597 :弱気な魔王と愛され姫様・第四幕 7:2011/02/12(土) 01:45:23 ID:+jf6hEn0
なにか
彼の言う小さい蟲が微細な粉薬を飲むような感覚で喉を走る
けれども食道を通る感覚はなく、そこでぷっつりと消えたかと思った
けれど、すぐに分かった
その蟲たちは、わたしのまぶたの裏で暴れだしたんだって

[痛い! 痛い痛い痛い痛いよぉっ!!]

まずはザラザラしたものが目の中を走る不快な感触
次に眼球の裏に焼けた針を刺し込まれているような激痛
それが止まらない。気を失うこともできない
針を抜いては刺し、抜いては刺しを繰り返されているみたい
こんなの、まるで拷問じゃない
痛いよ。痛くて痛くて死んじゃいそうに痛い
光を取り戻したい
それでもきっとわたしは、この拷問で死んじゃうんだ
騙されたの? 治療って言ってくれたのは、嘘だったの?
答えてよ、わたしと初めて話してくれた、お人よしの―――

[がんばるッス、耐えるッス! 五分もあれば治せるはずッス!]

5分
彼の心から流れる響きに、それが絶望的な長さだと悟る
でも、ほんの少し、ちょっぴりだけだけど、痛みが引いていく
硬く硬くつぶったまぶたの上に、硬くて細くて、優しい手が添えられているのが分かる
暖かい
温度なんてほとんど感じられない手なのに、暖かい何かが流れてきているのが分かる

[蟲が治療中なんで、外部からは弱い鎮痛魔法しか流せないッス
 でも、もうすこしで光を見ることができるようになるッス! がんばるッス!]

硬く閉じたまぶたから涙があふれる
痛みのせいで無意識にこぼれてくる
けれど、それだけじゃない
和らいだとは言え相変わらず叫びだしてしまいそうな激痛の中確かに、嬉しさを感じていた
目も耳も閉ざされた世界に生きてきて、腫れ物に触るような扱いを受けることにすっかり慣れきっていたわたし
そんなわたしに対してこんなに必死になってくれた人は、きっと彼が初めてだった
決めた
わたしは頑張る
そして、この目がまた光を取り戻したら、一番最初に、あなたの顔を見よう
わたしのために、一生懸命になってくれたあなたの顔を


598 :弱気な魔王と愛され姫様・第四幕 7:2011/02/12(土) 01:46:56 ID:+jf6hEn0
永遠とも思える時間が過ぎる
今もまだチクチクするけれど、最初の時のような激痛はすっかり消えた
それでもまだ彼はわたしのまぶたの上に手を置いて、鎮痛魔法と言っていたものを続けてくれている
もう大丈夫って言ったのに
情報追加。彼は優しくてあわてんぼうで、その上心配性 っと

[エリスちゃん、もう痛くないッスか? 違和感はないッスか?]
[本当にもう大丈夫です。痛みは引きました]
[すまんッス。治療にはかなりの痛みを伴うってことをちゃんと説明してなかったワシの責任ッス]
[そうですよ。わたし、怒ってますからね]

もちろん、そんなことは微塵も思っていない
わたしの目を治すために頑張ってくれた彼に怒るなんて、そうしたらそんなことができるのだろう
だからこれは、わたしの初めての冗談

[ホントにホントにすまなかったッス! ワシはいつもこうして慌てて大切なことを言いそびれて叱られるんス! 
 エレキインセクトも今横で笑ってるッスし、お姫にも何度も何度も注意されてるンスが一向に治らないんスよ!
 次からは本当に気をつけるんでどうか許してほしいッス!!]

彼がまたさっきみたいに謝る
ごめんなさい。冗談なんて言ってごめんなさい。あなたは何にも悪くないの
そう心で言っても慌てふためいたあなたには届かない
だから、わたしは目の前にいるあなたに抱きついた
言葉を届けられないなら、体で伝えようと思って

[え、エリスちゃん? なんスか?]

頭に流れてくる言葉が落ち着きを取り戻す
豪奢な服を着ているような質感と、その服につりあっていないほどの細い体の感触がある
そういえば、魔族の人はいろんな姿があるって昔父様から聞いたことがある
ねえ、あなたは、いったいどんな姿をしているの?

[目を]
[え?]
[開けても、いいですか?]

