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9 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:14:48 ID:AFjyYqDO
 『私はね、類まれなる・・・フコウモエ・・・なんだよ』
 「何ですって?」
 自室。
 飾り気のない、黒の携帯電話の向こうで発話された月日さんのアホな台詞に、俺は思わず聞き返した。
 緋月月日さん。
 緋月三日のお父さん。
 和装仮面。
 ゴツい首輪に長い鎖。
 電話の向こうで今身につけているのは作務衣か着流しか。
 この人とは夏休み前に初めて会って以来、ちょくちょくこうして電話やメールをしてくるのである。
 夏休みに入った今となっては、ちょっとしたメル友である。
 ・・・・・・あんまし歓迎したくないけど。
 ちなみに、三日とは電話はしてもメールはしない。
 そもそも、携帯電話を持っていないのである。
 『不幸に萌えと書いて『不幸萌え』さ、人の幸せよりも不幸に萌えを見出す、新時代の・・・スタンダード・・・』
 「いやな新時代ですね」
 って、言うか『萌え』とか分かるのか、この人。
 『・・・マジメ・・・な話』
 と、月日さんは話を続ける。
 『幸せなヤツを見つければ不幸にしたくなるし、誰かを幸せにするくらいなら・・・フコウ・・・にしたい。私が・・・ツマ・・・と・・・ムスメ・・・双方と関係を持っている現状を維持しているのはだからだよ。言いかえれば、二日とレイちゃんは私を愛し愛されているからこそ不幸なのさ』
 月日さんはそう、自らの、そして自分の家族の異常をあっさりと認めた。
 「・・・・・・前に、家族のことを『・・・タベチャイタイ・・・くらい愛してる』とか言ってたじゃないですか」
 『ああ、それは・・・ウソ・・・』
 「んな!?」
 『と、いうのはそれこそ・・・ウソ・・・さ。・・・アイシテル・・・からこそ笑顔ではなく泣き顔を見たい。・・・アイシテル・・・からこそ幸せな姿ではなくて不幸せな姿を見たい。これはもう理屈ではなく・・・ショウドウ・・・だね。・・・リセイ・・・ではどうしようもない』
 月日さんは他人事のようにそう言った。
 『だから、三日がキミに恋をしたことを知ったときは小躍りにコサックダンスをするほど・・・ヨロコンダ・・・ね。『ああ、あの子がどこの馬の骨とも知れぬ・・・ロクデナシ・・・に引っかかった』ってね』
 ロクデナシらしい、俺は。
 『ただまぁ、新しい家族になるキミの存在が私たちにどう影響するか分からないから色々と・・・シラベ・・・させてもらったけどね。その上で、君に実際に会ってみて、我が家に相応しいかどうか・・・タメソウ・・・ということになった』
 「試されてたんですか?」
 それは、初耳だった。
 しかし、言われてみれば思い当たる節は無くもない。
 二日さんは何かと「失点」だの「加点」だの言ってた気がするし。
 口癖や決め台詞とかじゃなかったのか、あれ。
 『そう、言ってみれば試験、いや・・・ニンゲンシケン・・・というわけだね、ウフフ』
 「そりゃ、あのラノベに出てくる妹萌えの殺人鬼とあなたじゃ、変態度でいい勝負できるでしょうがね」
 『否定はしないよ、…ザレゴト…だけれどね』
 月日さん、『戯言』好きっぽい。
 いっそ仮面も狐面にすれば良いのに。
 『キミはもう、3人の内の2人に会い、・・・セイサ・・・されている』
 俺の言葉をスルーして、彼は続ける。
 3人、ということは二日さん、月日さん、零日さん、ということだろう。
 一日さんは……まぁ、あんなことになってるし。
 「そりゃどうも」
 『二日による一回目は合格、私の二回目は―――まぁ・・・ギリギリ・・・補欠合格としておこうか』
 「ギリギリ、ですか」
 『そう、・・・ギリギリ・・・。・・・トハイエ・・・、それはむしろ誇るべきところだ。無条件に合格していたらキミは、人を・・・フコウ・・・にするのが大好きな駄目人間ということになるのだからね』
 自分が駄目人間だという自覚があるらしい月日さん。
 って、ちょっと待て。


10 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:15:46 ID:AFjyYqDO
 「その理論だと、月日さんの合格基準って『人を不幸にするかどうか』ってことですか?」
 「・・・ソノトオリ・・・」
 電話の向こうで、月日さんがニィと笑った気がした。
 「キミは人並み程度には・・・ゼンリョウ・・・な人間だよ。大切なのはこの・・・ヒトナミ・・・という部分さ。これは・・・イッパンロン・・・だが、人間は自分が思っているほど他人に優しくなんてない。むしろ、他人に対して非常に・・・ザンコク・・・だ』
 先ほどから変わらない落ち着いた口調で、しかしどこか意地悪く、月日さんは言う。
 『何しろ、他人の・・・イタミ・・・なんて自分にとっては痛くも痒くも無いからね。よく学校では『人の痛みのわかる人間になりなさい』なんて・・・キョウイク・・・されるけど、逆説的に言えば、それは人の痛みが分からないからこそ言われるのだろうさ』
 「人並み程度の善良さは人並み程度の残酷さとイコール、ってことですか」
 『・・・ソ!・・・ノ!・・・ト!・・・オ!・・・リ!・・・!!』
 月日さんが今まで聞いたことの無いような大声を出した。
 『キミはキミが思っている以上に残酷で、キミはキミが思っている以上に残虐で!ソシテ!キミはキミが思っている以上に三日を不幸にする・・・カノウセイ・・・を秘めている』
 圧倒的なテンションで、月日さんが言う。
 圧倒されるテンションだった。
 『私は正直、キミが三日を不幸にする日が楽しみで楽しみで・・・シカタナイ・・・!幸福は・・・タイクツ・・・の同義語だ。三日を・・・オモシロク・・・してくれることを期待しているよ』
 「・・・・・・さすがに」
 そこで、俺はやっと言い返す。
 「さすがに、そのご期待には応えられそうにありませんね。昔っから苦手なんですよそういうの。むしろ、台無しにしてしまうって言うか。貴方を台無しにしたくなるって言うか」
 『・・・ダイナシ・・・。それもまた・・・ヨシ・・・』
 電話越しに、クククと笑う声が聞こえる。
 『・・・フコウ・・・にしても・・・ダイナシ・・・にしても、次もキチンと合格してくれよ。試験はもう・・・イッカイ・・・残っているのだから』
 意味ありげに言葉を切り、月日さんは続ける。
 『精々…シメキリコロサレ…ないでくれよ?』
 一方的にそう言って、電話が切れた。
 こちらもスイッチを切り、軽くため息をつく。
 「緋月月日さん、か。やっぱ苦手だなー」
 どうにも食えない人だ。
 どこまでがウソでどこまでがホントか、どこまでが本気でどこまでが冗談か全然分からない。
 家族に関して酷薄なことを言ったかと思えば愛しているとも言い、人の倫理観を逆なでするようなことを言ったかと思えば―――警告じみたことを言ったりもする。
 「試験ってのがどこまで本当かはともかく、『三日を不幸にするな』って言ってるようにしか聞こえないっての」
 自ら家族の脅威となることで危機感を生み、倫理観を逆なですることで正義感を煽る。
 見事なまでに、あの人に誘導されたような気がする。
 まぁ、あの人がどこまで『三日のため』にやってるのかは怪しい部分はあるが。
 もしかしたら本気で不幸を望んでいるだけかもしんない。(そうでないかもしんない)
 もしかしたら言ってることの全てが嘘かもしれないし本当かもしれない。
 ある意味、マジメに相手にするのがこれほどバカらしい相手もいない。
 なので、マジメに相手にしないことにしよう。
 「明日はみんなと夏祭りに行くんだし」










