794 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:29:33 ID:jWW4PdQE
 って、ちょっと待てよ?
 何でこの娘が3人目なんだ?
 俺の予想では三日の母、緋月零日さんが来ているはずなのだが。
 お仕事でむっちゃ忙しい人だとは聞いてるけど。
 代役?
 「ヒーロー番組観てる子供たちのアイドルを、こんな試験の試験官やらせんでも良かろうに……」
 「こんな試験って…どういう意味かな、かな?」
 「キャラ、ブレてるぞ」
 「かな、かな…なんだよ?」
 「どっちにせよパクリ感は否めないけどな」
 「素人さんに駄目だしされた!?」
 そんなに驚かれても。
 実際、その通りだし。
 それはともかく。
 「月日さんは一体何を考えてるのかって話。君だって、この一件のためにかなり無理したんでない?」
 「月日お兄ちゃんのためにすることは無理でも努力でも何でもないこと…なんだよ!」
 胸を張って言う零咲。
 良い娘だなぁ。
 アブないけど。
 俺の命を現在進行形で危うくしてるけど。
 「ンじゃあ、月日さんのためにも、お互い早めに終わらせちゃおうか」
 笑顔の零咲に、俺は優しげな様子で(様子だけ)言った。
 正直、いつまでも脚から血をダクダク流してるわけにもいかない。
 「ウン…なんだよ!」
 零咲が笑顔で頷いて、ふと思い出したように言葉を続ける。
 「そう言えばとてつもなくどうでも良いことだから忘れてたけど…おにーさんの試験結果は会ってすぐくらいには出していた…なんだよ!」
 「そう言えばとてつもなくどうでも良くないことだから可及的速やかに聞かせてー」
 可及的速やかにとこの状況から抜け出すために、俺は先を促した。
 「おにーさんの試験結果は…」
 しかし、零咲はそう言って口元に三日月型の笑みを浮かべた。
 目の笑っていない、凄惨な笑みを。
 「これ以上なく不合格!」
 同時に、零咲の両手が舞う。
 その動きが見えるか見えないかという段階で、俺は既にその場を移動している。
 間一髪、ワイヤーの風切音だけが通り過ぎる。
 飛んできたワイヤーを避ける、なんて恰好のいい動作では無い。
 ほとんどその場を後ろに転がったようなものだ。
 「お願いだから、お互い早めに終わらさせて欲しいかな…なんだよ、おにーさん」
 体勢を立て直した俺の方に、悠然と近寄り、上目遣いで俺を見上げる零咲。
 その動作に、思わずドキリ、とする。
 「どうしたのかな…おにーさん?」
 その仕草は魅力的だった、だけではない。
 その仕草は、あまりに見覚えのあるものだったからだ。
 いや、零咲の動作の所々は、俺が驚くほどよく知るものばかりなのだ。
 「どうにも、お前が三日の奴に似てるように見えてね。いや、見た目とかだけでなく、ちょっとした仕草とかがさ」
 俺の言葉に、ニヤリとした笑みを浮かべる零咲。
 「おにーさんがそう思うのは当然…なんだよ」
 その語る零咲の表情は、俺なんかよりもずっと大人びて見えた。
 ついさっきまで、随分と年下の女の子に見えていたのに。
 「三日ちゃんは私の続きなのだから…なんだよ」
 そして、彼女は虚ろなほどに漆黒の瞳でこちらを見据える。
 「そうだこうしようよ…なんだよ、おにーさん」
 「どーしようってのさ」
 三日そのままな上目遣いのまま、零咲を言った。
 「三日ちゃんのことを聞かせてみて欲しいかな…なんだよ」


795 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:30:06 ID:jWW4PdQE
 一方―――
 「チッ!」
 何度かのコールの後、明石朱里は再度小さく舌打ちをした。
 携帯電話のモニターには『御神千里』の文字が映る。
 その文字を明石は憎々しげに見た。
 「何で、私がアイツなんかのせいでダブルデート(仮)を邪魔されなきゃいけないのよ……」
 隣の葉山に聞こえないように、明石はそう小さく呟いた。
 明石は、千里のことが嫌いだった。
 自分の想い人の隣というポジションを占有し、自分の親友の想われ人という立場を占有している。
 その上、そのことに何の有難味も感じていないかのような顔でヘラヘラしている。
 どちらの立場も、明石が羨むほどの物なのに、だ。
 いや、流石に三日の恋人になるつもりは無いが。
 しかし、千里と正樹の仲の良さは何なのだろう。
 2人とも交友関係は決して狭くは無いが、この2人の関係は別格のように見える。
 17年の付き合いのある自分よりも近しいではないか。
 ホモか、ホモなのか。
 どちらにせよ今すぐ代わって欲しいポジションだった。
 『羨むってことは、嫌悪というより嫉妬なんでしょうね』
 そう心の中で呟く。
 ドロドロとした感情が、心の中で渦巻いていた。
 そもそも、明石は『幼馴染』という現在の自分のポジションをあまりよく思っていない。
 正樹とは親友と言うには遠すぎて、さりとて女として接してもらうには近すぎる。
