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253 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に ◆AW8HpW0FVA :2011/03/16(水) 21:04:58.17 ID:TvuwFHqw
第二十二話『自由槍』

怨敵ともいえるブリュンヒルドを殺したシグナムだったが、当の本人の記憶は曖昧だった。
崖上から手を伸ばすブリュンヒルドを見た辺りまでは覚えていたが、
その後意識がなくなり、気が付いてみたら宿で眠っていた。
目覚めて気になる事が二つあった。一つは本当にブリュンヒルドを殺せたかである。
胸のざわめきを抑え、エイロス岬に向かったシグナムは、
その一変した光景を見て、やっと安心する事ができた。胸の閊えが一つ外れた。
だが、まだ一つ残っている。それは確信に近いものだったが、
確かめるべく林のさらに奥に進み、足を止めた。
身体がとにかく疼いた。それはイリスと融合した時の感覚そのものだった。
右手に力を込める。渦巻く灰が一羽の鳥を形作った。
今までであれば、それは精巧な作り物でしかなかったが、
「ワレハ……ガガッ……ハイドゥニ……アラズ……」
それは生きていた。やはりこの疼きは、ネクロマンサーになる兆候のものだったのだ。
「ますます人間から離れていくな」
そう呟いたシグナムは、立て続けに七羽の鳥を生成し、それ等を大空に放った。
鳥達は呻き声を上げながら、空の蒼に消えた。

六日ほどして、シグナムは再びエイロスの林に来ていた。
差し込む木漏れ日の下、シグナムは傘を差して佇んでいた。
そのシグナムの周りに、前に飛ばした内の七羽が集り始めた。
呻き声を上げる鳥の頭を、シグナムは優しく撫でると、
瞬く間に鳥の身体が崩壊し、灰は風で吹き飛んでしまった。
七羽の鳥も呻き声も、跡形もなく消え去ってしまった。
「なるほどねぇ……」
ネクロマンサーの能力は、操るだけでなく、その記憶も読み取り、改竄する事も出来る。
シグナムの頭の中では七国の情勢が、あたかも本を捲るかの如く、手に取るように分かった。
髪を指でクルクル弄りながら、シグナムは方策を練り始めた。
「南の大国オルクスのさらに南……、……異民族……」
呟きながら、シグナムは林の奥に進んだ。



254 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に ◆AW8HpW0FVA :2011/03/16(水) 21:05:29.25 ID:TvuwFHqw
翌日、シグナムはカヴァールを出て、七国の一つであるナキ国の首都エテニアに向かった。
ナキ国は大陸の中央に位置し、商業が発達している反面、四方を大国に囲まれ、
また攻められやすい位置にあったため、軍事では常に劣勢な国だった。
カヴァールは西の大国シンに属する町であり、出る時に手形を要求されたが、
灰で創り出した手形を見せ、難なく通過した。
ナキ国までの道は険しく、レッドドラゴンなどの強力な魔物も出てきたが、
シグナムはそれらを二月で踏破した。
エテニアに着いた頃には、シグナムの髪は腰まで伸び、ほんのりと紅くなっていた。

エテニアの町は商業都市の割りに閑散としていた。
日が暮れているとはいえ、商業都市らしい賑やかなものを想像していたので、
不意を突かれた思いだった。
時折見掛ける人達も皆足早で、なにかを恐れているようだった。
しばらくすると、道を往来するのはシグナムただ一人となっていた。
刺すような風が頬を撫でた。服の下では肌が粟立っていた。
宿を探すシグナムの足は、自然と速くなった。
一段と強い風が吹き荒んだ。吹き付ける砂埃を避けるために覆った腕を解くと、
道を遮るように誰かが立っていた。フードで顔を覆っているそれは、
突如としてこちらに向かってきた。左手にはナイフが握られていた。
ナイフはシグナムの胸倉に吸い込まれた。が、聞こえてきたのは金属音だった。
灰で創り出した剣の腹で、ナイフを防いだのである。
「通り魔か、くそっ!」
一歩飛び退き、剣で薙いだ。的確に左腕を斬り飛ばした。
血飛沫が上がる。あっという間に地面は血で染まった。
かなりの出血であるというのに、目の前の通り魔は傷口を抑えるだけで平然と立っていた。
第二撃があるのか、と身構えたシグナムだったが、通り魔は背を向けて逃げ出した。
シグナムは追い掛けたが、路地に入ったと同時に見失ってしまった。
元の場所に戻ってきたシグナムは、地面に落ちている左腕を持ち上げた。
形からして、女のものだった。
「人影がないのは、これが原因という訳か」
そう呟いたシグナムは、腕を放り投げた。宙を舞う腕は、粉となって降り注いだ。



