160 :ステレオタイプの量産ナンバー:2011/03/14(月) 03:59:50.76 ID:zNbxk1hk
後編

~翌日の朝~

秋だというのにかなり冷え込んでいて、起床がかなり億劫だ。
今日からまた一周間が始まる。
いろんな事があったなぁと、回顧しつつ、
凍えた手で周りの身支度にとりかかり、その途中、ふと窓を覗いた。
すると、おれんちの正門前に誰か立っているのが確認できた。
もしやと思い、窓を開け病子の名前を叫ぶと、
やはり彼女で、茶色の若干大きめのコートを来ていて、
なんだかとても寒そうだったが、
俺の顔を見るやいなや、幼く可愛らしい笑みで
「おはよーう、眠りすぎだぞぉー。」と叫んだ。
こうした状況になっている事を理解したため、待たすのは悪いと思い、
充分間に合う時間であるにもかかわらず、
10分少々で身支度を済ませ家をでた。
門を飛び出した瞬間、物陰から病子が腹部にタックr・・じゃなくて、
飛びついてきた。
「いてぇ!勢い付け過ぎ、臓物ぶちまけるかと思ったよ。」
彼女は至って真剣な眼差しで、
「えへへ・・・、そん時は私が拾って食べるから大丈夫!
 好きな人の一部を食べられるなんて贅沢じゃない・・・。
 その時は、私のもあげるぞぉ!」
さすがの俺でもこの言葉には引いてしまった、
改めて彼女の重すぎる愛を垣間見た。
そんな事もお構いなしに俺の腹に自身の頬をすりすりあてて、
「マーキングだよぉ。ほら犬が良くやるじゃん。
 でも私のやつはメスに対してのみ、
 効力が発揮されるんだよぉ。もう、近づかせないから安心してね!」
こんな調子で学校まで行ったため、
周りの人間には発情期のバカップルだと思われただろう。




161 :ステレオタイプの量産ナンバー:2011/03/14(月) 04:00:31.23 ID:zNbxk1hk
さすがに、教室では俺から離れ、
病子自身が属する女子グループへ混ざって行った。
俺はライ子の事が気がかりで教室一帯を見回したが、その姿はなく、
ほっとしたのが半分、心配したのが半分、
といった心持で内心落ち着かなかった。
男連中が話しかけて来るが、今は話しかけないでくれ、
とぶっきらぼうに言い放ち、こんなことしちゃ友達無くすな、
と脳内で自嘲している内に、ライ子が教室に入ってきた。
俺に気付くや否や、傍までやってきて、
「おはよう、また一からヨロシクね!」と笑顔でそういった。
罪の意識が少し洗い流されたような気がした。
「お、OKOK!」と、どもり気味に返すと、にっこりと笑顔で俺の元を離れ、
友達の元へと駆け寄って行った。
ああ、やっぱり思うのは、さすがライ子だという事。
俺に気を使わせないようにといった配慮が表情や仕草から見て取れたし、
それに、本人もそこまで深刻には受け止めていなかったのかもしれない。
この調子だと、病子と早めに打ち解けるのではないか、と淡い期待がよぎったが、
病子自身はどうなのだろう、と一転曇った気分になった。

机の縁からとび出るささくれをひっこ抜きながら、延々と考え事をしていたら、
突然後頭部に柔らかい感触が、これは手が乗ったのだと一瞬で分かった。
こんなことする奴はあいつしかいないと、すぐに反応して振り返る。
やっぱり、病子だ。
「ライ子の事が諦められないのかぁ・・?」
「あ?おまえ・・、何を言い出すんだ。朝の挨拶してもらっていただけよ。」
「そっかぁ・・・。ごめんなぁ。
 私頑張るから、なるべくライ子と話すのやめてほしいなぁ。」
病子昨日から全然変わっていないじゃないか・・・。
まさか、これからずっとこんな調子ってことはないよな・・。
「挨拶くらいはいいんじゃないか?俺もうフラれたし。あんまし敏感になるなよ。」
「何言ってるんだぁ?こんな些細なことから、よりを戻されることだって・・。」
俺は小さな声で「そもそも、お前と俺はお付き合いしてないだろ。」
それに応えるように何か含みのある小さな声で
「今日弁当作ってきたから・・。お昼によぉ・・。」と照れ臭そうに囁く。
彼女はいつもの幼げな笑顔で、HRのチャイムと同時にそばを離れて行った。



