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38 名前:ヤンデレの娘さん 休暇の巻(表)  ◆3hOWRho8lI[sage] 投稿日:2011/07/07(木) 20:54:22 ID:yOkhoPgY [2/16]
 数年前のことである。
 俺は―――御神千里は今とは全く違ったキャラクターの持ち主だった。
 親とはすれ違いを続け、自分の周囲にはメンタル的な壁を作っていた。
 誰にも心を開かず、誰も立ち入ることを許さない。
 周囲の人間を自然と傷つけ、自分の心さえも凍てつかせる、言わば氷の城壁。
 ある日、その城壁を溶かしてくれる奴らが現れた。
 1人の親友と、1人の少女。
 親友―――葉山は、俺の心の中にズカズカと入ってきてくれた。
 少女は、俺の孤独を共有してくれた。
 結局のところ、当時の俺は怖かったのだろう。
 人と関り合うことが。関り合って傷つくことが。
 だから、人と関わることを避けていた。
 その恐れに立ち向かう勇気をくれた2人には、正直すごく感謝している。
 もっとも、そんなことは2人には伝えずじまいだけど。
 少女に対するもう1つの想いも、彼女に伝えることなく終わったけど。
 だから―――

39 名前:ヤンデレの娘さん 休暇の巻(表)  ◆3hOWRho8lI[sage] 投稿日:2011/07/07(木) 20:55:13 ID:yOkhoPgY [3/16]
 「はふー」
 「…」
 軽く冷房を効かせた居間で、俺と三日はソファで揃ってだらけていた。
 先日ようやっと退院し、俺たちは暇を持て余していた。
 夏休みの宿題も終え、バイトの予定も無いので、自宅でダラダラするくらいしかやることが無いのだ。
 女の子がいるのに甲斐性の無い、とは言わないで欲しい。
 と、いうのも夏の初めに、
 「三日、夏休みにどっか行きたいとかあるー?」
 「…私は、千里くんと一緒に居られればどこに居ても幸せですよ」
 「あー、なるほど」
 「っていうか、こんな暑いのに旅行や外出をしたら脱水と熱中症で死ねます(真顔)」
 「……あー、なるほど」
 と、いう会話があったのだ。
 先ほど、居間のソファでと言ったが、厳密には俺はソファに深く座り、三日はその隣で、上半身だけを俺の太腿の上に横たわっていた。
 見下ろせば三日の顔と美しい黒髪が見える、無防備な体勢だった。
 ついでに言うと、軽く着崩れた浴衣姿なので、そうした意味でも無防備だ。
 具体的には襟元から見えるまっ白な肌とか。
 その上に投げ出された美しい黒髪とのコントラストとか。
 緋月家では浴衣はごく一般的な部屋着らしい。
 扇情的とは言えない体つきの三日なのに、不思議と色香を感じさせる姿だった。
 それを感じている自分に、妙な罪悪感を覚える。
 ちなみに、先ほどから2人はほとんど無言。
 俺は自分から話しを振る方でも無いし、三日もどちらかと言えば無口な方だ。
 その沈黙が苦になるという訳でも無く、むしろ穏やかに感じられる。
 とはいえ、俺らは一応ビデオを観てはいるのだけれど。
 俺らの親が制作に携わっている子供向け特撮ヒーロー番組『超人戦線ヤンデレンジャー』、その物語中盤のクライマックスシーンだった。
 『魔女大帝!今こそ俺たち超人戦線ヤンデレンジャーの4人の力を!そして正義の力を見せてやる!』
 目の前のテレビでは、4人のヒーローチームのリーダーが悪役に向かって勇ましい台詞をぶつけていた。
 いかにも子供向け特撮ヒーローらしいシーンだ。
 直前のシーンまで、このリーダー以外のメンバーが彼を巡って昼ドラばりに骨肉の争いを繰り広げていたとは思えない。
 『かりゃかりゃかりゃ、愚かで哀れなヤンデレンジャー…。正義なんて下らないものが悪のパワーに勝てっこないのを教えて…あげる。いくよ、最強怪人エンパイアアタックドラゴン!』
 『どーらー』
 最強怪人と言う割に妙な愛嬌のある着ぐるみを従え、悪のボスが凄惨な笑みを浮かべた。
 このゴスロリ風の衣装を着た少女(?)が、零咲えくり演じる悪役の魔女大帝だ。
 こちらも、世界征服と同時にヒーローチームの指揮官である軍の最高権力者(既婚者)を恋愛的な意味で狙っているという無駄にドロドロとした設定が付いている。
 ……改めて説明するとキワモノだよなぁ、コレ。
 そんなことを考えているうちに、画面に『続く!』の文字がドンと登場。
 続いて、どこか物悲しいメロディーのエンディング曲が流れ始める。
 「…お母さん、テレビで観るとやっぱり別人のようですね」
 子供向けヒーロー番組には不似合いな重苦しいテーマソングを聞きながら、三日が言った。
 「そう?」
 俺に言わせれば、テレビの中の魔女大帝はまんま零咲こと三日の母親、緋月零日さんそのものにしか見えなかった。
 「…千里くんがどういうテンションのお母さんを言っているのかは分かりませんけど…、少なくとも家の中のお母さんは落ち着いた大人の女性ですよ?」
 「へぇん……」
 あれがぁ?大人の女性?
 正直、少し想像できなかった。
 「…怒ると、家族で一番怖いですけど」
 「あー、納得。ある意味最強だからなぁ」
 そこで会話は自然に途切れ、周囲はヤンデレンジャーのエンディング曲だけが流れている。
 『鮮血』、『狂気』、『血だまり』と言った、およそ子供番組らしからぬ単語が混じる歌詞と番組の内容から、ネット上のファン(所謂『大きなお友達』)からは『死亡用BGM』というアレな仇名で呼ばれている。
 「…千里くん」
 「なぁに、三日?」
 三日が唐突に俺の膝の上で体を起こし、上目遣いで聞いてくる。
 「…キス、しませんか?」

