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222 :弱気な魔王と愛され姫様・第四幕 5:2011/02/06(日) 00:07:19 ID:gEyGXyqq
踵を鳴らして走る
早くあなたに会いたいから
慣れないドレスはひらひらして動きにくい
初めてのヒールは痛くて走りにくい
それでも頑張る
お父様……じゃなかった
もうお父様とは呼ばないって決めたんだった
ボクはもう子供じゃないんだって、あなたに分かってもらわなきゃいけないんだ
あなたの前で足を止める
そして、スカートの裾を少し持ち上げて一礼
昔、ここに来る前にちょっとだけ習った礼儀作法
ミリル姉様とシアン姉様の一夜漬け特訓で、できてるといいのだけど

「お帰りなさいませ、魔王様」
「あ、え、うん」

ボクの態度が違って、すっごく戸惑ってる
いつもだったら、なんにも言わずに胸元に飛び込んじゃってたもんね
……ほんとうは、今すぐにも抱きしめてほしいんだよ
でも、レディはそんなことしません
だからぐっと我慢する
お父……魔王様のお嫁さんになるなら、そのくらいはできなきゃいけないんだ

「お疲れさまです。カバン持ちますね」
「ありがと……って、姫? どうしたの?」
「なんのことでしょう。どうもしませんわ」

戸惑ってる
というか、あっけに取られちゃってるなぁ
まあボクも不慣れだし、徐々に慣れていってもらえればいいかな
子供っぽいボクじゃなくて、淑女になったボクに

「右手、どうしました?」
「へ?」
「人差し指、切り傷になっています。医務室に行きましょう」
「だっ、大丈夫だから! この程度なら舐めてれば治るから!」

ああ、かわいい
抱きしめて、口づけて、頬ずりしたくなるほどかわいい
苦い薬や注射が嫌いで、医務室に行くのはいっつも嫌がってたよね
今日はなんだか嫌がるというより、怖がってるみたいだけど



223 :弱気な魔王と愛され姫様・第四幕 5:2011/02/06(日) 00:07:41 ID:gEyGXyqq
「じゃあ、消毒」

ぱくり
ああ、あなたの指と血の味がする
おいしい
指を音を立てながらしゃぶりつつ、あなたの顔を見上げる
あはは
耳たぶまでまっかっかになっちゃってるよ
これで、ちょっとでもボクのことを女の子として意識してくれるかな?
今度は指を口から離して、傷を舌でなぞるようにして舐めとる
すると、今度は顔だけじゃなくて首まで真っ赤になっちゃった
あわあわしながら何か言おうとしてる
でも、言葉が喉から出てこないみたい
ずーっとボクを子ども扱いしてた魔王様
それをこんなふうに真っ赤にしちゃうテクニックなんて、どうして知ってるんだろう
やっぱりミリル姉様はすごい。ボクは改めてそう思った

本当はもっとここで攻め込みたかったんだけど、他のみんなも集まってきちゃった。残念
でも、一緒に行ったエレキ兄様がいない
それに、いつも魔王様が変えるのを誰よりも早く「視」て迎えに行くデッド兄様
ふたりとも、どこに行っちゃったんだろう
まさか魔王様が一人で帰ってきたってわけでもないと思うんだけれど……
まあいいや
あの二人はすっごく強いし、心配しなくっても平気だよね

「では、ボクはカバンをお父……魔王様のお部屋に置いてきます」

まだあわあわしてるあなたの頬に素早く口づけ
迎えに来たみんなに聞こえないように、耳元で小さくささやく

(今晩、お部屋に行きますね)

そのまま何か言われる前に、その場を立ち去る
制止されたら面倒。みんなに聞かれたくない
いろいろ理由はあるけれど、やっぱり一番はこれ

「き、緊張したよぉ………」

城の空き部屋に体を滑り込ませ、動悸を沈めようとする
……収まらない
胸は早鐘を打ったようにドキドキしてる
もっともっと魔王様といっしょにいたいと思ってはいるけれども、もしかしてちょっぴり大胆すぎたかな?
頬が緩みそうになるのを、頑張って引き締める
いけない
ボクはもう子供じゃなくて、立派な淑女なんだから



