名前:リバース ◆Uw02HM2doE [sage] 投稿日:2010/12/21(火) 17:37:08 ID:Jda9/gGC [2/8]

「……えっ?」
一体亮介は何を言っているんだ。潤が遥や撫子を陥れた?そんな馬鹿なことある訳――
「……千秋と理香子、何でここにいるの?」
感情の一切篭っていない声で潤が問い掛ける。その矛先は亮介の後ろで怯えながら潤を見ていた二人の女子に向けられていた。
ショートボブの活発そうな女子とロングヘアーの大人っぽい女子。校章が一年生用なのでおそらく潤のクラスメイトなのだろう。
ロングヘアーの女子は躊躇いながらもゆっくりと亮介の横に並ぶ。その目はしっかりと潤を見据えていた。
「……潤、私たち見ちゃったの」
「……見ちゃったって…何を?」
潤は俺を抱きしめながら訝しげにその女子を見つめている。
「……潤が最近元気なかったから千秋と一緒に元気付けようと思ったのよ。ね、千秋」
「う、うん……潤、元気なかったから……」
千秋と呼ばれたショートボブの女子もおずおずと前に出て来る。
「潤のお兄さんと遥と……それからもう一人の女の人が救急車で運ばれた日、あの日潤が――」
「兄さんの教室に入るとこ、見られちゃってたのか……。失敗したなぁ……」
潤は今までに聞いたことのないくらい寒気がする声で女子の話を遮った。亮介は表情をさらに強張らせ、二人の女子は潤の言葉に何も言えなくなってしまっている。
「あーあ、やっと邪魔物を全員病院に叩き込んでやったのに……。まさか密告されるなんてね」
潤は女生徒二人に冷たい視線を向ける。静かな怒りが口調から漏れていた。
「み、密告なんかじゃないよ!私達はただ――」
「言い訳?これだから他人は信用出来ないのよね」
「た、他人なんかじゃないよ!」
「他人でしょ?少なくとも私は貴女達のこと、そうとしか思ってないよ」
ショートボブの女子も必死に何かを言い返そうとするが、潤は聞く耳を持たなかった。部活棟を紅く染めている夕日が窓から差し込む。
ちょうど俺達と亮介達とを区切る真っ赤な川のように廊下を紅く染めていた。
「……少し、気に入ってたんだけどな。やっぱり敵しかいないんだ……」


283 名前:リバース ◆Uw02HM2doE [sage] 投稿日:2010/12/21(火) 17:37:52 ID:Jda9/gGC [3/8]
「潤……」
潤が俺にしか聞こえないくらい小さな声で呟く。何処か悲しげで、諦めてしまっているような声だった。
「……ひっく……あ、あれ……私……」
「千秋……もう十分頑張ったから」
潤の言葉に今にも泣き出しそうな千秋という女子をロングヘアーの女子が優しく抱きしめる。
「理香子……潤、私達のこと他人だって……」
「もういいから……帰ろう、千秋」
ロングヘアーの女子、理香子は潤を一瞥した後千秋の手を引っ張って行ってしまった。
「お、おい――」
「良いの兄さん!……私には兄さんが居てくれればそれでいいから」
二人を追いかけようとする俺の手を潤はしっかりと握って離さない。潤に好かれているのは嬉しい。
でも駄目だ。俺と要組の仲間だけの世界なんて狭すぎる。
「分かっただろ、要!そいつは……潤は友達を簡単に切り捨てるような奴なんだよ!」
「亮介……」
そんな潤を亮介は睨みつけていた。俺達は、要組は仲間なのにどうしてこんなことになっちまったんだ。
「私はただ事実を皆に教えてあげただけだよ?何で亮介がそんなに怒るのか、理解出来ない」
「わざわざ教える必要なんてねぇだろ!?遥は仲間だろうが!」
亮介は拳を握りしめていた。怒りを抑え切れていないようで、それほど遥を大切にしているのが伝わってきた。
「……私には兄さんさえ居てくれればいい。兄さんが虐められるなんて嫌なの」
「潤……」
確かにあのまま遥の工作が表沙汰にならなければ、俺はクラスで無視されたままだっただろう。つまり潤は俺を助ける為に遥の工作をばらしたのか。
「本当にそれだけかよ?」
「……どういう意味?」
「潤、俺達ずっと一緒に居たんだ。……要を手に入れる為にやったんだろ?」
「おい亮介!俺達は兄妹だぞ!?そんな訳――」
ないと言い切れるのか。その先が出て来ない。潤はもしかしたら、いやもしかしなくても俺を一人の男として見ているんじゃないか。
「……ふふふっ」
「じゅ、潤?」
「……何が可笑しいんだよ」
「兄さんを手に入れる為にやった……当たり前じゃない」
潤は微笑みながら俺をきつく抱きしめる。潤の身体はとても冷たかった。


