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301 :わたしをはなさないで 第四話 後編:2010/12/22(水) 01:58:22 ID:r8HcHtEL
「イエハル、イエシゲ、イエサダー。おみやげ買ってきたよー」
「ニャー」
「じゃーん! 白身魚の骨抜き切り身ー!」
「「ニャ!? ニャニャニャー!」」
「ほらほら、がっつかないのー。一枚づつだよー」
「………」
「イエツナにもあるよー。切れ端だけどそのくらいでお腹一杯だよね?」
「…………(モグモグ」
「ワン」
「イエノブとイエツグはお魚ダメだから、今日はおみやげないんだ。ごめんね。今度お肉屋さんに行ったら骨もらってきてあげるからね」
「……ワン」
「……………」
「フミもそんな死んだ魚みたいな目しないで元気だそうよ。わたしがご飯作ってあげるから。ねえ、何が食べたい?」
「………食えるもの」
「失礼しちゃうなぁ」

あの警察は当てにならん
あれからナツにすっかり手玉に取られたギンは、本件は警察でも秘匿しておくと言って帰っていった
しかもナツの口車に乗って、古口夫婦の住居も連絡先も言わないまま
それが良かったのか悪かったのかいまだに自分でも分からない
本当なら警察沙汰になるリスクを負ってでもナツを帰すべきだったかもしれない
しかし、怖い
今の平穏な暮らしが一瞬で崩れ去ってしまうことを考えると、どうしてもあの場で本当のことを言うことが出来なかった
これがドラマか小説かSSだったなら、きっと俺の役の男はカッコよく大見得を切って真実を告げるんだろう
現実にいない者だけができるカッコよさだ
一番大切なことは、暮らしを守ることと収入を得ること
それがとんなに体裁を取り繕ったって、現実に生きるものにとっての義務だ

「はーい、おまたせー! 夏樹特製焼き魚の出来上がりー!」
「……ナツ、俺の注文聞いてた?」
「? なんだっけ?」
「食えるもの、って言ったんだ。炭を食える人間はそういないだろが」
「大丈夫大丈夫。外の炭をはがせば中は美味しく……あれ?」
「外は真っ黒中は刺身か。器用なやつだ」
「あははは………ねえ、フミ」
「分かった分かった。卵焼きと焼き鮭でいいな」
「わーい。わたしシャケ大好きー!」
「……はぁ」

あんな異常なことがあって帰ってきたのに、ナツは気にする様子もなく……いや、さらに楽しそうになってる
自分でご飯作るなんていったのはどれだけぶりだろう
いや、以前それでボヤ起こしかけて俺が料理禁じたことがあったからかもしれんけど

「なんだか機嫌がいいな」
「そう? わたしはいつもこんな感じだよー。だーいすきなフミといっしょだもーん」
「そうか」

なんで、ナツは変わったんだ?
今までも俺になついてるようなそぶりを見せることも多々あったが、こんなふうに直接的なことは無い
せいぜいくっついてきたり、手をつないだりする程度だった
それが、なんで?

「ナツ、お前昨日からなんか変だぞ。商店街であんなこと言ったり、今日のコトだって」
「……あたりまえだよ」

上機嫌だった表情が急に今まで見たことが無いほどに歪み、大声が部屋を震わせた

「フミが、わたしをパパやママのとこなんかに帰そうとするからいけないんだっ!!」


302 :わたしをはなさないで 第四話 後編:2010/12/22(水) 01:58:53 ID:r8HcHtEL
「とこなんて、って……そんなこと言うなよ。お前の両親だろ」
「それがどうかしたの? 私を捨てて出て行った人を、なんで両親だと思わなきゃいけないの!?」
「いや、それは」
「わたしはね、家族に捨てられたの。本当に大切な家族に捨てられたの!」
「………」
「わたしには親も親戚も居ない! いるのはフミとイエノブたちだけ! だからわたしは、もう絶対に大切な者を逃がさない!!」

俺の左手首にはめられたのは銀の腕輪
そこにつけられた長めの銀の鎖の先にはもう一つの輪がついており、それはナツの右腕にはめられていた
簡単に言っちまえば、手錠だよこれは

「おい、なんだこれ? 外れないぞ!?」
「オモチャだけど丈夫だね。言ったでしょ? わたしは、絶対にフミを逃がさないって」
「そういう問題じゃない! いい加減にしないと怒るぞ!」
「わあ、怒ってくれるの? 嬉しいなぁ。今までフミは本気でわたしを怒ってくれなかったんだもん
 家族ならあたりまえなのに、なんだかフミは遠慮しちゃってたからさ」
「いいからこの手錠をどうにかしろ! 十秒以内に外さなきゃ殴る!」
「いいよー。フミがしてくれることならどんなことでも嬉しいもーん。あははははは!!」

どこを、見ているんだ?
どこを見て笑ってるんだよ、ナツ?
お前がしたことも、言ったことも、今だけは何も責めない
だから、せめて俺の顔を見て笑ってくれよ!

