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276 :深優は泣いた:2011/05/02(月) 21:29:30 ID:k3EUTXwg


深優と紅子


太陽は真上から際限なく降り注ぎ、
冬の間、眠っていた生命達に始まりの号令をかけるかのよう。
つまり現在は春で、ほんの少し暖かさを感じる昼時なのだ。
ふぅ、実に気持ちのよい日だ、大地の喜びの声がこだまするようだ。

とまぁ、
こんな風に黄昏れるには理由がある・・・先生がまだ来ないからだ。
隣では、ちびっ子が愚痴を垂れてやがる。
二つしか違わないミューは、
何一つ文句を言わず待機しているのはもちろんの事、
道場の雑巾がけ自発的にこなしおり、紅子と違いが露わになっている。
見た目も中身も意識せずして逆転してしまってる、
これぞ人の面白さ・・・って違うか。

「あ~あ、ボクこんなに早く来たのに待ちぼうけをくらうなんてさぁ、
ごはん食べたいなぁ・・・おうちに戻ってもいいかなぁ~」

「チビスケ、おめぇも何かやれや」

「う~ん、ボクさっき張り切りすぎたから疲れちゃった」

「昼時だからここでメシ作って食わせてやろうかと思ったが、
仔牛みたいに寝そべってる今じゃ、食わせてやれんなぁ」

「うにゃっ!?ごはんを餌に、ボクに掃除させようって言うのかい?
キミもワルだなぁ、ボクが腹ペコなのを良いことに・・・。
しかーしっ、背に腹は代えられない・・・それ乗った!」

「おうおうそうかい、じゃ、
あっち側拭いてくるかミューを手伝うか、どっちか選んでくれ」

「キミを手伝うって選択肢は?」

「ねぇよ、俺は大丈夫だから」

「ふぅ~、やっぱりキミは分ってないんだなぁ~。
深優ちゃんは完璧超人だから手伝ったら余計邪魔になるじゃないか。
それに引き換えキミはおっちょこちょいだから、ボクが助けてやらないとね。
キミは昔っからボクがいないと、なーんにも出来ないんだからなぁ~」

「過去を捏造すんな」

「ふっふーん、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないかっ」

あーめんどくせぇ、この手の不毛な話は早めに切り上げるが得策。

「はいはい、お守感謝いたします。
で、早速なんだけど、今からちょっとこの梯子昇るから、押さえといてくれ」

「ひぁ~あんな高いところ拭くのかい。
 ・・・あれ・・・この梯子・・・亀裂入ってるよっ、危険じゃないかい」

「・・・うわぁ・・・本当だ、使いもんにならねぇなぁ。
乗ったら死ぬな・・・うーん、どうすっか?」

紅子は少し悩んだ表情を見せたが、なにか思いついたのか、
突然奇声を発した、
俺の耳元で・・・ああもうっ、うるせぇなぁ、なにが『ひゃぁっ!』だよ。

「失敬失敬、我ながら良い案を思いついたものでねっ、心して聞きたまえ」

得意げな口調で俺をチラ見する。
大人みたいな言い回しでいきがってる、背伸びしたい子供にしか見えねぇが、
たぶんこれ言ったら怒るんで心に仕舞っとく。


277 :深優は泣いた:2011/05/02(月) 21:30:02 ID:k3EUTXwg

「肩車だぁーーーーーーー!ビシッ!」

「・・・普通だなぁおい、さっきから頭に浮かんでたわ」

「いいからほらほら、早くしないと餓死するよぉ?」

言葉で急かすと同時に、俺の腕を真下に引っ張って屈まそうともする。

ちっこい紅子が乗りやすいように体の向きを反転してやると、
反対側で掃除に熱を入れて頑張っていたミューが、
こちら側をじっと見つめているではないか。
肝心の掃除をせず、
おしゃべりばかりしていたアホ二人組が目立つのは当然の事だが、
あれほどまでに悲しそうな表情と佇まいで対峙されるのは、
いまいち良い心地がしない。
うーん、そんな顔する理由がわかんねぇ・・・呆れてんのかな?

