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441 :深優は泣いた ◆J9zPo6rgI.:2011/05/14(土) 22:08:18 ID:xYocYX82

○二人の受難

 ・・・ここは何処でしょうか・・・。
たった今目が覚めました、どうやら無事に転送されたようです。
落ち葉の布団で眠っているような体勢になっていましたので、急いで体を起こします。
辺りを見渡すと、鬱蒼とした草木で太陽が遮られ、
おそらく夕刻に近いのでしょうか、両条件が重なってとても薄暗いです。

肝心なのは、お兄ちゃんと先生もちゃんと近くにいるかどうかです。
もちろん居るはずだと信じて二人の名を呼び、周囲に目を配ります。
 ・・・ですが呼べど探せど二人の気配、姿を確認する事が出来ません。
二人が身が心配でならないし、薄暗い中ひとりぼっちでいるのが不安なのもあって、
早くこの状態から抜け出そうと必死になって探します。

「お兄ちゃん~!せんせ~!私ここだよ~!」

ダメです反応はありません。
歩いていて分りましたが、どうやら最初に目が覚めた場所に戻ってきているようで、
これでは出口が見えるはずもなく、思ったより複雑で広い森の様です。
さらに先生から貰った羅針盤もなぜかしっかり機能しません。

 ・・・陽も落ちかけています、本当に暗いです、どしたらいいのでしょう。
先程から、心細さから泣いてしまっています。
とうとう私の足は止まって、大木の根元にしゃがみ込んでしまいます。

「グスン・・・お兄ちゃん会いたいよぉ・・・どこにいるのぉ・・・」

つらい気持ちになったとき、思い出されるのはお兄ちゃんの顔。
一週間に一度も忙しくて帰ってこれない事も珍しくなかった先生に代わって、
近所の女性達が私の面倒を代りばんこで見てくれましたが、あまり長居はしてくれません。
でもお兄ちゃんだけは、私が十二歳になる頃まで、
お家にいっぱい来てくれて、お泊まりもたくさんしてくれました。
いつも玄関先でお兄ちゃんが来るのを座って待って、来たら腕に飛びついたものです。
私の人生は今までお兄ちゃんを中心に回っていた、と言っても過言ではありません。
したがって、お兄ちゃんの強烈過ぎる存在感が、
私の頭に他の人が入り込む余地を無くしているのです。


442 :深優は泣いた ◆J9zPo6rgI.:2011/05/14(土) 22:08:59 ID:xYocYX82

私はお兄ちゃんのことが恋しくなると、ついつい独り言を始めます。

「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん、
私とりぼっちはいやだよぉ、どうしておかしいよ変だよ、なんでお兄ちゃんがそばにいないのどうして、ねぇ誰か教えて、こんなことあっていいの、ねぇお兄ちゃんそうおもうでしょ。いるんなら返事をして、私こんなにたくさんお兄ちゃんの名前を呼んでいるのにどうして。聞えなかったの?そうなの?じゃぁもう一回だけ言うね。お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん・・・聞えた?じゃあ、さすがにお兄ちゃん隣にいるよね・・・・・・いない!やっぱりいない・・・なんで・・・!お兄ちゃん私のことがきらいになったの!?私はこんなにお兄ちゃんの事を愛しているのに・・・ひどいよ・・・ううん、ごめんなさい、私の愛が足りないからなんだね、じゃぁどうすればいい?・・・うん分った、お兄ちゃんとの楽しい思い出を語れば嫌いにならないでくれるの?うふふ、お兄ちゃんたら私の愛を確認したいのね、そうだよね不安だよね、私もその気持ち凄く分るよ。私なんか最近いつもお兄ちゃんのぬいぐるみに話しかけてるもん。でもぬいぐるみは本物じゃないから全然返事をしてくれないの、やっぱり私の愛しい愛しい愛しい本物のお兄ちゃんが良いよ、朝起きたらお兄ちゃんが隣で気持ちよさそうに寝ていた、なんてことおきないかなぁって眠る前想像しちゃう。でも私の想像が現実になったことなんて一度もないんだよ。そうそう、夢も同じでね、一週間に一、二回は見るんだけど正夢だったことなんて一回もない。えっ・・・夢の内容?ほとんど、お兄ちゃん絡みなんだよ、でもごめんなさい、内容は恥ずかしくて言えないの。お兄ちゃんが私を変な目で見るようになっちゃうかも知れない内容なの、でも夢って生理的現象だからしかたないよね、でも私眠る前にちょっとだけ夜空にお願いするの、お兄ちゃんと私の誰にも邪魔されない、全てのしがらみから自由な世界で寄り添って愛し合う夢をみますようにって。あっ・・・お兄ちゃんごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいお兄ちゃん、私調子に乗って逸らしちゃったね、ごめんなさい。次から気をつけるから嫌いにならないでねっ・・・。えーっとね、お兄ちゃんとの楽しい思い出を語らせてくれるんだよね、うん余裕だよこんなの、日付、時間、場所、状況、服装、言動全て憶えているよ、えっ?当り前だよ、私が憶えていないわけないよ、おにーちゃんの妹だもん・・・さぁ、準備はいい?じゃぁ行くよ・・・」

