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367 :受け取れない想い・前編 :2011/02/26(土) 01:42:21 ID:bZObi0XV
あれは小学校の時だっただろうか。いつものように帰ろうと下駄箱を開けると中から可愛らしいリボンに包まれたピンク色の箱がちょこんと置いてあった。
それを見つけた時の胸の高鳴りは未だに忘れられない。自分は特別顔が良いわけでもなく、クラスの中心的な人物でもなかったしこれといって目立つ方ではなかった。
だから今日の朝、リビングに飾られていたカレンダーを見た時は少し気落ちしてしまったのだ。間違っても自分にチョコレートを渡してくれるような同年代の女子などいるはずもないと。
「……っ」
だからこそ目の前の状況に思わず躊躇っているのかもしれない。
この可愛らしい包みと手に持った質量、そして恐る恐る包みを開けて出て来た茶色の塊に釘付けになっている自分がいた。
漫画やアニメでしか見たことのない展開がまさか自分に訪れるなんて。
「……頂きます」
ぼそっと呟いてから急いでその塊を口の中に放り込む。何故急いだかと言われれば、誰かにこんな舞い上がっている場面を見られたくなかったからと答えただろう。
ただ今思えばあまりにも安易な行動……いや、軽率な行動だったに違いない。
ちょっと考えれば目立たない自分なんかにチョコレートなどくれるような女子などいないことくらい分かりきっていたのだ。
「……っ!?ごほっ!がはっ!?」
辛さとしょっぱさが口の中で混ざり合いカレー独特の風味が口一杯に広がった。
それと同時に昇降口の影からクラスのいじめっ子集団が自分を囲う。気が付いた時には既に手遅れだった。
「だいせいこう!ひっかかったよコイツ!」
「マジばかじゃねぇの!?おまえなんかにチョコわたすヤツなんていねぇよ!」
「あははは!だせぇ!つーかカレーくせぇし!」
「「「ぎゃははははは!」」」
チョコの代わりにカレールーを食べてしまった……それが俺が小学校の時に体験した、辛くも苦い"バレンタインデー"の唯一の思い出である。


受け取れない想い・前編


「……またあの夢か」
未だに忘れられないあの事件から早10年。意味もなく口の中を濯いでから時計を見る。時刻はお昼過ぎ。昨日飲んだ梅酒がまだ抜けてないように感じられた。
あれから俺にとってバレンタインデーは"なるべく家の中でじっとしている日"になった。すなわち立派なトラウマへと成長を遂げたのである。
チョコレートも食べられなくなってしまったし、今日ほど俺を苦しめる日は本来ないはずなのだが。
「はぁ……大学生って最高だぁ……」
軽く歯を磨いた後、俺は再びベッドにダイブする。そう、何を隠そう俺、雨水宗(うすいしゅう)は只今私立大学一年生。
つまり学校は絶賛春休み期間中な為、一日中家にいることが出来るのだ。
「高校まではこの"バレンタインデー"に苦しめるられてきたが……今年からは俺は自由だ!」
ベッドの上で一人ばたつく大学生は非常に不憫だが俺は気にしない。
この状況を作り上げる為、わざわざ2月14日が春休みになっている大学を調べ上げ受験し、一人暮らしをすることでその自由をより確実なものにしたのだ。
「ふふふ、あはは!これで俺の完全……飯食うか……」
虚しさが心を支配するのは変わらないが誰にも会わないだけマシだと言い聞かせた。



368 :受け取れない想い・前編 :2011/02/26(土) 01:43:31 ID:bZObi0XV
勿論昼飯も家で済ませのんびりとテレビを見る。テレビでは高校生と教師の禁断の恋を描いたドラマが流れていた。
「ははっ、有り得ねーだろ……」
何となくこのアパートの隣に住んでいる高校生が頭に浮かぶ。ちょうど去年の4月に同時に引っ越して来た女の子で学生同士だったのが良かったのか、かなり打ち解けている。
こないだも分からないところがあるとか何とかで部屋を尋ねて来ていた。今時珍しい黒髪を二つに束ねた所謂ツインテールで顔は人形のような端正な顔立ちだ。
何よりとても気さくでこのアパートに住む人達とは大体仲が良さそうだった。
「あの子も……誰かにチョコとかあげてんのかな……」
花真っ盛りの高校二年生ともなれば好きな男子にチョコぐらいあげているに違いない。チョコレートは大嫌いだがあんな良い子からチョコを貰えるイケメンは死ぬべきだと思った。



