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324 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第二十話 ◆AW8HpW0FVA :2011/01/16(日) 20:33:48 ID:R+SA/hEw
第二十話『再会』

ひた走るシグナムを襲う魔物はいなかった。
逃げるのはいいが、このまま逃げたところで、自分が危うい事に変わりはなかった。
右腕の故障さえなければ、ブリュンヒルドを置いてこの島から脱出できるが、
その故障を直すための機材は、囚われた時に奪われてしまった。
右腕が故障した時点で、ブリュンヒルドに頼らざるを得ないのだ。
忌々しいという言葉が、再び脳裏でまわり始めた。
「あの女が死んでくれれば……」
そう言って、口を噤んだ。
あの女が死ねば、そいつが持っている剣で筏を作る事が出来る、
などという都合のいい事などあるはずがない。考えるだけ無駄である。
そうこうしている内に反対側の海岸に出た。
「さて、なにして暇を潰そうかな?」
どうせやる事などない。ブリュンヒルドが来るまで海水浴にでも興じていようか、などと考え、
半ば服を脱ぎ掛けた、その時だった。
「シグナム様、みぃ~つけた」
聞き覚えのある声だった。振り返ってみて、シグナムは我が目を疑った。
そこには傘を差したイリスが立っていた。あの時と同じ様にメイド服を着て。
「探しましたよ、シグナム様」
「馬鹿な……。お前は確か焼け死んだはずじゃ……。それに右胸の傷は……」
「あぁ、それでしたら……」
そう言って、イリスはメイド服をはだけて見せた。
そこには、シグナムの見た激しい裂傷や火傷の痕など微塵もなく、
うっすらと膨らんだ皎い胸があるだけだった。
「私、一度死んで蘇ったんです。……ネクロマンサーとして」
傘から覗いた目は、血の様に真っ赤だった。それがシグナムの恐怖心を駆り立てた。
「驚きましたか、シグナム様?これが本当の冥土のメイドですよ」
くるくると回りながらイリスはそう言った。
このギャグのセンスのなさは、間違いなくイリスのものだった。
「……どうして俺がここにいると分かった……?」
「それは……」
いったん話を区切ったイリスは、虚空を指差した。
「そこら辺に漂っている浮遊霊に話を聞いただけです。……私の能力でしたら、容易い事ですよ」
「……なるほど、では今ブリュンヒルドを襲っているのも……」
「ご明察、私の僕です」
聞けば聞くほど絶望感が濃くなっていく。
これでは仮に逃げたとしても、すぐに見付けられてしまうであろう。
まったく、とんでもない化け物に転生したものである。
とにかく、今すべき事は、唯一つである。
「わざわざ生き返ってまで、俺を探していた理由はなんだ。俺を殺しにきたのか」
さあ、答えろ、とシグナムはイリスを見据えた。
しかし、イリスはなにも答えなかった。
返ってきたのは、笑い声だった。



