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684 :五月と冬 第二部 ◆gSU21FeV4Y:2011/06/07(火) 20:27:45 ID:KYVdVBUQ
――――。

五月くんはタオルと着替えを持って、部屋から出た。

また顔が熱くなる。きっと赤くなっているのだろう。
悟られないよう、顔を隠すように五月くんに背を向けた。
戸のしまる音がする。きっと、五月くんはお風呂に入ったんだろう。
五月くんがお風呂に入ってる間に、頭を冷やそう……。
目を閉じて、深呼吸をする。

ばしゃばしゃとお湯の流れる音がする。
五月くんは今、体を洗っているのだろうか。
だとして、どこをどうやって洗っているの……。
また、はっとなり頭を抱える。

「だ、駄目だぁ……」
自分に幻滅する。こんな、変態じみたこと……。
聴覚を別のところに集中させよう。
そう思ったとき、目に入ったのは棚にあるCDプレイヤーだった。
勝手に借りていいものかと迷ったが、使わせてもらうことにした。

電源を入れると、すでにCDが入っていたようで曲がすぐに始まった。

人のざわめき声と雑音の後、演奏が始まる。
世界的に有名だった、今もなお有名なバンドのものだ。

一曲、二曲と曲が終わる。
三曲が終わろうとフェードアウトをした。

「冬子ー、上がったよー」
声に振り向く。
パジャマを着た五月くんが後ろにいた。
髪が濡れている。少し胸がドキドキした。
お風呂上がりの五月くん……。

「お次どうぞ」
彼はタオルで髪を拭きながら、にっこりと笑った。

「うん、ありがとう」

「CD聞いてたんだ」

「あ、うん。ごめんね、勝手に借りちゃって……」

「いいっていいって。俺、これ好きなんだよね、この曲」
今流れているのは四曲目、軽やかなリズムとメロディ。

「少しずつよくなっていく、君が僕と一緒になってからは」
五月くんは押入れから布団を出し、畳に敷きながら言った。

「そういう歌詞なんだ。これ」

「今日はいい日だった?」
そう私が聞くと、五月くんは照れたように笑って、うん、とうなずいた。
胸をぎゅーっと締め付けられるような感覚。

「じゃあ、私入るね」
私は椅子から立ち上がった。

「ん、ちょっと待ってて」
五月くんはタンスからタオルとパジャマを一着出すと、私に手渡す。

「ありがとう」
脱衣所はないらしい。ということは、風呂の戸の前で服を脱ぐのだろう。
五月くんが覗きをするとは思えない。
というより、五月くんにならむしろ……。

頭をぶんぶんと振る。なんか私、変だ。


685 :五月と冬 第二部 ◆gSU21FeV4Y:2011/06/07(火) 20:29:54 ID:KYVdVBUQ
衣服を脱いで、戸の横に置く。
戸をあけ、風呂場に入る。

まず体を流し、次に頭からお湯をかぶる。
髪を丁寧に洗う。泡を流した後、リンスをつける。
そのまま、体を洗う。
全身もいつもより、丁寧に丁寧にスポンジでこする。

髪と体にお湯をかけ、泡と髪についたリンスを流し、湯船につかる。

ふぅーと溜息をつく。ぬるくても風呂はいい。
浴槽に頬杖をついた。

思えば、五月くんを慕い続けて五年。
再会したのは……昨日。
以前と同じように、何の違和感も無く話せている。
嬉しくてたまらない。

五月くんは私を忘れてなかった。

浴槽のお湯を手ですくって、頭にかける。

五月くんに私の気持ちを伝えたとして、受け入れてくれるだろうか……。
もし、断られたら……。

頭をぶんぶんと振って、ネガティブな考えを消す。
最初から失敗することを考えたら、相手に失礼だ。
告白するのも、もっと先のことになるだろうし……。
今は、深く考えないでおこう。

