745 名前:ぽけもん 黒 24話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/04(水) 01:50:27.19 ID:/YmBUMpA [2/9]
時刻は未だ早朝。
窓からではなく、キチンと玄関からポケモンセンターに入場した。
ロビーで香草さんに向き直る。
「香草さんはここで待ってて。事情を説明してくるから」
「どうして? 私が一緒にいたらダメなの?」
「ダメっていうか……また喧嘩になって欲しくないから」
「大丈夫よ。私、もう負けないから」
圧倒的に間違った論点で大丈夫とか言ってるうちは大丈夫じゃない。
そういえば香草さんはあれから進化して、能力も倍増している。
香草さんは基本的に自信過剰とはいえ、実際、今度は勝算があるのかもしれない。
でもそもそも最初から勝算云々の話じゃないんだ。
「と、とにかくここで待ってて。すぐ戻ってくるからさ」
香草さんは明らかに不満げだ。
このまま問答を続けたところで、おとなしく従ってくれるとは思えない。
そんなとき、僕の脳裏に一つの案が閃く。
冷静になって考えればどう考えても有効とは思えないその案だったが、そのときの僕は浮かれていたのだろう、その案を実行に移してしまった。
膨れっ面の彼女の肩を抱くと、彼女が何かリアクションをとる前に、そのまま彼女の唇に口付けた。
「少しだけ待っててよ。それじゃ」
顔を真っ赤にして、唖然とした表情をしている香草さんにそれだけ告げると、足早に部屋に向かった。
あーあー恥ずかしい。僕は何でこんなことを!
顔を真っ赤にしたのは香草さんだけではなかった。
急に恥ずかしくなり、地面をのた打ち回りたくなる。
あまりにもキザだ。いくら香草さんがデレデレだからって調子に乗るのも大概にしろ!
廊下を早足に歩きながら、僕は叫びだしたい衝動を必死に押さえる。
後悔先に立たずだ。まったく。
あっという間に部屋の前まで来た僕は、顔の火照りを沈めるために深呼吸を繰り返し、それから部屋に入った。
「やあ、ゴールド」
驚いたことに、やどりさんは平然とベッドに腰掛けていた。
まるで言う前から僕がいなくなった理由を知っているかのように。
「いったいどこに行っていた?」
やどりさんは微笑みながらそう続ける。
僕は彼女が発す独特の雰囲気に気圧されていた。
さっきまで浮かれていただけに、余計に動揺が起こる。
「あ、あの、さ、落ち着いて聞いて欲しいんだ。ちゃんと最後まで」
「もちろんだ」
やどりさんが落ち着いているのはいつものことである。
しかし、こちらが動揺しているときにこうも平静に振舞われると、どうも落ち着かない。
僕は切り出すのを少し躊躇った。しかし、すぐに口を開く。
「……香草さんと、会ってきたんだ」
ジリ、と空気が軋む音が聞こえた。
「……どういうことか、詳しく話して」
空気が張り詰めたと思ったのは、僕の気のせいではないだろう。
「その前に、約束して欲しいんだ」
「約束?」
「もう香草さんと喧嘩したりしないって。あ、いや、喧嘩しても、言葉で済ませる、手は出さないってことを」
「ゴールド、何を言っているかよく分からない。あの女はもう私達には関係ない。そうでしょ?」
やどりさんの言葉には有無を言わさぬ圧力が含まれていた。
寸簡、息が詰まった。しかし、気おされるわけにはいかない。
僕は拳に力を込めると、意を決して話し出す。
「……単刀直入に本題から言うよ。パーティーに私情を持ち込むことはごめんなさい。……僕は香草さんと付き合うことになった」
瞬間、突風が僕の両脇を駆け抜けた。
窓は開いている。
だから風が吹く条件は揃っていて、それはただの突風であっても何の不思議も無い。
そうだ。やどりさんがサイコキネシスを使う理由なんて、ない。
無いはずだ。
「……それで?」
746 名前:ぽけもん 黒 24話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/04(水) 01:51:29.40 ID:/YmBUMpA [3/9]
「だ、だから、香草さんと契約解消はしない。出来れば、皆で一緒に旅を続けたいんだ。だから、仲良くして欲しい」
やどりさんは無表情で押し黙っている。
「僕の我儘でこんな面倒なことになってしまったことは本当に申し訳ないと思っている。けど、僕は……」
