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52 :弱気な魔王と愛され姫様・後:2011/01/05(水) 02:24:05 ID:k42f6TI5
それから、僕は城の離れにある塔に幽閉された
外の光は届かない、永蝋燭以外の光は一切無い、本来は独房用に使われている塔の内部
姫は最後まで僕を閉じ込めることに反対していたけれど、スカルエンペラーが強制的に転移魔法でここに送った
姫にはこの戦いを前に腰が引けているためなんて言っていたけれど、理由は分かる
スカルエンペラーだけじゃなく、みんな僕に少しでも遠くに行ってほしかったんだ
一番見たくない、どこか狂ってしまった姫の姿を僕に見せないために

「魔王様、お食事です。相変わらずここに備蓄されている食料で作った有り合わせのものですが」
「ありがとう。美味しいよ」

一緒に居るのはあの会議室に姫を連れてきてしまった毒爪熊
身の回りの世話や話し相手にというスカルエンペラーの配慮だろう
ありがたいことに乾米や干し肉を使って実に機用に料理を作ってくれる
彼にしてみれば、迷惑極まりない話なのだろうけれども

「それで、あれから何日経った?」
「私の感覚ではおよそ二日程でしょうか。おそらく今夜か明朝、人間からの総攻撃が始まります」
「そう」
「私も、姫様が人を殺すなんて信じたくはありません」
「……ああ、僕もだよ」

そう思っているのは僕や彼だけじゃない
スカルエンペラー、ポイズンタイガー、エレキインセクト、デッドガンマンの四天王
そして恐らく、彼らの部下達もみんなみんなそう思っているはずだ

「……でも、僕たちは死ぬわけにはいかない」
「しかし人間達も、死なないために必死で立ち向かってきます」
「どうしてこんなことになっちゃったんだろう。本当ならすぐに姫を帰して、最小限の波風にするはずだったのに」
「……出すぎたことを言うようですが、魔王様は間違っていません
 ただあなたは姫様に優しすぎ、姫様はあなたに父を求めすぎた。きっとそれだけです」
「どういうこと?」
「姫様は親の愛をほとんど受けられず、それを魔王様に求めた
 そして魔王様は姫様の気持ちに、精一杯の愛情をもって応えてしまった
 姫様は友達も心を許せる友人もほとんどおらず、それを私たちに求めた
 そして私たちもまた姫様の気持ちに、精一杯の愛情をもって応えてしまった」
「それは、いけないことだったの?」
「そんなことはありません。人間にも魔物にも優しさを忘れない魔王様を、私は魔物の一人として誇りに思います
 しかし姫様もまた、人間でありながら魔物を、特に魔王様を愛しすぎてしまったのです」
「…………」
「魔王様も、姫様も、そして私たちも、誰も悪くなんてありません
 心では止めたいと思っていても、私たちを生かすために手を血に染めんとする姫様を、誰が止める事ができましょうか」
「………わかってる」

僕だって仲間の誰にも死んでほしくない
だから殺害方法は分からないにしても、敵の油断を誘うことのできる姫が刺客というのは最良の方法かもしれない
そんなことは分かってる。わかっているけれども、でも――

「それでも、納得なんてできない」
「……私だって、同じ気持ちです」


53 :弱気な魔王と愛され姫様・後:2011/01/05(水) 02:25:08 ID:k42f6TI5
その日の夜(塔の内部には外の光は届かないから確証は無いけど)、轟音が聞こえた
僕たちの陣営か人間達のものかは分からない
けれども、これはたぶん火球魔法が近くの地面に直撃した音だと思う
見ると毒爪熊は隅に逃げ込んでガタガタ震えている

「……すみません。門番でありながら、怖くて………」
「臆病なんだね。まるで僕みたいだよ」
「人間の、攻撃でしょうか?」
「たぶんね」

平静を装っているが僕だって怖い
僕が死ぬかもしれないことが、みんなが死んでいくのが、あの姫が人を殺すことが
断続的に続く爆発音。その間隔がだんだんと短くなっている
威嚇射撃から本射撃に入ってきたんだろう
戦いが、始まったんだ

「ま、ま、魔王様、こ、ここは、ひええっ! 大丈夫、でしょうか?」
「う~ん、たぶん……」
「た、たぶんって……!」
「ここには出入り口も窓も無い。転移魔法を使えるものじゃなきゃここには来れないし、出ることもできない
 大丈夫だよ。転移魔法はスカルエンペラーも、最終防衛ラインを護るエレキインセクトも使えるし」
「も、もしもですよ……もしもそのお二人が負けるようなことがあれば……」
「そしたら魔族の負け。僕もみんなと一緒に殉じる覚悟をするさ」
「私は嫌ですよぉ!!」
「壁を殴らないの。この壁を殴って壊せるのなんて、ポイズンタイガーくらいなものだよ」
「この硬さは隊長でもてごずりますよ……手が痛いです……」