風呂場から出て、体を拭く。
髪をタオルで拭き、丁寧に乾かす。

戸の横に置いておいた衣類から下着を取り、着る。
五月くんに借りたパジャマを身に着け、洗面所で新品の歯ブラシを借り、歯を磨いた。
それから部屋に行く。

五月くんは電卓をたたき、ノートに向かって何かを書きこんでいた。
彼の背後から手元を見ると、家計簿をつけているようだ。

「まめなんだね、五月くん」

「ん、ああ、一人暮らしだしね……」
ノートに数字を書きこんでいく。
私は隣に座り、それを眺めていた。
ぼーっと五月くんの書く字を目で追う。

最後の項目に数字を書き終えたところで、五月くんはノートを閉じた。
大きく伸びをしてあくびをする。

「ふあ……あ……」
五月くんは時計を見て、目を擦った。

「俺もう寝るけど……」

「あ、じゃあ私も……」

「冬子はこっちの布団で……」
布団を指さして、五月くんは言った。
敷かれた布団は一つだけ。

「じゃあ、電気消すよー」
五月くんは電灯のひもを引っ張り、電気を消した。

「お休み、冬子」

「お、お休み」

五月くんは畳の上に直接横になり、薄い毛布を一枚かけているようだ。
私はおずおずと尋ねた。

「五月くん……寒くないの?」

「んー?平気平気。気にしないでいいよ」

「でも……」

「いいからいいから」
私はその言葉を聞いて、躊躇いながらも布団にもぐった。
五月くんは疲れていたのか、すぐに寝息を立て始めた。
私も目を瞑り、五月くんの寝息を聞く。
私は今までにないくらい幸せな気持ちで、眠りについた。

――――。

足の冷え。布団の擦れる音。雨の匂い。
意識が蕩けた夢の中から、現実へ帰る。
重い瞼を無理やり持ち上げ、足の方を見る。
布団から露出して、部屋の空気にさらされている。

寒いはずだ……。

布団の中に足を戻す。ぼさぼさになった頭を掻いた。
ふと視線を動かすと、すぐそばに五月くんがいることに気付く。
よく見ると、布団に彼の足が入っている。

寒いのかな……。

私は五月くんの腕を取り、体を布団の中に引き入れた。
彼の体温が肌に伝わる。心が優しい気持ちでいっぱいになる。
五月くんを抱き、頭を撫でる。


686 :五月と冬 第二部 ◆gSU21FeV4Y:2011/06/07(火) 20:33:21 ID:KYVdVBUQ
玄関の床を靴のつま先でこつこつと蹴る。
冬子はしゃがんで、靴の紐を結びなおしている。
現在時刻は八時。昨日の雨は止んだが、晴天にはまだ少し遠い。

「じゃあ、行こう」
立ち上がって、彼女は言った。
二人で玄関を出て、俺は扉に鍵をかけた。
アパートの自転車置き場で、彼女は今日、何度目かのお礼を述べる。

「本当にありがとう。私、お邪魔しちゃって……」

「いいっていいって。むしろ、家事手伝ってもらって助かったよ」
俺がそう言うと彼女は表情を明るくした。

「本当?家事ならいくらでもできるから……いつでも呼んでね!」

「うん、ありがとう。また今度お願いするよ」
今度っていつだ。自分に問う。
答えは返ってこない。

冬子と二人、横に並んで自転車を走らせる。

バイト先の店の前で冬子と別れる。
冬子に「五月くんが仕事をしているところを見ていきたい」と言われたが、
「勘弁してくれ」、と帰るよう促した。


カップラーメンを陳列棚に置いていく。
一つ、また一つ。
以前。中学生の時なんかは、こういう単純作業が堪らなく嫌だったが……。
今は、楽しいと思うことはないが、嫌だと思わなくなった。
何もかも忘れて、作業にうちこめる。

借金。食器にこびりついた油汚れみたいだ。

借金がなければ。と思う。
友人、部活、趣味。
他にやりたいことは腐るほどあった。もう、腐ったようなもんだ。

しゃがんだ姿勢から立ち上がる。
頭からすーっと血が引いていくのを感じた。
足元がふらつく。床に手をついて、深呼吸をした。

少し、やっぱり少し疲れているのかもしれない。
この連休中に体力を回復しておこう。
ふらふらと、更衣室に向かった。

服を着替え、店から出た。
近くの銀行に寄る。
ATMの前で口座番号の書いてある紙を睨む。
通帳を機械に差しこんで、画面に表示されている番号を指で触れる。
父が死んでから一か月半。今回が二度目の振込だ。
毎月六万円から七万円。
毎月それだけ支払って、完済に何年かかるのか。
考えたくもない。

