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182 名前:Chains on pain 八話 ◆kpb1UHuGog [sage] 投稿日:2011/02/21(月) 23:52:11.72 ID:wPC/VkHy [2/6]
 昇降口までやってきた僕らはお昼にまた会う約束をしてから別れた。
 優花は名残惜しそうに僕の側を離れようとはしなかったが、説得をしたところ、埋め合わせとしてお昼休みに会うという提案をしてきた。
「それじゃあ後でね」
「……約束、忘れないでよ」
「大丈夫だって」
 去っていく優花。その後姿を見送ると、携帯を取り出して時間を確認する。ホームルームまでは五分ほど時間に余裕があり、急ぐ必要は無さそうだった。
 それにしても優花は兄離れが出来ていないような気がする。妹に慕われるのは嬉しいが、優花もそろそろ兄離れしてもいい年齢である、何時までもこのままではこちらが心配になってしまう。
それだけではない、どちらかと言えばこちらの方が重要なのだが、僕への甘えが日に日に明らかなものになっている気がするのだ。離れるのでは無く近づく、これはどういう事だろうか。
確かに、人は環境や精神の変化で退行と言って、幼く振舞うようになる事もある。両親の不在が多い我が家だ、親から受けるべき愛情が不足しているのかも知れない。だから僕からの愛情をいまだに欲していて、
そこに偶然環境の変化が訪れた事によって退行の引き金となってしまった。
これなら考えられそうではある。だが、僕の把握している限り……勿論、優花のすべてを知っている訳では無いが、そういった変化が優花にあったかと言うと、そこまで劇的な変化は無かったように思う。ならば優花に何が起こったのか、それはわからない。
だが、このままではいけないと言う事ははっきりしていた。
「僕はどうしたらいいのだろうか」
 優花と距離をとってみる。それとも優花への態度を変えてみようか。試す価値はありそうだ、だが先程の反応。あの表情をされ続けるというのか、あれは誰がみても苦痛の表情だ。
だめだ、結末は見えている。ならばどうしたらいい、面と向かって「兄離れしろ」と説教をしてもいい。だが、それで本当に優花のためになるのだろうか。
 答えが出ない。


「どうした?」
 僕には何が出来るだろうか。
「なあ、立たないのか?」
 出来れば優花を泣かせる事無く気付かせてあげたい。
「おい、鈴井! 号令だぞ、寝ているのか!?」
 いや、もしかしたら泣かせず、という考え自体間違っているのだろうか。
「おい春斗、先生怒ってるぞ」
「鈴井、お前私の言っている事が分からないのか!!」
 だとしたら僕は優花を突き放す事が最善の選択だと選ばなくてはいけない、ああ、駄目だ。唯単に僕が優花を甘やかしていているだけではないか。
「……わからない」
「ほう、鈴井。いい度胸だ」
「は、春斗が壊れた!?」
 突然肩をゆすられて我に返る。腕を視線で辿っていくと、康広の顔がみえる。どうやら僕を揺すったのは康広らしい。
「康広、どうしたの?」
「もう授業が終わったんだ、早く――」
「――鈴井。今すぐにたちあがれ、何の反抗かは知らんが、お前も昼休みが減るのは嫌だろう!?」
「あれ、山田先生。どうしたんですか?」
 山田先生がため息をつく。その背景に違和感を覚え、教室を見回すと、クラスメートが全員立ち上がって僕を観ている。所々から笑い声が聞こえるが、この光景は異常だ。どうしたというのだろう。
「鈴井。号令だ……」
「――礼!」
「え、あれ?」
 クラスメートが頭を下げ、頭をあげるのを皮切りに、所々から大小様々な笑い声や恐らく僕のことを言っているであろう声が教室を包む。