11 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:16:57 ID:AFjyYqDO
 学園からほど近いところにある神社。
 所狭しと並ぶ屋台。
 お囃子の音と人々の声が賑やかに聞こえる。
 俺は縦縞の飾り気の無い浴衣の裾を揺らし、慣れない下駄をカランコロンピッタンコとならしながら、待ち人の姿を探す。
 もっとも、見つけるのは待ち人の方が早かったらしい。
 「・・・千里くん!」
 そう言って俺の方に駆け寄ってくるのは緋月三日。
 浴衣姿に、かんざしで髪をまとめたスタイルが普段と違って新鮮だ。
 服に着られてるきらいのある俺と違って白い浴衣を如才なく着こなしている。
 「や、三日。待った?」
 「・・・・・・・・・い、いえ。今来たところです」
 ひょいと手を上げて言う俺に、三日が言った。
 口下手なせいか話す前にワンテンポ入る三日だが、今回は普段よりも間が長い。
 三日は、基本的に嘘が付けないヒトなのだ。
 素直ヒトなのである。
 「そっか、悪いね」
 俺はくしゃくしゃと彼女の頭を撫でてその手を引いた。
 「それじゃ、行こうか」
 「・・・はい!」
 そう言って俺の腕にぎゅーっと腕を絡めてくる三日。
 服越しに柔らかい感触を感じ、季節のせいでただでさえ高い体感温度が、頬を中心に一気に上がる。
 高鳴る心臓。
 フラッシュバックする映像。
 はだけた浴衣。
 真っ白な肌。
 露になる乳房。
 「・・・・・・」
 頬をぽりぽり掻きつつ俺は三日に合わせて歩を進める。
 三日は今、紫陽花の柄をあしらった白っぽい浴衣を着ている。
 個人的に、三日と言えば黒のイメージが強いのだが、この前見た部屋着の浴衣のセンスがサイアクだったので俺が新たに見立てたのだ。
 あえて今までとは違うイメージのものを見立ててみたのだが結果は大成功。
 白い浴衣に、簪でまとめられた美しい黒髪が良く似合っている。
 そもそも、三日の顔立ちで和服が似合わないというのがありえないのだが。
 ・・・・・・しかし、以前三日を見舞いに行ったときのお陰で、三日+浴衣=エロスという方程式が俺の中でがっつり出来上がっているなぁ。
 あの時とは全く違う柄だし、きちんと下着やTシャツを身に着けているとはいえ(見下ろすとシャツがチラリと見える)、脳裏からあの時の映像が離れない。
 そんなエロキャラだったか、俺?
 確かに、女性と話すのには抵抗は無いが、女性の裸体に対しては免疫無いかも。
 って言うか、もしかしてあの時が初めてなんじゃない?
 女の子のハダカとか生で見たの。
 ・・・・・・うわー。
 「…どうしたんですか?」
 不思議そうな顔で、三日が俺を見上げてくる。
 バカなこと考えてたのがバレたのか?
 「ああ、いや。そのカッコ似合ってるな、って思って」
 「ホントですか!?」
 誤魔化すように言った俺の言葉に、ぱっと顔を輝かせる三日。
 スマン、三日。
 でも、似合ってると思ったのも本当だ。(言い訳がましい)


12 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:17:32 ID:AFjyYqDO
 「もう少ししたら、奥で葉山たちと合流だったよね」
 「・・・ええ。・・・そういう口実(こと)で2人を一緒にしましたから」
 「お互い少し早く着すぎちゃったから、今度は少し遅れていってやろうか」
 「・・・はい」
 内心を取り繕い、そんなやり取りをしながら、俺たちはゆるゆると歩く。
 早く着たから遅く行こうとは我ながら妙な理屈だが、これで明石が葉山と2人っきりになれる時間が増える。
 クラスメイトである明石の恋路を応援こそすれ邪魔する道理は無い。
 「しっかし、この歳で夏祭りってのも不思議なキブンだなー」
 「・・・そうですか?」
 「まぁ、ガキの頃は全然全く来た事なかったんだけどね、夏祭り。一緒に行くような友達もいなかったし」
 昔からこういうキャラでも無かったのである、俺も。
 「・・・私も、そんなに来た事無かったです。・・・季節が変わる頃は、体調を崩していたことが多かったので」
 三日が言った。
 「ふぅん・・・・・・」
 そういえば、以前の三日は病気がちだと言っていたし、現在もあまり体力がある方ではない。
 なので、こうして2人で出かけることはそう多くない。
 デートはもっぱらまったりとお部屋デートである。
 「・・・でも、小さな頃に1回だけ来たのを覚えています。・・・お兄ちゃんに連れられて」
 三日の兄、一日さん。
 三日が家族の中で1番慕っていて、一日さんのほうも三日に世話を焼いていたらしい。
 個人的にはあまり会いたくは無い、しかしいつか会わなければならない相手だろう。
 「・・・その時も、手をつないでいて。・・・でも気が付いたらその手を離していて・・・離れていて・・・逸れていて」
 絶望的なまでに身長差のある俺の目線からは、三日の表情は見えない。
 想像してみる。
 幼子の三日が祭の人ごみの中に1人取り残されている。
 知っている人は誰もいない人ごみに。
 誰もが自分に無関心に通り過ぎていく人ごみに。
 それは、小さな子供にはそれこそ絶望的な心境なのではないだろうか。
 「・・・あの時は、大泣きしました。・・・大泣きして、それから、多分家には帰れたと思うんですけど―――」
 「・・・・・・けど?」
 俺は、静かに先を促した。
 「・・・・・・あの後、どうやって帰ったんだろ。…全然、覚えてないんです」
 「・・・・・・」
 子供の頃の思い出なんて、印象的な部分しか覚えていない。
 そういうものだ。
 「・・・お兄ちゃんはきっと、私を迎えに来てくれなかったんです。・・・私を置いて、どこかに行ってしまっていたんです。・・・今なら分かります」
 うつむく三日の表情は、絶望的なまでに見えない。
 「でも、今は違うだろ?」
 「・・・」
 俺の言葉に、三日は一瞬押し黙ったが、少ししてコクンと頷いた。
 「じゃ、この話題はこれでお終い。今年は今年で目一杯楽しもうよ」
 そんな三日の髪を、俺はまたくしゃっと撫でた。