40 名前:ヤンデレの娘さん 休暇の巻(表)  ◆3hOWRho8lI[sage] 投稿日:2011/07/07(木) 20:55:36 ID:yOkhoPgY [4/16]
 「……えーっと」
 唐突に爆弾を落としてくる奴だ。
 って言うか、さすがに『死亡用BGM』をバックに口付けをするのはムードが無くはありませんかい?
 「ン!?」
 けれども、俺が何かを言う前に、三日は俺の首に手をかけ、半ば強引に唇を触れ合わせ、俺の口の中に舌を侵入させてくる。
 俺の口内を征服せんとばかりに、三日の舌がうねる感触がする。
 それを受け止めるように、俺は自分の舌を三日のにたどたどしくからめる。
 同時に、情熱的に動き回りすぎて腿の上から落ちそうになる三日の体に手を回す。
 強引なのは、嫌いじゃないのだ。
 強引どころか、ギラギラした視線を感じるが、それは、自分の存在が求められているということでもある。
 それを自覚するたびに、背筋にゾクゾクと走るものがある。
 服越しに、三日の体温と柔らかな肌の感触を感じる。
 情熱的に舌を動かすたびに、長髪がうねるように動く。
 その柔らかさを指先で感じながら、彼女の舌を受け止める。
 彼女の体を受け止める。
 受け止め、つつみこむ内に、ぼんやりとしてくる。
 あいまいになる。
 俺と三日の境界線が。
 境界線が無くなり――― 一線を超えそうになる。
 あー、ヤバ。
 俺はポンポン、と三日の肩を叩き、口付けの終了を促す。
 反応なし。
 なので、
 「ぷはぁ!」
 と、半ば強引に唇を離す。
 「…何で、止めちゃうんですか?」
 三日から恨みがましい目で見られた。
 息も荒く、上目づかいなのでかなり怖い。
 ついでに、かなり艶っぽい。
 「いや、もう10分近く続けてるじゃん。いい加減一息ついて良い頃合いじゃない?」
 「…まだいけます」
 そう三日は言うが、汗だくで息も荒く、かなりグッタリしているように見える。
 着ている浴衣もかなり乱れている。
 ……ビジュアルだけみるとキス以上のことをしたかのようだがそんなことはない。いやマジで。
 「そろそろお昼ご飯の準備もあるし、三日も汗だくじゃない。シャワー浴びたら?」
 「…」
 不承不承といった風に、俺の体から降りる三日。
 「んじゃ、入ってきてよ。その間お昼準備してっからー」
 「…分かり、ました」
 乱れた浴衣を整え、居間から出て行く三日。
 居間のドアが閉まったことを確認し、俺は体を起して深呼吸。
 火照った体を鎮める。
 具体的には下半身周りを。
 ……下品とか言ってくれるなよ。
 服越しとはいえ、女子の体の感触を感じながら平静を保っていられるほど、俺は枯れちゃいないのだ。
 よく誤解されるのだが。
 三日の胸だって、大きさ面で慎ましいだけで、決して無いわけではないのだし。
 これまた、よく誤解されるのだが。
 それにしても、俺が病院に入院する契機となった先日の一件以来、三日からのスキンシップがいささか過剰になったような感がある。
 アレか、難しいステージをクリアするとイベントのレベルが上がるとかそんな感じか?
 いくらスキンシップのレベルが上がったからと言って、それに甘えて、その先を求めて良いようなことは無いだろう。
 その結果万一のことがあった場合、俺は年齢的社会的に責任は取れないし。(外道)
 大体、アイツが無防備な姿を晒したからと言って、それが男にとってどんな意味を持つのかアイツがきちんと理解しているかかなり怪しい気がするし。
 んー、違うな。
 俺は単純に自分の『男』の部分、汚い部分を三日に見せたく無いのだろう。
 そんなことをしたらどうなるのか、分からないから。
 三日がどう感じるのか分からないから、
 もっとも、分からないというのは考えても仕方がないということだ。
 「さぁ、って」
 大体落ち着いてきたら、俺は立ちあがってキッチンに向かう。
 ここ最近、半ば習慣化した行為だ。
 「アイツのためにご飯を作ってやっかね」
 そう呟く俺の口元には心なしか微笑が浮かんでいるような気がした。
 三日は夏休みの間、ほとんど毎日四六時夢中俺と一緒に行動している。
 だから、食事もいつも一緒だ。
 「って、なんか、新婚さんの主夫さんみたいなカンジになってないか、俺?」
 ふと、そう呟くと、顔が火照るような気がしてきた。
 「・・・・・・」
 周りに誰もいないで本当に良かった。
 こんな顔、誰にも見せられたものじゃないから。

