※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

828 :深優は泣いた:2011/03/27(日) 02:06:21.78 ID:7WUC3Jpr



○始まり

「竜史、後でわしの部屋に来てくれんかのう」

「え?俺なんかやらかしたっけ?」

「何を馬鹿な事言っておる、これは重要な話じゃ。
やるべき事を済ましたらすぐ来るようにの」

門下生たちの後片づけの音が響く中、
湛山先生はそう言い残して2階へあがって行った。

ここは「陽ノ国」と呼ばれる島国の極南の町、
ここ「大琉ノ町」に総本山を構える剣術道場。
湛山先生は陽残流という流派の後継者で、この道場の師範である。
俺はここに心身を鍛えるという名目で小さな頃から通っている。


つい先程、先生から呼ばれたので、
さっさと体を拭いて先生の部屋に行く事にする。
手ぬぐいを自身の麻袋から取り出そうとした時、

「はい、お兄ちゃん」

冷えた手ぬぐいを差し出す女の子がいた。
この気の利く女の子は深優(みゆう)、でも俺は、
ミューっていう風に後ろを伸ばしぎみに呼んでいる。
水色の瞳に、白い肌。
髪色も瞳とほぼ同じ色をしており、
髪型も短目ということもあって爽やかな印象を受ける。
身長は普通の女の子と比べかなり高め。
ミューはこの道場の2階に住んでいるが、わけあって剣術はやっておらず、
槍術を先生に個別でつけてもらっている。

俺はありがたく差し出されたものを受け取り、体を拭く。

「いや~、ありがたいね。・・・・・・・・・・ふ~、すっきり」

ミュウは相変わらずの包容力のある柔和な微笑みをたたえている。

「ふふ・・・お兄ちゃんたら」

背中を拭こうとしたら、

「私がやるよ、届かない部分があるからね」

と言って、俺の背中を優しく手ぬぐいでなぞった。

「打身とかしていない?いつも心配でたまらないよ・・・」

「大丈夫。なんだお前、今日もずっと見てたのか」

「うん、お兄ちゃんが頑張っている姿を見るのが好きなのぉ。
それに万が一怪我をした時すぐに治してあげられるからね」

「はは、大げさだな~。」

小さく首を振り、

「ううん。
私ね、普段は臆病で恥ずかしがり屋で役立たずだけど、
お兄ちゃんのためならどんな事でもできるような気がするの・・・
ホントだよ!」

「そっか、ありがとミュー。
でも、そんなに自分を下げちゃダメじゃないか」

「いいの、本当の事・・・。
だから私、 お兄ちゃんに愛想尽かされないように努力する」

「ミューが自分の事をダメな奴だって思ってても、
俺はミューが妹で良かったと思っているよ、分かった?」

ミューはニッコリして軽く頷いた。

その後用事があるので、と言い残しミューと別れた。
着衣室を出て二階に上がり、
上がってすぐ右の襖の閉じた部屋の前で一言挨拶をして襖を開いた。
先生は奥の掛け軸側に鎮座していて、
俺は一応の目配せをして正面に腰を下ろす。


829 :深優は泣いた:2011/03/27(日) 02:07:43.70 ID:7WUC3Jpr


先生は俺をまっすぐ見つめ、 ゆっくりこう告げる。

「わしと一緒に『西の菱島』へ行かんか?」

驚いた、まさかそんなことを提案されるとは。

「なんと言えばいのか・・・。
冗談じゃないよね、困ったなぁ」

「無理にとは言わん。
それに一週間ほど考える期日をやるから安心せい」

「・・・ありがとう、つーか何でまた急に・・・」

「うむ・・・・・新たに二つ目の道場を開く事になっての、 指南役が足らん。
そこでお前に高弟になってもらいたい」

「・・・俺にはそんな大役務まらない!
俺より上手い人は他にいるでしょ、向川さんとか銀次郎とか紅子とか・・・」

話を遮るように

「その3人は行くと言っておった」

自らの予測が思いのほかあたってしまったので、
一瞬言葉に詰まったがこう返した。

「そ、そっか。でもその3人に比べてだいぶ落ちるよ!」

「お前がそう思っているんなら、それでもよい。
まぁ、確かに剣捌きは今のところ中の下じゃの。
しかし、わしはお前がなにか大きな事をやってくれそうな気がしてならん、
それにわしの孫のようなものじゃ、竜史」

「それが俺を連れていく理由?」

「まぁの。それにお前、世界を見たくないのか?」

「そりゃあ、そんな質問されりゃ・・・見たいです、て言うよねぇ・・・」

「そうじゃろ。
うむ・・・まぁの・・・行きたくないならそれでも良い。
きっと、様々な困難に直面する事になるからのう・・。
ただ、なるべく早めに出発したいんでの・・。
一周間たっぷり考えれ・・・」

