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217 : ヤンデレの娘さん 転外 とすと ◆3hOWRho8lI:2011/07/12(火) 23:37:40 ID:tot03qBY
 バーに入った時、私は必ず最初の一杯は必ず二人分のお酒を頼むようにしている。
 それは、私が単に大酒のみだからとかそういう理由だけでなく。
 ただ、この場にはいない、いや、もうこの世にはいない人に捧げたいからだ。
 いや、捧げたいというと仰々しいだろう。
 この世にはいないあの人と、一緒に飲みたい。
 そんな、センチメンタルな感情に基づく行為だ。
 お酒の楽しみなんて知らないままに亡くなった娘だしね。
 とにかく、1人息子のセンがようやく『野犬』に襲われた傷が癒えて退院する前日、私は行きつけのバーでいつものように2つのグラスを頼んだ。
 で、私は頼んだ2つのグラスをチン、と鳴らす。
 「乾杯、千幸(チィ)ちゃん」
 この世には無い、嫁の名を呟く。
 独り言だ。
 そんな風に、私こと御神万里がいつも通りのコトをしていると、この小さなバーに入って来る、これまた小さな影が見えた。
 「お待たせ…万里ちゃん」
 「はぁい、レイちゃん」
 笑顔を浮かべる相手に、私もまた片手をあげて返す。
 レイちゃんこと緋月零日ちゃんは、私の仕事の同僚、パートナーといったところだ。
 彼女は役者、私がそのメイクアップを担当している。
 何のかんので10年以上の付き合いだろうか。
 息子の千里(セン)には手っ取り早くとっつきやすい、子供番組に出演している相手、とだけ説明しているが、実際の所レイちゃんは様々な芸名で様々な役柄を演じている。
 芸名を取っ払ってその出演歴を見れば(もし見ることが出来れば、の話だが)、経歴も演技力も有名女優と言って差し支え無いのだが、レイちゃんは本名を公表しようとしない。
 以前の役のイメージが付いて回るのを嫌っていることもあるし(もっとも、レイちゃんの演じた役を見て、それが全て彼女と同一人物であると見破るのは難しい。)、役者には珍しく名誉欲という物がないからということもある。
 いや、あらゆる意味でのしがらみというものを嫌っている、拒絶していると言うべきだろう。
 彼女は夫婦関係を至上とする人だ。それ以外は時として邪魔になる。
 そんなことを理解したのも、極々最近の話。
 そんなレイちゃんが、私と対面に座る。
 「レイちゃん、何か飲む?」
 「んー…ブラッディ・メアリーで!」
 こうやって元気に返事をしている姿だけをみると、健康健全な若い女の子にしか見えないのだが。
 「お客さん、ウチは未成年にお酒は……」
 少女にしか見えない外見のレイちゃんに難色を示すバーの店長さん。
 「成人…だよ」
 それに対して、レイちゃんはヒラヒラと運転免許証を示す。
 「……失礼しました」
 運転免許証を確認し、店長さんはお酒の準備に入る。
 「こーゆー時は面倒だよ…ね。バーに居てサマになる万里ちゃんが羨ましいよ…ちょっとだけ」
 「あら、ちょっとだけ?」
 「そう…ちょっとだけー」
 そう言ってかりゃかりゃと笑うレイちゃん。
 この会話を第三者が見たらどう思うのだろう。
 仲の良い友人同士の会話に見えてくれれば良いのだけれど。
 実際はともかくとして。
 「それにしても珍しい…かな。万里ちゃんから飲みに誘ってくるなんて…ね」
 「レイちゃんこそ」
 私は撮影の打ち上げ等にこそ参加するが(大抵はフォロー役や幹事の手伝いだ)、確かに誰かと一対一でお酒を飲むのは珍しいかもしれない。
 どちらかと言えば、1人酒の方が気楽でいいと考えるタイプ。
 一方、レイちゃんはあまりお酒自体飲まない方で、飲んだとしても軽いお酒がメインだ。
 そんなにお酒を勧めたくなるようなルックスでも無いしね。


218 : ヤンデレの娘さん 転外 とすと ◆3hOWRho8lI:2011/07/12(火) 23:38:23 ID:tot03qBY
 「私もまぁ、1人で飲むのが寂しくなることもあるってコト。レイちゃんとも、今じゃ全く仕事だけの関係ってワケでも無いしね」