いや、言い訳はやめよう。面倒に巻き込まれるほうからしたら、どんな正当な理由だって理由にはならない。
「せ、せめて、仲良くは無理でも、喧嘩はしないで欲しいんだ。この間みたいなことは、絶対に……」
「大丈夫」
肯定するやどりさんの言葉はやけに力強い。嫌な予感しかしない。
「だ、大丈夫って?」
「正直に言って欲しい。あの女に何を言われたの?」
「な、何って……『好き』って」
「違う。そうじゃない。あの女は力を背景にゴールドを脅迫した。そうでしょ?」
有無を言わさぬ強い口調だ。だけど、それに従うわけにはいかない。
「ち、違うよ! 僕は本当に……」
「……大丈夫。無理をしなくて、いい。私がついている」
まずい。致命的に話が通じない。
しかもやどりさんから漂っている空気は、以前香草さんが凶行に及ぶときのそれに似たものがあった。
正直、やどりさんはまともに戦って勝てる相手じゃない。
何せ、超能力は目に見えない。故に回避がとても難しい。しかも地形の拘束を受けない。つまり地の利は彼女にある。さらに、超能力相手に攻撃は無駄だ。僕の最強武器である忌まわしき毒ナイフも、サイコキネシスの前にはまるで無力だ。
となると残された手は逃走のみ。僕が煙玉に手を伸ばすのと、彼女のサイコキネシスが僕を捕まえるの、どちらが速いだろうか。
……愚問だ。もう僕は彼女の手中にあるも同然、彼女がその気になれば、僕に打つ手は無い。
僕が斬ることのできるカードは説得の一枚のみ。苦しい状況だ。
この恐怖がただの下らない杞憂であることを願うばかりだ。
「やどりさん、落ち着いて聞いて欲しい。僕は本当に脅迫されたわけでもなんでもないんだよ。本当に香草さんが好きなんだ」
僕がそれを告げた瞬間、彼女の周りを立ち込めていた“嫌な感じ”が急激に縮小していくのを感じた。
「……そう」
やどりさんは泣きそうな顔でそう呟く。
「……分かった。私は、ゴールドの言うとおりに、する」
彼女は途切れ途切れにそう答える。
先ほどの不穏な気配からすると、妙に聞き分けがよく思える。
いや、やっぱりただの杞憂だったのかな。
それとも、やどりさんは僕のことをまるで恩人のように思っているから、僕が自分の意思でそう決めたのなら、それに反対したくはないのだろうか。
「あの、香草さんも話せば分かってくれるようになった……と思う。だから大丈夫だよ」
「……うん」
彼女はただ悲しげに俯くばかりだ。非常に心苦しい。
しかしとりあえずこれで第一の障害はクリアーだ。
後は香草さんがなんと言い出すか、そして――
――ポポがどう出るか。
ポポが僕に執着してるのはもう多分間違いない。
となると、この状況をおとなしく見過ごすとは思えない。
……物騒なことにならなきゃいいけど。
いったいなんというべきか。
今から頭の重い話だ。
ま、まあ今はとりあえず目先の成功を喜ぼう。
「じゃあ、香草さんを呼んでくるよ」
そう言って、僕は部屋を後にした。
ロビーに戻ると、香草さんは未だキスの衝撃から抜け出せていなかった。
赤い顔をして、左右に揺れながらどこか遠くを見ている。
早朝のポケモンセンターに不審者が二人。
無論一人は香草さん。そしてもう一人は、それを見てついにやっとしてしまった僕である。
「香草さん、迎えに来たよ」
「ダメよゴールド、断然シルクより綿の方が……って、え?」
え? って、僕がえ? って感じだよ。
「やどりさんに分かってもらえたよ。これでまた一緒に旅が出来る」
僕がそう告げたとき、香草さんの表情が若干曇った。
「あー、確かにやどりさんに言いたいことはあるだろうけど、出来るだけ穏便に……」
「ねえゴールド、私だけじゃだめなの?」
「はい?」
747 名前:ぽけもん 黒 24話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/04(水) 01:52:51.03 ID:/YmBUMpA [4/9]
「私と二人だけじゃ……」
これはもしかして……
香草さんは嫉妬してるのか?
「だってゴールドには私だけを見ていて欲しいし……」
香草さんは口に手を当て、もじもじしながらそう続ける。
これは間違いない! 彼女は嫉妬している。
か、可愛い! なんてかわいいんだ香草さん!
恥ずかしげに振舞う香草さんがまさかこんなに可愛いなんて!