寂しさから逃避するため、お兄ちゃんとの楽しい思い出を回想していたら、

「おっぱいおっきいおねーちゃんどうしたの?」

不意に背後から声をかけられます、赤い装いの小さな女の子のようです。
陽ノ国的な装いに、やや小麦色の肌、銀色の髪であることから、
菱島にいることは間違いないようです。

「・・・・・・えっ、私の事・・・?」

「うん。やさいうってるおみせで、めろんってあったの。それくらいおおきい」

「そんなに大きくないよ・・・」

「おおきいよー。ミアもミアのおねーちゃんもひんにゅーだから、うらやましいなぁ」

「ふふ・・・そっか、ねぇ君、ミアちゃんって名前なの?お家はこの近く?」

「うん。おっぱいおねーちゃん、このきにすんでるの?」

「ううん、ちょっと遠い所に私のお家はあって、今は迷子になっているからここにいるの」

「うーん、そーかぁ。おにーちゃんってだぁれ、すきなひとぉー?
ひゃっかいくらい「おにいちゃん」っていってたから、きになったー」

思いもよらなかった質問にどう答えようか迷いましたが、正直な気持ちで答えました。

「うん・・・すっごく仲良しで大好きだよ、でも残念、片思いなの。
本当の気持ちを伝える勇気がなくて、今のもどかしい状態に至る、って感じかな・・・」

「じゃぁもし、こくはくしたくなったら、あいしてるっていったらいいよぉ。
おかあさんがこれのほうがすごいって」

「ふふふ、助言ありがとう。
でも、言われたら本人が困ると思うから、大事なとき以外使わないでおくね」

「えーっ、おっぱいおねーちゃん、それじゃぁおそいよー。
だれかにとられちゃうよぉ、いいのぉ?
みあのおねーちゃんがいってたよ、すきなこをじぶんのものにしたければ、
せっきょくてきにしつこく、からだでゆうわくすることがだいじだって。
これってどういういみー?おしえておしえて」


443 :深優は泣いた ◆J9zPo6rgI.:2011/05/14(土) 22:09:53 ID:xYocYX82

えっ・・・どうしよう・・・こんな小さい子相手に答えればいいのかなぁ。
嘘をついたり無視するのは良くないし・・・なんて言おうかなぁ・・・。
そうだ、ちょっと包んだ表現にしてみよう。

「積極的は、好きな人にたくさん自分の気持ちを伝えること。
しつこくカラダで誘惑は・・・え~とその・・・
もっと深く仲良くなってくれれば・・・私からご褒美がありますよっ、
ていうのを何度もちらつかせる、恋の駆け引きみたいなもの・・・こんな感じ、かなぁ・・・」

「どんなごほうびくれるのぉ?おいしい?」

「・・・それはねっ・・・好きな人が喜ぶようなことしてあげるの・・・」

「う~ん、それってからだでするの?」

「うん・・・」

「どんなふぅーに?」

「えっと、それはその・・・私・・・経験がないから詳しくは・・・」

「う~ん、おっぱいおねーちゃんもしらないんだぁ・・・・・・あっ!みあわかった!
みあのおとうさんとおかあさんが、よるにふとんでしてるのだよ、ぜったいそうだぁ。
あれね、すっごいんだよ、あかあさんのかわいいこえとか、
おうちのゆかがゆれるおともきこえるよ。
きのうね、かくれてみていたら、
おとうさんにみつかってげんこつされたんだよ、いたかったなー」

