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784 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:20:09 ID:jWW4PdQE
 突然だけど、前回の三つの出来事!
 一つ!夏だ祭りだダブルデートだ!
 二つ!三日ちゃんが射的の景品を1つ正確な射撃で撃ち落した!(どんどんぱふぱふー)
 三つ!御神千里・・・おにーさんと零咲えくりがで出会ったのだ・・・なんだよ」
 「って零咲ちゃん零咲ちゃん、零咲えくりちゃん」
 俺はパロネタ(パクリ?)全開中の、前を行くロリっ娘に声をかけた。
 お待たせしました、御神千里っす。
 「どうしたの・・・かな、千里おにーさん」
 「いや、いきなりそんなネタかまして何人が分かるのさ」
 「ふえ、アニメや特撮番組でオープニングナレーションはお約束…なんだよ?」
 「アニメじゃないよ・・・・・・ってそれよりも」
 つい今しがたまで、うるさい位に響いていたお囃子や喧騒が、どんどんと遠ざかっていく。
 「お祭から随分離れちゃったけどまだかかるのかい、えくりちゃん」
 俺の横を歩く零咲(レイサキ)えくりちゃんを見降ろし、俺は言った。(俺は、別に彼女のファンという訳でもないし、初対面の女子を「えくりん」とかアレな愛称で呼ぶ度胸はない)
 数分前、メタ的に言って前回ラストに俺の目の前に現れた彼女に頼まれ、俺はお祭をしていた神社近くの森の中を進んでいた。
 「もー…ちょっとのちょっとちゃん…なんだよ、おにーさん!」
 そう言って俺のことを上目づかいで見上げる零咲ちゃん。
 って、あれ?
 この構図妙な違和感が無くないか?
 違和感というか、既視感?
 けれど、そんな既視感も零咲ちゃんがにぱっと浮かべた笑顔の前に胡散霧消する。
 太陽のような笑顔だった。
 ちなみに、以前読んだ雑誌のインタビューによれば、『えくり』という彼女の芸名は英単語の"eclipse"(「エクリ」プス)から取られているそうな。
 けれども、月蝕や日蝕を意味するその単語のイメージと彼女自身の姿は全く逆としか言いようがない。
 例え今この瞬間、月も日も無くなって、世界が闇に包まれようとこの笑顔があれば全人類が救われようというものだ。
 いや、実際夜だけどね、今。
 その上、神社から少し離れた、ちょっとした森のようなところを歩いているから、足場は悪いは暗いはで、少し歩きづらい。
 その上、周りに人はいないときている。
 零咲ちゃんのような小さな子が、1人で来なくて本当に良かった。
 って、1人?
 何かが、おかしくないか?
 俺は、当り前のようにちゃんと2人で、零咲ちゃんと2人きりで歩いているけれど。
 何か聞くべきことを、何か知るべきことを俺は知らないんじゃないか?
 「それにしても、おにーさんにはびっくりなんだよ。二つ返事で付いてきてくれる・・・なんて」
 「それは自分でも驚いてる。ってか、零咲ちゃんもよく初対面のおにーさんに『お願い』なんてできたねー。えらいえらい」
 「こう言うと大抵の男の人は言うことを聞いてくれるんだ・・・なんだよ!」
 えへへー、と笑いながら元気一杯に言う零咲ちゃん。
 ・・・・・・どうやら、この歳でかなり強かなようだった。いや、実年齢は知らんけど。
 「それに、初対面だけど全く知らない訳じゃなかった・・・なんだよ。千里おにーさんのことは万里のおにーさんから聞いてた…なんだよ」
 「ウチの親から?」
 「『良い子なのが欠点なくらいの出来た息子だー』って。何で良い子なのが欠点になるのか判らないけど・・・なんだよ?」
 「あー、まぁそれはさておき」
 色々あったからなぁ、今は普通だけど。
 その辺のことは今は話すつもりはない。
 「私達の番組も、ちゃんと観てくれてるっていうし」
 私達の番組、というのは零咲ちゃんが出演している特撮ヒーロー番組のことだ。
 「基本的に好きだかんね、ああ言うの。水戸黄門とかもそうだけど、最後は絶対みんな幸せのハッピーエンドじゃん。安心して観れるって言うか」
 「現実とは…違って?」
 何でも無いことのように、零咲ちゃんは言った。
 「や、そこまでは……」
 「正義とか努力とか勝利とか友情とか、そんな綺麗事ばっかりじゃ、本当は幸せになんてなれない…んだよ。努力は報われないし勝利は約束されてないし…友情は裏切られる」
 「零咲……ちゃん?」
 年齢に見合わないほどネガティブな内容を、まるで本当に当り前の雑談をするような口調で零咲ちゃんは言った。


