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59 :日常に潜む闇 第7話 ◆4wrA6Z9mx6 :2010/11/14(日) 09:21:50 ID:FsdnXcJz
~Side Seiji and Misae~
「ちょ、ちょっと美佐枝さん」
「どうした誠二」
 保健室からだいぶ離れた所で、誠二の呼び掛けに天城が応じた。
「待ってください……あ、いえ、待ってよ美佐枝さん」
 敬語になりかけて、天城の無言の圧力で訂正する誠二。
「どうしてあんな無茶苦茶な説明をするんだ。他にもやりようはあったはずだよ」
「ならば誠二はどう説明したんだ?」
「えっと、先輩には心の支えになってもらったって……」
「その答えでは結局私が説明した時と同じような反応をするぞ、あの後輩は。あの状況で心の支えになってもらったなどと言ってみろ。つまりは付き合っているということを暗に意味していると思わないか」
「それは――」
 違う、と誠二は言えなかった。
 紬原友里からしてみれば、親密な間柄を思わせるくらい久坂誠二と天城美佐枝の物理的距離は短かった。正確には彼女が誠二に寄り添っていた、と表現したほうがいいだろう。
 その状況下で誠二のその言葉は、もはや恋愛的意味合いで交際しているということを意味しているだろう。
 その誤解を解くための方法は確かにあった。それは唯一絶対にしてもろ刃の剣だった。
 自分が苛められて精神的に弱り果てていた時、天城美佐枝が助けてくれた。心の支えになってくれた。
 そう説明すれば、付き合っていないと断言できたのだ。
 しかし誠二は口が裂けてもそんなことは言えなかった。
 苛められていると、どうして自分の口から彼女に告白出来ようか。
 否だ。
 自分を好いていると言ってくれた女の子を心配させるわけにはいかない。そう、自分如き存在で、不安にさせるわけにはいかないのだ。
 朝の一件で、彼女は勘付いている。それは分かっていた。
 それでも自分自身の口から彼女に告げれば、余計に精神的負担となってしまう。
 誠二はそれだけは避けたくて、敢えて言わなかった。
 でもまさかこんな展開になろうとは予想外だ。
「誠二。お前はあの後輩に迷惑をかけまいとしているのだろう?」
「そう、だよ……」
 突然の天城の問いに、誠二は驚きつつも、しかしはっきりと肯定した。
 天城美佐枝はうんと頷いて、誠二を自分の胸元に抱き寄せた。
「あっ……」
「私はな。そんな健気なお前を見ていると胸が苦しいんだ。
別に同情しているわけじゃない。誠二、お前が好きで、それでいて苦しみもがいているお前がいることに、私が耐えられないんだ。
お前があの後輩に余計な負担を強いたくないのは分かっていた。だから誠二がさも私を選んだかのように私がほのめかすことで、あの後輩が、お前が自分を捨てたのだと、そう思わせてお前を嫌いにさせる。そうすれば、お前が負担を負わせたくないと思う必要がなくなるんだ。
これが正しいとは思えないだろう。しかし私はお前のためにはこれしかないと思って選んだんだ。…………こんな、偽善的な女ですまない」
「そんな……美佐枝さんは僕のためを思ってやってくれたんでしょ? だったら、謝るのは美佐枝さんじゃなくて僕のほうだよ」
 まさか天城がそこまで計算してあんな言動を放っていたとは思いもよらなかった。
 誠二は、そこまでして自分のことを考えていてくれた彼女に、申し訳なさと深い感謝の念を抱いていた。
「ふふふ。誠二は優しいな。まったく、これで据え膳なのだから、待つ身としてはたまらなく辛いよ」
 言われ、誠二は顔を赤くした。
 凛とした天城美佐枝がそのようなことを臆面もなく口にしたその時の言動に、胸が高鳴ったのだ。果たして彼女は誠二がこれまで思っていた以上に美しく、愛おしい存在だっただろうか。
 天城は誠二の手を優しく包むように掴み、歩き始める。
「誠二ともっと話がしたい。一緒に来てくれ」
「あ、はい……」
 誘われるままに誠二は天城の後へついて行った。