今まで香草さんはすぐ照れ隠しに暴力を振るってきたからとてもそれを愛でる余裕なんて無かったけど、こうしてしおらしく振舞う香草さんの可愛さはもう今まで彼女から受けた虐待全て水に流せるくらい可愛かった。
数秒その可愛さに見とれた後、ハッと正気に返る。
危ない危ない。今はこうしてしおらしく振舞ってるけど、いざやどりさんを前にしたらどう出るか分からないのが彼女だ。ちゃんと話をつけておかないと。
上がりっぱなしの頬の筋肉を下げ、涎を拭って切り出す。
「香草さん、やどりさんはあくまでパーティーの一員だよ。僕の彼女は香草さんだけだよ」
……なんてキザったらしい発言だ。我ながら嫌になる。
もしかして僕は思ったよりかっこつけたい願望が強いのだろうか。
しかし、こんな台詞でも、彼女には効果覿面だったらしい。
再び顔を真っ赤にしてフラフラしている。
「か、彼女……ゴールドのたった一人の彼女……ふ、うふふふふふ……」
心ここにあらず。本当にすごい浮かれっぷりだ。
畳み掛けるように言葉を重ねる。
「そうだよ。だから決して暴力を振るったりしちゃダメだよ」
「う、ん。暴力なんて……えへへへ……」
よし、これでいいだろう。
ちょっと正気じゃない気もするけど、多分大丈夫さ。
ニコニコしていた香草さんも、さすがに部屋の前に来ると顔が引き締まった。
静かに力を巡らせているのを感じる。
臨戦態勢だ。
僕は咄嗟に跳びかかれないよう、自分が邪魔になるような位置に立って戸を開けた。
床にうつぶせにやどりさんが倒れていた。
「や、やどりさん!?」
僕は慌てて駆け寄り、名を呼ぶ。
「ん、あ、ゴールド……」
答える声は本当に力が篭っていない。
僕がここを離れていた数分の間に、一体何があったんだ?
「やどりさん、どうしたの!? 誰に襲われたの?」
「襲われてなんか、無い……」
「へ?」
「……疲労が出た。動きたくない」
……過労で倒れたということだろうか。
確かにやどりさんは自身も怪我を負ったにも関わらず、ずっと僕を気遣ってくれていた。疲れていても当然だ。
「大丈夫? 看護婦さん呼ぶ?」
「いい……しばらくこのままでいれば、大丈夫」
「せめてベッドとか……」
「いい」
そういうので僕は離れ、ベッドに座った。
警戒した様子の香草さんがそろそろと入ってきて、僕の隣に腰掛ける。
そうか、確かに、何かの作戦にも見えなくも無い。まったく意図は見えないけど。
「ま、まあ、さっき説明したけどさ、香草さんが帰ってきて、それで、その、僕と私的なお付き合いをすることになったんだ」
どうも恥ずかしくて説明し辛い。
香草さんはこれ見よがしに僕の腕に手を絡めてくる。
正直、蛇にまきつかれたネズミの心地がしなくも無い。
「そういうことだからよろしく」
香草さんはそう言って不敵に微笑む。
どうしてそう挑発的に言うかなと思ったけど、直接的な物言いじゃないだけまだマシか。
748 名前:ぽけもん 黒 24話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/04(水) 01:54:25.30 ID:/YmBUMpA [5/9]
やどりさんは寂しげに、そう、と呟いた。
暫し沈黙が流れる。突然、思い出したようにやどりさんが言った。
「……それでゴールド、どうする?」
「どうするって?」
「……警察署」
僕はその一言で、急に現実に引き戻された。
ああ、何てことだ。
どうして僕はこんな大事なことを今まですっかり失念していたのだろう。
香草さんとの再開と告白ですっかり浮かれてしまって、頭から吹き飛んでいた。
僕の全身を強い後悔が襲う。
僕は後先考えずになんてことを。
これで万が一僕が逮捕されるようなことになったら、香草さんに顔向けできない。
背骨が氷に変わってしまったかのようだ。
冷や汗が後から後から噴し出してくる。
どうしよう。
香草さんは不思議そうに僕の顔を覗き込んでいる。
そうだ。香草さんはここに至るまでのいきさつを一切知らない。
僕はなんて説明すればいい。
目の前にある、この美しい顔を曇らせるのか。
ああ、うわあ。
思考がグルグルと加速していき、ドンドン寒気を増していく。
そんな僕の脳の混沌を、轟音が吹き飛ばした。
「な、何だ?」
咄嗟に窓を見ると、窓の向こうで一筋の閃光が空に上って消えていくところだった。
な、何だアレ!?