255 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に ◆AW8HpW0FVA :2011/03/16(水) 21:06:11.61 ID:TvuwFHqw
翌日、シグナムはエテニアの郊外で灰人形を作っていた。
百八十センチの灰人形に、青い鎧を着せ身を固めさせ、魂を注ぎ込めば、
あっという間に立派な兵士の出来上がりである。
顔色が悪く、あーうーとしかしゃべれないが、その数は百体もおり、戦力としては十分であった。
「さてと、軽くウォーミングアップといくか。……全軍、前進ッ!」
号令と共に百体の灰人形が動き始めた。
司教を先頭にして進む奇妙な集団が向かった先は、ナキ国とシン国の国境サンである。
この地では、常にナキ国とシン国が激闘を繰り広げられている。
サンで行なわれた会戦は、これまで悉くシン国が勝っているのだが、
そこから先へは発展せず、和平と会戦の無限ループが繰り返されている。
その理由は、ナキ国が滅ぼされたら次は自分だと分かる各国が合従して、
ナキ国を助けるのだが、その後はシン国が個別同盟で合従を解いて、再びナキ国に攻め込み、
また各国が合従する、という事をいつまでも続けているからである。
それにしても、ナキは本当にだらしない国である。
独力で一度もシン国に勝った事がないのであるから、そう言われても文句は言えまい。
両陣営が見える丘までやって来たシグナムは、旗色劣勢のナキ国軍を見て、改めてそう思った。
「さてと、このヘボ軍団の方々に勝利の美酒を味わわせてあげましょうか。
……狙うは黒い鎧を着た者達のみ。赤の鎧は攻撃するな。……全軍、進撃ッ!」
シグナムの号令と共に灰人形達が丘を駆け下り、シン国軍に突撃した。
不意を突かれたシン国軍だったが、流石は歴戦の兵達である。
すぐさま混乱を鎮め、迎撃をしてきた。とはいえ、そんな事は全くの無意味である。
シグナム軍の兵は灰人形である。首を斬られようが射抜かれようが死ぬ事はない。
腕や首を斬られても、平気で向かってくる兵に、シン国軍は怯え始めた。
その怯えが全軍に伝播し、遂に後退を始めた。
すかさずナキ国軍がこれを追撃し、散々に打ち破った。ナキ国戦史に残る大勝利となった。
シグナムは悠々とした歩みで丘を下り、
灰人形の前でなにやら御託を並べている派手な男の前まで出向いた。
「どうしたんだい、お嬢さん。私の魅力に引き寄せられたのかな?」
シグナムを見た瞬間、歯の浮くような気色悪い台詞が男の口から発せられた。
うわっ、こいつ気持ち悪、と思ったが、表情には出さず、
「私は女ではありません。それに、そこの者達は私の僕です」
シグナムが指を指すと、灰人形達が跪いた。
「あっ、いや、申し訳ない。貴方ほど美しい人は見た事がないので……。
申し遅れましたが、私はナキ国陸軍西方方面軍司令官ヌミディア・オルコットと申します。
貴方達の働きにより、我が軍は大勝を得る事が出来ました事、深くお礼を申し上げます」
被っていた帽子を脱ぎ、ヌミディアは深々とお辞儀をした。
その仕草を見ても、苦労を知らずに育ったぼんぼん臭が漂っている。
見下す思いで、シグナムも深く頭を下げた。頭上から、シグナムの望んだ台詞が降ってきた。
「ところでどうですか。貴方の精強な部隊がいれば我が軍も心強い。
ナキ国の繁栄のために、共に戦いませんか?」
「私もそのつもりで来ましたから、話が早くて助かります」
「はははっ、そうですか。それでは新たな仲間達の歓迎を兼ねて戦勝会といきましょう!」
ヌミディアの腕が、さり気なくシグナムの肩に回された。
邪念の篭るその手付きを、シグナムは黙って見つめていた。



256 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に ◆AW8HpW0FVA :2011/03/16(水) 21:06:48.89 ID:TvuwFHqw
ナキ国正規軍に入り込む事に成功してから十日、
太陽の下では戦う事の出来ないシグナムは幕舎に籠り、
ヌミディアと共に紅茶を飲み、マカロンやマドレーヌを食べるなどして一日を過ごしていた。
そんなシグナムだったが、誰一人として愚痴を言う者はいなかった。
「報告します。攻め寄せたシン国軍を撃破。首級二千を上げました」
「そうか。これで五度目だな。それで殊勲を立てたのは、どこの部隊かな」
「ブレーメン隊にございます」
ブレーメンは正規軍が勝手に付けた灰人形達の別称である。
全身を青で固めた見た目と、圧倒的な戦闘能力を理由にそう付けられたらしい。
その化け物部隊が、幾度も攻め寄せるシン国軍を撃退しているのだから、
愚痴など言えるはずもないのだろうと思っていたが、それだけではないらしい。
「やはり、貴方の部隊はお強いですね。
これは料理長に頼んで作らせた飴で出来た軍配ですが、いかがですか?」
どうやら自分の容姿が男ばかりで飢えている営内では、
兵達の心のオアシスとなっているのが最大の要因らしい。
方面軍司令官であるヌミディアからは猫可愛がりをされ、兵士達からは陰で姫と呼ばれていた。
気持ち悪いがやり易い、そう思いながら飴を舐めた。

