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423 :ウェハース十二話 ◆Nwuh.X9sWk:2011/05/14(土) 02:01:01 ID:jAUgBx.o

陰性。 少し残念に感じる結果だった。

残念に……、思った。
子供さえ出来てしまえば彼を独占出来ると思ったから? 彼が私だけを心の中に置いてくれると思ったから?
なぜ私はこんなにも彼に執着するのだろう。
愛されたかったから?
誰からも愛される彼に特別愛されることで何かから開放されたがっているの?

彼は不思議な人だった。
ふくよかな体型と同じで角のない性格で、表情豊かで、とても臆病で。

あの顔。
私にしか見せたことないんだよね。

撮ったビデオを見るたびに、薄気味悪く笑っている自分に気が付く。
両親がいないときに暗い部屋で、私にだけ染まっていく真治を見るたびに。

快感だった。今までに深く何かに執着したことの無かった私はそれまでの『ツケ』を清算するように彼にのめり込んで行った。

彼の体を調べるように舌を這わせ、彼の脳を支配するように聴かせ、彼に私を浸透させた。
夢中だった。 文字通り夢の中でも彼と出会った。

真治は私だけのものだ。 何度もそう言い聞かせて、信じた。
私はまたビデオを見ている。

母さんが下の階で寝ているのに、ビデオを見ている。

前までは我慢できたけど、今は駄目だ。 一日おきに見ないと、何かが崩れてしまう気がする。
彼の恥ずかしい顔を、彼の諦観の瞳を、脳に焼き付けるように、そっと指で画面に触れてみる。

静電気みたいなものが指と画面の間に走る。

きっと愛の稲妻だ。
チリチリと、稲妻が毛を逆立てるような感覚に酔いながら、画面の中の彼に意識を集中していく。

私は彼が好きだ。
彼がやれと言うのなら、人を殺せる。 二言は無い。


424 :ウェハース十二話 ◆Nwuh.X9sWk:2011/05/14(土) 02:01:38 ID:jAUgBx.o

彼には家族がいる。
理解のある両親に、可愛い兄妹。
でも正直に言って私は彼女たちにあまり興味はない。
ただ仲良くしておいた方が彼との距離を縮めるの便利だと思ったからそうしているだけだ。
それ以上の価値は見出せない。

家族になりたい。

彼と切れない繋がりが欲しい。

彼と彼の家族を見ていて、彼の隣を歩くほどそう思った。

切れないものとは、何か?
恋人? 親友? 恩人?

そうだ、血縁関係だ。 この世でもっとも固いもの。
得難いモノ。

子供だ。

だから迫った。

彼が薄情なことを言うから。
こんなにも愛しているのに、こんなにも欲しているのに。

そのときに脳裏によぎったのは、ビデオを見ているときの私。

「真治の弱みは握ってるんだから、やってしまえ」

薄気味の悪い笑みを浮かべながら、私は私の背中を押した。

意味がなくとも人は生きていけると言う。 意味がなくても人は生きなければならないと言う。

きっと彼じゃなくてもいいと人は言う。
思いだけでも、体の繋がりだけでも、それを本質的な部分で体感できなければ意味が無いのと同じように。
彼じゃないといけない理由は私には分からない。

でも、意味が無くとも生きていかなければならないとすれば、存在しなければならないとするなら、私は彼の傍にいるということを条件に生きたい。 生きてゆきたい

それは願いであり、思いでもあって、私自身の体感の経験から導き出された言葉だから。
無意味だからこそ、生き方も愛し方も自由なのだ。


425 :ウェハース十二話 ◆Nwuh.X9sWk:2011/05/14(土) 02:02:06 ID:jAUgBx.o

「あなた、邪魔なの」

ついに私は、私の本性をさらけ出した。 相手は真治ではない。 真治の最も仲の良い友人、平沢だ。

「なんだよ、いきなり」
「だから言った通りよ、あなた邪魔なの」

平沢君はやれやれといった様子で、ため息を吐いて私の眼を見た。

こいつ、嫌いだ。
その感情だけを向ける。

「あのさ、藤松。 あんまりそういうこと俺に言わない方がいいぜ? 真治のこと好きなのは分かったけどさ、俺に殺気立っても仕方ないだろ」
「あなたがいるから真治が私だけに集中してくれないの、言ってること分かる?」

いいや。 平沢はそう言って首を横に振る。

「第一、アイツがお前のことを本当に好きで、藤松さんと惹かれあっているのなら藤松さんは俺の事なんて気にならないハズだ」
「いちいち都合良く講釈を垂れるのはやめてくれる?」

私の一言に平沢はムッとする。


「取り付く島も無いな、聞くけど話をしに来たんだよね?」
「ううん、お願いしに来たの」

素直な私の感想に平沢は面食らったみたいで、一瞬驚いてから、すぐに立て直した。
お願いしに来たのは本当のことだ。 懇願とは少し違うけど命令しに来た訳でもない。 だからお願いをしにきたと言うのが一番ベターで、私の心情を反映している答えだと思った。