冗談を言っている場合じゃない
それでも彼の珍妙な怯え方を見ていると、少しの笑いとともに余裕が出てくる
そうだ、いつまでも怯えてばかりいるわけにはいかない
何をすることもできないけれど、ただどっしりと構えていよう
名ばかりの実力不足の未熟者だって、僕は魔王なんだから


54 :弱気な魔王と愛され姫様・後:2011/01/05(水) 02:25:55 ID:k42f6TI5
一時間ほど経った頃、さっきまで怒声や鬨の声が響き渡っていた城内から、潮が引くように声が消えていく
そして暫くしてその静寂は歓喜の声に変わった
そこに響く声は、僕の聞き慣れた仲間達の声
勝った、の?
こんな短時間で勝ったってことは、敵の司令官を叩いたとしか考えられない
でも、カニマヨが前線に早々に出てくるとは思えない
だったら、なにでおびき出されたんだろう?
……考えるまでも無いよね
彼らがここに来た目的を考えれば、小さくて可愛い極上の餌が、司令官を殺す覚悟をして待ってるんだから

「魔王、待ったか?」

そんな大声とともに、塔が外壁から一撃で穴を開けられた
拳を突き出していたのは、てこずるどころか壁を紙のように砕いた怪力無双のポイズンタイガー
大きく左右にせり出している牙が一本折れているのは、勇敢に前線で戦った証だろうか

「勝利だ。自分は外で騎士団と戦っていたため詳しくは分からないが、順々に奴らの指令系統はガタガタになり、退却していった
 奴らの被害は甚大、自分たちはケガ人多数だが一番槍にもかかわらず奇跡的に死者は無し。完勝というやつだな」
「でも、それはつまり」
「考えさせるな。あんたはこれから城に戻って全てを見届けろ。……自分は何も考えず勝利の美酒に酔わせてもらう
 悪いとは思うが、戦った者の特権だ。一番残酷なものを見るのだけは許してくれ」
「隊長、それじゃあんまり魔王様が!」
「いいよ。……正直に言っちゃえば僕も行きたくないけれど、魔王として全部見届けてくる」

勝利を手放しで喜ぼうと言う気にはなれず、少しうつむきながら、僕は塔を出た

「すまない」
「魔王様、ごめんなさい」
「いいって」

背中にかけられた侘びの言葉が、とても物悲しく聞こえた
それから城門の前にたどり着くと、スカルエンペラー達がデッドガンマン率いる狙撃部隊の治療にあたっていた

「あれ、魔王。どうやって塔から出たんスか? 転移魔法を覚えたッスか?」
「出たなら早めに声をかけてください。危うく私の狙撃部隊が引き金を引くところでしたよ」
「転移なんてそんなすぐに覚えられるものじゃない高等魔法でしょ。ところでポイズンタイガーに聞いたよ、勝利だって?」
「そうッス。始めは攻撃を加えず、お姫が一人姿を見せて敵の司令官三人を城に入れたッス
 その後お姫がどうなったかはワシらは知らないッス。でも、敵の指令系統が瓦解したことだけは間違いないッス」
「しかる後に城門を閉め我々が狙撃、スカルエンペラー達魔道スケルトン部隊が防衛魔法を張りました」
「スカルエンペラーたちは容姿のせいで死の黒魔法使いと思われてるけど、本当は回復と障壁魔法が得意なんだよね」
「酷い話ッスよ。誤解もはなはだしいッス」
「ごめん、最初は僕もそう思ってた」
「実は私も」
「……スケルトンの地位向上を訴えるッス」

そこまで聞いたとき、何か違和感を感じた
スカルエンペラーたちの容姿がどうとかじゃなくて、もっと重要な―――


55 :弱気な魔王と愛され姫様・後:2011/01/05(水) 02:27:57 ID:k42f6TI5
「司令官が、三人?」
「そうッス。初老の派手な装飾の男が一人。宝石で縁取られた鞘の剣を持った女が一人。緋縅の東洋の鎧を着た男が一人ッス」
「緋縅の鎧の男はカニマヨです。私は一度戦ったことがあります」
「じゃあ、あと二人は?」
「さあ? 検討もつかないッスね」
「……ちょっと待って。中に入った者がここにいないのに、どうして僕らや人間達は司令官が討ち取られたって分かったの?」

