400 名前:天使の分け前、悪魔の取り分 ◆STwbwk2UaU [sage] 投稿日:2011/04/12(火) 01:08:01.63 ID:0ysqbgf1 [2/11]
――僕が階下のドアを開けると、そこは1階とは全く違う世界だった。
ふたり分の椅子。
ふたり分の食器。
ふたり分のティーセット。
それを載せる少し小さめのテーブル、そして暖かな光を放つランプ。
そう、まるで僕が好きだった本の中にありそうな部屋だった。
この風景を一言で表すなら

安堵。

今にも不思議の住民がお茶会でもはじめそうな………そんな雰囲気だった。
そして、その世界の中心にいるのがアリス。
椅子に腰掛け、テーブルに向かいながら僕のプレゼントしたアームレットを、
微笑みながら見つめている。

僕は、一番会いたかった人に対して、一番違和感を感じた。
変わってないのだ。
その仕草も、身に纏う空気も、姿形も全て。
僕の記憶のままのアリスだった。
本当に5年経ったのか?
実は今までのはすごく悪い夢で、起きたらあの日から一日しか経ってないんじゃないのか?
そう、思わざるをえないほどに彼女は変わっていなかった。
しかし、自分の姿を見ると5年の歳月を感じる。
身長は伸び、声は変わりはじめ、着ている服は少年より、青年を感じさせるような服を選び始めている。
――やはり、僕は死ぬのかな。
時間の残酷さを噛みしめつつ、一歩彼女の元へ歩み寄った。



401 名前:天使の分け前、悪魔の取り分 ◆STwbwk2UaU [sage] 投稿日:2011/04/12(火) 01:08:30.93 ID:0ysqbgf1 [3/11]


「動くな。」

低く、鋭く、冷たい声がぼくに突き刺さる。
聞き覚えのある、でも聞き覚えのない声。
目の前の少女を見る。
微笑みながら、アームレットをじっと眺めている。
……馬鹿な、今の声がアリスだっていうのか!?
現実を受け入れられない僕に、アリスはさらに追い打ちをかける。

「貴様がどこの誰かは知らん。興味もない。
 だが、今すぐここから出て行け。
 ここは私と、彼のためだけの世界だ。」
声が、出ない。体も、動かない。
彼って誰だ?
待ってくれていたのは僕じゃないのか?
僕は、もう友達じゃないのか…?
体のバランスが崩れ、ふらっ…と足が前に出そうになる。

次の瞬間、僕の体は完全に固まった。
アリスが何か僕を縛り付けたわけではない。
ただ、周りが灰色に見えるほどの殺意を僕にぶつけただけだ。

「それ以上…土足で私と彼の世界に踏み込むな……
 ここは血で汚したくない。今すぐ出て行け。今すぐにだ。
 この無礼は今出て行くなら、目をつぶってやる。」
表情は、さっきからずっと変わっていない。
世界にひとつだけの宝を眺めているかのように、僕の作ったアームレットを微笑みながら見ている。
しかし、その瞳は透き通った青から、紫…そして燃えるような赤に変わっていっている。
僕は、動かない。動けない。
怖かった。
目の前の少女が、とても怖かった。
その無遠慮な殺意が。上の部屋の惨状が。そしてこれから起こるであろう無惨な死が。
そして、悲しかった。
彼女が僕を友達だと認識してくれず、ただの邪魔者だと思われていることが。



402 名前:天使の分け前、悪魔の取り分 ◆STwbwk2UaU [sage] 投稿日:2011/04/12(火) 01:09:08.49 ID:0ysqbgf1 [4/11]

スッと、アリスが立ち上がった。
ゆっくりとこっちに向かってきている。
「出て行かないなら、それでもいい。
 ただし、もう外に生きて出られると思うな。
 …上に行こうか。何度も言うけど、この部屋を血で汚したくないんだ。」
アリスが僕の前に立つ。
先程まで微笑んでいた顔が、一気に殺意にまみれた。
瞳は燃えるように赤く、深い色をたたえていた。
僕だよ、アリス。君の…友達だよ……