785 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:21:29 ID:jWW4PdQE
「それでも、私は幸せになりたいから、頑張ってるだけ…なんだよ!」
 にっこり笑顔を浮かべ、零咲ちゃんは言った。
 「さ、もう少し…なんだよ、おにーさん。早く早く」
 「とと、待ってくれよ」
 先導する彼女に、まるで当り前のように着いていく俺。
 うーみゅ、それにしても父性本能をくすぐるロリッ娘とはいえ、どうしてこの初対面の女の子の頼みごとを速攻で聞くことにしたのかねぇ、俺。
 白い肌、黒髪、小柄な体躯―――そうしたところに、もしかしたら三日の姿が被ったからかもしれない。
 そんなことを考えていたからだろう。
 零咲ちゃんのたった一言を、聞き逃すべきでない一言を聞き逃してしまったのは。
 「そう、私たちは幸せになる…なんだよ。私も、『あの娘』も。どんな手段を使ってでも…」


786 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:23:03 ID:jWW4PdQE
 一方―――
 「いなくなっちゃったいなくなっちゃったいなくなっちゃったいなくなっちゃったいなくなっちゃったいなくなっちゃったぁ・・・」
 千里が姿を消したことに気付いた直後。
 地面にすわり込み、ぼろぼろと涙を流しながら、三日はうわ言のように繰り返す。
 「オ、オイ。どーしたってンだよ緋月!?」
 「大丈夫よ、三日ちゃん。センならすぐに戻ってくるわよ」
 葉山と万里が、いきなり泣き出した三日に声をかけるが、全く効果が無い。
 それどころか、三日には2人の姿も声を認識していないようだった。
 2人どころか、誰の姿でさえも。
 「ダメね。今のみっきーは何も見えてないし聞こえてないわ」
 手にした携帯電話を閉じて、明石は言った。
 「明石さん、三日ちゃんは前にもこういうことが?」
 万里の問いに、明石は頷いた。
 「去年、彼氏クン――― 千里さんの姿を見失ったときとかに、何度か。彼の姿をもう一度見つけるまで、こうして動きを止めてしまっていました」
 去年というのは千里と交際を始める以前のことなので、見失った、というのはとどのつまりストーキング中だったのだが、話がややこしくなるので明石は意図的にそれを説明しなかった。
 「ンじゃあみかみんのヤツに電話して、アクセル全開(マキシマムドライブ)で戻ってきてもらわねーと!」
 葉山が叫んだ。
 正直、彼は三日のことをあまり快くは思っていないが、女の子がいきなり泣き出したことにかなり慌てている。
 「ムリっぽい。さっきからかけてるけど、全然繋がらないのよ」
 手の中の携帯電話を示し、明石は言った。
 そんなことをしていると、何事かと思った祭客たちが彼らの周りに集まって来る。
 「だーもー!見せモンじゃねぇからギャラリーはどっか行きやがれ!」
 「すみません。この娘は大丈夫なので」
 葉山と万里が周りに向かって言う。
 「ここじゃ、人が多すぎるわね。みんな、取りあえずどこか離れたところに移動して、三日ちゃんを落ち着かせましょう」
 万里の言葉に、葉山と明石は頷いた。
 それを確認した万里は、三日の体を「チョットごめんなさいね」と言いながら、軽々と持ち上げる。
 「スゲ・・・・・・。お姫様だっこ」
 「乙男(オトコ)のたしなみよン♪」
 驚く葉山に、万里は冗談めかしてウィンクを返す。
 そのまま三日の体をその場から運んで行く万里。