陰鬱な気分で、ATMの前から遠ざかる。
ありがとうございました。と機械が声を発す。
無機的、それでいて明るいその声に、余計気分が沈んだ。

携帯を開くとメールが来ている。愛からだ。

一通目はゴールデンウィーク中に暇ある?家事手伝ってあげるよー、と書かれている。
そういえば、昨日のうちに返信してなかった。
愛には悪いことしたな……。

メールの画面を閉じて、アドレス帳から槻田愛の名前を出し、電話をかけた。


687 :五月と冬 第二部 ◆gSU21FeV4Y:2011/06/07(火) 20:36:33 ID:KYVdVBUQ
ゴールデンウィークの予定を教えてほしい。
そう五月に言ったのは、一昨日。
昨日、五月にメールを送ったが、昨日のうちにメールは返って来なかった。

携帯のボタンをかこかこと押す。

一昨日は、五月と帰ろうと思っていた。
予想外の出来事に私は声をかけることができなかった。
五月は女の子と一緒に教室を出て、一緒に帰って行ったからだ。

唇を噛む。思い出しただけではらわたが煮えくり返りそうだ。

五月にメールを送る。
携帯を畳んで、溜息をついた。

ふと、机の上にある、うさぎのぬいぐるみが目に入った。
衝動的に近くにあった鋏を引っ掴む。

まず耳を根元から切り、鋏を逆手に持ち替えた。
鋏をうさぎの腹に突き立てた。
乱暴に何度も突き、裂いて、綿を引き出す。

我に返ったとき、ぬいぐるみは元の形を保っていなかった。
肩で呼吸しながら、床にある綿の塊を眺めている。
その時、携帯が鳴った。

綿の塊をゴミ箱に放り込み、携帯をとる。
画面には五月と表示されている。

「もしもし」

「あー、もしもし、ゴールデンウィークの件だけど」

「う、うん」

「明日は午前中空いてるけど、愛は大丈夫か」

「うん、もちろん……」

「返信遅れて、ごめんな。バイトだったから……。今終わったところで」

「あ、バイトか……大変だね」

「昨日は……バイトと、ちょっと色々あって返信を忘れてた。ごめんな」

「いいっていいて。
五月、料理上手く作れないって言ってたよね……。
明日お昼作ったげるから。あと家事も手伝うから!」

「あ、ああ、ありがとう。何時頃来る?」

「えと、ちょっと早くてもいい?」

「ああ、まあ、少しなら……待ち合わせはどこで……」

「ん、私直接行くからいいよ」

「そうか……あれ、家の場所知ってたっけ?」

「えっ!ん、五月この前教えてくれなかったっけ?」
嘘だ。一度も五月から住んでいるところの話なんか聞いていない。

「そうだっけ。じゃあ、悪いけど……」

「うん、明日お邪魔するからね」

「ああ、また明日」

「じゃあ……」

ぷつりと通話が終わる。ツーツーと携帯から音が鳴った。
携帯の画面を見つめる。

落ち着いたいい気分。
五月と少し話をするだけで、胸が幸福感で満たされる。
ゴミ箱の中にある綿の塊のことや、
五月の隣にいた女のことなど、すでに頭になかった。

私はゆっくりと携帯を閉じた。


688 :五月と冬 第二部 ◆gSU21FeV4Y:2011/06/07(火) 20:37:09 ID:KYVdVBUQ
銀行に寄った後は家に帰り、夕食を作って食べた。
風呂から上がった後に家計簿をつけ、早めに寝た。
バイト中に立ちくらみをしたので、体に気を使ったのだ。

翌朝。
七時に目を覚まし、現在の時刻、八時半までに朝食と歯磨き、洗顔を済ませた。
昨夜、早めに寝たのが良かったのか、体調は上々だ。

ゴールデンウィークを過ごす高校生の中では、比較的健康的な朝なんだろうな。
畳の上で長座体前屈をしながら思った。

布団を片付け、伸びをして大きく欠伸をする。
ちょうどその時、部屋にインターホンの音が鳴った。

「五月ー、来たよー!」

「あいよー」
立ち上がって、玄関まで向かう。既に扉は開いていた。

「おはよう!」
愛は右手を挙げてあいさつした。
肩より少し下に伸びた緩い癖毛を、後ろで三つ編みにしている。
ストライプ柄のパーカーを着て、デニムスカートをはいている。