その時、腕の中のあなたの体が一瞬だけ、たじろいだのが分かった



599 :弱気な魔王と愛され姫様・第四幕 7:2011/02/12(土) 01:48:11 ID:+jf6hEn0
[痛みが引いたのなら、もう目を開けて大丈夫ッス。でも、その前に手を放してほしいッス]
[どうしてですか? わたしは、あなたのことを一番に見たいのに]
[……ワシは、あんまり女の子に好かれるような容姿をしてないッス。昔人間に姿見られた時は、死神だって言われたッス]
[あの、もしかして傷ついてますか?]
[トラウマッス。ワシは回復とか結界とか非暴力系の魔法が得意なんスけど、黒魔法使いに見えるとか仲間にまで言われたんスよ]

だから、とわたしの手を振りほどこうと、あなたは体を振るう
だめ。逃がさない
わたしは誓ったの、目が治ったら、一番最初にあなたのことを見ようって
だから
わたしはまっすぐ顔を向けて、何年かぶりに、大きく目を見開いた

[わぁ……]

目の前にいたのは、名前の通りの魔族
王様が着るみたいな豪華な服と首飾り
頭には宝石がちりばめられた綺麗な冠
手には教皇様みたいな大きい杖
それを身にまとったガイコツ
それが、あなたの姿だった

[……だから言ったッス。怖いッスよね、ワシ]

しゅん、としょげてしまうあなた
そんなことないよ
顔に残ってる大きくてくりくりした目も、しょんぼりした姿もかわいいよ
それになにより、あなたはとってもいい人だもの
それをよく知ってるわたしが、怖がったりなんてするもんですか

[ううん。怖くなんてないですよ]
[優しいッスね。嘘でも嬉しいッスよ]
[嘘なんてついてない! あなたはとってもかわいいんです!]

わたしの言葉が届いて、あなたは目を丸くした後に、白い顔を真っ赤にしてうつむいてしまった
そんな彼を、部屋の奥にいた黄色くて大きな蜂(エレキインセクト、って呼ばれてたっけ)がおなかを抱えて肩を震わせている

[……可愛いなんて言われたの、900年以上生きてきて初めての経験ッス]
[わたしがいつだって言ってあげます。あなたはかわいいんだぞ、って]

照れた仕草があんまりにもかわいくて、わたしは思わず彼の大きな額に口付ける
すると、今度は服に隠されていない部分全ての骨が真っ赤に染まり、頭から煙を出して彼は倒れてしまった
……それを見ていた後ろの蜂はおなかを抱えるどころか、床をのたうち回って大笑いしていた



600 :弱気な魔王と愛され姫様・第四幕 7:2011/02/12(土) 01:48:41 ID:+jf6hEn0
[面目ないッス。醜態を見せたッス]
[そんなことないです。……後ろの蜂は大笑いしてましたけれど]

数分後、起き上がってきた彼は白い顔に戻っていた
そしてまだ笑い続けている蜂の頭に杖を振るい、殴った
あ、なにか怒鳴りつけてるみたい
でも蜂は意にも介さずに、頭をさすりながら彼を指差して笑ってる
ああ、こんな時に耳が聞こえたらわたしもお話に入れるのに
……なんて数分前までは考えもしなかったようなことを思ってしまうのは、贅沢だろうか?

[ちょっとエレキインセクトとお話するッスから、少し待っててほしいッス]
[はい]

するとさっきまでの騒がしそうだけど柔らかい雰囲気もどこへやら
ずいぶんと真面目なお話をしているみたい
そんな時、二人がびくっと震えたかと思うと、わたしは彼に抱きかかえられていた
その体は、瘧のように震えている。怖がっているんだ
そして蜂は、大慌てしながらも扉とわたし達の間に入る

[ちょっと、ほんのちょっとだけマズいことになったッス]
[?]
[危ないから、エレキインセクトが守ってる間に転移魔法で逃げるッスよ]
[ちょ、ちょっと、どういうことなの?]

それに答えずに立ち上がった彼が杖を振るうと、わたし達の体が光に包まれる
その時一瞬だけ見えた、わたしよりも年下に見える女の子
その目には明確な敵意、ううん、殺意がこめられている
どうして、なんでわたしをそんな目で見るの
その意思に気圧されそうになる
けれど、わたしだって負けられない

[あなたは、彼を怖がらせた]

わたしは怒っていた
冷静に考えれば彼は魔王直属軍司令官、その彼を怖がらせる存在に無力なわたしが怒ってもどうしようもない
でも、わたしは怒っていた
優しくてあわてんぼうで心配性な彼を怖がらせた少女が、わたしは憎い
直感的に分かった。あなたとは、絶対に相容れないと
その感情をぶつけたその瞬間、わたし達はその場から消えた
最終更新:2011年02月12日 03:17