41 名前:ヤンデレの娘さん 休暇の巻(表)  ◆3hOWRho8lI[sage] 投稿日:2011/07/07(木) 20:55:58 ID:yOkhoPgY [5/16]
 ホウレンソウやコーンをくるんだ薄焼き卵が皿の上に乗ったのとほぼ同時に、三日がリビングに戻ってきた。
 三日は、汗をかいた浴衣から、外出着の白いワンピースに着替えていた。
 シャワーを浴びた髪は艶やかで、トコトコとこちらに寄ってくる様は小動物や子犬のような愛嬌がある。
 「…お待たせしました」
 「いや、ちょうどできたところー」
 卵焼きを切り分けながら、俺は応対する。
 昼食をダイニングに並べ、2人揃って手を合わせていただきます。
 今日のご飯は冷麦にこの卵焼き。
 冷麦は茹でただけだが、卵焼きの方は我ながら上手く出来たと思う。
 しかし、 三日の方は何となく不満そうな顔をしていた。
 うーみゅ、やっぱ暑いからって冷麦で済ませちゃったのが悪かったか。
 「…いえ、ご飯が不満ということは無いです」
 「心を読まれた!?」
 まるでエスパーだった。
 「…と、言うより千里くんの作るものが美味しくなかった試しはありませんし、千里くんの作るものが美味しくないはずもありません」
 「そう言ってくれると、悪い気はしないよ」
 割と本気で。
 と、言うのも緋月家の家事は、主に三日の姉の二日さん、サブで父の月日さんが担当しているのだが、両者とも非常に料理が上手いのだ。
 なぜか、零咲(母親の零日さん)だけはキッチンに立ち入れさえさせてもらえないらしいが。(「レイちゃんに作らせたらキッチンが…バクハツ…するから」とか言われていた気がしたが、さすがにそんなことは無い……と思う)
 「…それです」
 「?」
 いや、どれだよワケわかんねーよ、とは言わなかったが。
 「…『悪い気はしない』、『悪くは無い』とは言っても、『良い』ということ、滅多に無いですよね?」
 「……どうしたのよ、藪から棒に」
 「…キスの時もそう。初めての時はともかく、自分からは絶対に誘ってきてくれない」
 「その時のことは忘れてくださいお願いします」
 俺にとって、三日との初キス、たぎる獣の力のままに公衆の面前でベロチューかましてしまったことは黒歴史なのだ。
 けれども、俺の言葉が聞こえていないかのように、三日は食卓越しに顔を近づけてくる。
 「…優しい優しい千里くん。…穏やかな千里くん。…素晴らしい千里くん。…私の千里くん」
 スゥ、と俺の頬を撫で、三日が言う。
 「でも」
 と、三日は続ける。
 「…千里くんって、人に対してどこかで一線を引いてませんか?」
 「……」
 それに対しては押し黙るしかない。
 事実、だからだ。
 「…他人に対してなら、良いんです。…他人は所詮他人ですから。…でも私たちは……」
 「あー。そう言えば今日、午後から葉山と遊ぶ約束があったんだ」
 我ながら、話のそらし方としてはあざとすぎると思う。
 三日の顔も、微妙に険しくなった気もするし。
 「ンな顔しないでくれよ。いい加減外出て買い物もしないと、冷蔵庫の中身が無くなるってのもあるし」
 ここ数日、三日と家に籠り切りだったからなぁ。
 親はきちんと帰宅するので、完全に2人きりとはいかないけれど。
 それはともかく、俺は三日を少しでも安心させようと、クシャと軽く頭を撫でる。
 「俺がどうであれ、お前に不安不自由にはさせないさ。そこは安心して良いところだぜー」
 普段の笑顔を作り、俺は三日に言った。
 「…なら、1つ聞いても良いですか?」
 「なーにー?」
 なるべく軽い調子を装って、俺は促した。
 「・・・私たち、付き合ってるん、ですよね?」
 真正面から聞いてくる、その台詞にドキリとする。
 「・・・・・・聞かないでよ、そんな当たり前のこと」
 何とかそう答えてから、俺は気がついた。
 俺は今まで三日にあの言葉を言ったことがないことに。
 『愛してる』という言葉を。

42 名前:ヤンデレの娘さん 休暇の巻(表)  ◆3hOWRho8lI[sage] 投稿日:2011/07/07(木) 20:56:34 ID:yOkhoPgY [6/16]
 それから少しした後。
 益体も無い話で三日を誤魔化した俺は葉山との待ち合わせ先、学校からも程近い近所の公園にいた。
 厳密にはその一角、駐車場の近くにある、ストリートバスケのできる小さなスペースの中で。
 さて。
 今まで突っ込んで言及してこなかったが、葉山はバスケ部である。
 幼少期に『スラムダンク』(漫画の方ね)にハマったから、というふざけた理由で始めたそうだが、その割に長続きしたらしく、今では夜照学園高等部男子バスケットボール部の立派なレギュラー様である。
 とはいえ、俺と葉山のどちらが背が高いかというと圧倒的に俺である。(葉山は高校二年生男子としては標準的な身長だ。)
 素人考えだと、バスケでは背が高いほうが圧倒的に有利に思える。
 背が高いがバスケの経験は並程度の俺と、背は俺より低いがバスケ歴が圧倒的に長い葉山が一対一でストリートバスケをしたらどうなるのかというと。
 翻弄されるのである。
 俺が。
 ものの見事に。
 一寸法師から手玉に取られた鬼のような有様だった。
 葉山は軽快な動きで俺を玩弄し、戸惑った隙を突いてあっさりボールをゲット。
 ほとんど一足飛びでゴール近くまで接近する。
 「待っ―――」
 脚の長さは俺のほうがある。
 何とか葉山に追いつき、ディフェンスをかけようとするも―――俺の視界から葉山の姿が消えた。
 ゴールの方を振り向いた時に俺が見たのは、四肢をしなやかに伸ばし、ゴールにボールを放り込んでいる葉山の姿だった。
 「知ってるいかァ?」
 得意げな笑みを浮かべ、葉山は言った。
 「サッカーでゴールは、ドイツ語でトーアっつーんだってよ」
 俺は、それに対して苦笑を浮かべ、負け惜しみのように言い返す。
 「じゃあ、バスケのゴールは何なのさ」
 「知らねー」
 知らないのかよ。
 ともあれ、これで三連続で葉山に点を取られた。
 俺たちはしばしばこうしてお遊び程度にストバスに興じているが、俺は葉山からマトモに点を取った試しが無かった。
 ともあれ、俺たちはそこで一段落入れることにした。
 俺は汗をふくと、隅においていた上着とストールを着なおし、葉山と自販機で飲み物を買うことにした。
 「何飲むー?」
 「コーラ」
 「濃いのいくねー。体動かして汗かいた後だってのに」
 「今日はコーラのキブンなんだよ」
 そんなやり取りをしながら、俺たちはコーラとスポーツ飲料を買う。
 「で、どーよ。久々に思いっきり体動かして」
 ペットボトルの蓋を空けながら、葉山が聞いてきた。
 どうやら、今回のストバスは葉山なりの快気祝いだったらしい。
 先日まで入院中で、運動なんてしたくてもできなかった俺をこいつなりに気遣ってくれたようだ。
 「アリガト。やっぱ良いねー、こうやって体動かすの。夏休みだと体育の授業も無いし」
 「そいつは重畳」
 俺らはいつものように笑いあった。
 「ところで、みかみん」
 「何さ、はやまん」
 「最近どーよ?」
 「最近って?」
 「いや、緋月のヤツのことだよ」
 そこで、葉山はマジな表情でグイと顔を近づけてきた。
 いや、唇がくっつきそうで怖いんですケド。