325 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第二十話 ◆AW8HpW0FVA :2011/01/16(日) 20:34:17 ID:R+SA/hEw
「シグナム様、一体なにを企んでいるのですか?」
真っ赤な瞳がこちらを見据えている。
その威圧感に、シグナムは指先一つ動かす事も出来ない。
「質問に質問で返すな、と親に言われなかったのか?」
「シグナム様こそ、なぜその様な事を聞くのですか?」
「だから、質問に質問で……」
「待っているのは、ブリュンヒルド様ですか?」
にやにやと笑った顔から、核心に満ちた声が放たれた。
間を置かず、イリスはゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
「頭の良いシグナム様の事です。こうやって会話を先延ばして、
ブリュンヒルド様が来るのを待っているのでしょう。……残念ですけど、それはたぶん無理です」
「……なにを言って……」
「ブリュンヒルド様と戦っている私の僕、
どんなに斬っても潰してもすぐに再生する様に創りました。
あの人の性格上、全てを殲滅するまで永遠と無駄な事を繰り返す事でしょう」
これが本当に、あの馬鹿のイリスなのか、とシグナムは疑いたくなった。
近付いてくるイリスが死神そのものに見えた。このままでは、殺られてしまう。
「来るな、イリス!お前も俺の能力は分かっているはずだ。
これ以上近付くならば、灰がお前を貫くぞ!」
左手を前に突き出し、力強い声でイリスを制止する。
短いとはいえ、一緒に旅をした仲である。
これならばイリスも足を止めるであろう、とシグナムは思った。
しかし、イリスは歩を止めなかった。相変らず笑顔を浮かべていた。
「シグナム様、嘘を言っちゃいけませんよ。あなたが私を殺す事なんて出来るはずがない」
「同情するとでも思っているのか!?魔物になった以上、俺は容赦なくお前を殺すぞ!」
「無理ですよ。……だってシグナム様、能力を使う事が出来ないんですから」
「っ!!!」
足場が崩れる様な、そんな嫌な感覚に襲われた。
「ちっ……ちが……」
「シグナム様は確か以前、この能力は人には使わない、と言っていましたよね。
ですが、それは方便で、実は灰を操る能力が行使できたのは、右手だけだったのはないですか?
右手でしか能力を行使していなかったのが、その証拠です」
悉く図星だった。反論する事が出来ず、イリスの接近を許してしまった。
あと一歩の距離で、イリスは足を止めた。
「シグナム様、さっきの質問、まだ答えていませんでしたよね……」
一撃が来ると覚悟していたシグナムは、突然の会話に、拍子抜けしてしまった。
その時、ひときわ強い潮風が吹き、傘が宙を舞った。
「それは……、シグナム様とずっと一緒にいるためです」
瞬きする暇もなかった。気が付くと、シグナムの右腕が切断されていた。
骨と繋がっている機械の部分ごと切り落とされ、血が噴き出したが、
シグナムは叫び声を上げなかった。
「なっ……なにを……」
最後まで言う事は出来なかった。切断面にイリスが手を触れると、急に光りだした。
目も開けられないほどの光の中、イリスの声が聞こえた。
「私はいつでもあなたと共にあります。……愛しています、シグナム様……」
空から、傘がふわりと舞い降りてきた。イリスは消えていた。



326 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第二十話 ◆AW8HpW0FVA :2011/01/16(日) 20:35:27 ID:R+SA/hEw
呆然としている暇などなかった。
光が収まったと同時に、シグナムはおぞましい感覚に襲われた。
まるで体内で蛞蝓が蠢く様な、蛆虫が毛穴から這い出てくる様な、想像を絶するものだった。
シグナムは身体を抱き締め、その場に蹲った。じわりじわりと汗が噴出してきた。
右腕の傷が激しく疼き始めた。身体中のおぞましい感覚が、その一点に集中する様だった。
瞬間、傷口を裂く様に腕が生え出た。疼きは消えていた。
体液塗れの右腕に潮風に当って乾燥し、酷く寒々しく感じた。
それはまさしく、その腕がシグナムのものであるという事の証明だった。
信じられない事だった。失ったはずの右腕が復活したのである。
それだけではない。右腕から久方ぶりにあの力を感じた。
試しに落ちている義手を拾い上げ、空高く放り投げた。
弧を描く義手に狙いを付け、右人差し指で空を切った。
瞬間、義手は細切れになり、霰の様に降り注いだ。
「力が……復活した……」
これ以上もないほどの歓喜がシグナムを包んだ。
この能力さえあれば、アーフリードの宝物庫の鍵を開ける事が出来る。
歓喜の声が喉から飛び出しそうになった。
しかし、背後からの物音に、シグナムはその声を飲み下した。
「シグナム様、ご無事でしたか!?ゾンビ共が急に消えたので、もしやと思ったのですが……」
やって来たのは、やはりブリュンヒルドだった。
大量のゾンビと戦ったというのに、肌や鎧には傷一つ付いていない。
イリスの言った通り、ゾンビ達はただの足止めでしかなかったのである。
「安心しろ。そう簡単に死ぬほど、私は弱くない」
そう言って、シグナムは砂浜に落ちている傘を拾い上げると、それを綺麗に畳んだ。
「シグナム様、その傘は一体……?」
「これか……。これは……、形見だ」
そう言って、シグナムは傘を愛おしそうに撫でた。
ブリュンヒルドはその光景を訝しげに見つめていた。