「ア…リス……」
絞った声はか細く、相手に伝わるかすら怪しい声だった。
しかし、僕の声はアリスに伝わったらしい。
殺意が消え、アリスの瞳は青く戻った。

「君…か…?」
アリスが優しく、僕の頬に手をかける。
「アリス…僕だ…アリスの友達の…僕だ……」
目の前のアリスが、僕に柔らかに微笑む。
「君だったのか…すっかり背が伸びたんだな。違う人かと思ってしまったよ。」
「…違う人だったら?」
アリスが僕の頬を撫でることをやめ、代わりに僕の手を取る。
「ここは世界を閉じているから、君以外滅多に入れないんだが…
 邪魔者は、排除するだけ…かな?」
背中がゾクっとした。
それはつまり、僕以外の訪問者の人生の終点を表している。
具体的な方法はわからない。
しかし、その終点は全て等しく、ここで終わっていることだろう。

「今日も何かして遊ぼうか?それとも、私の知っている昔話でもしようか?」
僕の恐怖も露知らず、あの時のままのアリスは、
あの時のままに僕を誘う。
「アリス、少し、話そう。」
対する僕は、あの頃の僕と違っていた。
アリスに、恐怖を覚えていた。
「そうか、ならお茶を淹れよう。すこしそっちへ座っていてくれないか?」
「うん、わかった。」
アリスに…聞かなくちゃ……




403 名前:天使の分け前、悪魔の取り分 ◆STwbwk2UaU [sage] 投稿日:2011/04/12(火) 01:10:45.69 ID:0ysqbgf1 [5/11]
「君が隣…君がいる…ふふっ……」
なぜか、僕はベッドに腰掛けていた。
てっきり椅子かと思ったんだが、椅子ではダメな理由がある。いや、あった。
「アリス、お茶が飲みにくいんだけど……」
アリスが、僕を横から抱きしめているのだ。
「君のぬくもり…君の匂い…君の声…君がいる……私の隣にいる……私の………」
アリスは僕の体にすりつき、顔を胸にうずめている。
ちょうど顔が見えない…今どんな表情をしているんだろう……

やがて飲みにくい体勢のまま紅茶を全て飲み、心が落ち着いたところでアリスに話しかけた。
ちなみに、まだ僕の胸に顔をうずめている。
「アリス、僕は君に聞きたいことがあるんだ。」
「ん………何かな?」
僕が話しかけると、ゆっくりと体を僕から話し、僕の目を見た。
目は少しとろけたような感じで、頬は上気している。
「アリス、君はまだ封印が解けてないのかい?」
「…またその話か、もう封印はない。私は既に力を取り戻している。」
またか、というような顔をして、再度僕の胸に顔をうずめようとする。
僕は彼女の肩をつかんだ。
「前に君は、ここから離れられないといった。どういうことだか教えて欲しい。」
あの時、僕は嫌われているという想いだけでいっぱいだった。
でも今は違う。アリスだって何も理由がなくあんなことを言うはずがない。
…根拠はないんだけどね。
アリスの目を見る。
先ほどと打って変わって、少し目が泳いでいる。
「あの…それは…私は…つまり……」
…なんで動揺しているんだ。まさか、そんな……
嘘だろ?アリス?
「アリス!僕の質問に応えて欲しいんだ!」
このままだと僕は君との友情を疑ってしまう!
嫌だ!やっぱり嫌なんだ!
頼む…本当のことを教えてくれ…
「わ…私は、君とけ契約、した。」
契約?契約ってなんだ?何を契約したっていうんだ?
つかんだアリスの肩が震える。熱くなって強く掴んでしまったか…
僕は手を離した。するとアリスは自分を抱くように腕を組んで震え始めた。


404 名前:天使の分け前、悪魔の取り分 ◆STwbwk2UaU [sage] 投稿日:2011/04/12(火) 01:11:20.80 ID:0ysqbgf1 [6/11]