224 :弱気な魔王と愛され姫様・第四幕 5:2011/02/06(日) 00:08:19 ID:gEyGXyqq
いつもだったら、このカバンを机の上に投げてすぐに魔王様のところに走ってる
けれども、今日からは違う
奥さんになろうとするなら、少しでも魔王様の役に立たなきゃいけない
昨日もこのお部屋をボク一人で掃除したんだ。……花瓶割っちゃったけど
シアン姉様とポイズン兄様みたいに、お互いを補い合う関係っていうのに憧れちゃうんだ
ミリル姉様とエレキ兄様みたいに、奥さんがすっごく有能なのも目標だけどね
……ボクにはちょっとできそうもないのが玉にキズだけど

「よーし! がんばるぞー!」

一声あげて、カバンにぎっしり詰められてる、方々から来たお手紙を全部机に出す
これを必要なものと不必要なものに分けておく
ボクは子供の頃から、誰よりも近くで魔王様のお仕事を見てたんだ
そのくらいはお茶の子さいさいだよ!
……たぶん

「えっと、第八砦への食料の配給要請、○
 地方の災害によるケガ人の治療にスカル部隊派遣要請、◎
 ボク宛のお見合い写真、廃棄
 魔王様宛のラブレター、ゴミ
 毒牙部隊兵詰め所の掃除願い、○。いや、△かな
 魔王様宛の結婚案内、焼却処分……もう。ゴミが多いなぁ」

今までもこんなに来てたのかな?
ボクがチェックしておいて本当によかった
魔王様は意志が弱いから、ほっといたらこんな女たちをお城に入れちゃうかもしれないもん
妻であるボクを差し置いて、さ
これからはずっと、きちんとボクが目を通してあげなきゃ駄目だね
本当に手がかかる魔王様。そんなところが可愛いんだけれども

「最後は………セリク王よりの書状?」

なんだろ、これ
王、っていうことは大切なお手紙だと思うんだけれども
……なんだかこの手紙、嫌な雰囲気
妙に気になって、よくないとは思いつつもペーパーナイフを取り出して封を切る
中には手紙が一枚と、点字シートのようなものが入っていた



225 :弱気な魔王と愛され姫様・第四幕 5:2011/02/06(日) 00:08:42 ID:gEyGXyqq
[このたびは、私どもの無理な婚姻を聞き届けてくださいましたこと、厚く御礼申し上げます
 そしてこの手紙を読む頃、エリスの眼と耳のことで、魔王様は大変戸惑っておられることと思います
 何も説明せずにいた私の不義理、お詫びの言葉もありません
 しかしあの子は大変気立てもよく、美しい娘に育ったと父として自負しております
 どうか、娘を妻として慈しんでください
 それが国王としてではなく、父親としての願いです
 ―――ライフレット・シャルルノージュ・レイルトロン・セリク

 追伸:エリスは点字を理解しておりまして、意思の疎通はそれにて行っております
    余計なことかもしれませんが、点字一覧表を同封させていただきます]

…………婚姻? 妻として慈しんで? 何のこと?
お父様の妻ってことは、ボクのお母さんっていうことだよね
いやいや、そんなことはさしたる問題なんかじゃない


誰が ボクの魔王様の 妻だって言うの?