183 名前:Chains of pain 八話 ◆kpb1UHuGog [sage] 投稿日:2011/02/21(月) 23:54:00.87 ID:wPC/VkHy [3/6]
「はあ。放課後、職員室に来い」
 山田先生は教科書を丸め、自身の肩を叩く。
「……はい」
「あ、春斗先輩。お疲れっす」
 苦笑いをしながら康広がつぶやいた。
 山田先生は頭を掻きながら教室を去っていく。その後ろ姿を見ながら思わず頭を深々と下げる、状況を理解したからだろう、顔が自分でも分かるほど熱くなっていた。
「どうしたんだ? 春斗、ぼうっとして。考え事か?」
「…………まあ、そんなところかな?」
「ふうん」
 康広は納得してみせる。どうやらこちらの意図を汲み取ったらしい、この反応は康広の癖でもあり良いところでもある。彼はとても勘が鋭いのだ。
ちょっとの仕草の変化や言動ですぐにこちらの考えている事を読まれてしまう。まあ、今回はあからさま、誰が見ても何か考え事をしていると分かるであろうが、察しても深入りしてこない辺りはさすが康広だと思う。
「学食行くか? それとも今日は弁当?」
「ん、と。今日はお弁当かな。優花と約束しているんだけど」
「そっか。仲がいいのは何よりだ」
「……うん」
「………………」
 康広は何も言わなかった。何となくやりにくい空気が辺りを包み込む。僕自身の問題なのに何をやっているのか、そんな事を思い、後悔すると共にどう切りだそうか考えていると、僕を呼ぶ声がした。
「――お兄ちゃん」
「お呼びだぜ? 行ってこいよ」
「う、うん」
 声の主は優花だった。左手と右手にそれぞれお弁当を持っており、片方は恐らく僕の分だろう。
 やや急ぎ足で優花の元へと向かうと、そんな僕を見て優花が微笑んだ。
「お昼、食べよう?」
「……うん」
 駄目だ、本人を目の前にすると尚更どうにかしなくてはという思考に至る。
「どうかした? まさか……」
「何でも無いよ。お昼、何処で食べたい?」
「――え、あぁ、うん。屋上なんてどうかな?」
「朝雨降ってたけど、どうかな。落ち着けるスペースがあればいいけど……」
「とりあえず行ってみようよ」
「そうだね」
 僕に大きめの方の弁当箱を突き出される。どうやらこれが僕の弁当らしい。それを受け取ると、弁当箱を持っていた手、空いた方の手をそのまま僕の空いている手まで伸ばし、掴んだ。
「優花?」
「手、つないでもいいよね?」
「………………」
 優花を兄離れさせるための案の一つ、優花を遠ざける。一番現実的で今すぐにでもできる事だろう。それを実行するなら、今この手を握ったままではいけない。
手を離すのだ、出来れば自然に行うのがベストであろう。
「…………お兄ちゃん?」
 けれども、それは出来なかった。それは手を繋いでいるわけではなく、どちらかと言えば優花が僕の手を掴んでいるからだ、こう表現する方が正しいだろう。
つまり、自然に手を離せないのだ。手を離すのであれば振り払う形になってしまう。

184 名前:Chains of pain 九話 ◆kpb1UHuGog [sage] 投稿日:2011/02/21(月) 23:55:24.32 ID:wPC/VkHy [4/6]
「……何でもない」
 いつの間にか入りすぎて硬くなっていた腕の力を抜く。本当に自分は優花に甘い、どうしてこの腕を振り払うというそんな簡単な事が出来ないのだろうか、自分が嫌になる。
「ヘンなお兄ちゃん」
「そんな事はないよ」
 引っ張る力がほんの少し強くなる。
 優花は何を考えているのだろうか、どんな表情をしている? 後姿しか見えていない僕には何も分からなかった。僕は優花の事を分かっているつもりで、表情を掴めない今のように、実は何も分かっていなかったのかも知れない。