他にもいろいろあちらの話を聴いた。
大規模な学舎があること、
様々な人種・種族が行き交う商業・文化の中継地点であること、
菱島の不安定な国家情勢・・・・。
まだまだ色々話を聴きたかったが、
先生に、遅くなると帰りずらくなるぞ、と言われ、
惜しみながら、そうそうに話を切り上げた。
いろいろ思念しながら下の更衣室へ向う。
するとなんと、まだミューは濡れ縁に腰を下ろし待っていた。


俺の姿を見ると労うような微笑みで

「お兄ちゃん・・・長かったね、疲れたでしょ。
もう日も落ちゃうね」

「ああ・・まぁ結構大事な話だったからな」

ミューの隣に腰を下ろした。
心地よい風が吹いている。

「俺、ミューと一緒に居られなくなっちゃうかも」

思わず意味ありげな事を口走ってしまった。

「急にどうしたの変な冗談、私はずぅーーっとお兄ちゃんと一緒!
どこまでも付いて行くからね・・・」

ミューは二人っきりになると、いつもこんな事を言う。
可愛いもんだ。
少しからかい気味に次の例え話をした。

「もし俺が物凄く遠い遠い国まで行くとしてもか?」

ほぼ即答で

「うん。行くよ・・・。
お兄ちゃん無しの生活なんて寂しくて死んじゃうよ・・」

むむむ、こやつ、やはり可愛いな、嫁にやりたくない、なーんてな。

そんな事を思いながら、上の窓から顔を覗かせる夕焼け雲に目を遣りつつ

「お兄ちゃんな、ホントに遠くへ行っちゃうかも知れん」

一瞬で心配そうな表情に変わったミュー。

「えっ・・・どういうことぉ、お兄ちゃんいなくなっちゃうの?」

「ごめんごめん、驚かせてすまない、まだこれ決まったわけじゃないんだ」

「湛山先生の話と関係あるの?
嫌じゃなかったら教えて欲しいなぁ・・」

要求に応え、一部始終を話した。
複雑な表情をしながら、うんうんと何回も頷きながら真剣に聴いていた。



830 :深優は泣いた:2011/03/27(日) 02:08:21.59 ID:7WUC3Jpr


「そんな、お兄ちゃん行っちゃダメぇ・・・」

先程にも増して不安げな表情。
ミューはよくこんな感じになるが、いつ見ても心が痛む。

「いやだからさ、まだ行くって決まったわけじゃないよ。
でも・・・どっちかって言うと、行く可能性が高いかなぁ」

「あ、あのねっ、
お兄ちゃんが居なくなったら困る人悲しむ人いっぱいいるよ。
例えばね、お兄ちゃんのお父さんお母さん弟の竜臣さんでしょ、
道場の人やお兄ちゃんのお友達とか、親戚の人、
近所のおじさんおばさん、仕事場の人たちとか、
あとそれとね、猫のミケちゃんも悲し・・・」

ミューの言葉を遮るようにして

「まぁ、男はどこかへ旅にでるもんだ。
だからみんな、ふ~んとしか思わんし、
人によっては喜んでくれるかも、色んな意味で」

「そ、そんなことないよ・・。
お兄ちゃんはこの町に必要だよ、みんな行かないで欲しいと思ってるよ」

「いやいや、俺一人抜けたってこの町は何一つ変わらんよ。
大した迷惑にもならないしな」

ミューが俺の裾を軽く手で引っ張って

「うぅ・・・嫌だよぉ・・。
私お兄ちゃんがいないと胸がジンジン痛くなって、夜も眠れないんよ・・・」

頭を撫でて諭すように説いてみる。

「いつまでも俺がそばに居れるわけじゃないか。
今生の別れってもんでもないよ、ちょっと離れるだけさ」

「ちょっとてどの位・・・?」

「5・6年くらいかな」

「嫌・・!」

そう言うと同時に、ミューが胸に頭を沈めてきた。
ちょっと涙目になっているように見えた。

「私そんなに長くお留守番できないよぉ、
お兄ちゃんに会えなくなるなんて絶対嫌ぁ・・・」

俺はなにも言わなかった。
ただ、優しく頭を撫でてあげるだけ。
しばらくすると、ミューのすすり泣きがかすかに聴こえてきた。




831 :深優は泣いた:2011/03/27(日) 02:08:56.45 ID:7WUC3Jpr


ミューは昔っから泣き虫。
これは、元来生まれ持ったものでもあろうが、
幼少期の経験が少なからず関係していると思われる。
陽ノ国の人間は基本的に黒髪か銀髪で茶眼をしているが、
ミューは遥か北に住む青髪青眼の遊牧民の系統。
そのため、見た目でかなり浮き、目立ってしまうため、
物心ついたときから苛められ差別されてきて、
その度に悲しい思いをし、泣きながら俺の胸に飛び込んできた。
泣く事が彼女自身にとっては日常だったので、
泣き癖がついてしまったのかも知れない。
それに俺はいつもこうミューに言っていた。