13 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:18:22 ID:AFjyYqDO
 それから・・・・・・
 「オ、あんなところに射的があるなー」
 俺は、ふと目に付いた屋台の方を見やる。
 「・・・得意なんですか、射的?」
 「それはもう―――経験すら無い!」
 大げさな動作でそう言う俺に、ずっこけそうになる三日。
 良いリアクションである。
 「ま、こーゆーのは出来ても出来なくても、楽しむのが一番だからね。せっかくだから、やってこうよ」
 俺は射的屋のおじさんに料金を払い、コルク銃を手に取る。
 「一回三発までだよ」
 「どーも」
 俺はおじさんに答え、ズラリと並べられた的=景品を見る。
 ぬいぐるみやブリキのミニカーなど、古いものから新しいものまでオモチャと呼ばれるものがごっちゃに並んでいる。
 「・・・なんか、混沌としてますね」
 「まー、似たような景品ばっかでもアレでしょ。なーに狙おうかな?この中に三日は欲しいのあるー?」
 「・・・御神くんの、好きなもので」
 「じゃあ、三日の好きなものを俺の好きなものにしよう」
 「・・・なな!?」
 俺のからかいに、真っ赤になる三日。
 「・・・えっと、それじゃあ」
 三日は並べられた景品を見つめ、その1つを指差す。
 細い目の、狐のようなぬいぐるみである。
 口にはテープが貼られたようなデザインで、そのテープには『HELP!』の文字が書かれている。
 可愛らしい手足は鎖を模したフェルトでぐるぐる巻きにされている。
 中々にブラックなセンスに溢れた代物だった。
 「ズイブンとこう・・・・・・独特なデザインだね」
 「・・・似てませんか、千里くんと」
 「・・・・・・そぉ?」
 昨日、月日さんに狐面が似合うと考えた後だけに、狐に関しては微妙にフクザツ。
 「ま、いいや。狙い撃つぜぇ!」
 狙うは一点。気合を入れて、コルク銃を3連射!
 「狙い撃つ!!乱れ撃つ!!!」
 コルクの弾丸は次々と勢い良く銃身から放たれ―――あさっての方向に飛んでいった。
 それどころか。
 「あたァ!?」
 三発目に至っては、射的屋さんの額にクリティカルヒット。
 「うわ、スイマセン・・・・・・」
 「ガハハ、大丈夫大丈夫」
 額に当たったコルク弾を手で弄びながら、射的屋さんは豪快に笑う。
 「それにしても、ココまで当たらないモノだったとはなー」
 「いや、お兄さんくらいハズすのも珍しいけどな」
 やっぱり、俺は下手らしい。
 ま、まぁ、初めてなら仕方ないだろう、ウン。
 「そうだ、折角だからお嬢ちゃんもやってくかい?一発だけサービスするよォ」
 「・・・い、良いんですか?」
 「可愛いお嬢ちゃんには優しくしとけってばーちゃんが言ってたからな」
 言って、豪快に笑う射的屋さん。
 三日は俺のほうを遠慮がちに見上げる。


14 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:18:55 ID:AFjyYqDO
 「折角だからやってきなよ」
 俺は、肩に手をやって言った。
 「・・・では、お言葉に甘えて」
 射的屋さんからコルク銃を受け取り、三日は構える。
 「そんなガチガチじゃぁ、当たるモンも当たんないぜ、お嬢ちゃん」
 射的屋さんがそんなアドバイスを送る。
 女の子相手になったと思うとズイブンと態度が変わる。
 三日はそれを受けて、軽く深呼吸。
 改めて構えると、幾分か自然なフォームになっているように見える。
 ぬいぐるみに狙いを定め、指先に力をこめる。
 コン、とコルクが撃ちだされ、的に向かってまっすぐに向かう。
 そして、カコンとぬいぐるみに当たる。
 ぬいぐるみは台の上をグラグラと動き―――落下した。
 「・・・当たった」
 静かに、けれど嬉しそうに三日が呟く。
 見事なヒットだった。
 「三日、こう言うのやった経験あったの?」
 俺の言葉に、三日はふるふると首を横に振った。
 ……同じ素人でもこうも違うもんなのか。
 って言うかカッコ悪いなぁ、俺。
 それはともかく。
 「やったな、三日」
 「・・・はい!」
 俺がそう言うと、三日が満面の笑みで答えた。





15 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:19:46 ID:AFjyYqDO
 「オ、みかみんじゃん」
 それからしばらく周りの出店を見ていると、声が1つかけられる。
 待ち合わせの時間より一足早く、期せずして葉山たちと出くわしてしまった。
 葉山はラフなジーンズに、麦わら帽子を被った海賊旗をあしらったシャツ、バスケで鍛えた腕の目立つ袖の無いジャケットのストリート系っぽい服装。
 高校生としては適度に童顔のもあり、こうした出で立ちでもどこか愛嬌がある。
 「ン、お待たせ。はやまん」
 「思ったより早く合流できて何よりだぜ」
 「むしろ遅くても良かったんだけど、って言うか遅い方が良かったんだけどなー」
 「何の話だ?」
 「こっちの話ー」
 そんなやり取りの横では、明石が立っている。
 水泳で鍛えたスマートな肢体を、比翼の鳥の柄をあしらった華やかな柄の浴衣で包んでいる。
 それだけでも道行く男たちの視線を独占できそうだが、身につけている肝心の本人はその全てを帳消しにするような、どこか疲れた表情をしている。
 「・・・どうしたんですか、朱里ちゃん」
 「・・・・・・正樹とのフラグがたたない」
 「・・・心中、お察しします」
 小声で聞く三日に、同じく小声で、というかゲッソリとした声で答える明石。
 鈍感も極まると難儀なモンだ。
 いやまぁ、三日と付き合う出す前の俺も似たようなモンだったんだろうけど。
 いくら三日が尾行に長けているとしても、存在すら気が付かなかったもの。
 (実際、三日の尾行はプロ並だ。最近でも、気が付いたら後ろに彼女が立っていたということも珍しくない。)
 「ありゃ、御神先輩たち―――とユカイなお邪魔虫先輩じゃないですか」
 その時、並んでいる出店から声がかけられる。
 「あ、河合さんたち。やってるねぇ」
 「どうしたのアナタたち、こんなところで」
 後輩の河合直子をはじめとする、出店の中の見知った顔に俺と明石が答えた。
 「ウチの料理部も、有志でお店出させてもらってるんですよ!」
 事情を知らなかった明石に、河合さんが親指を立てて答える。
 「先輩たちもいかがっすか、オレらの沖縄風焼きそば。お安く―――はしませんけど」
 料理部の男の子が、俺たちに声をかける。
 折角だから、買っていこうかな。
 「じゃあ、さっそく―――」
 「・・・駄目です、千里くん」
 財布を出そうとする俺に、三日からストップがかかる。
 「・・・そんなお邪魔虫後輩が作ったものなんて虫が付いているに決まってます。…ばっちぃのです」
 「ちょっと緋月先輩!?」
 三日の言葉に抗議の声を上げる河合さん。
 河合さんの方が先に三日のことを『ユカイなお邪魔虫』呼ばわりしたので、フォローできないのだが。
 そうは言っても、料理部の友人や後輩たちが頑張って作ったものだから、いただいていきたいのも本音。
 「んー、じゃあ三日。折角だし2つ買って行ったら?」
 「・・・千里くんがそう言うなら」
 財布から小銭を出し、焼きそばを2つ購入する三日。
 1個分のお金は、後で彼女に返すことにしよう。
 葉山や明石も購入し、その場で食べることになった。
 3人は大きな豚の切り身の乗った焼きそばをおいしそうに口に運ぶ。