「き、君はここにきて、私と話し、私と遊んでくれる関係を望んでくれた。
 だから私は、この蔵から出ない、出られられない。
 も、もしかしてあの時私が断ったことが気に食わなかったのか?
 す、すまなかった。あんなことになるなら、私は安易な契約なんてするべきじゃなかった。
 でも許してくれるなら、私は君になんでもする!本当だ!
 なんでも、なんでもしますから……許してください……お願い…します……」
アリスは僕の目をすがる様に見る。まるで命乞いをされているかのような気持ちだった。
冷静に考えればここで追求をやめるべきだった。
僕の発言がどれだけアリスを追い込んでいるか考えるべきだった。
だが、僕は止められなかった。
僕の知らないところで話が進んでいるのが、
何より僕の知らないアリスがいるのを許せなかった。

「僕は君と契約した覚えはない!」
あの時、僕は何も望んでいなかったはずだ!一体どういう……
「う…そ…だ………」
ハッとなってアリスを見る。
目が見開き、瞳から涙が溢れている。その視線の先は僕を通り過ぎ、虚空を見つめていた。
…泣いている。僕が、泣かせたのか?
「嘘だ…嘘だって言って……
 わ…私と友達になるって、言ってくれたじゃないか………
 そ、その言葉を信じて私はけ、契約したんだ…
 この関係、っがかっ変わらないように……
 いいいつまでも、続くように……
 嘘だよね?嘘だよね?私は望まれたんだよね?
 私はここにいるべきなんだよね?そうなんだよね?」
もしかして、僕の「トモダチになってください」という言葉が、彼女との契約になっているのか?
…だとしたら、安易な発言をしていたのは僕の方じゃないか…っ!くそっ!
「ごめん…僕の安易な言葉から、君を縛り付けるようなことをしてしまって…
 それなのに…ずっと一人にしてしまって……本当に……ごめん…」
「ち、違う…違う……わ…私は君が望むなら、死んでも……いい。君が必要としてくれるなら……」
「僕には君が必要だった。ずっと、君に会いたかった……」
「私も…私も君に会いたかったっ!一緒に居たかった!ずっと会いたかった!
 ……うぅ……うぇぇぇぇん……」
僕は、彼女が泣き止むまで、あのときのように彼女を抱きしめた。




405 名前:天使の分け前、悪魔の取り分 ◆STwbwk2UaU [sage] 投稿日:2011/04/12(火) 01:12:17.57 ID:0ysqbgf1 [7/11]
「アリス、君に渡したいものがあったんだ。」
ゴソゴソと、自分の手提げかばんを漁る。
「今年の秋、一番に落ちた紅葉なんだ。
……本当なら、仲直りのきっかけに君を紅葉狩りに誘おうとも思っていたんだけど…」
「…ありがとう。君の気持ちだけでも十分に嬉しい……」
そういうと、アリスは紅葉を胸に抱いて、そっとテーブルに飾った。
飾られた紅葉は、僕が持ってきた時よりやけに瑞々しい気がする……
紅葉に気を取られていると、アリスが僕の両手を握ってきた。
「もう…どこにも行かないんだよな?
 あの日のように、ずっと一緒に遊ぼう。
 私と君はトモダチだ……トモダチなんだ……」
アリスは僕の目を見ない。ずっと、僕の手をみている。
……どうしよう、お別れを言いに来たんだけど、とっても言いづらい雰囲気になってしまった………
しかしさりとて、僕の死が消えてしまうわけじゃない。
心を鬼にしよう。僕は最低の悪魔だ。
「違う、アリス、僕は……君にお別れを言いに来たんだ。」
アリスがキッと僕の目を見上げる。目から涙がこぼれている。

「まだ…まだそんなことを私に言うのか!?私の心を壊して何が楽しい!?
 私が死ぬほど喜んで、私が死にたいほど悲しむのが滑稽か!?」
ポロポロと涙を零す。僕は人でなしだ。本当に、最低だ。
「……そうだよ、だから僕は君に言うんだ。
 もう、トモダチを止めに来た…ってね!」
アリスは俯いた。ブツブツと何かをささやいているようだ。
構わず、僕は続ける。
「僕はこれから遠くへ行く。もう、君とは会わない。
 今日ここへ来たのは、君にお別れを云うためだ。
 君も僕のことを忘れてくれ。僕も、君を……忘れる。」
ははは、死にたいな。出来れば苦しむように死にたい。
友達を何年も放っておいて、挙句の果てに忘れろとか、
僕は人間じゃないな。外道っていうんだっけ、こういう奴は。

