194 :わたしをはなさないで 第一話:2010/12/17(金) 01:37:37 ID:8uGlJG4D
うちには拾って来たペットがいる
犬が二匹、猫が三匹、カメと女の子とが一匹ずつ
アパートはペットOKとはいえ、一人暮らしのフリーターには餌代だってバカにならない
なんだけど、どうしても我慢できずに拾ってきちゃうんだよなぁ
エゴだとは思うけど、捨てられてるの見てるとやっぱりかわいそうでさ

「ワン!」
「ニャー」
「………」
「おなかすいたー!」

まったく、バイトから帰るなり飯の催促か
少しは温かく迎えて欲しいもんだがねぇ

………うん、何が言いたいかは分かる
今この場にポリスメンが居たら、俺はこれから三食税金で食わせてもらえる楽しい楽しい別荘行きだ
けど、俺がこいつ―――古口夏樹(こぐちなつき)をここに住まわせてる理由
そんなのぶっちゃけて言えば他のみんなとおんなじ。[拾った]んだよ

「フミー! おかわりー!」
「ナツはちょっと遠慮して食え」

ああ、そういえば言ってなかった
俺の名前は笹原文祟(ささはらふみたか)。ピッチピチの22歳
ナツから……と言うか、この数年知り合いからフミ以外の呼ばれ方をした覚えが無い

「ほれ。俺も食べるからあんまり大盛りにはせんぞ」
「ええ~~っ」

嫌そうな顔をするナツに、イエノブとイエツグ(犬)がワンワンと抗議するようにほえた
俺たちはドッグフード一皿で我慢してんだぞ、とでも言ってるんだろうか


195 :わたしをはなさないで 第一話:2010/12/17(金) 01:38:14 ID:8uGlJG4D
「ところで、ナツ」
「なにー?」
「……口に物入れて喋るな。行儀悪いぞ」
「フミが話しかけてきたんじゃんか」
「……まあいいか。飯食ったら話すよ」
「? うん」

こいつ、本当に十六歳か?
うちに来たときから身分証のようなのは何も持ってないから自称十六歳ってのを信じてたが
今になってみるとやっぱ限りなく怪しい
背もちっこいし、言動行動子供っぽいし、食い意地張ってるし、子供度強化スキルの黒髪ツインテールだし
スリーサイズも残念なのは目に見えて分かる
俺のスカウターはおおよそ13・4歳だと言ってるね
……って、余計にやばいんじゃなかろうか、それ
マジなら俺の別荘での休暇期間が桁違いに伸びるぞ

「あっ、イエハルにイエシゲ! それわたしのカマボコー!」

うん、十六歳の分別ある乙女はカマボコ二切れを猫に取られたくらいで大騒ぎしない
あとナツ、追っかけまわしてるあいだにイエサダ(猫)がお前の皿からいそべ揚げ持ってったぞ



誤解してるやつもいるかもしれんが、これは誘拐じゃないぞ
二年前のどしゃ降りの日、こいつがずぶ濡れでうちのアパートの前に座り込んでたのが始まり
あのものずげえ胡散臭い自己申告を信じるなら、こいつが十四歳のときだな
そんでうちに連れて行って風呂に入れてやり……もちろん俺は入ってないぞ
シャツ貸してやって、熱いコーヒー出して、落ち着くまで待って、話を聞いてみた
なんでも、両親に捨てられたんだという
朝になったら家に一人きり。書置きも貯金もない。親族も無く、来るのは金返せとがなりたてる怖いオッサンばっかり
一週間もしないうちに家を追い出されて、当ても無く歩き、疲れ果ててこのアパートの軒先で休んでたとのこと
まあおおむねのとこは分かった。こいつの両親は、借金踏み倒すつもりで娘を残して夜逃げしたんだろう
まあしかしこれはポリスメンの仕事だ
さっさと警察に連れて行って保護してもらおう
そんな意味のことをマイルドに、言葉を選んで伝えると、こいついきなり泣き出しやがった
俺の服を掴んで、鼻が触れ合うくらいにまで顔を近づけてさ
甲高い声で叫んでるからあんまり聞き取れなかったが、この二言だけは耳に届いた

見捨てないで 追い出さないで

なるほど。考えてみればよく分かった
こいつは両親に捨てられたことと、住み慣れた家を追い出されたことが酷いトラウマになってるらしい
身寄りも頼る人もいなくなって、独りぼっちでどんなに寂しかったろう
そんなときに声をかけられ、家に入れてもらい、話を聞いてもらえた
その喜びは察するに余りある
その男に、じゃあ警察行こうかといわれればこの反応も無理はない
つまり簡単に言えば、俺はこいつに懐かれちまったんだ