16 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:29:57 ID:AFjyYqDO
 「おいしそうだねー、三日。ちょっと頂戴?」
 「・・・はい、千里くんがそう言うなら」
 そう言って、同じ容器に入った焼きそばを2人で食べる俺達。
 「・・・あれ?」
 と、三日が言ったのは2人で2つ分ほぼ食べ終えた後だった。
 「なんかこー、目の前でラブラブぶりを見せ付けられただけに終わったよーな気が・・・・・・」
 納得いかない表情で俺と三日を見る河合さん。
 ちなみに、三日も似たような顔をしているのだがそれはさておき。
 「ごちそうさま、文句無くおいしかったよ」
 料理部の子たちに俺は笑顔で言った。
 「「「ありがとうございまーす」」」
 料理部の面子も、これまた笑顔で返してくれたのであった。





17 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:31:31 ID:AFjyYqDO
 狭い水槽の中で、金魚たちが悠々と泳いでいる。
 俺は、それをやぶれたポイを通して見ている。
 「金魚、全然すくえないねぇ」
 「…すぐに、破けちゃいますから」
 同じく右手に持った、網ではなく穴と化したポイを見つめている三日。
 ちなみに、左手には先ほど捕ったキツネのぬいぐるみが大事そうに握られている。
 つーか、こんなんそうそうすくえるモンでも……。
 「どーしたよ、お前ら。こっちは入れ食い状態だぜヒャッハー!」
 「「何で!?」」
 俺たちのすぐ横で、葉山が次々と金魚をすくっていた。
 まるで魔法のような手際だった。
 「さっすが正樹!『縁日マスターのまーちゃん』と言われただけはあるね!!」
 「ガキの時分のハズい渾名を、このタイミングでバラしてんじゃねーぜ!」
 明石に言い返しながらも、子供に戻って「ゲットだぜ!」とか言いながらハイテンションで金魚をすくっていく葉山。
 「いやー、狩った狩った。ンなに捕れたのはヒサブリだぜ」
 数分後、葉山は金魚で溢れた器を手に、満足感溢れる笑顔でそう言った。
 20匹以上はいるだろう。
 ちなみに、俺たち3人の獲得数は0。
 もっとも、明石は金魚を捕りまくる葉山にすごいすごいと言ってただけで、まともにすくっていなかったわけだけれど。
 「あ、おじサン。捕った金魚入れる袋4つにしてくんねーか、4つに」
 その金魚を袋にいれようとしていた、金魚すくいの屋台のおじさんに、葉山はそう言った。
 「なんでまたー?」
 そう言ったのは、おじさんではなく俺だった。
 「折角こんなに捕れたンだ。みんなで分けよーぜ」
 ニッと笑って葉山は言った。
 「いーの?」
 「いーンだよ。今日の俺はキゲンがいーンだ」
 こんな良い笑顔で言われては、というものである。
 俺たちは金魚を受け取ることにした。
 ちなみに
 「ぷれぜんと~、ぷれぜんと~。正樹が私にぷれぜんと~」
 と、受け取った金魚を手に、明石がとんでもなく上機嫌になったのは別の話。






18 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:33:06 ID:AFjyYqDO
 「あなた。はい、あーん」
 「あーん」
 近くで、若い恋人同士がそうやってたこ焼きを食べあっている光景が目に入る。
 「ねぇ正樹、アレやろ!じゃなくてたこ焼き買お!」
 「お前本音がダダ漏れじゃねーか!」
 それを見た明石の言葉に、幼馴染同士の気安さで、葉山が彼女の方を見もせずにツッコミを入れる。
 「アレをやらせるとかどんな罰ゲームだよ。俺そんな悪いことお前にしたっけか?」
 なおも容赦なく突き刺さる葉山のツッコミに、足を止めてうつむく明石。
 何やらブツブツとつぶやき始め、明らかに大ダメージを受けている。
 ドス黒いオーラをまとい始めた明石に、親友である三日でさえ軽く引いている。
 ちなみに、葉山は横の様子も見ないですっかり先行しているので、その様子に全く気が付いていない。
 「ま、まぁ明石……」
 「黙れこの泥棒猫」
 「はい!?」
 何か言って慰めようと声をかけた俺に、明石がドスの効いた声で呟いた。
 って言うか泥棒猫とか言われた?
 俺が?
 男なのに?
 何で?
 そんなことを考えていると、明石が顔をあげた。
 「って、私らすっかり置いてかれちゃってるじゃんYO!待ってよ正樹ー!」
 そう言って走り出す明石には、「いつも通りの」笑顔が浮かんでいた。
 俺は、この時ほど「いつも通り」というものが恐ろしく感じたことは無かった。
 「明石……」
 「…ガクガクブルブル」
 俺と三日は明石の背を見ながら、夏の暑さを吹き飛ばす思いを感じていた。