紅子の照れのこもった声にはっとさせられた。

「キミっ、早く上げておくれよぉ。
この格好すごく恥ずかしいんだからなっ・・・!」

「ああ、すまん、よし、しっかり掴まっておくんだぞ」

そうか、肩車されてる奴は、太股の付け根付近まで裾がめくれあがって、
下半身がなかなか恥ずかしい事になるな。
こいつの私服、裾が膝上の服ばっかりだから、
こいつの太股見慣れてるんだよな、だからなーんも感じねぇな。
まぁそれは良いとして、紅子、今何色の下着履いてんだろう・・・、
 ・・・って・・・目覚めるな俺!
さっさと持ちあげるか・・・かるっ・・・。

「あわわっ・・・!わっ、たっか-い、良い眺め。
ボク、これくらいの身長欲しい、あっ、やっほー深優ちゃん」

手をひらひらさせて、呼びかける。
ミューが愛想笑いのような笑みを浮かべて、律儀にも手を振ってやってる。
ホント無邪気だねこの子は、ミューの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。
いや、ミューは綺麗好きだから無いな、昨日爪切ってたし。

「ねぇねぇキミ、ボクを久しぶりに肩車してどんな気分だい?
びっくりするくらい良い発育ぶりに驚いたかなっ!?」

即座に客観的事実を告げてあげた。

「全然変わってない印象を受けますね~、逆にあまりのまな板ぶりに驚いたわ」

「にゃぁにを言うんだい!?
このニブチンっ、こんなに密着してて気付かないってないよぉ。
最後に肩車させてやった、五年前の夏の大琉祭り以来、
日々成長成熟を重ねてきたってのにさっ、ひどいやっ」

「えっ、5年前も行ったのか?去年行ったのは何となく憶えているけど」

「あの時期ボクが足を骨折してたのは分るよね」

骨折・・・?ああ!あれか、すっかり忘れてた。
理由は確か・・・
「他人の家の柿を勝手に取ろうとして、塀から落っこちたやつか。
しかもあれ渋柿で、かぶりついたお前、
あまりの渋味と痛さで涙目になってたな!」

「そんな恥ずかしい事してないやいっ!キミこそ捏造するなっ!
 ・・・いや、待てよぉ・・・そんな事あったような・・・
って、ちがーうっ!ひゃ、百歩譲ってそんな汚点があったとしてもだね、
それが原因じゃないねっ!真実はこうだよっ!
稽古中に相手の木刀が両膝に当たって、片方は皿が粉々。
ま、名誉の負傷さぁ」

あーはいはい、思い出した、あれは思わず笑ってしまったなぁ。
おっと、口から出さないように。

「なんかそんなのあったなぁ、まあ、あれは災難だったな、なぁミュー?」

急に声を掛けられたからなのか、ミューの反応が少し遅れる。

「えっ、あっ、うん、凄く痛そうだったよ・・・。
私、当事者のお姉ちゃんより先に、見てるのが辛くて泣いちゃった・・・」

「そう、道場のみ~んなが共有すべき永遠の悲劇から一周間後、大琉祭さ。
ボクはみんなに迷惑をかけるからって、
家でしくしく泣きながら引っこんでたんだよ。
もう寝よって思ったとき、キミが来たのさっ!
いや~あのときのキミ、
ボクと二人っきりで行きたくって堪らないっ、て感じだったね」