……その後集まってきた隣人や大家には、こいつは俺の姪です。しばらくここに住みます
この二言で押し切った
その時、いつか引っ越しをするときは、隣に声が響かない壁の厚い部屋を借りると誓った


196 :わたしをはなさないで 第一話:2010/12/17(金) 01:40:20 ID:8uGlJG4D
「ごちそうさまー」
「おそまつさまだこの野郎」
「なに怒ってんの?」
「俺のいそべ揚げ二本食っちまっておいてなんだその言い草は」
「のろのろ食べてるフミが悪いんだよー」

はじめのうちは借りてきた猫みたいにおとなしかったのに、今ではこんな暴君に育ちました
すっかりうちに慣れたと言う事もできるが、いくらなんでもそりゃ好意的な意見すぎるだろう
それにあまり慣れてしまうのも、少し寂しいがあまりいいことじゃない

「ナツ。お前の両親のことなんだけどさ」

そう口火を切ると、ビクンと電気にうたれたようにナツの体がはねた

「何か警察から言ってこないか?」
「……知らないよ」
「でもなぁ、お前も会いたいだろ
 去年までたまにお前が財布に入れてる家族の写真見て泣いてたの、知ってるんだぜ」
「………」
「ナツ。お前もいつかは帰るんだ。両親のところか、さもなくば知らない縁戚の人のとことかな」

警察には、古口夫妻には以前とてもお世話になった者だと言って捜索願を出した
無論ナツのことは話してない
話せば当然ナツを引き渡さなきゃならなくなる
そうなれば泣いて叫んで大騒ぎすることは目に見えてたし、そんな姿を見たくはなかった
それに捜索願を出したのは、いろいろと忙しかったせいでナツを住まわせてから2ヵ月後
たぶん大丈夫だろうが、なんかの罪に問われたりすんじゃないかと思ったってのもある
ええ、俺骨無しチキンですから
そんで担当がずいぶんと熱心な警官に当たったみたいで、二ヶ月にいっぺんくらい捜査の進展状況を電話で教えてくれた
ナツのことは(俺の姪だと説明したが)知ってるため、電話応対を任せている
もっとも俺はバイトに出てる時間が長いため、必然的にナツが応対することになってるんだが、ここ一年まるで電話が来ないらしい
部署が変わってしまったのかどうか分からないが、捜査の進展が分からないのは歯がゆいものだ


197 :わたしをはなさないで 第一話:2010/12/17(金) 01:41:14 ID:8uGlJG4D
「わたし、行かない。ずっとここにいる」
「そう言うなよ。お前も両親に会いたいだろ? きっと今ごろ、ナツを置いていったこと後悔してると思うぜ」
「会いたくない。わたしにはイエノブとイエツグとイエハルとイエサダとイエシゲとイエツナ(亀)、あとフミがいればいい」
「でもな、ずーっとこのままってわけにもいかないぞ。例えば俺もお前もいつかは結婚するかもしれない。その時はどうするんだ?」
「いいもん。わたし、フミと結婚するもん」

俺にロリコンの気があればここでルパンダイブでもするんだろうがね
あいにくと俺はお姉様属性だ

「でも、どうしてそんなこと言うの? ………まさか」

あ、また始まっちまうか?

「フミ、わたしを捨てないで! ここに置いてよ! 私にはもうここしか、フミしかいないの!
 両親も親戚縁者ももうどうだっていいよ! フミがやれっていうなら何でもするから! 何されたっていいから!
 だからわたしを離さないで、わたしを愛してよぉ………!!」

しまった、いつもはもっとソフトに説得してるんだが、今日はちょっと地雷踏んじまったみたいだ
こうなったナツはそう簡単に収まらない
落ち着いて眠るまで、ずっと手を握っていっしょにいてやらなきゃ、たぶん明日までだって泣き続ける
しかもナツが泣き始めるのに合わせて、イエノブとイエツグがワンワン吠え出す
素晴らしいコンビネーションだ
これでお隣さんから苦情が来ても、犬が大騒ぎしてしまってすいませんで済ませられる

「わかったわかった。もう言わないから今日は歯磨いて寝よう、な?」
「……うん。でもね、フミ」

ナツのちっこい体が機敏に動いて、素早く口付けをかわす

「わたしは、絶対にフミのこと、離さないからね」
「はいはい」

ナツは寂しいだけなのか、それとも本当に愛されてるのか
俺にはどうしても分からなかった
最終更新:2010年12月20日 09:34