 「そうそう。まさか私の三日ちゃんが、万里ちゃんの子供を好きになる…なんてね」
 そう、私の息子であるセンと、レイちゃんの娘さんの三日ちゃんは現在恋人同士の関係にある。
 「さすがにアレは世間の狭さを感じたわね」
 「驚い…た?」
 「ええ、驚いたわ」
 一応、レイちゃんの娘さんが息子と同じ学校に通っていたことは知っていた。
 しかし、まさか彼女がある日ドアを開けたら立っていたのは驚いた。(ピッキングまがいのことを試みていたようにも見えたが気のせいだろう)
 聞けば息子の彼女と言うではないか。
 あの子も、もうそんな歳かと思ったものだ。
 「でも良い娘じゃない。ちょっと人見知りだけど、礼儀正しいし、気立ても優しいし」
 「フフ…そう言われると嬉しいね」
 「自分が誉められてるみたいで?」
 冗談めかして、私はレイちゃんに言ってみる。
 「私を誉めてるんだよ…実際。あの娘は『私の続き』…なんだから」
 『私の続き』、というのはレイちゃんが時折使う三日ちゃんへの呼び方だ。
 それだけ、親の性質を受け継いだ娘だということなのだろうが。
 そうした枠に子供を当てはめてしまうのはどうなのだろう。
 いや、私もそうしたことを言えるほど立派な親ではないか。
 「子供と言えば、この間万里ちゃんの息子に会った…よ」
 「私に似ず、良い子だったでしょ」
 「いいえ、万里ちゃんそっくりな…良い子だったよ」
 「あら。じゃあお姑さんとしては、合格?」
 「まぁ、及第点…ってところ?」
 「センもホッとしたでしょうね」
 私は笑いながら答えた。
 「元気してる…あの子?」
 「元気とは言い難いわね。現在絶賛入院中。明日やっと退院だけど」
 「ああ、そう言えば…聞いたね。野犬に襲われたん…だって?」
 ごく普通に、いけしゃあしゃあとレイちゃんは言った。
 「そうそう。とても黒い、とても可愛らしい野犬だったそうよ」
 これは嘘だ。
 センはこんなことを言っていない。
 何も言わないのなら、何も聞かないのが私のスタンスだ。
 今回ばかりは、そのスタンスを少しだけ変更させてもらうが。
 「ふう…ん」
 しかし、レイちゃんは普通のリアクション。
 まぁ、ある程度は予想していたけど。
 一見感情豊かに見えて、基本的に冷静な子だし。
 一方で、怒る時は烈火のごとしだが、そんなことは滅多に無い。
 時折、感情そのものがアンバランスに見えるくらい。
 あるいは―――狂気的とも見えるくらい。
 そんなことを考えていると、バーテンダーが注文したお酒を置いて、離れて行く。
 この位置なら、もう何を話しても誰にも聞こえないだろう。
 「腹の探り合いは無意味、か」
 「私も、はっきり言ってくれた方が助かる…かな」
 互いに、大きく伸びをする。
 「ねぇ、レイちゃん。もしかしたら勘違いだったらごめんなさいなんだけどね、」
 「何かな…万里ちゃん。ハッキリ言って良い…よ」
 「じゃ、お言葉に甘えて」
 そして私ははっきりと言う。
 「私の大事な子供を襲ったその『野犬』―――もしかして、レイちゃんだったんじゃないの?」


219 : ヤンデレの娘さん 転外 とすと ◆3hOWRho8lI:2011/07/12(火) 23:39:23 ID:tot03qBY
 それに対して、レイちゃんは、
 「うん…そうだよ」
 と、あっさりと言った。
 「どうしてそんなことを……って聞くのはそんなに意味が無いかしら」
 「かも…ね。万里ちゃんは私の良いメイクさんではあるけれど、私の良き理解者…って訳じゃないし」
 「そうなることを、望んでもい無いくせに」
 「そう…だね。私が私のことを理解して欲しいのは、私の愛する人ただ一人…だから」
 だから、私はどれ程時を重ねても、きっと彼女のことを理解することは無いだろう。
 どれ程、そう願ったとしても。
 他者と断絶した彼女の心を、私はただ『狂気』と評することしかできない。
 それは、とても悲しいことだけど。
 「そんな顔をしないでよ…万里ちゃん。あなたは、あなたの大切な人のことだけ考えてれば…いい」
 「それだけでどうにか出来れば、世の中苦労はしないわよ」
