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562 :日常に潜む闇 第11話 ◆4wrA6Z9mx6 :2011/01/29(土) 21:49:02 ID:sdrmu9Zw
    ~side of Misae and Seiji~
    「あの、美佐枝さん」
    「どうした? そんな改まる必要はないぞ?」
     戸惑う久坂誠二に対して、天城美佐枝は優しく、しかし凛とした口調で語りかける。
     二人はいま学園の商業区にいる。
     しかし場所が問題だった。
    「ところで誠二、これなんかはどうだろうか」
    「いや、あの……」
     美佐枝に尋ねられるが、誠二はまだ何かを言いたそうに口ごもる。
     それもそのはず。彼らは服飾店にいるのだ。それもただの服屋などではない。ドレスを取り扱う専門の店だった。
     別に大したことはないと思うかもしれない。確かに、ただ単にドレスを品定めに、買い求めに来たのならばそうだろう。
    ところが美佐枝が欲していたものはただのドレスではなかった。
    「そう照れられると、私も恥ずかしい気分になってしまうのだがな」
    「う……ごめん」
     視線を横に逸らしつつ、誠二は窮する。
     正視すれば、彼女の姿が見えてしまうからだ。
    漆黒の、しかし細かい意匠が施されたドレス。いや、むしろドレスと呼んでよいかも疑わしい。
    もう少し生地が薄く、彼女の肢体を覗き見得るようなことになればベビードールと呼んで差し支えない気がする。
    「でもさすがに露出が激しいのはちょっと……それに、その……胸が……」
    「私が前に屈んだりすると上乳が見えてしまう、ということか? それとも横から眺めると横乳が見えてしまうということかな?」
    「…………敢えて指摘しなかったところを、口に出して言わないでください」
     顔を真っ赤にして抗議する誠二。しかし他の人がいるということもあり、声を大にしては言わない。
     店内には何人かの女性スタッフや女性客がいるが、初々しい言動を見せる誠二にくすくすと笑っていた。
    「別に外で着るわけじゃないさ。夏向けの、ちょっとした部屋着だよ」
    「部屋着にドレスですか?」
     美佐枝の説明に、外出用に着るわけじゃないから安心しろという意味が込められていると考える誠二は疑問を呈する。
    普通ドレスというものは、女性にとってのいわゆる晴れ着というやつではなかっただろうか。
    「それは人によりけりではないか? それとも衆人環視の中これを身につけて、他の男どもに視姦されろとでも言いたいのかな? 誠二に命令されるのなら、私としては仕方なくそれを甘んじて受けるしかないのだが、な」
    「ちょ……! なに言ってるんですか。冗談でもそういう変なこと言わないでください!」
     誠二の慌てた様子に美佐枝は満足したように笑みを浮かべた。
    「なに、ちょっとした悪戯心だよ。それに誠二がそんな下卑た真似をしないことくらい分かっているとも」
     そんなことを言う美佐枝に、誠二は冗談じゃないと胸の中で呟く。
     こんな下着みたいな格好で出歩けば、間違いなくガラの悪い連中に連れ去られるし、公然猥褻物陳列罪あたりで手が後ろに回ってしまうだろう。


563 :日常に潜む闇 第11話 ◆4wrA6Z9mx6 :2011/01/29(土) 21:49:25 ID:sdrmu9Zw
    「冗談でも止めてよ、美佐枝さん……さすがにそれは冗談とは言えないよ」
    「ふふふ。そんなに怒らないでくれ、誠二。少し私もやり過ぎた。で、だ。そろそろ評価を聞きたいのだが?」
    「いや、だから露出が激しいって。それに黒だなんて……」
     ため息をついて誠二は先ほどと同じような答えを返す。
    「扇情的か?」
    「うん」
     似合うかどうかを評価するのだから、さすがにこれ以上は恥ずかしがってなどいられない。
     誠二は恥じらいを捨てて、評価に徹することにした。
    「色は黒がいいと思うんだがな」
    「でも美佐枝さん。露出は控えめにしたほうがいいと思うよ」
    「どうせ部屋着といっても寝るときくらいしか使わないだろうから、これくらいでいいと思うのだが?」
    「でも洗濯物とか干すときにベランダに出るでしょ?」