162 :ステレオタイプの量産ナンバー:2011/03/14(月) 04:01:03.75 ID:zNbxk1hk
~一ヶ月後、闇雄の心中~

ライ子と一悶着あった、あの日の翌日を境に病子の俺への愛が大きくなっていった。
最初こそ教室では俺の心境を考慮してか、あまり目立った愛情表現はしなかったが、
一ヶ月近くたった今では、普通に手を繋いで一緒に離れ教室へ移動しようとしたり、
突然抱きついて大好きだとか、もう一生離さないだとか、
周囲の生徒をはばからずに公言するようになった。
もちろん、ある程度の抵抗や嫌悪感を彼女に示しても、素直じゃないんだから、
と母性的な笑みで一蹴されてしまう。
こんな事が毎日学内で繰り返されているものだから、
周囲には当然カップルだと思われているし、
時たま吹っ掛けてくる正式なお付き合いの話をはぐらかす俺をよそに、
彼女自身は相思相愛であることを疑わないようである。
こんな事とは無縁だったのに、突如このような事態に巻き込まれるなんて、
少し前の自分には想像もできなかった。
それも、友達以上になるなんて有り得ないと常々思っていた、
あの乱暴で女っ気のない、チビすけの病子にである。
急に女の子っぽく愛を囁き、
自ら率先して良く尽くしてくれるようになったものだから、
未だに脳内が常時、状況整理を上手く行えていない。
愛情表現をところ構わず大げさに表現するようになったのは、
百歩譲ってよいとして、ただ厄介なのが、俺の行動に過敏反応し、
それを深刻に捉える傾向が顕著になってきた事である。
これは主に女性との接触があった場合であり、
上記の事実が彼女の目の前で起こるや否や、話の途中であろうが、
大事な用件であろうが、素早く手を彼女に引かれ、
話の中身や何をするつもりかを、
この上なく真剣かつ不安そうな表情で尋ねられる。
大した事でもない限り、胸につまりそうな彼女の切な訴えを聴かされる。




163 :ステレオタイプの量産ナンバー:2011/03/14(月) 04:01:41.77 ID:zNbxk1hk
私に飽きたのか、捨てないでほしい。
嫌いなところがあるんなら直すから。
私の愛が足りないんだろぉ、ごめんな・・。
私以外を見つめないでくれ、悲しいよぉ。
こんな事ばかり、言われる。打算?本音?見当がつかない。
これら以外にも、大声では言えないほど恥ずかしい愛の言葉を囁かれた。
もちろん、みな病子を気遣ってか、俺に話しかけてくる女子はいない、
まあ、もともと、あまりいないが・・。

ああ・・・、そういえば、明日は病子に
何処かへ連れまわされることになってんだっけ・・。
今回で12回目くらいか?
俺は満月が照らし出す、くすんだ窓際にふと目をやると、
何かから逃れるように開きっ放しのカーテンを素早く閉める。
なぜかって?最近、なにかの視線を感じるからだ。
まあ、ホラー映画じゃあるまいし、きっと気のせい気のせい。

~闇雄、受難の一日~

「闇雄!今日は精いっぱい楽しむぞぉ!」
「うん、程ほどにね・・。」
隣に座っているえらく上機嫌な病子を、
電車の座席で揺られながら苦笑しつつ見ていた。
今日は県内で一番規模の大きいショッピングモールに行くらしい。
まぁ、俺らは車がないわけで、遠出するには電車を使う。
相変わらずテンションの高い彼女は、
大はしゃぎでしゃべりかけてくる。
「電車から見る景色って最高じゃん、
ほら、なにかもが高速で動いてるっ!おもしろ~。」
「ああそうだな・・。てか、このセリフ前回も言わなかったけ。」
「そうだったかぁ?」「うん。」
一段と嬉しそうな顔で「憶えていてくれたのか・・、嬉しいぞぉ。」
「いや、なんとなく。
別に意識して憶えようと思ったわけじゃないよ。」
「それでも嬉しい、私の何気ない言葉が、
闇雄の心に残ってるって事がさぁ。」
そう言い終えた後、俺と彼女の間に空いたわずかな空白を埋めるように、
ぴったりと体を寄せてきた。
「へへ・・、電車揺れるなぁ、闇雄にくっ付かないと
 そのまま転げ落ちてしまいそう。」
恥ずかしいからやめろ、と言いたかったが、
2週間くらい前のあの一件を思い出してやめた。



