39 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:16:35 ID:TyGkuzAn [2/20]
「ひづきんが風邪をひきました」
期末テストも近いある日の朝休みこと、俺は目の前の友人たちに向ってそう言った。
「ナルホド、あの黒くてちっこいのが見当たンねぇと思ったらそういうことか」
そう返すのは友人の一人、久々登場の葉山正樹(ハヤママサキ)。
白い半袖ワイシャツ(袖と胸ポケットに星座と月を象った、ウチの校章が入っているのがポイント)のボタンを上二つまで開け、すっかり夏モードだ。
「でも意外ね。みっきーのことだから風邪をひこうが足の骨が折れようが鮮血の結末しようが彼氏クンのところに来るものだと思ってたのに」
そういうのはもう一人の友人、というよりみっきーこと緋月三日の親友、明石朱里(アカシアカリ)。
こちらは半袖の白いブラウスに黒いベストを羽織っている。
胸元に校章の入った赤いリボンをつけていたり、スカートがチェック柄だったり、ウチの制服は男子より女子の方がオシャレ度が高いっぽい。
「本人はそのつもりだったらしいんだけどねー」
そこで、俺は微妙に声音を変える。
「『あまりに聞きわけがないので、力ずくでベッドに放り込んでおきました…』って連絡をくれた三日のお姉さんが」
「おー、意外に似てる」
俺の声真似に、なおざりに拍手する明石。
「あ、明石はお姉さんのコト知ってるんだっけ?」
「そりゃ、親友のお姉さんだし。ってか、去年の生徒会長だし」
明石が当然のように答えた。
そう言えば、三日のお姉さん、緋月二日(ヒヅキニカ)さんはこの夜照学園高等部のOG。
現在は同大学部1年生の19歳だ。
確かに、明石が知っていることに何ら不自然なことはない。
俺は当時、生徒会のことにさほど関心が無かったので、知ったのは割と最近だったが。
「生徒会長にして剣道部の鬼部長ってことで、知ってる人は知ってるわよ」
「鬼部長てどんだけ…」
明石の解説に、葉山が苦い顔をする。
三日への印象が悪いだけに、すさまじいものを想像しているのだろう。
それが間違っていると言えないのが、二日さんのすごいというか恐ろしいところだが。
ちなみに、そのお兄さんの一日さんは演劇部だった。
文化祭で女吸血鬼の役を演じ、男性ながら「血も凍るような美しさ」と評判だったとか。
40 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:17:09 ID:TyGkuzAn [3/20]
「それで、今日の放課後お見舞いに行こうと思って。ユカリ先生からプリント類を渡すように頼まれてるし」
ちなみに、ユカリ先生はウチの担任。
長い髪を後ろで束ねた快活な女の先生だ。
担当は現代国語で陸上部顧問。
旦那さまと万年新婚の甘甘ラブラブ、とは本人の弁。
誰もその姿を見たことが無いので真実は不明。
「あ、そうなんだ。じゃあ、お大事にってみっきーに伝えておいてくれる?」
あっさりとした口調で明石は言った。
「何だ、明石は行かないの、お見舞い?」
「そうしたいのは山々なんだけど…ほんとーに山々なんだけど、私とみっきーは『友情<<<<<<(越えられない壁)<<<<<<恋愛』っていう共通の価値基準でつながってるから。アンタらを邪魔するようなヤボな真似はできないのよ」
肩をすくめて明石は言った。
少し名残惜しそうに言うあたり、本音なのだろう。
「ン?朱里、お前好きなヤツとか居ンのか」
明石の言葉に、葉山が怪訝そうに言った。
念のために補足すると、明石朱里はクラスメートにして幼馴染であるところの葉山正樹に好意を抱いているというお約束な状態にある。
肝心の葉山がそれに気づいていないのもお約束。
「そ、そう、だけど……!?」
目を白黒させたり顔を赤くしたり青くしたりしながら明石はわたわたする。
青春してるなぁ、コイツら。
「や、やっぱ正樹的には、知りたい?」
おお。
ドギマギしつつも顔を赤らめて上目づかいで葉山を見る明石の表情は、三日の居る俺でも感嘆するほどにかわいらしかった。
恋愛漫画ならクライマックスに丸1ページ使うレベルのかわいらしさだった。
「いや、別に」
もっとも、そのかわいらしさは葉山にはろくすっぽ分からなかったようだが。
「正樹のバカー!」
ばしぃ、と教室中に音が鳴りそうなほどの勢いで葉山が平手打ちをかまし、明石が立ち上がる。
「なんで気になんないのよ!せっかくアドリブでかわいいカオも作ったのにっていうかそっちから話振ってきたくせにー!」
そう叫んで泣きながら教室を走り去る明石。
「ちょ、おま!?もう授業始るぞ!?」
「正樹なんて知るかー!」
そんな明石を茫然と見つめる俺たち二人。
「……何だってンだよ」
「……青春ってコトじゃない?」
はたかれた頬を押さえてブゼンとした顔をする葉山に、俺は言った。
41 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:18:04 ID:TyGkuzAn [4/20]
さて、時間は飛んで放課後。
「部活もないからすぐに来ようと思ったら、ズイブン時間食っちゃったなあ」
『緋月』という表札のかかった、それなりに立派な作りの一軒家を目の前に、俺はつぶやいた。