43 名前:ヤンデレの娘さん 休暇の巻(表)  ◆3hOWRho8lI[sage] 投稿日:2011/07/07(木) 20:56:53 ID:yOkhoPgY [7/16]
 「緋月にヘンなことされてねーか?セクハラとか、DVとか」
 「DVって、ソレ家庭内暴力の略だろ。俺ら家庭なんて築いないし、高校生だし」
 笑って答えたが、どうだろう。
 俺と三日はほとんどずっと一緒にいるし、家族と言っても良いような気がする。
 「じゃあ、のっとDV」
 「のっと、って何さ」
 家庭内で無い暴力、という意味なのだろうが、死ぬほど頭が悪かった。
 先ほどトリビアをかました口とは思えなかった。
 「とにかく、そうしたトラブルは無いよ。順調快調絶好調ってカンジ」
 「そうかぁ?ホントに大丈夫かぁ?」
 「大丈夫だって」
 いつもの3割増しで気軽そうな顔で、俺は答えた。
 「しっかし、お前も何であんなストーカー女と付き合う気になったンだ?」
 「今更聞く、ソレ?」
 って言うか、『付き合う』とかストレートに言わないで欲しい。
 「前々から聞こうとは思ってたンだよ。あんな陰険根暗嫉妬の塊のどこが良いんだ?お前ならもっと良い女がいっぱい居るだろうよ」
 「俺はモテないよ」
 「女の扱いは上手いだろ」
 「誤解を招く言い方をするなって。それを言うなら女じゃ無くて女『友達』」
 中等部時代から一原先輩達とつるむ機会が多かったお陰で、俺は女子と話すのに抵抗は無く、所謂女友達は多い。
 そのせいか、迷惑なことに、ごく稀に「御神はモテる」という勘違いをされることもある。
 三日の嫉妬心が強いというのなら、全く故の無いことでも無いのかもしれない。
 「ホレ、そうでなくても河合とか」
 「河合さんは友達としては良いんだけどねー」
 でも、三日の前に河合さんに告白されていたら、河合さんと付き合っていたのだろうか。
 そのルートはちょっと想像できないな。
 「大体、何ではやまんは三日のことをそんな心配?っていうか毛嫌い?するワケよ。実害のあるようなタイプのヤツじゃないだろ、アイツ」
 俺は冗談めかしてそう聞いた。
 「なんつーかさぁ……」
 すると、葉山は妙に思案気に言った。
 「みかみんはアイツとくっつくモンだとばっかり思ってたからなぁ、ムカシ」
 「アイツー?」
 神妙な顔のはやまんに、スポーツ飲料を飲みつつ聞いてみた。

44 名前:ヤンデレの娘さん 休暇の巻(表)  ◆3hOWRho8lI[sage] 投稿日:2011/07/07(木) 20:57:49 ID:yOkhoPgY [8/16]

