に割って入る。が次の瞬間には激痛が腹部を襲った。
「なっ!?」
「か、要っ!?」
「ぐっ……!」
無理矢理割って入ったせいで会長の蹴りをまともに受けていた。
桜花の方は幸い防御するつもりだったらしく何も喰らわずにすんだ。意識が飛びそうになるのを何とか堪える。駄目だ、ここで気絶したら何も変わらない。
「か、要……何故――」
「いい加減にしろよ!?てめぇがやってること分かってんのか!?」
今にも気絶しそうな意識を振り絞って会長に怒鳴る。突然のことに驚いたのか、会長は固まっていた。
「……俺、会長のこと尊敬してた。だから全校生徒の前でああやって言われても嬉しかったよ」
「わ、私も要のことが――」
「でも俺の好きな会長……優はこんなんじゃねぇ!もっとクールで……それでもってすげぇ暖かい人だ!でも今の優はそうじゃねぇ!」
会長が一歩後ずさる。先程の威圧感は微塵も感じられない。本来なら澄んでいるはずの碧眼には一切の光も写ってはいなかった。
「わ、私は……ただ要が喜ぶって思ったんだ……。全員壊せば……要は私の……」
「……そんなの俺は望んでない」
優の目をしっかり見据えて言う。彼女は微かに震えていた。あまりの変わりように心が痛むが言わなくてはならない。これは俺にしか出来ないはずだから。
「不安なんだ……君が……君が憧れる先輩を……完璧に…え、演じきれているのか……私は強くないと……」
「俺は……俺は今の優のこと、好きには……なれない……ゴメン」
優の目が大きく見開く。俺のせいだ。もっと前からはっきり言うべきだったんだ。なのに……なのに言えなかった。
彼女を悲しませたくなくて……いや、本当は見たくなかったんだ。皆の見本であり尊敬する彼女の弱さを。結局優を狂気に突き落としたのは……俺だったのかもしれない。
「…………………………………ふふっ」
「ゆ、優」
「あはははははははははは!あははは!」
優は涙を流しながらしばらく笑い続けた。そこにいる誰もが何も出来ないで彼女を見ていた。やがて糸の切れた操り人形のように優は倒れた。
「優っ?優っ!?」
「か、会長っ!?」
駆け寄り抱き寄せるが優はまるで魂が抜けてしまったかのように天井を虚ろな目をして見ていた。



結局優は目を覚まさず桜花が近くの病院に連れて行くことになった。黒川さんも撫子を連れて同行することになったが事情は聞かないでくれた。
「……優のこと、頼む」
「……私はどうすれば良いのでしょう。要のことが好きなのは揺るぎません。ですが……」
桜花は目を閉じて沈黙する。何か自分の中で整理できないことがあるのだろうか。
「……桜花?」
「要の言葉に……要のさっきの言葉に動揺したのはお嬢様だけではなかった、ということです。私は……」
そのまま続きを言うことなく桜花は黒川さんと撫子を乗せて病院に向かった。残されたのは荒れ果てたリビングに立ち尽くす俺達だけ。
「要っ!」
「……遥。無事だったのか」
ちょうど桜花の車を入れ替わりで遥が来た。おそらくさっき送った英のメールを見たのだろう。
「優は……?」
「……俺の……せいだ」
「要?」
そう、優もまた寂しかったんだ。たった一人で美空開発という大企業の看板を背負わされて平気なわけがない。だからこそ彼女は"要組"に支えを求めたんじゃないのか。
「……兄さんのせいじゃないよ。だからもう帰ろう?」
「くそっ……!」
携帯を床に投げ付ける。なんてふがいないんだ。結局俺は助けられなかった。俺にしか出来なかったのに。俺だけが彼女を救えたはずだったのに。
「……潤、要を頼むよ」
「うん、兄さん……今は帰ろう?」
潤に促され無言で立ち上がる。どうせここにいても何も出来ないし優が目覚めるわけでもない。里奈は潤の背中で寝ていた。
「……要、携帯」
遥が拾ってくれた携帯を受け取る。意外と丈夫なんだな、なんてくだらないことを考える。でなければ耐えられそうになかった。
「要……」
「……じゃあ、また」
どうすれば良かったんだろう。それだけがずっと頭の中で浮かんでは消えてを繰り返していた。