ちなみに、今日何をしていたのかダイジェストで振りかえると…
休み時間
「正樹のバカ正樹のバカ正樹のバカ正樹のバカ正樹のバカ正樹のバカ正樹のバカ正樹のバカ……正樹なんてもう知らない……でも大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き……」
「はいはい。とりあえず、アイツには明石を怒らせたことだけは納得させたから、もうこんな時間だし、戻ろう?」
放課後 その1
「はい、これが緋月ちゃんに渡す分のプリント。しっかりきっちりよろしくね」
「分かりました、ユカリ先生。……って、もしかして、ネイル変えました?」
「そうなのよ!よく気づいてくれたね。これはアキ……じゃなくて旦那様がネットで選んでくれた色でねー(以下延々と語りだす)」
(わざわざ突っ込まなきゃ良かったかなー)
放課後 その2
「と、そろそろ三日のところへ…ってアレは、ウチのクラスのトショイイン(仮)じゃん」
「あ、御神くん。この本を全部図書室に運ばなきゃいけないんだけど、私ひとりじゃ持ちきれなくて……」
「分かった、俺も手伝うよ」
「ありがと。御神くんってちょっといい人よね」
「よく言われる」
「いい人すぎて恋愛対象としては見れないタイプ」
「よく言われる。って、見られても困るケド」
放課後 その3
「さあて、もういい加減三日のところへ……」
「あれ、木偶の棒が置いてあるかと思ったら御神ちゃんじゃない?」
「ああ、路傍の石だと思ったら一原先輩じゃないですか」
「ちょーどよかった。チョット手が入り用だから生徒会室に来なさいな」
「や、俺そんな暇でもないんですけど。どうしたんですか?」
「いやー、ちょっと痴情のもつれでもみあってたら、倒れてきた本棚の中に妹が生き埋めになっちゃってねー」
「どういう状況ですか…ってか一大事じゃないですか!?」
放課後 その4
「御神先輩、今日は緋月先輩がいないんですってね。どうですかどうですかこの河合直子とひと夏のアバンチュー「ごめんなさい」
「言い終わる前にフラれたー!」
42 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:18:25 ID:TyGkuzAn [5/20]
と、放課後はこんな風に八割方(例外あり)人助け的な何かだった。
「性分なんかねぇ……」
我がことながら苦笑しながら、俺はインターホンのスイッチを押そうとした。
『想定通りの…ジカン…に来たね』
スイッチを押す前に、インターホンから声が聞こえた。
『…ハジメマシテ…、私は緋月月日(ヒヅキツキヒ)。緋月三日の…チチオヤ…だ。少々軟禁状態の身の上だから外のお客さんと会うのは久しぶりでね、…ココロヨリ…歓迎するよ』
思いのほかよく通る、落ち着いた声音。
それが緋月月日さんと俺の初対面だった。
43 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:19:35 ID:TyGkuzAn [6/20]
緋月月日(ヒヅキツキヒ)。
43歳。
和装の男。
緋月零日(ヒヅキレイカ)の夫。
そして、緋月一日、二日、三日の3兄妹の父。
職業は株式運用とIT関係のコンサルタント。
知的で落ち着いた、しかしどこか本心を読ませない美声。
病的なまでに白い肌。
180cmは余裕である高身長。
やせ形で、スラリとした体格。
と、言っても痩せぎすではなく、今時あまり見ない作務衣を見事に着こなす、同性の俺でも惚れ惚れとする均整の取れたスタイルの持ち主。
一挙一動がどこか優雅で、若い頃はとてつもなくモテたのだろうというのが顔を見るまでもなく推察できる。
と、言うよりそもそもその顔は見えない。
顔には全体を覆う鉄仮面。
その上首には鎖の付いたゴツい首輪。
その長い鎖がどこから伸びているのか、考えたくはない。
和装にして異装。
嫌でも警戒心を煽られる様相。
それに、忘れてはいけない。
この人は、とんでもない男なのだ。
妻である緋月零日(ヒヅキレイカ、どんな人なのかはまだ知らない)さんだけでなく、実の娘である二日さんにも手を出しているらしいのである。
44 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:20:59 ID:TyGkuzAn [7/20]
「そんなに…カタク…ならないでくれよ」
俺を招き入れた月日さんは飄々とした口調で言った。
「この…カメン…は妻の意向でね。彼女に言わせれば、私の素顔は…ハンサム…過ぎて浮気を誘発するそうだ」
独特の溜めを作る話し方で、月日さんは続ける。
「居間に…アンナイ…しよう。何か用意をするよ」
「いえ、お構いなく。プリントとかを渡しに来ただけですしー」
月日さんの言葉に、やんわりと俺は言った。
「…エンリョ…はいらないよ。正直、私は君に興味を持っている。以前、二日からもらった情報だけではやはり不十分だからね。1つ、このおじさんにつきあってくれたまえ」
正直、俺的にはすぐ三日に会うつもりだったのだが、月日さんに促されるままにリビングに向かってしまう。
意外と強引だ。
清潔感のあるリビングに通され、ソファに座る。
しかし、思ったよりもお金持ちの家だ。
調度品にも嫌味にならない程度にお金がかかっているのが分かる。
上流とはいかないまでも、中の上くらい?