 「九重かなえ」

 「ゴフア!?」
 スポーツ飲料吹いた。
 「オ、オイ。ダイジョブか、みかみん」
 「ゲホ、ゴホ……。って言うか何!?誰!?」
 スポーツ飲料にむせながら、俺は何とか発声した。
 「九重だよ。九重かなえ。中等部の頃一緒につるんでた奴。忘れたわけじゃないだろ?」
 「いや、覚えてるけどさ……」
 九重かなえ
 中等部時代、人間関係に不慣れな俺と、葉山共々友人関係を築いてくれた女の子。
 忘れたくても忘れられない、忘れようも無いし忘れたことも無い名前だった。
 けれども、今頃になって、と言うより今更になってもう学園にいないアイツの名前が人の口から出てくるとは思わなかった。
 「何で、九重の名前が出てくるわけ!?」
 俺の言葉に、葉山は少し困ったような、気まずそうな顔をした。
 「いやぁ、あの頃俺、みかみんは九重にホれてるもんだとばっかり思ってたしなぁ」
 「……」
 そんな風に思ってたのか。
 何でその恋愛脳を自分の関係に活かせないのだろう。
 明石が聞いたら泣くぜ?
 「それを、ポッと出の新キャラみたいな奴がかっさらったら、そりゃ毛嫌いもするっつーか何つーか。まぁ、緋月がストーカー女だからってのもあるけどよ」
 「ポッと出の新キャラって言ったら、元を正せばみんなそうだろ?お前も、九重も、それにお前にとっての俺も」
 「まぁ、誰だって初対面だった頃はあったがよ」
 ようやく落ち着いてきた俺は、葉山に軽口を言ってまぜっかえした。
 「それに、九重と俺が付き合うなんてこと『無い』から」
 「無しかい」
 「そう、『無い』」
 少し強い口調で念を押す。
 俺と九重が友情以上になることなんて、どう逆立ちしたってあり得ないことだ。
 PC版からコンシューマー版になっても攻略不可なキャラクターよりも、実現不可だ。
 俺の人生に九重ルートは実装されないのである。
 「それに、アイツの生活を考えると、どうしたって俺やらお前とかと恋愛とかムリじゃん。超遠距離恋愛になるし」
 「あー、今はどこの国に居ンだろなってカンジだもんな、アイツ」
 九重の家は、『父親の趣味は海外転勤で家族を振り回すこと』と彼女から(珍しく)揶揄されるほど、国内外問わず頻繁に転校を繰り返していた。
 中等部時代、俺たちは1年生から3年生の途中まで一緒につるんでいたが、それほど長期間一度に1つの国にいられたのは奇跡みたいなもの、だったらしい。
 「しょーじき、九重のオヤジさんも単身赴任とかにしてくれりゃ良ーンだけどな」
 「それは思う」
 どんな形であれ、今でも九重が俺たちと一緒にいてくれたら、学園生活が今以上に楽しくなっていただろう。
 今の俺を見て、アイツが何て言うかもちょっぴり面白そうだし。(大半は怖いけど)
 九重のお父さんも色々事情があるだろうし、他人の家庭をどうこうできる立場でも無いから、あまり無責任なことは言えないけれど。
 ぼやくくらいなら良いだろう。
 望みを言うぐらい良いだろう。
 あー、九重の奴と合わせてまた一緒に遊びたい。
 3人で。
 叶えだけに、鼎(かなえ)だけに。
 「それはあんま上手くねーんじゃね?」

45 名前:ヤンデレの娘さん 休暇の巻(表)  ◆3hOWRho8lI[sage] 投稿日:2011/07/07(木) 20:58:16 ID:yOkhoPgY [9/16]
 「人の心を読むなよ……。そう言えば、はやまんは今も九重と連絡とか取ってる?」
 「いーや、全然。って言うか、アイツが今どこの国にいるのかさえ分かんねーし」
 「中学ラストで転校してったのは、名前も知らないような国だったしねー」
 「それから、またどっか行きやがったんかねェし」
 「最後に聞いたのはイギリスだったはずー」
 これでも、根気よくエアメール等で連絡を取っていた頃があったのだ。
 「イギリスのどこー?」
 「分かんない。『今度はイギリスに転校』ってだけで、引越しの頃でバタバタしてたらしくて、住所とかまでは」
 俺は首を振った。
 手紙もネットも、今でも連絡が着かない。
 友達なんてそんなモンかもしれないけど、少し寂しいものだ。
 少し寂しくて、少し悲しくて、とても嫌なものだった。
 「でもよォ……」
 葉山が、ポツリと口を開いた。
 「お前と九重、お似合いだったと思うぜ。もし付き合ってたたら、だけどよ」
 「止せよ、そう言うの」
 再度、スポーツ飲料に口をつけて俺は言った。
 けれどもスポーツ飲料の甘味料は、俺の中の苦みを癒してはくれない。
 「何度も言うようだけど、俺と九重がそう言う風になるとか『無い』から。なりたくても、ね」
 なりたくても、なれない関係と言うのはあるのだ。
 「そうかい……」
 そこでその話題は終わった。
 九重かなえのことは。
 かつて、俺の思いを共有した少女のことは。
 かつて、俺に多くの想いを教えてくれた少女のことは。
 かつて――――俺に恋を教えてくれた少女のことは。

46 名前:ヤンデレの娘さん 休暇の巻(表)  ◆3hOWRho8lI[sage] 投稿日:2011/07/07(木) 20:58:58 ID:yOkhoPgY [10/16]
 その後、俺と葉山は最近の漫画やアニメのこととか、益体も無いことを話してから別れた。
 そして、公園を出ようとすると、ヅガン、という金属がぶつかるような音がした。
 「何だぁ!?」
 思わず言って、そちらの方を見ると、公園の自販機が見えた。
 そして、それに蹴りを入れている奴の姿も。
 「畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生……」
 自販機を蹴っているのは、俺も良く知る少女だった。
 明石朱里。
 俺と同じクラスで、水泳部。
 クラス一の情報通で、ムードメーカー的存在でもある。
 明るく可愛いので、男女問わず人気があるという話も聞く。
 そんな彼女が、水泳で鍛えられた美脚を自販機に叩きつけていた。
 いやまぁ、俺は明石の『ああ言う』姿を以前一度だけ見たことがあるので、ある程度は耐性があるのだけれど。
 「御神のヤロウ御神のヤロウ御神のヤロウ御神のヤロウ御神のヤロウ御神のヤロウ御神のヤロウ御神のヤロウ御神のヤロウ御神のヤロウ御神のヤロウ御神のヤロウ御神のヤロウ御神のヤロウ御神のヤロウ御神のヤロウ御神のヤロウ御神のヤロウ……!」
 明石は、そんな恨み辛みを自販機にぶつけているようだった。
 どうやら、恨みを買っているのは御神とかいう人物のようですね。
 ……間違い無く俺のことだった。
 「あんなヤツより、私の方がずっとずっとずっとずっとずっと正樹のことが好きなのに好きなのに好きなのに好きなのに好きなのに好きなのに好きなのに好きなのに好きなのに好きなのに好きなのに好きなのに好きなのに好きなのに好きなのに……!」
 女の子が畜生とかヤロウとかヤツいうのはどうなのだろう。
 いや、それよりもここは早いところ離れた方が良さそうだ。
 今彼女に見つかったら怒られるどころでは済まない。
 って言うか殺される。
 明石としてもよりによって俺に見られたい現場では無いだろうし。
 「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好きすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすき……」
 自販機が故障しそうな勢いで蹴り続ける明石の姿を見なかったことにして、俺は即座にその場を立ち去ることにした。
 触らぬ神に祟りなし。
 俺が先日入院する原因となった一件で学んだことだ。