278 :深優は泣いた:2011/05/02(月) 21:30:38 ID:k3EUTXwg

そうかあれか!
でも最後だけ違うぞ・・・反論したら長くなりそうだからここは抑えよう。

「お前を背負って、一通り屋台やら催しものやらを回って、
うんで、最後に恒例の花火が打ちあげられるとき、
ちっこいお前を案じて、肩車してやったんだよな」

紅子は嬉しそうに足を小さくバタバタさせる。
つーか、少しくらい俺の負担を考えて欲しい。

「な~んだっ、憶えていてくれてるじゃないか。
妹に発情するだけの男になったと思っていたけど、
ボクの思い過ごしのようだったねっ!ごめん!」

紅子は歪曲発言をかました後、消え入るような小さな声で、
恥じらいがちに、姿勢を下向きにやや屈め、間を置いて続ける。

「あのとき嬉しかった・・・キミは意外とかっこいいところあるよね。
やっぱりボクはキミの・・・ごにょ・・・ごにょ・・・かもね・・・」

尾っぽの部分が全然聴こえなかった、紅子、常時大音量のお前らしくないぞ。
耳に入って来なかった部分を聴き返そうとしたが、
おどけたような声に遮られた。

「にゃーーんてねっ、ボクがこんな事言うわけないじゃないかっ!
へっへーん、どきどきしたかい?
うんじゃぁ、さっさと拭いて終わらせるよっ!」

お前が中断させたんだろうが、とは言わずに頷いてやった。
それにしてもあいつ、
なんて言ったんだろう・・・ま、どうせ下らん事だろう。
これ以上馬鹿やってるとミューに愛想尽かされちまうからな、
気合い入れてかかるか。

えーと、ミュー?
なんでそんなに悲しそうなんだ、なんか・・・ごめん・・・。

その後も紅子とタメ口叩きあいながら、一応の作業を終わらせた。
体の骨をポキポキとならす柔軟体操のような事をやりながら、
今だに熱心に掃除をしているミューに目を遣ったら、ちょうど視線があった。

「あ、あのね、お兄ちゃん、ちょっと届かないところがあって・・・」

ん?まさか・・・。

「肩車してくれたら届くかも・・・ダメ?」

またか。
まぁ・・・可愛い妹のお願いを聞いてやらない理由はない。
というわけで、了解の返事をしてミューの傍まで近づく。

「ごめんね・・・重たいけどすぐに終わるから我慢してね」

紅子のときと同じような動作でミューを持ちあげる。

「よぉし、しっかり支えておくからよろしくな」

「うん・・・なんだか小さかった頃に戻った気分・・・わくわくするよ」

先程までの物悲しい雰囲気を感じなくなった。
よく分らんけど良かった、ふぅ・・・。
紅子と違って、黙々とテキパキ丁寧に汚れをふき取っていく。
早い、早い、ほんと手際がよい、みるみるうちに綺麗になっていく。
いま三人で励んでる掃除も、
ミューがこの道場に対して感謝の気持ちを伝えようとして始めたものだ。
昨日も一人で同様のことをやっていたらしい。
出発前からそんな疲れることせんでもと思うが、
ミューは打算的になれないので仕方がない。

ってなことを考えている間にミューから、ありがとう、もういいよ、
といった言葉がかけられたので、下ろしてあげる。

「神棚をお掃除してあげられなくて、すっごく気になってたんだ。
うふふ、これで心置きなく旅立てるね」

「そうだなぁ。
よーし、さっさと飯でも食うか、おーい、なぁ紅子?」

「竜史っ、あっちの高いところ、よ・ご・れ・て・る!
もう一肌脱いであげるから、肩車しておくれよぉ」

なんで急に掃除したがるんだ、お前はあまのじゃくか。
紅子は俺の裾を引っ張って自身の担当場所に連れて行こうとするが、
それとほぼ同時に、逆方向へ何らかの力が働く。
玉石のような白さを持った両手が、がっちりと掴まえているようだ。

ミューさんでした。

「私、まだ綺麗にしていない部分を思い出したの・・・だから、ね?」

「深優ちゃん、悪いけどボクが先に使わせてもらうよ!」

「お姉ちゃんは十分頑張ったと思うよ、休んでてもいいんじゃないかな?」

「深優ちゃんこそ頑張りすぎ、あとはボクらに任せなよ!」

なんなんだ、このおかしな状況は。
ただ一つ言えることは腕が取れそうなくらい痛いと言うことだ。
特にミュー、そんなに手首を強く握らないでくれ、外れる。
湛山先生、向川さん、銀次郎、早く来てください、なにやっとるんですか。

その願いが通じたのか、先生だけ飄々と現れた。


382 : ◆J9zPo6rgI.:2011/05/09(月) 21:59:45 ID:RvIBnJ5A

「なぁーにやっとるんじゃ・・・まあよい。
ああそうじゃ、待たせて申し訳なかったのぅ・・・お連れになったぞ、このお方じゃ」

「なっ!」「あひゃっ!」「えっ・・・」
待機組一同、驚く。
それもそのはず、転送師として紹介されたその人は、
ゆうに九十を超えるであろう、杖をついたご婦人であった。
俺はそういうオチもあるのかと、少し勉強になった。