「悲しかったら泣けばいいよ、
お兄ちゃんが受け止めるから我慢するな」って。

もう完全に日没してしまって、
眼下に広がる家々の明かりが闇にぽつぽつと散らばっている。

俺はミューをそっと抱えおこし

「もう遅いから帰るよ。
明日もここに来るから、心配せずにお休み」

ミューは涙の引いた、名残惜しそうな表情で

「うん、お兄ちゃん、気をつけて帰ってね、寄り道しちゃダメだよぉ」

ミューは俺より早く立ち上がり、
後ろに置いてある俺の荷物を俺の肩にかけてくれる。
草履も素早く履きやすい位置に並べてくれた。

どうも、と一言礼を述べて、草履を履き、
背を向けて歩き出したが、ミューの声に呼び止められる。

「お兄ちゃん・・・明日も来てね・・・約束だよ」

ミューに目で相槌を打ち、再び家路を歩き出した。
ミューはきっと、俺の姿が見えなくなるまで玄関先で見送っているだろう、
そんな事を思った。




832 :深優は泣いた:2011/03/27(日) 02:09:25.37 ID:7WUC3Jpr


お兄ちゃんが帰ってしまいました。
いつも別れた後、名残惜しい気持ちになります。
またすぐに会えるって分ってても、
ぽっかりと穴が空いたような虚無感が心に広がります。
お兄ちゃんはものすごく優しくて、立派で、
かっこよくて、頭がよくて、私には勿体ないくらいです。
お兄ちゃんは私にとって兄であり、父でもあり、好きな男性でもあります。
川辺に捨てられていた私を拾ってくれたのはお兄ちゃんで、
私が先生の養子になった後も、
家を空けがちな先生に代わって一生懸命世話をしてくれました。
お兄ちゃんとは5歳くらいしか変わらないのに、
大事な事をたくさん教えてくれて、いつも優しく、
時には強く叱ってくれました。

この町の人は先生をはじめ、みんな優しくて、
温かくて、個性的な人たちですが、
でもやっぱりお兄ちゃんが一番好きです。



171 :深優は泣いた:2011/04/01(金) 01:15:23.24 ID:vOenA31r



今日は先生と食卓を囲んでいます。
久しぶりにひとりぼっちのお食事ではないので、
お粗末ながら頑張って料理を作りました。
先生が美味いとおっしゃっていっぱい食べてくれます。
お世辞でも嬉しいです。

「深優や、二週間も家を空けてしまって申し訳ないのう」
「ううん、大丈夫。
先生こそ無理したら体壊すよ」

「・・・わしはもう七八じゃ。
そんなに先は長くない、だから、
生ある間に陽残流の技・精神をより多くの者に伝えんといかん。
多少の無理は止む無しじゃ」

「そっか、先生には確固たる大義があるものね・・・」

「そこまで、大げさなものではないがの・・・・・・」

「先生は元気だから私より長生きしそうだね。
こんなにたくさん、おなかに入るなんて体が元気な証拠だよ。
だから、大切にしてほしいの」

先生は旺盛に動かしていた箸を止め、
間を置いて申し訳なさそうにこうおっしゃいました。

「・・・そうじゃの。
あと一仕事終えたらゆっくり骨を休める事にするかのう」

お分りになってくれたようです。
また、運よく私は「一仕事」という言葉に、
あの質問をするきっかけを見いだしました。

「あのぅ・・一仕事って、菱島の事?」



172 :深優は泣いた:2011/04/01(金) 01:16:09.27 ID:vOenA31r



先生は真剣な表情で

「知っとるのか・・・はて、いつこの話をしたかのう」

お兄ちゃんからです」

「ふぅ、悟られぬようにと言ったが、
竜史の事じゃ・・・ミューに尋ねられて黙ってるわけもない」

先生・・・?
私に内緒にするつもりだったんですか・・そんな・・・どうして。

「お兄ちゃんと菱島に行くつもりなんだよね・・・」

「あくまで予定じゃ。まだ、あいつの腹の内は分らのうて」

「絶対にお兄ちゃんは行くよ。お兄ちゃんを見たらすぐに分ったもの」

先生はバツが悪そうな顔をなさって

「そうじゃの、あいつは行くのう・・・」


やっぱりかぁ、やっぱり行っちゃうんだ。
お兄ちゃんも先生も、私と仲良くしてくれる紅お姉ちゃんも行っちゃうんだ。
どうしようどうしよう・・・私も付いて行きたいな。
行ったら行ったで足手まといになるよね私。でももしかしたら・・・よし・・・。


