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144 :リバース ◆Uw02HM2doE :2011/01/07(金) 23:30:50 ID:sGhEY2Nt

運よく花壇の下に落ちたのが良かったらしい。もしコンクリートだったならば即死だったと医者に言われた。
ただ意識不明の重態が本当に良かったのかどうかは分からない。
即死は免れたにせよ脳へのダメージが著しく下手すれば脳死、高い確率で何らかの後遺症があると付け加えられたからだ。
まるで記憶を無くしたいと願った潤の願いに神様が応えたかのような状態。俺はただただ医者の話を聞くしかなかった。



「要……。潤は……?」
「……命は助かったよ。でも……」
医務室を出ると亮介が駆け寄って来た。時刻は既に午前2時。
普通ならば帰されている時間だが亮介は土下座までして頼み込んだ。どうしてもここにいたい、と。
最初は否定的だった医者と看護婦達も亮介の熱意と"如月"という珍しい名字を知って折れたようだった。
何しろ亮介はこの市立病院に毎年莫大な援助金を出してサポートしている国会議員の"如月龍一郎"の一人息子だからだ。おそらく病院側が折れた最大の理由だろう。
しかし亮介はそんなことを気にするそぶりは一切見せていなかった。やはり亮介なりに国会議員の息子としての扱われ方に慣れているのかもしれない。
とにかく俺は亮介に潤の容態をかい摘まんで説明した。亮介は終始黙ったままでそれを噛み締めるように聞いていた。

「……すまん」
俺の説明が終わった後、亮介は頭を俺に下げていた。
「……亮介のせいじゃねぇよ」
「いや、俺が潤を追い詰めたんだ。俺があんなことさえしなかったら――」
「亮介は悪くないよ」
廊下に響く聞き慣れた声。俺と亮介が思わず振り向くとそこには真っ白な患者服を着た英が立っていた。
「英!お前怪我は……?」
「大したことなかったみたいでね。念のためってことで一日だけ入院させられたんだ」
うっすらと笑みを浮かべる英。どうやら本当に大したことはなかったようだ。
「良かった……。英が無事で本当に――」
「要」
英は俺を見つめていた。その表情はいつもの飄々とした感じとは掛け離れた、険しい顔つきだった。



145 :リバース ◆Uw02HM2doE :2011/01/07(金) 23:32:01 ID:sGhEY2Nt
「ちょっと来てくれ」
「あ、ああ……」
英の普段は感じない迫力に思わず頷く。英はそのまま歩きはじめた。着いていくとロビーのような広々とした場所に出た。
正面にはナースステーションがあり左右に設置されたソファーは座り心地が良さそうだ。
英はロビーの中央辺りで立ち止まりこちらを振り返る。振り向いた英の表情は何処か悲しげだった。
「要、聞きたいことがあるんだ」
「……何だよ」
「要は……潤のこと、好き?」
英は俺を見つめていた。何かの冗談ではない、真剣な眼差し。明かりがなくても十分にそれが感じられた。
「……好きだよ」
「それは妹としてだよね。女の子としては……好きなの?」
「な、何言ってんだよ英……」
「答えてよ、要」
英の突き放すような口調に違和感を覚える。何故こんなことを聞かれるのか分からない。
「……俺達は兄妹なんだ。女の子としてなんて……見れるわけない」
「……ゴメン、要」
「……えっ」
気配を感じて顔をあげるといつの間にか英が目の前にいた。そして次の瞬間には頬に衝撃を受ける。咄嗟のことに受け身も取れずそのまま床に倒れ込んだ。
「……っ」
頬に痛みを感じる。ようやく自分が殴られたことに気付いた。英は無表情で倒れ込んだ俺を見下ろしている。
「……要、君はそうやって逃げたんだね。潤の時も、そして遥や会長の時も」
「逃げた……だって……?」
立ち上がって英を睨みつける。いきなり殴られた頬はまだジンジンとしていた。
「そうだよ。君は傷付くのか怖くて誰の想いも受け入れられないだけの臆病者なんじゃないかな」
「そんなことないっ!俺は……」
その先が出て来ない。反論したいのに出来ない。それは心の何処かで思っていたからなのかもしれない。
俺は優の気持ちを、そして遥や潤の気持ちを受け入れられなかった……いや、あえて受け入れなかったんだ。