「あわわわ・・・ボクこんなところで人生終わるなんていやだよぉ・・・、
ねぇねぇ、竜史、もしもの事があったらキミも一緒に死んでくれるよね?」

当然、紅子も不安に感じており、思わず気違いじみた事を口走ってる。
ということはミューも・・・。

「うわぁ、凄く腕の立ちそうな転送師さんだね。
お兄ちゃん、お姉ちゃん、一安心だね・・・
はっそうだ、ふ、不束者ですが、よ、よろしくお願いします・・・」

逆だった。
この子の無垢なズレっぷりに、ただただ感服するほか無い。

早速その転送師さんは、地面に変な文字やら紋章やらを、
真っ白な石灰で修練場のど真ん中にゆっくりと書き込んでいく。
さっき綺麗にしたばっかりなのにな。
こういう儀式って庭でやるもんだと思ってた、どこでもいいのね。

 ・・・・・・・・・・・・転送師さんの行動があまりにも遅い(失礼)ので、
間を埋める、並びに気持ちを落ち着かせるため、先生に気になっていたことを質問する。

「先生、ほかの二人は?」

「おおぅ、昨夜に出発時期をずらしたいと申し出て来てのぉ」

なぬ?まさか・・・怖くて逃げたのでは・・・向川さんに限ってそれはないか。
銀次郎ならあり得るが・・・つーか俺も逃げ出したい気分だ。
少しばかり震え上がっていると、不意に小声で声をかけられる。

「失敗なんてあり得ないよ、だって先生が選んだ人だもん、大丈夫。
それにね、私とお兄ちゃんが離れたり別れたりすることは、どう考えてもあり得ないもの。
永遠にそんな日は訪れないんだから、ね?」

俺の気持ちを察して、ミューが分厚すぎる励ましの言葉を掛けてくれた。
気が抜けて抜け殻みたいになっている紅子にも同様の事をしている。
ミューって臆病かと思えば、落ち着いたりして良く分らないところがある。

じっと待つ事30分、ようやく準備を終えたようで、
転送師さんが年季の入った腕であれこれ指示してくれた。
ぞろぞろと全員が円の中心に集まったところで、転送師さんの動きが急に鋭利になる。

「むむっ、この中に転送に対しての耐性が・・・著しく低い方がおります・・・
そういった方が居りますと・・・成功率が・・・格段に低下し致します・・・」

一同ざわつく、一気に悲劇が現実味を帯びてきたのだから当然である。

「誰だい!?ボクはまだ死ねないもんね。
あっ、たぶんキミだね、船でおととい来やがれってんだ」

「アホ、まだ俺って決まった訳じゃないぞ、お前かも知れん」

「わしは何度も利用しとるからな、除外じゃの」

「私だったらどうしよう・・・うう・・・私っぽいなぁ・・・」

転送師さんそっちのけで、奇妙な犯人さがしに興じる。
このおかしな喧騒を打破するかのごとく、転送師さんがゆっくりと犯人を告げる。

「前髪がきれいに切り揃えられた・・・そこの小さなお方です、そう、あなたです・・・」

紅子は、新顔と思われる悲痛なびっくり声を発した。ご愁傷様です。

「わひゃぁっ!!ボクなのっ?絶対違もんねっ!」

「あなたです・・・間違いありません・・・あなただけ極端に耐性を感じません・・・」

「・・・ボクどうなるのさ、危険物過ぎて転送されないの!?」
先生が割って入り、
興奮してるんだか悲しんでるんだか分らない紅子に残念な決断を下す。

「・・・紅子・・・渡島を諦めるか、残りの者と船で行くかにせんといかんの」

「えーーーそんなのってないよっ・・・ボクすごく楽しみにしてたのに・・・
みんなと行けないなんてさ・・・」

「ちゃんと待っていてやるからよ、まあ、ゆっくり来いよ」

「またすぐに会えるから・・・そんなに悲しまないで・・・グスン」

「こういう事もあろう、いつまでも駄々をこねてはのぉ、一人前にはなれんの」

「うぅ・・・みんなの言う通り、かなぁ・・・船で行くよ」

紅子は口惜しそうにしながらも、納得してくれたようだ。
悔しさからか紅子は半泣き、ミューはしくしく大粒の涙を流す、涙腺弱すぎだろ二人とも。かく言う俺もなんだか泣けてきた、まぁ、大琉の人間は涙もろいっていわれてるし。



