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316 :白い翼 ◆efJUPDJBbo :2010/11/21(日) 18:51:26 ID:/UbSgU+C
私が、片翼を失ってから二年。
そして、もう片翼を失って一年。
私の背中に、もう翼なんてたいそうなものは、なかった。
あるのは―――いや、無いのは翼。
すべて、失ってしまった。
神として、生を受けた私。〈ミハネ〉という名をもらい、生を受けた私。

―――翼をもらい、生を受けた私。

 「………………」
暗闇と、孤独……これが今の私にあるすべて。
だから、欲しかった。色が、世界が。人が。純君が。

 「ここは、どこだ?」

変わらない物語の始まり。

「私は昔、神様だったの」

そして

「じゃあねー……死んで」
「ガ―――ァァアアアアアアアアアアア!」

いつもと変わらぬ物語の終焉。
彼の夢はもらいうけたけど、夢はいつか覚める。
覚めなかったら、今度は現実世界の彼が死んでしまう。
すると、もうこの世界でもあえなくなる。
ずっとそばにいたい、ずっと抱きしめあっていたい、ずっとその声を聞きたい、ずっと愛し合っていたい―――――そう私がどれだけ思ったところで、時間が迫り、彼の還る時間が迫り、私が彼を殺す。
皮肉なものだ。
一年もたつのに、一年も時が流れたのに―――いや、こんなことを言っても仕方ない。
それに私たち神にとって、時間など無意味なことであったのに、すでに神ではない私は、こんなにも時間を恨んでしまっている。
いい加減、彼を殺すことに慣れてしまってもいいのに―――
 「じゅ、ジュン君っ、えぐ、じゅ、ジュンく―――」
―――どうして涙が止まらないんだろう?

彼が夢の世界から消えるまでの間、彼が現実世界に戻るまでの間、その瞬間に。
私はいっぱい彼にキスをした。


317 :白い翼 ◆efJUPDJBbo :2010/11/21(日) 18:52:04 ID:/UbSgU+C
〈あたかも滑稽たる少女の末路〉
 「どうして、どうしてよッ!」
彼女、〈萩原空〉は、近所迷惑など考えずに叫ぶ。
叫び続ける―――――たくさんの黒服たちに取り押さえられながら。
 「は、萩原さん……」
いつも笑みの絶えなかった彼女の顔が、焦りを隠せず、いつもきれいに整えられた髪は、服は、土に乱れ、彼女の自慢の木刀は、へし折られていた。
どうしてこんなことになったんだ―――?
 「〈神坂純〉さんですよね」
一人の女性――――二十歳くらいのメイド服の女性が俺に話しかけてきた。
 「え、あ、はい」
俺は唖然としながらも、彼女に言葉を返す。
 「旦那様から連絡がありました」
 「………はい?」
俺にはわけが分からなかった。
だってそうだ。さっきまで寝てた? んだから? ……ん? 寝てたんだっけかな?
まあいいや。とにかく……。