このソファもわりかしフカフカしてるし。
「私と妻はいわゆる…トモバタラキ…という奴でね。双方ともにそれなり以上の稼ぎはあるんだ」
自慢する風でもなく、菓子の用意をしながら月日さんは言う。
「もっとも、数年前までは…ミカ…も病気がちだったから、金銭的な余裕ができたのはあの娘が中学に進級した頃からだけどね」
そう言いながら、市販のジュースとクッキーを添えて出してくれた。
小学生か、と思わなくもないが、折角出されたものを食べないのもよろしくない。
「いただきます」
俺はクッキーに手を伸ばして言った。
「高校生の若者としては、恋人の家族というモノは…タイクツ…かな?」
クッキーをほおばる俺に、月日さんは穏やかな声で言った。
に、しても『恋人』か。
改めて言われると、くすぐったいフレーズだなぁ。
「そんなことは無いですよー。アイツの……三日さんのお兄さんやお父さんとは以前からお会いしたいとは思っていましたし」
過保護、だとは思うが。
いや、どうなのだろう。
他所の家庭のことはよくわからない。
「…ナルホド…。分析するにどちらかと言えば…カズヒ…の方に会いたかった、というのが本音のようだね」
ドキリ、とすることを言ってくれる。
月日さんの言うように、むしろ一日お兄さんの方が気になっていたところはあった。
だって、お兄さんを語る三日ってどこかキラキラしてるんだもの。
隠してるつもりらしいけど、明らかにブラコンだもの。
ヤンデレって設定が崩れかかるレベルで。
もし、三日の攻略にライバルがいるとしたら明らかに一日さんだろう。
「悪いね。…カズヒ…の奴が行方不明で」
「行方不明!?」
月日さんが、何でもないことのようにすごいことを言った。
溜めを作る場所を明らかに間違ってないですか。
「まぁ、行方不明と言っても心配はいらない。元々、時折…フラリ…といなくなる性質だったからね」
月日さんは何でもないように言うが、それはそれでどうなのだろう
「どこかで野垂れ死んでなければ、今頃…イギリス…かどこかの屋敷を乗っ取って、芝居がかった口調の胡散臭い家主をやってる頃じゃないかな?」
胡散臭いとかあんたが言うな。
「何で、そんな両極端且つ具体的な推測なんですか?」
「…ハッハッハッ…」
俺がそう言うと、笑って誤魔化された。
いや、仮面姿だから本当に笑ってるのかは分からないけど。
全く持って本心を、正体を読ませない人だ。
赤黒く光るその鉄仮面の下にどんな素顔が隠されていても驚かないかもしれない。
本当に、やり辛い相手だ。
45 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:22:05 ID:TyGkuzAn [8/20]
その時、ふと目の前のテーブルの上の雑誌が目に入った。
『TVプラス』、『特撮NEW-LIFE』、『特撮宇宙』、『スーパーヒロインタイム』などなど、テレビ番組や特撮番組関係の雑誌が置かれていて、いずれも1人の女の人が表紙を飾っているのが共通していた。
華奢で小柄な女性である。
年齢は十代前半、小学校高学年か中学生くらいに見える。
ツインテールにした長い黒髪。
雪のような白い肌。
身につけている衣装は、体系を隠すほどにフリルを多用した、黒を基調とした毒々しいゴシックな服。
所々に髑髏の異称が入っており、ゴスロリとゴスパンクを足して2で割ったようなデザインだ。
そんな衣装とは対照的に、くりくりとした大きな眼をしていて、桜色の唇には無邪気な笑顔を浮かべている。
『そっち』の趣味が無い人でも、思わず頭を撫でたり愛でたりしたくなるかわいらしさをもった女性だ。
雑誌には、彼女の笑みに不釣り合いなおどろおどろしい字体で『悪のヒロイン特集』、『超人戦線ヤンデレンジャー・零咲えくり(魔女大帝役)独占インタビュー』といった文字が躍っている。
ヤンデレンジャー、というのは休日朝に放映されているヒーロー番組で、魔女大帝というのはその悪役、狂愛帝国のボスだ。
俺の父もメイクとして撮影に携わっている番組で、そのよしみで俺もしばしば視聴している。
そう言えば、前に三日も「家族で特撮番組を観てる」とか言ってたっけ。
それにしても、視聴者の女児とロリコンオタクに大人気の魔女大帝が表紙の雑誌ばかり買い集めることもないだろうに。
何も知らない訪問者が、家族に女児かロリコンオタクのド変態がいるものかと誤解してしまうではないか。
「・・・ロリ・・・は良い。ヒトのつくりし文化の極みだよ」
月日さんが、しみじみとした口調で言った。
ってオイ。
「いや、間違えた。・・・ゴスロリ・・・は良い、だった。・・・ロリ・・・では事実に反しているからね」
「・・・・・・」
月日さんが言い直すのを、俺は渋い顔をしながら聞いていた。
本当に言い間違いだったのだろうか。
46 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:22:44 ID:TyGkuzAn [9/20]
「それで、千里くん。…ミカ…とはヤッたのかい?」
「ぶほぁ!」
ジュース吹いた!
不意打ち気味の月日さんの言葉に、俺は咽ながらもハンカチでテーブルを拭く。
「良い・・・リアクション・・・くれるね、君」
咽る俺を見ながら、月日さんが飄々として言った。
「ゲホ、ゴホ…ず、随分とストレートにお聞きになるんですね」
ストレートどころじゃねぇ!
娘のヤッたヤらないなんて話を普通にする父親がいるか!?
さっきのセリフといい、変態か、変態仮面なのか、この野郎!?
