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248 :girls council ◆BbPDbxa6nE:2011/04/29(金) 21:49:40 ID:ceW0ck.s
第四話

――――これは、六月二十九日の出来事である。


ブルブルブルブル。―――携帯のバイブが鳴る。

先ほどからしきりに。止まらない。
本当に十秒間隔ぐらいで、俺のポケットの中で振動している。
 「くそ、くそ、くそくそくそくそくそぉ!」
ふざけている。ありえない。信じられない。認めない。こんなの、認めない。認められるか。俺、鳴宮拓路は心の中で嘆く。本当にどうして、こうなってしまったのだろう。
どうして……どうして。降りしきる雨なのか、それとも瞳から流れる涙なのか、分からない。ただそれを服の袖で拭う。そしてひたすら夜の路地を走る。
人にぶつかっても、謝る事を忘れ、電柱に肩をぶつけても、倒れないように走る。
ただひたすら……〝あいつ〟から、逃げるように

ブルブルブルブル。―――携帯のバイブが鳴る。

 「あ…………ぁぁあああああ」
路地を曲がったところで〝あいつ〟の姿が見えた。にたぁ、と言う擬音語がつきそうな感じに口元が歪んで、虚ろな瞳を俺に向けている。
俺は突如、吐き気に襲われて口を押さえつつも、叫び声をあげながら逆の方向へ走りだす。
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな。
どうして、どうして、どうして、どうして。
いつから俺の世界は違えてしまった? いつから俺の周りは変化してしまった?
〝いつ〟〝どこで〟〝誰が〟〝何を間違えた〟?

ブルブルブルブル。―――携帯のバイブが鳴る。

もう数百以上携帯が振動を続けたころに、俺は、小さな路地をいくつもくぐりぬけて、人目の付かない公園の木によしかかった。息の乱れと、走っただけが理由ではない、体中を濡らす雨に混じった汗や、心拍数の多さから俺は立ち止まっていた。
 「ハァハァハァ……」
胸元を押さえて、息の乱れを露わにする。
―――ごめんなさい。こんなところで性的興奮をしないくれないかしら―――
 「ッ!」
……不意に。
思い出してしまう自分がいた。
いきなり銃口を突き付けてきた少女。
いきなり俺を罵倒した少女。
いきなり生徒会に誘ってきた少女。
そして俺の事を―――精一杯愛してくれた少女、篠原瑞希の存在を。

ブルブルブルブル。―――携帯のバイブが鳴る。

 「………ざけんなよ。どうして、こんな………こんなことに」
瑞希…………瑞希、瑞希、瑞希瑞希瑞希ィ!
俺は悔しくて、寂しくて、つらくて、虚しくて、温もりが欲しくて。
拳を血が滲むほどに固く握りしめながら、あの裏表のある、本当は寂しがり屋で泣き虫な篠原瑞希を思い出す。ちくしょう……俺は、俺は……。

ブルブルブルブル。―――携帯のバイブが鳴る。

 「………………」
俺は放心状態になりかけつつも、先ほどからなり続けている携帯電話を開いた。
―――新着メール 三百八十六件。
 「はは……ハハハハハハ」
それを見た俺は、力なく、そして、狂ったかのように笑いだす。
その通り。
この〝物語〟に出てきている以上、狂っていないモノなどいないのだ。
世界ですら、狂っているのだ。

ブルブルブルブル。―――携帯のバイブが鳴る。

 「ッ!」
そして、三百八十七通目のメールが届く。雨の冷たさ以外で震えていた手を押さえて、メールを開いた。……見た瞬間、俺は、もう固まるしかなかった。
 『何がそんなにおかしいの? 教えてよ』
 「………………」
一瞬にしてクールダウンした俺は、ゆっくりと、ゆっくりと、後ろを見た。