体がやけに重いな、そう感じながら起きたら、どこかの豪邸の敷地内だった。
目の前にはメイドさん、左隣には、屋敷、そして右隣りには、取り押さえられる萩原空。
どういうことがあれば、こんなことになるのやら。
あ、でも……頭を働かせてきたら……だんだんと……。
 「痛ッ!」
不意に、頭に痛みが走る。
触ってみると、軽く包帯が巻いてあるようではあったが、その包帯に血がにじみだしていた。そう言えば、……そうか、全て思い出したぞ。
俺は、萩原空に気絶させられたんだ。
そしてここに連れてこられた。
さしずめ、この屋敷やら黒服やらメイドさんやらは皆、萩原家の使用人たちであろう。
でも、だったら――――と、再び空の方向を見る。
 「やめて、離してよ!」
 「それはできません、お嬢様」
抵抗する空に、それを押さえつける数人の黒服たち。
どう考えてもおかしな構図だ。
自分のご主人様の娘である空を、捕まえているのなんて。
そこまで思考して、やっとさっきのメイドの言葉に通じる。
〝旦那様から連絡がありました″
つまり、本当に使用人たちの主である空のお父さんからの〝娘をとらえろ″という命令なのだろう。だから彼女はとらえられた―――。
 「そして、空様に変わりまして私たち一同が、あなたに対する比類なき御無礼を謝罪させていただきます」
と、メイドさん……いや、その後ろにいたメイドさん、黒服たちその他大勢が、一斉に俺に向かって頭を下げた。
折り目正しく、規律正しく、皆一斉に、だ。
 「え、えっと」
何というか、俺の方もこうされては戸惑ってしまう。
照れ隠しと、それから気まずさにとっさに視線が泳いでしまった俺は、萩原空をとらえた。
 「何で、なんで、ナンデ、なんで、何で邪魔するのよ! なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで――――――――」
彼女はあたかも壊れたスピーカーのごとく叫んでいた。
それも何だか見ていられなくて、正面に視線を戻す。
 「では、まずはお手当の方をさせていただきますのでこちらに」
と、二十歳くらいのメイドさんが、屋敷の方へ指を指す。
 「………………ねぇ」
そんな彼女に向かって僕は言葉を発した。
 「そんな手当よりも先に、叶えてほしいことがあるんだけど……いいかな? それで今回の件はチャラってことで」
 「純さまがお望みとあらば私たちも全力でその件に当たらせてもらいます」
それを見て僕は、ふっと笑ってしまった。

 「萩原空を、解放してほしい」


319 :白い翼 ◆efJUPDJBbo :2010/11/21(日) 18:54:45 ID:/UbSgU+C
あの屋敷から一時間ほど経ったであろうか?
俺と空は一緒に夜の学校へと足を踏み入れた。
 「……………………」
 「……………………」
お互い――――沈黙したままである。
いつも見慣れた下駄箱で、互いに靴を履き替え、
いつも見慣れた廊下を、静かに歩き、
いつも見慣れた教室を、開けた。
月夜が舞い込む教室に入って数秒、時計を見た俺は空に一言告げた。
 「ごめん、萩原さん。ちょっと待ってて」
 「………………ぇ?」
うつむき加減だった空に俺は一言告げて、教室を出た。
ドアを背に、もたれかかる。
理由は明快。ただいまの時刻は十一時五十五分。
妹、美咲に電話を入れなければと思ったのだ。
携帯電話を取り出し、電話帳の―――〝神坂美咲″を、押した。
携帯を耳にあて、つながるのを待った。
連絡を入れるのは、いつもは口げんかばかりしている妹だが、こういうときに美咲は心配してくれる心やさしい子だと俺は知っていたからだ。
だから俺は―――――
 「あぁ、もしもし」
 「萩原空はどうなったの?」
―――違和感に包まれた。
 「……………」
そう、それは嬉々とした声で。
てっきり美咲は俺への心配ごと……たとえば俺の予想であれば「兄さん! 今何時だと思ってるのよ! 心配し―――てはないけど、でもでも、心配だったんだからね!」と、良く分からない言葉を発してくると思っていた。(実際昔に一度あった)
それなのに―――これって……。
 「ん、どうしたの? 兄さん……萩原空はどうなったの?」
 「萩原空って……一応お前の先輩だろ、萩原先輩と言え、萩原先輩と――――――ってか、やっぱり萩原さんのお父さん〈萩原総一〉さんに連絡をしたのはお前か」
 「ん、そだよ」
そだよ、って、軽く言ってくれるな。
〈萩原総一〉とは、萩原グループの社長で俺の親父と旧知の仲である。
お袋が死んだ時も親父が死んだ時も、いろいろお世話になった人だ。
引き取ってくれるとも言った。でも断らせてもらった。
だから俺も美咲も電話帳のリストにはしっかりと〈萩原総一〉という名が刻まれていた。
つまりこういうことであろう。
何らかの方法で、今回の空の暴挙を知った美咲が、総一さんに連絡をかけた。
――――キーンコーンカーンコーン
そして総一さんが問答無用で、空をとらえるように使用人たちに言ったのか。
……さっきチャイムが鳴ったから、今十二時だな。
と、俺はサクサク思考を進める。
 「…………学校か」
 「ん、何だ?」
ボソッ、と、美咲が何かをしゃべった気がするが、あいにくのチャイムで聞こえなかった。
 「ん、何でもない……それより兄さん、さっきの話の続―――」
 「許したよ」