「その様子だと…マダ…のようだね」
「人間嘘発見器ですか……?」
そう言えば、この人はあの二日さんのお父さんなのである。
いくら首から下はマトモっぽくても、二日さんに匹敵する発言をかましてきても不思議では無かった。
……って言うか、二日さんのエロトークはお父さん譲りか。
あの人のエロの師匠はアンタか、月日さん。
「つまり、まだ…アトモドリ…が効く段階というわけか。道理で三日が日々気に病むわけだ」
「や、俺ら割と世間でらぶらぶ(笑)だと評判ですよ?」
特に、エロ大王の生徒会長からとか。
美少女に目が無い会長閣下は、やはりというか何というか、一時期三日に目をつけていたことがあったらしい。(性的な意味で)
それもあって、しばしば冷やかし半分にはやしたてられるのだ。
あの人も大人げないというか何というか。
その代り、いろいろ助けてくれているのであまり悪くばかりも言えないのだけれど。
「私が君くらいの歳の頃は…ヤリマクリ…だったものだがね」
「それはそれでダメだろがこの変態仮面!」
しまった、つい本音が。
「あ、スイマセン」
「いや、…カマワナイ…。自分がどう見られているのかくらいは検索済みさ」
本当に気にしていない様子で彼は言った。
「ただ、三日の若々しく瑞々しい肢体は親からみても…ミリョクテキ…だからねぇ。知ってるかい、あれでも脱げば意外と…」
「脱がしたんじゃねーだろなテメェ!」
緋月月日、娘の二日さんに手を出している容疑のある42歳である。
「失礼な。私は家族を…タベチャイタイ…くらい愛している美形中年だよ」
「性的な意味で!?」
「まったくもってその通り」
「肯定したー!」
引いた。
さすがに引いた。
具体的には5キロくらい。
「ハハハ。そんなに引かなくても大丈夫さ。…タベタ…とは言ってないだろう?」
「そ、それもそうですね。すいません・・・・・・」
「三日に…ダケ…は手を出して無いさ」
「今『だけ』って言ったー!」
「…ハッハッハッ…」
笑ってごまかすな。
「こんなもの…ジョウダン…だよ、冗談」
「じょ、冗談ですか……」
「…ザレゴト…でも良いがね」
笑いながら言う月日さんに、ホッと胸をなでおろす。
そうだよなー、妻と娘とで二股、とかエロゲーみたいな展開はそうそうないよなー。
「……と、言うことに…シテオコウ…」
「今小声で何て言いました!?」
「…ジョウダン…だよ」
心臓に悪い冗談は止めてほしい。
「と、言うか千里くん。私の言うことを…ホンキ…にしているときりが無いよ」
どこか、シニカルな声音で、月日さんは言う。
その表情の読めない仮面の下で、彼がどんな顔をしているのか、俺には想像もつかない。
「私は、…ウソツキ…だからねぇ」
47 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:23:20 ID:TyGkuzAn [10/20]
「…カイダン…を上って一番奥が三日の部屋だよ。これは…ホントウ…」
月日さんからそんな説明を受けて、俺は緋月家の階段を上っていた。
月日さんは案内と称して俺に付いてくる気満々だったが、いきなりかかってきた一本の電話によって阻止された。
今も階下から「ウワキじゃないウワキじゃない。誰ともリビングでフタリッキリになんてなっていない。ウン、なってないから。それよりレイちゃんこれから撮影だろ。いやいやゴマカシテ無いって」という月日さんの声が聞こえる。
ちなみに、レイちゃんこと零日さんとは月日さんの妻、つまり三日のお母さんだ。
「あんな捉えどころの無い人が旦那さんだと、零日さんたちも大変だ」
俺は1人ごちた。
いや、今しがた俺が一番大変だった気がするが。
見事なまでに、月日さんに遊ばれていた。
とはいえ、月日さんは仮面野郎な上にかなり胡散臭い人だったが、同時に家族に対する愛情は深い人のように感じた。
彼自身、家族に対する愛情は『タベチャイタイ』くらいなんて言っていたし。
軟禁状態、なんて嘯いていたけれど、家から出ようともしない(仕事は専らネットを通して行っているそうな)のは、家族といる時間を増やすためなんじゃないかな、なんて思う。
楽観的で非現実的な邪推なんだろうけど。
「ウチの家族とは、全然違うなぁ」
良くも、悪くも。
ウチは親一人子一人というたった二人の家族で、親は家を空けている時間が圧倒的に長い。
と、言うより、俺達2人が会ったり話したりする時間が圧倒的に少ない。
甘えたい盛りの時にはそれがひどく寂しくて、駄々をこねて親を困らせたこともあった。(だからなのか、しばしばささやかなことで嫉妬心を抱く三日の気持ちは何となく分かる気がする)
その事実は、ささやかな傷跡ではあるけれど、それでも、俺に対しては十二分の教育費と愛情を注いでくれていると思うし、今更それに不平不満を言うつもりはない。
けれど、誰かが待ってくれてる家というのも、誰かを待てる家というのも…
「羨ましく思わなくもない、かな」
そこで、階段を登りきる。
奥から三番目の部屋に、『☆三日チャンの部屋☆』というえらいファンシーなプレートがかかっている。(誰が作ったんだろう?)
「……一番奥じゃないじゃないか」
ちなみに、その隣は『二日乃部屋』と筆で達筆に書かれた飾り気のないプレートがかかっている。
廊下のゴミ箱に三日のと同じような、ファンシーな奴のが捨ててある気がするが気のせいだろうか?
そのまた隣、一番奥の部屋には『KAZUHI'S ROOM』と流麗な筆記体で書かれたプレートがかかっている。
そのプレートやドアノブにはやや埃がかぶっており、持ち主が短くない期間戻っていないことを伺わせた。
「月日さんも、全部が全部嘘を言ってたわけでも無いみたいだな」
とりあえずそれだけを小さく呟いた。
ともあれ、今は三日だ。
俺は彼女の部屋を軽くノックして声をかける。
48 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:24:03 ID:TyGkuzAn [11/20]
「三日、俺、御神。風邪ひいたって聞いて、お見舞いにきたんだけど、入っていいかな?」
お見舞いなんて初めてだから、なんとなく妙な台詞になってしまう。
「…はい、大丈夫ですよ。朝からずっと」
すると、扉の向こうから聞きなれた儚げな声が聞こえてきた。
心なしか、いつもより弱々しく、低い声に聞こえる。
風邪のせいだろうか。
「じゃあ、入るね」
そう言ってドアノブをひねろうとして、俺はふと思う。
思えば、三日の部屋にくるのなんて初めてである。
と、言うより女の子の部屋に入ること自体初めてなんじゃなかろうか?
このドアの向こうには、どんな光景が広がっているのだろう。
ぬいぐるみとかが置かれたかわいらしい、女子然とした部屋だろうか?(イメージ貧困)
それとも、ヤンデレなお母さんの教育の行き届いたおどろおどろしい部屋だろうか?