19 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:33:50 ID:AFjyYqDO
 「オッ、ココのお面屋ってやっぱ色々カオスじゃねーか」
 葉山がそう言うように、目の前にズラリと並ぶセルロイドのお面は、確かに雑多な品ぞろえだった。
 おかめやひょっとこ、狐面といったいかにもな物や、吸血鬼や猫娘、重し蟹といった妖怪、センタイやライダー、戦線シリーズといったテレビヒーローは年代問わずゴチャゴチャと並んでいる。
 何のキャラだか分からないようなのもある。
 付けてるだけでネタになりそうだ。
 「アレ、これって正樹の好きなキャラじゃない?」
 「うわ、これが魔女大帝か!?似てねー!」
 そう言って明石と葉山が見たのは、ゴシック服の少女を模したお面だった。
 魔女大帝というのは、特撮ヒーロー番組『超人戦線ヤンデレンジャー』(つくづく、よその制作会社に訴えられないか心配な名前だ)に登場する悪役さん。
 あどけない少女なのに悪の組織を率いる女ボス、というギャップで世代を問わず人気がある。
 着ぐるみではなく、演じている役者さんが素顔を晒して演じているため、このお面ではアニメのキャラクターっぽい姿にアレンジしてある。
 しかし、あくまで適当にそれっぽくしているだけのため、どうにも生気の無い目をした、気の抜けた顔の微妙なお面になってしまっている。
 生身の人間を造形物でキチンと似せるって難しいしね。
 「コレ、えくりんが見たらショック受けんじゃね?」
 葉山が言うえくりん、というのは魔女大帝を演じる零咲(レイサキ)えくり(芸名)ちゃんの、ファンによる愛称だ。
 零咲ちゃんはキャラクターだけでなく役者さんのファンも多い人で、ファンクラブができているほどらしい。
 俺も、一度だけ雑誌のインタビューを読んだことがあるが、明るく素直な印象の、かわいらしい人だった。
 あんなコに無邪気な笑顔を向けられれば、ロリ趣味が無くともファンになろうというものだ。
 (ちなみに、年齢はなぜか非公開。なので、ファンの間では零咲えくり小学生説と中学生説で議論が紛糾しているらしい。)
 ついでに言えば、ウチの親の御神万里がメイクを担当する役者さんの1人でもある。
 大人気のアイドル的女優も、あの人にかかれば仕事仲間の1人でしかない、というのは不思議な気分だ。
 「…あの人の特徴を、よく捉えてると思いますけど」
 お面を覗き込んで、三日は言った。
 「そう?」
 三日はそう言うが、このお面はテレビや写真で見る魔女大帝の可憐な雰囲気を再現してるとは思えない。
 今握っているキツネのぬいぐるみといい、三日のセンスは中々にオモシロ変だ。
 「…この、目の辺りなんてそっくりです」
 「のぞき穴じゃん」
 三日の言葉に、俺は思わずツッコミを入れた。
 それは、とても楽しいやりとりだった。














20 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:37:57 ID:AFjyYqDO
 その後、緋月三日たちは人ごみの中、屋台の中を練り歩いた。
 ソース煎餅、リンゴ飴、ヨーヨーすくいなどを周り、祭りを満喫していた。
 楽しんでいた。
 愉しんでいた。
 はしゃいでいた。
 夢見心地だった。
 気が、抜けていた。
 だから…
 「あらぁー、誰かと思ったら三日ちゃんじゃない」
 ふと、三日に声をかけてくる人物が1人。
 「・・・こんばんはです」
 その相手に向かって、三日は控えめにお辞儀をした。
 スラリとした長身に活動的なファッションをした、ウェーブのかかった長髪の妙齢の美女―――に見える。
 「あれ、このヒトみっきーのお知り合い?」
 三日に耳打ちする明石。
 「・・・えっと、私の知り合いというかなんと言うか・・・・・・」
 「皆さん、始めまして」
 改めて一同に向き直る『彼女』。
 「私の名前は御神万里。御神千里の父よ。皆、いつも息子がお世話になってるわねー」
 笑顔でそう言った『彼女』―――いや彼の言葉に、葉山と明石は一瞬フリーズする。
 「「「お父さん!?」」」
 一瞬後、声を揃えて叫ぶ2人。
 幼馴染らしく、息がピッタリだった。
 「いやいや待て。確かに言われてみれば確かに中坊ン頃の授業参観とかでお見カケしたことある気がするがよ。それだって、いや『お父さん』って・・・」
 「本当よ、葉山くん。いつもセン――― 息子の千里に良くしてくれて、本当にありがとう」
 慌てる一同に動じることなく、万里は笑みを向ける。
 「・・・ちなみに、私にとってもお義父様にあたります」
 「ンもう、『お義父様』なんてよそよそしいわよ、三日ちゃん。ワタシのことは『パパ』でいいっていつも言ってるじゃなーい」
 ドサクサに紛れていらん解説を入れる三日に向かって万里は言った。
 「いや、でもホント綺麗な女の人にしか見えなくて・・・・・・」
 明石が困惑しながらもそう言った。
 「きちんと美容と健康に気を使って、自分の魅力を引き出すのに最適なメイクを選べば、人間男でも女でも、若くても年老いてても綺麗に見えるものよ」
 「いやメイクって・・・・・・」
 「私、一応メイクアップアーティスト、テレビ番組のメイクさんをやってるのよー。今度時間があったら、アナタにメイクさせてもらって良いかしら、明石さん」
 「ハイ、是非!!」
 「フフ、恋する乙女はいつも美しいものねー」
 元気よく言う明石に、万里はどこか慈しむような目を向けた。
 もっとも、彼の言う恋する乙女は、心の中で「もっと綺麗になれば、正樹は私に確実に墜ちるわククク…」と美しくない笑みを浮かべているのだが。


21 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:38:58 ID:AFjyYqDO
 「でもみかみんのおじサン、今日はどうされたんです?チョー忙しいって聞いてたんですけど……」
 「あー、やっぱりそう言ってる、セン?」
 葉山の言葉に苦笑する万里。
 「今日はこの近くで撮影だったんだけど、それが早く終わってね。近くでお祭りがあるって聞いたから、カントクの鶴の一声で『じゃあ、行くか』ってなって。そしたら見知った後ろ髪……もとい後ろ姿あったモノだからね」
 軽く三日の髪を見て、万里は説明した。
 「ホントは連れを探してたんだけど、まぁすぐに合流できるでしょ。せっかくだから、一緒に周らない?」
 そう言う万里に、皆は一瞬迷ったが、彼の「奢るわよ」の一言に「ありがとうございます」と首を縦に振った。
 「良いわよ、お礼なんて。いつもセンと仲良くしてもらってるし、あなたたちには」
 そう言って笑う万里。
 「いやー、お前の親御さんマジ良い人だな、みか……みん?」
 そう言って葉山は御神千里の方を見上げようとして……ある違和感に気付く。
 最初に三日の隣を見上げ、それから辺りを見回す。
 上下、左右、前後、上上下下ABAB
 「何やってんの、正樹?」
 訝しげに声をかける明石。
 「いや、その……みかみんの奴さ――――いなくね?」
 葉山の言葉に、3人は辺りを見回す。
 しかし、人ごみにあっても目立つ筈の御神千里の長身は、どこを探しても見当たらない。
 「…千里くんが、いなくなっちゃっ……た」
 三日の手から、先ほど射的で手に入れたぬいぐるみが、落ちた。