835 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/09(火) 23:36:05 ID:ykVc5Wto

最初はただの高飛車な生徒会長としか思わなかった。俺が興味本位で生徒会書記にならなかったから、今でもそうとしか思っていなかったのだろう。
「"要組"……か。中々面白いな」
「やっぱり会長もそう思うか!?」
放課後の生徒会室。夏前くらいから段々会長と打ち解けて来て気が付いたら自然と生徒会室で彼女と話をしていることが多々あった。
「しかし何故要、なんだ?私も入るなら普通年上を立てて"優組"にするべきだろう」
不適な笑みを浮かべる会長。でも俺は知っている。彼女の弱さを。つい先日打ち明けられたのだ。
彼女は孤独だった。小さい頃から大企業である"美空開発の一人娘"として会長は見られてきた。
近寄ってくる奴らは皆、彼女の肩書しか見ておらず自然と彼女は他人を信じられなくなっていたらしい。
「まあ、私に初めて"美空?聞いたことないな、ラーメン屋?"と言った度胸は買ってやるがな」
「あ、あれは仕方ないだろうが!?知らなかったんだしさ……。つーか一字一句覚えてんのか!?」
そんな時俺が爆弾発言をしてしまったのだ。まあ結果的には会長にとってそれは人生で初めて"肩書"以外を見てくれた台詞となったのだった。
「こないだも言ったが私は弱虫なんだ。本当は強くなんかない。今だって要に嫌われていないか心配なんだ……。異常、だろ?」
苦笑いしながら振り向く会長はどこかはかなげ美しさを備えていた。
「……俺は好きですけどね、会長のそういうところ」
「……物好きだな」
そう、"要組"はそんな一人では生きていけない"仲間"を集う会なのだ。
「じゃあ名前は"要組"でいきましょうか!」
「……君の好きに好きにしろ」
優しく微笑む会長。そう、美空優はクールでそれでいて暖かくて、反面孤独故にとても独占欲が強い女の子だったんだ。



「…………」
日差しが眩しい。時計を見ると既に午後2時だった。改めて思う。あの地獄のような晩から無事に生還出来たのだ、と。
「……いや、無事じゃないか」
今の夢、いや過去の記憶はおそらく俺と優の出会いと彼女の本当の姿を表したものだった。
「弱虫……か」
もう少し早くこのことを思い出せていたら、結果は変わっていたのだろうか。
考えても無駄だと分かっていても止められない。とりあえず気分を変えようとリビングへ向かう。
「あ、兄さん……」
「潤……どうしたその顔?」
洗面所から出て来た潤と鉢合わせになる。何故か潤の顔はびしょ濡れだった。顔でも洗っていたのだろうか。
「別に顔洗ってただけだから……兄さん」
「ん?」
潤が抱き着いてくる。何故か少しだけ震えていた。顔を俺の胸に埋めているので表情は分からない。
「兄さんは……兄さんはもういなくなったりしないよね?」
「……潤?」
「私の側から離れたりしないよね?……たった一人の"家族"なんだから」
「あ、ああ……」
俺の返事を聞くと潤は抱き着くのを止め、俺に微笑んだ。よく見ると目の下には隈が出来ている。
「……そうだよね。心配する必要なんてないもんね。会長は……自業自得だったんだもんね」
潤の呟きが後半部分は聞こえない。一体何と言っていたんだろう。
「兄さん、今お昼作るから!」
気が付けば潤はリビングへの扉を元気良く開けていた。俺が知っているいつもの潤だ。
……だったら今のは一体……?
「……潤は変わったんだ。大丈夫」
もう出会った時の狂気に支配された潤じゃないはずなんだ。だってあんなに里奈と仲が良くて――

『不安なんだ……君が……君が憧れる先輩を……完璧に…え、演じきれているのか……私は強くないと……』

「……潤は、大丈夫だ」
潤は里奈のことを本当に可愛がっている。決して俺に好かれる為にやっている訳じゃない。そう思うのに何故か不安感は拭い去れなかった。


836 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/09(火) 23:37:39 ID:ykVc5Wto

