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532 :ウェハース第十三話 ◆Nwuh.X9sWk:2011/05/21(土) 17:41:56 ID:IAfhlHSE

「えっ?」

僕の膝を枕にしていた小町がいきなりボリュームの大きい声を出した。
そんなに驚くことだろうか?

「痩せるって、なんで?」
「そんなに驚くことでもないだろ」

小町は状態を起こし、首を横に振った。

「私体型とか気にしないから大丈夫だよ」

少し声が焦っているように聞こえる。 何でだ。

「いや、小町と付き合ってからさ僕と小町の体型のギャップに驚いてるんだよね」

小町は物凄く華奢だ。それに対して僕はなんと言うか骨太って感じ。
二人して街を歩いているときにガラスを見ると、おおよそこの二人が付き合っているとは思えないほどに容姿に差があるのを実感する。
その時には、いつも下を向いてしまう。 隣で嬉しそうに腕を組む小町、そしてうな垂れている自分。 ますます嫌になる。

「そう……、じゃあ私も手伝うよ。 カロリー計算とか全部してあげるね」
「はぁ?」

小町は僕の上に座り、腕を僕の頭の後ろで組む。
息がかかるほどの距離。 小町は最近この距離で僕と話すことが多い。 なんというか、ものすごく密着してくる。

「昼ごはんと、運動量だけでも変えたら激変するからね」
「んー、じゃあ夜中走ろうかな」
「ダメだよ、いきなり走ったりしたらシンスプリプトになっちゃうから」

シンスプリプト? なんだそりゃ?

「じゃあ、歩きだな」
「うん。 何時ごろにする?」

付いて来る気か?

「小町も歩くの?」
「うん」

嬉しそうに、抱きついてくる小町。 胸が押し付けられて、石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。
艶のある黒髪からも、なんだか不思議な香りが……。 きっとスゴく高いシャンプーなんだろうな。

「喋りながら歩いた方が有酸素運動してるって気がするでしょ?」
「ああ、確かに」


533 :ウェハース第十三話 ◆Nwuh.X9sWk:2011/05/21(土) 17:43:18 ID:IAfhlHSE

最近、やけにボディタッチが増えた気がする。
セックスの回数も減ったけど、それだって四日に一回はやってる。

何かと横にいる気がする。
それに、媚びるようになった。
今まではそんなこと無かったのに、最近は僕の意見を酌もうとしているのが分かる。

「私もそう思ってたの」

そう言って、僕の体のどこかに触れる。
どうしたんだろう、何があったんだろう。

「ねえ、キスしてもいい?」
「えっ、うん。 いいよ」

じゃれる様に、唇を奪う小町には一片の邪気も感じない。

小町のキスはとても長い。 絡み方と言っていい。
入念に、それこそ隙間をなくそうとしているくらいに丁寧に長い間をかけてする。

「んっ、はぁ、むぅ……」

鼻孔の呼吸で間に合わなくなるほど、一回一回を真剣にこなす姿勢は少し怖い。

「はぁ、ふふっ」

キスを終えた後は決まって潤んだ眼で微笑む小町の顔はスゴく色っぽい。
その後は短いキスを何回か繰り返し、抱擁の強さを微妙に変えたりして過ごす。

まどろむ様な優しい時間が過ぎるのは存外早い。 小町はその事を知っているのか、時間の経過を僕に全く知らせようとしない。
というか、僕に時計を見せようとしない。
いつまでも二人で抱き合っていたい、埋めあっていたい。 そういう感じに粘性を覚える。
小町は、きっと平沢や、武藤を嫌悪している。

「俺も言われたんだよね、神谷に近づくなって」

武藤から聞いた話だと、ものすごく怒ってるように見えたらしい。
言われたのは昼休憩の後、理由はおそらく、僕と平沢たちが昼食をとっていたからだ。

武藤には謝って黙っておくように頼んだけど、この分じゃあ僕の友達以外に飛び火するのも時間の問題かもしれない。
小町に抱かれるたびにそう思う。 そして僕と彼女の温度差も。