787 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:23:26 ID:jWW4PdQE
 「ま、ここいらで一息つきましょうかー」
 そう言って、万里は神社の裏手近くに、三日を座らせる。
 「三日ちゃん、三日ちゃん」
 頬をぺちぺち叩いて、少女に声をかけるが、相変わらず「ごめんなさいごめんなさい」と言い続けるばかりで万里の言葉に答えない。
 「ダメね。こっちが完全に映っていないわ」
 そして、万里は飾り気の無い携帯電話を取り出して千里の番号を呼び出すが、コール音だけが空しく響く。
 ため息とともに携帯電話を閉じる。
 「フダンは意外と応答早いンですけどね、アイツ」
 「そうね」
 同じく携帯電話を見つめる葉山の言葉に、万里も応じる。
 「さしずめ、爆弾は爆発寸前、その鍵はどこにあるか分からない―――ってトコロかしら」
 「どこの映画ッスか」
 万里のもの言いに、葉山が言った。
 「大体、鍵なんてかわいーモンでも無いですよ。一体全体どこほっつき歩いてるのやら」
 少々、イラだった調子で葉山が言う。
 「どっかで女の子でも引っ掛けてるんじゃない?―――ってキャラだったらいっそ放置するんだけどね。……あのヤロウ」
 こちらはあからさまに舌打ちさえしている朱里。全身から真っ黒いオーラさえ見えそうな勢いである。
 「オ、オイ、朱里。お前アイツに何か恨みでもあるのか?」
 恐る恐る明石に言う葉山。
 明石の黒オーラに若干引き気味だ。
 「え、冗談冗談マイケルジョーダン!何でもないよん!」
 黒オーラを一瞬で誤魔化し、イエイとばかりにぶりっ子笑顔を浮かべる明石。
 急な誤魔化しなので、明らかにギャグがつまらないのはさておき。
 「なら良いんだがよ……」
 と、葉山が冷や汗交じりに言った瞬間、
 「誰!」
 今までブツブツ呟いていた三日が狂ったように叫んだ
 「誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!千里を隠したのは!」
 今までの笑顔が嘘のような、悪鬼羅刹のごとき形相で、三日は叫ぶ。
 「オ、オイ。緋月落ち着…」
 いきなり叫びだした三日をなだめようと、葉山が言う。
 「あなたなの!?千里を隠したのは!?」
 「か、隠したって、オマエ……何言ってんだよ」
 三日の剣幕に気押されながらもツッコミを入れる葉山。
 「だぁってそうでしょう!?千里が私に何も言わないでいにゃくなるはずがありません!」
 周囲を歩く祭客たちが振り返るのも見えず、三日は叫ぶ。(噛みながら)
 「お兄ちゃんの時とは違うんだからぁ!」
 一しきり叫ぶと、叫び疲れたのか脱力して倒れそうになる。
 「三日ちゃん……」
 その背中を万里がトンと優しく支える。
 しかし、そんな万里の気遣いも認識していないかのごとく三日は唇を動かす。
 「…そうよそうに決まってます。あの人が、私の大切な人が私の前から永遠にいなくなるなんてこともうあるはずが無い無い無い無い無い無い無い。…だから」
 と、三日はまるで自分に言い聞かせるように呟く。
 「…探す」
 そう言って、三日はおぼつかない足取りで一歩踏み出す。
 「ちょ、三日ちゃん!?」
 「…探す探す探す。海の底までも地の果てまでも千里くんを探し出します。誰が隠していても関係ない。どこに隠していても関係ない。絶対に取り戻して見せます。だから…」
 万里の言葉も聞こえない様子でで、彼女は虚ろにわらう。
 「…待っていてくださいね、千里くん」
 そして、彼女は闇へと消える。


