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384 :走る走る僕たち [sage] :2010/12/27(月) 01:47:40 ID:9ieZzg9H
僕、坂本裕登(さかもとひろと)の日課は、5時に起きて近所の川辺を走る早朝マラソン
中学を卒業した5年前から続けていることで、今ではこれをやらないとすっきり目が覚めないほどだ
この日課を友人に話すと

『人間のやることじゃねえ』
『悪鬼の所業だ』
『布団様のご加護を不意にするとは』

なんてボロクソに言われちゃうけど、分からない人には分からなくていいと思う
この気持ちよさはやった者にしか分からないしね
早朝特有のひんやりした空気、若葉の萌える匂い、少しずつ太陽が昇ってくる風景
毎日見ても飽きないよ、これは
あと、このマラソンにはもう一つ嬉しいことがあるんだ
……あ、ちょうど来た来た

「…………」
「…………」

僕と逆方向から走ってくる彼女、いつものように二人笑って会釈を送る
そしてすれ違う
それだけ
毎日すれ違う、それだけの関係だけど、この関係はもう5年弱も続いている
僕が走り始めてから少しして、彼女の姿を見かけるようになった
何度も話しかけてみようかなと思ったけれど、今ではこの関係が逆に心地いい
背は低め、ショートカットの童顔、笑顔が可愛い、恐らく僕より1つ2つ年下
それくらいのことしか分かってなかったけど、僕はずっと彼女に親近感を抱いていた
彼女もきっとそう……だと思う
普通早朝に毎日おんなじ男と顔合わせてたら、コース変えるなりすると思うしね
でも、一つだけ気になることがあるんだ

「彼女、このへんに住んでるのかなぁ……?」

僕の家も含め、この辺は団地が密集している
だから彼女を見たことが無くても別段驚くほどのことじゃないんだけどね
もうここで20年も生きてきて、一度も見たことが無いって言うのも気になる
とは言っても、別にそんなに気になるわけじゃない。ちょっと興味がそそられる程度だ
後をつけてみようかと思ったこともあったけど、もしもバレてもう会えなくなるのも嫌だし
それ以上に、興味本位でそんな後ろめたいことをしたくは無かったんだ


385 :走る走る僕たち [sage] :2010/12/27(月) 01:48:00 ID:9ieZzg9H
「どぎゃあっ!!」
「あ、ごめん」

いつものマラソンに出かける時間
昨日酔って帰ってきて、居間でつぶれたカエルみたいに死んだように寝てた姉さんの足を踏んでしまったらしい
しかしこれが嫁入り前の23歳の悲鳴とは、世も末だね

「あんた、ごめんですんだら米軍はいらないわよ米軍は!!」
「もともと米軍はこんなこと取り合ってくんないよ。あと母さん達起きるから声小さくしてよ」
「……で、あんたどこ行くのよ? 大学?」
「授業は10時から。いつもの早朝マラソンだよ。姉さんも行く?」

自堕落な姉をからかう意味で言ってみただけ
このひどい寝起きじゃ、走るどころか歩くことすらままならないだろうしね
そんな冗談だったのに―――

「じゃあ、たまには不肖の弟に付き合ってあげようかな」
「えっ」

真に受ける人こそが、本当の「不肖」だと思う


姉――沙織(さおり)
23歳飲んだくれの会社員
得意技は飲んだくれた翌日の仮病の口実作り、と自分で笑って話してた
我が姉ながら情けなくて涙が出そうだ
歳が近いからか、一緒に買い物(という名の荷物持ち)に出た時、何度か恋人と間違われたこともある
そんな時は姉さんが何か馬鹿なことを言い出す前に、僕が全力で否定するのが日課になってる
いつもの時間だから、不肖の姉を彼女に見られたくは無いんだけど………
まぁいいや。走って置いてけば、そのうち疲れ果てて勝手に家に帰るだろうしね
それじゃ、今日は少しペース上げ気味で行こうかな

「じゃ、姉さんが着替えたら行くよ」
「ふっふーん。裕登、私の俊足に置いて行かれないように頑張って走りなさいよ!」


386 :走る走る僕たち [sage] :2010/12/27(月) 01:48:21 ID:9ieZzg9H
「ちょっと、あんたー……!! 可愛いお姉様を……置いていく、とか……鬼ー! ……悪魔ー……性犯罪者ー!!」
「罵倒はいいけど、息切らして最後のがなりたてながら走るのやめて欲しいんだけど」
「ペドー! ロリー! ブルマー! ニーソー! 競泳用水着ー! 足コキー!」
「あっ! この! 僕の部屋の秘蔵エロ本見たなっ!?」

妙に綺麗に片付けられてると思ったらこの超不肖の姉が片付けてたのか
しかしこの声で起きる人がいたかもしれないと、想像するだけで気が滅入る

「で、姉さん。ついて来れなくなったんなら帰ればいいでしょ。人の性癖暴露しながらフラフラ走らないでよ」
「いいじゃない。ロリコンだってギリギリ人権はあるの。走ってたくらいじゃまだ逮捕されないわよ」
「帰れ。今すぐ帰れ。お願いだから」

