※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

591 :リバース ◆Uw02HM2doE :2011/03/22(火) 22:55:16.11 ID:OJqpm33j
あれから、あのクリスマスに起きた出来事から半年が経った。
季節は既に春の穏やかさを過ぎ、太陽が照り付ける夏に入ろうとしている。白川要が記憶喪失になってから間もなく一年が経とうとしていた。



「さあ、要!今日は和風だぞ」
燃えるような赤髪に透き通る碧い瞳を持つ少女が黒髪の青年の前に重箱を差し出した。余りの大きさに彼等の目の前にあるテーブルの半分ほどが使えなくなっている。
新生徒会長である少年は前生徒会長である少女の毎日の愛と言う名の拷問に思わずため息をつく。
この生徒会室に毎日のように押しかけては少女、美空優は少年、白川要に弁当を持って来ているのだ。ちなみにこれでもう二ヶ月目になる。
何故この東桜高校を卒業して今は東京の名門大学に通っている優が毎日ここに来ているのか。理由が理由なだけに不躾に断れない要は仕方なく重箱に手を伸ばす。
「おっす!……ってまたやってるよ。遥も、だろ」
「うん……。はい、要。今日の分」
と同時に短髪の少年、如月亮介と白髪の少女、春日井遥が部屋に入って来た。遥は空いている要の左隣りの席に座ると半分空いているテーブルに可愛らしい弁当箱を置いた。
そしてそれを要の方に少し押し出す。"食べてくれ"という合図だと要にはすぐに分かった。
だが右隣りでは優が無言で遥を見つめているし、そもそも彼には弁当を誰かに頼んだ覚えなどないのだ。
そんな要を見ながら亮介は三人の向かいの席に座って購買で買ったパンを取り出していた。
「会長もよく毎日来るよな。大学は大丈夫なのかよ」
「ああ、送り迎えは桜花にさせているし大学は昼が長いんだ。それに要の為だからな」
半ば呆れたような口調でパンをかじりながら聞く亮介に対して優は当たり前のように答える。
要としては毎日致死量ともいえる弁当を持って来られるのは迷惑以外の何物でもないのだが、それを知ってか知らずか優の持ってくる弁当の量は日に日に増すばかりだった。
「じゃあ……頂きます」
覚悟を決めて要は優の重箱と遥の弁当箱の蓋を開ける。そしておもむろに食べはじめた。今年の四月から続いている奇妙な光景だがもはやこれも日常の一部となっているのだ。
そんな奇妙な空間の中、亮介はカレーパンをかじりながら遥を見る。無表情を装っているものの、遥は要が「美味い!」と言う度に頬を赤らめていた。優も同じようなものだ。
遥が頬を赤らめる度、亮介は思わず彼女を見つめてしまう。やはり、今更だけれども亮介は遥のことをまだ諦められずにいる。遥が要を諦めきれないように、だ。
「おお、やってるね。要、美味しい?」
「兄さんもよく食べるよね」
扉が開いて更に少年と少女が入って来た。金髪の天然パーマで端正な顔立ちをした少年、藤川英は要に嫌味を言いながら亮介の隣に座る。
続いて英の隣に茶色いウェーブのかかった髪が目立つ少女、白川潤が兄の頑張りに呆れながら座った。潤は鞄から弁当箱を二つ出す。
一つは赤く、もう一つは青い。そして青い弁当箱を持つと――
「はい、英。今日はきんぴら牛蒡、入れてみた」
「本当に?いつもありがとう潤」
それを英に渡した。これも二ヶ月近く続いているいつもの光景。まるで恋人同士のように二人は揃って同じ弁当を食べ出す。
半年ほど前ならば潤が要を気にせずに英と弁当を食べるなど有り得ない光景だった。しかしこれは既に日常として認識されつつある。
今日も要、そして"要組"の仲間達はいたって平和だ。少なくとも要以外にはそう見えるに違いなかった。