788 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:24:51 ID:jWW4PdQE







 「えっと、あれを・・・取って欲しいかな…なんだよ!」
 木の枝に引っかかった風船を控えめに指差して、零咲ちゃんは言った。
 祭の行われている神社の境内から少し離れた、人気の無い、高い木の下。
 俺と少女はそこにいた。
 その木に引っかかった風船を取ることが、零咲ちゃんの頼みごとということらしい。
 風船は、木の少し高い位置に引っかかっている。
 少し高い、と言っても大人ならちょっとした三脚を使えば十分捕れるだろう。
 しかし、零咲ちゃんのようなちんまいロリッ娘が手を伸ばしたくらいでは届くような高さではない。
 木登りに向いているような木にも見えないし、そもそも零咲ちゃんの服装は明らかにそれに適さないゴス浴衣だ。
 自分よりずっと背の高い俺に声をかけたことは、彼女にとって正解だった。
 でも、何か違和感あるんだよなー。
 「おにーさん・・・取ってくれる!?」
 とはいえ、そう言う零咲ちゃんを無碍にする訳にも行かない。
 親のヤツの仕事仲間だしね。
 「ちょっと待っててねー」
 俺はそう言って、彼女に笑いかけた。
 改めて、風船の方を見上げる。
 手を伸ばして届く高さじゃない。
 いや。
 手を伸ばしたくらいで届く高さじゃない。
 だから。
 俺は少し下がって、軽く勢いを付けてジャンプした。
 「あだ!?」
 勢いを付けすぎたせいで、俺は木の枝に頭をぶつけてしまう。
 当然、カッコ良い着地など出来るはずも無く、地面に尻餅をつく。
 かなりカッコ悪い。
 「アハハ、いったー」
 俺は左手で頭をさすりながら笑った。
 俺の右手には―――しっかりと零咲ちゃんの風船が握られている。
 ゲットだぜ、だ。
 「アハハハハー」
 「かりゃりゃりゃりゃ!」
 俺につられて、少女も笑う。
 笑い声の割に、思ったよりも控えめな笑顔だった。
 でも、この表情どこかで見たような……?
 「思ってたよりも・・・すごいんだね、おにーさん」
 俺の方を見上げ、零咲ちゃんが言った。
 「親友がバスケ部でね」
 そう言って立ち上がり、俺は少女に風船を差し出す。
 「はい、これー」
 「ありがとう…なんだよ、おにーさん」
 そう言って、長い袖の中から出た小さな手で風船を受け取る零咲ちゃん。


789 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:25:49 ID:jWW4PdQE
 「ありがとうに・・・頭を撫で撫で千石撫子ちゃんしてあげるー…なんだよ!」
 そう言って、絶対的な身長差のある俺の頭に向かって手を伸ばし、一生懸命うーんと背伸びをする零咲ちゃん。
 「届か・・・ないんだよ!」
 零咲ちゃんは元気一杯に言った。
 「だねー」
 彼女の可愛らしい仕草に、俺は思わず顔を綻ばせた。
 とはいえ、ここは彼女のために身をかがめて、手の届く位置まで頭を下げるのが年長者の対お

 ぴゅいん!