「わ、私もお邪魔でなかったら・・行きたいです・・・」

そういう事をいつか言われるとお思いだったのでしょうか、
先生は即座に首を振りました。
躊躇なく否定されたショックで俯いて泣きそうになりましたが、
これを堪えて、先生の申し訳なさそうにされた顔を見つめしつこく粘ります。

「私、なんでする!家事も買い出しも全部。
我がまま言わない、欲張らない、
みんなの言う事もすぐにきく、ね、だからお願いします・・・」

「深優や、お前があちらで迷惑をかけるなどと少しも思わぬ、
むしろ逆じゃ、お前はみんなの役に大いに立つ事じゃろう。
しかしな、親しき者との一時の別れは人生につきものでの、
これから先幾度も経験する事になるはずじゃ。
いつまでも、兄と離れることに抵抗を覚えていてはいかんのう」




173 :深優は泣いた:2011/04/01(金) 01:16:58.00 ID:vOenA31r


「お主も早いもので十六、
立派に一人で生きていけると信じておるからじゃ」

「ううん、私、まだまだ一人じゃ生きていけないよぉ・・・ぐすっ」

いつの間にかまた涙を流していました。
お兄ちゃんの事となると本当に私は脆いです。
泣くのは良くないって分っているのに、
体や感情がどうにも言う事を聞いてくれません。

「お金の心配ならせんでもよい。わしの引き出しにいくらか入っておる」

「違うの、そうじゃないの」

「仕事なら、今お前がやっている縫裁の仕事で充分じゃろう」

「違うの・・・・」

「お前なら立派に家を預けられると信じておる」

「私はお兄ちゃんがいないと・・・」

「泣いておるのか」

「ごめんなさい、先生の娘なのにこんなにやわに育ってしまって・・・」

「構わん。 お前の欠点はそれくらいじゃ」

先生は決意したように、続けてこうおっしゃいました。

「お前を連れていかんとする本当の理由を・・・聞きたいか?」

本当の理由?まさか・・・。

失礼にならないよう、涙を拭って先生の目を見ました。

「はい、先生お願いします・・・」

「これはお前の人生を左右するものじゃ」

「うん・・・」

「・・・いや、近い内話す事にしよう」

「えっ・・・」

先生は両掌を合わせ、
すまないとでも言うような動作をお取りになりました。
私も一気に肩の力が抜けました。

「すまないのぅ、わしは疲れたので今日は寝ることにする。
老体に緊迫した空気は堪えるわい」

「残念だけど、おじいちゃんが疲れているならしょうがないね・・」

先生は食器の後片付けをなさろうとしましたが、
私がやるからいいよ、と言ったので、お止めになりました。
私に感謝の言葉を述べて下さって、
それから自身の部屋にお戻りになりました。




174 :深優は泣いた:2011/04/01(金) 01:17:47.36 ID:vOenA31r



いつの間にか、月が夜空を照らしていました。
私は月を見るといつも物思いに耽ってしまいます。
この綺麗なお月さまを見ていると、
先生がおっしゃりたかった大事な話がどのような事なのか、
はっきりと理解できた気がします。
先生はきっと私に、
お隠しになられていたあの話をしようとなされたのではないでしょうか。

私が服飾のお仕事をさせてもらっているお店に
美枝さんという店主さんがいます、とってもいい人です。

14歳の夏頃、その美枝さんと先生がお話されているのを、
非常に申し訳ないのですが盗み聞きしたことがあります。
二人とも真剣な語気で話されていて、絶対に嘘とは思えませんでした。
今でも鮮明に一字一句思い出すことができます。

「深優は『北嶺王』の一人娘じゃて、
ぞんざいに扱えん、無茶はさせんようにの。
それとミューの手助けもお願いできるかの」

「ええ・・重々承知していますよ。
しかし大変な事実が分かってしまいましたわねぇ。
北嶺って、なんでも、極寒の上、内外で争いばかりしてるとか。
そんな所にミューちゃんは行かせたくないわねぇ」