146 :リバース ◆Uw02HM2doE :2011/01/07(金) 23:32:52 ID:sGhEY2Nt
「何処かで疑ってるんだよね。自分の記憶喪失が仲間の誰かのせいだって」
「そ、それは……」
思い出される数々の夢。断片的ではあるがあの夢……いや、過去の記憶に出て来る彼女達はいずれも俺に危害を加えようとしていたように思える。
何よりも彼女達のあの目が、一切の光のないあの目が怖かったんだ。あの狂気を受け入れる自信が俺には……ないから。
「……僕は要組が好きだった。初めて仲間と思える人達に出会えたから。境遇が似ているからなのかは分からないけどね」
「英……」
「だから……それを壊した要を僕は許すことが出来ないよ」
悲しげな笑みを浮かべて英は言った。
俺が要組を壊した……確かに英の言う通りなのかもしれない。俺さえいなければ優も遥も潤も、そして英も怪我をしなくて済んだに違いない。
撫子も普通の学校生活を送れていたのかもしれない。平穏を求めていた俺自身がそれを壊していたなんて、何て愚かな話なのだろう。英が殴るのも……当然か。
「あの夏の日は要の覚悟に負けたけど……今思えばやっぱり止めるべきだったのかもね」
「英……?」
一体何のことを言っているのだろうか。そんな俺を尻目に英は一瞥して来た道を戻っていく。
「要は一度家に帰った方が良いんじゃないかな。一応里奈……ちゃんは桜花さんに見てもらってるけど」
「…………そう…するわ……」
「……じゃあね、要」
それだけ言うと英はそのまま去って行った。英に殴られた頬はまだ痛んだが、その痛みよりも英に言われたことの方が忘れられなかった。

『君は傷付くのか怖くて誰の想いも受け入れられないだけの臆病者なんじゃないかな』

「……はは、否定出来ねぇや」
俺はしばらく英が去って行った廊下を見つめることしか出来なかった。



147 :リバース ◆Uw02HM2doE :2011/01/07(金) 23:34:09 ID:sGhEY2Nt


夜中の公園は昼間とは打って変わって不気味だ。少なくともこの公園は街灯がたまに点滅するので、まるでホラーゲームの中にいるようだった。
「一人で歩いてると出て来るのが定番だよな……」
今にも茂みからゾンビでも出て来そうな雰囲気の中、俺は何となく公園を散歩していた。
「寒っ……」
12月ももうすぐ終わりだからか、思わず震えてしまう寒さだ。あるいはこの学生服の薄さが余計に俺を震えさせているのかもしれない。
「そういえば腹減ったな……」
潤と一緒に病院に行ってから今まで何も食べていない。まあ空腹なんて気にしている場合じゃなかったからなのだが。
「……自業自得…か」
散歩をすれば気が晴れると思ったが甘かったようだ。英に言われるまで自覚さえしていなかった。この一連の悲劇の責任が俺にあるなんて……。
「……考えたくなかっただけなのかもな」
本当は分かっていたのかもしれない。
……俺は怖かったんだ。狂気と向かい合ってそれを受け入れることが。だから誰の想いも受け止められなかったんだ。
もし優の、遥の、潤の気持ちを受け入れられていたら未来は変わっていたんじゃないか。少なくとも今のような悲劇には――
「難しい顔して……悩み事?」
「っ!?……お、お前は……」
突然の声に振り向くとそこにはベンチがあった。いつの間にか公園の奥まで来てしまったようだ。
そして妙に照らされているベンチには少女が座っていた。腰ほどまである長い黒髪に整った顔立ち。そして一度見れば忘れないであろう真っ赤なワンピース。
「海有……朔夜」
「久しぶりだね、要。……迎えに来たよ」
笑顔で彼女は俺の手を取る。抵抗する気も起きなくて俺は彼女に促されるままベンチに座った。
ベンチから見るとより一層、明と暗のコントラストが際立つ。まるでこのベンチだけが世界のような感覚に陥りそうになった。