383 : ◆J9zPo6rgI.:2011/05/09(月) 22:01:10 ID:RvIBnJ5A



「キミと深優ちゃん、ちょっとこっちおいで」

お姉ちゃんが手招きしています、何か言っておきたいことでもあるのでしょう。

「なんだよ、観光場所の下調べか?やっておくから心配すんな」

「ちがーう!勝手に推測するんじゃないっ。
うん?・・・いや、それもやっておいて欲しいではあるけど・・・
オホンっ、それはともかく、キミに注意を喚起してあげようと思ってね」

「なんだよそれ、早く言えよ」

「兄妹一つ屋根の下であることを良い事に、深優ちゃんにいたずらしたら許さないからね!」

「・・・・・・何言ってんだチビ介、あっ、ほーら、ミューがきょとんとしてるぞ。
ったく・・・・・・妹にそんな事する兄貴がいるかってんだ」

「分らないよっ、深優ちゃんは顔と性格はあどけなさがあるけど、
体つきが魅力的すぎるから、男が近くにいたら食われちゃうねっ!男は狼だよ!」

「あのなぁ、ミューはあくまで妹なの、それ以上の感情は湧かんよ。な、ミュー?」

そう言われた瞬間、胸が締め付けられ、言葉が出るのに少し時間がかかりました。
お兄ちゃんは私を、妹としか見ていないのは知っています。
この現実を本人から直接突きつけられるのがとてもつらくて、
こういった感じの話題、流れになったとき、現実と向き合うのが恐ろしい一心で、
卑怯にも話題を変えようと必死になります。
私は基本的に行動も思考も鈍くて遅い、のろまな子ですが、
お兄ちゃんの事となると敏感に反応します。
 ・・・でも今回は先に言われてしまいました、遅かった・・・。

「・・・うん・・・・・・そうだね・・・ただの妹だものね・・・」

こう返すのが常であって、私の精一杯です。

「迫られたらあの撃砕拳をお見舞いするんだぞぉ」

「・・・うん・・・・・・ありがとね、お姉ちゃん・・・、
でももうちょっと痛くない打撃にするね・・・」

大して鍛錬をしている訳ではないのに、生まれたときから力が凄く強いんです。
お兄ちゃんが持つことすら苦戦していた大槍を片手で簡単に持てます。
なぜでしょうか?誰も理由は分からないようです。
それはともかく、お兄ちゃんを殴るなんて死んでもできません、
でもお姉ちゃんの圧力に押されて、頷いてしましました、私は信念が弱いです。

「おい!あれ食らったらほんとシャレにならんぞ、お兄ちゃん、おなかに穴空いちゃうぞ」

「深優ちゃん、あとっ、一緒にお風呂とか添い寝とかも絶対にダメだからね!
お嫁に行けない体になっちゃってもいいのかい?うーん、あとそれとねぇ・・・、
手を繋いだり抱きしめたりするのも厳禁、付け込まれる恐れ有り!だからね」

お兄ちゃんそんな人じゃないよ、それはお姉ちゃんも良く分かっているでしょう。
そこまで私の事、心配しなくていいんだよ、今日のお姉ちゃん少し過保護だよ・・・。

「ミューちゃん、いろいろな初体験があるかも知れないけどね、
兄妹の団結力で乗り切るんだっ、いいね。
そんでもって、ボクが来るまでお・と・な・し・くしているんだよ・・・すぐ行くからさ!」

「ありがとう、お姉ちゃんを迎える準備しておくねっ!」

勢いよく、私に別れの抱擁してくれました。
いつもの元気なお姉ちゃんです。
ただ「大人しく」の部分をなんで強調したのかがちょっと分かりません。
お姉ちゃんなら私が元々大人しくて、何事にも奧手なのは知っているはずですが。

