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902 名前:雌豚のにおい@774人目[] 投稿日:2011/06/29(水) 23:50:46 ID:y0NWFlkA [1/3]
 
――終業のチャイムが鳴り、人もまばらになった教室を後にして廊下の窓から外の様子を窺ってみる。

数日の曇り空続きからここにきて

「今日はついに、雨か…。」

こう天気が悪い日が続くと少しダレてくる。
時期が時期だし、朝に天気を確認して傘を持っていくなんてことをしない僕は濡れて帰るしかなさそうだ。

「…あぁ、くそ。ちょっと眠いな。 数学なんか真面目に受けるんじゃなかった。」

ぼやきながらあくびをひとつ
6時限目の数学は例外なくダルい、嫌いな科目が最後ってのは何かと辛いものがある。

それはそれとしても
僕の通うここは地方の普通科の高校で、二年生の僕は夏休みが終わるまではそうあくせくする必要もない。
夏が終わればそれなりにやることもあるのだろうけど、そう思えば今はこのけだるさもどこか心地よく感じられる。


「…くぁ…眠いな、ホント」


昇降口で帰り仕度をしていると、後ろからよく通る低めの女性の声。

「嫌味なあくびだね。」

聞き覚えのある声にふりむいて挨拶する。
「どうも、日比野さん。気に障った?」

スポーツバッグを肩から下げた女子生徒は首を横に軽く振ると
「いや、別に。声をかける口実が欲しかっただけだよ、あんまり気にしないで。」と付け足した。


この女子生徒、日比野 明日嫁(ひびの あすか)さんは僕がクラスの中で口をきく数少ない人の一人だ。
女子の席は基本的に男子と同じ列にはならないのだが、男子と女子の数が合わず、総数が奇数なら最後尾に
ズレがでる。その最後尾にいるのが彼女で、そこは僕の後ろの席でもあるのだ。

「なにか用事があるってことかな?」

「頼みたいことがあるんだ。」

そういうと彼女はぐっと近くに寄って、耳元でいつものお決まりのセリフをささやいてきた。

「剣道部に入部してくれ。」

「嫌です。」

このやりとりは、何かと理由をつけて彼女から持ち出される
日比野さんは剣道部で副部長というポストに就いていて、真面目に部活に打ち込む体育会系少女…なのだが
残念なことに、剣道部には部員は二人しかいない。日比野さんと、三年で引退間近の先輩だけだ。

同情をさそう申し出に最初のうちは理由を説明し、丁寧に断っていたが。
何回目とも知れないこのお願いにもう遠慮はない。


「もう少し考える余地はあると思うんだが…小岩井くん。」


小岩井というのは僕の名前だ、小岩井 樹(こいわい いつき)。


「お願いがが断られたときってのはたいてい落ち込むものだよね。じゃあ、さようなら。」

「そういうことを訊いてるわけじゃないよ、小岩井くん」

「理由ならもう何回も説明してるしさ。運動は、苦手なんだよ。」


おなじみになってしまってはいるが、断った時 
いつも日比野さんは悲しんでるような、怒っているような微妙な表情をする。


「部活って高校から新しいことを始めようって人は少ないし、僕は二年だから…。」

「う…流石に冷たいんじゃないか? 私達の部は初心者にも丁寧にだな…」


日比野さんは落ち着き払った口調と声に似合わず、外見は子供っぽい印象を受ける
目は瞳が大きく、はっきりとした二重。深い目の黒からどんぐりまなこ という言葉を連想させる。
鼻と口は小さく、幼さを強調している。
だから、そんな表情の彼女はよりいっそう幼く見えてしまう。

髪は、体育会系らしくぎゅっと後ろで高めの位置にまとめてポニーテールにしているようだ。
剣道をやっているというだけあって身の丈は平均より高い。

思春期の少女、という観点でみるとすこし・・・控えめな身体をしている。
実に日本人らしい、可愛らしい人だ。 思っているだけで、口に出したことはないが…。


「一年生がこないなんて災難だったね、世の中思うようにならないことばかりです。」

「はぁ…君が入ってくれさえすれば、一年生がいようがいまいが…」
そんな意味深な言葉を眉をひそめてつぶやく。

「かまってほしいんですか?」

「そういう言い方は好きじゃない、もっと意識してほしいってことだよ。」


相変わらずこの人はよくわからない、おっと・・・もう20分近く話してる 帰ろう。


「そういう言葉は人を勘違いさせると思うよ? じゃあまた明日。」


この言葉と、表情も入部者を得るためだとしたら ずいぶんしたたかなものだ。
そうして僕は雨の中を歩き始めた。


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904 名前:又、雨が降ったら[] 投稿日:2011/06/29(水) 23:56:58 ID:y0NWFlkA [3/3]
902の続きから