その上、三日の部屋着(パジャマだろうか)が見れたりするわけで…
「・・・・・」
自分の顔が熱を帯びるのを感じる。
三日の部屋なのに!たかだか三日の部屋なのに!(だからこそだバカ)
とはいえ、扉の前で固まっていても仕方ない。
鬼が出るか蛇が出るか?
天国か地獄か?
いざ行かん、本作メインヒロインのプライベートルームへ!
「……ってあれ?」
そこは、見慣れた光景だった。
使い古された小ぶりなクローゼット。
机上に、昨日宿題をした時のままシャーペンや消しゴムが無造作に置かれた勉強机。
その隅に置かれた、使い古しのシルバーのノートPC。
三段の本棚は、一番上が文庫や新書、二番目がマンガ、三番目が料理の本や雑誌がギッシリ詰まっていて、この月曜に買ったばかりのマンガ雑誌も収まっている。
その上には春休みにバイトした金で音楽プレイヤー用スピーカー(一応特撮グッズで、所々にヒーローのシンボルマークが刻まれている)が置いてある。
その向かいには白い蒲団が敷かれたベッドがある。
明らかに男子の部屋だった。
って言うか俺の部屋だった。
さすがに、窓の形や部屋の広さは微妙に違ったが、それ以外のレイアウトは気味が悪いほどに、同一だった。
ペアルックならぬ、ペア部屋ってヤツ?
好きなアイドルと同じグッズを身につけるファン、というのは聞いたことはあるが、それにしたって部屋まで一緒にするなんて話は聞いたことも無い。
「ただい……ま?」
思わずそう言った。
「…おかえりなさい、千里くん」
三日が、それにナチュラルに答えた。
49 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:25:34 ID:TyGkuzAn [12/20]
しかし。
しかしである。
そんな描写はこの際どうでもいい。
それを遥かに上回るような桃源郷がそこにあった。
と、言うかいた。
三日である。
三日は洋装のパジャマを着ていなかった。
代わりに、浴衣を着ていた。
浴衣姿の三日である。
浴衣女子の三日である!
この衝撃がお分かりいただけるだろうか。
三日は何度となく純和風の容貌と言われ続け、和服が似合うであろうことは想像に難くなかった。
(実際、以前はよく身に着けていたらしい。俺は見たことが無いが)
それが今目の前にいる。
浴衣のデザイン自体は、黒字に鮮やかな彼岸花をあしらった、地獄少女も真っ青な重苦しい柄である。(あの変態仮面か二日さんのチョイスだろうか。あの人たちとは色々な意味で話し合う必要がありそうだ)
しかし、黒いだけに所々にのぞくまっ白い肌が際立つというコントラスト。
その上、三日のカラスの濡場色の見事な長い髪が浴衣の上にかかることで得も言われぬ美しさを醸し出している。
その黒髪が、少し首を動かすだけで、はらりと胸元に移動する。
やや乱れ、ゆるやかなカーブを描く胸の谷間が露になった純白の胸元に。
その上、風邪をひいている為か頬は朱に染まり、いつになく艶っぽい雰囲気をかもしだしている。
その光景に、俺は思わず生唾を飲み込んだ。
女の子って、服装ひとつでこんなに雰囲気が変わるんだ・・・・・・。
「・・・お待ちしておりました、千里くん」
その場に立ち尽くしている俺に、彼女が言った。
桜色の唇が動くのが、やけに色っぽい。
「あ、ああ・・・・・・」
いつまでも硬直してもいられない。
俺は無理やりにも我に返る。
「これ、先生から預かったプリント。机の上に置いておいて良いかな?」
鞄の中からファイルを取り出して、俺は言った。
「・・・そんなことよりも、こちらに来ていただけませんか?適当に、このベッドにでも座って」
風邪のせいか、いつも以上にどんよりと濁った黒い瞳をこちらに向けて三日は言った。
「んじゃぁ、この机の所にでも……」
「このベッドに座って」
机の上にファイルを置き、椅子に座ろうとする俺に三日は先ほどの言葉を繰り返す。
ってあれ、なんか変わってない?
「いや、そこには座れないっしょ。俺なんかが来たら一気に狭「座、って」
三日の台詞が一言だけになった。
俺はその言葉に従い(断じて三日の色香に圧倒されたわけではない)、彼女の眠るベッドに座る。
ベッドを揺らしたり三日の足をつぶさない様にしながら。
50 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:26:36 ID:TyGkuzAn [13/20]
「・・・千里くん」
俺が座り終えるか終えないかくらいのタイミングで、三日がガバッと抱きついてきた。
首筋に飛びつくように、腕を絡め、体重をこちらに預けてくる。
上半身が密着状態になる。
「!?!?」
密着状態になったことで俺の顔に三日の絹糸のように柔らかな髪があたるとか、あたってるのはむしろ柔らかな胸だとかって何で俺こんなことでパニクってるのかな!?
「・・・ん、はむ・・・、ぅん、ぴちゃ・・・」
「ゥン!?」
やおら、首に柔らかな感触が連続して触れる。
これは、もしかして舐められてるのか?
首を?
三日に?