「そ、それはそうだよっ・・・ミアちゃんにはまだ早すぎるよっ・・・そ、そんなこと・・・」

「う~んわかったぁ・・・。
ねーねー、おっぱいおねーちゃんは、おにーちゃんにごほうびあげないの?
仲良しなんでしょー、おっぱいおおきいからいろんなことできそー」」

「うん・・・そうだね・・・お兄ちゃんが私を受け入れてくれるのならいつでも・・・」

「やさしいしきれいだしおっぱいもおっきいから、
すぐにおにーちゃんのおよめさんになれるとおもうよー」

「うん、ありがとね・・・」

 ・・・お嫁さんかぁ・・・そう言えば八歳の頃、
お兄ちゃんにお嫁さんに貰ってほしいってお願いしたことありました。
そしたら「ミューが十七歳になったら貰ってやる」と約束してくれました。
私は約束状なるものを作って署名させ、
よく引き出しから取り出しては、心をときめかせて眺めていました。
現在もそれが財布に入っています。
十七歳の件ですが、実はあと四日で十七の誕生日を迎えます、ですが期待はしていません。
お兄ちゃんからすれば、幼い私のお願いが本気だとは思えるわけありませんですし、
遠い過去の遊びの一場面を律儀に憶えているわけもありません。
でも、お兄ちゃんが私に嬉しい期待を持たせてくれたことに感謝です。

すでに涙は乾き、心にも余裕が出てきました。
焦らずとも、すぐに二人に会えるような気がしてきました。
陽は完全に森から姿を消し、夜の闇へと変化しつつあります。

「ねぇミアちゃん、もう暗いから帰った方がいいよ。
お家近いんでしょ、私送ろっか?」

「うん!こっちだよ!」

ミアちゃんが元気よく私の手を引っ張りながら、草をかき分けて進みます。
一応、均された細い道があるのですが、
そこを歩いてゆかないとなると、おそらく近道なのでしょう。
暗くてほとんど前が見えず、不慣れに歩く私と違って、
手馴れた足取りで分け入って行きます。


444 :深優は泣いた ◆J9zPo6rgI.:2011/05/14(土) 22:11:20 ID:xYocYX82

少し傾斜のある崖を下っていくと、集落の明かりを発見しました。
土壁は白く塗られ、紐や石でしっかり固定された大きな藁葺屋根のついた家が、
不規則に並ぶ、陽ノ国の典型的な村落風景でした。
異国感を感じる部分はありますが、
私たち陽ノ国人と源流で繋がっているような気がして、感慨深くなります。
村を眺めているうちに、

「みあちゃんこの村に住んでるんだ、きれいな村だねっ!」

「うん!
あっ、そーだぁ、あのね、おっぱいおねえちゃんもいっしょにごはんたべよっ!」

「・・・気持ちは嬉しんだけど・・・ごめんなさい、私探している人達がいるの」

「おにーちゃん?」

「湛山先生っていう人も探してるの」

そう教えると、ミアちゃんが嬉しそうに反応しました。

「わぁ!さっきミアのおうちにきてたよー。
つよそうなおじいちゃんでしょー?かっこいいかたなもってたよ」

「えっ!その人ミアちゃんのお家に来てたの?あとほかに誰か一緒にいなかった!?」

「いたよっ!なまえわかんないけど、おれのみゅーがーってさけびながら、ないてたよ」

間違いありません、あの二人です・・・嬉しすぎて興奮を隠せません。
しかし、すぐに焦る気持ちへと入れ替わりました。
今もいるとは限らないからです。

「お願い・・・今すぐミアちゃんのお家に連れてって!」

「こっちだよ、ついてきて」

ミアちゃんは私が焦っていることを悟ったのか、走って誘導します。
かすかな明かりに目を凝らし、見失わないよう注意を払って追いかけます

二百歩ほどの場所で、みあちゃんの歩みが止まります。
止まった先には大きな家があり、
ミアちゃんは門をくぐり中庭を抜けて、玄関に入っていきました。
私は合図があるまで門外に待機です、人様の家ですから。

「ただいまー、おっぱいおねーちゃんつれてきたよ。
あー、なんでついてこないのー!こっちきてー」

「ごめんなさい・・・勝手に入ったらまずいかなって思って・・・」

許可を貰ったので、私も玄関におじゃまさせてもらいます。
廊下にはミアちゃんによく似た女の子が立っていました。お姉さんかな?
即座に明瞭と挨拶をしようと試みましたが、初めての場所、初対面の人、
とだけあって緊張してへんてこな挨拶になってしまいました。