 楽しんでいた。
 愉しんでいた。
 はしゃいでいた。
 夢見心地だった。
 気が、抜けていた。
 だから、誰も気付かなかったのだろう。
 御神千里が姿を消していたことに。
 御神千里が今までにない危機に見舞われようとしていたことに。


22 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:39:27 ID:AFjyYqDO
 以下回想
 『緋月一日会長のコト?』
 自室。
 飾り気のない、黒の携帯電話越しから現生徒会長・一原百合子先輩の良く通る声が聞こえる。
 『御神ちゃん、最近ズイブン緋月会長……一日会長のコト気にするわね。もしかしてBLに目覚めたとか?それだったら三日ちゃんは私にゆずりなさいよ』
 「今更ンなわけねーじゃねーですか」
 俺、御神千里はゲンナリとして言った。
 「中等部から相変わらずですね、先輩は」
 『そりゃ、人間そうそうキャラ変わらないわよ。御神ちゃんもいい加減このキャラに慣れなさいな』
 先輩はそう、電話越しにカラカラと笑った。
 一原先輩は、中等部時代に生徒会に入って以来の付き合いだ。
 このむちゃくちゃな先輩に当時の俺は振り回されまくったものだった。
 その過程で彼女の恋人たちから、ナイフで襲われたり、スタンガンを押しつけられたり、縛られたり……。
 こうやって思い出すと、三日がいつもやってることがどんだけかわいいものかあらためて分かる。
 『私のおかげで、きんろーほーしの喜びに目覚められたでしょ?』
 「そうは思いたくないですけどね」
 そう言って聞えよがしにため息を吐く。
 この人に遠慮するだけ無駄なのは、これまでの付き合いで良く分かっている。
 「で、話戻しますけど三日のお兄さんの緋月一日さんのコトですよ。あの人が……その……」
 俺が先輩に電話をかけたのには、割と真面目な理由がある。
 先日、緋月家にお邪魔した時、月日さんがこう言っていた。
 緋月一日は行方不明だ、と。
 その後、それについて何回かあの人に聞く機会はあったのだが、何度聞いてもその詳細についてははぐらかすばかりだった。
 さりとて、一日さんを慕う三日にも聞きづらい。
 なので、一原先輩に聞いてみることにしたのだ。
 ……でもなぁ。
 情報ソースが月日さんだから信用しきれないんだよな。
 事が事だし、どうにもはっきり聞くには躊躇する話だ。
 「行方知れずだ、っていう話を聞いたもので」
 少し逡巡したが、ハッキリということにした。
 事実無根の冗談なら笑ってもらえばいいだけだし。
 『……それは、誰から?』
 しかし、先輩は珍しく真面目な声音でそう聞いた。
 「緋月月日さん、三日たちのお父さんから聞きました」
 そう言って俺は、緋月家でのことを要点だけ伝えた。
 『……そう』
 随分と神妙な声で先輩は言った。
 「マジ、なんですね」
 『そうね』
 憂鬱そうにさえ聞こえる声で、先輩は答えた。
 「どう言う事情、なんですかね」
 『ソレを私に聞く?』
 「先輩以上の適任がいますか?」
 俺は即座に切り返した。
 軽口では無い。
 こう言う場面では、俺は一原先輩に全幅の信頼を置いている。
 一原百合子とはそういう人だ。
 『ズルい言い方ね。……まぁ、そうかもしれないけど』
 パンパン、と手を打ち鳴らし、先輩は言った。
 『しっかし、どこから話したモンかしらねぇ』
 「最初からお願いします。俺にしてみれば何が何やら」
 『おーけー。ま、面白おかしくいきましょ。マジに話して楽しいことでもないし、ね』
 そう言って、先輩は話し始めた。





23 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:40:30 ID:AFjyYqDO
 物語はいつだって王子様とお姫様がいるものだけど、これもそう。
 王子様は緋月一日生徒会長。
 文武両道、頭脳明晰、人類最麗。
 どんな造型士が手掛けたのかってくらい形の良い目鼻。
 切れ長の、黒曜石のような漆黒の瞳。
 白磁に白い肌。
 鴉の濡れ羽色をした艶やかな髪。
 すごいのは見た目だけじゃない。
 1人で何でもできる人だったわね。
 私らもズイブンとお世話になったわー。
 って言うか面白い人だったわ。
 トークは上手いし優しいし変態紳士だし。って、『変態』でもなかったか。
 それに何より、みんなの望みを叶えるのに一切の妥協をしない人。
 パンが無いならお菓子を食べれば良いじゃない、なんて言葉があるけど、あの人はパンが無ければ本当にウェディングケーキを調達しちゃうタイプね。
 憧れの先輩だったわ。
 私の生徒会長としてのあり様はあのヒトに影響を受けに受けてると言ってもいいわね。
 え、昔からこんなモンだって?何言ってるのよ、カクジツにパワーアップしてるでしょ?って何よそのタメイキ!?
 ・・・・・・話を進めるわね、釈然としないけど。
 お姫様は、彼と同学年の女の先輩。
 ある巨大企業の社長令嬢。
 イギリス人とのハーフ。
 絹のような肌に、ウェーブのかかった見事な金髪。
 意志の強さを感じさせるサファイア色の瞳。
 これまた容姿端麗、文武両道、人呼んで月下の君(レディ・クレセント)。
 名前を鬼児宮フィリア先輩。
 ただし、これがまたとんでもないツンデレさんでねー。
 どれだけツンデレかと言うとね、私が一目惚れして「生まれる前から好きでしたー!」って告白したら「生まれる前から出直してきたら?」って言われるくらい。
 ……え、ソレが普通だって?うるさいわね!本当のことを言わないでよ!
 とにかく、この2人はいつの頃からか深く愛し合ってたのよ。
 私が知り合いになった時には、もうらぶらぶだった、なんてことは秘密秘密、秘密のあっこちゃんだったわ。
 対外的にはただのクラスメイト同士ってことになってたし。
 だってそうじゃない?
 方や、いずれは社会的地位の高い男性に嫁ぐことが定められた社長令嬢。
 方や文武両道、頭脳明晰、人類最麗……だけれどただの高校生。
 あまりにも立場が違い過ぎたわ。
 だから、2人は人から隠れて愛し合っていた。
 いつか一日先輩をフィリアさんの親御さんに堂々と紹介できるようになるその日までと思って。
 隠れに隠れ、隠れ続けて、隠しきれなかった。
 どこでバレてしまったのか、どこで綻びが生まれてしまったのかは分からない。
 けれど、事実は明らかにされ、フィリア先輩のお父さんの耳に入った。
 それはもう烈火のごとく怒ったらしいわ。
 どこぞのお偉いさんに嫁がせる予定だった娘が、どこの馬の骨とも知らぬ男を本気で愛していたのだから。
 彼は無理矢理に2人を引き離し、フィリア先輩を卒業前に海外の婚約者に嫁がせた。
 時同じくして、一日先輩は自動車事故に合ってしまった。