「おはよう。どうぞ、汚いところだけど」

「ほんとにね。お邪魔しまーす」
そんなことはない、って言ってほしかったんだけど。
愛は俺の心中を察したのか、クックと笑った。

「汚いほうが掃除のしがいがあるって!」
愛はぱしぱしと俺の背中を叩く。
冬子とは全然違うな。と思った。
その違いに嫌悪感を覚えることはない。むしろ違いは見てて面白い。

「さて、掃除道具貸したって」
指で方向を指し示す。

「そこの隅に掃除機あるから……、俺何かすることあるか?」

「五月、仕事ってのは自分で見つけるものだよ」
ふふんと鼻を鳴らして、得意げに愛は言った。

「……じゃあ、風呂掃除するかな」
それを聞いた愛はうんうん、と頷いて掃除機をかけ始めた。

愛に対しての印象は、中学のころとあまり変わっていない。
明るくて、思いやりがあって、世話焼きで、少し意地っ張りだけど、さっぱりした性格。
委員会の仕事を手伝ってもらったことをきっかけに、友人になった。

愛は俺と二人きりになった時、悩みを漏らしたことがある。
委員会の仕事を教室に残って片付けていた時だ。

他人に劣等感を感じているということを、俺に話した。
身長は平均より少し下で、そばかすがある。髪は綺麗でないし、くせ毛でこげ茶。
成績が特別良いわけではなく、運動も苦手。

私は何一つ他人より優れている所が無い。

自嘲気味に笑った彼女に、俺は慰めの言葉をかけたか覚えていない。
自分のことは印象が薄くなるからかもしれない。

風呂の水を抜いて、浴槽をスポンジでこする。


689 :五月と冬 第二部 ◆gSU21FeV4Y:2011/06/07(火) 20:38:09 ID:KYVdVBUQ
さっき、五月に汚いところだと評された部屋の床は思ったよりきれいだった。
隅の方まできちんとゴミがとられていた。
軽く掃除機をかけて、棚の隙間や後ろを盗み見る。
五月だって高校生だ。しかも一人暮らし。
一冊くらいあはーんな本があってもおかしくないだろう。

私が本を見つけ出して、からかって、
顔を真っ赤にした五月が私の手から本をひったくる。

想像を膨らませ、丹念に部屋にあるいくつかの棚の隙間を調べたが、
それらしき本は見つからなかった。

もしや床かも……?
畳の膨らみの下に本があったりして……。

畳の上を注視する。
視界に入った、畳に走る黒い一筋の線。
しゃがんでそれをより近くで見る。
髪の毛だ。右手で拾い上げる
長い。五月のものじゃなさそうだ。

女の髪の毛……?

ふと頭をよぎる、彼女の後姿。
下唇を噛む。

あの女、ここに来たな……!
ばたりという戸のしまる音で我に返る。
五月が腰をトントンと叩きながら、部屋に入ってきた。
うー、とうめき声をあげて、畳の上にうつ伏せになった。
「愛」

「んー?」

「腰痛い」

「その年で腰痛ってヤバいんじゃないの」
右手に持っていた髪の毛をゴミ箱に投げ、
うつ伏せになっている五月の腰に跨った。

「うっ、お、おも……」

「重いとか言ったら引っ叩くからね」

「じゃあ、退いてくれ……」

「まあまあ」
座る位置をずらし、指で五月の腰を指圧する。
ぐっぐっと力を入れると、次第に五月の筋肉の緊張がゆるんできたようだった。

「おー、こりゃいいなー……」
五月はうつ伏せなので表情は見えないが、きっと目を細めていることだろう。
腰を指圧した後、背中に移る。
よっぽど疲れているのか、腰も背中も固まっていた。
私の指で五月の体のこりをほぐしている。
そう思うと、とてもうれしかった。