優が学校に来なくなってから一週間が経った。
表向きは"インフルエンザで欠席"となっているが勿論本当は違う。
何度も優の入院している病院に見舞いに行ったが毎回面会謝絶で結局まだ一度も会えずにいた。
「……何か避けられてるな、俺」
優のあの全校集会以来、俺が廊下を歩くだけで皆自分のクラスに戻ってしまったり、クラスメイトに至っては俺の席に近付きもしない。
「まあ面倒事に巻き込まれたくない気持ちは痛い程分かるけどな……」
この学校、下手したらこの地域で最も権力を有する美空家を敵に回して無事で済むわけがない。まさに触らぬ神に祟り無し、といったところか。
最初はからかってくれていた男子連中も今では腫れ物でも触るかのような態度しか取ってくれない。
メールも今までとは打って変わって"もう連絡しないでくれ"的な内容の物になり、今では要組の皆としかやり取りしていない。
「……災難は続くものだからな」
そう呟いて自分を慰めるくらいしか出来なかった。
「元気ないね、要」
「早く購買行こうぜ。秘伝のカレーパンが売り切れちまう!」
それでも英と亮介は全く変わらず俺に接していてくれる。持つべきものは友達、とはよく言ったものだ。とにかく今は誰かと一緒にいたい気分だった。
「……よし、急ぐか!」
孤独になることの恐ろしさ。それを最も味わってきたであろう優。皮肉にもそんな彼女を"壊した"俺が今、その孤独を恐れている。



放課後。一人で帰り道を歩く。英も亮介も用事があるようで今日は久しぶりに一人だ。
「……はぁ」
思わず溜め息をつく。空には俺の気持ちとは対称的に綺麗な夕焼けが広がっていた。何となく家に帰りたくなくて、当てもなく歩き続ける。

どれくらい歩いたのだろう、気が付けば海のすぐ近くまで来ていた。
夕焼けに染まる海は、まるで燃えているようで水面が輝いている。近くの柵に寄り掛かり海を眺めると少し気分が晴れたような気がした。
「……どうすれば良かったんだろう」
優が倒れてからずっと考えてしまうこと。こんな綺麗な夕焼けを目の前にしても尚、答えは見つからない。
「……優」
優のことだけじゃない。これからどうすれば良いのか、それもまた分からなくなってしまった。
鮎樫、もとい海有朔夜は言っていた。『平穏』が壊れてしまう、と。記憶は断片的に戻ってきてはいるがまだ完全ではない。でも不完全でこんな悲劇が起こるなら――
「…………偶然だ。何であんな奴の言うこと、真に受けてんだよ」
気が滅入っているからかもしれない。女の子の名前を言っただけで不幸になるなて馬鹿げた話だ。


837 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/09(火) 23:38:26 ID:ykVc5Wto
「……要?」
声のした方を振り向くとそこには遥がいた。夕焼けに照らされた白髪がとても印象的だった。
「……遥、こんな所で何してんだ」
「散歩。要こそ何してるの?」
「……散歩」
「そう」
遥はそれ以上は何も聞かず俺の隣に来て同じように夕焼けを見始めた。そういえば遥と二人きりになるのは家に行った時以来だ。
「……綺麗だよな、夕焼け」
「……うん」
二人して夕焼けを見ながらぽつぽつと会話をする。こんな些細なことなのにいつの間にか落ち着いている自分がいた。
「……要は太陽だね」
「太陽……それ褒め言葉か?」
俺の問いには答えず遥は夕焼けを見ながら続ける。
「太陽はね、いつでも誰かを照らしてる。色を変えながら色んなものを照らしてくれるの」
「……そうだな」
「朝は白くて昼は黄色くて……今はオレンジ。夜にはいなくなっちゃうけど、代わりに月を照らしてあげられる」
遥は柵に寄り掛かりながら話し続ける。彼女の横顔は何処か寂しそうだった。
「月は太陽がいるから輝けるんだ。……だから月は不安なんだよ。太陽が照らしてくれないと月は一人ぼっちだから」
「一人ぼっち……」
一体誰のことを言っているのだろうか。優のことを言っているならば俺は太陽なんかじゃない。なぜなら俺は彼女を……。
「だから太陽は疎まれても避けられても輝かないといけない。それが月を生かす唯一の手段だから」
「避けられても……か」
やっと分かった。遥は俺を励ましてくれているんだ。太陽、つまり俺にたとえ避けられても諦めるなと言ってくれている。
「大丈夫。だって月は……わたしはずっと要を見ているから」
「えっ?」
一瞬何をされたか分からなかった。頬には柔らかい感触。遥は顔を真っ赤にして足早に去って行った。
遥の背中がかなり小さくなった頃、ようやく頬にキスされたということに気が付く。
「……ありがとな、遥」
若干戸惑いはあるが今は素直に嬉しかった。俺自身の為だけじゃなくて俺を必要としてくれる人の為に頑張る。そう思うだけで少し楽になれた。