284 名前:リバース ◆Uw02HM2doE [sage] 投稿日:2010/12/21(火) 17:38:41 ID:Jda9/gGC [4/8]
「私が一番兄さんの側に居るんだもの。私の他に兄さんは相応しくないよ」
さぞ当たり前のことを言っているかのような口調。思わず呆気に取られ俺も亮介も口を挟めない。
「亮介だって似たようなものだよ。遥の為にそこまで必死になってさ」
「違う!俺はお前とは――」
「好きなんでしょ?遥のこと。だったら何も変わらないよ」
「っ!」
潤の言葉の前に亮介は黙り込んでしまった。確かに潤の言う通りなのかもしれない。
亮介のやっていることは潤のしていることと何ら変わりのないものなのかもしれない。でも……。
「さ、行こう兄さん。早くしないと暗くなっちゃうよ」
「……違う」
「えっ?」
「潤と亮介は、違う」
抱きしめている潤を引き離す。潤は不安げな目で俺を見つめていた。
「に、兄さん?」
「亮介は誰も傷付けてない。……でも潤は仲間や友達を傷付けたんだよ」
ゆっくり、諭すように潤の目を見て話す。分かって欲しかった。潤のしていることもまた、遥と同じく許されることじゃない。
誰かが言わなければならないなら、家族の俺が言わなきゃいけないから。
「あ、あんな奴ら……」
「"友達や仲間なんかじゃない"なんて言ったらぶっ飛ばすぞ。寂しいくせに、意地張るんじゃねぇよ」
「寂しくなんか……ないもん。兄さんさえ居てくれれば……寂しくなんか」
潤は今にも泣き出しそうな顔をしていた。自分の気持ちに素直になれない思春期の女の子。ただそれだけなんだ。
「……素直になれよな」
潤は俯きながらも俺の話に耳を傾けてくれている。亮介も落ち着いたみたいだし、今回は間に合ったようだ。そんなことを思いながら俺は――
「潤はもっと暖かい奴だ。俺も……きっと里奈も今の潤は好きになれない」
「……"好きになれない"」
「潤……?」
潤の"何か"に触れてしまった。


285 名前:リバース ◆Uw02HM2doE [sage] 投稿日:2010/12/21(火) 17:42:14 ID:Jda9/gGC [5/8]

「はぁはぁ……!」
階段を何段か飛ばして駆け上がる。後は渡り廊下を通れば部活棟だ。
「間に合って……くれ……!」
迂闊だった。まさか亮介がこんなにも早く犯人を突き止めるとは思わなかった。
もし昇降口で泣いていた二人の女子に声をかけなかったらもっと気がつくのが遅れただろう。
「はぁはぁ……こっちか!」
いや、既に潤は壊れかけなのかもしれない。
ただ要への執着のみで精神を保っているように思えた。だからこそ二人きりにするのが彼女の為だと判断したのだが。
「……少し浅はかだったかな」
聞き覚えのある声がする。それを聞いた瞬間、藤川英はさらに速度を上げて部活棟を駆けていた。
全ては要組、そして英が初めて好意を抱いた彼女、白川潤の為に。



「嫌わないで……嫌わないで……!私、兄さんに捨てられたら……私っ!」
何がいけなかったのか。潤はいきなりうずくまると譫言のように何かを呟き始めた。
身体は震えていてとても正常とは思えない。何があったのかと潤に近寄る。
「潤……?」
「私には兄さんしかいないの。兄さんに気に入られる為だったら何でもするから。身体も心も兄さんに捧げます。だから私を見て。私だけを見つめていてよ。
他人なんか必要ないから。私には兄さんさえいればいいの。兄さんだってそうに決まってる。私がずっと兄さんの隣にいたんだもの。
今までもこれからも兄さんは私のものじゃなきゃおかしいんだよ。なのにどうして好きになれないなんていうの。兄さんは私のこと好きじゃないのかな。
そうか好きじゃないんだ。だったら簡単じゃない。全員殺せばいいんだ。誰もいなかったら兄さんは私を見るしかないんだから」
潤はまるで教科書でも読むかのように一切抑揚のない声で呟き続けている。
「……要っ!」
「は、英?どうしてここに――」
「話は後だよ!とりあえず潤から離れるんだ!」
突然英が現れて俺に潤から離れるよう促す。
どうして英が来て、そして離れるよう言ったのかは分からなかった。だけれども本能的にここから離れた方がいいとそう感じた。