気が付くと、ボクは手紙と点字表をビリビリに引き裂いていた
こんなのはウソだ
ボクは何年も前からずっと魔王様を愛していたのに
今までずっと誰よりも魔王様の近くにいたのに
やっと勇気を出して気持ちを伝えようと思っていたのに
突然横から出てきた女が、言うに事欠いて魔王様の妻?
ひどい。こんなのってない
ボクは絶対に認めない

「そうだ。調べればいいんだ」

分かれてから魔王様がどこに行ったのかボクは聞いてない
でも、目星はついてる。魔王様は医務室に何か隠してる
さっき医務室に行こうと言ったとき、目線が斜め右下を向いていた
それは、ウソをつくときの癖
ボクは誰よりも魔王様を見てるんだ。ウソを見破る方法だって誰よりも知っている
いきなり人の未来の夫を奪おうとしてる女なんかに負けるもんか

魔王様がいれば教えよう
あなたの未来の妻はボクなんだって分かってもらおう

エレキ兄様がいれば問いただそう
出張した時、泥棒猫が擦り寄ってこなかったかと聞いてみよう

その泥棒猫がいた時は………コレを再び振るおう
金庫から取り出したのは、ポイズン兄様の牙を研いだ猛毒短剣
八年前、戦士一人にボクの父と姉妹を騙る偽者を退治した得物
みんなには捨てたって言っておいたけれど、何かあったときのために一応とっておいてよかったと今だけは思う
本当なら、こんなふうに使う日が来てほしくはなかったけれども



226 :弱気な魔王と愛され姫様・第四幕 5:2011/02/06(日) 00:09:55 ID:gEyGXyqq
『ワシは………だけ…。……巡回…………アンタに………ッス』
『知らん。………は………んだよ。俺の………くれねぇ』

扉越しに聞こえてくる会話は、たぶんエレキ兄様とスカル兄様のもの
聞こえてくる声は二人分だけ
魔王様がいる様子も無い。ちょうどいいや
エレキ兄様に、出張先で何があったのか聞いてみよう

「エレキ兄様、スカル兄様。ボクです。入ってもいいですか?」

いつもはノックなんかしないで入ってた
でももうボクはそんなはしたないことはしないんだよ
だって、ボクは淑女なんだから

『ひ、ひひひひひ姫ちゃんか!? ちょっとちょっと待っててくれ!!』
『お姫、絶対そこ空けちゃ駄目ッスよ! 少しだけ待っててほしいッス! 今エレキインセクトが全裸なんス!』
『だいたい服なんてもう脱いだわ! ミリルの選んだのは苦しくてかなわん! だいたい全裸はいつもだろ!』
『黙ってるッス! 話合わせるッス!』

………お兄様は、星の数ほどいる魔族のエリート中のエリートだって聞いたことがある
こんなふうに大慌てしてるところからじゃ、想像もつかないけどね
強くて優しくて、大好きなお兄様
でも、今だけは、そのお願いを聞くことはできないの

「ごめんなさい」

短剣をスカートの中の鞘に入れ、一言謝って扉を全開にする
医務室にいたのは、黄色い体を真っ赤にしながら両腕をぶんぶん振るって混乱してるエレキ兄様
それと、ボクに背を向けて何かを庇うみたいにして震えてるスカル兄様

「おいおい! 俺もスカルもまだ入っちゃ駄目って言って……」
「スカル兄様、立ってボクのほうを向いて」
「姫ちゃん、話を聞いてくれ!」
「いいから、立って。まさか、魔王様をたぶらかす泥棒猫を隠してたりしてないよね?」

エレキ兄様が、止まったって言うべきなのかな
大慌てしていた様子も何もすっかり抜けきって明後日の方向に目線を送ってる
そうして、スカル兄様が

「……お姫、この娘は、なんにも悪くねえんスよ」

そう言うと、いつも手にしている杖を振るって、一瞬ちらりと見えた泥棒猫と一緒にその場から消えた
転移魔法
そう思い至った時、ピリっと電気のようなものを感じて、ボクの視界が閉ざされる

「姫ちゃん、すまねえ。でもあの娘はマジで悪くねえんだ」

同じ言葉を二人の兄様から聞かされた時、ボクは気を失った