534 :ウェハース第十三話 ◆Nwuh.X9sWk:2011/05/21(土) 17:44:24 ID:IAfhlHSE

「真治君、あの……」
「うん?」

媚びる様な、それでいて感知して欲しそうな目配せ。

「あのね、携帯を、その……」
「えっ、ああ、ドライブモードね。 はいはい」

小町は僕との時間を過ごすとき携帯の電源を切っている。
そして僕にはせめても、とドライブモードにするようにせがむ。 これが僕が時間に気づかない原因の一つ。

二人して隔離する、現実から僕と小町のいる部屋だけが時間も世間からも。

そういえば最近、『あのビデオ』の事は口に出さなくなった。
聞くことも無いけど、いつかはあれについても話をしなくちゃいけないんだろう。
僕たちの間には色んな物があって、関係が成り立っているように見える。

小町は自分から望んでこの関係に、僕は一度関係を終わらせようとした。 この差は絶対的だ。

いつか、いつか遠くない日に一度は全てを清算させる日が来る。
その日から僕と小町はどうなるんだろう。

途方も無いことだとは思わなかった。
自分は彼女と関係を持って、結ばれた。 だからきっと関係を見直す。
いつか、必ず。

「そろそろ、携帯を見ていいかな?」
「……、うん」

時計を確認するのに、了解を得なければならないなんて、どうかしてるのかも知れない。

携帯の電源ボタンを押して、ディスプレイを抱きついている小町の頭越しに見る。
七時過ぎか、四時から今まで三時間も抱き合ってたのか。

「小町、降りて」
「ん……」

袖をギュっと掴んで、小町は掴んだ袖の方へゆっくり移動する。

「帰るの?」
「うん? まあ、そろそろかなぁと」
「まだ、七時過ぎでしょ? 前は九時までいたんだから、もう少し……いなよ」

小町は袖を離して、腕を組んでくる。 この絡み方、最近多い気がする。

「九時に帰った時に言ったろ、母さんに釘刺されたって」
「う、うん。 分かった、ごめん。 じゃ、じゃあ家まで送るよ」
「いいよ、帰り道小町が独りになるだろ」
「そんなの、気にしないのに……」

正直、この時の小町を説き伏せるのが一番苦労する。
母さんに釘を刺されたのは本当だけど、今は小町のおかげで成績もいいから昔みたいに五月蝿くは無い。
ただ単に、僕が小町から離れようとしているだけだ。


535 :ウェハース第十三話 ◆Nwuh.X9sWk:2011/05/21(土) 17:44:51 ID:IAfhlHSE

玄関まで小町は腕を組んだまま、僕はそれに何も言わない。 これ以上小町の機嫌を損ねると危ない気がするからだ。

「じゃあ、小町……」
「……うん」

名残惜しそうに、拘束を解く。
出来るだけ丁寧に靴を履いて、小町と対面する。

「明日、いつも通りに迎えに行くから」
「うん、用意して待ってる」

少し心が痛んだ。 本当は一人で登校したい。 そう思ったからだ。

「最後に、キスしてもいい?」
「うん、いいよ」

最後にまで、小町は体の接触を試みる。
多分、繋がっていないのではないかと、小町も思っているんだろう。
触れた瞬間、やんわりと体感する皮膚越しの他人の体温。 小町には皮膚が邪魔に思えて仕方ないのかもしれない。
でも、きっと皮膚越しじゃないと僕は火傷してしまう。 直感できる、それほどまでに差があるんだ、僕たちには。

「行くよ」
「うん、バイバイ。 また明日」

小町の家を出て、石畳の住宅街を一人で歩く。
心が窮屈な所からいきなり広い場所に出た気体みたいに一気に霧散する。

やけに高くなった空に息を吐く、もう秋も半ば。
そろそろ、駅が見えてきたころに三時間ぶりに携帯が振動した。

「小町だよな、やっぱり」

少しの間気づかない振りをしようか迷った後、また深く息を吐いて携帯の返信メールを打った。