286 名前:リバース ◆Uw02HM2doE [sage] 投稿日:2010/12/21(火) 17:43:03 ID:Jda9/gGC [6/8]
「兄さんを私から奪おうとする奴は」
「要、英っ!」
亮介がいきなり叫ぶ。足音に反応して振り返ると――
「死んで」
「……っ!?」
「えっ……」
英が潤に押し倒されていた。潤の右手にはいつの間にかナイフのような刃物が握られていた。
それを突き刺した英の腹部から抜き取る。そしてさらに刺そうとしていた。
「止めろ潤っ!!」
「っ!?……わ、私……あれ……英が……私が…………あ、あはは!あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
「……うっ……!」
「は、英っ!大丈夫か!亮介、職員室に行って来てくれ!」
「わ、分かった!」
先程までの怒りはとうに収まり亮介は職員室に駆けて行った。英は腹部から出血しており自分で刺された箇所を刺していた。
「英、しっかり――」
「僕じゃないっ!要、僕じゃない!君が駆け寄るべきなのは……!」
「兄さん」
顔をあげる。いつの間にか潤は少し離れた所にいた。右手には赤く染まったナイフを握っている。
「潤……?」
「ごめんね、兄さん。私、我慢出来なかった。兄さんが他人と仲良くなるの……見ていられなかった」
「……何言ってるんだよ」
「兄さんは優しいから……その優しさを独り占めしたかった。虐待されてたあの時みたいに」
潤はゆっくりと握っていたナイフを離す。赤く染まったナイフは音を立てて床に落ちた。
「潤、遥に謝りに行こう。まだ引き返せる。きっと遥も許してくれるから」
俺は潤に向かって手を伸ばす。もうこれ以上の悲劇はいらない。せめて潤だけでも守りたい。そんな想いで差し出した俺の手を潤は――
「……ありがとう。でも遅いよ。もう私……壊れちゃったから」
笑顔で拒否して走り出した。突然の行動に反応出来ずその場に立ち尽くす。


287 名前:リバース ◆Uw02HM2doE [sage] 投稿日:2010/12/21(火) 17:43:51 ID:Jda9/gGC [7/8]
「要、追いかけて!」
「わ、分かった!英は亮介が来るまで耐えてくれよ!」
英に言われてやっと硬直が解け潤を追う。今潤を一人にするのは危険すぎる。
潤が走り去った方向へ全速力で走る。突き当たりまで行くと上の階段から足音が聞こえた。
「上か!?」
階段を飛ばして駆け上がる。今度こそ悲劇を食い止めなければならない。
階段を上がりきると屋上への扉が既に開いていた。おそらく潤はこの先に違いない。
「潤!」
「兄さん……来てくれたんだ」
潤は既に転落防止用のフェンスを越えていた。穏やかな笑みを浮かべている。
「……潤、馬鹿なことは止めろ」
「兄さん、私分かったんだ。このままじゃ私、周りを傷付け続けちゃうって。大切だと思っていた仲間でさえ傷付けた」
潤は泣いていた。遥や亮介、そして英を傷付けた潤本人もまた、傷付いていたのかもしれない。
「潤……」
「兄さんといると我慢出来なくなるの。兄さん以外どうでもよくなっちゃう。だから……」
潤は掴んでいたフェンスをそっと離す。ほんの少し押せば落ちてしまいそうだった。
「潤っ!フェンスを掴め!落ちるぞ!?」
「私も兄さんみたいに記憶を無くせたら、ちゃんと生きられるのかな」
潤はフェンスに背を向いて空を見上げる。真っ赤な夕焼けが潤を照らしていた。俺は思い切り走ってフェンスをよじ登る。
「止めろ潤!!」
フェンスを登り切って潤へ手を伸ばす。死んだら全部終わってしまう。そんなの悲しすぎるし何も解決しないから。でも潤は俺の手を優しく拒んだ。
「きっと記憶を無くしても私、また兄さんを好きになるんだろうな。兄さん、ありがとう。……またね」
潤はゆっくりと身体を傾ける。咄嗟に潤の腕を掴もうとした俺の右腕は空を掴んでいた。
「潤っ!!」
そしてそのまま潤は――
「兄さん、大好き」
「止めろぉぉぉぉぉぉお!!」
地面へと落下していった。
最終更新:2010年12月22日 13:46