名前::わたしをはなさないで 第六話[sage] 投稿日:2010/12/26(日) 02:40:45 ID:njgyMu8k [2/6]
「フミ、変なこと言っちゃ嫌だよ」
「ああ、すまん。あのバカとのいつもの軽口だから気にすんな」

正直、今だけはあいつをバカと思いたくない
メッセージは伝えた。あとはギンに全てを託す
なるだけ穏便に済ませたいんだが、そこまで伝える余裕は無かった
いや、ただ単にあの瞬間にそれを表すネタが思いつかなかっただけなんだが
とにかくこの状況を何とかしたい
贅沢を言うなら、ナツに正気に戻って欲しい
今が正常なんて、あのドジで大メシ食らいだけど優しいナツを知ってる俺にしては絶対に信じたくないんだ

「じゃあさ、お風呂入ろうよ。フミが嫌って言うから昨日は入らなかったでしょ?
 体がべたべたで気持ち悪いよ」
「風呂は好きだ。でも一緒に入るのはどうしてもな」
「わたし、フミのこと大好きなのに。フミはわたしのこと嫌いなの?」
「好きとか嫌いじゃなくて、羞恥心の問題だ」
「でも、しょうがないじゃん」

腕を振ると、長い鎖がジャラリと音を立てる

「ねっ?」
「……ああ」
「そんなに嫌そうにしないでよ。今日はわたしが体洗ってあげるからさ」
「遠慮する」
「恥ずかしがらなくてもいいんだよ。家族なんだから」

家族なんだから
このゆがんだ関係が始まって、もう何度この言葉を聞いたことやら
ナツにとって、「家族」っていったいなんなんだろう?
少なくとも俺の知ってる家族と言う言葉とはかなりズレがあることだけは間違いない
ナツの言う「家族」とは、「友達」であり、「恋人」であり、「家族」でもある
そんな何と形容していいのか分からない不思議な関係だ

わたしを捨てないで
わたしを離さないで
わたしを愛して

こんな気持ちが鬱屈して、ナツの「家族」像が出来上がっちまったんだろう
両親の元に返す前に、少しでも俺がその気持ちを解きほぐせてやれればいいんだが少しでも
そんなことを思いながら、俺は死刑場に赴く囚人のような気持ちで、風呂場へと歩いていった

363 名前::わたしをはなさないで 第六話[sage] 投稿日:2010/12/26(日) 02:41:36 ID:njgyMu8k [3/6]

「お客さん、気持ちいいですかー?」
「2…3…5…7…11…13…17…19……」

頑張って素数を数え、背中の感触から意識を切り離そうと頑張る
いえね、俺はロリコンじゃないよ。ボインボインの肉感豊かなお姉様が好みだよ。あのペド警官とは違うよ
ましてや家族同然だった女の子に欲情するような鬼畜じゃないよ
しかしぺったんこでも、子供でも、体こすり付けて洗われて欲情を感じないようにしろというのは酷な話だ
無理矢理振りほどいても、この鉄の手錠がある限り無駄なこと
だから俺はもうやられるに任せてる
………悦んでないぞ。本当だぞ

「フミの体、あったかいね。……このまま二人、溶けちゃいたいなぁ」
「23…28……いや…ちがう29だ。29…31…37…………」
「ねえ、聞いてるの?」
「うわぁっ!?」

背中から前に腕を回されかけるが、それをあわててブロック
いくらなんでもそれはまずい
子供に手を出す(出される)のは人間として絶対にやってはならない行為だ
YESロリータNOタッチ! の標語だってそう言ってるし

「だめ?」
「だめ」
「家族なのに?」
「家族でもそればっかりは駄目」
「恋人なのに?」
「いつ俺が恋人になった」
「生まれたときから」
「初耳だ」

こんなコントみたいな会話をしてる時だけは、今の狂った状況を忘れられる
ナツも以前みたいな笑いをしながら俺の顔を覗き込み、俺はそれに苦笑いで返す
ただ変わったことはこの腕にかけられた手錠と、まったくナツに寄り添わなくなったイエハルたち
やっぱり動物には分かるんだろう
この娘は、今までの家族だった娘とは違うんだなって

「愛してるよ。食べちゃいたいくらいに」

ナツは、そんなことを言う娘じゃなかった
こんなふうに唇にむさぼりついてくるような娘じゃなかった
こんな好色な笑みを浮かべるような娘じゃなかった
俺の体を淫らにまざくるような娘じゃなかった
そう思うと、先ほどまで感じていた劣情はすっかり鳴りを潜め、物悲しさだけが残った

「あれ……ちっちゃくなっちゃった。ごめんね。わたし、こういうこと初めてだから……次は頑張るね」
「そうじゃない。そういうことじゃねえんだよぉ……何でわかってくれねぇんだ………」