そんなこんなで、久しぶりに気分が乗らない早朝マラソンになってしまった
でも、そろそろいつもの彼女との待ち合わせ場所(ってわけでもないけど、いつも会う場所を僕はそう呼んでる)だ
いいかげんこのハイパー不肖の姉を黙らせなきゃ

「姉さん。ちょっと黙ってくれない? ちょっとでいいから」
「なに?」
「いつもここで会う人がいるんだよ。彼女に悪印象を持たれたくない」
「女? 妬けるわねぇ。もう持ち帰ったりしたの?」
「できれば黙っててくれない? 半永久的に」

この姉を川原のどこに埋めよう
そんな益体も無いことを考えていると、道の向こうから彼女らしい影が走ってくるのが見える
そのシルエットを見ると、いつものように口元に笑みが浮かぶ
そして、今日もいつものように微笑を交わす。それだけ
たったそれだけのことだけど、僕にとっては重要な儀式
だっていうのに―――

「あ、向こうから走ってきた娘。あの娘ね? いやぁ~、ロリコンのあんたにふさわしい背丈と童顔ね」
「姉さん。綺麗な川原に生える雑草の肥料になる仕事しない? いや、やれ」

こんな不肖の姉グレートのせいで台無しだ

「なぁんですってぇ? お姉様にそんな口をきく弟は……こうよ!」
「うわっ!?」

まだかなり酒臭い女がいきなり抱きついてきた
後ろから抱き着いて、耳に酒臭い息を吹きかけ、彼女にそんな姿を見せつけるようにしてきた
おいばかやめろ

そんな姿を見て、件の彼女は一瞬立ち止まり、泣き出しそうな、激怒したような不思議な顔をして、すごい勢いでその場を走り去った

「弟君、失恋けってーい」
「姉さん。生まれて初めて人を本気で殴っていい? 返答はいらない」


387 :走る走る僕たち [sage] :2010/12/27(月) 01:48:43 ID:9ieZzg9H
昨日は、あの後ボディーブローで気絶した姉さんを川原に捨ててきた
今朝は、誤解を解く意味で初めて彼女に話しかけようと思う
そう思って昨日の夜から何度もシュミレートしてるんだけれど、何と声をかけたものやら

『昨日のアレは姉だから、君は心配しなくていいよ』

とでも言う?
バカな。恋人同士じゃあるまいし
でも、あんなのが恋人だなんて誤解されたまんまでいたくはない
それじゃ神聖な朝の儀式が台無しだ
まあなるようになるさ。とにかく、今日は彼女に声をかけてみよう
ほら、彼女の小柄なシルエットが見えてきた
輪郭もだんだんとハッキリしてくる
いつものようにほがらかな笑み……は浮かんでないか
優しく僕を見てくれる瞳……は虚ろ
そして、その手に握られた小ぶりのナイフ

「………どゆこと?」

そんな間抜けな言葉が、僕から彼女にかけた第一声だった
返答は無い
ただいつもと違うのは、明らかに僕に向かって走ってくること
何か考えるよりも先に僕はその場でUターンをした
そして、走る
いつもよりも心持ち速めのペースで

(え、なに? なに? なんなの?)

彼女の手に握られてる凶器さえなければ、きっと諸手を挙げて迎えていたかもしれない
しかしね、冗談抜きでブスッとされるのはあんまり僕好きじゃない
いつもいつも顔を合わせるだけの女の子
そんな程度の関係の娘に、何でナイフを向けられなきゃならないんだ?
肩越しに後ろを振り向くと彼女はいつものペースで僕の後を追ってきてる
相変わらず虚ろで、表情を変えずに



それから三時間、僕と彼女は走り続けている
人通りの多い場所ならば彼女も追ってこないだろうと思ったけど、何も変わらず一定ペースの駆け足で追ってくる
ナイフは隠しているものの、相変わらず僕をブスッとしようとしてることだけは分かる
言われたわけじゃないけど、なんとなく分かるんだよ
歩いちゃ駄目。話を聞く暇は無い。足を止めればブスッ
やっぱり、あの不肖の姉∞との事を見られたのがまずかったんだろうか
でもなんで、彼女は僕を追いかけてるんだ?
まさか、僕に彼女がいると知って嫉妬して?
…………まさかね
でも、それ以外にこんな状況で命を狙われる理由が思いつかないしなぁ……
どうなんだろう………
彼女に聞くことができれば一番手っ取り早いのに
そんなことを考えながら、僕らは走り続けている
太陽はちょうど頂上付近。もうすぐお昼だ
僕も彼女も、足元がもう昨日の姉さんみたいにフラフラしている
それでも彼女は歩みを止めず、僕も逃走をやめない
いったい、どうして逃げてるのかも分からないままに

ただ生きて帰れたら、絶対にもう一回姉さんを殴ろうと、僕は強く強く誓った