「はーい」
特にすることもなくぼーっとテレビを見ていたらいつの間にか夕方になっていた。もう一眠りするかと立ち上がったちょうどその時、呼び鈴が鳴った。
こんな時間に一体誰がと少々不機嫌になりつつ扉を開けると―
「こんにちは雨水さん!」
目の前には弾けるような笑顔をした黒髪ツインテールの少女が立っていた。夕方なのに目の前がやけに眩しいのはなぜだろう。
「あーっと……こんにちは」
眩し過ぎる笑顔に思わず目を逸らしてしまった。今日は誰とも会話するつもりはなかったので中々外用に自分を切り替えられない。
「雨水さん、ちょっと元気ないですよ。風邪か何かですか?」
「いや……今日はずっとぼーっとしてたからさ」
「そうですか。じゃあお邪魔します!」
そういうと彼女は俺の許可もなく部屋へと入って行く。当たり前のごとき動作に思わず俺も自然と扉を閉めていた。
「……ってちょっと待てや!?何で勝手に人の部屋に上がるんだよ!?」
慌てて追い掛けると制服姿の彼女は既にちょこんと椅子に座ってテレビを見ていた。たまにある光景に思わず溜息をつく。
突然こうやって上がり込んでは勉強を教えて欲しいとか言ったり遊んで欲しいとか言ったりする。
まあ高校生といってもまだ子供だし、このアパートで俺と彼女が一番歳が近いからだろうが。いずれ飽きるだろうと思いあまり気にしないことにしている。
「……コーヒー?お茶?」
「お茶で!」
「はいはい……」
足をぶらぶらしながら相撲中継に夢中になっているこの女の子こそが、近所で気さくと評判で進学校に通っている立石瑠璃(たていしるり)さんなのである。
「……俺に対しては気さくってより無礼だけどな」
「雨水さんお茶おかわり!」
「はいはい……」



369 :受け取れない想い・前編 :2011/02/26(土) 01:44:35 ID:bZObi0XV
俺には一つ心に決めていることがある。いや、心に決めているというと少し大袈裟かもしれないが。
とにかく俺はあのトラウマから出来るだけバレンタインデーにはカレーを食べると決めているのだ。
そしてあのトラウマを忘れないようにして、自分にもっと注意深くなれと言い聞かせている。
端から見れば小学生の悪ふざけをいつまでも引きずるなんて女々しいと思われるだろう。しかし俺には結構大事なことだったりするのだ。
「んー!辛くて美味しい!!」
「……で、そんな決意の篭った俺の特製カレーをぺろっと平らげる女子高生が向かいに一人いるわけだが」
相変わらず立石さんはここに居座り夕飯まで俺の真向かいで食べていた。まあ一人で寂しく食べるよりは幾らか気は安らぐが。
「まあまあ、こんな美少女とご飯が食べられるんだから良いじゃない!」
「ははっ……で何の用だ?」
お茶を飲み干した彼女の赤いコップに新しいお茶を注ぎながら話す。すると立石さんは何故か自分の鞄を漁り始めた。
「そうそう!今日まで学校でテストだったんだけどね」
「ああ、それで帰りが早かったのか。……あ、テストの答え合わせならやらねぇぞ。ああいうのは自分で」
「じゃなくて!……その……テスト勉強……教えてくれたじゃんか?」
「まあ……かなり半強制的なところはあったけどな」
夜、急に尋ねてきてドアを開けた瞬間部屋に上がり込んで"勉強教えて!"だもんな。あれを追い返せる奴がいたら尊敬するわ。
「細かいとこは良いの!と、とにかくさ……これ……そのお礼!」
立石さんは何故か顔を背けながら鞄の中から取り出した包みを俺に突き付けてきた。リボンに包まれた赤い箱はとても可愛らしく彼女らしさが出ているなと思った。
それと同時に全身を悪寒が走る。頭の中でもう一度今日が何の日なのか考えた。今日は……"バレンタインデー"。つまりこの状況は……。
「こ、これって……」
「か、勘違いしないでね!?学校で配っててたまたま余ったからあげるだけなんだから!」
立石さんは顔を真っ赤にしながらテンプレートな台詞を言っている。確かに義理でもこんな女子高生からチョコが貰えるなんて嬉しいのだが。
「……ゴメン、俺……要らないや……」
俺はそれを受け取ることが出来なかった。やはり未だにあの出来事は俺の脳裏に焼き付いている。受け取ろうとしても身体が拒否してしまうのだ。
「別にお礼なんて……えっ?」
立石さんは目を見開いて俺を見つめている。さっきまでのテンションとは打って変わって信じられないといった表情になっていた。
罪悪感に胸が締め付けられるが意志を曲げるわけにはいかない。何のためにわざわざ一人暮らしをして、春休みを過ごしているのかを自分に言い聞かせる。
「だから……えっと……それは受け取れないんだ……」
「……い、要らないって……こと……?」
「あ、ああ……」
立石さんはしばらく俯いて黙っていた。彼女を傷付けてしまったことを後悔していると、急に立石さんが立ち上がった。そして俺を涙の溜まった目で睨みつける。
「べ、別に良いけどね!?折角感謝の気持ちであげようと思ったのにさ!そんなに!……そんなに私のチョコ……食べたくないんだ……」
「いや、そういうわけじゃ」
「もういいっ!!この馬鹿っ!!」
立石さんは思い切り机を蹴ってそのまま出ていってしまった。蹴られた振動で彼女のコップが落ちて割れてしまった。俺はそれをただ見ていることしか出来ない。
「……これで……良かったんだよな……」
彼女が出ていった後、床に散らばったコップの破片を拾う。半年ほど前に彼女が旅行のお土産で買ってきてくれたペアカップ。
青と赤の二色で"ペアしか売ってなくて……仕方なくなんだからね!?"と顔を赤らめながらくれた。結局赤のカップをずっと彼女が使っていたのだが―
「割れちまったな……」
赤い破片を拾い集めながら後悔する。もう少し言い方があったかもしれない。あんな風に無神経な拒絶をするべきではなかった。
いずれにせよもう手遅れだ。何より彼女を泣かせてしまったから。
「……寂しく……なるかな……」
情けないことにその日は結局寝られなかった。