 「見ぃつけた、キャハ」

〝あいつ〟が笑顔で待っていた。
 「…………はは、ハハハハ」
……あぁ、分かった。分かったぜ。
全部あの時からだ。全部あの時から狂ったんだ。
一年前の……今日みたいに雨が降っていた、親父が死んだ―――六月二十九日。
あの日から、俺の世界は、狂い始めたんだ。
だからちょっと。
後悔のために、反省のために、懺悔のために。
狂った日の、そして狂った日からの俺の一年間の日常を、思い出してみる事にしよう。
どうせ今さら、無駄な事なんだけれども。


249 :girls council ◆BbPDbxa6nE:2011/04/29(金) 21:50:44 ID:ceW0ck.s

――――これは、六月二十九日の出来事である。

 「にぃ~にぃ! 傘忘れちゃだめだよ。今は晴れてるけど……昼からの降水確率は七十パーセントなのです!」
朝から機嫌が良さそうに、笑顔満開と言って様子で、傘を手渡してくる少女が目の前にいた。俺、鳴宮拓路の妹、鳴宮美帆だ。……笑顔も可愛いなぁ。と思う俺は、少々頬を緩ませつつ、でもそんな感情がばれては格好悪いと思い、一度咳払いしてから、傘を受け取った。
 「ん……ごほん。そうなのか? ……ありがとな、美帆」
ポン、と美帆の頭に手を置いた。そして撫でる。
 「えへへ~」
喉を触られた猫みたいに、ふにゃ、っとした顔になった美帆は気持ちよさそうに目を細めた。あぁ、可愛いなぁ。
なで、なで、なで。
 「ふにゃ~」
なで、なで、なで。
 「にゃにゃ~……に、にぃにぃ、ちょっとくすぐったいよ。もっと優しく」
 「ん、ごめん……って、何やってんだ俺は」
美帆があまりにも気持ちよさそうに目を細めていたので忘れかけていたが、俺は今から学校へ出向くところだったのだ。そう思い出した俺は、少し……いや、かなり名残惜しくもあったが、美帆の頭から手を離した。
 「にゃ~……にゃ! ………にぃにぃ~、なんでぇ」
どうやら名残惜しかったのは、俺だけではなかったらしい。
とろん、とした瞳で美帆が見てきたのだが、緩む頬を引き締めて、美帆にいってきます、と言った。
 「………………まぁ、今日はわたしにもやる事があるし」
そんな事を呟いた、美帆がいたのも知らずに。

登校中もそうだし、学校についてからもそうだったけど。
指を指す事はないものの、こちらの方を向いて声を小さくして話している者ばかりだった。
 「あれが、噂の鳴宮拓路?」
 「そうそう。……何でも親は人殺しなんだってぇ。それに本人も中学の頃に喧嘩したとか。遺伝ってやつ? 怖い怖い」
 「え~、ほんとに?」
 「…………」
畜生。ちくしょう。
本当の事だから反撃もできないし、本当の事だから悔いて反省することしかできない。
そしてそれは、恐らく誰にも伝わらずに、自分の中だけにしまわれるものになってしまう。
俺は……どうしたらいい。
畜生。ちくしょう。
すでに百回単位で考えた事だ。でも、それだけ考えても答えが出た事はない。
いつも堂々巡り。いつも思考の迷子。いつも袋小路。
そんな風に思っていたら、なんだか気が重くなってきて。
昼から雨が降るらしい空を、じっと眺めた。ふざけたくらいに晴れ晴れしている、ふざけたくらいにむかつく空を。
 「…………………」
感傷に浸っていた俺は背後からの気配に気づかなかった。
 「なぁにやってんのさ、タっクジ!」
突然。俺の体が、吹き飛んだ。
 「うおぉ!」
後ろからきた衝撃に耐えられなかった俺は、前に倒れこんだ……ならまだ良かったのだが、それ以上の大惨事。華麗な二回転をコンクリートの上で決めた俺は、え、何? 敵襲! と叫んでしまいそうなぐらいに驚いてしまい、とっさに後ろを向いた。
誰だよ、こんな危ない事したらいけませんって、お母さんに習わなかったの! とか、俺の背後に立つんじゃねえ! とか叫んでやるつもり満々で。
「ふごっ!」
しかし。
「はわぁ!」
俺の視界に、人が映る事はなかった。映ったのは暗闇。そう、振り返った先には暗闇しかなかった。闇、黒。そんな言葉で表現されるような……まぁ、なんか妙に良い匂いと柔らかい感触があるのをなくしたら、ホントにそう表現されるほど、光の一点もなかった。
だから俺は、視覚と言う名の人間の八割を占める外的干渉機能を失ってしまったのと同じ様なモノだ。