 歯がゆいと言っても良いし、嫌悪していると言っても良いし―――自己否定的なまでに憎悪していると言って良い。
 「こんなコト考えるのも、あの男のせいだ」
 今度は口に出してそう言い、再度千里の携帯電話をコールする。
 見つけたらボロボロになるまでボコボコにしてやろうなどど思いながら。


796 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:30:35 ID:jWW4PdQE
 その頃、ボロボロでボコボコになった俺こと御神千里はと言うと。
「聞かせる?」
 零咲の言葉に、俺はいかにも怪訝そうに答えていた。
 「アイツの人となりを知りたいのなら、俺の話より、実際会って話すのが一番でしょ。って言うか近くに居るはずだから俺と一緒に会いに行こうぜ」
 「そんな言葉でお兄ちゃんの試験を逃れようなんて、いくらなんでもあざといかな…なんだよ」
 俺の戯言を一刀両断する零咲。
 「まぁ、わざわざ聞くまでもなくないか、って思ったのはホントだけどねー。実際、零咲は三日の親戚か何かなんだろ?」
 外見からも当て推量をして、俺は言った。
 多分、零咲の本名は緋月なんとかとかその辺なんだろう。
 まあ、月日さんとは『親戚のお兄ちゃん』と呼ぶには歳が離れすぎてるようだから、そこら辺はあの変態の趣味なのだろうけど。
 でも、見た目的に一番似てるのが、外見ではなく所作だってのが気になるけど。
 「多分、おにーさんの推測は遠からずとも当たらずってところなんだとは思うけど…あたし的にそこはどうでも良い…なんだよ!」
 遠からずも当たらずって、入れ替えただけなのに、受けるイメージが180度変わる言葉だな。
 「おにーさんから見た『緋月三日』…というのを聞かせて欲しーんかな…なんだよ!」
 「あ、なるホロ」
 「と、言うより…聞かせる以外の選択肢は無いんだよ」
 ゾッとするほど静かな声でそう言って、ゴス浴衣の中から再度右手を示す零咲。
 その気になればすぐにでも俺を殺せると言わんばかりに。
 「もし聞かせてくれたら…試験結果の見直しを考えてあげても良い…なんだよ!」
 「ンなこと急に聞かれてもなー」
 俺はそう言って頬をポリポリやった。
 凶器持った相手を目の前に。
 「さっきから思ってたけど…あたしを前にしておにーさんも動じない…なんだよ!」
 「カッコつけてるだけだよ。内心ブルッブル」
 「あたしの続きのために…そこまですることも無いかもなんだよ!」
 「今のやりとりだけでどうしてその結論に辿りつけたのは謎だけどなー」
 「でも…そうなんでしょ?」
 「まぁそうかなー」
 「あんな弱い娘のために…なんだよ?」
 怪訝そうな顔で言う零咲。
 「あんな惰弱で脆弱で虚弱で最弱な娘のために、何でまたおにーさんはそこまでするのか、そこまでする価値を見出しているのか、あたしは分からない…なんだよ?」
 「弱い、ね」
 やんわりと零咲を見据え、俺は言った。
 「そりゃどーかな?」
 「どう言う意味なのかな…なんだよ?」
 「言葉どおりの意味さ」
 勤めて静かに、俺は言葉を紡ぐ。
 「零咲、さっき『友情は裏切られる』って言ったよね」
 「?」
 俺の唐突な言葉に、きょとんとする零咲。
 「でもさ、そもそも裏切られるレベルの友情、裏を返せば裏切られると感じるほどに信頼できる友情―――人間関係を構築するのってマジ大変じゃん。相手がその信頼にこたえてくれなかったら、裏切られたら、傷つけられたら……なんて考えたらできないし」
 「…それで?」
 「ソレをアイツは、三日はやってるわけよ。俺との人間関係を繋ぐために。自分の想いを伝え、想いを繋げるために。全力で、命がけでね」
 俺が1人ではできなかったことを。
 俺にはできなかったことを。
 だから―――
 「それを強いと言わずに何て言うのさ」
 迷い無く、俺は断言する。
 「俺けっこー尊敬してるのよ、三日のコト」
 笑いながら、誇らしげに、断言する。


797 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:32:01 ID:jWW4PdQE
 「けれど・・・」
 零咲が静かに口を開く。
 まるで、詰問するように。
 「おにーさんはほんのひと時とはいえあたしと行動することを選んだ。あの娘と離れることを…選んだ。その選択は無かったことにはならない、一度した間違いは無かったことにはならないならないならないならない…ならない」
 先ほどまではまがりになりも浮かべていた笑みを消し、無表情に零咲は言う。
 「だから…結果は変わらない。どんな想いがあったとしても、あたしの言葉に応じた瞬間、あたしと係わり合いを持とうとした瞬間、きみの不合格は確定…した」
 言葉と同時に、零咲の右手が舞う。
 ワイヤーが舞う。
 「!?」
 咄嗟に転がり、ギリギリのところで避ける。
 今日のために買った浴衣の裾がずたずたにされる。