うわぁ。
何だ、この言い知れぬ背徳感は。
法的に何ら問題ないことをしてるはずなのに。
「・・・れろ、はむ・・・、うん・・・」
「ん、くぅ・・・・・・。み、か・・・・・・」
三日が、俺よりも年下にも見えるような小柄な少女が、体を密着させて俺の首に舌を這わせている。
その動作のたびに、長い髪が蛇のようにうねる。
一頻り舐め倒すと、三日は俺の体から離れた。
何だか知らんが、キスよかエロかった。
もう数秒続いてたら理性がトんでたかもしれない。
と、そんな色惚けな頭をすっ飛ばす台詞がこちら。
「・・・他の女の匂いがします」
「いや、今舐めてたよね!?」
ああ、良かった。
ようやくいつものノリに戻った。
これ以上エロい空気が蔓延していたらどうなっていたことか。
まぁ色々間違ってる気はするが。
「・・・4人、いえ5人くらいですか?」
「いやいや、どこまでカウントしてるのさ」
たしかに、今日俺は4人の女性と話した記憶はあるが、だからといってやましい事は一切無い。
「・・・5人、殺さなくっちゃ」
黒曜石のような瞳に空ろな笑みを浮かべて三日が言った。
この上なく禍々しく、それ以上に危うい笑みを浮かべて。
って言うか普通に危なっかしい。
「実行不可能なことを言うな」
「ふみゅ!?」
俺は、半ば無理やりに三日の上半身をベッドに押し戻した。
「って言うか、今は体を休めることだけ考えなよ。あと、俺はそのヒトたちとは何も無かったから」
「・・・それでも」
三日が食い下がる。
「・・・私と千里くんの会う時間を奪った相手なんですよ?妨害したんですよ?邪魔者なんですよ?殺さないと殺さないと殺さないと殺さないと。お姉様、朱里ちゃん、ユカリ先生、トショイインさん、会長さん、河合さん、みんなみんな殺ざ・・・ゲホゲホ」
言い終わる前に咳き込む三日。
風邪をひいていると言うのに、長台詞なんか喋るからだ。
51 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:27:43 ID:TyGkuzAn [14/20]
俺は、半ば無理やりに三日の上半身をベッドに押し戻した。
「って言うか、今は体を休めることだけ考えなよ。あと、俺はそのヒトたちとは何も無かったから」
「・・・それでも」
三日が食い下がる。
「・・・私と千里くんの会う時間を奪った相手なんですよ?妨害したんですよ?邪魔者なんですよ?殺さないと殺さないと殺さないと殺さないと。お姉様、朱里ちゃん、ユカリ先生、トショイインさん、会長さん、河合さん、みんなみんな殺ざ・・・ゲホゲホ」
言い終わる前に咳き込む三日。
風邪をひいていると言うのに、長台詞なんか喋るからだ。
「誰も俺らを妨害しようなんて思っちゃいないでしょ。むしろ、明石なんてお見舞い来たがってたし。あと、さり気なく二日さんを加えない。明らかにお前を心配してるし」
カバンから出したのど飴を三日にほうりつつ、俺は言った。
二日さんは『力ずくで』なんて言ってたけど、要は三日に安静にして欲しかったわけだし。
あの人は妹に対してツンデレ過ぎると思う。
「・・・・・・・・・」
のど飴を受け取ると、三日は布団をかぶり、恨めしげな目だけを俺のほうに向けてきた。
「今日は、やけに病みモードじゃないか、風邪だけに」
「・・・今日はずっと、待ってました。誰もいないこの部屋で」
とうとうと語りだす三日。
「家にはご家族がいたでしょ」
それに対して俺は本心からツッコミを入れた。
つい先ほど、俺は家族のいる家庭の良さをかみ締めたところである。
「二日お姉様は大学の授業で朝からいませんし、お母さんは今日お仕事で帰りません。お父さんは・・・」
「2人っきりか!それは大変だ!っていうか危険だ!」
畜生、よりにもよってあんな変態仮面とうら若き乙女を2人きりにするなんてどういう了見だ!
「・・・なんだか、うちの父親がとんでもない変質者の類として千里くんの脳に登録された気がします」
「違うの?」
「・・・・・・・・・そういう話ではなくてですね」
三日が、目をそらした。
話もそらした。
「・・・私はずっと待っていたんです。ただ、待っていたんです」
「何を?」
「・・・何もできずに、何も飲まずに、何も食べずに」
「食べれ!しっかりきっちりご飯食べて栄養とらないと治るもんも治らないって!」
「・・・薬だけを呑んで」
「薬じゃ足りないって!ちょっと待っててよ・・・」
とりあえず、月日さんにお願いして台所を借りよう。
他所の台所を借りるのは気が引けるが、何か作って食べさせないと・・・・・・
しかし、
「・・・駄目」
立ち上がった俺の手をしっかりと掴み、三日は言った。
「遠くに行くなんて駄目。離れるなんて駄目。駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄けほ駄目駄目駄目けほけほ駄目駄目駄目駄目駄目駄ゲ駄目駄目駄目駄目駄目駄目ゲホゴフぇえ」
咳き込んでも言葉を続けようとしたため、三日はよりひどい咳をすることになった。
「ゲホ、ゴホ、ガフォア!」
「ちょ、大丈夫!?」
「ゴホガホゲホガホゲボドホバドー!」
「咳どころじゃねぇ!」
いつのまにか、俺はまた座って三日の背中をさすっていた。
三日は激しくせき込みながらも、掴んだ手を放そうとしなかった。
その小さな手は、なんとなく、どこかさみしげに見えた。
「もしかして、今日ずっと会えなくて寂しかった……とか?」
「…ゲホ…ガハ……コクン」
俺の言葉に、三日は咳き込みながも頷いた。
「…ずっとずっと来てくれないから、気が狂うかと思いました」
きゅっ、と俺の手を握りながら三日は言った。
その手を、俺は優しく握り返した。
「俺も、お前と会えなくて、何か、ヤな感じだった」
「…ヤな感じ?」
「具体的には、弁当を作る気が失せるくらい」
「それは相当です!」
三日が驚愕の表情で言った。
俺って、そんなに料理キャラかしら。
52 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:28:47 ID:TyGkuzAn [15/20]
「それこそ相当……、でもないか、普通だ」
「…むしろ、それ以外では動きません」
「それは重症だ!」
まさかとは思うが、本当にそういう設定じゃあるまいな。
そのちんまいボディーはその伏線とか?