320 :白い翼 ◆efJUPDJBbo :2010/11/21(日) 18:55:43 ID:/UbSgU+C
美咲の言葉が言い終わる前に俺は言い返す。
さっきから何度も聞いてるからな。
 「…………………………………………………ハ?」
しばらくして、美咲のか細い声が返ってきた。
 「萩原さんのことでしょ? だからさっきも言ったように許したって」
そう、俺はあの屋敷で萩原空に関するすべての罪を許したのだ。
辺りのみなは驚愕の顔をしていたが、俺が被害者であったため、総一さんが返ってくるまでこの件は保留、ということになった。
……総一さんは忙しいからな、今ニューヨークにいる。
 「な、なんで? なんで兄さん、そんな奴のこと許すの?」
 「そんな奴とか言うなよ。しっかり萩原先輩と言いなさい。お兄ちゃん悲しいぞ、美咲がそんなグレた言葉づかいをするなんて………あぁ、後それと、萩原さん可愛いし」
 「…………………………………………………」
静寂が返ってきた。
何の変哲もない静寂。
まるで電話の向こう側の世界が止まってしまったのではないかと錯覚するほどの―――物音ひとつない静寂だった。
 「おい、美咲?」
 「………………………………チッ」
プツッ
プ―――――プ――――――――――――――。
 「………」
あ、あれ……おかしいな?
俺は電話の切れた携帯を見る。
そして――――ポツリ
 「妹への電話が舌打ちして切れるって――――え?」
ちょっと泣いてしまいそうだった。

さっきまで廊下でうずくまっていた―――べ、別に泣いてたわけじゃないんだからね!
ただ、その……ちょっとナイーブになってただけなんだから! と、自分に自分で言い訳をつけ、十数分後、俺は教室に戻る。
相変わらず、うつむき加減の萩原空がそこにはいた。
 「ぁ……ぅ」
すこし戸惑う空。何も言えないのだろう。
そんな彼女を視界からはずし、俺は窓際まで歩いた。
窓を開け外の月を見ながら、俺は空に語りかけた。
 「俺、昔一度だけ―――負けたことがあるんだ。たぶん、きっと、いや絶対、君に」
 「ッ!」
彼女にも思い当たる節があったのであろう。
机が少し揺れる音が聞こえた。
 「さっき、妹にも言われたんだけどね、どうして俺が萩原さんを許すんだって……」
 「……………」
 「それはさ―――」

322 :白い翼 ◆efJUPDJBbo :2010/11/21(日) 18:56:28 ID:/UbSgU+C
おそらく、多分、いや絶対。今の俺の顔を言語で表すなら

〝喜″

であろう。
過去の俺(バカ)が、過去の俺(じゃくしゃ)が――――ただ、一度だけ負けた存在。
天狗になっていた俺の鼻をへし折った張本人、そんな人物を見つけたんだから笑うしかない。もう一度戦いたい、そう思っていたころもあった。
そして、この教室で、それがかなった。
しかし。
―――不意打ちだったとはいえ
―――あちらが武具を使用していたとはいえ
俺は再び〈萩原空〉に負けたのだ。
そう考えると、俺はどうでもよかった。
だって俺は、たとえ身体的に優れていたとしても、精神的には赤ん坊と、なんら変わらない人間なんだから。
だから俺は呟く。

 「結局のところ、俺にはどうでもいいのさ」
いや、違う。それ以外のことに頭を回せるほど利口ではないのだ。

―――他がどうなろうと関係ない、俺は家族と己の強さを磨くだけさ。

そう、俺は言い捨てた。





 「ふーん、じゃあこの女いらないね」

グサッ、プシャ――――――――――

多分、擬音語にするとこんな感じ。
…………………………。
………………………。
……………………。
…………………。
………………。
…………。
……。
…。
たったこれだけのことを頭で処理するために、俺は十数秒要した。
 「…………………ハ?」
そして俺は、処理されたことを理解する行動に移すが、―――できない。
いや、脳が、体が、この結果を理解したがらない。拒絶している。
目の前で、赤く染まった少女の肢体が揺らめき、あたかも糸の切れた操り人形のごとく、彼女は地面に吸い寄せられた。
 「は、萩原さん!」
そして今の俺には、なぜこのようなところに―――血塗れの包丁を持った〈神坂美咲〉がいるのかさえ、理解し得なかった。
―――俺は叫ぶ、駆ける、彼女の方に向かって。
そして、血まみれの彼女を抱き抱えた。