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雨の中を遠ざかっていく後ろ姿を見送りながら、私はひとりごちる。


 口元がすこし緩む


「たかだか20分、毎日のように同じことでも 私には・・・。」


 頬がほんのり熱い


「必要な時間なんだよ小岩井くん・・・。」


 目が潤んでるみたい


「変な奴だよな・・・私は。」

雨の霧の中に小岩井の姿が消えるまで見送って、私は校内へ引き返す。



校舎から部室棟へ行く途中、私は彼への気持ちを整理する
一人で勝手に舞い上がってしまうのは、恥ずかしいから。

席が後ろになったのは偶然だし、そうならなければ例え同じクラスでも挨拶程度の関係だったろう。
彼からしたら今、この付き合いも挨拶程度なのかもしれないけれど
そう思うと、鉛でも飲み込んでしまったように胸が…苦しい。

クラスでも彼と話すのは私ぐらいだし、そんなことはない そう思いたい。
こんなフクザツな心境になるのは、彼に普通じゃない感情を持っているからだ。

きっかけは昼食だった、彼はいつも一人でいる。 かくいう私も、昼食をともにするほど仲のいい友達は…。

教室にいると私のようにグループに交じれない人はどこか居心地を損ねる。
それで、どこか静かで人通りの少ない場所で昼食にしよう、と教室を出た。


校舎北側の3F実験室前を下った踊り場

ぴったりの場所だった、日当たりが悪く 
部室棟に用がなければこの時間は南側の方が食堂、購買に近いから人はほとんど通らない。

弁当箱を持って1Fの自販機でお茶をかってから階段を上がっていくと踊り場の長椅子には


彼― 小岩井 樹が居た。


先客。

もし、彼が私と同じ思惑でここにきていたなら私は邪魔だろう。

そのまま3Fに上がろうとした時
彼は黙って長椅子をさっと手で払うと端に移動した。人一人が座るのに十分なスペースを空けて。

単に身の回りを改めただけかもしれない、そこに座るのを許されたわけでも…。

でも、と 私はそこに腰かけた。

それがはじまり

私はそれから毎日 彼に同じ場所で出会った。


なんとはなしに声をかけて、それに彼は「あー…」とか「ぇー…」と不器用に応答を返してくれようになり。
気がつけば先ほどのようなやり取りもできるようになった。


ロマンチックだとか、運命的だとか そんな言い方では笑われてしまうだろう。
もっと無機質で、渇いた出会いだったけれど
ほんのすこしづつ、彼のことを知って。だんだんと、彼に・・・彼のことが、私は好きになっている?

彼は私のことをどう思っているだろう、どうか すこしでいい

楽しいって また会いたいって 思ってほしい。 私がそう 思うように。



最後の結論はいつも出せない、まだ…出したくない。
…だからぴったりとその先を考えてしまう前に着く、この部室を私は気に入っている。







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905 名前:又、雨が降ったら[] 投稿日:2011/06/30(木) 00:02:01 ID:P8fzSVgs [1/4]
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 雨に濡れることも、どこかへ寄るつもりもなければそう気にならない。
家への道のりは、存外そう不快なものでもなく
通りの人の少なさ 雨音を楽しみながら帰れるほどだった。



「そろそろ暑くなってきたとこだし 涼しげでいいな、こういうのも」


「そうね、なかなかいいこと言うわ。粋よね、こういうのも」


 妙に耳のなかに反響する上等のピアノのような声。


いきなり顔の真横から聞こえた声に驚き、思わず振りむいて後ずさる。
視線の先には女の子、それも うちの高校の制服だった。



自分と同じように長い時間、雨の中に居たのだろうか 薄く茶に染めたロングヘアからは滴が垂れていた。
切れ長の目、高くすらりとした鼻、三日月のような口、少しキツそうな印象を受ける娘がこちらを見つめている。

「ね、少しいい? 座って話さない?」彼女は、そういうと少し離れた位置にあるバス停を指差し、けらけらと楽しげに笑っている。
そこまで僕の驚き方は滑稽だったろうか、地面の水たまりに移る自分を見る。

…うん、なんというか…なんだろう、確かにそうほめられたものじゃないけど人に笑いを提供するほどではないと思いたい。


「うつむいちゃって どーかした?」
身を屈めてこちらを覗きこんでくる。

「いえいえ、なにぶん突然で何が何やらって感じでね」
どうにも「マニュアルどうりにやっています」という典型である自分は誰かに判断を仰ぎたい気分である。

「傘、持ってなくってさ それで歩いて帰ろうかと思ったんだけど」


ぐっといきなり手を引かれた。
これはこれは…あー…ぇー……。

「せっかく通り道にバス停があるじゃない?だったらバスに乗ろうって思ったのよ」
そうですか。と、声にならない応答を返す
どうも僕は馴れない状況ではとことん使えない奴らしい。

