814 名前:ぽけもん 黒 25話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/05(木) 23:10:45.86 ID:Nn8VuQXE [2/9]
シルバーが去ってしばらくした後、僕は大事なことに気づいた。
僕はどこで連絡を待てばいいんだ?
今いる丁子町は旅の順路から大きく外れている。
ポポの治療が終わるまではそれを言い訳に滞在できるけど、それもどれくらいかかるか分からない。
一日二日で治らない時点でよっぽど重症だったことはうかがえるが、ポケモンセンターの医療技術は異常と言ってもいいくらいだ、油断は出来ない。
治療が終わったなら順路に戻らなくてはならないわけだけど、例えば槐市や浅葱市にいたならともかく、海の向こうの丹波町にいた場合、連絡が入ってすぐに動くというのも難しくなる。
奴は僕の連絡先を知ってるけど、僕は奴の連絡先を知らない。
はあ……
先ほど気づかなかったことに溜息が出てくる。
……後悔しても後の祭りか。
とりあえず、ポケモンセンターに戻ろう。
「その前に、何があったのか、教えてよ」
「ポケモンセンターに戻ってから言うよ」
ベッドに腰掛け、香草さんとはぐれてから道中あったことを説明する。
「ゴールド、大丈夫なの!?」
通行所でのシルバーとの戦いのくだりで、香草さんは興奮した様子で聞いてきた。
「大丈夫だから今こうしてるんだよ」
「よかったぁ……そうよね、私ったら馬鹿みたい。ゴールドが危険な目に会ったって聞いたら頭が真っ白になっちゃって。あ、これはその……」
恥ずかしげにそう答える香草さんは、とても可愛かった。
そうして、香草さんは不安げな様子で僕の話を聞いていたが、最後まで話し終えると、はぁ、と息を吐いた。
そのまま、柔らかに僕に抱きつき、言う。
「ゴールド、その、い、生きててくれて、ありがと」
甘い香りがふわりと広がり、僕は照れくさい気持ちになった。
ガラ、とドアがスライドする音がする。
見ると、やどりさんがこちらに背を向けて、部屋から出て行くところだった。
「やどりさん、どうしたの?」
「……少し、席をっ……外す……」
彼女はか細い声でそう答えると、すたすたと去っていった。
僕はそんな彼女の様子を何も疑問に思わず、無言で見送った。
「後は香草さんも知ってのとおりだよ」
「うん、分かったわ。それでシルバーに対してあんな態度だったのね」
「……うん」
「……でもゴールド、シルバーの言うことをそのまま信用するのは……」
「分かってるって。でも、シルバーと関わればどの道ロケット団に関われるってのは間違いない。シルバーの言っていることが正しいのなら協力してロケット団を潰せばいいし、もし違うのなら、シルバーを倒してランを助けるだけだよ」
「……ゴールド、私、ゴールドが危険な目に会うのは、イヤよ……」
「大丈夫だって。……それに、もしもの時は、か、香草さんが守ってくれるんでしょ?」
恥ずかしくて二人とも顔が真っ赤になる。
「ねえ、ゴールド」
「何?」
彼女は太ももの上で落ち着かなさ気に両手を弄っている。
「そろそろ、香草さん、じゃなくて、な、名前で呼んで欲しいな」
「な、名前?」
確かに、いつもでも苗字にさん付けとは他人行儀かもしれない。
僕は誰にでも苗字にさん付けするのが基本だったから気にならなかった。
「べ、別に香草さん、って呼ばれるのが嫌って訳じゃないのよ? でも、折角だし……」
確かに、こ、恋人になったというのに、いつまでも名字にさん付けじゃ少し他人行儀かもしれない。
「そ、そうだね。じゃ、じゃあチコ……さん」
「……はぁ。さん付けはいらないのに」
「ご、ごめん」
「いいわよ。一歩前進したしね」
認めてもらえてよかった。
どうもまだ香草さんを呼び捨てにする気にはなれない。
これは今まで体に刻まれた恐怖のせい……いやいや、ただの照れと遠慮さ。きっとそうさ。
会話が途切れ、少し無言の時間が流れる。
窓の外を眺めていると、後頭部に強い視線が突き刺さりまくるのを感じる。
ここまで強い視線を感じると、多少振り返るのが怖くもある。
しかし視線責めに負け、振り返ると、香草さんは頬を染めて僕をじっと見ていた。
815 名前:ぽけもん 黒 25話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/05(木) 23:11:45.12 ID:Nn8VuQXE [3/9]
「どうかしたの?」
「ううん……幸せだなぁって思って」
こんな素直に感情を表されると、こっちが恥ずかしくなってしまう。