 「1度確定したことは決して…無かったことにはならない。だからあたしはきみを…絞め斬り殺す」
 再度、ワイヤーが舞う。
 横に転がるが、それを追いかけるようにワイヤーが風を切る音が聞こえる。
 「くぉ!?」
 追いかけてくるワイヤーを、思い切り後ろに跳ぶことで避ける。
 ようやくワイヤーの追撃から逃れられた。
 両足は勿論痛いが、今度こそ根性で我慢。
 とはいえ、そう何度も続けられるとも思えないけど。
 「無様に・・・あがくのね」
  一歩ずつこちらに歩み寄る零咲。
 「無様なあがきで、無様なもがきさ。これでようやく三日とおそろいになれる」
 「頑張るね…無意味に。きみはもう全体的に根本的に潜在的に最終的に劇的に決定的に断定的に…終わっていると言うのに」
 「終わってるなんて……」
 もう一度大きく距離を取り、俺は言った。
 正直、軽く息が荒い。
 正直、軽くヤバい。
 対して、零咲は傷一つなく、息一つ切らさず、一歩一歩こちらに近づいてくる。
 ワイヤーは、まだ使ってこない。
 けれど、次に使われたときが俺の最期だろう。
 武器の性質みたいなものは少しずつ分かってきた。
 まず、右手からしか出せないこと。
 次に、すぐに二撃目が来ないってことは、武器としての間合い自体はさほどでも無いであろうということ。
 もっとも、そんなことが分かっても何の意味も無い。
 見えない上に、どこから来るのかも分からない攻撃なんてどうしようもないのだから。
 体力的にも、もうそうそう何度も避けられるモンでもないだろうし。
 死にたい、と思わないけど。
 死ぬ、とは思った。
 あーあ。
 死ぬ時は、ヒロインのロングヘアにハグられて死ぬって決めてたんだけどなぁ。(艶やかな黒髪ならなお良し)
 でも、まぁ、何のかんので楽しい人生だったし。
 親とも何のかんので仲良くなれたし。
 良い方には変われたと思うし。
 色んな人とも会えたし。
 大切な人とも出会えたし。
 悔いは無い、かな。
 そう、思った。


798 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:32:24 ID:jWW4PdQE
 「ああ…そうそう。1人で死ぬのは寂しいだろうから先に…教えておいてあげる」
 けれど。
 「きみを殺したら三日ちゃんも…あたしの続きもきちんときみのところに送ってあげる」
 零咲のその言葉に、俺のおめでたい思考は吹っ飛んだ。
 「言った…でしょう?あの娘は…弱い。きみはそこにある種の強さを見出したようだけど、それでもきみがいなくなって耐えられるほどのものじゃあ…無い」
 だから…苦しむ間もなく、送ってあげる。
 零咲はそう、光の無い目で言った。
 その瞳には何の感情も見られない。
 だからこそ分かる。
 この女は確実に三日を殺す!
 「いやいやいや、とりあえずソレは慎んでご遠慮したいところなんだけどねー。いやマジで」
 マジで、死ねない。
 あきらめモードは、もう終わりだ。
 バン、と脚を叩き、しっかりと立つ。
 「どう…して?」
 こちらに近づきながら、無表情に言う。
 そこに、感情的な動作は何一つ無い。
 ただこちらを見ながら唇を動かすだけだ。
 「アイツが死んだら……」
 零咲を見据えながら、俺は言う。
 「アイツは死んだら苦しむことも泣くこともできない。誰にも笑っても怒ってもくれない。俺と祭を周ってもくれない。趣味の悪いぬいぐるみを欲しがったりもしない。部活の後輩とケンカしたりもしない」
 アイツとの楽しい時間を思い返して、俺は言う。
 「それが無くなるなんて、マジありえないから。あって、たまるか」
 俺は、静かにそう言った。
 静かなのは、そこまでだったが。
 「アイツに指一本でも触れてみろ!俺はどんな手段を使ってでも確実にお前を殺してやる!」
 叫ぶ。
 俺は叫ぶ。
 抑え込まれいたものを
 「そんなことを言うのは―――あの娘を愛しているからなのかな…なんだよ?」
 零咲に、ストレートに聞かれた。
 ド直球だった。
 その場にそぐわないとも思える、けれどもこれ以上なくふさわしいとも言える言葉に、俺は一瞬言いよどむ。
 「そ…そう言う気の効いたセリフは―――最終回に取っておくモンだろ」
 俺は、そう答えた。
 その時、零咲の懐から振動音が聞こえる。
 「ケータイかい?」
 「きみの…ね。話してみるかな…なんだよ?」
 俺が頷くと、零咲は無造作に俺のケータイを投げ渡す。
 開閉するのももどかしく、俺はディスプレイを確認する間もなく着信ボタンを押す。
 『山に棄てられるか海に棄てられるか、嫌いな方を選べ』
 無感情ながら随分とドスの効いた声だが、どうにか分かる。
 明石だ。
 「悪いね、明石。今すぐヤボ用が終るから、そしたらフルスロットルでそっちに戻『アンタのことはどうでも良い』
 俺の言葉をさえぎり、明石は言葉をかぶせた。
 もしかして怒ってるだけではなく、焦っている、のか。
 どうして?