「ねえ、五月」
背中から、肩に場所を移す。

「一昨日、一緒に帰ってた女の子、誰?
もしかして彼女とか?」

少しからかうように言う。
そうでもしないと、落ち着かないから。

「まさか、友達だよ」

「へー……一緒のクラスの人だよね?
ずいぶん仲良さそうだったけど、へへ」

「小学校の時の友達でね、途中で転校しちゃって……。
中学も違ったんだけど、高校で偶然一緒になったらしくて」

「そっか……」
少し安心した。

肩と、二の腕を親指で押す。
続いて首も。どこもかしこも凝り固まっている。

「あ、そういえば、五月。
お弁当どうしてるの?」

「え、あー、何とかなってる」

「本当かなー?もし、よかったら私作るよ」

「いや、本当だよ。大丈夫だから、ありがとう」
そっか。残念だ。腰の付け根をもう一度指で押す。
腰が痛いって言ってたし、念入りに。

「あー、ごめん、愛……俺……寝ちゃうかも……」

「寝たいなら寝ればいいよ」

肩、腕、首。
太もも、ふくらはぎ。

もみほぐしているうちに五月は眠ってしまった。
押入れから枕とかけ布団を取る。
枕を五月の頭の下に入れ、上から布団をかけた。


690 :五月と冬 第二部 ◆gSU21FeV4Y:2011/06/07(火) 20:40:07 ID:KYVdVBUQ
寝ている五月の顔をまじまじと見つめる。
中学の時と比べると、幾分か横顔が大人っぽくなった気がする。
寝息を立てて、本当に気持ちが良さそうに寝ている。

キス……しても起きないかな。
野暮な考えが頭に浮かぶ。
付き合っていないのに、両想いでもないのに。
勝手に……。

指で五月の頬を突く。起きる気配はない。
心臓が激しく波打つ。
ゆっくりと上半身を曲げ、顔を近づける。
唇が触れたか触れないかというところで、素早く顔を離した。

息が止まる。
してしまったしてしまったしてしまった。
頭、顔、胸、全身、熱い。

胸に手を当て、大きく深呼吸をする。

が、突然鳴ったインターホンの音に、心臓は再び慌てた。
五月を見ると、変わらずの寝息を立てている。
立ち上がって、玄関に向かいドアを開けた。

開けた瞬間。体が凍りついた。

「……誰ですか、あなた」
あの女だ。背が高くて、黒く長い綺麗な髪の毛。

「……友人です」
何故この家を知っている。

「そうですか」
部屋の中を覗き込むように、彼女は背伸びをした。

「五月くんは……」

「寝てます」
だからとっとと帰れ。

「そうですか、なら起こさない方が」

「ええ、よろしいですね」

「……すみません。
申し訳ないですが、これ、五月くんが起きたら、渡してくれませんか」
鞄からタッパーを取り出して、私に持たせた。

「では、お邪魔しました……」

扉が閉まる。
私は手にあるタッパーを見た。
中身は料理だ。タッパーに入ってはいるが、詰め方や色合いが上品だった。

ずるいな……。劣等を感じる。
誰もが私より上だ。

溜息をついて、台所の隅に受け取ったタッパーを置いた。


691 :五月と冬 第二部 ◆gSU21FeV4Y:2011/06/07(火) 20:41:23 ID:KYVdVBUQ

頬の痛みで、一気に眠りから覚醒した。
横に座っている愛が、俺の頬をつねっている。

「いだいいだい……何をしてるんだよ」

「いや、なかなか起きなかったらどうしようかと」
ニヤニヤとサディスティックな笑顔を浮かべる彼女の手を、頬から剥がす。

「揺さぶられれば起きるよ」
そういって、愛の頬をつねった。

「いだだだだ!ごめんごめん!」

「痛がり方が大袈裟」
ぱっと手を離す。
愛は涙目になりながら頬を抑えている。

「いてて……起きたことだし、お昼にしようか」

「ん、ああ。そうしようか」

愛は得意げに台所から料理を盛った皿を二つ運んできた。

「へへ、じゃーん。オムライス作ったんだー!」
テーブルの上に置かれた皿には、ケチャップで顔を書かれたオムライス。

「随分かわいいオムライスだね」
そう言うと、愛は照れたように少し顔を赤くした。

「ちょっと子供っぽかったかな」

「そんなことないって、食べよう」

「そ、そっか……。じゃ……」

二人で手を合わせた。


「いただきます」