「は、はじ、はじめまして、い、いしはし深優ですっ、こんばんっわっ・・・」

その人は私を見るなり振り返って、廊下奥に向かって大声で

「旅の人ーー!みゆうっていう人来たけどーー!この人じゃないのーー!」

期待と緊張で、どきどきしながら縮こまっていたら、みあちゃんが

「ねっ?ミアのおねーちゃんっぜんぜんおっぱいないでしょ。
ちょっとだけわけてあげてよー、ついでにミアにもちょーだい」

「み、みあちゃんっ・・・人前ではみゆうって呼んで・・・恥ずかしいからっ・・・」

「みーあー!ずっと深優さんのこと、おっぱいおねーちゃん、って呼んでたの?
失礼でしょ!それに勝手に抜け出して・・・あれほど駄目だって言ったのに!げんこつ!」

ミアのお姉様のお叱りとともに、鉄拳制裁がミアちゃんにごつん、と打ち下ろされました。

「いたーい、おねーちゃんはすぐ殴る・・・
もうっ!きょうからミアのおねーちゃんは、おっぱいおねーちゃんだもんっ!」

「だーかーらっ、その呼び方失礼でしょって!制裁!」

ミアのお姉さまの容赦ないげんこつを目の当たりにし、あたふたしていたその時です。
後ろから誰かが小走りでやってきます・・・・・・お兄ちゃん!!


445 :深優は泣いた ◆J9zPo6rgI.:2011/05/14(土) 22:11:57 ID:xYocYX82

「ミュー!怪我ないか!」

「お兄ちゃん!怪我はなかった?だいじょ・・・」

言葉を全て紡ぎだす前に、お兄ちゃんに力強く抱きしめられます。
その瞬間、冷たい夜風で冷えていたはずの体が一気に温かくなり、涙が溢れてきました。
お兄ちゃんの腰の辺りに手を回し、ゆっくりと抱きしめ返します。

「・・・お兄ちゃんと離れて・・・半日も経っていないのにね、
果てしなく長く感じたの・・・でもきっと、すぐにお兄ちゃんに会えるって信じてた・・・」

「そうか、ごめんなぁミュー、すぐに見つけくれなくって・・・寒かったろ・・・」

「お兄ちゃんこそ・・・寒い中探してくれたんでしょう?
 ・・・私全然寒くないよ、だってお兄ちゃんが温かくしてくれてるから」

そう答えると、お兄ちゃんは、はっとして少し抱きしめる力を緩めました

「あっそーいやぁ、俺ずっと走りまわってたから汗かいてるかも・・・臭い?」

「そんなことないよ、お兄ちゃんの匂い大好き・・・お陽さまの匂いがする・・・」

大胆にも、お兄ちゃんの胸に顔を深く埋め、匂いを一気に私の体へ取り込みます。
はぁ・・・はぁ・・・お兄ちゃんの匂い・・・なんでこんなに良い匂いなの・・・?

「ミュー!ちょっと人が見てるから・・・」

「私まだ、お兄ちゃんまだ繋がっていたいよ・・・ごめんなさい、
もうちょっとだけ、このままでいさせて・・・大好きだよお兄ちゃん、苦しいくらいに・・・」

お兄ちゃんに会えたという興奮で理性が保てません、猛烈に甘えてしまいます。
あとで、ちゃんと謝ります、だから今は・・・こうしていたい・・・。

「おっぱいおねーちゃんあとひとおしだよー、がんばれーひゅーひゅー、
あっ、おねーちゃん、ぽかーんってなってるーまだまだこどもだー」

次第に、安堵感からか瞼が重くなってきます・・・・・・。
私はそのまま・・・眠りの淵に落ちてゆきました・・・・・・。

583 :深優は泣いた ◆J9zPo6rgI.:2011/05/28(土) 01:09:28 ID:xYocYX82


「お世話になりました。このご恩、忘れません」

「おう、アンタの大先生とやらが見つかるといいな!早く追いかけな。
それと、あっちの話色々聞けて楽しかったぜ」

俺をこの家に残し、ミューを一人探しに行った先生を追いかけるため、
一泊した家のご主人に礼を言って、足早に背を向けて歩き出す・・・・・・
といきたいところだが、ミューが森で仲良くなったというミアちゃんとやらと泣きながら、
別れを惜しんでいるため、事はそう運ばない。