592 :リバース ◆Uw02HM2doE :2011/03/22(火) 22:57:48.06 ID:OJqpm33j

あのクリスマスから半年が経ち、時間は穏やかに流れている。
美空優は都内の名門大学で経営学を学んでいる。将来は日本を代表する大企業である美空開発を継ぐことが決まっている彼女には当然の進路だった。
それでも優は要を追い続ける。もう彼女が自分の気持ちを隠すことはないだろう。自分の気持ちに正直になることを彼女は誓ったから。

春日井遥は未だに学校に馴染めずにいた。それでも彼女は周りなど気にせずに要組の集まりに参加する。
遥にとってはここが居場所なのだ。そしてこの居場所を作ってくれた白川要のことを彼女はまだ諦めきれずにいる。いつかまた心を病んでしまったとしても。
そして彼女の傍にはいつも如月亮介がいた。国会議員の息子として育てられた彼にはもっと相応しい相手がいるのかもしれない。それでも亮介は遥の傍にいる。
自分を親や生まれ関係なく、ばっさりと切ってくれる遥に亮介は惚れたのかもしれない。いつか彼女が狂ってしまってもそれを止められるように亮介はそこにいる。

白川潤は学校の屋上から落ちて頭を強打した影響で記憶喪失になっていた。病院で目覚めた時、彼女は目の前にいた兄のことも思い出せなかったのだ。
自分が身を滅ぼすほどに恋い焦がれ、慕った兄ですらも彼女の記憶からは削除されていた。でも良かったのかもしれない。
もし潤が記憶喪失にでもならなければ彼女はまた狂気に侵されていたに違いない。要はなるべく潤と関わることを避けて、藤川英に全てを託した。
自分が潤と関わって万が一記憶が戻るようなことがあったらどうすることもできないから、と。結局、潤はいつも病室で看病やお見舞いに来てくれた英を慕うようになった。
それでもいつか潤は要の所に行ってしまうに違いないと藤川英は思う。自分が唯一好きになった女性はどうしようもなく兄を愛しているのだから。
だからこそせめてその日まで、偽りの幸せを英は享受するのだろう。

桜花は里奈と共に英の家で暮らしている。藤川里奈、英の姉である彼女のクローンが英の家に住むことになり桜花もそれについていった。
勿論、桜花は元々優のメイドなのでいつも里奈と一緒というわけにはいかないが出来る限り里奈を見守っていきたいと桜花は思っている。
一方里奈は要との別れをすごく惜しみ、藤川家に移り住んだ今でもちょくちょく白川家に行っては要と遊んだり潤の手料理をご馳走になっている。
要に対する好意は今のところ、潤や桜花に対するそれと変わらないようだ。彼女もいつか知ることになるのだろうか。自分の本当の姿や気持ちを。

大和撫子はしばらく学校には戻っていなかった。クラスメイトは入院しているとしか聞いていなかったが要にはそれは嘘のように思えた。
とある県のとある病院に撫子はいる。あの事件の後、彼女は精神的に病んでしまい精神に問題を抱えた患者がいる隔離病棟に移された。
担当医が話しかけても反応せず撫子はただ一人の名前を呟き続ける。高校一年生の理科の実験中、当時はとても地味で一人も友達がいなかった彼女を手伝ってくれた男子。
その時の彼の気さくな笑顔を撫子は忘れられずにいる。そして彼を呼ぶようにそっと呟くのだ――――――― 要君、と。