164 :ステレオタイプの量産ナンバー:2011/03/14(月) 04:02:23.73 ID:zNbxk1hk
~闇雄の回想~

「ちょっ、おまっ、くっ付き過ぎ、人がいっぱいいんだろ。」
「恥ずかしがるなよぉ、お前と私の中じゃないか。」
「だめだ、むり、俺はシャイボーイなんだ。」
だめ、いいだろぉ、だめ、いいだろぉだめいいだろぉ・・・。
こんな不毛にも思えるやり取りを小声でしばらく続けていた。
まあ、小声とはいえ完全に目立っていて、
堪らなく恥ずかしかった。でも、彼女はそんなのお構いなし。
いい加減うんざりだと思い、多少怒気を込めた声で
「もう、次の駅で降りる。」と言った後、
俺は恥ずかしさと相手が言う事を聞いてくれない事に拗ねて、
彼女を無視することにした。
「え~、冗談だろ。」
「なぁ、なぁ闇雄。聞いてんのかぁ?」
「くっ付くのOKって事?じゃ、便乗してチューしちゃうぞぉ。」
「もしかして、怒ってんのかぁ?なんで?わけわからない。」
「うぅ・・、無視すんなよぉ・・。」
そうこうしてる内に、電車が駅へ到着した。
無言で彼女を引き離し、電車のドアを跨いだ。
案の定、彼女も大急ぎで俺のもとに駆け寄ってきて
「なんで?私、闇雄の体温を感じたいだけ・・・。」
後ろで何かを言いつつオーバーな身振り手振りをしながら、
バツの悪そうな顔で付いてくるが、まだ無視を続けた。
200m程歩いたあたりで、彼女は俺の前に回ってきて、
突然土下座の様な事をしたかと思うと、
俺を見上げながら
「ごめんなさい、私を殴っていいから・・!嫌いにならないで。」
驚いた俺は思わず
「おいっ!おまえ何やってんだよ。いいから立てよ!」
「許してくれる?無視しない?嫌いにならない?」
「分かったから!ほら早く。」と急かすように促した。
立ち上がりざまに、彼女の目に浮かぶ涙が、
悲しみから喜びをたたえた涙に一瞬で様変りしたのが見て取れた。
「ごめんなぁ、闇雄を愛してるばっかりに、
 周りが見えなくて・・。だけどよぉ、
押さえてる方なんだけどなぁ、あれでも。」
ニッコリと笑顔なったかと思うと、
小指を差し出してきて「仲直り・・しよ?」と、訊ねてきた。
それに応えるように短めの返事をし、指きりをしてあげた。
彼女は嬉しそうに、絡められた小指を見つめ
「ゆ~びきり・・・」と、定番の小唄を囁くように歌い始めた。
だが、彼女は半分くらいで歌うのをやめてしまった。
「まさか、歌詞忘れたのか?」
この問いにこう返して来た。



165 :ステレオタイプの量産ナンバー:2011/03/14(月) 04:03:01.10 ID:zNbxk1hk
「いつでも、私は闇雄と繋がっているから、
『切った』なんて不吉な事は言わない、
それに『針千本飲ます』なんて事、
約束破ったぐらいで愛する人にできるかよぉ・・。
へへ・・・なんてね・・。」

俺はこの日から、彼女を押しのける事をしなくなった。
嫌われたくないが為に土下座をし、また、
幼さを含んだ純真な笑みで愛を囁く。なんて、一途なんだ。
まだまだ、彼女の急激な変化に慣れないが、
慣れればこの変な違和感もなくなり、
彼女が普通に見えてくるかもしれない。心の中でそう言い聞かせた。