多分ポケモンの、それも相当に熟練度の高い高威力の攻撃だ。
「な、何? どうしたの?」
「ロケット団?」
街中であんな攻撃ぶっ放すんだ、その可能性は高い。
しかしロケット団だとしたら本当にマズい。
あれだけの攻撃を行えるポケモンはおのずと限られてくる。
戦闘力で言えば一級クラス。
そんなのを相手にしなくてはならないとなったら大変だ。
しかしだからといって見過ごしたくは無い。
このタイミング、あの通行所での出来事に関連している可能性は大いに有る。
となると、僕だって無関係じゃない。
昨日布団に篭って考えた。
そして結論に至ったことの一つ。
多分シルバーはロケット団を怨んでいた。
ロケット団の現れた場所に現れたのはロケット団と行動をともにしていたからじゃない。
きっと、ロケット団を倒してまわっていたんだ。
彼はずっと憎かったのだろう。
自分の、自分達の運命を歪めてしまった存在であるロケット団が。
ランの言うことが正しければ、今でも諦めきれない、あの頃の僕達の関係を壊したロケット団が。
ならば、僕はロケット団を潰さねばならない。
悪を倒すとか、そんな崇高な理念じゃない。
僕達の平和を奪った相手に対する、単なる私怨。
しかも、相手の力は強大。……結局、僕一人では何も出来ない。
周りを巻き込んでばかり、迷惑をかけてばかり。
みんなに心配をかけて、みんなの力を借りて、みんなを危険に晒して。
分かっている。それでも、今少し僕はこのエゴを貫きたかった。
「香草さん、やどりさん、付き合ってくれるかな。僕は、あれを放って置けない」
「ねえどうして、ゴールド。危ないよ」
「……ゴールドがそれを望むなら」
否定する香草さんと肯定するやどりさん。
「わ、私だって! 危ないってのはゴールドが心配ってだけだから! もちろん、ゴールドがそうしたいって言うなら協力するわよ!」
「ありがとう」
ごめん。
心の中で呟いて、僕達は光線の上がった現場を目指して出発した。
749 名前:ぽけもん 黒 24話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/04(水) 01:55:16.97 ID:/YmBUMpA [6/9]
「あ、あれ!」
香草さんの指差すほうを見ると、誰かが現場と思しき場所から飛び立っていた。
すごいスピードで動き、あっという間に見えなくなる。
多分あの光線の主だ。
そのまま僕達は現場を目指す。
現場はすでに警察によって保護されていた。
何の変哲も無い民家。その一隅がぽっかりとえぐれ、なくなっている。
警察の人が群がる野次馬に対して説明をしていた。
「ここはロケット団のアジトの一つです。危険ですので近付かないでください」
やはりロケット団か。
野次馬が話してるのが聞こえる。
「ワタルさんが乗り込んでこのアジト潰したらしいぜ!」
「すごいな、さすが四天王だ」
「あの一昨日の頭痛、アレ、ロケット団の仕業だったらしいわよ」
「ここがその基地だったんですって」
「まあ怖い」
「だから被害がこの辺だけだったのね」
大した時間もかからずに、知りたい情報は大体手に入った。
多分そうだろうと思っていたけど、あの頭痛の原因がロケット団だったのには驚かされた。
あんな大規模にあんなことを出来るのだから、恐怖を禁じえない。
そう恐怖に慄いていると、後ろから肩を叩かれた。
香草さんかと思い何の疑問も無く振り返る。
が、振り返ったときに気づいた。
香草さんは今僕と手を繋いでいる。だから後ろから肩を叩くのは難しい。
そしてやどりさんは宙に浮いて、上から建物を見てもらっている。現に先ほどまで僕の視界にあった。
じゃあこれは?
視界の先には、フードを目深に被った人間がいた。
瞬間、全身の毛穴が開く。拍動が速くなる。体がカッと熱くなる。
ちょっと待て、そんなバカな。
思考は困惑と恐怖で真っ白になり、瞬間的にパニックに陥る。
だって、そこにいたのは――
「ちょっとついてきてくれ。ここはあまりよろしくないからな」
ああ、間違いない。いやしかしそんなはずは。だってお前は……
「死んだはずだろ、シルバー……」
問いかけというより、僕の意思とは別に、勝手に開いた口からこぼれたと言ったほうがいい。
僕の目の前にいたのは、死んだはずの――僕が殺したはずの、シルバーだった。
背中を中心に、上体に嫌なものが駆け巡る。
一拍遅れ、ようやく腰の武器に手を伸ばす思考が働く。
「ゴールド?」
僕の様子に気づいたのか、香草さんが僕を向き、話しかける。
香草さんもすでにシルバーの射程内。まず――いや?