 『そんなことよりも、三日がそっちに行っているかどうか5秒以内に答えなさい』
 明石が三日のことを渾名で呼ばないのを、俺は初めて聞いた。
 「三日が?アイツに何かあったのか!?」


799 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:33:00 ID:jWW4PdQE
 その答えを聞く寸前、俺の携帯電話はガシャン、と地面に落ちた。
 同時に、ガクンと、俺の体に衝撃が走る。
 瞬時に体が拘束され、口はふさがれ、挙句の果てに足が地面を離れていた。
 先ほどの木の上に縄で吊り上げられた、と気がつくのには少々の時間を要した。
 木の上で、かなりの高さがある。
 誰がやったのかは考えるまでも無いだろう。
 どうやら、零咲の奴はワイヤーだけでなく縄まで使いこなすらしい。縄跳びとかさせたらサイコーに上手いんじゃないのか?
 殺されなかっただけマシとはいえ、かなりキツい体勢だ。特に、体中、特に首の辺りには窒息しそうなほどギリギリと縄が食い込んでくる。
 「ふぅん…」
 俺の足元で零咲が言う。
 「登場するには悪くないタイミング…なんだよ、三日ちゃん」
 俺の足元で、零咲の前に三日が現れる。
 悪くないなんてものじゃない。
 最悪のタイミングだ!
 「…どうして、ここにいるんですか?」
 感情の失せた目を向けて、三日は言った。
 髪をまとめていた簪はどこかで落としたのか。
 髪はほどけて乱れ、浴衣の裾は枝に引っ掛けたのかボロボロになっていた。
 鬼女もかくや、というありさまである。
 「ちょっと驚いた…なんだよ。この辺には事前に人払いの技術を使っていたのに」
 「…それを私に伝授してくれたのは、あなたでしょう?…質問に、答えてください」
 「さぁどうしてなんだろう…ね」
 それに対して、何でも無いような口調で零咲は言った。
 俺の携帯電話を拾い上げ弄びながら。
 三日に見せつけるようにしながら。
 それにしても、改めて零咲と三日を見比べると―――全然似てない。
 今まで似てると思っていたのが嘘のように似ていない。
 零咲より三日の方がずっとしなやかな体つきだし、
 零咲より三日の方がずっと艶やかな髪だし、
 何より、零咲より三日の方が、ずっと必死だ。
 生き汚い位に必死だ。
 けれども、そんなコイツの姿を、俺は美しいと思う。
 そう思っている間にも、足元で会話は進行している。
 「どうなんだろうというよりもどうしてなんだろうと言うべきかな…なんだよ?どうして―――希望があるなんて寝惚けたことを言えるのかなぁ」
 グシャリ、と零咲の手の中で粉々になる。
 握力だけでなく、恐らくは例のワイヤーを使ったのだろう。
 粉々になった携帯電話は、血まみれになりながら無残に地面に落ちる。
 「ねぇ、どうしてどうしてどうしてかなぁ?幸せなんて刹那の焔!一瞬で粉々になるなんてこと、カズくんのコトで痛い位に学んだと思ってたんだけどなぁ!?」
 零咲の責め立てるような言葉に、三日が茫然としたような顔をする。
 「そう!Time up!全ては手遅れ!!三日ちゃんの大切なモノはもう!この私がこんな風にバラバラに粉々にブチ壊してブチ殺した後でした!残念無念!またの挑戦をお待ちしております、なんだよ!!」
 両手を広げ、零咲が宣言した。
 それが現実であるかのように。
 あまりにもあっさりと、それだけに真に迫った、真実であるかのような言葉。
 「…どうして、そんなことを?」
 茫然とした顔で、憔悴しきった表情で、三日はその言葉だけを絞り出した。
 「私がしたのは時計の針を勧めただけのこと…なんだよ」
 そう言って零咲は三日に近づき、血の付いた手で頬を撫でる。


800 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:33:26 ID:jWW4PdQE
 「私と三日ちゃんは全く持って同じ…なんだから」
 慈しむように、愛おしむように。
 「私が何もしなくても、三日ちゃんは遠からず不幸になっていた。大切な人を失うか、大切な人に拒絶されるか。確実に不幸になっていた。今のまま…だったら」
 「…どうして」
 「だって」
 言って、零咲は微笑んだ。
 誇らしげに、それでいながら泣きそうな顔で微笑んだ。
 「私がそうだったから」
 だから、あなたもいずれそうなる…んだよ、と零咲は言った。
 確信を持ってそう言った。