838 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/09(火) 23:39:14 ID:ykVc5Wto

「ただいま……ってうおっ!?」
「おかえりカナメ!」
「あ、兄さんお帰りなさい。もう晩ご飯出来てるよ」
家に帰るといきなり里奈に抱き着かれた。潤はピンクのエプロン姿で半身を覗かせている。リビングからは美味そうなカレーの匂いがした。
「遅くなってわりぃ。さ、早く食べようぜ」
里奈に左手を引っ張られてリビングに行く。テーブルには潤特製のカレーが三つ、既に用意されていた。
「お腹ペコペコだぁ……。カナメ、ジュン、早く食べよう!」
「まず手を洗ってからだよ、里奈!」
二人を見ていると本当に歳の離れた姉妹のようで何と言うか微笑ましい。この家もまた、要組と同じく今の俺の心を支えてくれているのかもしれない。



夕飯の後、リビングでテレビを見ていた。いつものように里奈は俺の膝の上に座っている。
「……中々当たらないね」
「まあファミレスっていうとメニューが山ほどあるからなぁ」
今見ている番組ではあるファミレスの人気ベスト10を当てるまで帰れないとかいう無茶苦茶な企画をやっていた。
里奈が真剣に考えているのでそれに付き合わされている形だ。
「ええっ!?オムライス入ってないの!?」
「うわっ、まだ3品しか当ててねぇぞ……ん?」
「ふふっ、激写!」
突然のシャッター音に振り返ると携帯で俺達を撮っていた潤がいる。
「おい、肖像権の侵害だぞ」
「ショウゾウケン?」
「まあまあ。兄さんにも送るから」
ポカンとしている里奈を尻目に潤は携帯をいじっている。
やはり現役女子高生、打つ速さが軽く俺の2倍くらいだ。あっという間にメールを打ち終えていた。
「よし……送信完了!」
「別に送らなくても良いんだが……」
まあ全く気にならないといったら嘘になる。しかし30秒程経ってもメールが来る様子はない。
「あれ?おかしいな……」
「違う奴に送ったんじゃないか?」
「ううん、確かに兄さんに送ったよ。ほら」
潤が携帯を差し出してくる。宛先には確かにちゃんと"白川要"と書いてあった。しかし3分経ってもメールは来ない。
「故障か?参ったな……まだ買って半年も経ってない――」
「兄さん、ちょっと良いかな?」
俺の答えを聞く前に潤は俺から素早く携帯を取り上げた。文句でも言おうと思ったがいつの間にか潤から笑顔が消えていた。
写真が届かなかったことがそんなに気に入らなかったのだろうか。
……いや、もっと別な何かに対して怒っているような気がする。里奈も潤を心配そうに見上げていた。やがて潤は笑みを浮かべて俺に携帯を差し出した。
「ありがとう兄さん。メール、ちょうど届いたよ」
「……そっか」
返して貰った携帯には確かに新着メールが1件表示されており、それは潤からのメールだった。
「私ちょっと部屋に戻るね。明日の宿題まだ終わってないから」
そういうと潤は二階に上がっていった。
「……気のせい…か」
あの怒りは一体何だった。たかがメールが届かないだけであんなに起こるものなのだろうか。
「……考えすぎだよな」
「カナメ、写真は?」
「ああ、そうだったな」
里奈に催促されて先程のメールの添付ファイルを開く。そこには楽しそうにテレビを見ている俺と里奈の姿があった。
「大丈夫……だよな」
里奈の頭を撫でながらそう自分に言い聞かせた。