「その手を下ろせゴールド。殺る気ならとっくにやってる。お前もそれくらいは分かるだろ?」
シルバーはそう言って不敵に笑った。
確かにその通りだ。今の僕は完全に油断していた。後ろから一突きされれば、それで終わりだ。いちいち話しかける意味がない。
それに、ランの言うとおりなら、シルバーは悪ではなかった。……いや、ランの言うことをそのまま信じるのは危険だ。
単に洗脳されて言わされていただけっていう可能性だって十分にあるのだから。
そうなれば、僕を殺さなかった理由だって、僕を懐柔して手駒にすることが出来ると考えたからかも知れない。
警戒は怠れない。
でも、現時点ですぐに僕の命に危険が及ぶことは無いだろう。
……まったく、死んでると思っていたときは実はいい奴だったように思えたのに、生きてると分かった途端この心変わりとは、僕という人間は……
必要な警戒といえども、自分が卑しい人間のように思えて、少し自分が嫌になる。
ともあれ、とりあえずは彼に従うことにした。
何故生きているのかを初め、疑問は絶えない。
そんな時、隣で急激に不穏な気配を感じた。
見ると香草さんが臨戦態勢に入っている。
無理も無い。香草さんは何も知らないのだから。
750 名前:ぽけもん 黒 24話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/04(水) 01:55:57.76 ID:/YmBUMpA [7/9]
「香草さん、大丈夫だから落ち着いて」
僕がこういうと、香草さんはポカンと僕を見た。
「ちょっと来いよ。話がある」
台詞だけ聞くと喧嘩でも売っているようにしか聞こえない。
香草さんが体を硬くするのが分かる。
「分かった」
やどりさんにも合図を出して、僕らは人ごみを離れた。
「それで、どこに行く気だ?」
先頭を無防備に歩くシルバーに問いかける。
今なら、僕でも簡単にシルバーを殺せる。それくらい無警戒だ。
「どこか、人気の無い場所がいい。俺は人に見られるとまずいし、人に聞かれたくない話だからな」
「あまり人気の無い場所だと僕は嫌なんだけど」
「何だ? 言っただろう、殺るつもりならとっくに……」
「人目につくのを避けただけって可能性もある」
「やれやれ、お前は昔っから変わってないな。分かったよ、そこなんかどうだ?」
シルバーはそう言って一軒のオープンカフェを指差した。
客は一人も見当たらない。それに一応街中ではあるので、僕の都合にもあっていた。
一つのテーブルを囲んで、香草さんを僕から向かって左に、やどりさんを右に挟む形でシルバーと向き合って座った。
「おうおう、大層なボディーガードだな」
茶化すシルバーに香草さんが食って掛かる。
「ボディーガードじゃないわ! 彼女よ!」
……そっち?
「何だ、初心な面してやることやってんじゃねーか」
やること? と言われてキョトンとしている香草さんと、表情を険しくしたやどりさんが横目に見えた。
「そんなことをわざわざ言いにきたのか?」
「そう怒るなよ。……ま、本題に入るか」
空気が引き締まった。彼の鋭い眼光に、僕は少し恐怖を覚えた。
「まず一つは、ロケット団を潰すのを手伝って欲しい」
唐突な申し出だ。
僕の考えていたこととすっかり合致していたため、僕の鼓動が高鳴るのが分かる。
「その前に、お前は本当にシルバーなのか?」
このままではシルバーのペースに乗せられてしまう。
一旦落ち着く意味もこめて、僕は話を変えた。
「本当に疑り深いなお前は。俺がシルバーじゃなかったら誰だって言うんだ」
「……お前はナイフに塗られた毒で死んだはずだ。あの毒はその辺の生半可な毒とは訳が違う」
「確かに、きつい毒だった。だが知ってるか? あの毒、解毒に必要な生薬は普通の毒と変わらないんだぜ?」
そう言ってシルバーは不敵に笑う。その目には絶対の自信。
「な、そんな話、聞いたことも……」
「俺がここにいるのがその証明だ。それに、俺があの毒を受けたのは初めてじゃない……ま、そんなことはどうでもいい。これで満足か?」
納得は出来ない。しかし今目の前にあるのが真実だ。
糞。僕の心労と時間を返せ糞野郎。
「それで、協力してくれるのか? くれないのか?」
「……あてはあるのか?」
「あ?」
「ロケット団を潰すあてはあるのかって聞いてんだよ」