 「幸せを求めるならそれ以外のすべてを捨てなくちゃ。その為の全てのリスクを背負わなくちゃ。その為なら大切な人を不幸にするくらいでなくちゃ。自分自身でさえ不幸にしなくちゃ。どれ程その手を汚そうと。どれほど罪を重ねようと。それが貴女のためなんだから。それがその人のためなんだから。そうにきまってるそうでないなんてありえない。だって…」
 あくまで穏やかに三日の頬を撫でながら零咲は続ける。
 「貴女は私そのもの…なんだから」
 「…貴女は私」
 「そう、貴女は私。違う肉体違う人間として存在していることが不自然なくらいに同一」
 「…不自然…同一」
 「だから、もっと私に近づきなさい。そうしないと貴女は押しつぶされてしまう。この現実に。この先の不幸に」
 慈愛さえ感じさせる口調で、母性さえ感じさせる表情で零咲は言う。
 零咲の虚言が、見る間に三日の精神を蝕んでいく。
 でもな、零咲。
 お前は最初から最後までミステイクだ。
 間違いと勘違いしかしていない。
 なぜなら、零咲と三日は圧倒的なまでに違うから。
 細かなモーションが似ていても、上っ面の属性が同じでも、それでもお前たちは違うんだよ。
 零咲にあって三日に無いものも多いだろう。
 そして、それと同じくらい三日にあって零咲に無いものも星の数ほどある。
 例えば、短い間でも俺と積み重ねてきた時間とか。
 それがもし零咲にあったら、こんな致命的なミスは犯さなかったんだろうなぁ!
 「これからどうするの、三日ちゃん?探せば彼の死体ぐらいは見つかるかもしれないし、私を殺せば彼の仇くらいはとれるかも…なんだよ?」
 足元で、そんな会話が聞こえる。
 「…う」
 零咲の言葉に、三日は俯いた。
 「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 そして激情のままに零咲の首に手をかける。
 「三ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ日ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 手をかける、その瞬間に俺は落ちて来た。
 2人の前に、ドシンと盛大に音を立てて。
 いや、ドシンなんて生易しいモンでも無いけれど。
 「…千里、くん?」
 信じられないものを見るような目で、俺の方を見る三日。
 「よぉ、三日。随分と心配かけてすまないけど、ご覧の通りピンピンしてるよー」
 俺は潰れた蛙のような姿勢で、三日に無理矢理作った笑顔を向けた。
 正直、ピンピンなんてしてないけど。むしろ地面に叩きつけられた衝撃で全身痛いけど。


801 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:33:46 ID:jWW4PdQE
 「あなた…どうして?」
 「だーから、お前は三日と別物なんだよ」
 地面に這いつくばった体制のまま零咲の方に顔だけ向ける。
 「若いくせに幼いくせにさっきから知った風な口を聞きやがって。仮面ライダーだって一号二号とかぱっと見似てても全然違うだろ?それに比べてもお前と三日は一欠けらも似てねぇっつの」
 「質問に…答えて。かなりきつく縛ったのに。恐ろしいほどの高さに釣り上げた…のに」
 「縄抜けは得意なんだよ。この知ったか女、その程度のことも知らなかったのか?」
 「そんなこと…」
 「三日程度ならフツーに知ってることだぜ」
 そう、零咲と三日が本当に同キャラなら、俺を吊り上げるのに縄なんて使わない。
 俺に告白したその日に、アイツはそうしようとして、俺にあっさり縄抜けされてしっぱいしたのだ。
 失敗して、知っている。
 俺と時間を、着実に重ねている三日なら。
 勿論、俺との時間をさほど重ねていない零咲が知らないのも無理ならぬ話ではあったが。
 たかだか2カ月足らずの時間、1クールアニメにも満たない期間だが―――されど2カ月近い間、確実に俺と三日は時間を積み重ね、少しずつ互いを理解して行っている。
 零咲とは違って。
 「大体、こんな最悪にたちの悪いドッキリまがいの方法でてめぇの思想を押しつけようなんざどーゆー了見だっての。自分の理想を子供に押し付ける教育ママかお前は」
 「…」
 教育ママ、という言葉になぜか図星を突かれたような顔をする零咲。
 「三日はお前のようにはならない。お前みたいに不幸に耽溺したりしない。お前に無いものをたくさん持っているからな。お前の持たない仲間も十二分に持っているからなぁ」
 「それ…でも」
 フラストレーションが溜まりに溜まりまくっていた俺の長台詞に圧倒されていた零咲が口を開いた。