「おっぱいおねーちゃん、みあのおねーちゃんになってよぉ・・・・・・
もっととまっていってよぉ・・・・・・もうミア、たんこぶいらなーい」

「ごめんミアちゃん・・・・・・そういうわけにはいかないの。
でも、またいつか絶対来るからね、約束するよっ・・・・・・!」

「ほんとぉ・・・?」

「うん・・・・・・また会いに来るから、ね?」

「いやぁだーーあ、おっぱいおねーちゃんがいなきゃミアひんにゅーになっちゃう」

うーん、ミアちゃんもなかなか頑固だ、これは手強い。
痺れを切らしたミアの姉がミアちゃんにげんこつ。普通に痛そう。

「こら!迷惑かけちゃだめでしょ、深優さんも竜史さんもやる事があるの!
竜史さん達、駄々っ子押さえておきますから早く行ってくださいな」

「そ、そうですか・・・・・・では、皆様ご達者で。おい、ミュー行くぞ」

ミアちゃんの泣きっぷりを見て、
もらい泣きをするミューの手を引き、その場を後にする。

「出会いがあれば別れもある。またいつか会いに来ればいいじゃないか」

「うん・・・・・・お兄ちゃんの言う通りだね・・・」


 ・・・・・・・・・この集落は森の出口に近いので、なんなく外に出る事が出来た。
外の世界は、見渡す限りの若葉色の大平原であった。
俺の住んでいた大琉ノ町は、海岸沿いで、丘林が無数にあり、
住宅が密集した所であったため、広大な草原など無かった。
ミューはとなりで目を輝かせながら、一足先に駆け出す。

「はぁ・・・・・・どこまでもきれいな緑色・・・・・・びっくり・・・・・・」

「ああ、世界は広いんだな・・・・・・来て良かった」

二人で感動しつつ、西へ向かって進む。
さきほどの森のときもそうであったが、初めて見るような草木、花、動物、虫、人工物。
陽ノ国のものと似ているようで似ていない・・・・・・異国に来たんだと強く感じた。


 ・・・・・・・・・・・・十町ほど歩いた頃であろうか、
まえから三人組みの帯刀した男が歩いてくる。
よからぬ気配を感じたので、やや進行方向を変える。
それを見た奴らは一斉に俺たちに向かって走り出した・・・・・・どうやら賊らしい。

「ミュー!走れ!振りかえるな!行け!」

ミューは俺の百歩ほど後ろで花摘みをしていて、二頭目の冠を作っているところだった。
語気を荒げた命令を聞くなり、駆け出そうとするミューに、
奴らの狙いであろう金銭等の入った袋を投げ渡した。
そしてミューの後ろ姿を懸命に追いかけたが、いかんせん俺は足が昔っから遅い。
少しも持たないうちに、奴らに距離を詰められてしまった。
ミューさえ逃がせば上出来だと考えた俺は、
反転すると同時に抜刀し、迎え撃つ姿勢で臨んだ。
勇ましく対峙したのはいいものの、命を脅かされるような場に出くわした経験はない。
心臓の小さい俺は、恐怖に体が震えて仕方がなかった。
だって死ぬかもしれないんだぞ?

「な、な、なんだよっ!」

「おめぇが思ってる通りだよ、花の輪っかなんて被りやがって」

真中にいた頭らしき男が凄みのある声で脅す。
右には眼帯男、左には斧を持った太り気味の大男。
全員濃紫色の髪をしていて、どうやらヴェイルハマ系らしい。

「はっ、こいつ震えてやがる!ちょろいな・・・・・・黒髪?東から来たのか」

「なんだよ、ふざけんなっ!・・・・・・金なら三分の一やるから、さっさと消えてくれ」

「ガキ・・・馬鹿言え、有り金とあの水色の女を貰う・・・おめぇは死にな」

死ねって・・・・・・やっぱり賊か?ほんとついてねぇ。
三人相手にやれるのか?ミューにも気を配らなくちゃいけない。
だが、やるしか・・・・・・先手を打つ!


584 :深優は泣いた ◆J9zPo6rgI.:2011/05/28(土) 01:10:12 ID:xYocYX82

正眼の構えから、右横になだれ込むように胴を狙って斬り上げる!
決まった・・・!眼帯男は全く反応できず、腹を抱えて地に堕ちる。

すぐに地面を蹴り上げ、残りの二人と間合いを取る。
頭格の男が怒りを込めた表情で雑に刀を振り下ろす、しかし俺には鈍いっ!
一撃をかわすと同時に、逆袈裟斬りをお見舞いをする。
眼帯男は少量の血しぶきをあげて、ひざをつく。
 ・・・いける!斧のやつと一対一!