「…あ、いえ。これは、多分昔身体が弱かったかららしいです」
少し恥ずかしそうに、三日が言った。
そう言えば、月日さんがそんなことを言っていた気がする。
「…お腹とかに、昔の手術跡が残ってたりしてちょっとニガテなんですけれど…。そういうの見たい、ですか?」
「いやいやいやいやいや」
浴衣姿でお腹を見せようとすると、ほとんど半裸になるじゃないの。
この辺、どこまで計算なのか天然なのか分からないから困る。
「そうじゃなく―――って、何の話をしていたんだっけ?」
何やら流れがグダグダになってきたので、軌道修正軌道修正。
「…私が寂しかったという話?」
「浴衣の三日がエロいって話?」
同時に言って、同時に赤面。
「…恥ずかし……。恥ずかしすぎる……。素直に『寂しい』とか恥ずかしすぎ……」
真っ赤な顔を隠すように、三日が被った布団の中からそんな呟きが聞こえてくる。
かく言う俺も、悶絶していた。
いや、だってありえないだろう。
女の子を目の前に『エロい』とかセクハラだろう。
自分で自分の首を絞めるにも程がある。
「や、違くて、ただ、すごく可愛いって―――可愛い?ってか綺麗ってかなんと言うか」
俺の言い訳にもならない言い訳に、ベッドの中で悶絶していた三日の動きがピタリと止まる。
「・・・・・・・・・褒められた」
ぎゅう、と三日が体を丸めるのが分かる。
「・・・・・・・・・褒められちゃった」
そう呟く三日の声は、本当に幸せそうで、思わずこっちまで幸せな気分になるようで。
「・・・あの、千里くん」
布団の中から、三日が囁く様な声で言った。
「・・・私、綺麗ですか?」
「どこぞの都市伝説みたいな聞き方すな」
マスクをはずしたらすごいことになったりしないよな。
「・・・綺麗、ですか?」
三日が再度言った。
ギャグで誤魔化されてくれなかった。
「まぁ・・・綺麗だけど。浴衣との相乗効果で」
隠す理由もないので、俺は意味なく目を逸らしながら言った。
浴衣云々はほとんど照れ隠しだけど。
って言うか、三日にここまで萌えさせられるなんて思わなかったのですよ。
そうか、三日って萌えキャラだったのか・・・・・・。
初めて知った。
「・・・浴衣が無いと、駄目ですか・・・・・・」
シュンとした声で三日が言うので、フォローする。
「いやいやいや。ンな意味じゃないって。確かに浴衣は偉大だけど、あくまで服で添え物、おまけみたいなモンでさー・・・・・・」
いつものペースを取り戻しつつ、俺は言葉を続ける。
「これは親が良く言ってたんだけど、服とか化粧ってのは元来身に着けてるヤツの良い所を120パー引き出すのが理想だとかで、今の三日がその状態?みたいな?」
なぜ疑問系だ、俺。
「・・・浴衣が無くても綺麗ですか?」
布団の中から、目元だけを覗かせて、三日が言った。
「YES!YES!YES!YES!YES!」
なぜジョジョだ、俺。
「・・・なら」
言って、三日は布団の中から上体を起こす。
そして、既に緩くはだけられた浴衣の襟に手をかける。
「・・・これでも、綺麗だって言ってくれますか?」
53 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:29:26 ID:TyGkuzAn [16/20]
微かな衣擦れの音を立てて、三日の体から浴衣が落ちる。
「え、ちょ・・・まっ!?」
俺の心の準備など待つはずも無く、三日の裸体が露になる。
染みひとつ無い、真っ白な肌。
小さな肩。
折れそうな程に細い、けれど伸びやかな腕。
緩やかなカーブを描く胸には桜色の乳首。
やや痩せ過ぎなきらいはあるが、細い腰。
そして、胸元から腰にかけてまで、痛々しい傷痕。
手術痕。
決して、目立つようなものではない。
けれど、無垢な真っ白な肌にあるからこそ、その傷跡は目立つ。
真っ白な紙の上の、たった一点の染みが目立つように。
しかし、
「・・・・・・綺麗だ」
俺は、その傷痕を観て心からそう答えた。
「・・・本当に?」
「もちろん」
おずおずと聞く三日に、俺は即答した。
「・・・気持ち悪くないですか?」
胸の傷をなぞるようにして、三日が問いかける。
「何で?」
割と素で、俺はそう答えた。
確かに、その傷跡は目立つ。
目立つけど・・・・・・
「何ていうか、男の勲章、みたいなものでしょ?」
「・・・私、女ですよ?」
もっともなツッコミだった。
うーみゅ。
言語化しづらいニュアンスをうまく伝えるのは難しい。
「俺は経験無いから分からないけど、そういう手術ってやっぱ受ける方も大変らしいじゃない。だから、その傷跡は―――」
傷跡、を直接触るとセクハラなので、それをなぞっていた三日の手を握る。
「三日が頑張った記録じゃないか」
「・・・千里・・・・・・くん」
その手をぎゅっと握り返す三日。
「・・・ありがとうございます、千里くん。・・・この傷跡は、裏設定的にちょっとコンプレックスみたいなものだったので。・・・お医者様からは、その内目立たなくなる、とは言われているのですが」
確かに、ビキニの水着とか着れないだろうからなぁ。
まぁ、体型的に着ても似合わなそうだけど。
「そっか。ちなみに、俺の裏設定的なコンプレックスは身長だったり」
「ええ!」
俺の発言に驚いた顔をする三日。
「・・・すごいかっこいい長身なのに」
「だからだよ。『御神くんおっきくて怖い』なんてガキの頃何回も言われてさー。ほら、背が高いとどうしても見下ろす感じになるでしょ?それがどうにも相手をビビらせちゃって」
今思えば、昔の俺に愛想が無かったからでもあるんだろうけど。
「・・・私はちっちゃいから、大きいのは怖いというより憧れますけど」
「ああ、二日さんとか」
「・・・あとは、女装したお兄ちゃんとか」
すさまじい美少女らしいからな、女吸血鬼一日さん。
2人して人間的なスペックも高いし。
美形で身体能力も高いらしいんだものなー。
一日さんは更に成績優秀、の文字が追加されるが。(ちなみに、二日さんの学校の成績は人並み程度。必要なこと以外には本気出してなかった可能性も高いけど)
少女漫画の主人公かよって感じである。
そんな相手に囲まれていたら、確かに長身に対する憧れは助長されるか。
っと、それはともかく。
54 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:29:49 ID:TyGkuzAn [17/20]
「ええっと、三日サマ」
「・・・何でしょう、千里様」
「体も冷えますし、そろそろ服を着て下さいませんでしょうか」
今更のように目を逸らしつつ、俺は言った。
特に描写はしてなかったけど、今までずっと俺の顔真っ赤だったんだろうなー。
「そんな!」
驚いたように三日は言った。
その対応は不条理だと思う。
「・・・綺麗って言ってくれたから、私を押し倒してきてくれるかとばかり思っていたのに!」
「押し倒すか!」
何を血迷ったことを言ってるんだこの病人は。
やっぱりアレか?