323 :白い翼 ◆efJUPDJBbo :2010/11/21(日) 18:57:45 ID:/UbSgU+C
 「いや、嫌、イヤ、嫌、イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤヤイヤアアアアアア―――――」
空の悲痛の叫びを俺は聞く。見ている方からも、痛みが伝わってきそうなくらいの。
 「萩原さん! くそっ、救急車を!」
俺はとっさに携帯電話を探すが――――――くそっ、無い!
もしかしたら廊下に落としたのかもしれない!
こんな時に限って俺は何をしてるんだ!
 「死にたくない、死にたくない、しにたくない、シニタクナイ、死にたくないよぉ! 純君! 純君! 純君、純君」
語尾に近付けば近付くほど空の声は衰え、彼女の血に染まりし手が俺の頬を触れる。
彼女は、もう俺の姿は見えていないのではないかというほどの、オドつかない手さばき。
それが、その行動を見ていた俺は、焦りを増し、混乱する。
混濁する。
思考がうまくできない。
頭が働かない。
何も――――――できない!
 「純君―――――」
 「ッ!」
さらに一段と弱弱しくなった彼女の声。
やばいっ! とか、なんとかしないと! とか思いつつ、結局は何もできずにいる俺。

―――ただ呆然と、ただ唖然と、頬に迫った彼女の手を掴んでやることしかできなかった。

 「――――」
 「!」
そして彼女は動かなくなった。
最後に唇の動きだけを残して。
〝助けて″という、虚(むな)しい言葉を最後に残して、齢十七歳のこの少女〈萩原空〉は、

―――死んだのだ。

 「……………」
呆然と立ちすくむ俺に―――
 「アハハハハハハハハハッハハハハハ!」
―――声がした。
耳障りな笑い声がした。
この場に最も似つかわしくない〝喜″の感情を含むその笑いは、俺の頭をヒートアップさせるには、十分すぎる材料だった。
 「美咲ィイ、お前ェ――――!」
初めてだった。
俺―――〈神坂純〉がここまで妹―――〈神坂美咲〉に対する嫌悪感、いや違う、

―――〝憎悪感″を持ったのは初めてであった。

俺の激昂を聞いた美咲は、笑うことをやめ―――いや、発声という人間的笑いの表現を動物的笑いの表現――――つまり、表情で笑うことに変化した。
そして、一言、言った。
 「だって、そうでしょ? お兄ちゃんは自分の強さと家族、つまり私だけが大事なんだよね? だったらこんな女、いらないよね?」

325 :白い翼 ◆efJUPDJBbo :2010/11/21(日) 18:58:41 ID:/UbSgU+C
確かに、俺がいましがた言った言葉に間違いない。
その通りだ。
しかし、しかしだな―――
 「そ、そういうことじゃないだろ!」
そうなのだ。
俺の言ったことは、いらないものをすべて殺して無くしてしまえという殺人的ものでは決してない。そして、そんなことも分からない俺の妹でもないだろうに。
でも、それでも――――美咲は、空を、殺したんだ。
 「…………………」
 「私にも一つ言えることがあるんだ、お兄ちゃん」
押し黙ってしまった俺に、美咲は窓から入り込む風にそっとのせて告げる。

―――他がどうなろうと関係ないよ。私には、ただお兄ちゃんが、〈神坂美咲〉のお兄ちゃんである〈神坂純〉が存在してくれれば、私を愛してくれれば、それでいいんだから。

 「これでもう邪魔ものはいなくなったよ、お兄ちゃん―――一緒に、なろぉ?」
甘くとろけるような声を出し、美咲は俺に手を伸ばす。
月明かりに、煌めく血液。
無気味な風が、この場を突き抜ける。
 「――――――ッ!」
―――瞬間、俺の心に恐怖が駆り立てた。