250 :girls council ◆BbPDbxa6nE:2011/04/29(金) 21:51:05 ID:ceW0ck.s
 「ちょっ、タクジ、そこ……だめっ――きゃっ!」
 「……………」
この暗闇を打ち破ろうとして、もがいてみたのだが……むぅ。
なんというかやっぱり可笑しな声が聞こえてくるな、主に上の方から。それに、顔を包み込むこのいい匂いと柔らかい感触が気になる。一体なんだ、俺に今何が起こっているんだ?
 「も、もう!」
 「ふごっ!」
突然。もがいていた俺の体が、またしても吹き飛ばされた。
先ほどと何が違うのかと言われると、俺の回転が前転ではなく後転になった事だろう。
とりあえず俺は、華麗な後転を二回繰り返した。
頭が割れるほどの激痛に苛まれ、回転が止まった時には、空を見上げてコンクリートに寝そべる形になっていた。
 「い、痛い」
 「あ、だ、だいじょ―――ふ、ふん。えっちぃタクジには、それぐらいの罰があたらないとだめだかんね!」
綺麗なソプラノボイスが聞こえた。それは過去から変わる事のない声。
途中で言い淀んだ末に、結局俺が悪いみたいな感じにセリフを繕ったその声は、俺の事を何度言っても〝タクジ〟と呼び続けるその声は……間違いない、霧島翼だな、と。
ここまできてようやく、俺は先ほどから自分に不意の行動を仕掛けまくってくる相手が霧島だと知った。
 「…………」
その事実が分かった瞬間、俺は痛かった頭の事など忘れたようにクールダウンした。
無言のまま、俺は立ち上がって制服についた砂をはたき落とす。
 「た、タクジ、大丈夫?」
そんな俺の姿を見て、さすがの霧島も手を差し伸べようとしたが、その手を俺は露骨にかわした。するりと。
 「ぁ………」
そのそぶりを見て、霧島の顔が一気に泣きそうになった。
その変化に驚いた俺は、周りに誰もいないことを確認してから、できるだけ、傷つけない程度に、懐かれない程度に、霧島に話しかけた。
 「…………俺は大丈夫だから。早く行こうぜ、遅刻するぞ」
 「あ……うん!」
まだちょっと不満があったのだろうか? 少し言い淀んだ霧島だったが、すぐに明るい顔になって歩き出した俺についてくる。
 「あ、そうだタクジ。今日も生徒会に行くんでしょ? だったら会長に言っといて。ボクは今日用事があるからいけないって」
霧島が俺と自然な形で腕を組む。ぽよんぽよん。ぱふぱふ。
 「………分かった、分かったから……とりあえず離れろ!」
俺は顔を真っ赤にしながら叫んだ。
ちくしょう、どうして女の子はこんなにも柔らかいんだ?
……………………………、そういえば……。
結局あの暗闇の正体は、何だったんだろうな?