 「それでもこの娘が不幸に陥りそうになったら!取り返しのつかないことになったらどうしてくれるのよ!この娘はこんなにも弱いのに!!」
 その叫びには、確かに三日を心配する響きがあった。
 「その時は、俺が必ず守る」
 その言葉は、俺の口から思った以上にスルリと出た。
 「どんな馬鹿でかい不幸や困難が三日を襲っても、その時は俺が必ず支えになる守りになる騎士―――になってみせる。三日の不幸程度で三日を見捨てたりはしない。手放しなんてしない。だって―――」
 次の俺の一言は、嫌な人は読み飛ばして欲しい。さすがに、これは台詞はクサ過ぎる。
 「三日が俺の隣からいなくなることの方が俺にとっての不幸だ」
 そう、三日の方を見ながら言って―――俺の意識はそこで途切れた。


802 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:35:47 ID:jWW4PdQE
 おまけ

 ここで俺が死んだら中々に格好良すぎで出来過ぎな展開なんだろうけど、そんなことがあるはずもなく。
 俺が気絶した直後、タイミング良くウチの親が俺を見つけてくれたらしい。
 何でも「えくりちゃんのメイクアップの時嗅ぎ慣れたお香のような匂いがしたから」らしい。
 思い返して見れば、あの樹の周りには奇妙な匂いがしていた気がする。
 人払いの技術、とか零咲が言っていた気がするが、その辺の手品のタネはそこにあるのだろう。
 無意識に人間が嫌う匂いを立てる、とかそんな蚊取り線香みたいな感じの。
 とはいえ、それで全てが大団円といくはずもなかった。
 と、言うのも俺の体のことである。
 零咲のワイヤーでズタズタにされた足首に、駿河問いもどきの拘束、加えて木の上と言う高所からの落下。
 俺の体には割と洒落にならないダメージが叩きこまれていたらしい。
 そんなわけで、俺は急きょ病院に運び込まれることになった次第である。(零咲はいつの間にか紛れて姿を消していた。)
 夏祭りどころでは無くなってしまった。
 同じく祭に来ていたはずの生徒会メンバーと会えなかったのは残念だったし、お約束の花火を見られなくなったのも心残りだし、何よりダブルデート(?)を台無しにしてしまって皆には申し訳なかった。
 明石には恨みがましい目で見られたことだろう。
 もっとも、この辺り、俺は意識を失っていたのでよく覚えていないのだが。
 全ては後に親から聞いた話。
 と、言う訳で翌日。
 グルグルの包帯まみれで俺は病院に居た。
 足首の怪我に全身打撲その他諸々で絶賛入院中である。
 その怪我の内、一番ひどいのが落下によるものというのが笑えない。
 自業自得じゃねえか。
 「まー、入院が短期で済んだのは不幸中の幸いってトコかしら」
 病院の病室、俺の寝るベッドの隣で、親は事態を笑い飛ばすように言った。
 この人は今回一番の功労者にして苦労人の筈なのだが、それをおくびにも出さない。
 「まぁ、そうと言えばそうなんだろうなぁ……」
 親の言葉に、俺は力なく答えた。
 「…元気出して下さい、千里くん」
 その隣で三日は言った。
 三日とウチの親は俺が病院に運ばれる諸々のバタバタにずっと付き合ってくれて、今も俺に付いていてくれている。
 一時期は仕事中毒を通り過ぎて仕事に毒殺されかかったような有様で、子供のことなど顧みることなどできなかったあの親がそんなことをしてくれたことに俺はストレートに驚いているし、素直に嬉しくも思う。
 三日に対しても、今回は奇妙で微妙な事態に巻き込まれた被害者だというのに、一緒に居てくれて、感謝してもしきれないくらいだ。
 葉山と明石は早々に帰った。葉山は残りたがっていたが「いてもできることなんてないじゃない」という明石の至極真っ当な建前で強制的に帰らされたのだそうな。
 今回のことを、親には「野犬に襲われた」と説明してある。
 ここまでやってもらって本当のことを言えないのは心苦しいが、零咲の奴が十中八九緋月家の縁者であることを考えると、色々とややこしいことになる可能性が高かったからだ。
 最悪、緋月家、というより三日と距離を置くことを強要される可能性もあるし。(良識ある大人としては妥当な対応ではあるのだが)
 まったく、零咲も面倒なことをしてくれたものだ。
 「…そりゃあ病院なんて退屈ですし、ご飯は美味しくないですし、検査は面倒ですし、点滴は痛いですけど、慣れればそう悪いところじゃありませんから」
 幼い頃は入退院を繰り返していたという三日が言うとかなり真に迫った内容だった。
 つーか、本気で病院が嫌いなのね。