そしてこの物語で勇者を演じ、見事仲間と魔王を倒し平和を取り戻した白川要は―――



593 :リバース ◆Uw02HM2doE :2011/03/22(火) 23:00:06.44 ID:OJqpm33j

放課後。駅前が夕日に包まれる頃、要は駅前の喫茶店"向日葵"にいた。席は奥から二番目の定位置。要が記憶を失ってからもそれは変わらなかった。
いつも頼んでいるマスター自慢の珈琲を飲みながら要はゆっくりとため息をついた。そう、いたって平和なのだ。
まるで半年前に起こった彼等を引き裂いたあの出来事など皆覚えていないように。そして実際に仲間達は海有朔夜について全く覚えていない。
あの森の中の小屋も、要が監禁されていた牢屋も、優が受けた瀕死の傷も全てが消えていた。彼女、海有朔夜の消失と共に全てがないことになっていたのだ。
ただ一人、あの小さな光を掴んだ要を除いては。
「浮かない顔してるね、白川君」
「あ……」
いつの間にか目の前にはサングラスをかけた赤髪の女性が座っていた。そのサングラスのせいかモデルや女優で活躍している神谷美香だと気がつく人は店内にはいないようだ。
要も偶然この席で知り合ったのだが。ここの常連らしい神谷はマスターに注文をした後サングラスを外して要を見つめた。
「やあ久しぶり。元気にしてた?」
「久しぶり……ですね神谷さん」
明るく話し掛ける神谷に対して要は歯切れが悪い。そんな返事を神谷が流すはずもなく
「何か元気ないね?お姉さんに話してごらん」
神谷は自分の平らな胸をぽんぽんと叩いて要に詰め寄る。
見た目が明らかに高校生以下にしか見えない年上お姉さんに相談する気は全く起きなかったがこのまま引き下がってくれるわけもない。
それに要は誰かに知ってほしかった。全てが消えてないことにされている朔夜の頑張りを誰かに分かってほしかった。
だから要は神谷に語ることにする。どうしようもなく不器用で一生懸命だった海有朔夜の物語を。



595 :リバース ◆Uw02HM2doE :2011/03/22(火) 23:02:07.04 ID:OJqpm33j

要は神谷に全てを話した。仲間のことは勿論、記憶喪失になってからのことや様々な事件。亙のことは秘密にする約束だったので省いたが。
そして……彼女、海有朔夜のことも。話し終わる頃には外は真っ暗闇に包まれていて店内には彼等以外の客はいなかった。
要所要所を思い出しながら語る要の話を神谷はたまに相槌を打ちながら最後まで聞いていた。そして冷めきった珈琲を少し飲んだ後要に向き合う。
「…………白川君は今、幸せ?」
意外な質問に要は戸惑う。もっと話の信憑性を問うような質問を予想していた。そもそも精神だけで生きられるなんてすぐに信じられる話ではない。
海有朔夜関連の話は実際に体験した要でさえ未だに信じがたいのだから。要は深呼吸をして神谷の質問に答える。
「……不幸では、ないと思います」
「じゃあ良いんじゃない、それで。朔夜ちゃんだっけ?その子のしたことも無駄じゃなかったんだし」
神谷はあっさりとそう答えると冷め切った珈琲を一気に飲み干した。あまりにもあっさりとした答えに呆気を取られている要に神谷は続ける。
「大事なのはさ、事実とか嘘じゃなくて……信じるか信じないか、でしょ。そんなに後悔してるんだったら今度は白川君が朔夜ちゃんを幸せにしてあげれば良いだけじゃない」
「し、幸せにするって言っても朔夜はもう――――」
「君の話じゃ消えたのは精神なんでしょ。君と一緒に崖から落ちた彼女の肉体の方は生きてるかもしれない。……君がそう信じるならね」
神谷は当たり前のようにそう言った。この二ヶ月、考えたこともなかった。朔夜がまだ生きているなんて。いや、考えようとしなかったのかもしれない。
神谷のいうように朔夜が生きている可能性はまだある。要だって一緒に崖から落ちたのに助かったんだ。彼女も何処かで生きているかもしれない。
「だから後は君が彼女が生きていることを信じられるか――――」
「神谷さんありがとう!俺、探してみます!それじゃ!」
要は急に立ち上がり神谷に一礼した後、すぐに店を飛び出した。突然の出来事に唖然としている神谷にマスターが近づき彼女のコップに珈琲を注ぐ。
「また喧嘩ですか、お嬢さん?」
「ち、違うから!今のは彼が勝手に出て行っただけで……」
マスターの指すまたに思わず神谷は顔を赤らめる。マスターは冗談ですよとおどけてみせるが神谷はまだ頬を赤らめていた。
ちょうど一年くらい前の今頃、この席で神谷は一人の男に大声で説教をしたのだ。おそらくマスターのまたとはそれを指すのだろう。
思えばあれからマスターとも仲良くなった気がする。神谷は彼が入れてくれたいつもの珈琲を飲みながらため息をついた。
「あ、そういえば私の弟も喫茶店を始めましてね。結構前のことですが。お嬢さんなら弟の珈琲もお気に召すと思いますよ」
「へぇ。マスターに弟なんて初耳だよ。今度行ってみようかな」
他愛もない話をしながら神谷は先ほど要に言ったことを思い返す。事実か嘘か、ではなくて信じるか信じないか。
もう半年以上芸能界にいるが未だにあの女、鮎樫らいむの真意は分からない。そして神谷が追い求めている先輩の消息も。
それでも神谷は諦めない。信じているから。いつかまた、あの人に会える日を―――
「……で白川君の珈琲はわたしが払うわけだ」
先輩にほんの少し似ている少年を思い浮かべながら神谷はくすっと笑った。