60 :日常に潜む闇 第7話 ◆4wrA6Z9mx6 :2010/11/14(日) 09:23:04 ID:FsdnXcJz

~Side Siichi Kusaka (observer)~
「ふむ。なるほどアレは思っていた以上に狡猾だ――おっと、知略に長けている、というべきか。だがアレの本性を知った時、弟はどう出るか……気になるな。もちろんゴシップネタを嗅ぎつけたブン屋としてではなく、可愛い可愛い弟を心配する兄としてだが」
 軍用に販売されている双眼鏡で外の光景を眺めながら久坂誠一はそんなことを呟いた。
「もう一つの駒は戦意喪失か? いや、そうでもないな。むしろ燃えているか。主に怒りで。うむ、実に弟が羨ましい。
しかし俺としては昼ドラみたいな泥沼は避けておきたいな、うん。俺はまだ死にたくないからな。それにしてもどうしてアイツはあんなにモテる。酷い噂が立っているのに周りには美少女だと?
うらやまけしからん。それなら俺にカワイコちゃんカモンってやつだ。そう! 可愛い女の子よ! 俺に来たれ!」
 ガタン! と一際大きな音を立てて誠一は飛びあがった。
 直後、周囲が静まる。
「おい、久坂……」
 前方――正確には黒板のほう――から眼鏡をキラリと輝かせた女性教師が静かな怒りをたたえて声を発した。
「ん? ああ、どうされました坂上教諭?」
「貴様……今は何をしている時間か分かるか?」
「皆は貴女が教える数学を学び、私は人間関係を観察することでそれを学ぶ時間です」
 ボキリ、と坂上が持つチョークが一発で三つ四つに分裂した。
「ほう? 貴様は私の授業を聞かなくてもこの問題が解けるんだな?」
「当然です! 今は先週やった内容の復習では――あり……ませんね」
 黒板に書かれているのは、どう考えても高校の履修範囲から少し外れている、高度な問題だった。
「今すぐこれを前に出て解けぇ! できなきゃ私自らしっかりと教えてやろう。もちろん、お前と私の個人授業で、だ!」
「なっ……! こ、これが孔明の罠か!?」
「黙ってさっさとやらんかぁ!」
 周囲のクラスメイトからは畏怖と失笑の眼差しを浴びせられたことは言うまでもないだろう。



61 :日常に潜む闇 第7話 ◆4wrA6Z9mx6 :2010/11/14(日) 09:24:11 ID:FsdnXcJz

~Side Yuri Tsumugihara~
 何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故
 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして
「おい、大丈夫か?」
 保健医が話しかけても彼女は反応しない。
 反応できないほど混乱しているのだ。
 友里はどうして誠二があの先輩を選んだのか、理解できないでいた。
 そして、段々と友里の思考は落ち着いていく。狂気の方向へ。
「私たちは運命の赤い糸で結ばれているはずなのに……どうしてあんな先輩のところに行っちゃうの……? 私を捨てないでよ……もう、一人は嫌なの…………だから、誠二君を取り戻すためならなんだってしていいよね? ううん、何をしてでも誠二君を取り戻さなくちゃ」
「お、おい……?」
 ぶつぶつと呟き続ける友里に、保健医は戸惑いを隠せずにいた。
 落ち着きを取り戻したかと思えば、意味不明の言葉を呟き始めたのだ。
 そして彼女の困惑はさらに深まることになる。
「うふ。うふふ。あははははっ」
 誠二君はあの子猫――いいえ、雌猫にたぶらかされている。
 そうでなければおかしいもの。そうでなければあの時、私を助けた理由が成立しない。
 だから、あの雌猫を始末する手段を、誠二君の目を覚ます方法を、それが人の倫理にそぐわないとしても選び実行しなければならない。
 しかし問題がある。あの雌猫を抹消するには手間がかかる。なによりも、私が誠二君と一緒に居られない危険だってある。
 合法的、しかし確実にあの雌猫を誠二君の周りから消すにはどうすればいいだろうか。
 考えて、今結論出すことを止めた。
 まずは誠二君の目を覚まさなくてはならない。
 そして友里が踵を返した時、天城に踏みつけられて壊され、中身がぐちゃぐちゃになった弁当箱が視界に入る。
「誠二君にお弁当、作ってあげなくちゃ」
 呟き、壊れた弁当箱だけを回収して友里は保健室を後にした。