「フミはわたしが邪魔になったんだよね? 
 おとといわたしにパパとママの話をしたのも、邪魔になったわたしを追い出すためだったんだよね?」
「違う。そんなことない!」
「でも、そんなことさせないもん。わたしはもう絶対にフミから離れない
 わたしたちは家族、そして永遠の愛で結ばれる運命なんだから。そうだよね、フミ?」
「………狂ってる」
「狂ってる? ……そうかもね。もしかしたら、わたしはフミへの愛に狂っちゃったのかもしれないね」

抱きつこうとするナツから逃げようと――いや、鎖につながれた俺に逃げ場は無いんだが――する
怖い
昨晩感じた恐怖と同質のものを今のナツから感じる
その時、台所から焦げ臭い匂いが漂ってきた

「あ、そういえばシャケ焼いてたよね。早く火止めなきゃ、またわたしのみたいに焦げちゃうよー」
「……」
「ほら、早く行こうよ。ご飯は美味しくなくっちゃね」
「……ああ」

この事態についていけない
今のナツは明らかに異常だ
本当なら今すぐに、必要なら殴ってでも止めるのが正しいのかもしれない
けれど、どうしてもできない。さっきのは自分すら騙せないような嘘
俺を慕ってくれる女の子
その方法がどんなに間違っていたとしても、その気持ちが本当である限り、手を上げるなんてことできっこないんだ


303 :わたしをはなさないで 第四話 後編:2010/12/22(水) 01:59:22 ID:r8HcHtEL
表面が少し焦げたが、それが香ばしさを増している塩シャケと、ナツがかき混ぜて俺が焼いた卵焼きが完成
すでにご飯も炊けている
いつもなら腹の虫が早く食わせろと発破かけてくるような夕食
けれども今日に限っては、腹が減るというよりも胃が痛い
美味そうな夕食に吐き気を覚えるなんて、22年間生きてきて始めての経験だ

「どうしたの? おいしいよ。食べないんだったら卵焼きもらっちゃうよー」
「もってけ。食欲が無い」
「いただきまーす!」
「ニャー」
「シャケ欲しいのか? いいからもってけ」
「「「ニャー!」」」
「駄目だよ。猫に塩ジャケはしょっぱいよ。……あーあ、あっというまに全部食べちゃった」

俺の前に残ってるのはこんもり盛られた白米のみ
それすらも食べる気になれず、黙ってお釜の中に米を戻した

「フミ、食欲無いの? なんにも食べなかったら夜にお腹すいちゃうよ」
「……誰のせいだと思ってるんだ」

いけしゃあしゃあと、まったく悪びれる様子もなく接してくるナツ
その様子に、抑えてた怒りが臨界点を突破したらしい
正直に言ってしまえば、俺はここで何を言おうとしていたのかまったく考えていなかった
それほどに激しい怒りだったんだ

「俺はお前を捨てる気なんて無かった! ナツはおバカだけど、性根は寂しがりで優しい娘だって思ってたからな!
 けどこんなことをするやつは、もう俺の家族なんかじゃない! さっさと手錠を外してこの家から出て行けっ!!!」

その言葉の意味を実感したのは、全てを吐き出した後
何を言われたのか分からないといった顔で、ぼんやりと俺の顔を見つめている
―――言いすぎた 
出て行けなんて、ナツが一番怖がる言葉じゃないか

「ナ、ナツ。すまん、ちょっと言いすぎた」
「…………………のう」
「えっ?」
「……フミ………一緒……のう」
「もっと大きな声で言ってくれ。なんだって?」



「フミ、一緒に、死のう」


304 :わたしをはなさないで 第四話 後編:2010/12/22(水) 02:00:21 ID:r8HcHtEL
その時は、世界がスローモーションで動いたように見えた
ナツが左手で握る一本の箸
それをゆっくりと大きく頭の上に振り上げる
さっきのどこを見てるのか分からないような目
振り上げられた箸が俺の目元あたりを目掛けて振り下ろされる
その勢いに死を覚悟する
体が動きとっさに左手を掴む
ナツは顔色を買えずに箸を押し込もうとする
なんとか箸をもぎ取って台所に投げる
世界が正常に動き出す
俺は恐怖のせいで荒い息をつく
ナツは俺が掴んでいる腕を愛おしそうにそっと撫でる

「言ったよね。フミに捨てられるくらいなら、一緒に死ぬって」
「おまえ……いまの……ほんきか?」
「うん? 冗談だと思った?」
「……ぜんぜん」

あと数瞬遅れていたら、俺の脳髄まで箸が到達していたかもしれない
そう思うとあらためて背筋が凍りつきそうになる

「もうあんなこと言っちゃ駄目だよ。わたしだって、これからずーっとフミと一緒に生きてたいんだから」
「なら、この手錠外してくれ。これからどうするんだ。俺の仕事は? 給料無きゃ生きていけないぞ」
「平気だよ。仕事先にはわたしが代理で親戚の法事だって言って今月一杯お休みをもらったし、預金も××万あるし」
「トイレは? 風呂はどうする」
「鎖は長いの取り付けてあるから、トイレは別々に入れるよ。お風呂は一緒だけどねっ」
「……抜け目が無いな」
「とうぜんだよ。今月一杯で、もうわたし無しじゃいられないようになってもらわなきゃいけないんだから」
「……子供にゃ無理だろうよ」
「あはは。もう歳もばれちゃったもんね。でも、どうかなぁ~~?」

ナツを両親のところに帰そうとしたのがそもそも間違いだったのか
そんなことは無い。それは必要なことだと今でも思っている
しかし、自分がこんな目にあうと分かっていたなら、過去の自分はギンに相談などしただろうか?
……たぶん、否だろうな

「この手錠のカギは?」
「隠したよ。でも場所は教えない。だってフミはまだ素直じゃないもん」
「……だろうと思ったよ」

この約一ヶ月、自分の意思を守りきれるか、篭絡されるか
―――ああ。本当にナツを憎み切ることができるなのらば、意思を守るのは簡単だろうに
何度でも言う。意志薄弱な俺には、それがどうしてもできないんだ