~再び電車内~

「なぁ、何か考え事?もしかして、私つまんない?」
彼女のこの言葉で回想の世界から呼び戻された俺は、
反射的に「あっいやぁ、そんなことないよ。
これから、どんなサプライズがあるのか妄想してただけ。」
開けたような明るい表情で、
「そっか、うれしいぞぉ、闇雄!
ご褒美にもっと強く抱きしめてやる!」

カップルみたいな連中が、
痛い会話と行為を臆面もなくしている姿は
目立つし、迷惑だ。
俺自身も顔から火が出るほど恥ずかしい。
でも、彼女の愛はなりふり構わないのだ・・・。



166 :ステレオタイプの量産ナンバー:2011/03/14(月) 04:03:56.45 ID:zNbxk1hk
~ショッピングモールにて~

終始電車内テンションを、
ショッピングモールに着いてもなお、
継続しているもんだから、バカップルたらありゃしない。
「ひあ~、やっぱ賑やかだわ。ここ。」
「ほんとだなぁ。楽しいこといっぱいできそうだな、闇雄!」
俺の手を握ったままの彼女は、
強引にファンシーなショップへ俺も連れ込む。
基本的にがさつな奴だが、
こういう女の子らしい趣味は昔から一貫している。
「うわ~、これみろよぉ!すげぇ可愛いストラップだな!」
「え~、そうですかね。俺はこっちが可愛いと思うよ。」
そういうと、彼女は自らの手に持っているストラップを元に戻し、
「おまえがそういうんなら、そっちの方が絶対いいよなぁ。
 よぉし、色違いをもう一個買う!」
拍子抜けした。あっさり自分の言葉を反故にしよった。
こんな調子で、俺がいいんじゃない?と何気なく言ったものや
手に取ったものを、無造作に買い物かごに詰めていく。
彼女の手にぶら下がっている買い物かごの中身をのぞくと、
彼女単独で選んだものは一切なく、全て俺が選んだものだ。
そして、全て二つずつである。
きっと、俺用に買ってくれているんだと思うが、
金額が脳裏に浮んで素直に喜べない。だって、量がすごいもの!
彼女が俺の心中を察してか、輝いた目で
「今日は私のおごりだから、気にすんじゃねぇぞ。
 その代わり今日は、雑用係だぞぉ!
へこたれるな、むち打つぞ!さぁ、レジへ往け!」
と、レジを指さした。
わかった、じゃぁ先に外出といでと彼女を促し、
レジに歩みを進めた。
ん・・、なんとこれは驚き。クラスの女子がレジやっとる。
「ここで、バイトしてんだ~。奇遇だね。病絵。」
病絵は明らかにからかいを含めた笑みで
「あんたら、熱々過ぎ!よくあきないね~、
 ま、あんたらはいつかそうなると思ってたし。」
病絵は手慣れた手つきで、ピンクの袋に詰めていく。
「あの・・、口外はなしで・・。」
「無理無理。ってか、今更隠す必要なくない?」
「やっぱそう見えんのか?」
「当り前じゃん。カレシカノジョにしか見えないよ。」
「でもカップルじゃないよ・・、
ただの幼なじみのよしみで買い物につきあわされているだけ。」
「はいはい、わざわざ2組ずつお買い上げどうも~。」
「まぁ、バイト頑張れよ。あと、口チャックな。」
多少赤くなった顔で、レジ袋を受けとろうとした瞬間、



167 :ステレオタイプの量産ナンバー:2011/03/14(月) 04:05:21.09 ID:zNbxk1hk
「楽しそうだね・・・。」
真後ろに病子が。あっ、やってしまった、俺の馬鹿!