24 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:42:02 ID:AFjyYqDO
 笑っちゃうわよね、自動車事故って。
 ハリー・ポッターかっての。
 ま、証拠が無いから何とも言えないけど。
 ともあれ、一日先輩はなんとか命を取り留めた。
 取り留めたけれど、彼の心には大きな傷を残した。
 愛する者を奪われた傷を。
 愛する者を守れなかった傷を。
 愛する者を傷つけてしまったという傷を。
 一度だけ、その頃の会長に会うことができたわ。
 大勢で行った方が良いだろうって、担任の先生や会長の友人、それに妹さんたち―――当時からお付き合いのあった二日先輩とその下の三日ちゃんとね。
 まぁ、三日ちゃんの方は私がいたなんて覚えてないだろうけど。
 けど、けれど、その時に私たちが見たあれは、何だったなのかしらね。
 彼は、何も見ていなかった。
 彼は、私を見ていなかった。
 彼は、先生を見ていなかった。
 彼は、友達を見ていなかった
 彼は、家族を見ていなかった。
 そう。
 彼は、
 三日ちゃんを見ていなかったのよ。
 一日会長が、私たちの前から姿を消したのはそれから少しした後のことだったわ。
 家族を、友人を、全てを捨てて、ね。
 私らも八方手を尽くして探したけど、何の手がかりも無くてね。
 そうそう、御神ちゃん。
 あなたの言っていた緋月月日さんともその頃に会えたわ。
 電話越しだったけどね。
 何か、手がかりが掴めるんじゃないかって思って。
 結果は空振り。
 それどころかこんなことを言われたわ。
 『一日を心配するだけ…ムダ…さ』
 ってね。
 『心配など無駄で無為で無意味な…コウイ…さ。アレは…ヒトリ…で何でもできる、何でもする男だ。ソレがたった一人で、君たちに何も言わずに、何の助力も請わずに姿を消したというのなら』
 『アレにとって君たちは、』
 『…イラナイ…』
 『ということになる』
 だ、そうよ。






25 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:42:51 ID:AFjyYqDO
 『このお話はこれっきり。主役が舞台の上から姿を消して、脇役連中だけが置いてかれた。主役がいなきゃ物語は進まない。終わるしかない。だから、これで終わり』
 フゥ、とため息をつきながら、先輩は話を終えた。
 面白おかしく、と言いながらやはり陰鬱で。
 先輩の声は血を吐くようで、吐き出すべきものを我慢しているようで。
 当然だろう。
 一原先輩は、本当に一日さんのことが好きだったことが、言葉の端々に滲み出ていたから。
 そんな人が、何も言わずに自分の前から姿を消してしまったのだから。
 生きているかも分からない。
 死んでいるかも知れない。
 そんな状態になってしまったのだから。
 『御神ちゃん。まさかアナタ、『ボクちゃんの心酔する百合子サマがカワイソー』とか思ってんじゃないでしょうね』
 俺の内心を見透かしたように、一原先輩が言った。
 『一日先輩の一件はとっくに自分の中で折り合いをつけたし、それを差し引いても私は今、これ以上ないってくらい幸せよ。ハーレムも出来たしね。これ以上を望んじゃゼイタクってくらい』
 あくまでおどけた口調で、先輩は言った。
 『だから、一日会長について私に聞いたこと、謝ったりなんかしたら承知しないわよ』
 まったく、本当に見透かしたようなことを言う。
 この人は本当に、馬鹿で、助平で、自分の欲望に忠実で、トラブルを加速させるのが趣味の困った人だ。
 それでも、生徒会長として皆から慕われているのはこういうところがあるからだろう。
 だから、俺はただ、「ですね」とだけ返そう。
 『それよりも』
 と、先輩は続ける。
 『アナタが心配するべきなのは三日ちゃんのことよ』
 そうだ。
 俺は元々、三日のことで一日さんについて一原先輩に電話したのだ。
 『三日ちゃんと一日会長はとても仲の良い兄妹だったと聞いているわ。と、言うより会長からどれだけ猫かわいがりしているか聞いてるってトコかしら』
 「ただのシスコンじゃないですか」
 『そう、ただのシスコンとブラコン』
 カレシとしては不本意でしょうけどね、と先輩は続けた。
 『そんな女の子が、ほんの1年くらい前にヒドい形でお兄さんを失ったのよ。アナタと会ってても、お兄さんの話題を出すことなんてあってトーゼン』
 極力砕けた調子で、先輩は言った。
 『だから、そう言うことで目くじら立てなさんな』
 あー、そういう風に見えちゃうか。
 別にそんなつもりで一日さんのことを聞いたつもりも、いや、少しはあったのかな。
 「分かってますよ」
 とはいえ、ここはこう返すべきだろう。
 『よろしい』
 えっへん、と擬音をつけて言う先輩。
 『いーい、御神ちゃん。三日ちゃんと付き合うからにはあのコのことを最優先に考えなさいな』
 先輩は言葉をつづけた。
 『学園の平和を守るのなら私らにだってできるけど―――三日ちゃんのナイトはあなたにしかできないのよ』
 「先輩……」
 まったく、この人は……。
 「学園の平和なんて、守った試し無いじゃないですか」
 俺はそう、軽口で応じるのだった。
 
 







26 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:43:36 ID:AFjyYqDO
 「おにー・・・さん!」
 そんな回想を中断するように、俺に声をかけてきた者がいた。
 舌足らずな、あどけなさの残る可憐な声だった。
 その声のした方に、俺は反射的に振り向いた。
 それと同時に、三日の手を握っていたはずの手に、随分前から何の感触も無いことに、今更ながら気が付いた。
 いつの間に皆とはぐれていたんだ?
 「おにーさんに・・・お願いがあるんだよ!」
 そんなことに考えをめぐらす暇も無く、相手は明るく言った。
 俺は、その姿を見て目を丸くした。
 声をかけてきたのは、フリルの多いゴシックな装飾が施された浴衣を着た娘だった。
 サイズが合ってないのか、長い袖に小さな手が隠れてしまっている。
 体型はかなり小柄だ。
 三日もたいがいにして小柄だが、彼女はそれを上回る。
 140cmも無いだろう。
 年齢は、10代前半ほどに見える。
 大きな、漆黒の瞳。
 桜色の頬。
 真紅の唇。
 あどけない顔立ち。
 真っ白な肌。
 ツインテールにした、サラサラの真っ黒い髪。
 手足は、モデルのように細いようだ。
 『ようだ』、というのは浴衣の装飾がその体型をほとんど隠してしまっているからだ。
 その頭には、昔ながらの白狐のお面を身に着けている。
 驚いた理由はその可憐さに、ではない。
 俺は、その顔を知っていた。
 毎週、テレビの中で見る顔。
 特撮番組『ヤンデレンジャー』、魔女大帝役。
 明るく無邪気。
 アイドル的な女優。
 「零咲・・・えくり、ちゃん」
 少女を見下ろし、俺は言った。
 「大正解だよ…おにーさん!」
 そう言ってにぱっと笑った少女、零咲ちゃんは俺を見上げて言葉を続ける。
 「ちょっと困ったことがあるから・・・おにーさんにして欲しいことがあるんだよ!」
 明るく無邪気な仕草で少女は言った。
 「受けて・・・くれるよね!?」
 それが、受験開始の合図だった。
