 「・・・・・・!」
 甲高い音と共に、何の前触れも無く、何の脈絡も無く、俺の両脚に焼けつくような痛みが走った。


790 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:26:34 ID:jWW4PdQE
 一方―――
 「しっかし、まいったわねー」
 雑踏に消えた三日を探しながら、御神万里は呟いた。
 闇に消えた三日を探して早10数分。
 すぐに見つかるだろうと思った三日の姿は未だに見つからなかった。
 小柄な三日はすっかり雑踏にまぎれてしまったらしい。
 「葉山くん、明石さん。そっちはどう?」
 万里は手にした携帯電話に向かって問いかける。
 2人の高校生は、千里が姿を消したことに気付いたその場所で待っていてもらっているのだ。
 『駄目です。さっきから息子さんのケータイにかけてるんですけど、応答ありません』
 『フダンは意外と応答早いンですけどね、アイツ』
 「そう、ありがと」
 電話越しに答える明石と葉山に、なるたけ穏やかな声で万里は言った。
 『それにしても、あの娘があんなふうになるのをもう一度見るとは思いませんでしたよ』
 明石が、無感動な声でそう言った。
 実際のところは彼女も親友の奇行に少なからず動揺しているはずなのだが、実際そうに違いないのだが、明石はそうした様子を表に全く出していなかった。
 若いうちから精神的にそこまでしっかりしていると、逆に危うく思えるのだが―――という思考を切り替え、万里は明石の言葉に応答する。
 「三日ちゃんは、以前にもあんなことが?」
 『ええ。去年、御神千里―――くんの姿を見失うようなことがあった時に、何度か』
 明石が変わらぬ声でそう答えた。
 去年というのは三日と千里が交際を始める前、三日が千里をストーキングしていた頃のことなのだが、神ならぬ万里にそうした事情まで分かるはずもない。
 「教えてくれてありがとう、朱里ちゃん」と言うだけである。
 「2人はそのまま、センに連絡を取り続けてくれないかしら。私は、しばらく三日ちゃんを探すから」
 『俺も行きましょうか?1人より2人で探した方が……』
 万里の言葉に、葉山がそう申し出た。
 「気持ちは嬉しいけど、アナタまでいなくなっちゃったら大変だし。ここはオトナにまかせて、ね」
 無用なとばっちりを受けても、とは万里は言わなかった。
 『……まぁ、分かりました』
 内心、友人たちのことが心配なのか、長い間の後に葉山は答えた。
 それを最後に、彼らは通話を終了した。
 「さしずめ、爆弾は爆発寸前、その鍵はどこにあるか分からない―――ってトコロかしらねー」
 三日の姿を探そうと、辺りを見渡しながら万里は軽口をたたいた。
 実のところ、万里にはそもそもの原因、千里が姿を消した理由にはいくらか心当たりが無くは無いのだが―――だからといって何もしないわけにもいかなかった。
 『彼女』1人のことならともかく、千里や三日がどうなることか――――どうにも予想がつかない。

791 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:27:04 ID:jWW4PdQE
 「……ク!」
 足首を襲った突然の痛みに、俺はうめいた。
 痛みだけではなく、血もだらりと流れているようだ。
 不意打ちのような傷に、思わず膝を折り、顔をしかめそうになるが、そこは根性で我慢。
 何だか知らないが、目の前の少女に心配をかけるわけには―――
 「さすがに・・・一回だけじゃ届かない…なんだよ?」

 ぴゅいん!

 ぴゅいん!