47 名前:ヤンデレの娘さん 休暇の巻(表)  ◆3hOWRho8lI[sage] 投稿日:2011/07/07(木) 21:00:25 ID:yOkhoPgY [11/16]
 祟りがいた。
 公園からの帰り、近所のスーパーマーケットに向かう道すがら、何の気なしに横目をやると、その道の奥に祟りがいた。
 祟りは、紙袋を片手に、黒白のゴスロリ風の衣装に身を包んでいた。
 ゴスロリ『風』と書いたのは、袖が短くカットされ、夏場の撮影のために涼しげなアレンジがほどこされていたからだ。
 それでも、フリルがふんだんに使われているので暑そうではあるけれど。
 俺は、その衣装をつい先ほど見たことがあった。
 テレビ番組『超人戦線ヤンデレンジャー』の中で悪の権化、魔女大帝こと零咲えくりが着ていたものだ。
 つまり、その祟りの名は零咲―――緋月零日サンであった。
 気のせいだと思うが、道の奥に居る零咲と目が合った気がした。
 気がしただけなら、気のせいだろうと思いたい。
 先日、零咲によって刻まれた痛みの数々を思い出し、ストール越しに首を押さえる。
 ……見ないふりをしてさっさとスーパー行こう。
 そう思って改めて前を向くと……
 「こんにちは…なんだよ、おにーさん」
 「うぎゃあ!?」
 祟りが目の前に居た。
 「いや、いきなり『うぎゃあ!?』とか言われても困る…んだよ?」
 苦笑を浮かべる零咲。
 「や、すいません。……って言うか一瞬前まで遠くに居ましたよね!?どうやってココまで来たんです!?」
 「んー、何て言うか…『かそくそーち』?あ、今の子は『しゅんぽ』って言わないと分かんない…かな?」
 「いや、分かりますけど、両方ともアニメになってますし」
 どうやら、マトモに答える気は無いらしい。
 いや、そんなことよりもこの状況をどう切り抜けるかを考えよう。
 「かりゃかりゃかりゃ…。殺気立っちゃっておにーさん可愛い…んだよ。殺害宣言は取り下げたから…取って食ったりはしないのに」
 「いやいやいやいやいや。殺気立ってなんていやしませんよ。俺と貴女とは超絶仲良しじゃぁございませんか」
 「そだねー、仲良しだねー。仲良しだから、無理して敬語なんて使わなくてもいい…なんだよ」
 「いやぁ、零咲、もとい零日さんはおれよりも年上ですし」
 「って言うか…」
 そこで、零咲は記憶の糸を手繰り寄せるように、顎に手を当てる。(見た目だけは本当に可愛い)
 「『てめぇ』」
 「うが!?」
 「『知ったか女』」
 「うぐ!?」
 「『教育ママか』」
 「ごはぁ!!」
 零咲の発した言葉を聞くだけで、俺に精神的ダメージが来た。
 いずれも、以前零咲相手に俺が言った暴言だった。
 今思うと年上相手に失礼千万で、恥ずかしい限りだった。
 「あそこまで言われておいて、今更敬語の関係になられても逆にリアクションに困る…みたいな?」
 大人の余裕を感じさせる笑みを浮かべる零咲は言うほど気にしてはいないようだけれど。
 「じゃあ、零日さん……」
 「零咲で良い…よー」
 「じゃぁ零咲、今日は撮影か何かで?」
 「そうそう、今は休憩時間…なんだよ」
 なるほど、それで番組の衣装なのか。
 「それで最近どう…なのかな?君と、私の続きな三日ちゃんとは」
 「お前とアイツは別キャラだろ。そう言う話、この間しなかったか?」
 「私の遺伝子を受け継いで、私のお腹から産まれてきたのなら、『私の続き』って言ってもそんなに間違いは無い…でしょ?」
 「かもな……」
 少々無茶な理屈ではあったが。
 って言うか、コイツの胎から三日が産まれてきたというのが未だに信じられないのだが。
 とても子供を産めるような体躯には見えない。