「……を……きする。」
今、なんて言った?
「…え?」


「契約を、破棄する。」

冷たく、鋭い声が、厳かに響いた。



406 名前:天使の分け前、悪魔の取り分 ◆STwbwk2UaU [sage] 投稿日:2011/04/12(火) 01:12:53.83 ID:0ysqbgf1 [8/11]
「と、友達をやめるっていうこと?都合がいい、なら僕はもう……」
「勘違いするな、人間。」
「な、なにを………」
アリスから放たれるのは圧倒的な威圧感。
言葉が出ない。全て呼吸となって外へ出て行く。
「もう、君との関係をずっと大事にしていくのは辞めだ。
 もはや私は自由にする。君の指図は受けない。」
アリスの顔が見えない。頬が光っている。
……泣いているのか?
「私は君を待っていた。君がまた私のところに来て、
 他愛も無い話をして、星を見たり、かくれんぼをしたり、本を読んだり、
 風にあたったり、少し一緒に寝たり……
 だが、君は私から離れていく。私に忘れろという。
 ………こんなに悲しい気持ちになるなら、
 君が離れていくのをただ見ているのがトモダチだというなら……」
アリスが僕の手を振り切り、部屋の前に立つ。
僕を見る。
真夏の青空のような、真っ青の瞳に、涙をたたえて僕を見る。

「…私は、トモダチなんて要らないっ!!」


部屋が、シン…と静まり返った。
何も動くものがない部屋、静かにアリスと僕の息だけが聞こえる。

終わった…終わった………
もう、目の前の少女は僕の友達ではない。
ただの、可憐な少女だ。僕とは一切関係がない。
もう、思い残すこともない。

……帰ろう。


407 名前:天使の分け前、悪魔の取り分 ◆STwbwk2UaU [sage] 投稿日:2011/04/12(火) 01:13:41.88 ID:0ysqbgf1 [9/11]
ベッドから立ち上がり、部屋から出ていこうとすると、
カタカタと、飲み終えた紅茶のカップが震えた。
その音はすこしずつ大きくなり、やがてカップが地面に落ちた。
なんだ?なんだってんだ?
アリスは大丈夫なのか?
アリスを見ると、足元に暗闇が広がっていた。
アリスの目が、赤い。
やがて暗闇がアリスを襲った。まるでその暗闇に引きこむように。
僕はとっさにアリスに手を伸ばす。
「アリス!」
あと少しで届く!待ってろアリス!
手が触れ合う瞬間、
ペシっという音と共に手を払われた。
…アリスに。
「なっ…!アリス今は……」
「来るな、早く逃げろ。」
ひんやりとした声で、自分に言う。ど、どういう事だ?
「これは契約違反したものを罰するための呪い。
 ……だが、こんなものはどうでもいい。なんとでもなる。
 だが、お前が今まで縋っていたトモダチとやらの関係を大事にしたいなら、
 今すぐここから出て行くがいい。一刻も早く蔵から離れるがいい。
 さもないと私はお前を……」

――食べちゃうかもしれない。



408 名前:天使の分け前、悪魔の取り分 ◆STwbwk2UaU [sage] 投稿日:2011/04/12(火) 01:14:01.87 ID:0ysqbgf1 [10/11]

僕は全力で走った。
だが、それはアリスとの友達の関係を守りたいためじゃない。
純粋に怖かったのだ。
もう、あれはアリスじゃない。
そうだ、あれは……レッドアイズだ。

つまづきながらも階段を上り、タルの並ぶ貯蔵庫を抜ける。
途中、激しい振動が自分を包む。振動に耐えかね、周りのタルからはお酒が溢れ出す。
それでも走る。走る。
足元の液体に滑っても、なお走る。
出口はもう目の前…あと少し…届く……っ!


「…惜しかったな?実に、惜しかった。」

ドアまで後数歩、僕の肩には
アリス…いや、レッドアイズが乗っていた。
最終更新:2011年05月05日 11:41