27 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:44:17 ID:AFjyYqDO
 おまけ
 ヤンデレの生徒会長さん 出張版

 「ねぇ」
 じっとりとした声で、一原百合子生徒会長は自宅の玄関先で言った。
 掛け値なしの美少女である。
 茶色に近い長髪をポニーテールにし、目鼻立ちのはっきりとした顔立ち。
 本人もそれを自覚しているのは確実で、くどくなりすぎない程度のメイクも、その檸檬(レモン)色の浴衣も、どうすれば自分が魅力的に見えるか考え抜かれていた。
 「私ら今頃お祭りに行って、リンゴ飴食べたり後輩ちゃんたちをからかったり三日ちゃんを暗がりに押し倒したりとか、そーゆーラブコメ展開を満喫してるはずなのに……」
 目の前にいる、浴衣姿の女性と少女たちに語りかける百合子。
 もっとも、相手の耳には入っていないだろうが。
 彼女たちは、百合子の友人たち―――ではない。
 同性ではあるが、百合子は心底彼女たちのことを愛していたし、彼女たちも心の底から百合子を愛していた。
 彼女らにとって、性別は問題では無いのである。
 問題は、彼女たちが百合子の恋人という立場を何かと独占したがることなのだが。
 「ゆーちゃんと祭りに行くのは私の専売特許です!」
 「アハ!それはこっちの台詞だよ、副会長さん!」
 「You girlsに年功序列という言葉を教えてあげるデース!」
 「エリ先生殿、実は日本語が上手でいらっしゃるのでござるのでは……?」
 「キャラ立てだろ、李と同じでさぁ!」
 彼女たちはある者は武器を手に、ある者は無手で周囲を縦横無尽に動き回り、互いを排除しようと試みる。
 「何でこんな少年ジャンプ展開になってるの?」
 百合子は言った。
 周囲にはキィン!だのメシィ!だのメメタァ!だのと言った音が響き渡っている。
 その度に金属バットやナイフが振るわれ、素人にはついていけないほど高度な攻防が繰り広げられる。
 「あ、瞬歩」
 そう百合子が形容するようなスピードが発揮されるほど、ハイレベルな攻防であった。
 全ては夏祭りのために。
 「いやいやいや」
 あまりにもあんまりな理由で繰り広げられる攻防に、思わずツッコミを入れる百合子。
 しかし、である。
 「Youたちをフリキリます!」
 そんな言葉と共に、紅色の浴衣の裾をまくりあげて、空色の浴衣を着た別の少女に回し蹴りを放つ女性。
 「おお!」
 その様子に、特にまくりあげられた裾の奥に、一気にテンションが上がる百合子。
 「クッ!」
 その蹴りを避けた、空色の浴衣を着たボーイッシュな少女だったが、彼女の避けた先にはナイフを持った藍色の浴衣の、眼鏡をかけた少女がいる。
 「刺され、ばらされ、並べ替えられなさい!」
 眼鏡を煌めかせ、ナイフを振るう少女だったが、そこにバットを持ったあどけない少女が割り込む。
 「かるーく一原をはじめるよ!」
 ピンクの浴衣の袖をはためかせてバットを振るう少女だったが、それをナイフと金属棒で受け止められる。
 「何を始めるの、あっちゃん!?」
 その戦いに完全に第三者視点でツッコミを入れる百合子。
 と、言うより完全に他人事という顔だった。
 「まったくでござるな、百合子殿」
 その言葉に、いつの間にか百合子の隣にいた、忍装束のように真っ黒な浴衣の少女が言った。
 「あの4人は放っておいて百合子殿は拙者と祭りに……」
 そう言って百合子の手を取ろうとする忍少女だったが、それを他の女性たちに気付かれる。
 「ルール違反はずたずたのずたずたにします!」
 「アハ!レッドカードなんだよ!」
 「させないdeath!」
 「そう上手くいくと思う!?」
 4人の攻撃が同時に忍少女に襲いかかる。


28 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 前編 ◆DSlAqf.vqc :2011/01/03(月) 19:45:06 ID:AFjyYqDO
 謎の悲鳴と共に吹き飛ぶ忍少女。
 攻撃により、浴衣が破れて柔肌があらわになる。
 「ポロリキター!!」
 その様子に一瞬にしてその美少女フェイスを崩し、助平親父の顔で叫ぶ百合子。
 あ、鼻血出てる。
 「何をするでござるか!」
 忍少女の懐から放たれた手裏剣が、ボーイッシュな少女の浴衣を切り裂く。
 「オオ!」
 それにより晒された柔肌を、鼻の下を伸ばしてガン見する百合子。
 その横では、眼鏡少女のナイフが年長の女性の胸元に迫っていた。
 「いーぞもっとやれー!」
 次々に晒される肌色に、すっかり野次馬の顔になった百合子が奇声をあげた。
 女性に襟首を掴まれた眼鏡少女の衣服が乱れる。
 「うっひょー!おっほー!コレさいこー!」
 そう言っている間にも、激闘は続き、服は切り裂かれていく。
 「パーフェクトよー!ライナーよ!コンプリートよ!エクストリームよー!」
 もはや慎みも何もないキャットファイトと化しつつ攻防に、百合子は小躍りする。
 「きゃっほー!そーだ、このバトルに勝ったコには私がちゅーしてあげるわ!」
 ノリと勢いで叫ぶ百合子の言葉に、女性たちの目が輝く。
 「ゆーちゃんの唇!?」
 「マジ!?マジだよねお姉!?」
 「ソウいうコとなら負けられないデース!」
 「卑怯卑劣な手段を使ってでも勝利するでござる!なぜなら忍者だから!」
 「ま、勝つのはぼくだけどさぁ!」
 ご町内を舞台に、さらに戦いは激化していく。
 彼女たちが夏祭りに行くのは、まだ先のことになりそうだった。
 一原百合子。
 ポニーテールの美少女。
 夜照学園高等部今期生徒会長。
 御神千里とは中等部時代からの学友。
 同性愛者。
 そして、
 悲しいほどに、呆れるほどに自分の欲望に忠実な、どこに出しても恥ずかしい―――変態だった。