そう聞くと、とたんに二人嫌そうな顔をする

「黙ってないで、教えて」
「……エレキインセクトです」
「あいつがその三人の首を討ち取ったと叫んで、高笑いして城壁の上から晒したッス。今はもう戻したッスけど」
「………」
「魔王、あいつは口は悪いですが、そんなことを好きこのんで行う者じゃありません」
「……分かってるよ。僕だってエレキインセクトがそんなことをするなんて信じられない。会って、問いただしてくる」
「お願いするッス。ワシだってあいつも、あいつが護っていたお姫も心配ッス」
「うん、任せて。姫とエレキインセクトを、すぐここに連れてくるから」


城の内部はひっそりと静まり返っていた
今ここに居るのは、たぶん姫とエレキインセクトだけ
他の全ての部隊は、戦うために外に出払っている
事前に説明はされていたと言うもの、こんな中に姫を置いて出たことは早計な気がしなくも無い

「魔王、か?」
「そうだよ」

誰も居ない空間から声がする
もう慣れた光景だ
よく目を凝らすと、空中に豆粒ほどの鮮やかな黄色の甲殻を持った虫が飛んでいるのが見える
エレキインセクトの体は数万の虫の集合体。あれはそのうちの一匹だろう

「何を聞きたいかは分かってる。だが、大広間に来てくれ。俺の本体は今そっちに行くことができないんだ」
「その前に一つだけ。姫はどうしてるの?」
「元気だ。これ以上は会って話したい。早いところ来てくれ」
「わかった」

駆け足で、城の奥に向かう虫を追う
そしてエントランスへの扉を開けたとき、思わずその場にへたり込みそうになった
絨毯の赤よりも鮮やかな赤
それが床一面に撒き散らされている
床に無造作に打ち捨てられた三人の首無し死体
そこから流れ出た血によるものだということは、聞かなくても分かった

「あ、お父さん!」

僕を見て、その血の海で笑いかけてきた娘は、はたして僕の知っている女の子なんだろうか?



56 :弱気な魔王と愛され姫様・後:2011/01/05(水) 02:28:26 ID:k42f6TI5
彼女が胸元に飛び込んでくると、みるみるうちに僕のシャツが真っ赤な血で染まった
そのまま頭をこすり付けてくるのは、頭を撫でて、ほめてほしいという意思表示
少なくとも、僕の知ってる姫はそんなふうに接していた

「カニマヨは、ボクがころしたよ。これでみんながおびやかされることもないよ」
「…………」
「ボク、やったよ。みんなを守ったよ。ほめてくれるよね? いい子だねって、言ってくれるよね?」
「………………」

何も言わず、ただ姫を抱きしめた
姫がやったことは到底許されないこと
それでも、姫に守られた魔族の僕に、どうしてその行いを責めることができるだろうか

「お父さん、大好きだよ。これでもうボクたちはずーっといっしょだよ」
「…………ああ」

姫が背伸びをして、僕の唇に口付ける
愛おしい
僕はこの、大罪人の、悪魔のような、狂った女の子が、どうしようもなく愛おしい
両手に力をこめて、もう一度姫を抱きしめようとしたとき、耳元から声が聞こえた

[魔王、テラスに出てきてくれ]

エレキインセクトの声
こんな時にとも思うが、彼は空気の読めない男じゃない
よっぽど、今の空気を壊してでもきてもらわなきゃいけない用件なのだろう

「姫、ごめんね。今はちょっと行かなきゃいけないところがあるんだ。すぐ戻るから」
「うん。エレさんのとこだよね?」
「そうだよ。いいこで待っててね」
「だいじょうぶ。ボクはいいこだからワガママなんて言わないもん。……でもね」
「?」

もう一度僕に口付ける
……今度は深い。口の中で姫の舌が動き回っている

「ボクはもうぜったいみんなを、お父さんをはなさないよ」

唇を離した時の姫は少女じゃなく、妖艶な女の顔をしていた


57 :弱気な魔王と愛され姫様・後:2011/01/05(水) 02:29:22 ID:k42f6TI5
あんな血生臭いことがあった後でも、テラスに吹き込む風だけは心地いい
そこに、僕を呼んだ最後の四天王が、遠くを見ながら煙草をふかしていた

「エレキインセクト、全部説明して。」
「……ああ。けど待ってくれ」
「来てほしいって言ったのに、待ってくれなんて」
「そう言うな。俺ぁ、たぶん魔王も、先代魔王様も見たこと無いような最悪なもん見ちまったんだ
 少しくらい頭を冷やさせてもらったってバチは当たらねぇだろ」
「何を見たの?」
「………みんなに愛されていた女の子が、親兄弟を殺したっていうショッキングな光景さ」
「なっ………」
「……吐くなよ」