327 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第二十話 ◆AW8HpW0FVA :2011/01/16(日) 20:36:05 ID:R+SA/hEw
ブリュンヒルドが作った筏に乗り、シグナムは無人島から脱出した。
地図によれば、無人島から東方大陸トゥファニアまでは、北東に三十キロ。
普通に進めば着くのに半日は掛かる距離であるが、
ブリュンヒルドはそれを縮めて、九時間という速さで到着してみせた。
褒めはしない。これが当然であるという態度で、シグナムはブリュンヒルドを無視した。
ブリュンヒルドの表情が、目に見えて曇った。
ブリュンヒルドの思っている事など、手に取る様に分かる。
大方、偉そうな態度が気に入らないのだろう。
シグナムにとって、それは別にどうでもいい事だった。
夕暮れに染まる港町カヴァールに降り立ったシグナム達は、
完全に暗くなる前に宿を取った。当然、部屋は別々にした。
部屋に入ってから、右腕が熱を持ったように疼いた。
「生えたばかりで、まだ完全にはなじんでいないのかな?」
右腕を見つめながら、シグナムはそう予想を立てた。
部屋に置いてあるクッキーを二、三枚口に入れると、急激な眠気に襲われた。
海水で塩臭くなった身体を洗い流したい所だが、それをするのも億劫だった。
シグナムはベッドに倒れ込むと、なけなしの力で扉に罠を仕掛け、そのまま眠ってしまった。


「シグナム様……」
イリスの呼び掛けが聞こえた。シグナムは目を覚まし、辺りを見回した。
しかし、どこにもイリスはいなかった。
気のせいかと思い、再び目を閉じようとしたが、それは出来なかった。
違和感があった。ベッドで寝ていたはずなのに、いつの間にか椅子に腰掛けていたのだ。
なぜ、という問いは、すぐに解決した。
意思とは関係なく向けた視線の先に、寝息を立てている自分がはっきりと見えたからである。
つまりここは、ニプルヘイムの宿なのだ。
なるほど、これはイリスの記憶だ、とシグナムはすぐに理解できた。
驚きはなかった。イリスと融合した時点で、なにかしら起こるというのは予想できた。
記憶の継承など、想定の範囲内だった。
「もうすぐ、蝋燭が消えますね……」
そう言って、イリスは蝋燭入れに手を伸ばした。
その時、扉の外で、床の軋む音が聞こえた。
それに気付いたイリスは、シグナムに駆け寄ったが、声を掛けるのを止めた。
「また起こしたら、シグナム様が寝不足になってしまう」
そう言って、イリスは扉に向かい、鍵を開けた。瞬間、視界が暗転した。



328 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第二十話 ◆AW8HpW0FVA :2011/01/16(日) 20:36:41 ID:R+SA/hEw
寝室から、物置小屋へと場面が変わっていた。
イリスは身体を縛られ、口には猿轡を噛ませられていた。
イリスが、目の前にいる誰かに目を向けた。
薄暗かったが、はっきりと見えた。それは、ブリュンヒルドだった。
「いい顔ね」
表情も声もなにもかも、そこからは侮蔑の気配が感じられた。
「なにか言いたそうな顔ね、いいわ、教えてあげる」
そう言って、ブリュンヒルドは手を伸ばしてきた。その手が、イリスの首を絞め付けた。
「殿下は、あんたの事を大層気に入っている。あの方の目を見て、すぐに分かったわ」
絞め付ける力がさらに強くなった。目の前が霞み始めた。
「だから、あんたを殺すのよ。あんたが死んだ後、
殿下はどんな顔をして悲しむのか、今からとても楽しみだわ」
ブリュンヒルドの声が、だんだん遠くに聞こえ始めた。喉仏が悲鳴を上げている。
意識が途切れそうになる直前、最後の声を聞いた。
「さようなら……。心配しなくても、すぐにあの方も送ってあげるわ。
……徹底的に痛め付けて、ボロ人形の様にしてからね」





目が覚めた時、シグナムの服は、寝汗でびっしょりだった。
潮と寝汗の混じった臭いを嫌う様に、シグナムは浴室に向かった。
蛇口を捻り、出てきた冷水で、シグナムは汚れた身体を洗い流した。
「嫌な夢だな……。本当……嫌な夢だ……」
シグナムの声は震えていた。泣いているのかは、シャワーのせいで分からなかった。
しばらくすると、シグナムの身体の揺れは収まった。
「イリス、……お前の思いは、確かに受け取った……」
代わりに凛とした声が、薄暗い浴室に響いた。
浴室から出てきたシグナムの瞳は、薄暗い部屋の中、紅く光っていた。