お兄ちゃんは、私たちのやりとりが終わるのを待っているようなので、
お姉ちゃんの肩を軽くたたいて気付かせます。

「紅子、よくこんな恥ずかしい事べらべら喋れるなぁ・・・まあ、
ミューを心配する気持ちも分からんでもないよ、だから、天に誓って約束する、な?」

「ホントの本当、真のまことかい、信用してもいいんだね、キミのこと」

お姉ちゃんがお兄ちゃんの袖を掴んで真剣に懇願しています。

「ああ、そうしてくれ」

「深優ちゃんだけじゃない、あっちで他の女の人にちょっかいなんて出したら、
国賊ものとして痛いお仕置きするからね!分かったかい?」

「分かってるって、そんときは自分で腹切るよ。
よぉ、どうだ、格好いい台詞だろう」

お兄ちゃんが、自慢げに鼻をならした瞬間、その懐に飛び込んできました。
周りにいた人たちは、みんな呆気にとられます。

「キミにお仕置きしていいのは、ボクだけなんだからね・・・」



384 : ◆J9zPo6rgI.:2011/05/09(月) 22:01:32 ID:RvIBnJ5A


顔を埋めているせいでこもって聴こえるはずですが、私には明瞭に声を拾えました。
言い終えたあと、照れ隠しなのでしょうか、そのまま玄関門の方へ走って行き、
すぐに、姿が見えなくなりました。
お兄ちゃんは、走り去った跡を見つめ、はははっと照れ笑い、
お姉ちゃんにこんな事をされるとは思いもよらなかったでしょう。

私も同じです。
だって突然で、しかも意味深な事を言うのですから。
あの光景を目の当たりにしたためか、胸の鼓動が次第に早くなっていくのが感じられ、
自分でも一体今どういう感情が支配しているのか理解できません。
強いて言うなら、負の感情がぐちゃぐちゃに混ざった感じで、
悲しいのか、嫉妬なのか、悔しいのか、驚きなのか、判別がつきません。

ただ今分かったことは、
お姉ちゃんはお兄ちゃんの事を異性として好きかも知れない、ということです。
薄々、前々からそうじゃないのかなって、思う部分がありましたが、
確信に近いものに変わりました。

そうであるとすれば、お姉ちゃんと恋敵同士って事ですか?そんなの嫌です。
でもお兄ちゃんが女の人と親密になっていくのも嫌です。
私はどうすれば良いのでしょうか。
こんなわがままで醜い思考に至ってしまう自分が恐ろしく嫌いです。

 ・・・また私は泣いてしまいました。

「ミュー、どうして・・・泣いてるじゃないか・・・」

「ご、ごめんなさい、この涙は、きに、気にしないで、すぐに泣き止むからっ・・・」

「ほっとけないよ」

「私、お兄ちゃんの手をね、煩わせたく、ないの、だから、ちょっとだけ、待ってて」

出発前なのにこんな雰囲気にしてごめんなさい。
先生もお兄ちゃんも意気揚々と出発したかったはずなのに・・・、
すぐに泣いて迷惑ばかり・・・早く涙を止めなきゃ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「おーい、ミュー大丈夫か?」

「うん、先生、お兄ちゃん、待っていてくれて、ありがとうございました」

涙は引いていましたが、目はまだ赤く、
顔を見せるのをためらいましたが、振り向いて頭を下げました。

「おう、じゃ、円の中に入りな」

そう促されて、円の中に足を踏み入れました。
足下の円を見ると、引かれた線に沿って、微弱ながら金色の光を発しています。凄いです。

「竜史、紅子はわしも何か言っておったか」

「いやぁ・・・全然だったねぇ」

「恩師であるわしを差し置いて、
何も言わずに去っていくとは・・・あ奴らしいと言えば、あ奴らしいがのぉ・・・」

「まぁまぁ、先生いいじゃないの、あいつなりに感謝してるって」

「むぅ・・・納得いかん・・・」

お兄ちゃんと先生のやりとりを見ていると、表情がほころび、ほっとします。
私は自然と笑顔になっていました。

先生とお兄ちゃんの雑談やあちらでの段取りの確認などが終わった頃になると、
転送陣の強烈なまばゆい光が、三人を包みます。
鳥の鳴き声、風が道場を揺らす音、中心街から聴こえる鐘の撞かれる音、
全てが遮られ無音空間へと変化していき、意識もだんだんなくなって行きます。
 ・・・ちゃんと成功すると・・・いいなぁ・・・・・・・・。