「そんな、大げさだよ」
「私、ゴールドと一緒にいれるってだけで胸がどきどきして……全身が熱くなって……でもとっても幸せな気分でね……ゴールドもそう思ってくれていたらいいなぁって思うの」
「も、もちろんだよ」
「ねえゴールド……」
「な、何?」
「キ、キス、して」
香草さんはそう言って目を閉じ、真っ赤になった自分の顔を突き出してきた。
自分の顔も赤くなるのが分かる。
僕はおずおずと距離を詰め、口付けを行った。
自分の唇に、独特の弾力のあるものが当たってるのが分かる。
そのまま離れようとした僕に香草さんが抱きつき、そのままついばむようなキスを数度重ねる。
慌てて薄目を開けると、ちょうど香草さんも離れた。
瞳は潤み、顔は赤く、唇は煌いている。
ものほしそうに唇に指を当て、はあ、と熱っぽい溜息を吐いて、口の周りを舐め取った。
様子、振る舞い、どれをとっても魔力と言ってもいいような色気に溢れていた。
僕は思わず唾を飲み下す。
僕は耐え切れず、香草さんを抱きしめ、唇を貪った。
数秒後、香草さんの動きが無いのに気づいて、正気に返った僕は慌てて離れた。
「ご、ごめん!」
香草さんは呆けたような顔で僕を見ていた。
「全然いやじゃなかったよ」
そのまま柔らかな笑みを作り、言う。
僕は頭がくらくらしてきた。気が遠くなりそうだ。
まったく自分が制御できていない。今にも香草さんに襲い掛かってしまいそうだ。
普段の僕なら手を繋ぐことも照れくさく思うのに。
いったい僕はどうしてしまったんだろう。
「ゴールド……」
彼女は両手で包むように僕の手を取り、それを自分の胸に導く。
僕はなされるがままだ。
「ほら、私の胸、こんなにどきどきしてる……ゴールドのこと好き好きって言ってるよ」
確かに、香草さんの胸からはドクドクという心臓の拍動が伝わってくる。
客観的に見ればただ繰り返す単調なリズムなのに、どうしてこんなにも愛おしく思えるんだろう。
お返しに、僕も香草さんの手を取り、自分の胸に当てる。
「僕も、こんなにドキドキしてる」
「本当ね」
彼女はそういうと、そのまま顔を僕の胸にうずめた。
僕はそれを包むように抱きしめる。
そうして、しばらく彼女の体温を感じていた。
突然、ガチャリという音がして、僕達は飛び上がった。
振り返ってみると、口の開いたリュックの中身がベッドから落ちただけだった。
ただそれだけのことなのに驚いたお互いが可笑しくて、どちらともなく笑いあった。
この度が始まってから、一番穏やかな時間が流れていた。
それから数日は毎日、朝から晩までこんな様子で過ごした。
部屋でイチャイチャしたり、町でデートしたり、とにかくベタベタしていた。
やどりさんは気を使ってくれているのだろう、毎日朝早く一人でどこかへ行き、夜遅くに帰ってきた。
一週間もした頃だろうか、香草さんのデートの最中、突然ポケギアが鳴った。
表示されるのは見覚えの無い番号。
少し身構え、それに出る。
「……もしもし」
「俺だ。奴らの狙いが分かった。奴ら、古賀根街のラジオ塔を占拠するつもりだ。
「ラジオ塔だって? 何のために?」
「知るか。とにかく、そういうことだ」
「待て、詳しい打ち合わせがしたい。古賀根街で一度会えないか?」
「……難しいな」
「それを何とかするのがお前の役目だろ。まさか、無策で突っ込む気かよ」
「いけないか?」
頭を抱えたくなった。
816 名前:ぽけもん 黒 25話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/05(木) 23:12:23.57 ID:Nn8VuQXE [4/9]
「いけないに決まってるだろ。まったく、お前は昔っから……とにかく、敵戦力とラジオ塔の見取り図、あとロケット団の細かい計画を調べてくれ」
「相変わらずお前は口ばっかだな」
「ブレインと言ってくれ」
「ギャハハハハハハ! ブレインはねーよ!」
そう言ってシルバーは大笑いしている。
電話を聞いてきた香草さんの眉がピクリと動くのが見えた。
ひとしきり笑った後、シルバーは苦しそうに話し出す。
「……あー、息が苦しくなるほど笑ったのは久々だ。やっぱお前面白れーわ」
「そりゃどうも」
「分かった、三日以内に古賀根街に来い。後は追って連絡する。それと、何か電話口で声を変える方法考えておいてくれ」
「声?」
「ランにお前の声を聞かれちゃまずいからな。声が違えば協力者ってことで誤魔化せるかもしれない。あ、だからって絶対に女は出すなよ? アイツ頭おかしいからな。もし俺が女と話そうものならもう手がつけられん」