 「いや、別にそう言うことを気にしてる訳じゃ無いんだけどねー」
 「…?なら、どうしたんです?」
 俺が切り返すと、三日が不思議そうな顔で聞いてきた。
 本気で不思議そうな辺り、今の俺は目に見えて元気が無いのだろう。
 と、言うよりあからさまにヘコんでいた。


803 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:36:13 ID:jWW4PdQE
 「なんつーかさぁ、今回、俺、無警戒にみんなから離れて、無防備に怪我して、無意味に皆に心配と手間かけちゃってさぁ……」
 胸の奥に溜まっていた感情を、ゆっくりと吐き出していく。
 「今回の俺、サイコーに情けないなって思ってさぁ」
 非現実の世界のヒーローになりたいとも思わないし、勇敢な騎士になれるとも思わないけど、せめて、大切な人たちが心配する顔なんて見たくなかった、させたくなかった。
 大切な人たちと繋がっている者として。
 「子供なんて親に心配をかけるのが仕事みたいなモンよ、そう気にしすぎる物じゃないわ」
 ポンポン、と俺の肩に手をやって親が言った。
 こう言うところ、本当に父親らしくもあり、まるで母親の様だとも思う。
 こう言う普通の関係になるまで、随分かかってしまったけど。
 と、そんな風に物思いに沈んでいると、親の懐から振動音が聞こえる。
 「あら、ケータイ」
 「ココ病院」
 「電源切っとくの忘れてたみたい」
 ダメね、と頭に手をやって、親は言った。
 似合わない似合わない。
 「ちょっと外で電話してくるわ」
 「おっけー」
 仕事の電話なのだろうか、俺は病室を出る親を見送った。
 病室は俺と三日の2人きりになる。
 「…仕方ないですよ、今回ばかりは」
 親が姿を消して少ししてから、俺を慰めるように三日は言った。
 「…あの人は我が家でも強さが別格ですから、生き残っただけでも幸いかと。だから、今回私そんなに怒って無いじゃないですか、千里くんが他所の女と一緒に居たのに」
 「いや、お前今回怒って良いと思う」
 繰り返しになるけど、三日は被害者だからな、今回。
 「…千里くんに?…それともあの人に?」
 「んー両方?ってか、あのナリで強さが別格なのか、零咲は」
 「…いえ、単純な殴り合いならお兄ちゃんやお姉様の方が勝るんですけど、あの人は年季が圧倒的に違いますから」
 「年季……?」
 「…私たちには想像できないほど何度も追いつめられて、その度に手段を選ばないで…、それを心身が壊れるくらい繰り返してきたあの人は、もうほとんど人間じゃあない」
 「人間じゃ、ない」
 確かにそうかもしれない。
 零咲は、月日さんに頼まれたからという程度のモチベーションで、俺の生死さえ自由に出来るような空間を作って見せた。(俺が迂闊だったのもあるとはいえ)
 その上で、一度は俺を殺しにかかり、三日を精神的においつめてみせた。
 躊躇も何も無く、他人の心身を踏みにじって見せた。
 月日さんのため、という題目のためだけに。
 どれ程他人と傷つけ合えば、そんなメンタリティが生まれるのだろう。
 争いの世界で生きていない、むしろ争いを積極的に避けて生きている俺などにはとても到底想像もつかない。
 「や、人を化物みたいに言われても困るかな…なんだよ、割と」


804 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:36:55 ID:jWW4PdQE
 「うおおい!?」
 当り前のように病室のドアを開けて入ってきたのは零咲だった。
 当り前のようにこちらを驚かせるのは止めて欲しい。心臓に悪い。
 零咲は見た目だけは相変わらずちっこくて可愛らしいが、服装は昨晩のゴス浴衣ではなく、ややフォーマルな服装で、髪もツインテールではなくストレートにおろしている。
 こうして見ると髪型もあって見た目だけは本当に三日に似通っているが、心なしかかなり大人びた印象を受ける。
 「……」
 昨日の今日なので自然と警戒し、ベッドから体を起こそうとする。
 「無理しない方が良い…んだよ、おにーさん。怪我、まだ全然治って無いんでしょ?」
 そもそもの原因である零咲にそんなことを言われても嬉しくも何ともなかった。
 とりあえず、どこから三日を逃がすかということから考えないと……。
 「やぁ、零咲。今日は殺し損ねた俺をわざわざ殺しにでも来てくれたのかな?」
 なけなしの勇気で、軽口を叩いたりしてみる。
 言葉面だけはハードボイルド気取りだが、内心はガクブルのハーフボイルドだ。