 階段を登り切ると、優花は器用に弁当箱を持ったままドアノブを捻り、ドアを開放った。
 薄い、若干錆び付いた音を響かせ、湿っぽい空気に眩しいほどの光が差し込む。眩しい。
「到着~」
 優花の足取りが少し軽快になり、僕の腕を引いたまま小走りで屋上の真ん中へ進む。
「ちょっと待って。優花っ」
「あはは。何でお兄ちゃん疲れきっているの?」
 優花が僕の腕を開放し、両方の腕を揚げてみせる。
「腕を持って引っ張るから、僕と優花の歩幅は違うじゃないか……」
 ごめんねと軽く謝ると、近くにあったソファーの座る部分を軽く手で払い、腰掛けた。
「お昼食べよう?」
 重たい体を起こし優花の隣に腰掛ける。優花はナプキンを膝の上に広げ、中に仕舞われていた箸を僕に渡す。
「今日はね、ウィンナーを入れたんだ。たこさんウィンナーだよ、可愛く出来たと思うんだけど……」
 優花が蓋を開け、僕に見せる。弁当箱には優花の言うとおり、タコさんウィンナーがお弁当箱の端に可愛く収まっていた。
「本当だね、上手くできてる」
「でしょう? 食べてみて!」
 僕のお弁当箱を受け取り、早速タコさんウィンナーを口に運ぶ。皮がパリッとしていて、歯で破ると旨みが口の中に広がった。
「ん、美味しい」
「本当、やった!」
 優花が嬉しそうに足をゆっくりとばたつかせる。弁当箱が落ちてしまうのではないか。少し心配になった。
「ねえお兄ちゃん」
「ん? 何、優花」
「“あーん”して?」
「え……」
 優花が小さな口を開けて目を閉じる。タコさんウィンナーを食べさせて、ということらしい。
「………………」
 優花が期待をして待つ。僕は箸でタコさんウィンナーを一つ摘むが、そこで僕の手は止まった。
 本当にいいのだろうか。優花をこのままにしておいて、だ。もしこのまま僕が優花の口にタコさんウィンナーを運んだとして、優花は喜ぶだろう。けれどもそれは果たして正しいことなのだろうか。
優花を兄離れさせたいと願うのなら、僕は何をすべきか決まっているのではないか?
「――駄目だ」
「え?」
「駄目だ、優花。もうそんな事する歳じゃないだろう?」
「………………」
 タコさんウィンナーを摘もうとしていた箸を動かし、玉子焼きを代わりに摘む。そして口へ運んだ、勿論自分の口にである。
「お兄ちゃん」
「何?」
 優花を横目で見る。優花は僕が横目で見たのを確認すると、再び口を開いた。
「“あーん”して?」
「………………」
 優花の表情は変わらない、再び口を開けて待つ。
「だからダメだって」
「周りにはだれもいないよ? 恥ずかしくなんか無いよ?」
 首を傾げて僕の肩をそっと揺する。
「恥ずかしいとか恥ずかしく無いとか、僕が言いたいのはそういう事じゃ無いんだ。優花はもうそんな事をする歳じゃ無いだろう? 僕はもう、そういう事をしてあげるつもりは無いよ」
 思い悩んでいた考えを優花に打ち明ける。とうとう言ってしまったのだ、もう悩まない。
「どうしてそんな事言うの、誰かにそうしろって言われたの?」
「僕がそう決めた。優花も兄離れしないといけないって思うだろ?」
「何で、あたしはお兄ちゃんが大好きだよ。何で好きなのに離れなきゃいけないの? そっか……お兄ちゃんはあたしが嫌いになったんだ……」
「嫌いじゃない、優花は大切な妹だ。大好きだよ? でもね、これは話が違う」
「好きなら一緒にいようよ。何もおかしく無いよ」
 優花が僕にしがみつく。
「僕はね、優花……普通に育って、普通に巣立って欲しいんだ。だから、何時までも僕に甘えてはいけないよ。優花はもう僕の元から巣立たなきゃいけないんだよ」
 そう言い終えると、僕は優花をそっと引き離し、立ち上がった。