「どうだ!お前も諦めて帰れ・・・頼むからっ・・・・・・無用な血を流したくない」

「悪いなあんちゃん、俺はあの女が欲しい、遠くからでも上玉だってわかるぜ。
つーわけで、大人しく死んでくれ」

にやついた表情で斧片手に突進してきた。
一直線の残像を描いた強烈な振り下ろしが俺の右横を掠めるっ・・・早い!
奴の振りは異常に早く、かわしたり、受け止めたりするだけで手一杯。
攻撃の手を考えさせる暇を全く与えない、容赦ない押し。

五回目の振り下ろしだろうか、その一撃は俺の前面で空を切り、大地に深く刺さる。
好機と見て、やっと反撃・・・・・・しかし、体当たり気味の諸手刈り!まずい!
突然突進してきた奴にガッチリと固定された俺の体は、
空高く抱え上げられ、地面に背中から落とされる。
そして思いっきり右肩を踏みつけられる!
息が苦しく激痛が全体に走り体が動かない。
くそ!やられた、肩外れてるな・・・・・・そう思う間もなく、
奴は胸部を思いっきり踏みつけ、俺をいたぶる。
呼吸が苦しすぎて力が入らず、抵抗空しく負けた。

俺はミューが走り去って行った方向に目を凝らし、逃げてくれることを願ったが、
こちらに走って駆け寄ってくるのが確認できた。
 ・・・なんで来るんだ、来るな・・・!

「おっ、お兄ちゃん、を、見逃して・・・・・・下さいっ!お願いします・・・・・・!」

ミューは跪き、泣きながら必死に懇願する。
とても体が震えている・・・・・・きっと恐ろしくて仕方がないのだろう、
なのにそれでも俺を・・・・・・俺はなんて不甲斐ない!

「・・・・・・まだまだガキみてぇな顔してるが、いい体してる・・・・・・そそるぜ。
おい娘!こいつ返して欲しいか?」

「はい、お願いします!お兄ちゃんは、もの凄く、いい、人で、
 ・・・・・・私、お兄ちゃんがいないと・・・・・・お兄ちゃんは全てなんですっ!
お金ならこれで全部ですっ・・・・・・私の刀も差し上げますから」

「はっ、兄貴かよ、人種が違うじゃねぇかよ、ハハハ、まぁいい俺には関係ねぇ。
金目の物は全部貢いでもらうぜ、こいつの刀もな。
おい娘!こっち来い」

ミューは体を縮こませながら近づいてくる。
普段のミューで考えられない勇気、限界を振り切ってるに違いない。

「・・・・・・お兄ちゃんの刀だけは、と、取らないでっ、貰えますかっ・・・・・・
すごく大事にしているものなので・・・・・・」

「いいからこっち来い!」

奴は強引にミューの手を引き、自らの体に引き寄せる。
有無を言わせない態度でミューの体をまさぐり、首筋や顔に舌を這わせた。

「へっ!なんで泣いてるんだ?そうか、こんな弱っちい兄貴を情けなく思ってるからか。
じゃぁ今日から最強の俺が兄貴だ、うれしいだろ?
それにしてもよぉ・・・・・・綺麗な肌をしてるし、体も柔らかいな、最高の揉み心地だ。
ああ、今すぐ犯してやりてぇ」

ミューの着衣は乱れ、体中奴の唾液だらけで、唇も強引に貪れている。
奴の言う事を何でも聞いて、全く抵抗せず、玩具のようになすがままにされている。

「グスン・・・・・・私のこと、好きにしていいから、お兄ちゃんを離してあげて・・・・・・」

あまりに残酷な光景に耐え切れなくなった俺は、
無駄な足掻きだとは思いつつも、力を振り絞って奴の足に噛みついた。

「!?いてぇだろがクソ野郎!」

ガハッ・・・・・・肺を潰された・・・・・・踏みつけんなよ、容赦ねぇな。

「イラつく野郎だ、お前の首を晒してやる」

そう言うと、五歩先に転がっていた斧を取り、高く振り上げる。
今度こそ完全に終わった、ミュー、本当にすまない。


585 :深優は泣いた ◆J9zPo6rgI.:2011/05/28(土) 01:11:03 ID:xYocYX82

そう観念した瞬間、奴がもの凄い早さで視界から消えた!
何が起こったのだろうか、二十歩先まで飛ばされている。
霞んだ視界でミューに目を遣ると、足を高く突き出した状態で制止していた。
まさか、あんな巨漢を足蹴にしたっていうのか?

