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163 名前:忍と幸人 第四話[] 投稿日:2011/04/15(金) 21:14:54 ID:vZqUPmGs [13/18]

 殴り倒した連中を服従させる事に成功した私は思った以上の収穫を得た。奴らが幸人を犯そうとした録画映像の事もあるが、連中には他にも、幸人やあの女を度々利用している顧客との繋がりがあったのだ。どういう因果かは知らない。友人や会社の同僚という事もあるだろうが、そんな事は別にどうでも良い。このおかげで、他に十人近くの新たな顧客の存在を知った。一人を締め上げて吐かせたところ、そいつらは結構な常連みたいで、内一人の男は月に三回も利用しているのだそうだ。
 風俗店の金の相場なんて知らないが、一万や二万は余裕で掛かるだろう。一ヶ月で三回も通うとは相当のめり込んでいるみたいだ。
 そいつは幸人を指名した事は無いそうだ。何時もあの女――サユキというそうだが本名ではないだろう――と乳繰り合っていたらしいとの事だった。
 あの女――サユキにかなり入れ込んでいるみたいで、デートの約束を取り付けようと躍起になっていた事もあって、ちょっとした評判にもなったそうだ。すぐさま、冷やかしとからかいの対象になり、内輪では「マジで惚れちまったらしい」と笑い種だったという。
 そんな話を聞いていて、何となくそいつの容姿が浮かんだ。体型は瘠せていて、人付き合いが苦手。いつも挙動が不審な男……性格も臆病で、恋愛もロクに経験していなさそうなイメージだ。
 娼婦は相手の好みに合わせようとするから、男はその演技に乗せられ、娼婦に想いを寄せてしまう事があるらしい。女の方がその想いを許している内は良いが、一度それを「商売上やむを得ずの事」だと拒絶した日にはどうなるだろうか。熱心に入れ込んでいた男側は一体どんな反応を見せるのだろう。
 その考えから、「この男を利用できないだろうか」と思い浮かんできた。早速、その男と面識のある一人を脅迫して連絡を取らせ、顔合わせの日時を取り決めた。
 ファミレスで待ち合わせ、実際に会ってみると、思わず噴き出しそうになってしまった。私が適当にイメージした人物と実物の身体的特徴が見事に合致していたのだ。ほっそりと痩せ、頬がこけた顔を見た時は思わず口を手で押さえてしまった。「……どうかしましたか?」と恐る恐る訊ねられ、その場を取り繕うのに苦心した。

164 名前:忍と幸人 第四話[] 投稿日:2011/04/15(金) 21:16:53 ID:vZqUPmGs [14/18]
 外見だけでなく、内面までイメージ通りだと思った。彼は目を右へ左へと泳がせて、こちらと視線を交わそうとしない。しゃべり方も所々の音が弱く、プツリ、プツリと言葉が途切れて聞こえる。まるで電波の悪いラジオを聴いているみたいだ。
 彼――名前は針巣と言うらしい――には、「お前と共通の趣味を持つ女性がいて、その女性が是非会ってみたいと話していた」と「連絡役」に伝えさせている。彼は猟奇殺人のオタクで、何かにつけてはその話題を持ち出してくる程の熱狂ぶりだそうだ。私もその系統の話にはある程度の知識があったので、顔を合わせる口実にもってこいだった。
 少し気まずい対面の後にすぐその話題になったのだが、針巣の知識はかなりの物だった。著名な連続殺人犯のバックグラウンド、人物像、書籍から引用したのかと思わせる程精密な心理分析……流石に「殺人オタク」と呼ばれるだけはある。所有している文献もかなりの量になるそうで、現在進行形で増え続けていると自慢していた。
 オタクというのは、意中の物が話題に挙がるといきなり饒舌になる。針巣も例外でなく、途切れがちな話し方こそ変わらなかったものの、次々に話から話へと繋げていって、私に口出す暇を与えなかった。私も知識があるとは言えども、彼には遠く及ばない事を思い知らされ、ただ聞き役に徹する事しか許されなかった。
 特に、感情の移入具合には目を見張った。犯罪心理を分析する際は高度な感情移入を要求されるというから、その点では彼に適しているかもしれない。犯人の気持ちになりきる彼は、まるで何かに憑かれたと思う程、恍惚としていた。
 彼のその感性は素直に評価できる。優秀とも言って良いのではないか。
 それに、私にとっても都合が良い。
 弾む会話が波の引き際になった頃、次が来る前に私は切り出した。