185 名前:Chains of pain 九話 ◆kpb1UHuGog [sage] 投稿日:2011/02/21(月) 23:56:29.84 ID:wPC/VkHy [5/6]
「お弁当、家に帰ったら洗っておくね」
「…………嫌」
 優花は僕の座っていた位置に掌を突きながらそうつぶやいた。
「………………」
 かける言葉がない。あったとしても話しかけてはいけない。僕の意志は本物だ、優花にもそれを分かってもらわなければいけない。
 僕は自分に再び言い聞かせ、その棒立ちの足を動かす。一歩、一歩。踏みしめるように、地を感じるように歩く。
「……嫌だ。絶対に嫌。あたしはずっとお兄ちゃんの側にいる。あたしの居場所はお兄ちゃんの側だけでいい。あたしはお兄ちゃんから離れたくない……」
 扉に手をかける。この扉を抜ければ、少しは世界が変わるのだろうか。きっと変わるに違い無い、変わら無いならば、自分の手で変えていけばいい。
 ドアノブを捻り、引こうとする。ドアはサビに引っかかり、少し鈍い音を立てた。
 その音に戸惑いつつも、引く力を強めてみることにする。きっとさらに鈍い音をたてながら不恰好に開くことだろう、そんな事を予測してみる。
 けれども開き始めたと確信した瞬間、それらは全て外れることになった。
「――っ?」
 後ろから押された。誰に? 勿論、押すことが出来たのは一人しかいない。
「……行かないで。あたしの側にずっといてよ、お兄ちゃん」
「………………」
 優花が腹部を腕で挟み込み、抱きしめる。
「――お兄ちゃんが好き。ずっと一緒にいようよ。二人でずっと一緒、それでいいよね?」
「優花、もう変わらないと駄目なんだ。好きとか嫌いとか、そうじゃない。優花には優花の未来があるし、僕には僕の未来があるんだ。
変わっていかなきゃいけない、僕たちはそれに気付くのが遅かったんだ。だから今からでも変わっていこう、大丈夫だ、優花なら変われるよ」
「あたしの未来はお兄ちゃんと幸せになる未来だけ。他の未来なんかいらない、そんなの未来なんて見たくない!!」
 挟みこむ力が強くなる。その締め付けに耐えられず、僕は優花を振り払う。
「それでも前に進まなきゃ駄目なんだよ。優花になら分かるだろう!?」
 優花の体が離れ、振り払った反動でお互いが向きあう形になる。僕を見つめる優花の表情のない目に僕は思わず優花から目を逸らす。
「…………なら前に進まなくていいよ。ずっとこのままでもいい、未来なんていらない。ずっとこのまま……ずっとこのまま」
 優花の冷たい手が僕の頬に添えられる。
「何を言って……っ!?」
 そのまま口付けされた。優花の柔らかい唇が僕の唇に添えられ、冷たい両の手で挟まれた僕の顔はその突然の出来事に驚いてなのか、動けなかった。
「ん……ちゅ……んん……」
 優花の舌がゆっくりと僕の唇を割って入ってくる。舌と舌が合わさり、ざらついた感触が僕の思考を白く染めながら奪っていく。
「……れろ……ぷは……」
 唇が離れ、互いの唇が唾液で濡れる。優花の吐息を感じ、焦りと不安が押し寄せた。
「……お兄ちゃん」
 表情のない目は変わらない。僕の目を掴んで離さない。まるでそれは底の見えない深い深い海の様で、寒気がした。
「何でこんな……」
「えへへ。大好きだよ、お兄ちゃん」
「僕たちは兄妹で……」
「もう前に進まなくてもいいんだよ。ずっと一緒にいようね? 大丈夫、皆が遥か前であたしたちを笑っても、蔑んでも、あたしはずっとお兄ちゃんの味方、側にいるよ」
「――キス」
 何が何だか分からなかった。どうしてこうなっているのか。優花が言う「好き」の意味、僕の優花へ対する「好き」の意味の違い。優花の突然の行動、発言。
それらが渦のように僕の頭の中をかき乱し、まるで氷漬けにでもされたかのように僕は動けずにいた。
「大好き、お兄ちゃん」
 優花は再び僕に――