なぜか電話越しのシルバーの声が急に老いたように思えた。
……苦労してるのか。
「とにかく、そういうことで」
そう言うと、奴は一方的に電話を切った。
切れた電話を、僕はぼんやり眺める。
「ねえ……本当にやるの?」
香草さんが心配気に聞いてきた。
元々香草さんは乗り気でなかったもんな。
計画が現実味を帯びてくるにつれ、気は重くなる一方だろう。
「大丈夫だよ。ああ見えてもシルバーはできる奴なんだ」
「なら、ゴールドがいなくてもアイツ一人でいいじゃない!」
「……やっぱり放っておけないよ。昔っから考えるよりまず行動って奴だから」
「でも、ゴールドが危険な目に会うことは無いじゃない! シルバーなんかよりゴールドのほうがよっぽど大切よ!」
「香草さん、これは僕の問題でもあるんだよ。ロケット団を倒すことで、僕は過去にけりをつけたいんだ」
香草さんが悲しげに俯く。
彼女もきっと分かっているんだろう。
僕が過去に抱えている未練を。
五歳のあの日。
あんな事件さえなければ、今とはまるで違った日々があっただろう。
シルバーは家を失うこともなく、ランは親を失うこともなく。そうしてきっと今頃はシルバーとランも正式な旅の参加者で、僕とは互いにライバルとして切磋琢磨して、互いを高めあって……
でも、そんな未来は訪れなかった。
だから、ロケット団を倒すことで、過去を終わらせたいというのは僕の正直な気持ちだ。
だけど、それ以上に。
アイツは……シルバーは、ロケット団を倒したあと、どうするつもりなんだろう。
僕と同じように過去を清算して、それで先に進むのならいい。
アイツのしたことはたとえ犯罪者相手だとしても許されることではないけれど、僕はそれを裁くつもりは無い。
でも、アイツが計画を急ぐのは。
もしかしたら、アイツはロケット団相手に死ぬつもりじゃないか。
そう思えて不安なんだ。
生きて罪を償えとかそういうことじゃなく。
僕はアイツに死んでほしくなかった。
つい先日まで、自分で殺そうとしていた相手に死んで欲しくないと思うなんて滑稽かもしれないけどさ。
白々しさを覚えつつも、僕は俯く香草さんを抱きしめた。
彼女は僕により密着するように体を押し付け返してきた。
出発の準備を終えた僕は、ポポの容態を見に行った。
三日後と言われれば、今日中にはここを発ちたい。
もしポポが飛ぶことは無理でも、歩いて旅を出来る状態になければここに残しておくつもりだ。
女医さんに聞いたら、どうもまだここから動ける状態には無いらしい。
当然といえば当然だけど、少し心が痛む。
急用が出来たので一旦古賀根市に戻らなければならないといって、ポポをここにおいていく許可を取り付けた。
最後に一目彼女を見ておきたくて、看護婦さんにポポの病室まで案内してもらった。
ポポはちょうど胸まで毛布をかけて眠っていた。
彼女に直接話をしなくてすむことに、少し安心する自分が嫌になる。
817 名前:ぽけもん 黒 25話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/05(木) 23:12:58.43 ID:Nn8VuQXE [5/9]
肩が覗いているので、薄い水色をした患者衣に着替えているのが分かる。
毛布の上に翼は投げ出されていて、それには白い包帯が巻かれていた。
穏やかな顔で、安らかな寝息を立てる彼女を見て、少し涙ぐみそうになる。
こんな大怪我をさせてしまった。僕は本当にトレーナー失格だ。
そして、僕はそれでもこれからまた危険な場所に自ら赴こうとしている。
大切な人を巻き込んで。
トレーナどころか人間失格だ。
それでも、僕は進みたいんだ。
ごめん、そしてさよなら、ポポ。
全部終わったら、そしたら、皆が幸せになれる、そんな未来のために尽力しよう。
そう決意し、病室を後にした。
ポポを置いていくことを告げると、香草さんは少し嬉しそうだった。
すぐにポケモンセンターを後にした僕達三人は、ただひたすらに古賀根市を目指した。
日が暮れ、次の日が昇る頃には湖に突き当たった。
相変わらず水面は穏やかだ。
「やどりさん、お願いできる?」
「うん」
水に入るやどりさんに捕まろうとしたところで、
「ちょっと待った!」
と香草さんに止められた。
「どうしたのチコさん?」
「わざわざやどりに頼る必要なんて無いわよ。見てて」
彼女はそういうと、無数の蔦を出し、編み上げて湖の上に置いた。
その上に飛び乗ると、次から次へと蔦を出し、その上を歩く形で湖の上を歩いていく。
ええ? 自分から出ている蔦の上に乗って歩く?