 「あ、そうだ。ついでに一つ訊きたい事があったんだ」

 次のテーマを持ち出そうとした出鼻を挫く形になったらしく、少し拍子抜けした針巣の顔が印象的だった。自分のペースを乱されて不快感を覚えた男が見せる顔だ。ほんの一瞬だったが、確かに苛立ちを含んでいた。
 それをかき乱そうというわけではないが、ストレートに突っ込んでみた。

 「サユキに好意を持っているそうだな?」

165 名前:忍と幸人 第四話[] 投稿日:2011/04/15(金) 21:19:29 ID:vZqUPmGs [15/18]
 目が丸くなった。トークに没頭していた時は落ち着いていたその瞳の動きが、また左右に揺れ始めた。
 「……何で?」と彼は小さく訊いてきた。一時は得意げに伸ばしていた背筋も、水を失った植物を連想させる様に萎れていった。売春婦に恋心を持ってしまった事を恥と自覚しているのだろうか。

 「サユキは確かにプロポーションも良いし、美人だ。娼婦と言えども、あれ程の器量の持ち主を物にできたら、さぞ鼻が高いだろうな」

 針巣は俯いて、その顔をこちらに見せようとしない。

 「彼女に再三デートのお誘いを掛けているとも聞いたぞ。周囲に女性の好みそうなアクセサリーや服を訊ねて回っていた事もな。大方、彼女への貢物だろう」

 針巣は「貢物」という一言に反応したのか、キッとこちらを睨んだ。すぐに元の様にオドオドとしてしまったが、その時に見せた鋭い眼光に針巣の本気を見た。
 この男はあの女に本気で惚れていて、何とか手に入れたいと思うあまりに己を見失っている。あの女に「これ買って」と言われれば、貯金をはたいてでも買うだろう。頼まれ事をされれば睡眠時間も削るだろう。針巣にとっての中心が全てあの女に移ってしまっている。 
 あの女に心臓を握られている。哀れな男だ。

 「……貴女には関係の無い事でしょう」

 酷く萎縮し、見るからに弱々しいその小男が、ボソボソとした小声で言った。相変わらず視線を合わせようとしない。

 「ああ、関係は無いが……娼婦の常套手段に引っ掛かったままでいるのが気の毒に思えてな」

 彼は黙った。水をちびちびと口にして、テーブルの上を見つめている。
 今、彼の中では私に対しての反発心が渦巻いている事だろう。何時それが殻を破って表層化するだろうか。
 針巣は挫けずにデートの約束を結ぼうと努力を続け、ようやくそれを取り付ける事ができたらしいと「連絡役」から聞いている。私が敢えてそれを知らないかの様に装っているのは、彼の出方を窺う為の餌だ。彼の大本の性格は分かったが、少し奥まった部分についても、僅かでも良いから確認したかった。

166 名前:忍と幸人 第四話[] 投稿日:2011/04/15(金) 21:21:34 ID:vZqUPmGs [16/18]
 針巣は実に都合よく、それに乗ってくれた。

  「でも……僕は彼女と……」

 口から洩れ出た空気の中に混ぜられた、ささやかな抵抗だった。周りの話し声やウェイトレスの運ぶ食器の触れ合う音に誤魔化されそうになるのをかろうじて聞き取る。恐らく半分近くは聞こえなかっただろうが、これで十分だ。
 内心でほくそ笑む。とりあえずは役に立ちそうだ。

