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20 :闇母 [sage] :2008/01/11(金) 21:25:51 ID:WorItLoe

〈聡史Side〉

俺、深海聡史はしがない会社員だ。
既に32歳となった俺は、今はなかなか給料のいい営業の仕事についており、幾つになっても若さを失わない、それどころかますます美しくなっている妻と、最近は成長の著しいかわいい一人娘に恵まれている。
今のところ、娘は反抗期はまだのようで、家庭内の治安は安泰だ。女の子の親は苦労すると聞いていたから、同僚や先輩の話を聞いたり本を読んだりと大切に育ててきた。
その甲斐あってか、妻の美しさとはまた違う、かわいい女の子へと成長してくれた。親として、なんと微笑ましいことか。
ただ、もう中学生になったというのに父親に甘えるのはどうかと思っている。ついつい構ってしまうのが、男の性というものかもしれない。

我が家は都心から少し離れた団地マンション503号室。
新築であり、眺めがよく、各部屋は広くとってある、というのがウリだったか。実際快適で、文句なんかつけようがない。それと家は五階にあるのでエレベーターがあるのが有難い。

「ただいまー」


21 :闇母 [sage] :2008/01/11(金) 21:28:21 ID:WorItLoe
玄関を開けるとすぐに、ポニーテールの髪が目にはいった。

「お帰りなさーい♪」
開口一番に抱きついてくる茉奈。胸があたってドキッとしたのは秘密だ。
「なんだ、やけに上機嫌じゃないか。なんかいいことでもあったか?」
茉奈は頭を撫でてやると本当に嬉しそうにするもんだから、気づけば撫でてやるのが癖になっていた。

「へへっ、なぁ~いしょ」「なんだ、隠し事か?ゆるさんぞ~」
自分のことは棚にあげ、いつものように玄関でじゃれあうこと数分。

「あなた、お帰りなさい」
長めの黒髪をたなびかせ、妻の市代が廊下にでてきた。類希な美貌の持ち主。茉奈のくりくりとした目ではなく細目な彼女は、外見によらずなにかと不器用だ。
ところが包丁を持つと途端にそこらのレストラン顔負けの一流シェフに早変わりする。
市代は謙遜しているが、市代の味覚と嗅覚は常人の三倍なのだという。事実市代は匂いで鮮度まであててみせた。
そんな素晴らしい才能を持っていたにも関わらず、市代はシェフでなく、俺との愛を選んだ。それを聞かされたとき、無我夢中で抱きしめていたのを覚えている。


22 :闇母 [sage] :2008/01/11(金) 21:31:53 ID:WorItLoe
「お疲れさま。荷物もつね」
市代の言葉で、右手に携えたかばんを意識すると、忘れていた重さが蘇る。
「おお、サンキュ」
「わたしがもったげる!!」
瞬間、茉奈は俺のかばんをひったくり、空いた手で俺の手を握り居間にひっぱっていく。
「まぁそう急かすなって」口がにやけちまうよ、ちくしょー!

だが、俺はこの時一人浮かれていたから気づけなかったんだろう。家族の空気が大きく変わり始めていることに。


23 :闇母 [sage] :2008/01/11(金) 21:33:30 ID:WorItLoe
それは突然訪れた。
「じゃあ茉奈。この料理リビングに運ん」
「いや」
な、なんだ!?ぞっとする冷たい声に、俺は一瞬誰が言ったのかわからなかった。
「なっ…茉奈、あなた」
「自分で作った料理なんだから自分で運べば~?」
さっきとはうってかわって心底気だるそうに茉奈は吐き捨てた。俺はこんな茉奈を見るのは初めてだった。
「だってお母さんの手、血がついてるじゃん。そんな汚いのまじ運びたくない」
「ッ!」
「血!?」
俺は席を立ち市代の手をとった。
「なっ!?」
俺は言葉を失った。綺麗な彼女の手のひらに、爪を刺したと思われる跡があり、今は血は止まってはいるが、見ると痛々しい。
「おい、これどした?なんかあったのか?」
「いや、別になんでもないの」
市代が無理に笑おうとしたときだった。
「嘘」
茉奈は今度は何か汚物でも見るような目でこう言った。
「近所の安藤さんといろいろしてたくせに」



24 :闇母 [sage] :2008/01/11(金) 21:40:19 ID:WorItLoe
安藤…安藤って同じ階の大学生か!!いろいろって、なんだよ。俺は急に安藤に対し言いようもない怒りがこみあげてきた。

「安藤くんと、何があったんだ?」
「か、彼となんて、なにもありません!」
「茉奈もいいかげんに」
市代は必死の形相で、しかし俺が何か言う前にまた茉奈が。
「私こないだ習ったからわかるよ。あれセックスっていうんでしょ。安藤さんを家に呼んでさ、私がいるのにあんあーんってうるさいったらないし」

少しの静寂がリビングを支配し。
俺は震えていた。怒っているのか絶望なのかは自分でも分からない。市代と目が合い、彼女と安藤がやっている姿を嫌でも想像してしまう。俺は彼女を愛している。愛しているからこそ、愛しているからこそ、許せなかった。
なんとか首だけを市代に向け何か言おうとしたが、言葉にならず、彼女も何かを言おうとしたが俺は構わずに市代を初めて、そう、生まれて初めて、本気で『殴った』。

俺の右手には、今までのどんなそれより強い痛みが走った。