「お兄ちゃんを誰からも奪われない、危害を加える者は全て私が・・・・・・」

呪詛のような呟きを発しながら、奴に近付いていく。
奴は顔を真っ赤にしながら、ミューに向かってがむしゃらに振り下ろす。
ミューは余裕でかわし、顔面に強烈な突きを入れる。
その一撃で奴の右顔面が陥没し、大きくのけ反る。

その後は完全なるミューの一方的攻勢で、大きな豚の肉を叩いているよう。
なんせ奴の白地の服は、殴られすぎて真っ赤な鮮血で染まっていたからだ。
俺は唖然として言葉も出なかった、ミューの言動と異常な強さに。
返り血をふんだんに浴びても、表情からはなんらの感情も読み取ることができず、
淡々といつもの仕事をこなしているかのように見える。
あの愛嬌のある表情を振りまくミューと同一人物なのか疑う。
はっきり言って、奴らより今のミューのほうが畏怖の対象であるかのようだ。

百発近く殴られ続けた斧男は、完全に動かなくなる。
ミューは前触れなく向きを変え、軽傷を負っているほかの二人に近づいていくが、
奴らはそれに気付き半乱狂になって逃げていく。
それを見届けると、俺の方へ小走りしてきた、天真爛漫な笑顔で。

「お兄ちゃんすごいでしょ~、私悪い人やっつけたよ、もう大丈夫だよっ。
褒めて褒めてぇ、いつもの頭なでなでするのして欲しいな~えへへ・・・・・・」

ミューの瞳は、異常なまでに純粋な混じりっ気のない清らかさを湛えていた。
俺の目には、ミューであってミューではない、いわば半別人のように見えた。
この衝撃的な変わりようを目の当たりにしたためか、
反動でむしろ頭はすっきりし、体も軽く感じる。
にもかかわらず、返す言葉が見つからない。

「・・・・・・そっか、お兄ちゃん体が痛いんだ。
私が近くの村まおんぶしてあげる、それですぐにお医者さんに診てもらおうよ。
ねっ、お兄ちゃん?・・・・・・頷くだけでいいから、
 ・・・・・・なんで返事をしてくれないの?何かまずいことしちゃったかなぁ」

できれば触れたくなかった事だが、勇気を出して尋ねる。

「・・・・・・斧持ってる男、なんで動かないんだ?」

「お兄ちゃんに酷いことしようとしたから、ちょっとだけお仕置きしたよ。
でも、すぐに動かなくなっちゃった」

「死んだってことか・・・・・・?」

「うん!兄妹愛は偉大だねっ!」

手を汚させてしまったことに深い罪悪感。
天を仰いだ。
堪らずゆっくりと上体を起こし、ミューを抱き寄せた。

「あ・・・・・・私を抱きしめてくれるの・・・・・・嬉しい、頑張って良かったなぁ。
ふぁ~、やっぱりお兄ちゃんの匂い大好き、いい匂い・・・・・・落ち着く」

「もう何も考えるな、言うな、思い出すな、何も起きなかったんだ、いいな?」

「うん分かったぁ・・・・・・」

「分かればいいさ・・・・・・おい、眠たそうだな」

「うん・・・・・・お兄ちゃんに抱かれるとすぐに眠たくなってきちゃうの、何でかな」

「ミュー、眠って今日のことは忘れろ」

「ありがとう、私、世界一幸せな人だね、
お兄ちゃんがこんなに大事にしてくれるもの・・・・・・
お兄ちゃんは私がずっとずっと守るからね・・・・・・」

もう少しやりとりしたところで、ミューはすやすや眠ってしまった。
ミューをおぶって、近くの町まで移動しようとしたが、
悪人とはいえ、盗賊の奴にも手を合わせ冥福を祈らねばと思い立ち、
血だらけの草地へと歩み寄る。
 ・・・・・・もはや肉塊と呼べるものになっており、一瞬で吐き気を催した。

横たわる屍を前に、俺はむせび泣いた。