48 名前:ヤンデレの娘さん 休暇の巻(表)  ◆3hOWRho8lI[sage] 投稿日:2011/07/07(木) 21:00:57 ID:yOkhoPgY [12/16]
 「それで、どうなの…かな、三日ちゃんとは」
 「どうって、まぁ今日は……」
 一応、零咲なりに娘を気にしている様子ではあったので色々話してみても良いかもしれない。
 俺よりもずっと長い間三日と一緒に居る零咲と話すことは意義のあることだろう。
 三日から少し引っかかることを言われてしまったし。
 そんなわけで、俺は今日の出来事を説明した。
 「『一線を引いてる』…ねぇ」
 「まぁ、アイツももう大して気にしてないかもしれませんけど」
 「って言うか、おにーさんが気にしてるん…だよ?」
 「ウグ……」
 鋭い指摘に俺はうめくしかなかった。
 「事実…だし」
 「……」
 本当に事実なので反論ができなかった。
 「大体、私に対してあんな暴言を吐けるおにーさんなのに、三日ちゃんには随分と優しいん…だよ?」
 「あの件は申し訳ありません忘れてください」
 「いや、そう言うことじゃなくて…ね」
 そこで、零咲は上目遣いにこちらを見つめた。
 俺の心の奥を射抜くように、見透かすように。
 「あの時のおにーさんと三日ちゃんの前の『優しい』おにーさん、どっちが本当の千里さんなの…かな?」
 「どっちが……って」
 零咲の視線の圧力に耐えながらも俺は言った。
 「別に、どっちが本当とか嘘とかじゃないだろ。どっちも本気本物だよ。だから、悪口雑言が出たからって『地金が出た』って思われると困るってか、正直無かったことにして欲しいって言うか」
 「ふぅ…ん」
 零咲はもう一度、俺の奥底を射抜くように見ると、言った。
 「ありがと…なんだよ、おにーさん。今日は面白い話を聞けた…かも」
 俺の内面を抉るような話でも、零咲にとっては『面白い話』でしか無いらしい。
 「そいつは重畳」
 「……こんな時にそんな言葉が言えちゃうのもどうかとは思うけど、まぁいっか…なんだよ」
 そう言って、零咲はふと思い出したように持っていた紙袋を俺の前に突き出した。
 「はい…コレ」
 「はい?」
 意味不明の動作だった。
 「いや、プレゼント…なんだよ」
 「プレゼント!?」
 あり得ないレベルの超展開だった。
 どうして俺たちの関係性で零咲からのプレゼントが生まれるのか。
 「ほら、この前おにーさんのケータイを壊しちゃったから、お詫びに新しい携帯電話を選んであげた…なんだよ」
 「ああ、一応覚えててくれたんですね」
 そう言えば、入退院のバタバタで、零咲に壊された携帯電話はそのままになっていた。
 買い直そうかどうしようかとは思っていたのだが、思わぬところから解決策が出た。
 「開けたら爆発するとか無いよな?」
 「いや、流石にソレは無いけど…おにーさんが私に対してどういう印象を持ってるのかよくわかるん…だよ?」
 それ相応のことを貴女はしたと思います。
 「ただ、強いて言えばおにーさんの分と一緒に三日ちゃんの分の携帯電話も入ってるから、後でおにーさんから渡して欲しいん…だよ?」
 「そう言えばアイツ今までケータイ持ってなかったからなー」
 紙袋の中を覗き込むと、零咲の言葉通り携帯電話らしき箱が二つ入っていた。
 確かに、今どきの高校生らしく携帯電話を持っても良い頃だろう。
 「きっと、私よりおにーさんから渡してもらった方が三日ちゃんも嬉しいと思う…なんだよ」
 「フツーに母親から渡されても嬉しいと思いますけど。あ、でもどっちが三日用なの?」
 携帯電話の2つの箱は、全く同じ外見なので区別がつかない。
 「どっちでも…だよ?同色で同タイプの携帯電話を選んだから」
 「おそろいか!?」
 何と言うベタな。
 フツーに恥ずかしいな。
 「何なら、おにーさんからのプレゼントってことにしても良いん…だよ?」
 「いや、そこで嘘吐いちゃだめだろ。って言うか嘘吐いても仕方ないだろ」
 「それもそう…なんだよ」
 一しきり納得すると、零咲は「それじゃあ、渡してあげて…なんだよ」と言って去って行った。
 前の時と同じく、こちらにしこたまダメージを叩きこんで、1人で納得して。
 アイツらしいと言えばアイツらしいのだろう、多分。