 「そんなこと言ってると、天国の奥さんに『旦那さんが浮気してる』…って言っちゃうよ」
 「あなたはいつからイタコになったのよ。あと、嘘教えないで。私はもう恋愛しない主義」
 実際、私は嫁が死んで以来、恋愛をしたことがない。
 「一途…なんだ」
 「そんなんじゃないわよ。ただ、何て言うか、萎えちゃってね」
 確かに、嫁がこの場に居れば「私を忘れて他の女を愛するなんて許さない」とは言いそうではあるが。
 正直、一途とかではなく、とても他の人と恋愛なんてする気にはなれないのだ。
 あの娘の――― 千幸(チィ)ちゃんの存在があまりに鮮烈で。
 「奥さんが亡くなってから、随分長い間お仕事に逃げ込んでたもの…ね」
 そんな私の内面を見透かしたように、レイちゃんが言う。
 そちらの内面は見たくても見せてくれない癖に。
 しかし、痛いところを突いてくる。
 彼女の言うように、私は嫁が死んでから長いこと仕事に打ち込むことでその悲しみを忘れようとした。
 「あなたの言う通りよ。そのせいで、息子には随分寂しい思いをさせてしまったわ。させすぎてしまった」
 お陰で、息子とマトモな関係を構築するのに随分回り道してしまったのはまた別の話。
 「だからこそ、あの子にはこの先もっと幸せになって欲しい。そうなる権利がある。だから―――」
 スッと相手を見据え、続ける。
 「もしあなたが、息子の幸せを邪魔するなら―――俺は絶対に許さない」
 怒気さえきかせたその言葉に、レイちゃんは無反応。
 この人に何を言ったところで、何をしたところで、その心に響くことは無いのかもしれない。
 「んー…わかった。わかって…ます。元々、追撃の予定は無かったし…ね」
 「暴力だけに限らず、の話。アナタ言葉責めも得意じゃない」
 「了解…かな。そうすることは、多分もう私に何のメリットも無い…し」
 本当に、彼女の心に響いていない。
 ささやかな失望と、寂しさを覚える。
 何のかんので10年以上の付き合いだと言うのに、だ。
 「それに、私も別段子供に不幸になって欲しいって思ってる…なんて訳じゃないし」
 「あら?」
 それは、少し意外だった。
 自分の旦那以外なんてどうでもいいと思っていそうなものなのに。
 「本当…だよ。三日ちゃんも二日ちゃんも、どこでどうしてるか知らないけど一日(カズ)くんも、できることなら不幸になって欲しく無い。だって―――」
 「あなた達が愛した証、だから?」
 私がそう引き継ぐと、本気で驚いた顔をされた。
 「どうして…理解(わか)ったの?」
 「なんとなく、ね。ジッサイ、子供って自分が死んでも自分がいたことを証明してくれるし」
 「それは、万里ちゃんの考え?」
 「一般論、よ」
 自分の考えとするのには、自分の考えとして引き継ぐのには、それはあまりにも重すぎる。
 色々と、思うところはあるし、それ相応の経緯もあるのだが、まぁそこまで話すことは無いだろう。
 「何にせよ、万里ちゃんが私と同じような考えしてたのは、少し不思議な気分…かな」
 「不思議な気分、ね」
 「そう、気持ち悪いとは思わないけど、さりとて嬉しいと言うほどでも…ない。不思議な…気分」
 私としては嬉しく思って欲しかった気もする。
 先ほどは物騒なことも言ったが、やはりレイちゃんとは良い関係を築きたいのだから。
 友達で、ありたいのだから。
 叶わぬ望みかもしれないけれど。
 「まぁ、重い話はこれくらいにして飲みましょうか」
 「そう…だね」
 そう言って、互いのグラスを掲げた。


220 : ヤンデレの娘さん 転外 とすと ◆3hOWRho8lI:2011/07/12(火) 23:39:48 ID:tot03qBY
 きっと、私たちの関係はこのグラスと同じなのだろう。
 完全に分かりあうことは無いけれど、ただ一点だけ、ただ一瞬だけは繋がることが出来る。
 乾杯の瞬間に触れ合うこのグラスのように。
 それが希望なのか絶望なのかは分からないけれど。
 「私たちの…愛と」
 レイちゃんの言葉を、
 「それに続く子供たちの幸せに」
 私が引き継ぎ、
 「「乾杯(トスト)!」」
 2人の声が唱和し、チン、と一瞬だけグラスがぶつかり合った。