月日さんのせいか?
あの変態仮面、娘の教育に悪影響しか与えて無いんじゃないのか?
「ンなことしたら風邪が治らないでしょうが」
「・・・治らないんですか?」
「具体的な原因を皆まで言わせないでー!」
とにかく、さっさと着せないと三日の健康にも、ビジュアル的にもよろしくない。(2m近い男と半裸の小柄な女の子―――犯罪の臭いしかしねぇ)
俺は、三日のはだけた浴衣を手に取り―――
「時を越えて、私、参上・・・」
背後のドアが音も無く開かれ、1人の女性が現れた。
黒髪ロング、長身の美女。
「・・・・・・コンニチハ、ニカサマ」
「ええ、御機嫌よう・・・。義弟くん・・・」
俺が何とか答えた相手、三日の姉二日さんはうっすらと笑った。
半裸の妹さんと、彼女の服を掴んでいる男。
それを二日さんがどう解釈するかは明白な訳で・・・・・・
「・・・こ、これは違わないけど違うんですよ、お姉様」
「良いんですよ、別に・・・」
要領を得ない三日の言葉に、やはりうっすらと笑いながら二日さんは言った。
ただし、笑っているのは口だけで、目は全く笑っていない。
「私は別に妹が心配で早く戻って来たわけでもありませんし、妹が義弟くんに抱かれようが肉奴隷にされようが一向に気にしませんわ・・・。ただ・・・」
二日さんの光を反射しない瞳が、こちらを射抜くように見つめている。
「最近私はお父様とご無沙汰だったというのに、それを差し置いてまだ明るい時間から乳繰り会っている様子を目の当たりにしていると湧き上がるこの気持ちは、何なんでしょうね・・・?」
「・・・愛情?」
三日の言った空気の読めない一言に、二日さんの堪忍袋の尾が切れた音が聞こえた気がした。
「ありがたく思いなさい、2人とも・・・。お仕置きタイムです・・・」
「「ぎゃー!」」
それこそ吸血鬼を通り越して鬼のような顔になった二日さんを前に、俺たちは仲良く悲鳴を上げた。
その後の地獄絵図に関しては・・・・・・思い出させないでくださいすいません。
55 名前:ヤンデレの娘さん 見舞の巻 ◆DSlAqf.vqc [sage] 投稿日:2010/12/06(月) 01:30:30 ID:TyGkuzAn [18/20]
おまけ
数日後
「ンで、しばらく2人して休んでたワケだけど、そんなことが会ったのねぇ」
体中にたくさんのガーゼや絆創膏を貼り付けて学校に来た俺達2人を見て、明石が言った。
「別に、二日のせいばかりじゃないけどねー」
俺は方をすくめて言った。
「・・・千里くんは、ずっとずっとずーっと、私につきっきりで看病してくれたんです」
ぎゅ、っと俺に腕を絡ませて三日は言った。
柔らかな胸の感触が、あの時を思い出させるんですが。
「俺はてっきり、みかみんが監禁陵辱されてんじゃねーかと心配してたンだぜ」
葉山が言った。
「かんきんりょーじょくって・・・・・・まぁ、ある意味それに匹敵するほどすさまじいことがあった気はするけど」
仮面のおっさんに、お仕置きタイム、それに・・・その・・・三日のもにょもにょ・・・
人生で最高に『濃い』数日間だった。
「ああ、やっぱり手遅れだったか、みかみん」
何を思ったか俺のほうを真顔で見る葉山。
「まぁ、その何だ。まだ野良犬にでも噛まれたものだとおもえばな、ウン」
「いや、たぶんそれ違う・・・・・・」
妙な勘違いをしたっぽい葉山に、俺は渋い顔で言った。
「いやぁ、愛する人にされるならアレでしょ?『我々の業界ではご褒美です』ってヤツ」
まるで当然のように明石はそう言って、それから自分の言葉に落雷を落とされたような顔をする。
「その発想なら・・・・・・私が正樹に何をしてもご褒美!?」
そう言って、明石は葉山の肩をがっしり掴んだ。
「正樹、ご褒美欲しいでしょ?」
「何だか知らんがそんなご褒美はいらねー!」
相変わらずフラグを叩き折るはやまん。
「欲しいでしょ?」
「いらねぇ!」
「欲しいよね?」
「だからいらんて!」
「欲しいはず」
「いらねぇっての!」
「欲しい」
「いらん!」
「欲しれ」
「何だその欲しいの命令形みたいなの」
「欲しがりなさいよ!」
「だからいらねぇって!」
そんなやり取りが、教室にユカリ先生が来るまで続いたのは、また別の話。
最終更新:2010年12月11日 13:54