49 名前:ヤンデレの娘さん 休暇の巻(表)  ◆3hOWRho8lI[sage] 投稿日:2011/07/07(木) 21:01:43 ID:yOkhoPgY [13/16]
 「「あ」」
 精神的な意味でフラフラになりながらも、何とかたどり着いた近所のスーパー。
 そこで、俺は見知った顔と会った。
 「こんなところで会うなんて奇遇だね、河合さん」
 料理部の後輩の、河合直子さんだった。
 「いやー。どーもです、御神先輩。マジ奇遇ですね」
 河合さんは溌剌とした笑顔で応対してくれた。
 「河合さんも買い出し?」
 「はい。いやー、母さんから『アンタも休みだからってダラダラしてんじゃないよ』って言われちゃいましてねー。今晩の夕食を作ることになっちまったんですよー」
 「そっか」
 河合さんはよく喋る子だ。
 俺も最近は話せる方だが、さすがに河合さんのようにはいかない。
 「しっかしココのスーパーも広いですよねー。って言うか、同じニンジンジャガイモとかでも色々あって何が何だか」
 「河合さん、料理部だよね……?」
 「スイマセン、買い出しとかはほとんどやったこと無いっス……」
 苦笑を浮かべる俺に小さくなる河合さん。
 少し、悪いことを言ってしまったかもしれない。
 「折角だから、君の買い物も手伝おうか?」
 「マジっすか!?よろしくお願いします!!」
 ほとんど即答だった。
 「今日は、何作るのー?」
 「とりあえず無難なところでカレーでも、って思ってるんですけど。あ、コレ私の作った買い出しリストです」
 「なるほど……。じゃあまず野菜から探そうか。選ぶものはお財布と相談しつつ……」
 そんなやり取りをしながら、俺と河合さんは自分たちの買い物を進めて行った。
 スムーズに進行し、レジでお会計完了。
 「いやー助かりました先輩。感謝感激雨あられですよー」
 ビニールに食材を詰めながら、河合さんは言った。
 「それほどでも無いよー」
 「久々に先輩と二人きりでしたしー、何かデートみたいな?」
 「無い無い」
 「ですよねー。それでも、今日付き合ってくれただけで恩の字ですけど」
 そう言って笑顔を浮かべる河合さん。
 「先輩ってホントに良い人ですよねー」
 それは、河合さんとしては何の気なしに言った言葉なのだろう。
 良い人、か。
 『どちらが本当の千里なの?』
 と、言う零咲の言葉が、なぜか思い出された。
 「ありがと、河合さん。でも―――」
 俺はきっと、良い人なんかじゃない。
 人並に怒りのすれば妬みもする、性欲だってある、当り前の汚さも持ち合わせた人間だ。
 それでも、『良い人』と呼ばれる資格があるとすれば。
 「俺が良い人でいられんのは俺だけの力でも無かったり」
 「え?」
 俺の言葉に意外そうな顔をする河合さん。
 「俺が良い人でいられんのは、河合さんや料理部のみんな、クラスの奴ら、家族、それに俺の大切な人たちが俺に良くしてくれるから、だから俺は良い人でいられる」
 そう、俺が今の俺でいられるのは、みんなのお陰。
 みんなや大切な人―――九重や三日のお陰。
 みんながいてくれるから、俺は今の自分でいられる。
 「だから、河合さんにも感謝してる。結構手酷くフッたのに、良くしてくれてさ。ありがと、助かってる」
 俺の、ただ思ったままを乗せた言葉に、河合さんは照れたように頭をかいた。
 「いやぁ、やっぱ先輩には敵いませんねー」
 そして、食材を詰め終わったビニール袋を持ち上げて、帰りの挨拶を交わす。
 「ああ、そうそう先輩」
 スーパーを出て、別れる所で河合さんは言った。
 「何?」
 「私、先輩のコト、まだ好きです」
 「ウン、ありがと。でも、ゴメンね」
 「いえいえ」
 そう言って、去って行く河合さん。

50 名前:ヤンデレの娘さん 休暇の巻(表)  ◆3hOWRho8lI[sage] 投稿日:2011/07/07(木) 21:02:03 ID:yOkhoPgY [14/16]
 その姿は、どこかスッキリとしているように見えた。
 俺はその背を見送った。
 彼女の内心を俺には推し量ることはできないけれど。
 少なくとも俺は彼女の先輩でいられたことは良かったと思った。
 「…楽しかったですか、河合さんとのデートは」
 そう思っていると、後ろから声をかけられた。
 「デートじゃないって。お待たせ、三日」
 俺はいつもの糸目で、いつもの笑顔で三日の方に振り向いた。
 「…待ってはいません。今日はずっと千里くんと一緒にいましたから。…千里くんの後ろに」
 お得意の尾行スキルか。
 「うっわー、それじゃあ色々カッコ悪いところも見てたり?」
 「…今日の千里くんは一から十まで見させていただきました」
 「恥ずかしー」
 まぁ、言うほど恥ずかしがってる訳でもないけどね。
 それくらいなら、コイツに全部見せてやっても良いだろう、くれてやってもいいだろう。
 流石に―――汚いところまでは、無理かもしれないけれど。
 「…ねぇ、千里くん」
 「なにー?」
 「…九重かなえって、誰ですか?」
 静かな声で、三日は言った。
 今までになく怖い顔に見えたのは、俺の気のせいか。
 「……友達、だよ。中等部時代の、俺の大切な友達」
 「…今の間は何ですか」
 「ちょっと驚いたから、かな。お前の口からその名前が出るとは思わなかったから」
 「…そうですか」
 そう言って、軽く俯く三日。
 角度的に、その表情は見えない。
 「…そのお友達と、私と、どちらが大切ですか?」
 まだ、そのネタを引っ張るらしい。
 「友達とお前とで順位を付けろって言われてもなぁ」
 「…どっちが大切ですか?」
 いい加減な答えはできそうにない状況だった。
 「2人とも、だよ」
 「…!」
 三日が息をのむ声が聞こえた気がした。
 「けれども、三日への『大切』は特別だから。ちゃんと、特別だから」
 まだ、俺には『大好き』とか『愛してる』とか言う勇気は無いけれど。
 それは、確かに本当だったから。
 本心だったから。
 「…千里くん」
 三日が愛しげに腕を絡めてきた。
 それを俺は拒絶しない。
 「三日」
 俺は、彼女を安心させるようにポンと頭に手をやった。
 「帰ろっか」
 「…はい」
 そう言って、俺たちは2人並んで歩きだした。
 そうしながら、俺の心には小さな罪悪感を覚えた。
 三日のことは確かに大切で、特別で。
 その一方で、九重への想いもまた、三日とは違った意味の特別として、俺の中で巣食っているのだろうから。

51 名前:ヤンデレの娘さん 休暇の巻(表)  ◆3hOWRho8lI[sage] 投稿日:2011/07/07(木) 21:02:22 ID:yOkhoPgY [15/16]
 おまけ
 「そう言えば三日、前に『夏場に外出なんてしたら死ねる』みたいなこと言ってたけど、大丈夫?」
 「…そう言えば、さっきから意識が朦朧と…喉も乾いて…」
 「うわ、良く見たら汗だくな上顔色悪!?」
 「…あれ、死んだお爺ちゃんの姿が小川の向こうに……」
 「それ三途の川ー!!」