62 :日常に潜む闇 第7話 ◆4wrA6Z9mx6 :2010/11/14(日) 09:24:58 ID:FsdnXcJz

~Side Hiroshi Yukishita~
 1限目の授業が終了しても友人、久坂誠二は戻って来なかった。いや、それどころか紬原友里も2限目の授業に出席していない。
 サボりとは思えない。少なくとも、網にかかった内容から紬原友里は誠二がいる保健室に向かったことだけは確かだ。しかしその後の足取りがつかめていなかった。
 まさか二人きりで会っているのだろうか。
 そんな、嫌な想像が弘志の脳裏をよぎる。しかし頭を振って考え直す。
 あの二人に限ってそれはないだろう、と。
 そして今朝から考えていたことに再び没頭し始めた。
 網に引っ掛かった情報。それはほんのささいで、けれども見逃せないものだった。その情報は、提供者から又聞きしたようなものなので、真偽は定かではない。
 生徒会長が噂をしきりに気にして、複数の人間から話を聞いている。
 弟を心配するただの兄と決めつけることもできるが、弘志にはそれができなかった。
 久坂誠一。
 この男は権謀術数に長け、優秀でありながらもその性格はひどく破綻している。なによりも奴は快楽主義者だ。自分が楽しむためには、例え弟であろうと家族であろうと利用することに躊躇しない。
 その証拠に、この男は数年前、とんでもないことをしでかしている。
 法的には訴えることができないにしても、間違いなく罪人だ。
 そんな血も涙もない男が弟の噂をしきりに気にしているという。これを疑わずして、どうしていられようかというものだ。
 携帯電話をこっそりと開き、授業の最中、協力者たちに生徒会長の詳しい情報を送ってもらうよう要請する。
 送信が完了した直後、窓際に居た生徒が、いきなり比較的大きな声をあげた。
「おい、あれ久坂じゃねえか?」
「おい! あいつ女連れて学校帰ろうとしてんぞ」
 釣られて隣に居た生徒がそんなことを言うから教室中が騒然として、窓際にドタバタと移動する。
 教師は当然何事かと驚くばかりだ。
「あれって副会長の天城さんじゃねえ?」
「ああ、天城先輩だ!」
「まさかアイツ副会長にまで手ぇ出したってわけ?」
「うっわ。ドンだけ」
 どうやら騒ぎはこのクラスだけでなく、他のクラスにも飛び火しているらしい。
 何やらメールや電話でこのことを知らせているバカもいるようだ。
「なにやってんだよ……」
 弘志のその呟きは周囲の騒ぎに掻き消された。



63 :日常に潜む闇 第7話 ◆4wrA6Z9mx6 :2010/11/14(日) 09:26:12 ID:FsdnXcJz

~Side Seiji and Misae~
「ふふふ。どうやら皆が私達を祝福してくれているらしい」
 彼らの慌てぶりや罵りは渡り廊下にいる2人にもしっかりと聞こえていた。
 天城は嬉しそうにしているが、誠二からしてみれば祝福どころか茨の道への歓待にしか聞こえない。
「いや、そういうことじゃなくて、まだ授業終わってないんだから不味いって……」
「気にするな。私達を邪魔するものは実力で排除するのみ。それにな、私はお前がいてくれるだけでいいんだ」
「いや、それはうれしいんだけど……ってそうじゃなくてだから授業を途中ですっぽかすのは…………」
「誠二は私よりも授業が大切なのか?」
 突然立ち止まったかと思えば詰問するような口調で天城が尋ねてきた。
 その迫力に、思わず圧迫された気分を味わう誠二。
「それとこれとは話が別――」
「誠二。お前は、私が何よりも大切だよな?」
「それはっ――!」
 ここで誠二ははたと気づく。
 もし、ここで否定すれば、それは心の支えを失うということだ。
 今の誠二には、天城美佐枝を失うことはできなかった。
「……大切、だよ…………」
「だろう? だから私たちは私たちだけの世界に行くんだ。さあ、行くぞ」
 微笑み、天城は誠二の腕に自信の腕を絡ませ、軽やかな足取りで歩いて行った。