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325 名前:ウェハース ◆Nwuh.X9sWk[sage] 投稿日:2011/05/07(土) 02:56:56 ID:L7ycfpd2 [2/6]
何も大したことはない。

そういう風に装っているのが分かった。当たり前のように、そこにずっといたように。
小町は僕の家族を取り込んでいた。 肉親以外の親戚よりも近く、兄弟よりも少し遠くに腰を下ろして。 僕の『彼女』のポジションに納まっていた。

母さんは上機嫌に笑い、妹は実の兄より懐いていた。

それから時折僕を見ては、「どう? 上手くやれたでしょう?」と言わんばかりの顔で小町は僕に微笑んで見せた。

「そろそろ、お暇します」

切り出したのは小町からだった。 時計を見ると七時を少し過ぎているくらいだった。

「えー、お姉ちゃん、穂波と一緒に晩御飯食べよー!」

困ったように見せる表情が少し、演技に見えた。

「こーら、ホナちゃんワガママ言わないの、お姉ちゃん最初に言ったでしょ、お兄ちゃんに会いに来ただけだって」

母さんは穂波を宥めながら、小町に目配せをする。
『よかったら、晩御飯一緒にどう?』声になって聞こえてきそうだ。

「ごめんね、ホナちゃん。 また今度ね」

僕に言っているように聞こえる。

「駅まで送るよ」
「ありがと」

小町は満面の笑みで僕に応えた。

326 名前:ウェハース ◆Nwuh.X9sWk[sage] 投稿日:2011/05/07(土) 02:57:30 ID:L7ycfpd2 [3/6]

「どうしてって……」

小町は困ったように眉間に皺を寄せて、熟考しているように見せた。

「私が平沢君に言うのがおかしいかな?」
「そうだろ、なんで僕にちょっかいかけるなって言うんだよ」

家の前の通りを左に折れたところで僕は話を切り出した。
なんだか家の近くでは切り出しにくかった、何でだろう。

「だって、平沢君が鬱陶しいんだもん」
「平沢は僕の仲の良い友達だ、ちょっかいなんて言い方許さない」

言い切ると同時に小町の目が僕を捕らえた。
縮こまりそうになるけど、何とか耐える。 ここで引くワケにはいかない。

「ふぅーん」

意味ありげに小町が僕を投げかけたそれは、宙に居座って中々空気に溶け込まずに居座り続けた。

「平沢君ってモテるよね」
「は?」

鳩が豆鉄砲を食らったような……、そんな顔をしてたと思う。
小町は構わず続けた。

「面白さとか知識量なら断然真治だけど、でもやっぱり受けがいいのは平沢君だよね」
「いきなりなんだよ」

小町は笑みを崩さずに僕の手のひらを握ろうとする。 僕は拒絶するみたいにそれを避けた。
小町の手が空を掴む。

327 名前:ウェハース ◆Nwuh.X9sWk[sage] 投稿日:2011/05/07(土) 02:58:01 ID:L7ycfpd2 [4/6]

「劣等感とか無かった? 遊ぶ約束を採りつけようとしたらデートするから駄目って言われた事はない?」

ズキンと心の何処かが軋む音がした。
まるで踏んではいけない所に体重をかけてしまったみたいな嫌な音だ。

「無いよ、一度も」

嘘は言っていない。 だって言われるまで考えたことも無かったのだから。

彼女は笑みを絶やさない。 むしろさっきよりも深くなっているようにも見えた。
見透かされてはいない。 心は見えないんだ。

「二人でいるとき人はどっちに話しかけてた? 真治? それとも平沢君?」

__逡巡。
___思考。
____検索。

彼女の手がまた僕の手に触れようとして、空を掴む。
避けた。 かろうじて。

「誰も真治を評価なんてしないよ?」

___真治。

小町がそう呼ぶだけで、「くん」を付けないだけで食道の辺りがキュッと緊張した。

「傍から見れば上手く両立出来てたかもね、額縁と絵画みたいにさ」
「どういう意味だよ、それ」

キッと小町を睨むが、小町は調子を崩さずに続ける。

「そのままの意味だよ、平沢くんは絵画で、真治は額縁。 もっと酷い言い方をするなら金魚の糞だね」
「そんな事……言うな」


「それは、誰を庇ってるの?」


気付けば手が握られていた。

「捕まえた」

そう聞こえた気がして、ハッと顔を上げた。
僕はいつの間に視線を沈殿させていたのだろう。

328 名前:ウェハース ◆Nwuh.X9sWk[sage] 投稿日:2011/05/07(土) 02:58:27 ID:L7ycfpd2 [5/6]

彼女はまだ笑みを残したままで、僕だけが戸惑っていた。

「当の平沢くんは違うかもしれないね、あの人は意図せずやってる可能性もあるから。 でもそういうのが一番無神経で腹が立つよね。 あくまで善人で、そう思った人が自己嫌悪しちゃう……そういうのってさ残酷だよ」

毒気を含んだ彼女の言い分が妙に心地よく感じた。

「そんなこと無いよ」

搾り出すように、そう言った。

しばらくして、コツンと額に何かが当たり、自分の体温ではない温度との差を感じた。
さっきまで僕を掴んでいた手はいつの間にか首に回っていて、綺麗な黒髪が僕の顎先や肩に触れていた。

「誰かに言って欲しかったんでしょ? 真治」

握りこぶしを作る。

「可愛そうな私の真治」

ぞくりと、背中に何かが走った。

「いいよ、気付かなくても。 平沢くんを遠ざけるのも私のせいにしてもいい」

唇を何かが覆った。 思わず身を固くして目を閉じたが、それはそれ以上踏み込まずに少しだけ湿り気を残して離れた。
優しさを利用してもいいという証明としてそれをしたのだ。

「ねぇ、真治。 お願いがあるの……」

優しさとはなんなのか、もう僕には分からなくなっていた。
でも彼女の言葉はとても心地よくて、そこにしか居場所が無いように聞こえて、弱りきった僕にはそれに対する応答も出来なくなっていた。

応えない僕に小町は微笑みかけるだけで、追求はしてこなかった。
「私は真治が大切で、大好きだから、返事はいつでもいいよ。 勿論怒らないし、態度も変えない。 だって私たちは愛し合ってるんだから」