幾多の連敗に懲りたのか、シン国軍はこの頃攻めてこなくなった。
そんな折に、ナキ本国から使者がやって来た。
使者はヌミディアに慰労の言葉を掛けると、シグナムに向き直り、礼をした。
「貴方がシグナム様ですね。ヌミディア将軍の報告書に、
貴方の傭兵部隊の活躍が事細かに記されていました。
それを見た王が、ぜひとも会いたいと申されました故、何卒ご足労願います」
予定調和、シグナムの頭にその言葉が浮かんだ。頷こうとして、ヌミディアが異議に遮られた。
「我々は現在、シン国軍を撃退し続けているとはいえ、
予断を許さぬ状況にあるのには変わりありません。
そんな中、軍を裂くというような愚を犯すのはいかがなものかと思いますが」
「たかだか百人が抜けただけで、軍が崩壊するとは思えません。
それに、これは王の命令です。貴方がどうこう言う資格はありません」
「ここは戦場です。戦場にあっては将は王の命令を聞かない事があります。それが今です!」
なんだかくだらない論争が始まってしまった。王と面会するのは既に決めた事だが、
早めに説得しておいた方がよさそうである。そう思い、シグナムは論争に口を挟んだ。
「ヌミディア様、これまでの戦いで、シン国軍は疲弊しきっております。
しばらくの間は攻めてきません。……私のせいで貴方が罰せられるのは心苦しいです」
「そういう問題ではないのです。私は……」
「分別をお持ちください、ヌミディア様!……使者殿、私を王の許へ連れて行ってください」
有無を言わせぬ口調で、ヌミディアの口を塞いだ。
しばらくもすれば、自分がどれほど恐ろしい事を口走ったのか理解できるだろう、
それで頭を冷やすがいい、そう思いながら、シグナムは使者の馬車に同席した。



257 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に ◆AW8HpW0FVA :2011/03/16(水) 21:07:20.72 ID:TvuwFHqw
シグナムがエテニアに着いたのは、雪が降り注ぐ時期だった。
練兵場の前で馬車から降りたシグナムは、澄み切った空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
冬とはやはりいいものだ、などと思いながら待っていると、壇上の辺りが騒がしくなった。
後ろに傘を差した侍女を控えさせたナキ国王の登場だった。
「君が報告にあったシグナム君か。なるほど、稀代の美女じゃな」
「私はれっきとした男です」
すぐに訂正した。こんな事がつい最近にもあった様な気がする。
あぁ、そうか、あのぼんぼん馬鹿のヌミディア将軍か、と思い出す。
どんだけ女に飢えてんだこの国、とシグナムは軽く眩暈を覚えた。
「いや、冗談だ、冗談。緊張をほぐすための冗談だ。ほほほっ……」
二、三回咳払いする様が、なんともわざとらしい。
冗談という単語を強調するところを見ると、本気の言葉だったに違いない。