これって物理的におかしくないか?
いやでも現に歩けてるし、おかしくないのか?
「ほら、はやく」
軽く混乱状態に陥った僕の手を取り、彼女はどんどん先に進む。
いやホントにどうなってんるんだこれ。
実際に歩けていながらも、自分が歩けていることが不思議でしょうがない。
「やどりさんも、この上歩いたら?」
「……いい」
僕がそういうと、彼女は顔を半ばまで水に沈め、ぶくぶくと泡を吐きながら泳ぐ。
自分の出番を奪われて拗ねてるんだろうか。
湖を踏破すると、今度は廃墟と化した通行所に突き当たった。
瓦礫が避けられ、一応通れるようになっている。
ここの景色を見たことで、数日前の悪夢が蘇ってくる。
まったく、あの後の僕は酷い有様だった。
「ここがランと戦ったって場所ね」
香草さんの言葉に、僕は無言で頷く。
「心配しなくても、ちゃんと勝つわよ、私は」
香草さんは自信満々に笑う。
相性がよろしくないんだから少しは心配して欲しいものだ。
何せ水すら消し飛ばすような熱だ。
植物がどうなるかなんて、周囲の黒変した木々を見れば明白だ。
少し想像してしまい、背筋に悪寒が走った。
「あ、もしかして、ゴールド、具合悪いの?」
憂鬱が表情に出ていたのだろうか、香草さんは途端に不安げに顔をゆがめて僕の顔を覗き込んでくる。
「ち、違うよ。ただちょっとこのときのことを思い出していただけだよ」
「そうね、あいつらはゴールドを傷つけたんだもんね、許せない」
「チコさん!」
「あ、ご、ごめんなさい。私ったらつい熱くなっちゃって……」
そういう香草さんは強く両手を握り締めていた。
「これだから、直情馬鹿は、困る」
毒を吐くやどりさんを睨むだけで済ませたのは香草さんに余裕があるからだろうか。
「あんな役立たず共と違って、私はちゃんとゴールドを守ってあげるからね」
あ、気のせいだった。
818 名前:ぽけもん 黒 25話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/05(木) 23:13:51.23 ID:Nn8VuQXE [6/9]
しかし、ポケモンと人間の差はあるとはいえ、女の子達に守ってもらってばかりで、僕は本当に形無しだな。
ランに負けたことに関してはやどりさんも言い返せないらしく、悔しげな顔で黙っていた。
「チコさんもそんな言い方しない。それに、この辺を見れば分かるけど、彼女は本当に強いんだ。嘗めてかかっちゃ駄目だよ」
「ご、ごめんね、そんなつもりじゃ……」
おろおろと泣き出しそうになる彼女を軽く抱き、耳元で囁く。
「僕は僕より香草さんが傷つくほうがいやだよ」
ああ恥ずかしい。
しかし正直、彼女の情緒が不安定になるたびにこういう甘い台詞を吐くのも、それを受けて本当に可愛らしい反応をしてくれる香草さんを見るのも、まんざらじゃなかった。
こうしてイチャイチャしてたら槐市に着いた。
ここのポケモンセンターで一泊し、翌朝、早朝から古賀根市に向けて出発した。
香草さんはこの世のありとあらゆる全てに感謝しかねない勢いでご機嫌だが、やどりさんはもはやこの世界に朝は訪れないんじゃないかと錯覚するくらい暗い。
半ば死地に赴くのだから香草さんのテンションのほうが異常なのだが、やどりさんの低いテンションも正直なんとかしたい。
通行人がひぃっと短い悲鳴を上げていくのは多分気のせいじゃないはずだ。
夕暮れ前には古賀根市についた。
というか道中、野生のポケモンや動物に一切あわなかった。
何かよく分からない力でも働いているのか、それとも。
早々に宿を取ると、シルバーからの連絡を待った。
訂正しよう。香草さんとデートをしていた。
いやあ、のんびりするのも楽しいけど、こうやって街で遊ぶのも楽しいね。
僕は今まさに人生の春を謳歌しているよハハハ。
と、突然ポケギアが震えた。
まったく、折角のデート中に誰だよ、無粋な奴め。
苛立ちながら画面を見ると、見たことのない番号だ。
出ると、案の定シルバーだった。
そりゃシルバーならしょうがないよな。あいつはそういう奴だ。
おいおい、少しは空気ってものを読めないと女の子にもてないぜ?