「ああ。お前も見たろ? あのアジトの残骸。今頃ランが逃げ出した幹部を締め上げて吐かせてるはずだ。それに、どうも近いうちにロケット団に大きな動きがありそうなんだ。だから、それで集まった奴らを一網打尽って計画だ」
「そんな曖昧な……」
計画と呼べるような代物じゃない。
「ゴチャゴチャとした小賢しいことは性に合わん。現に今までそれで上手くやってきた」
「虚勢を張るなよ。今までは運よく失敗しなかっただけだろ。お前は昔っから……」
「あーうぜー。またお得意のお小言かよ」
「まったく……」
溜息を吐いて、実感する。
751 名前:ぽけもん 黒 24話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/04(水) 01:56:46.58 ID:/YmBUMpA [8/9]
コイツはあの頃のままだ。
郷愁的な気持ちで胸が一杯になる。
しかし、ならば聞かなければならない。
「ランは……本当にああなのか?」
「……あの日以来ずっとあんな調子だ。特に最初のほうは大変だったよ。お前も知ってのとおり、あんな奴じゃなかったからな。だが、段々分かってきた」
「扱いが?」
「アイツの行動理念が。アイツは……俺を傷つけるものを許さない。だからアイツの親父さんは殺されたし……そうだ、分かってると思うが、お前もやばいぞ。
何せ、俺はお前のせいで死に掛けたんだからな。怒り狂ってたぜ。お前を目の前にしたら、よほどのことがないとお前を殺そうとするだろうな」
ハハ、とシルバーは笑う。
笑い事じゃないだろ。
「そもそも、あのとき……ランが言ったことは本当なのか?」
「本当だ……と俺が言ったら、お前は素直に信じるのか?」
「……信じるわけが無い」
「だろう。俺が何を言おうが意味はない。が、俺がロケット団を潰そうとしていることと、ランに近付いちゃならないことは、俺の行動で分かっただろ」
疑う材料はたくさんある。
しかし、こうして直接会って話してみて、疑う気持ちは大分薄れてしまった。
コイツは直情的で短絡的なあのころのままだった。
「大丈夫なのか? のこのこ僕の前に顔出して。ランは平気なのか?」
「問題ない。アイツの扱いは俺が一番よく分かってる。そもそも、アイツはお前がこの町にいることだって知ってやしない。知ってたら、今頃大変だろうな」
ランの扱いを一番よく分かっている、か。言ってくれるね。
「お前は僕がこの街にいるって分かってたのか?」
「ああ。ポケモンセンターの中にちょっとした伝手があってな。おかしな動きは全部把握している」
ポケモンセンターも安全な場所とはいえないらしい。まったく、しっかりして欲しい。
「ポケモンセンターよりロケット団の内部に伝手を持っておくべきだろ。それだったら、もっと計画の細かいことが分かるのに」
「うるせーな。伝手はあるにはあるが情報が入ってこないだけだ」
「それじゃ意味ないだろ……」
「そうだ、そろそろ俺は行かなきゃならん。だから答えをくれ。協力するのか、しないのか」
「こんな短い時間で、しかもこんな少ない情報で決めろって言うのかよ。分かってんのか、僕は数日前まではずっとお前を恨んで生きてきたんだぞ」
「優柔不断やってる時間はねえ。だが、俺はお前を諦める気はねえぞ」
くそ、相変わらず無根拠な自信に溢れやがって。
僕は迷った末、メモ帳に数字を書き、シルバーに差し出した。
「なんだよこれ」
「僕のポケギアの番号だよ。もう少し細かいことがわかったら連絡しろ。全てはそれ次第だ」
「メンドくせえ奴だな」
「お前は行き当たりばったり過ぎるんだよ。大体前だって……」
「はいはい、説教聞いてる暇はないんでね。俺はもう行かせて貰う」
僕の手から紙を引ったくり懐にしまうと、シルバーは立ち上がり、僕達に背を向けて歩き出した。
「またな」
奴は歩きながら言った。
「いいの? 追いかけなくて」
シルバーの後ろ姿が大分小さくなった頃。
香草さんが不思議げに聞いてきた。
確かに、事情を知らない香草さんにとってはさっぱり意味が分からないだろう。
いや、それでも、やはり追いかけたほうがよかったのだろうか。
……またな、か。
「参ったな……」
僕は手のひらで目を覆い、天を仰ぐしかなかった。
最終更新:2011年05月05日 12:04