「そんなことない、さぁ、パフェでも食いに行こうぜ!
 イヤッホウ!」
病絵のどうしていいかわからないような表情を背後に受け、
必死で取り繕う。とりあえず、彼女の背中を押して店を出る。
「えーと、ホント偶然だよね。びっくりしちゃったよ。」
「私もビックリした、あんなに仲良くおしゃべりなんて・・・。」
彼女のびっくりは俺のとはベクルトが違うらしく、
さっきまでの輝いた瞳とは一転して、瞳が濁ったように感じる。
「世間話程度。病絵とは全然仲良くないし、
 こんなに長く喋ったのなんか初めてだよ。」と釈明する。
「そうかも知れないけど、
私にとってはそれだけでも苦しいんだ・・。」
「たった、これだけの事がか?」
「自分でもどうしてこれっぽっちのことで、
胸が苦しくなるのか分からねぇんだよぉ・・。」
「もっと、俺をぞんざいに扱っていいんだぞ。
 ワレモノじゃないんだ、真剣にことを考えすぎだって。」
「どういう意味だぁ・・?」
「俺に対して過保護じゃないかって。
つまり、カップルみたいな関係になる前の気楽な
 友達同士の間柄に回帰しようってこと。
俺をバンバン殴ってた頃さ。」
提案を聴いた彼女は一呼吸置いて
「無理だよ、ごめんなぁ。」
俺は間髪いれずに「なんでだ?お前も苦しまずに済む。」
「もたもたしてっと、
誰かに闇雄を盗られちまうって事が分かったんだぁ。
心配で、怖くて仕方がなかった。
だから、勇気をだして殻を破った。」
ライ子の事だとすぐに分かった。彼女は続けて
「そして、やっと大好きな人を掴まえた。
 でも今度は、私から離れていかないか不安になる。
だから闇雄には、私の愛を感じてもらって、
 一緒に居たい、って思って貰えるように頑張ろうって。
 こんなにも、愛してくれてるんだって思ってれば、
 浮気とかもされないんじゃないかなってさぁ。
 でもそれって結果的に、
闇雄を縛りつけてるってことなんだよなぁ。」



168 :ステレオタイプの量産ナンバー:2011/03/14(月) 04:06:09.56 ID:zNbxk1hk
黙って彼女のあふれる思いを聴きながら、周りに目を配ると
いつの間にか俺たちは、人通りのほとんどない、
チープな設備の公園に来ていた事がわかった。
そこでちょうどベンチを見つけ、抱きかかえるように、
涙を浮かべた彼女をそっと座らした。
「ごめんなぁ、迷惑掛けて。
こんなウザい女に優しくしてくれるの闇雄しかいないよなぁ。」
「なに言ってんだ。普通の紳士なら当然。」
「そっか・・・。なぁ、闇雄。
ひとつ提案があるんだけどよぉ・・。」
「なんだ?」
「私、闇雄と距離を少し置こうかぁ?
 学校で闇雄に恥ずかしい思いばっかりさせて、
 よくよく考えれば、逆に嫌われちゃうよなぁ。
 さっきまで、全然気付かなかった、愛って盲目だなぁ。」
一筋の涙をながしながら微笑む病子。
幼馴染の痛烈な胸の内を明かされた俺は、
なにかに突き動かされるように、
彼女の瞳の奥を見つめこう告げ放つ。

「そんな事必要無い。どんどん、俺を愛しやがれ。」



169 :ステレオタイプの量産ナンバー:2011/03/14(月) 04:06:44.68 ID:zNbxk1hk
大きく目を見開いてあっけにとられる病子。
彼女は想定外の発言に、返す言葉を失っているようだ。
俺は病子を察して「お付き合いしてやってもいいかなって。」
病子はやっと声を発し「えっ、喜んでいいところだよな?」
「ああ、喜んでいいところだよ。」
「闇雄の口からお付き合いって、はじめて聞いた・・。」
「ん・・、そうだっけかな。」
「でも、私の事そんなに好きじゃないんだろぉ、
 無理しなくてもいいぞぉ・・・。」
彼女の体を自らの肩に強く抱きよせ
「そんなことないよ。」
嬉しそうに俺の胸に顔を埋め「なにか裏があるんだろぉ。」
「裏っつーか、条件がある。」
彼女は埋めていた顔を俺の正面へ向け、真剣な表情をした。
「友達同士だったころのフランクな関係に戻る事!」
「つまり、それって・・。」
「あんまりにもべったりくっつき過ぎたり、お互いを縛ったり、
気を遣いすぎたりとかの重い関係は、御免こうむるってことね。
あと、恥ずかしすぎる発言とかも禁止。」
「それだと、愛をお前に伝えられない気がするんだけどぉ・・。」
首を横に振り、
分かってないなー、とでも言いたげな素振りを取った後に
「だーかーらー、
そんなことしなくても俺たちは繋がっているんだよ。
心配すんな。」
彼女はすっきりしない顔で
「でも、浮気とかの原因にならないかぁ?」
「ならんならん。うっ・・・なんだ信用してくれないのか。」
俺がワザとしょんぼりしてみせると、
彼女は慌てて「そ、そんなことねぇよ!
 闇雄を世界中の誰よりも信用してるんだぞぉ!
 闇雄の素晴らしい提案に踏み込む余地なし!」
「そっか、そっか。そりゃあ、嬉しいね。
 じゃ、そういう事で正式にお付き合いさせて
 もらえるんだよな。」
彼女は元気よく承諾した。
先程までの涙はいつのまにか乾いていた。
「なぁなぁ、闇雄。あのさぁ。」「ん、質問か?」
「私の事、愛してるって証拠見せて欲しいなぁ。」
「条件を破らない程度にだったらしてやる。」