もちろん僕は勝者で余裕があるからその程度で目くじら立てたりしないけどさははは。
「ゴールドか?」
「ああ」
はあ。現実逃避のために少々おかしくなっていたテンションが急速に現実へと引き戻される。
「どうした? 禿げそうな声だして」
「うるさいな、どんな声だよ。それで何の用だ?」
僕は香草さんに目配せして、折角のデートが中断されたことを心の中で詫びた。
「お前が色々細かいこと言い出したから電話したんじゃねーか。それで、ちゃんと古賀根街にはついてるんだろうなあ?」
「当たり前だろ。時間が余りすぎてデートが出来るくらいだ」
「ははっ、デート? お前が? ありえねえ。相手がいねえだろ」
そう言って彼はまた大笑いしている。
「ふっ、若葉さんちのゴールドちゃんと言えばご近所でちょっとした有名人だったんだぜ? 僕の流し目一つで、女達は我が我がとお菓子を差し出して来たさ」
小さいころはかわいいかわいいと、そりゃあ持て囃されたものだ。……近所のおばちゃん方にだけど。
「すまん、その、なんつーか……悪かった」
「謝るなよ! それじゃ僕がまるで痛い人みたいじゃないか!」
「痛い人っつーか……いや、そういやお前と漫談してる暇は無いんだった」
「お前のせいだろ。つーか暇が無いって、そんなに計画は近いのか?」
「……いや、ランが、な」
シルバーの声が一気にトーンダウンする。もしかしてこれが彼が先ほど言った禿げそうな声ってやつなのか?
「……心中お察しするよ。というか、アレは何なんだ? どうしてあんなことになった?」
「俺が聞きてえ。お前幼馴染だろ、何かわかんねえのか。わかんねえだろうな、お前昔っから鈍かったからな」
「十年一緒に逃避行してて、それでもまだ分からないほど鈍い奴に言われたくねえよ」
「……お前、本当に大変だったんだぞ……大きな声じゃ言えないけどな……」
820 名前:ぽけもん 黒 25話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/05(木) 23:14:27.86 ID:Nn8VuQXE [7/9]
シルバーの声は冗談っ気の無い真剣そのもののものだったけど、僕ははっきり言って事態を甘く見ていた。
端的に言えば、ランの狂気を嘗めていた。シルバーは正気を保って生きているだけで敢闘賞ものだということを理解していなかった。
「僕だって大変だったさ。それで、計画のほうはどうなんだ?」
「ああ、お前に言われたことは大体調べた。データ化してポケギアに送っとくから細かいことは勝手に考えろ」
「出来れば会って話がしたい」
「そりゃそうだが、どうも厳しそうだ。ランの目を誤魔化せる気がしない。計画の決行自体はまだ二週間近く先だから、もし機会があったらこっちから連絡する。送るデータに緊急時の連絡先を書いとくが、よほどのことが無い限り連絡するなよ。殺されるからな」
「誰が?」
「お前が、だよ」
「そんなこと……」
「言いたいことがあるのは分かるが、もう切るぞ。遅くとも二週間後に会おう」
彼はそれだけ言うと、一方的に電話を切ってしまった。多分リダイアルしても無駄だろう。
軽く溜息を吐いて振り返ると、香草さんが額に青筋を浮かべてこちらを見ていた。
「……どういうことよ……女達にモテモテだったって」
女達にモテモテ? 何のことだ?