「でも時刻表が湿気でベロベロで読めなくてね、待ってるあいだ暇だから少しはなさない?ってそーいうこと」

わざわざ説明してくれるのはいいけど、聞いてみれば随分勝手な話だ。

しかし、もう断るタイミングを完全に逸してしまっているようで
涼しい顔の彼女はベンチに腰掛け

「あのさ、あたし日和っていうんだ 春日 日和(かすが ひより)。」

「あ、僕は樹…小岩井 樹です。」

いかん…自己紹介を許してしまったぞ、これはもう逃げられないな。

906 名前:又、雨が降ったら[] 投稿日:2011/06/30(木) 00:03:38 ID:P8fzSVgs [2/4]

「このくらいの雨だったら、気もちがいいよね。昨日があんなに蒸し暑かったのが嘘みたいでさ。」

そこで彼女、春日さんを改めて見てみると
だいぶ…目のやりどころに困ることになっていた。

当然、6月の半ばとあれば制服を義務付けられている中・高は衣替え。生徒のほとんどは夏服になる。

薄く、通気性を重視した半袖の制服が雨に降られれば当然、生地が肌に張り付いて…。
まぁ、その 透けてしまう。 うちの制服だって例外じゃない、彼女の制服もばっちりピタピタだ。
身体の起膨から察するに彼女は、かなり発育の良い方なのだろう。

でも、不思議とそういうやましさとかうすら暗いものと春日さんは無関係に思える
彼女の横顔をみているとそういう気持ちは萎え、不自然に意識するようなことはなくなっていた。


「雨もね、ずっと降ってるとありがたみが無くなっちゃうけど。」


 春日さんは空を覆う雲を見ながらゆっくりと話す。


「もうちょっと季節が進んで夏になればさ、夕暮れに降るどしゃぶりがすんごい気持いいんだ。」
指をちょい、ちょいとうごかして顔にかかった髪をほどきながら楽しそうに目を細める。


「でも、この時期の雨も優しくて好き。」


そう言い終えると、しばらくの間 雨がトタンの屋根を叩く音が静寂を満たしていった。

「確かに、優しいって言い方 しっくりきますね。」

ぼんやりと思ったことを口に出してみる。

すると、彼女は笑顔でこちらを振り向いた。

「雨の良さを分かってくれる人はなかなかいないんだよね、みーんな雨 嫌いみたいなんだ。」
彼女は雨に対する気持ちが同調した言葉が嬉しかったのか、ぼやきながらも笑顔のままだ。

肩の力が抜け、つられて半笑いになる
「僕みたいに一人でいれば、雨が恨めしいってこともないんでしょうけどね。」

「なんだそれ。くふっ…ははは」
半ば冗談とも言い切れない冗談を彼女は気に入ったようで、出会ったときのようにけらけらと笑った。


会話に一区切りついたとき
霧雨の向こうから大きめの車体がこちらに徐行してきた、バスが来たのだろう。


せっかくだ、幸い家の方面へまわってくれるようだし。予定からは外れたけどこのバスで僕も帰るとしよう。


なるだけ身体の水滴を払い、小銭を取り出す。

「ほいじゃ、乗ろうか」

彼女が先立ってステップに踏み出す。

「あ、後ろの方 空いてるみたい」

そういうと彼女は、またも僕の手を引いて隣に座る。

「あたし、窓際ね!」そういうと窓の外を微笑みながら眺め始めた。


なんだか小学生のようで気恥ずかしさを覚えたが、彼女を見ているうちに それでもいいかと思えた。

今のところ彼女について分かるのは名前と、雨が嫌いではないってこと。
窓の外、流れる風景に満足げで さっきとは一転 口を閉ざした彼女はどこで降りるのか

同じ学校でも名前だけ知っているくらいでは何処の誰かなんてことは分からない。
この出会いからの関係が明日以降も続くとは限らない。

だからそれ以上のことを彼女に聞いたり、ましてや「また会えるか」なんて柄じゃないことはきかなかった。



又、雨の日に会えたら
そのときにきいてみよう 春日 日和 彼女自身のことを。
そして話そう、僕のことも。

907 名前:又、雨が降ったら[] 投稿日:2011/06/30(木) 00:04:50 ID:P8fzSVgs [3/4]
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 バスがブレーキランプを消し、徐々に速度を上げて停留所を去った時
すこし離れた位置に乗り遅れてしまったのであろう女子生徒が肩で息をしながらそれを見送っていた。



「誰……。」


「その人は…誰なんだい、小岩井くん。」




そこにいたのは日比野 明日嫁だった。
最後列に並ぶ二人を見る彼女の目は仄暗く、心なしかバスが遠ざかれば遠ざかるほど、雨は激しくなるようだった。



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