幾らか場の空気が和らいだところで、本題となった。王の表情に威厳が宿った。
王が直々に呼び出した理由は、灰人形達だけでなく、その主を見極める事である。
これは言わば試験である。設問は出題者の気まぐれで変わる、超難問の。
顎鬚を扱き、品定めをする王の表情が、次の瞬間には悪意に満ちたものになった。
「報告書によると、ブレーメン隊は不死身の軍隊らしいな。
……どうかな、私の目の前でその兵達の首を掻き切ってもらえないかな?」
それは無茶振りにも程がある内容だった。
一介の傭兵であれば、必死に頭を下げて再考を願うだろうが、シグナムはそれをする必要がない。
なので、好きな事が言える。自ずと口角が上がった。
「不死身かどうかは分かりませんが、王がそう望むのなら今すぐやりましょう。……ですが……」
言葉を区切り、シグナムは王を見据えた。
「もし、それで兵達が死ななかったら、私は貴方達を皆殺しにします」
「なっ……なにを無礼な!」
臣下の一人が怒鳴り声を上げたが、それは王によって制せられた。シグナムは続けた。
「私達は傭兵です。契約主である貴方が死ねというのならば、喜んで死にましょう。
ですが、死んで蘇った場合、私と貴方との間の契約は破棄される事になります。
……理不尽に殺されて、いい気分の人間がこの世にいると思いますか?」
そう言って、シグナムは微笑んだ。
群臣が敵意の視線を投げ掛けるが、シグナムは歯牙にもかけなかった。
その居心地の悪い沈黙を破ったのは、王の笑い声だった。
拍子を打ち、呵呵大笑している王を見て、群臣はぽかんと口を開けていた。
「気に入った!それぐらい気が強くなければつまらんからな!
今日より汝は、私直属のめか……部隊として活躍してもらおう!」
どよめきが走った。どこの馬の骨とも知れない、
それもあれほど無礼な発言をした男を、いきなり直属するというのである。
当然といえば当然の反応だった。
「それで、住まいについてだが、やはり私のこう……」
「住居の件は、私に一任ください」
シグナムの住居について言及し始めた時、凛とした声が上がった。
群臣の前に出たのは、自信に満ち溢れ、
どこか人を見下している様な冷たい目を持つ女だった。
「バートリー卿か……。だが……」
「素性も分からぬような薄汚い傭兵を、王の許に侍らせる訳にはいきません」
有無を言わせぬ、それでいて適切な発言だった。周りの群臣もそれに釣られて野次を飛ばした。
こうなると、流石の王も我を通す訳にもいかず、
バートリー卿なる女貴族の進言を受け入れざるを得なかった。
決定の後、王が悲しそうな表情を浮かべて出て行くのを、シグナムは偶然見た。



258 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に ◆AW8HpW0FVA :2011/03/16(水) 21:08:45.66 ID:TvuwFHqw
「先ほどの無礼な発言、真に申し訳ありませんでした、ファーヴニル王太子殿」
馬車に乗り込んで、移動している最中、バートリーは頭を下げ、そう言った。
高圧的と思われたバートリーの突然の行動だったが、
シグナムが本当に驚いたのは、まだ誰にも名乗りもしていないファーストネームを、
会ったばかりであるはずのバートリーが知っていたという事である。
「バートリー卿、どうして私の……」
「私の事はエルザとお呼びください、王太子殿」
話の腰を折られた。礼を失する行為であるにも関わらず、当のバートリーもといエルザは、
涼しい笑みを浮かべ、シグナムを見つめていた。
本当に自分の事を敬っているのか甚だ疑問であるが、シグナムは続けた。
「シグナムでいい。……それで、どうして私のファーストネームを知っている?
私はまだ誰にも名乗っていないつもりだが……」
「貴方様の一挙手一投足は、全て礼に適ったものでした。
それに、王の御前で切ったあの啖呵、一般人や貴族崩れでは出来ませんもの」
「たったそれだけの情報で、私の正体を見抜いたとは思えないが……」
「そんな事、もうどうでもいいではないですか」
ほほほ、とエルザが笑った。完全に茶化されていた。
その敬いのうの字も存在しないエルザに、シグナムはどうしても報復したくなった。
「エルザ、君は壇上で私の事を、薄汚い傭兵、と言ったな。
本来ならば、盟主国の王太子の名の下、極刑に処すところだが、
今回は私の質問に答える事で特別にそれを許そう」
頭のいいやり方ではなかったが、この際それは無視した。
「女である貴方がここまで来るのに、一体どれほどの事をしてきたのかを聞かせてほしい」
エルザの家の事など全く知らないが、女がたった一人で貴族の地位を保ち続けるなど、
例え資産や才能があったとしても不可能である。
どこかの貴族と一夜を共にしたと考えるのが当然である。
それを知っていて、敢えてシグナムは聞いた。
エルザが頬を紅く染め、言葉に詰まる様を見られれば、シグナムはそれで満足だった。
しかし、エルザは頬を紅く染める事も、言葉を詰まらせる事もしなかった。
返ってきたのは、寒気がするほど低く、感情のない声だった。
「貴方の思っている通り、この身体を使えば、男達に取り入って、
自分に有利な政策を持ち出す事も出来るでしょう。……ですが、私は男が嫌いです。
そしてそれ以上に、他人に馬鹿にされる事が死ぬほど嫌いなのです。
例えそれが未来のものであったとしも、です。
もしその様な事をすれば、後世の者共はなんと言うと思います?
やれ阿婆擦れだ、淫乱だ、と私の事を貶すでしょう。
そうなるくらいなら私は……、……話が逸れましたね。
とにかく私は、これまで誰の手も借りずにここまで来ました。この言葉には嘘偽りはありません」
言い終えて、目を細めて微笑んだ。
大火傷をしてしまった、とシグナムは後悔したが、もう遅かった。