ただ悲しくて、ナツの体を抱きしめてほんの少し泣いた
けれども一番悲しかったことは、ナツがどうして俺が泣いているのか分かってくれなかったことだった

364 名前::わたしをはなさないで 第六話[sage] 投稿日:2010/12/26(日) 02:41:57 ID:njgyMu8k [4/6]
風呂上り、いつもならイエノブやイエツグとじゃれ合ったり、イエシゲたちを膝に乗せて映画を見たりする時間だ
けど、今俺のそばに居るのはナツだけ。みんなナツを恐れて近づいてこようとしない
イエツナだけは亀らしく逃げようとしないが、我関せず と言った感じで寝てる
しかも、テレビも以前借りたDVDも見ることは許されない
そんなものを見るくらいだったらわたしを見て、だそうだ
テレビはべつに我慢できるが映画禁止は痛すぎる
せっかく借りられて楽しみにしてたモノクロ映画(博士の異常な愛情(略))も、もうすぐ返却帰還が来ちまうじゃんか
まあ本当に返せるかどうかも分からない現状だけどさ
そんな愚痴をこぼすと、呆れたような顔でナツが指を一本立てた

「しょうがないなぁ。じゃあ、キス一回ね」

ええ、しましたよ
昨日みたいに夜通し行為を迫られるのは健康に悪い
キス一回で映画見られるんなら安いもんだ
……なんか、俺の感覚も狂ってきたような気がしないでもないな

「フミ、これってどんな映画なの?」
「ブラックジョーク満載映画」
「ふーん。わたし冗談って大好きだよ! たのしみだなー」

いつもはイエノブの指定席になってる俺の膝の上
そこに今はナツが居座っていた
俺の胸に体をこすり付けるようにしてテレビに見入っている
始めは色がついてない映画なんてヤダなんつってたのに、ずいぶんと楽しんでるじゃないか

「フミー、つまんないよー」

………前言撤回
やっぱ子供には難しい映画だったか

「………く~……す~……」

しかも寝ちまった
画面見てると思ったら、その実ただ単にウトウトして目の焦点があってなかっただけか
よっしゃ、それじゃこのままゆっくりとスタンリー・キューブリックの名作を堪能………

「って、ちょっと待て」

これ、チャンスだろ。常識的に考えて
見張られてたから取り出せなかった携帯をゆっくりと引っ張り出し、音を立てないように明ける

[Eメール 93件]

……こんな表記、もう一生見ることも無いだろうな
バイト先からも数件あるが、そのほとんどはギンからだ
その最新のメールは……二時間前

[このメールを見てるか分からんが、今から向かう。死んでなかったらまた会おうぜ]


365 名前::わたしをはなさないで 第六話[sage] 投稿日:2010/12/26(日) 02:42:21 ID:njgyMu8k [5/6]
あの野郎、縁起が悪すぎる
マジで一回殺されかけた身としては洒落にもならない
しかし、あのメッセージがきちんと伝わっていたのはありがたい
あいつの交番からここまで約二時間強
もうすぐここにつくだろうな
返信して、現状を伝えておこう

[心の友よ。ナツは寝てる。大きな音を立てないように頼む。魔法のアイテム警察手帳を駆使して大家から鍵を借りてきてくれ]

送信……っと。よし、あとはあいつが来るのを待つだけだ
さて、あとはそれまでキューブッリクの名作を存分に楽しもう

「メール、終わった?」
「ああ。あとはあいつが来るのを待つだけだ」
「ふーん」
「………おはよう」
「うん。おはよ」

これは、ひどい

「…………………待て」
「やっぱり、わたしがきらいなんだね」
「いやいやいやいや、そんなことはないぞ」
「だって兼山さん。警察呼んだんでしょ? わたしから逃げるために。わたしを捨てるために!!」
「待て待て!! そうじゃないそうじゃない!!」
「そうに決まってる!! フミはママやパパみたいに、わたしを捨てるんだっ!!!」
「捨てるんじゃないって! ただ、一緒に暮らすのをやめるだけだって!!」
「捨てるんだ捨てるんだ捨てるんだっ!!」

ポケットから出したのは、飛び出しナイフ!?
俺にまだ厨二病の症状が残ってたころ、衝動的に買っちまって一度も抜いてないでしまってたあれか!?

「フミ、死んで!! フミが死んだらすぐにわたしも後を追うから!」
「嫌だっつの! こんな若い身空で死にたかない!!」
「寂しくないよ! 死んだって、わたしがずっと一緒にいるから!! もう二度と離れないからっ!!」

絶叫とも言えるナツの言葉と一緒にナイフが振り下ろされたのと、ドアが蹴破られるような音が聞こえたのは、ほとんど同時だった
最終更新:2010年12月26日 14:48