「キスしてよ。」



170 :ステレオタイプの量産ナンバー:2011/03/14(月) 04:07:24.41 ID:zNbxk1hk
「な・・・、マジすか。」
「してくれたら闇雄の事100%信用する。
 私もあの時の気軽さで愛し合えるのがベストだと思う。
 愛に重さを感じて闇雄が疲れちゃったら意味がねぇからな。」
キスか・・初めてのキッス。どきどきするなぁ・・、
覚悟を決めなければ。病子よ、そんな準備万端な表情はやめてくれ。
ああ、いつまでも待たせるわけにはいかない、よし!

彼女の体を引き寄せ、淡い紅色の唇に自らの唇を重ねた。
重なり合った瞬間、彼女が力強く迫ってきた様な気がした。
柔らかくて、湿り気があって、温かく、
何ともいえぬ甘い香りが鼻腔を通過した。
彼女は目いっぱい体を俺の方へ乗り出し、
俺の唇をむさぼりながら、両手で俺の上半身全体をまさぐった。

俺は一回離れようとしたが、
彼女が強引に唇と上半身を蹂躙してくるので、
なんだか変な気分になって、そのまま行為を続けることとなった。
2分近くキスをしていたと思う。

いったん彼女の両肩を掴んで押して、
「もういいんじゃないか、恥ずかしいし、
 初めてだからこの位で・・・。」
残念そうな表情をしながら、
彼女の両頬は火照り、瞳は潤んでいた。
「続きしようよぉ、私まだ物足りないぞぉ・・。」
「またいつか、そんな感じの雰囲気になった時に、ね?」
「今闇雄の愛を感じたいのに・・。」
彼女は渋々了承し、
乱れた着衣を直しながらうっとりとした表情で、
「闇雄の愛は受け取った・・・。
ずっと監視する必要はないって事がはっきりしたぞ!」
あんなことした後だったので、
少し照れながら相槌を打った。



171 :ステレオタイプの量産ナンバー:2011/03/14(月) 04:08:22.52 ID:zNbxk1hk
~その後~

あの日を境として、
徐々に軽口を叩き合える仲へと戻って行った。
俺の心うちは、以前と比べていく分すっきりし、
軽くなった気がする。
病子に関しても俺が見た・経験した限りでは、
あの日以前の病子が姿を現す事が無くなった。
俺が他の女子と話をしたり、
他の女子の話題を口に出したりしても、
浮気すんな!とか言って、笑って突っ込まれる程度だし、
学校内で恥ずかしげもなくされてきた、
あの行為の数々が一度も起きていない。
どこにでもいる、
校内公認のお似合いカップルといった印象を受けるのではないか。
それになんだか、病子が以前より可愛く見える。
最近ニヤニヤしながら、
遠目で病子をチラ見する事があるのだが、
これは全て、病子のカレシなんだぞっ、
ていう優越感から来てるものであって、
すなわち、俺自身が彼女を自慢に思っているからである。