    「私は部屋干しをするが?」
    「うーん……。それならいいかもしれないけど……」
    「基本的に窓はカーテンで閉め切っている。それに寝室でしか着ないさ」
    「…………寝間着用ってこと?」
    「ある意味そうとも言う」
    「……最初からそう言ってよ」
    「ふむ……説明が少し欠けていたか?」
    「少しどころか、かなり」
    「それはすまなかった。それで、これでいいだろうか?」
    「……やっぱり寝間着なら普通のパジャマとかのほうがいいんじゃない?」
    「私は苦しいのは苦手なんだ。やはりこれくらい開放的なのがいいと思うんだがな」
     美佐枝はそう言って、胸のあたりの布地をひらひらと振り、開放感をアピールしてみせる。
     が、誠二からすれば、普段は制服越しでしか分からない彼女の胸が見えたり見えなかったりの繰り返しなので、精神衛生上あまり好ましくない状況だったりする。
     ちなみに美佐枝は着やせするタイプらしい。普段は制服で隠されているが、どうやら胸は大きめのようだ。
    「美佐枝さん、このドレス? いやなんていうかベビードールとしか思えないんだけど。とにかく露出が激しいからあんまり胸元をパタつかせないでね」
     さすがに勃起しかけたとは言えない。
     誠二の注意に、美佐枝は一瞬だけ思案するような表情を浮かべ、すぐに納得した。
    「つまり妖艶だと言いたいのだな? ふふ。素直で可愛いな、誠二は。私はそんな君が、やはり好きだ」
     言われて、誠二は自分の顔が熱くなるのを感じた。
     美佐枝は、これを買おう。と言って試着室へ籠もってしまった。
    「最近の高校生って、大胆よねえ」
    「そうよねー。私もあれくらい度胸があればなあ」
     会計の後、店員が背後でそんなことを言い合っているのが耳に入り、誠二がまた真っ赤に茹であがってしまったというのは全くの余談である。



564 :日常に潜む闇 第11話 ◆4wrA6Z9mx6 :2011/01/29(土) 21:52:09 ID:sdrmu9Zw

    「ところで美佐枝さん」
    「ん? どうした?」
     歩きながら、誠二は美佐枝に話しかける。
    「どうして僕を連れてドレスを買いに?」
    「それはどういう意味かな?」
     彼の問いに美佐枝は何か含みのある笑みで逆に問いかける。
    「寝間着を買いに行くなら別に連れて行かれる理由はないと思って」
    「ああ。そのことか。それはな……秘密だ」
    「秘密?」
    「そう。秘密だ」
     そう言って美佐枝は誠二の正面に立った。
     つられて、誠二も立ち止まる。彼女の真摯な眼差しに、胸がざわつくのを禁じ得ない。
    「さあ、私について来てくれ」
     美佐枝は誠二の腕を掴み、小走りで進み始めた。
     いきなりの展開に誠二は躓かないでついていくのが精いっぱいで美佐枝に引っ張られる形となる。
    「み、美佐枝さん!?」
    「ほら、早く行くぞっ!」
     なぜか嬉々とした表情ではしゃぐ美佐枝。
     雑踏の中をまるで水を得た魚のように移動して二人が向かった先は――美佐枝の家だった。
    「さあ入ってくれ!」
     美佐枝は誠二に入るよう促すように彼の背に手を伸ばして歓待の体勢をとった。
     しかしそれは穿った見方をすれば、彼を逃がさないためとも言える。
    「え、あ、えーと、おじゃまします」
     戸惑いを隠せないままに誠二は靴を脱ぐ。
     正直、友里との一件があったために怖い。もし、美佐枝が友里と同じような行動に出た時、果たして自分は逃げることができるのか。
     逃げれば、心の拠り所を失う。しかし逃げなければ、自分が自分であることを失ってしまう。尊厳を自ら潰してしまうということだ。
    「ふふっ。そんなに畏まらなくてもいい。ここは私の家。そして私の家ということは、ここは誠二の家でもあるんだぞ?」
    「う……じゃあ、ただいま」
    「ふふ。おかえり、誠二」
     美佐枝に言われ、ならばと意趣返しで言ってみたら、逆に彼女の言葉にどぎまぎしてしまう誠二。
     しかし美佐枝は一枚も二枚も上手だった。
    「まるで恋人か夫婦になったみたいだな。ご飯にするか? 風呂にするか? それとも、私を食べるかい?」