僕は自慢じゃないが生まれてこの方女の子に囲まれてもてはやされるようなことは一度も無かったんだけどな。
「もしかして、さっきの冗談のこと?」
そこまで考えて、それに行き当たる。
冗談以外に誤解の仕様が無い言葉だと思ったんだけれど……
「冗談? そ、そうよね! ゴールドが女にモテモテなわけ無いものね!」
彼女は引き攣っていた顔をパアッと綻ばせ、嬉々としてそう言う。
いや、確かに事実だけどそんな嬉しそうに言わなくても……
「あ、ち、違うのよ。別にゴールドがもてなくて嬉しいとかそういうことじゃなくて、いや嬉しいんだけど、その、違うの!」
「大丈夫だよ、分かってるから。それに……」
「それに?」
「チコさんにだけもてれば、それで十分だよ」
彼女は顔を真っ赤にし、手を胸の前で震わせ、オロオロしている。
そしてそのまま何事かを呟きながらゆっくりと後ろに倒れていった。
「チコ!?」
倒れかける彼女を咄嗟に抱きかかえる。
「……しあわせすぎてしにそう」
彼女は平坦な口調でなにやらブツブツを言っている。
人々の視線が向けられているのが分かる。
さすがに公衆の面前でこれは恥ずかしい。
馬鹿ップル死ね!
照れ隠しにそんな自虐をして、その後しばらく香草さんとのデートを楽しみ、ポケモンセンターに帰還した。
やどりさんの姿はなく、ちょっと出かけてくるとの書置きがあった。
帰還するとすぐにポケギアに送られてきていたデータを展開し、考証する。
僕は冒頭から早速驚愕させられることになる。
一枚目の内部文書と思われる書類。
そこにはでかでかと、ラジオ塔乗っ取り計画、と主題が書かれていた。
821 名前:ぽけもん 黒 25話 ◆/JZvv6pDUV8b [sage] 投稿日:2011/05/05(木) 23:15:08.90 ID:Nn8VuQXE [8/9]
ラジオ塔とは古賀根市にシンボル的に聳え立っている電波塔兼番組製作所のことである。
ら、ラジオ塔乗っ取り?
二つの意味でびっくりだ。
一つは、大都会のシンボル的有名建造物を狙う大胆さ。
もう一つは、ラジオ塔を乗っ取る意義がまったく分からないことだ。
だってラジオ塔だよ? 兵器も道具もない。数年前のシルフカンパニー乗っ取りはまだ納得できたけど、ラジオ塔なんて乗っ取ったところで何が出来ると言うのか。日がな一日毒電波でも発し続ける気だろうか。
しかもこんな人目につく、人口の多い場所で。
人口が多ければ当然それを管理する人間の数も多い。シンプルに言えば、警官がたくさんいる。
しかもラジオ塔は目立つ。とっても目立つ。
まるで狙う意味が分からない。
すぐに嘘の情報を掴まされたんじゃないかと言う懸念が頭を過ぎる。
しかしその資料を読み進めるにつれ、恐怖で血の気がみるみる引いていった。
顔が青いと香草さんに心配されるほどだ。
あの集団頭痛事件はやっぱりロケット団の仕業だったらしい。
この資料によると、ロケット団はポケモンがある種の大域の電波から影響を受けることを発見していて、それについて研究を進めていたらしい。
その研究の成果がアレというわけだ。
全てのポケモンが一斉に行動不能になれば、当然人間社会は成り立たない。
そしてあのラジオ塔の電波が有効に届く範囲は国土の半分以上だ。
そこであの電波を流されたら……
丁子町の再現が、全国規模で起こる。
社会がひっくり返ってしまう。
きっと、それが最終目的じゃないだろう。
狙いはおそらく、騒ぎに乗じた国の中枢機能の乗っ取り。
今この国は、喉元に刃を突きつけられたも同然だった。
電波がポケモンに影響を与えるなんて話、今まで聞いたことも無く、俄かには信じがたいだろう。
あの丁子町の件を知らなければ、だけど。
なんてことだ。
事態は、僕の想像よりもはるかに重大で広大だった。
最終更新:2011年05月07日 12:19