172 :ステレオタイプの量産ナンバー:2011/03/14(月) 04:08:44.22 ID:zNbxk1hk
あっ、ほら、今こっちを見て笑った。病子はカワユスな~。
「見たか!どうだ!」
「なにがだよ・・・。」
目の前の椅子に座って、
俺の机で肘をついているヤロフミが呆れた表情で訊ねた。
「病子可愛いだろ、羨ましいんだろ。」
「否定はしない!」丸められた教科書で頭を一撃叩かれた。
「いたっ!・・・まあまあ、お前もそのうち彼女デキるって。」
ヤロフミはひとつ息をついて「だといいけどよ~。しかしまぁ、
一時期はホント、教室の空気がピリピリしてたぜ。
 誰かさん2人のせいでな~。」
「そんなに変な感じになってたっけ?」
「そりゃあもう。異常なくらいお前に固執してたっていうか、
 超過保護ってかんじ?ともかくクラスのムードメーカーが
 あーじゃ居心地悪くて仕方なかったつーの。」
「まぁ、普通に戻ったんだから結果オーライって感じ?
 そうだろ。後腐れはないね。」
そうこう雑談していると、
病子が俺の後ろに近付きヤロフミに声を掛けた。
彼女は幾分照れ臭そうに
「あー、あれはちょっと若気の至りって奴が
暴走してたんだ。ホント周りが見えなくてよぉ、
ヤロフミに謝るのは癪だけど、一応詫び入れとく。
あれは、忘れてくれ。」
詫びを入れられたヤロフミは面食らったようで、
軽くうなづく程度の反応に留まった。
俺はからかい気味に「なんだ火消しに回ってんのかい。」
「おい!言うな!正気に戻った今となっては、
 自分のやったことが恥ずかしいんだから。」
「とりあえず、めでたしめでたしって事で。」
病子はクスッと微笑み
「これからはお前に気を使うなんて事しねぇ。
お前にバンバン正義の鉄槌が下して、
パシリなカレシとして可愛がってやるよぉ。」
「おいおい、少しは優しくしろ。それはそれでいやだ!」
この関係がやはり一番だと、
心の奥底で嬉しさを感じていた。
さぁ、今日も平凡な生活が始まる。



173 :ステレオタイプの量産ナンバー:2011/03/14(月) 04:09:09.44 ID:zNbxk1hk
紆余曲折あったが今は非常に幸せだ。
思い返してみればいろいろあった、そういろいろ・・・。
でもライ子との出来事を思い出すと手放しで喜べない。
俺から見ればライ子がそんなに傷の深い出来事だと
思っていないように見える。
たまにお喋りをするが、
あの出来事が話のネタになった事は一度もない。
その理由は、正直のところ彼女にしか分からないだろう。
でもまあ、あんだけステータスが高けりゃ、
すぐに恋人ができるだろうし、そのうち俺との思い出なんて
遠い記憶の彼方に消し飛ぶだろう。

授業終了、と小さな声で呟き、
帰り支度を済ませたその時、
不意にあのよく通る声が耳元に聴こえた。
「ありゃ、今日はヤミーと帰らないんだ?」ああ、ライ子だ。
「うん、ダチとどっか行くんだってさ。」
「ふーん、そうなんだ。でもホント良かったね!
凄くいい雰囲気のコンビだよ!」
「コンビ・・、まぁ漫才みたいなやり取りするから、
 言いえて妙だね。」
彼女は一間置いて言いだしにくそうにしながら提案した。
「話は変わるけどね、
また一緒にお勉強会したいなって思って。
 いやならいいんだよ!うん、
無理も承知でお願いしてるだけだから!」
な、なんと、全てのきっかけとなったアレか。
贖罪のチャンスだが、カレシとしてはこういうイベントには
参加すべきじゃないよな。う~ん、どうしよう・・。
ちょっとばかり悩んでいると、
彼女の初めて見るような恭しい表情が目に入った。
俺は思わず「まぁ、一時間だけ・・。」
と中途半端な口調で言った。
返事を聴いてすぐに俺の手を半ば強引に引き
「やった!じゃ早速レッツゴー!」と嬉々とした声を上げた。
まぁ、いいか。俺は病子にぞっこんだし。

ライ子は図書室の門を跨ぐ直前、
なにやら俺の耳元に囁いた。
「こんな結末おかしいよ、もう一回振り出しだよ・・・。」

=おわり=
最終更新:2011年03月14日 04:17