 少女の邪気の無い言葉と共に、もう二回の痛みが脚を襲う。
 「がぁ・・・・・・ぐ・・・・・・!」
 今度は、先ほどよりもより深い傷ができる。
 立っていられない。
 俺は、今度こそ膝を付き、倒れていた。
 「ウン・・・これで手が届くんだよ!」
 少女は満足そうに笑って、膝を突いた俺の、随分と位置の低くなった頭を撫でた。
 「かりゃりゃりゃりゃ!」
 無邪気な笑顔である。
 無邪気すぎるほどに。
 無邪気すぎて、逆に邪気を感じるほどに。
 「なでなで・・・だよー!」
 少女の手が俺の頭を撫でる。
 先ほどは微笑ましささえ感じた彼女の動作だが、今となっては危機感すら感じる。
 同時に、微かに感じていた違和感が全て具体化する。
 どうして、彼女のような芸能人がマネージャーも連れずに1人で行動していたのか。
 どうして、見ず知らずの俺に声をかけたのか。
 どうして、こんな人気の無いところで『風船を手放した』のか。
 いや。
 どうして、こんな2人きりの状況を演出したのか。
 「手が届くようになって、おにーさんが逃げれないようになって一石二鳥…なんだよ!」
 零咲ちゃんが、決定的な一言を言った。
 つーか、一欠けらも俺の被害を顧みていない。
 「零咲ちゃん・・・・・・、やっぱ今のは・・・・・・?」
 俺の頭を撫でる零咲ちゃんを見上げ、俺は言った。
 零咲『ちゃん』?
 いや、この女がそんなかわいらしいモノではないことは、俺はもう十二分に分かっているはずだ。
 「そう・・・レイちゃんがやったんだよ!」
 そう言ってにっこりと笑う零咲の右手に、銀色のワイヤーが手繰り寄せられる。
 ナイフなんかよりもずっと目立たない、しかし人の肉を切り裂くほどの細く長いワイヤー。
 どこぞの殺人鬼よろしくそれを使って、俺の脚を切り裂いたのだろう。
 浴衣の裾、切れちゃってるだろうなぁ。
 折角今日のために買ったのに。
 「こんなにしても激痛で叫ばないなんて・・・思ったよりも感心…なんだよ!」
 零咲がこの状況には場違いなほど屈託の無い笑顔で言った。
 叫ぶ。
 そうだ、叫んで助けを呼ばないと!
 「でもでも、叫んでも・・・叫ばなくても結果は変わらないけどだよ!ここは人のいる場所からは少し離れているし・・・そうでなくてもお祭はお囃子や人の声でうるさいんだよ!」
 うるさくて・・・嫌いなんだよ、と零咲ちゃんは言った。
 俺は、そんな言葉は無視して懐の携帯電話に手をやる。
 しかし、感じるべき硬質の手ごたえが全く無い。
 「探し物はココ・・・なんだよ、おにーさん!」
 そう言って少女が取り出したのは、飾り気の無いデザインの黒い携帯電話だった。
 俺の携帯電話だった。
 「いつの間に・・・・・・!」
 「おにーさんが風船をガン見してた時…なんだよ!」
 ガン見言うな。


792 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:28:29 ID:jWW4PdQE
 俺は、風船を取る時にどうやって取るか、ということしか考えていなかった。
 完全に、零咲を意識から外していた。
 そこに隙ができたのだろう。
 携帯電話が奪われるような。
 「同じときに・・・ワイヤーの仕掛けもしていた…なんだよ!」
 「器用すぎだろ」
 真面目な話、この娘はマトモな相手ではない。
 戦闘能力なら、一原先輩率いる生徒会メンバーと同等かそれ以上だろう。
 その上、人を傷つけても何とも思わない厄介なメンタルの持ち主だ。(この傷、放置しておくと割とヤバそうなレベルだ)
 救いがあるとすれば、取っ組み合いになれば体格差で俺が有利ということだろうか。
 もっとも、零咲のワイヤーはかなり見辛く、その上自在に操れるようなので、俺が勝てる状況に持っていけるかどうかはかなり微妙だが。
 って言うか。
 殺人ワイヤーとか、それ何て少年ジャンプ?
 俺ついさっきまでむしろラブコメディー的物語展開の中にいたハズなんですけど。
 それが何で親の仕事仲間に鉢合わせして襲われてる訳?
 西尾維新先生だってこんな超展開やらないぞ。
 「それで、零咲ちゃんの本当の望みは何なんだい?人気の無い所に俺をおびき寄せて、脚切って走れないようにして。まさか、本当に風船を取って欲しかっただけって訳じゃないんだろ?」
 悲鳴を上げる脚を無視して、俺は言った。
 「そこまで・・・分かってるんだんだよ!」
 先ほどの俺の言葉を受け、零咲ちゃんは言った。
 「その口癖、ムリに付けると噛みそうにならない・・・?」
 俺は、痛みを我慢しながら軽口をたたいた。
 時間稼ぎだ。
 俺が逆転突破の糸口を掴むか、あるいは人が来て状況が変わるまでの。
 「レイちゃんは、お兄ちゃん・・・の頼みでおにーさんに会いに来たのだ…なんだよ!」
 「お兄ちゃん?」
 おにーさん、とは違う。
 新しい登場人物だ。
 そいつが、この状況を作り出した諸悪の根源、全ての黒幕らしい。
 その男はきっと、お兄ちゃん、なんて可愛らしい呼称の似合うような相手ではなく、冷酷非道な邪悪そのもののとんでもない男なのだろう。
 「ねぇ、零咲ちゃん。全力全開で土下座してでも頼むから、その『お兄ちゃん』って人のことを教えてくれないかな・・・?」
 「いー・・・よ!」
 零咲ちゃんは、拍子抜けするほどあっさりと頷いた。
 この状況を作り出した極悪人。
 人を人とも思わぬ外道。
 まさに、俺の敵。
 その男の名は・・・!
 「緋月月日お兄ちゃん・・・なんだよ!」
 「あんの変態いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
 アイツか!
 よりにもよってアイツか!
 どんだけ俺の周りを引っ掻き回したら気が済むんだ!
 なぁにがニンゲンシケンだふざけんな!
 しかも『お兄ちゃん』だぁ!?
 どう考えても実の妹って展開は無いよなぁ!?
 こんなガキを妹キャラにして楽しんでるとかどんだけ変態なんだよ!
 不幸萌えは結構だけど俺に萌えてんじゃねぇ!