    「っ……! なに言ってるんだよ!」
     反射的に声を上げ、ムキになる誠二。顔が急激に熱を帯び始めたのが分かった。
    「くくく。冗談だ。私としても実に惜しいことではあるが、とにかく居間へ来たまえよ」
     愉快だと言わんばかりの表情を浮かべ、美佐枝は誠二をダイニングへ案内する。そして着替えて来ると言って、自室へ向かってしまった。
     手持ち無沙汰な誠二は、きょろきょろと居間を見回す。
     美佐枝の居室は学園大学部の経済学部が実習で行っている不動産が管理している小規模なマンションの一室のようだ。
     というのも、彼女の居室は玄関から入るとまず目の前に廊下が伸びており、すぐ左脇には居間が、さらに廊下を進んで左に曲がってすぐに彼女の個室、その奥にトイレと風呂場がある。
     またいちいち遠回りになる廊下を使わなくてもいいように居間から個室のある廊下側へ往来ができるようドアが設けられている。
     最も、ドアを除いた後半部分は憶測にすぎないが。
     しかしこれだけ一部屋あたりを広く作っている所は学園内において、学園組織が運営する学生寮には存在しない。
     学生寮ならば、配置こそそれぞれで違うものの、往々にして、入ってすぐに調理場、反対側にトイレ、風呂場。奥の部屋が居間で、そこが言わば個室となる。
    「広いなあ」
     思わず感慨深げに呟いてしまう。


565 :日常に潜む闇 第11話 ◆4wrA6Z9mx6 :2011/01/29(土) 21:53:19 ID:sdrmu9Zw
     このリビングもそれなりに広い。なにせシステムキッチン、テーブルの他、今彼が座っているソファまでもが置ける。
     確かに誠二は自宅からの通学で、学園外に住んでいる。一軒家なのだからここ以上に広いが、自分だけの空間というわけではない。
    自分の部屋の広さという点では、美佐枝の居室のほうがはるかに広いのだ。
    「待たせたな」
     そう言って、美佐枝がショートカットの経路を通ってやって来た。
     が、彼女のほうに視線を向けて、開いた口が塞がらなかった。
    「ふふ、どうした?」
    「どうしたもこうしたも……その服って」
    「そうだ。誠二、お前が私のために選んでくれたドレスだ」
     美佐枝はあのベビードールまがいの黒のドレスを着ていた。
     誠二とは対照的に、落ち着きのある態度でキッチンへと足を運ぶ美佐枝。
    「いや、でもそれは寝間着用だって……」
    「部屋着、とも言ったはずだが?」
     ああ言えばこう言う、と言った風に言い返すと彼女はこちらに向かって来た。
    「さあ、執行部入部祝いだ。と言っても、菓子の類で実に粗末なのだがな」
     美佐枝はいたずらっぽく微笑み、誠二の目の前のテーブルに皿を置いた。
     ワンホールの大きなケーキだ。見方によっては小さなウェディングケーキとも言える。
     確かにささやかな祝い事にケーキと言う選択はなかなかに良いものだろうが、いかんせんその大きさはささやかどころではなかった。
    「美佐枝さん、これ作るの大変じゃなかった?」
     目の前のケーキは、ソファの高さに合わせてある脚の低いテーブルに置かれているというのに、胸の下あたりまでの高さがある。
     大きさに圧倒され、思わず尋ねてしまう誠二。
    「いや? 誠二のためにと思えばこれくらいなんてことはないさ。愛すべき者に食べてもらうんだ。これしきのこと、雑作もない」
     取り皿に切り分け、美佐枝が差し出す。
     上下二段で構成されているケーキだが、上段部分だけを上手く切り分ける技術にまたしてもちょっと驚く誠二。
    「いただきます……」
     フォークで切って、一口。
    「……ん、美味しいよ。見た目とは裏腹に甘さ控えめでいいね」
     誠二の言葉に美佐枝は嬉々とした表情を浮かべる。
    「気に入ってくれたようでなによりだ。私としても嬉しいよ、誠二」
     そう言って美佐枝は誠二の隣に腰を下ろした。
    「どれ、私にも食べさせてくれないか?」
    「え……?」
     美佐枝の要望に、誠二の思考が固まる。
    「自分が作ったものだが、私も是非とも食べたい。しかしフォークは一本しかない。だから、食べさせてはくれないか? 誠二」