絶句した僕の前に男二人に女性一人、三つの頭が転がされる
催す吐き気をこらえてその顔を見ると、確かに二つは見覚えがあった
僕が始めにさらおうとして切り殺されかけたお姫様と、始めに僕を止めようとした国王
討伐隊の司令官として来ていたなんて、僕はこれっぽっちも考えてなかった

「殺したのは姫ちゃん。凶器は、ポイズンタイガーの牙を削りだして作った剣だ。あいつの毒は二秒で人間の臓腑を腐らせる」
「でも、姫一人でどうやって」
「姫ちゃん一人だと思って近づいたうかつなカニマヨを剣の先でチクリ。そのままヤツがブッ倒れる前に剣士女の首を切り落とした」
「嘘だ。姫にそんなことできるわけない。剣なんて握ったこともないんだよ」
「まあ、ただの剣じゃそんなことはできねぇ。けどな、あの短剣なら話は別だ
 あれはあんたが幽閉されてから、ポイズンタイガー自らがずっと研ぎ続けた剣だぜ
 軽くて強靭。力をこめなくても岩だってバターみたいに切り裂く」
「…………」
「最後の国王はちっとまずかったがな。あの野郎、自分の娘だってのに躊躇も無く姫ちゃんに切りかかりやがった
 ま、隠れて見守ってた俺の電流蟲で痺れさせてやったがな。しかしそこで姫ちゃんがまた首を切り落とすとは思わなかった」
「……自分の、親なのに」
「ああ。事が終わった後、俺もそう言ったさ。そしたら何て言ったと思う?
 [? なに言ってるの? ボクのお父さんはまおーだよ?]。姉のことも聞いたら、兄は俺達4人のお兄さんだけだとさ。泣かせるね」

遠くの景色から目をそらさず、エレキインセクトは煙草をふかし続けている
改めて見てみると足元には吸殻が山のように散乱している
どれだけの間、ここでつくはずのない心の整理をしていたんだろう

「その後、俺はカニマヨの首も切り落として勝ち鬨を上げた
 姫ちゃんが殺したなんて人間の騎士団残党に知られれば、奴らにどれだけの動揺が走るか分からないしな」
「それは、まだ誰にも?」
「あたりまえだ。これはスカルエンペラー達にも話す気はねぇ。三人の司令官を殺したのは姫ちゃんじゃねえ。俺、エレキインセクトだ」
「それでいいの?」
「正直、キツイけどな。姫ちゃんが人間からも魔物からも白い目で見られるようなことがあっちゃ、兄としちゃ辛いからよ」
「……………」

僕は深々と頭を下げてその場を後にした
今は何を言っても、どんな感謝の言葉でも陳腐になってしましそうだったから


58 :弱気な魔王と愛され姫様・後:2011/01/05(水) 02:30:42 ID:k42f6TI5
あの時攻め込んできた王家のほうは、その後良い跡取りに恵まれず滅亡してしまったらしい
それから年に何回かあの時の騎士団の残党が攻め込み、小競り合いが耐えないのには頭が痛い
そのたびに憎悪の声で呼ばれるエレキインセクト、面倒くせぇと愚痴りながらも傷ついたような表情を浮かべるのを僕は見逃さない
たぶん、口には出さないけれどデッドガンマン達四天王はみんな事の真相に気がついているだろう
そして僕は姫と養子縁組を結んで、何も変わらず一緒に暮らしている
あの日のことは無かったことにしようと、僕は無理矢理自分に言い聞かせていた

「お父様、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」

いつの間にか、姫は僕のことをお父様と呼ぶようになっていた
今年16歳。体つきもだんだんと女の子から女性と呼べるようになってきた
魔族は人間よりもずっと長生きだから、姫の成長の早さには驚かされるばかりだ
でも、中身は逆にあまり変わっていないような気さえする
僕から全然離れようとしないし、結婚も僕のお嫁さんになるといって聞かない

「そういえばスカル兄様とエレキ兄様が呼んでたよ。お父様を見たらすぐ来るように言ってほしいって」
「また小競り合いかな? わかった、すぐ行くよ」
「あ、待って」

離れる前に、いつもの口付けをかわす
もっとも、これは姫が一方的にしてくるんだけれど
一度たしなめたことはあるけど、暖簾に腕押し糠に釘といったありさまで、今ではもうすっかり諦めている
それでも今は幸せだ
幸せのはずなんだ

「お父様、愛してるよ。世界中の誰よりも」

それでも5年間、どうしても忘れられない
口付けたびに見せる今も変わらない妖艶な笑みと、血に染まったエントランスホールを―――