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100 :深月 [sage] :2008/01/14(月) 22:43:50 ID:pk/0UBFF
 闇に包まれた山道を深山蒼佑(みやま そうすけ)は走っていた。立ち止まることもなく、後ろも振り返らずに。切れ切れに吐き出される吐息は白く、瞬く間に昏い空に溶けていく。
今宵は満月。見慣れていたはずの月はいつもより、ひと際白い気がする。
その中で火照った体を冷やしてくれる冬の寒さと、夜の山道を照らし出してくれる月の光だけが彼にとって唯一の救いだった。
 もうどれほど走っただろうか。
今は少しでもあそこから離れ、街に近づけさえいればいい。
 街にさえ出ることができれば救いはきっとある。そう信じて蒼佑は走り続けた。
「っ!……あった」
 闇の向こう側一筋の光が見える。ようやく山道から街へ続く道路へ出たのだ。
 ここまで来れば、街はそう遠くはない。やっとあいつから逃げられる。
 走り際に標識を見ると、あと数百メートルで街に出られるようだ。
 数百メートル。陸上部だった彼からすればそんな距離、五分も満たない内に完走できただろう。
 けれど――――――――――――――――――――
「…は、はは……」
 冷たい月の光がその人影を映し出す。
希望を絶望に変えるかのように、蒼佑の前に一人の少女が立塞がっていた。
西岡満月(にしおか みつき)。小学校からずっと一緒だった、幼馴染。
「そうだよな…無闇に追うよりも逃走経路に網張った方が確実、か。まあ、予想はしてたけど……」
 それでも彼女とは会いたくはなかった。
 蒼佑から乾いた笑いが自然と零れる。
「なんで、こうなったんだろうな……満月」
 彼女の着た白いワンピースは血塗られている。
 彼女の白い肌は血塗られている。
 故にそれを意味することは一つ。
「……ねえ、そー君」
 幼馴染はいつものような柔和な笑顔を浮かべる。
 何一つ変わったことなど無い、とでも否定するように。
「早く帰ろうよ。お家は向こうだよ?」
 彼女が指差す方向は数時間前まで自分が監禁されていた場所。逃げ出した地獄。
そこに戻れ、と彼女は言う。
 まるでそここそが深山蒼佑の帰る唯一の場所とでも言うかのように。


101 :深月 [sage] :2008/01/14(月) 22:45:26 ID:pk/0UBFF
 蒼佑はポケットから小刀を取り出す。ずっしりと手にした重量感が、これは“目の前に居る者”を殺す凶器なのだと告げている。
 それを慣れない手つきで幼馴染に向けた。
「そこを、退け」
 短く。自分の感情を抑えるように、警告する。
 けれどそこに躊躇いがある限り、今の彼女に通用するとは思わない。
「……そー君。そんなことしても無駄だよ」
 満月は彼の持つ凶器を気にも留めない様子で近づいてきた。
「いつもそうだったよね。テスト勉強頑張っても勉強する範囲を間違えたり、大会のために必死で練習してたら大会当日に風邪引いちゃったり……そー君って頑張れば頑張るほど空振りするんだよね」
 呼吸は荒く、手の震えが止まらない。
「だからね―――――――――」
 彼女が近づく度に、足は自然と後ろに下がる。
「これもきっと無駄。いつもみたいに徒労に終わるよ」
 白い月の下。
 昏い空は深く、底が見えない湖の様。
 今宵はいつもよりも月が白かった。

 何故、こうなってしまったのだろう。



106 :深月 [sage] :2008/01/15(火) 00:18:19 ID:QJH77RNn

 夢を、見た。

 白く、儚く、孤独な少女が出てくる夢。
 そこが何処だったかは思い出せない。その子が誰だったかは思い出せない。
 けれど、確かに僕はその少女を知っているような気がした。


 夢に出てきた場所はどこか山の中。古い日本屋敷の最奥。
 僕は今は亡き祖父に連れられて、幾重にも連なる赤い鳥居を潜っていた。
どこまでも続く同じような風景に飽きていた僕は「どこに行くの?」と尋ねると、祖父は困ったような顔をして、「これからね、蒼佑と同い年の女の子と会ってもらうんだよ」
それだけでは意味が分からない、と僕は答えた。まるで祖父は僕に何かを、いや自分から本題を遠ざけるような、そんな態度だ。
「その子はね、お前の番いになるかもしれない大事な子なんだ」
「つがい、って何?」
「んー…分かりやすく言うと、お前のお嫁さん、かな?ああ、でも、絶対というわけではないんだよ?何人もそういう“候補の子”がいてね、その中の一人から選ばれるんだ」
 その時の僕は、祖父が言っていたことがよく理解できなかった。まだ会ったことも、話をしたこともない女の子をなぜ嫁にしなくてはならないのか?
「もし、選ばれたら――――――――――」
だから僕は祖父に聞いた。
「断ったらいけないの?」
 暫くの沈黙が続いた後、祖父は今にも泣き出しそうな顔で、

「これはね、【新月】が決めたことなんだ」

 【新月】。それは昔から僕にとって大嫌いなものだった。
 父と母は【新月】のせいで死んだ、と祖母は言っていたし友達と遊べなくなるのも、決まって【新月】に呼び出されるからだ。
 だからきっとこれも、ロクでもないことだろう。ようやく辿り着いた離れの門を前にして、僕はそう確信していた。



107 :深月 [sage] :2008/01/15(火) 00:20:46 ID:IKcIIjn4
 ようやくあの子に会える

 この刻をどれだけ待ち侘びただろう

 この瞬間が来るのをどれだけ夢見ただろう

 彼が来るというだけで、何事にも無関心だったボクの心は掻き乱される

 彼の笑顔を思い出すだけで、氷のようなボクの体は熱くなる

 彼のことを想うだけで、空っぽだった自分の中が満たされるような気がする……

 でも……まだ足りない。想うだけでは足りない……

 だから――――――――――――――――ボクはアナタのことが、欲しい



 部屋に入った瞬間、彼女と目が合った。そして魅入られるように、僕は彼女から目が離せない。
 白い、月。
それが彼女を目にした感想。
 光の届かない部屋の奥で、白い少女は幽閉されるように“存在”していた。
 だから、暗い部屋の奥に居た白い少女がまるで夜空に浮かぶ白い月のように思えたからだろう。
彼女の着た藍色の着物は闇に溶け、足元まである長い銀髪と色素を感じさせない白い肌、そしてその奥に光る朱い瞳。外国人とも違う異質な雰囲気に、自然と息を呑んだ。
それはまるで人形の様に。
全てを見透かすような朱の瞳はそれまで何も、誰も見てはいなかった。たった今入ってきた自分を除いては。
「――――――」
彼女は何かを呟いた後、僕に向かって、笑った。
声は聞こえなかったけれど、何故か彼女が呟いたことがはっきりと理解できた。けれど、なぜ彼女が僕にあんなことを言ったのかは、理解できなかった。
彼女は言った。「お帰りなさい」、と。
まるでここが僕の帰る家だとでもいうように。