 「……すまない、差し出がましい真似をした」

 テーブルに両の手を付いて頭を下げる。

 「い、いえ……」

 彼は狼狽しながら、それだけ言った。
 サユキとの話題はこれで終わりとなった。時間潰しに、また彼にお得意のトークを披露する様に促してみるが、先程の後を引いているのかキレが幾分悪くなっており、非常にやり辛そうに見えた。 淀んだ空気はとうとう清まる事もなく、その内に針巣は「この後予定があるので……」と腕時計を見せながら、逃げる様に席を立ってしまったので、そのままお開きとなった。
 夕方の町並みを眺めながら家へと戻る途中、頭の中は常に幸人の事で回っていたが、それと並行して、あの女が如何に悲惨な末路を迎えるかも妄想していた。
 あの時の針巣はきっとこう言いたかったのだろう。「それでも僕は、彼女との関係を進展させている」と。私の忠告が全く耳に入っていないか、或いは認めていないか……どちらにせよ、それが娼婦の常套手段である事に彼は理解していない。風俗やキャバクラに金を注ぎ込む男達と同類だ。いずれはどこかしらに捻じれが生まれる事だろう。
 針巣はサユキに対して、どれ程の憎しみや悲しみをぶつけるだろうか。包丁で彼女を滅多刺しにするだろうか。鈍器で頭部を潰れるまで殴るだろうか。それとも――これは一番面白くないパターンだな――ただ無様に泣きついて愛想を尽かされるだけか……。

167 名前:忍と幸人 第四話[] 投稿日:2011/04/15(金) 21:26:42 ID:vZqUPmGs [17/18]
 針巣の行動に依存する為、安定性が著しく欠けているのは言うまでも無い。それでも、針巣は上手く誘導できれば有用な駒になり得る可能性を孕んでいる。情念の拗れは殺意の源としては十分だからだ。
 確実に仕留めるのであれば、私が直接動けばそれが良いに越した事はない。あんな女一人を潰すのは雑作も無い事だ。それを避けて別の手立てを模索しているのは、ボロを出した時のリスクがあまりに大きいからだ。日本警察も国際的に見れば優秀な組織である。僅かな気の緩みが獄中送りに直結してしまう。
 その事を頭に置いてみれば、一番良いのは私ではない誰かに代行してもらう事だ。針巣は今のところ、その最有力候補であるに違いない。
 ただ、どの様に針巣を誘導するかを考えなければならない。どうやって針巣の中に眠る爆弾の導火線を着火させるかが一番の問題だった。
 傍から見れば、針巣がサユキに食い物にされているのは明白だ。本人にそれを痛感させられれば良いのだが、どの様に仕組めば良いのだろうか……。
 一番効くのはあの女の本性を見せる事か。普段自分に見せている笑顔の裏側では、自分を徹底的に搾取しようと目論む醜いハイエナが潜んでいる……だなんて知ったら、彼が信じていたモノは瞬く間に砕け散るだろう。それを手元に保管できる手段があれば……。
 ……そうだ。幸人はあの女と共に暮らしているのだ。彼に頼るのが一番簡単ではないか?
 勿論、あんな女でも幸人の母親なのだから、多分素直に話しては彼は協力を渋るだろう。彼に気付かれない様に工夫をする必要がある……。

 「おっと、失礼」

 歩行者にぶつかった。考える事に夢中になっていたせいで少しも気付かなかった。
 私とぶつかった男は私を見上げると、ヘコヘコしながら去って行った。あちらも雑誌を読みながら歩いていたので前方不注意になっていたみたいだ。
 彼の手にある雑誌に目が行く。どこかで見た事がある雑誌だと思って首を捻る。
 あれは確か……私が幸人達を尾行する前にそこら辺で拾った週刊誌だ。芸能人のプライバシーを侵害する様な内容がてんこ盛り、広告の欄では怪しい出会い系サイトの宣伝が大きく掲載されている、他愛もないゴシップ誌だ。

 「……そう言えば、あれには盗聴器についての記事があったな」

 今度の古紙回収の時に出そうと思っていたが、それはもう少し先送りとなりそうだった。