793 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:28:50 ID:jWW4PdQE
 ぴゅいん!
 「人の悪口を言っちゃいけません・・・なんだよ!」
 月日さんを変態呼ばわりした俺の頬に、零咲のワイヤーが飛ぶ。
 「ごめんなさい・・・は?」
 思い切り俺を見下ろして、諭すように語り掛ける零咲。
 言ってることは正しいんだよな。
 状況に合わないだけで。
 「ごめんなさい」
 「よろしい」
 俺の答えに笑う零咲。
 「けれど零咲。何で君が月日さんの頼みを?って言うか会ってどうしろってのさ?」
 「質問は1つずつ…なんだよ、おにーさん!」
 ワイヤーを操る右手を示しながら、零咲は笑顔で言った。
 よく笑う娘だ。
 あまりにも笑いすぎで、逆に笑顔が嘘くさく見える。
 演技くさく、見える。
 「でもでも…レイちゃんはちゃんと二つとも答えてあげる…なんだよ!えらいでしょ!?」
 「えらいえらい」
 ぴっと指を立てる零咲に、俺は軽い調子で返した。
 「まず、レイちゃんがお兄ちゃんの頼みを聞いたのは…レイちゃんがお兄ちゃんのこと大好きだから…なんだよ!」
 「そうだろうとは思ったよ!」
 「身も心も何もかも全部とっくに捧げちゃってるくらい…なんだよ!」
 「全部とか何もかもそう言うことは若い身空で軽々しく言うモンじゃありません!」
 「お兄ちゃんのことでレイちゃんの知らないことは何もないし…私のことでお兄ちゃんの知らないことは何も無い…なんだよ!」
 「あの人のことだから糞ロクでもない部分もコミなんだろうなぁ!」
 まったく、あの男は何をしてるんだ。
 変態ではあっても紳士的だとは思っていたのだが、その認識を改める必要がありそうだ。
 「これだけ言えば…1つ目の質問の答えにはなったかなだよ!」
 「まぁ、納得はしたかなー」
 って言うか、これ以上聞きたくない。
 月日さん、登場するたびに外道感が増してってる。
 「2個目の答えは…」
 「ほうほう」
 「おにーさんを殺すこと…なんだよ!」
 「なぜそうなる!」
 俺のツッコミに、零咲は「あ…れ?」と頬に手を当てて考えるような仕草をする。
 「うーん、ちょっとだけ違ったかなー…なんだよ?」
 「そうそう違う違う」
 勘違いで殺されてたまるか。
 「『気に入らなかったら…コロシチャッテ…良いよ』って言われてた…なんだよ!」
 「月日さん前編と言ってること違ぇ!?」
 あと零咲声真似上手ぇ。
 「会って…話をしてみて、殺していいかいけないか決めてみてってこと…なんだよ!」
 会って……?
 「もしかしてあの人、『…ニンゲンシケン…』とかなんとか言ってなかった?」
 「そうそうそれそれ…なんだよ!」
 俺の質問に無邪気に答える零咲。