「深優はすっかり身も心も庶民的な陽ノ国人じゃから、
幼い今戻るのは酷じゃの。
二十くらいなったらに、 北嶺の使いに引き渡そうと思っておる」

「そうですか・・・私は賛成しませんわねぇ。
それにしてもなぜ、北嶺王の一人娘だと?」

「わしが前回菱島に行ったとき、とある北嶺の使いの者と意気投合しての、
酒場で飲み交わした事があるんじゃが、
その時奴から首飾りの話を聞いたんじゃ。
精巧なスケッチも見せくれての、
深優が包まれていた毛布の中に紛れ込んでいた首飾りと全く同じじゃった。

捜している王女の容姿、行方不明の時期、服装、全てが一致じゃて」

「まぁそうですの・・・」


175 :深優は泣いた:2011/04/01(金) 01:18:47.84 ID:vOenA31r


「それにな、奴の話から分かったんじゃが、
どうやら王が場所を念ぜず転送魔法を使ったがために、
このような場所に飛ばされたようじゃ。
確か・・・臣下の突然の謀反、急迫不正の事態であったのじゃろうな」

「ここまで連れ戻しに来ないでしょうか?」

「そうじゃ、かなりの数で捜しておるから、
菱島なんて行ったらすぐに見つけられてしまうのぅ。
じゃが、菱島に行かん限り見つかりはせんと思うがの」

まだお話をお続けになっているようでしたが、
次第にこの場所に居るのが辛くなって、気付かれないよう、
そっとその場から離れました。
お店の陰に行き、
とても速く運動する心臓を押さえつけるようにしゃがみ込みました。
私はまた泣いてしまいました。
いろんな事が急に頭に入ってきて、しかも、衝撃的な事ばかりでしたから。
当然お兄ちゃんに会って、優しく慰めてもらいたくなり、
俯きながら小走りでお兄ちゃんの仕事場へ向かいました。

ちょうどお兄ちゃんはお昼のようで、
芝生に敷かれたゴザの上で、同僚の方たちと休憩していました。
私が向かってくるのを気付くと、
驚いた様子でこちらに駆け寄ってくれました。
お兄ちゃんは同僚の方たちに一度頭を下げて、
裏手の軒の方へ、私の背中をさすりながら連れて行きました。

お兄ちゃんは、私の目線と同じ位置になるように前かがみになって、
心配そうに私の顔を覗きこみました。

「どうした、苛められたのか?」

「・・・あの、あ、のね、お兄ちゃん、わ、私、
ひのくにのね、人だよね・・ぐすっ・・」

「なにを突然、当り前じゃないか」

「がい、外人さんじゃ、な、ないよね」

「陽ノ国人じゃなきゃ、どこの人間だって言うんだ?」

「でもね、み、みんな、お、お前が、いるのは、変、だって・・・
お前はく、国へ、かえ、帰れっ、て、ひのくにじんづら、す、すんなって。
私、ここで育ったのに・・・どこに、帰れば・・・いいの、かなぁ・・・」



176 :深優は泣いた:2011/04/01(金) 01:19:42.29 ID:vOenA31r


お兄ちゃんは、しどろもどろになった喘ぎのような言葉を遮るように、
私をぎゅっと抱き寄せて

「お前はどう見てもここの人間じゃないか、
ましてや、誰よりも陽ノ国人らしいぞ。
道徳を大切にし、神仏を敬い、様々な事に感謝を忘れない。
思いやりがあって、優しくて、愛情深くて、献身的で、
頼まれ事も文句ひとつ言わずやってくれる。
特技だっていっぱいあるだろ?縫裁に、計算事、意外や意外、超力持ち!
今だってきっとほら、そんな酷い事を言った奴らを全く恨んじゃいない。
それにミューは寛容だから、仕返しなんて絶対しないもんな。
いやぁ、もうそれはそれは立派な陽ノ国女性だ。
料理も上手いし、お嫁さんに来たら最高だ!」

お兄ちゃんは必死で褒めてくれます。
私はこんなに素晴らしい女性じゃありませんが、
ここまでお兄ちゃんに褒められると、
嘘だと分っていても嬉しくなります。
でも大抵、恥ずかしさに顔が真っ赤になっています。
お兄ちゃんが勇気を与えてくれたお陰であの話が本当だとしても、
私は陽ノ国人です、と胸を張って主張できるような気になりました。

お兄ちゃんはお昼休みが終わっても、
ずっとそばに居て頭を撫でてくれました。
私はすっかり元気が出て、お別れをいって帰りました。
今になって考えると、お兄ちゃんはきっと、
その後、偉い人に怒られてしまったのではないでしょうか。
それでも私を優先してくれるお兄ちゃんには感謝してもし足りません。

やっぱり離れるなんて考えられません。
ずっと、ずっと、一緒です。