 〈あたかも滑稽たる少女の末路〉 裏Ⅰ

―――策士策に溺れる、とはこの事だ。

私こと〈萩原空〉は、彼の後ろにつきながら、夜道を歩く。
静寂が包むこの世界で、お互いに何も言えずに時は流れて行った。
 「……………………」
 「……………………」
私は恐怖していた。怖がっていた。彼に嫌われてしまうのではないかという未来を。
今回の件で、あの雌の事があったと言えど、やりすぎた。
いや、やりすぎてなんかはいないけど……失敗するなんて夢にも思わなかった。
使用人たちが裏切ることなんて考えてもおらず、父が出てくるなんて考えておらず……そして何より……

―――彼に触れることが怖くなるなんてこと、夢にも思わなかった。

嫌われたらどうしよう? 嫌われたくない! 無視されたらどうしよう? いや! 触れた手を振り払われたら? もう二度と口をきくなとか言われたら? いや、嫌、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。
そんなのは絶対に嫌だ!
だから私は黙りこむことしかできなかった。
現状維持、成り行き任せ、そう言うのもあったけど。
なによりも、彼が私を助けてくれた理由についてが、一番聞きたかった。
 「…………」
そして。
いつも見慣れた下駄箱で、互いに靴を履き替え、
いつも見慣れた廊下を、静かに歩き、
いつも見慣れた教室を、開けた。
月夜が舞い込む教室に入って数秒、時計を見た純が私に一言告げた。
 「ごめん、萩原さん。ちょっと待ってて」
 「………………ぇ?」
突き放されたような感じがした。
誰だってそうであろう、恐怖に包まれているときに、一人投げ出されてしまったら。
当たり前の考えを、当たり前に感じてしまった、私。
そしてこの教室の静寂がただただ嫌で、ひとりにしないでッ、と唇を動かした。


326 :白い翼 ◆efJUPDJBbo :2010/11/21(日) 18:59:31 ID:/UbSgU+C
帰ってきた純。そんな彼に一目散に飛びつきたくなるが……抑える。嫌われたくないから。
 「ぁ……ぅ」
戸惑う。何も言えない。
そんな私を見かねてか、純は私を視界からはずし、窓際まで歩いた。
窓を開け外の月を見ながら、純は私に語りかけた。
 「俺、昔一度だけ―――負けたことがあるんだ。たぶん、きっと、いや絶対、君に」
 「ッ!」
その事で、私は思い出してしまった。
二年前の戦闘を。

―――私が彼を惚れた理由も。

―――ガタっ、と机を少し揺らしてしまった。
 「さっき、妹にも言われたんだけどね、どうして俺が萩原さんを許すんだって……」
 「……………」
私も知りたかった。
 「それはさ―――」
純の言葉の途中で私は気付いてしまう。
ドアから気配なく、音なく入ってきた少女の姿をッ

―――〈神坂美咲〉の姿を!

 「結局のところ、俺にはどうでもいいのさ……他がどうなろうと関係ない、俺は家族と己の強さを磨くだけさ」
 「ふーん、じゃあこの女いらないね」
そのタイム差コンマ一秒。
私は身動き一つできずに、ただ呆然とするしかなかった。

グサッ、プシャ――――――――――

多分、擬音語にするとこんな感じ。
…………………………。
………………………。
……………………。
…………………。
………………。
…………。
……。
…。
理解できなかった。どうして私の体が地面に吸い寄せられているのか。
 「は、萩原さん!」
純の声が小さく聞こえる。そして、純に抱きかかえられた。
それでやっと気付く。あれ、私もしかして死ぬの? と。
そう思ったら、自然と言葉があふれた。
 「いや、嫌、イヤ、嫌、イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤヤイヤアアアアアア―――――」
叫ぶ、みっともなくとも、私は叫ぶ。
 「――――! ―――、――――!」
純が何を言ったかも、まともに脳が理解してくれない。
 「死にたくない、死にたくない、しにたくない、シニタクナイ、死にたくないよぉ! 純君! 純君! 純君、純君」
ただただ心のままをぶつける。
ただただ人のぬくもりを探す。純のぬくもりを探す。
 「純君―――――」
 「―!」
そして最後に、私は一言発するしかできなかった。