370 :受け取れない想い・前編 :2011/02/26(土) 01:45:28 ID:bZObi0XV

次の日の早朝。
俺はアパートの廊下で立石さんが出て来るのを待っていた。やはり彼女を傷付けてしまった自分が許せなくて、せめてもう一度ちゃんと謝るべきだと思ったのだ。
「これじゃあストーカーじゃねえか……」
あながち間違いではないと思う。こんな早朝から女子高生の住む部屋の前で待ち伏せなんて。
「あっ……」
突然真横の、つまり立石さんの部屋の扉が開き中から彼女が出て来た。紺のブレザーに短めのスカート。そしていつものように黒髪をツインテールにしている。
ただいつもと違って目の下には隈が出来ていて寝不足なことが分かった。立石さんはすぐに俺に気が付くと一瞬動揺した後、俺を無視して横を通り過ぎる。
「た、立石さん!昨日のことなんだけど!」
「聞きたくない!そんなの……聞きたくない」
それだけ言うと立石さんは階段を下りて行ってしまった。何かに打ちのめされたような感覚に陥る。
自業自得であることは百も承知なのだが、やはり堪える。俺はそのまま部屋に戻りベッドに倒れ込んだ。
「……最悪」
今は寝て気を紛らわすくらいしか思い付かなかった。気分は最悪。何もする気にならなかったのだ。



呼び鈴の音で目が覚める。窓の外には夕焼けが広がっていて、既に夕方ということが分かった。
しばらく呼び鈴を無視していたがもしかしたら立石さんかもしれない。そう思うと自然と身体が玄関に向かっていた。
「宗、元気してた?」
「なんだ菜月か……」
「なんだとは失礼ね。とりあえずお邪魔するわよ」
抵抗する気力もなく銀髪の少女はその長い髪をなびかせながら俺の部屋に上がり込んでいく。大学で仲良くなった唯一の女子、橘菜月(たちばななつき)その人であった。
彼女とは何かと気が合いよく大学内でつるんでいる。また俺の数少ない女子アドレスの一人であり大学では唯一ときている。
まあよく言えば親友、悪く言えば悪友といったところか。そして俺のあのバレンタインデーの事件を打ち明けた唯一の人間である。
「相変わらず汚い部屋ね。ちゃんと掃除してる?」
「……うるせぇな」
文句を言いながらも部屋を片付ける菜月に少し感謝した。誰かといれば少しは気も晴れるものだ。
だからかもしれない、扉を閉めるとき廊下の端から誰かが俺を見つめていることに気が付かなかったのは。