「うーん、でもそれってさ命令になるんじゃないの?」
「私の言った意味はそういうのじゃないんだけど、平沢君の捕り方次第になるのは仕方ないよね。 それが会話だし」
「……藤松の喋り方、普段のアイツに似てきたな」

普段の……、それに腹が立った。
まるで私よりも彼を知っているような言い様にだ。

「そういうの、今聞いてないから」
「ふー、分かった。 アイツと喋ってから考えてもいいか?」
「いいよ」

またもや平沢が驚いたような顔をする。 今度は露骨にだ。

「いいのか? アイツに喋るかもしれないんだぞ?」
「別にかまわないけど。 私からも真治にお願いしようと思ってたし、いいよ」

平沢は眉間に皺を寄せて私をジッと見据える。 言葉のサーシャを見抜こうとしているのだろうか?
大丈夫なのに、裏なんて無い。 本当の気持ちなんだから裏があるわけが無い。

「分かった、もう行っていいか?」

面白味も無い話だから仕方ないけど、平沢君は話す前よりも不機嫌になって帰っていった。


426 :ウェハース十二話 ◆Nwuh.X9sWk:2011/05/14(土) 02:03:02 ID:jAUgBx.o

『今電話イイ?』

検査のために使った道具を丁寧に包装して捨ててから、真治にメールを送った。
一応心配しているだろうから、その日の内に伝えておこうと思った。

『いいよ』

五分も経たない内に返信が来た。
すぐに電話帳の機能を選択して彼に電話をかける。

「もしもし」

布が擦れる音と、彼の受話器を通したときの声が聞こえる。
それだけで少し心が上気するのが分かる。

「妊娠の検査、簡易だけどしてみたよ」
「どう……だった?」

緊張感が伝播してきた。
嘘を吐いてもいいかな、そんな考えが脳裏をよぎった。
でも……、駄目だ。 この人には嘘吐いちゃ、駄目だ。 なんとか踏ん張って、努めて明るく言った。

「陰性だった」

出来なかった、とは言わなかった。 残念がっている事を彼に悟られないようにした。

彼と話すとき、言葉を交わすとき、私は少し緊張している。 どう答えれば彼に良く思われるかずっと考えている。

「そう……」
「ねぇ」

でも。

「なに?」

今はそれを忘れてみようと思う。 体感したくなった、と言い換えてもいい。

「どう思った? 出来なかったって聞いて」
「……」

受話器の向こうの沈黙がひたすらに辛かった。 まるで鋸の歯を優しくあてがう様なキリキリとした痛みが心を消耗させていく。

「……、気にしないから正直に言っていいよ」
「……良かった、と思う」

悲しくなかったと言えば嘘になる。
やっぱり、嫌だったんだな。

「小町は、どう?」
「私は……」
「少し……、残念だったかな」

また、緊張し始めたのが分かった。
嫌われたかもしれない。 なんで彼の言うことに同意しなかったんだろう。
そのことをすぐに後悔した。


427 :ウェハース十二話 ◆Nwuh.X9sWk:2011/05/14(土) 02:03:34 ID:jAUgBx.o

「小町……」

語尾が妙に暗く聞こえた。 悲しんでいるのだろうか。

「ごめん、気にしないで」

__それからの会話はあまり覚えていない。

ずっと緊張していて、さっきの自分の返答ばかりに気がいってしまって集中できていなかった。

「じゃあ、明日また同じ時間に向かいに行くから」
「うん、穂波も待ってる」

真治と約束をとりつけるのが精一杯だった。

電話を切って、すぐに部屋に戻った。
ベッドの下から真治を隠し撮りした写真ばかりを集めたアルバムを引っ張り出してキツく抱き締めた。
無性に怖かった。

自分のミスから真治を失うのが、あの瞬間に容易に想像できてしまった。
おぞましいビジョン。 それを垣間見た。

「そんなことあっちゃいけない」

リモコンでデッキを起動させて、真治と私の情事を再生する。

「真治が私から離れていったら……、私、アタシ……」

消音と表示されていた文字が消えたのに妙に驚いた。 それほど動揺しているのが分かる。

「そうだよ、真治が私を嫌いになるワケないよ、だって、私たちは惹かれあってるんだから」

落ち着かせるように反芻していた呪文に嗚咽が混じったのはそんなに遅くなかった。

「そうだよ、アタシには“コレが”あるんだ」

画面が一瞬フェードアウトして画面が暗転した瞬間に自分の顔が写った。 薄気味悪く笑っている私だ。

『真治は私と別れられない、別れさせてあげない』

彼を振り向かせるのにどれだけ苦労したんだ、どれだけのモノを捧げて今があると思っているんだ。
絶対手放さない。
だから今よりもずっと、彼に従順に生きなければならない。

「愛してるよ、小町」

真治の声を出来るだけ思い出しながら言葉の型に当てはめて、ひたすら脳内で再生する。
ただ、あのビジョンをかき消すように、ただひたすら。