597 :リバース ◆Uw02HM2doE :2011/03/22(火) 23:04:22.57 ID:OJqpm33j
要はもうすっかり暗くなった町を全速力で駆け抜ける。今頃潤が要の帰りが遅いから心配しているに違いない。でもそれだけではない。
今まで考えもしなかった。朔夜が生きているなんて考えずにただ後悔していた。せっかく朔夜が命をかけて作ってくれた未来を、要は無駄に食いつぶしていた。
でももう諦めない。情けなことに神谷に言われて初めて気が付いた。まだ終わりじゃないんだ。俺が諦めない限りまだ終わりじゃない。
もう一度やりなおす。勇者と仲直りできる魔王だって、一緒に幸せになれる魔王だって居ていいはずだから。
今はまだ無理かもしてない。自分は高校生だしそんな簡単に彼女を見つけ出すことは出来ないと思う。それでもいつの日か見つけてみせる。
そして今度は皆が幸せになるような結末を――――
「待ってろよ、朔夜!」
彼女と作ってみせるから。



誰にでも裏がある。誰にもみせられないような醜い顔がある。
でも誰もが生まれ変わることだって出来る。少し見方を変えるだけでいい。そうすれば新しい何かが見える。
だから変わることを恐れないで。醜い自分を見せることを躊躇わないで。一緒に歩けば、変わることが出来るはずだから。



とある県のとある病院の屋上で今日も花に水をやる少女がいる。遠くには付添いの看護婦がいて彼女を優しい眼差しで見つめていた。
そこに少女の担当医である男が呆れながらやってきた。彼からすれば本来病院側がやるはずのその作業に何故少女が毎日夢中になるのかが分からない。
「おはようございます先生!見て!今日も元気に咲いてるの!」
「……本当に君は花に水をやるのが好きだね、澄香(スミカ)」
「はい!」
澄香と呼ばれた少女は返事をするとまた水やりに戻っていく。長い黒髪に端正な顔立ちは一度見た者なら絶対に忘れないほど美しく儚かった。
澄香とは彼女の本名ではない。
病院の近くの浜辺に流れ着いた少女を偶然ここの職員が発見したのだ。何とか一命は取り留めたものの少女は一切の記憶を失っており、当然名前も分からなかった。
そこで今担当医の後ろに立っている花好きの看護婦が仮の名前として「澄香」、澄んだ香りを少女から連想してつけたのだった。
無邪気に水をやる澄香を見て担当医は思う。願うなら、あの無邪気な少女の笑顔が壊れてしまわないような家族や知り合いが現れることを。
「ほら澄香!そろそろ戻るぞ!」
「はーい先生!」
澄香は満面の笑みで担当医へ駆け寄る。彼女が本当の名前を、そして本当の自分を知るのはまだ当分先のことであった。



リバース・完