    「だ、だったら取りに行けばいいんじゃない?」
     恥ずかしいとは口にできず、誠二はそんなことを言って抵抗を試みる。
3 :日常に潜む闇 第11話 ◆4wrA6Z9mx6 :2011/01/29(土) 22:12:56 ID:sdrmu9Zw
    「私は恥ずかしさをこらえて頼んでいるんだ。それなのに、フォークを取りに行ったら私のこの努力は無駄になってしまう。それは私としては非常に心苦しいことだ。それに、私に恥をかけ、とでも言うつもりかな?」
     彼女の反論に、誠二はたじろいだ。
    「う……でも……」
    「駄目、なのか……?」
     急に自信のない口調で、不安げな表情でこちらを見つめる美佐枝。
     突拍子もない彼女の変化についていけず、誠二は混乱してしまう。
    「い、いや、別に駄目ってわけじゃないよ。ただ、その僕が恥ずかしいというか、なんというか」
     言っていて、カァッと頬が熱くなるのを誠二は感じた。
     美佐枝はそんな誠二から目を離し、テーブルのほうを、いや、そちらを向いてはいるが、視線はどこか遠くを見つめて独白する。
    「……私は、誠二に拒絶されないか不安なんだ。この頼みだって、本当は怖い。恥ずかしさもあるが、それ以上に私が拒まれないかひどくおびえている」
     自分自身の肩を抱きしめる美佐枝。
    「だから、私と誠二が一心同体である証拠、それが欲しい。…………私に食べさせてくれないだろうか?」
    「美佐枝、さん……」
     いきなり、露骨なまでに心情を吐露され、誠二は自分の浮足立った言動に激しい後悔と憎しみを抱いていた。
     普段は凛とした振る舞いを見せるあの天城美佐枝が、不安と恐怖で内側から呑みこまれそうになっているのだ。
     そんな姿を目にすれば、彼女に多大の恩がある誠二はどうして無視できようか。
    「…………いや、すまない。君にこんな醜態を晒してまで求めるべきではなかったな。ふふ。誠二、君といると、なかなかどうして、私は弱い自分をさらけ出してしまいたくなる」
    「美佐枝さん、ほら、あーん」
     自嘲気味な彼女を無理矢理黙らせるように、誠二がフォークで丁寧に切り分けたケーキの一部を美佐枝に差し出した。
    「いいのか…………?」
    「もちろん。……まあ、恥ずかしいけどね」
     美佐枝は恐る恐るといった風に口を開け、誠二は緊張を表に出すまいと平静を装い、彼女の咥内へケーキを運ぶ。
    「ん…………ありがとう、誠二」
     一口一口、大切に噛み締め、嚥下した後に美佐枝は嬉しさと安堵が入り混じった口調で礼を言う。
    「どういたしまして」
     誠二は気恥ずかしさを隠すためにおどけたような返事をした。
     しかしそれだけではやはり抑えられるものではなく、気を紛らわせたくて、自身もフォークを使いケーキを一口食べる。
    「ふふふ。間接キス、だな?」
    「――ッ!? ゲホッ! ゴホッ!」
     美佐枝のその言葉に、誠二は思いっきりむせてしまった。
    「いきなりなにを……!」
    「む? ……私との間接キス、やはり嫌だったか?」
    「い、いや、そんなことは、ないよ」
     敢えて聞いてくるあたりがずるいと誠二は思う。
     そもそも食べさせてあげた時点で嫌なはずがないのに、どうしてさらにその先を行く間接キスで嫌がらなければならないのだろうか。
    「ふふ。からかってすまない。だが、私は嬉しい。嬉しくてたまらない」
     美佐枝は誠二へと寄り、さらに密着する。距離で言えば、膝と膝がくっつき合うほどに。
    「あ……う……」
     彼女の妖艶な微笑みに、誠二はたじろぐ。
     どことなくあの時の友里と似たような雰囲気を感じるような気がしてならない。
     頭の奥底で本能が警鐘を鳴らす。しかしどうしたことか身体はこの状況を甘んじている。このまま雰囲気に流されることを認めていた。
    「今度は、直接――」
     吐息を感じられるくらいにまで迫り、美佐枝は優しく、まるで繊細なガラス細工に触れるかのように誠二の後頭部へ手を伸ばした。だがそれはまるで逃げ場をなくして獲物を捉えるようだとも言える。
     ところが突如、誠二の胸ポケットから電子音が控えめに、しかし感覚的にはそれなりに大きな音量で鳴り響いた。