 「助けて」


327 :白い翼 ◆efJUPDJBbo :2010/11/21(日) 19:00:14 ID:/UbSgU+C
 〈あたかも滑稽たる少女の末路〉裏Ⅱ

―――あ、殺そう。

私こと〈神坂美咲〉は、舌うちで携帯通話を締めくくり、家を飛び出した。
包丁を手にして。
 「まったくもう、兄さんは甘いんだから」
ちょっと拗ねたように、頬を膨らませて走る私。
まったく兄さんが甘いのは昔からだ、変わっていない。
まぁ、そういうところも私は好きなんだけど―――その甘さが他人に使われるのがとてつもなく腹が立つ。
せっかく私が、〈萩原空〉を陥れようとしたのに。

あの騒ぎの後、私がした事は至極簡単。
気絶した兄さんを運ぶ萩原空を影からこっそり写メ。
それを、父である萩原総一に送りつける。
ちなみに「助けて、お兄ちゃんが、お兄ちゃんがッ!」
とか泣き声で言ったら、案の定、総一は手筈をしてくれると言った。
最高に気分がよかった。私の兄さんに手を出した雌が落ちる様は……。
でも兄さんは萩原空を許してしまった。
なら仕方ない。
私が殺すしかないじゃないか!

 「結局のところ、俺にはどうでもいいのさ……他がどうなろうと関係ない、俺は家族と己の強さを磨くだけさ」
私が入った瞬間、兄さんは気付かなかったが、萩原空は一瞬にして気付いた。
まったく、感の良い雌だ。そう思いながらも、実は私は兄さんの発言を聞いて喜んできたのである。家族、つまり私のことをどれだけ大切に思っているかが分かる言葉だったから。
だからだからだからだから、嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて、もう!

 「ふーん、じゃあこの女いらないね」

一瞬にして萩原空を殺した。
その後兄さんと萩原空が言葉を交わし合うのを見て吐き気がした。
でもやっと、話し合いが終わったみたいで―――
 「美咲ィイ、お前ェ――――!」
―――兄さんは私に熱い視線を向けてくれた。
初めてだった。兄さんが私にこんなにも熱い視線を送ったのは。
嬉しかった、嬉しかった。
それにこの周りの静寂が、まるで二人だけの世界みたいで。
そんな中で兄さんが私を熱い視線で見てくれるなんて。もう笑いが止まらないよ。
そして、一言、言った。
 「だって、そうでしょ? お兄ちゃんは自分の強さと家族、つまり私だけが大事なんだよね? だったらこんな女、いらないよね?」
その通り、今兄さんはそう言ってくれたのだ。
世界のだれよりも、私を愛していると!
 「そ、そういうことじゃないだろ!」
まったく、いまさら何を照れているのだろうか。
この場には二人―――厳密にいえば、変な物体が一つあるけどそれはともかくとして二人きりなのだ。こんなときくらい甘い一言を言ってくれないとだめだぞ、と私は感じる。
 「…………………」
でも兄さんはだんまり。
仕方ないなぁ、兄さんは……いや、お兄ちゃんは、だったら私から言ってあげる。
 「私にも一つ言えることがあるんだ、お兄ちゃん」
押し黙ってしまった純に、私は窓から入り込む風にそっとのせて告げる。

―――他がどうなろうと関係ないよ。私には、ただお兄ちゃんが、〈神坂美咲〉のお兄ちゃんである〈神坂純〉が存在してくれれば、私を愛してくれれば、それでいいんだから。

 「これでもう邪魔ものはいなくなったよ、お兄ちゃん―――一緒に、なろぉ?」
甘くとろけるような声を出し、私は純に手を伸ばす。
月明かりに、煌めく血液。
無気味な風が、この場を突き抜ける。
 「――――――ッ!」
―――瞬間、私の心が躍りだした。