251 :girls council ◆BbPDbxa6nE:2011/04/29(金) 21:51:28 ID:ceW0ck.s
とかなんとか。つい十数時間前の事を、今日は珍しく俺より先に帰ってきてない美帆の事を待っている際に、暇すぎて本日体験した〝霧島翼と謎の暗闇事件〟を思い返していたが、いつの間にか眠っていたらしい。俺が気付いた時にはすでに時計の針は二十三時頃であった。
 「うわ、やっべ」
リビングで寝てしまっていたために、すぐさま自室へ行こうと思い立った俺は、近くに置いてあった携帯電話に新着メールがある事に気付いた。
それを何気なく開くと、俺が待ちわびていた美帆からのメールだった。つい一時間前くらいの。
 『にぃにぃ、ごめんなさい。今日はどうしても帰れそうにない用事が出来たの。だから先に寝ていて。ごめんね、夕食作ってあげられなくて。明日は、明日は絶対、必ず作るから、楽しみにしててね』
 「………」
ぐうううう、と腹が鳴った。
そういえば、美帆がいないから何も食べてなかった。俺は仕方なく、常備してあったカップラーメンを作ることにした。ぬぅぅ、美帆よ、明日は頼むぞよ。とか思いながら。
 「……………」
湯を入れて俺は待っていたのだが、途中で固定電話が鳴りだしたので、俺はいやいやながらも出ることにした。
ラーメンが伸びない事を祈って。
無駄だったけれども。

 「た、拓路か………?」

 「ッ! お、親父か!」
その声を聞いた瞬間、肝が冷えた。この声の主が、ほかならぬ親父だと。
そしてこの時俺は初めて、今日が親父の出所日である六月二十九日であると知った。
 「親父、てめえ!」
なんてことしやがったんだ! お前のせいで俺たち家族がどれだけ苦しんだ事か、本当に分かってんのかよ! とか何とか叫んでやるつもりだったのに、そんな時間はなかった。

 「聞け、拓路。俺はすべてを謝る…………〝お前と母さん〟にも苦労をかけたと思う。だが…ガハッ! い、ぃまは、聞けぇ」

 「お、おい……親父? ど、どうした」
親父の声はかすれて、しかも何かを吐きだしたようにせき込んだ。
俺は言いたかった文句がすべて頭の中から吹っ飛び、親父の事を心配してしまった。

 「拓路、お前の見ている世界が違うことに気がつけ! いいか、お前の傍にい――ガハッ!」

―――プツ。
 「お、おい、親父? おい、どうした親父! 返事しろよ!」
そう、これが親父の言った最後の言葉であった。
これが約十年ぶりに、声だけの再会を果たした父親の最期。
―――翌日、六月三十日。親父は心臓と喉を貫かれた状態で、市内の公衆電話の中で見つかった。その手に、何かを言い残したかったかのように、強く、固く、受話器を握りしめたまま。
そして、その夜の通夜での出来事。
元々親戚の少ない親父は、人殺しと言う事もあってか、集まったのは十人にも満たなかった。でも、俺はそんな中で、本気で泣いてしまった。
誰もが同情の眼を向けてきて、それが無性に腹立たしくて、外に出て電柱を殴った。
何度も、何度も、何度も。
拳が痛むくらいに。心を、ごまかすくらいに。
 「大丈夫だよ、にぃにぃ」
 「……………」
不意に、背後から声がした。
美帆の、声。嬉しそうな、美帆の、声。
 「わたしがいるからさぁ」
ぎゅっと。背後から抱き締めてくる美帆の体は、温かいはずなのに、俺には冷たい氷のように感じた。
 「えっへへ~。にぃにぃ~………………これでやっと、ね。二人っきりだ」
ふざけたくらいに、ふざけた俺の人生は、ふざけたくらいに残酷で、ふざけたくらいに無情だった。そんな事を考えているうちに、親父の言葉が、脳裏に浮かぶ。
〝お前と母さん〟、〝世界が違う〟、〝お前の傍に―――

 「だめですよ、にぃにぃ………余計な事を考えちゃ!」

――ビリッ、と。
俺の首筋に青い稲妻が走った。
――暗転。世界は暗闇に包まれた。

 「でも、まだ安心できないか…………まったく、誰が〝とどめ〟をさしたんだろうなぁ〝お父さん(あのおとこ)〟の」

―――美帆……お前じゃないのかよッ!
薄れゆく意識の中で、そう俺は、歯を強く噛みしめた。
どうせ起きるころには、全部忘れているんだろうけれど。