148 :リバース ◆Uw02HM2doE :2011/01/07(金) 23:34:56 ID:sGhEY2Nt
「相当疲れてるみたい。……もう分かった?」
「分かった……?」
海有は――
「朔夜。そう呼んで」
朔夜は俺を覗き込んでいる。一切の光も写さない、闇そのものであるかのような瞳。まるで狂気の塊のような――
「でも、怖くないでしょ?」
狂気の塊のような瞳……だが、不思議と怖くはなかった。今までの彼女達とは明らかに違う何かを朔夜は持っている。
「わ、分かったって……何が……?」
「ふふっ、そんなこと決まってるじゃない。要にこの世界で生きる場所はないってことよ」
「場所が……ない……?」
「そう。要は誰も受け入れられない。今も感じているでしょ?」
そうだ。俺は誰も受け入れられない。だからこそ皆を傷付けているのだから。つまり俺には生きる場所がないってことなのか。
「でもね、逆に言えば要を受け入れてくれる人も、この世界にはいないの」
「……そう……か」
朔夜の言う通りなのかもしれない。俺が誰も受け入れられないように、誰も俺を受け入れられないに違いない。それなら俺は生きてちゃいけないのか。
「だからね、私が助けてあげる。私もこの世界じゃ生きられない、受け入れてもらえなかったから」
朔夜はゆっくりと俺を抱きしめる。ワンピース越しに彼女の体温と柔らかさが伝わってきた。
「朔夜も……?」
「そうだよ。私も誰にも受け入れられなかった。だから要が必要なの」
「俺が……必要……っ!?」
急にキスをされる。舌を入れられ口内を舐められる。俺の舌と彼女の舌が絡み合いお互いの存在を確かめ合った。
しばらくして朔夜が舌を抜くと俺と彼女の唇の端が透明な糸で繋がっていた。朔夜はそれを見てずっと前に見た妖艶な表情をする。
「分かったよね。要に必要なのは誰?」
「…………朔…夜…?」
無意識に口が動いていた。いや、既に意識があるかさえも怪しい。この不可思議な空間の中では彼女に逆らえない。そんな気がした。
「ふふっ、そう。正解。要を見てきた甲斐があったわ」
嬉しそうにはにかむ朔夜。ころころと表情が変わる奴だなと思った。
「男の人ってそういうギャップが好きなんでしょ?えっと……ツンデレだっけ」
ツンデレとはちょっと……いや、かなり違う気がするが。でもそんなことは大した問題ではないのかもしれない。
「まあ良いわ。じゃあ行きましょう?私と要だけの世界に」
「俺と……朔夜だけの……」
「うん。もう誰も傷付けなくて良いんだよ?もう悩まなくて良いんだよ?」
……そうか。もう誰も傷付けなくて良いんだ。それは良かった。それさえ決まればもう安心だ。
「本当に……良かった」
「……やっぱり要は面白いね。こんな状況でまだ他人の心配をするんだ」
朔夜は悲しげに微笑んだ。そしてゆっくりと俺の目を両手で覆う。
「おやすみ、要」
「あ……」
急に意識が遠くなる。まるで朔夜に操られているかの如く、俺は意識を手放していた。



149 :リバース ◆Uw02HM2doE :2011/01/07(金) 23:35:30 ID:sGhEY2Nt


彼女は雨が好きだと言った。自分以外にも存在しているものを感じられるから、そう笑顔で言っていた。理由はともかく妹に似ているなと思った。
妹も雨が好きだってよく言っていたから。どんな奴なのか、凄く興味がわいたのを覚えている。とはいっても最初はその程度だった。
別に単なる興味で彼女に近付いたに過ぎない。触れ合っていく内に誰にも受け入れられない辛さと本当は誰かに甘えたい気持ちを持っていることが分かった。
それはまるで会長と遥のようで驚いたのを覚えている。そして何より俺自信が彼女、海有朔夜に惹かれていったのだ。
思えば父親に殴られた始めたあの日から、誰かに好意を持つことに躊躇いを覚えていたのかもしれない。
でも不思議と彼女のことをもっと知りたいと思っている自分がいたのだ。つまりこれは――
「……恋、なのか」
「ん?どうしたの要?」
隣ではにかむ朔夜も同じ気持ちでいてくれるのだろうか。
「いや、何でもない」
「……あのね、要」
「ん?」
呼び掛けられて振り返る。夕暮れが彼女の純白のワンピースを紅く染めていた。
世間に全く興味を示さなかった彼女が持っている私服はこのワンピースだけらしい。二人で外出する時はいつも純白のワンピースだった。
「私、要に感謝してるの。要がいなかったら私、外の世界を知らずにずっと生きてた……」
「……そっか」
夕日を見つめる朔夜の横顔は何処か満足げだった。しばらくそのまま夕日を見つめた後、朔夜は俺に近付きそっと手を握る。
「だからね、私要の為なら……要が幸せになるなら何だってするから。絶対に…するから」
「あ、ああ……」
夕日のせいだろうか。まるで真っ赤なワンピースを着ているような朔夜の目がやけに怪しく光っていた。