 「そんなこと言わないで欲しいかな…なんだよ。今日は、ソレを取り下げに来たんだから」
 零咲は苦笑して言った。(これまた大人びた余裕を感じる笑みだった)
 それにしても、取り下げるとは意外な展開だ。
 「それは、月日さんの気まぐれ?」
 「うーん、外れ…かな?そもそも、おにーさんの生殺与奪は私に一任されてたし」
 本当に月日さんは関係ないらしい。
 いかにも全ての黒幕っぽいこと言ってたので、ちょっと意外。
 まぁ、あの人は騒ぎの横で傍観者諦観者気取っている方がしっくりくるか。
 「…なら、一体どうして?」
 こちらも心なしこわばった表情の三日が問いかける。
 「正直、一回は本気で殺っちゃおうかとは思った…なんだよ。けれど」
 って言うか、絶対吊り上げてあのまま窒息死させるつもりだったろ。
 ご丁寧にも首に縄を括りつけてくれて。
 「けれども、それは初対面の段階で千里おにーさんを見限ってたから…なんだよ。そこからおにーさんは見事に評価をひっくり返してくれた…なんだよ。花丸をあげるー…なんだよ」
 わしゃわしゃと俺の頭を撫でる零咲。
 今の俺はベッドに座っているので、頭を撫でるのにワイヤーを使う必要は無い。
 「…何かしたんですか、千里くん?」
 と、三日が聞いてくるが、正直覚えが無い。
 「正直、おにーさんのコトはその場のノリで三日ちゃん以外を優先させるような、三日ちゃんをその程度にしか考えていないようなコだと思ってたんだけど…」
 どうやら、零咲は俺をかなりカルい男だと思っていたらしい。
 失礼な。
 「それは勘違いでした、謝ります」
 語尾に『…なんだよ』を付けること無く、零咲は俺に向かって殊勝に頭を下げた。
 「…え?」
 あまりに殊勝過ぎて三日がそんな声を漏らすが、俺としてもビックリだ。
 「私の拘束を振り切って、三日ちゃんのところに帰って来たおにーさんを見て分かった。きみは私たちと同じタイプの人間だ…って」
 「同じタイプ?」
 いや、正直零咲と同類と言うのは心外と言うよりあり得ないと思うのだが。
 タイプが全然違うじゃん。
 「自分の幸せのために、自分さえも犠牲に出来るタイプの人間、ということ」
 補足するように零咲は言った。
 「この歳で自分と同じ部分にしか共感できないというのも悪い癖だって言うのは分かっているんだけど、その一点できみのことを認められるかなーなんて」
 この歳でって、零咲は俺より年下じゃん。
 ロリじゃん。


805 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20:37:19 ID:jWW4PdQE
 「まぁ、良いけどね」
 俺としては、紆余曲折あるとはいえ『三日のために行動した』という一点だけは零咲を認められるポイントなのだが。
 それで許してしまう俺も俺だが、まぁ子供相手にこれ以上ムキになっても大人げないか。
 「改めて、三日のことをよろしく頼みたいんだよ、千里」
 大人びた笑みで、如才なく零咲は言った。
 「いや、お前によろしく頼まれてもな。本当に教育ママみたいだぜ、零咲」
 「その点に関しては二の句を告げないなぁ」
 見た目に似あわない大人びた苦笑を浮かべて零咲は言った。
 「母親だし」
 ……今、なんと仰いました、零咲さん?
 「…千里くん、もしかして何も聞いてませんでした?」
 よほどすごい顔をしていたのだろう、俺の顔を見た三日が怪訝そうな顔でそう言った。
 零咲は悪戯が成功した子供のようにクスクスと笑っている。
 「…千里くんは先ほどから芸名の『零咲』とだけ呼んでますけど、この人の本名は緋月零日」
 零咲を手で示し、三日が言う。
 「…お父さんの旦那さまで、私とお姉様、そしてお兄ちゃんのお母さんです」
 「ちなみに、今年で36歳!」
 三日と零咲が連チャンで爆弾を落とす。
 「……はい?」
 零咲、もとい緋月零日さんのちんまくて可愛らしい姿を見やり、俺は何とか言葉を絞り出した。
 ……ソレってつまり、零咲は俺よりずっと年上で、36歳の人妻で、月日さんとの間に三人の子供を作って出産して……それで……?
 「三日のお母さん……?」
 「ウン!」
 零日さんは、見た目相応に、実年齢不相応に元気よく頷いて言った。
 「改めて、三日ちゃんをよろしく頼みたいな…なんだよ、『おにーさん』」
 零日さんのそんな台詞が俺の頭に入るはずも無く。
 「はいーーーー!?」
 許容量を超えた俺の絶叫が、病院を震わせた。





 (人間試験)
 (試験官:零咲えくり=緋月零日)
 (御神千里―――合格)
最終更新:2011年06月27日 01:00