4 :日常に潜む闇 第11話 ◆4wrA6Z9mx6 :2011/01/29(土) 22:13:21 ID:sdrmu9Zw
    「あ……ごめん。ちょっと待ってて」
     その音で一気に現実に引き戻された誠二は有無を言わさず美佐枝の手のうちから素早く抜け出す。そして携帯電話を取り出しつつ廊下へ出た。
    「もしもし……?」
    『あー、俺だ。俺』
    「オレオレ詐欺?」
    『またの名を振りこめ詐欺とも言う――って違う! 俺だ! 弘志だ!』
     スピーカー越しの怒鳴り声に、思わず誠二は顔をしかめる。
     抗議をしようと口を開きかけたが、その前に雪下弘志が喋り出した。
    『大声出してすまん。とりあえず今から会えるか?』
    「え?」
    『今後の対策について話したい。……生徒会のことも含めてな』
    「あー、うん。分かった」
    『俺は臆病者だからネズミみたいに裏でコソコソ動き回ることしかできない。それについて俺はお前に詫びるべきか否か迷っているが、まあそんなことはどうでもいいか』
    「今とんでもない本音が漏れたよね。本人を前にして言うべきじゃないことが」
    『疑心暗鬼になって誰彼構わず疑うのも有り。腹を割って心の内をさらけ出していると判断してもよし。それは誠二次第だな』
    「今カッコイイこと言ったとかって思ったでしょ?」
    『知らん。で、来るのか?』
     二度目の問いかけに、誠二は一瞬だけ迷う。
     ここで弘志のもとへ行くのも有り。美佐枝と共にここに留まるのも有り。
     しかしこれ以上ここに居続ければ何か大切なものを失いそうな気がしてならない。今の美佐枝の雰囲気は、友里の部屋に遊びに行ったあの日あの時の彼女に酷似している。
    「…………行くよ」
     そう言うと、弘志と落ち合う場所を決めて通話を終了した。
     ダイニングへ戻り、誠二は美佐枝に告げた。
    「ごめん、急用が入っちゃった。今日はこれで帰るね……」
    「…………む、そうか。だがどうしたんだ?」
    「いや、ちょっと用事がね」
     誠二が口籠ると、美佐枝の雰囲気が微妙に変化した。
    「それは私よりも大切なのか?」
     口調に僅かながら険が含まれ、普段から鋭いその態度が誠二に詰問されているような錯覚をもたらす。
    「えーと、それは……」
    「なあ、誠二。私たちは一心同体のはずだよな?」
     そう約束したはずだよな?
     これは約束違反ではないか、と暗に責め立てられていると感じる誠二。
     ひしひしとその身に当てられるプレッシャーに、意図せずして脚が後ろに下がる。
    「どうした? 私に言えない何かなのか? 一心同体であるならば隠し事は無しのはずだろう? どうして無言でいるんだ? どうして逃げようとするんだ?」
    「あ、う……」
     まくしたてられ、何も反論できない誠二。
     美佐枝はソファから立ち上がり、誠二へと静かにゆっくりと歩み寄る。
    「女か? 女に会いに行くのか? 私というものがありながら、別の女と逢引するつもりなのか?」
     冷静な様で責め立てるようなその口ぶりに恐怖を覚え、誠二は頭を振って弱々しく否定することしかできなかった。
    「違う……違うよ…………」
    「ならばどうして否定しない? 私はただ単に問いかけただけだ。問いかけただけなのにどうして真実を口にしない? なあ、教えてくれないか? どうしてなんだ?」
     じりじりと迫る美佐枝に対して、おののき後退し続ける誠二。しかしとうとう壁に背が着いてしまった。
     途端、同じくらいの身長のはずなのに美佐枝の背がひと回りもふた回りも大きくなったように感じられる。
    「なあ、どうしてなのか教えてくれないか? それとも私には言えない理由でもあるのか?」
    「その…………ごめん!」
    「きゃっ!」
     誠二は美佐枝を突き飛ばす。
     小さな悲鳴を後ろに聞き流して、一目散に玄関へ駈け出したのだ。
    「後でちゃんと説明するからっ――! だからっ! 今はごめん!」
     逃げるように謝罪の言葉を口にして――実際逃げ出したも同然なのだが――誠二はマンションの廊下を走り、エレベーターではなく階段を使って地上へ降りた。
     そしてその足で直接弘志と合流するのであった。