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312 :ヤンオレの娘さん 第三回戦 まい・ふぇあ・れでぃ   ◆3hOWRho8lI:2011/07/18(月) 22:02:36 ID:CImphNxY
 「入って」
 そう言って、キロトと呼ばれる少年は三九夜を促した。
 少年の自宅は、マンションの一室だった。
 小奇麗に掃除されたそのリビングに三九夜は通された。
 あの後。
 悔しさと悲しさと怒りで泣き叫ぶ三九夜をなだめた少年は、自分の自宅へと彼女を案内した。
 「へぇん、良いトコに住んでんじゃねーの」
 男子制服のままソファに座り、かははは、とシニカルに笑う三九夜。
 先ほど泣いていたことなど露ほども感じさせない。
 実際は、照れ臭くて隠しているだけだが。
 「ンで、さっき言ってた『協力』ってのはどーゆーこった?」
 「協力?」
 「さっき言ってただろが」
 「……そう言えば、どうするか全然話して無かった」
 納得したように言う少年。
 「でも、そんなことも聞かずに男の家まで着いてくるのはどうかと思う、女子的に」
 少年に諭され、ばつの悪そうな顔をする三九夜。
 「うるせぇ。そう言う手合いは滅多刺しにしてやるまでよ」
 「滅多打ち?」
 「滅多刺し」
 大事なことなので2回言いました。
 「……そう言うのもどうかと思う、女子的に」
 「お前が女語るなよ」
 「それもそうだ」
 「大体、女子なんて連れ込んだら、お前の親御さんたちに誤解されンじゃねーの?」
 「その心配はいらない」
 いつものように淡々と少年は言った。
 心なしか顔を曇らせたように見えたのは三九夜の気のせいか。
 「親は仕事で、朝早く、夜遅い。大体、俺のことなんて気にしない。多少家を我儘に使っても、大丈夫」
 「共働きって奴か」
 「違う」
 首を横に振る少年。
 「親は、父親が1人。母親は、俺が生まれてすぐに亡くなった」
 「……あー」
 それを聞いて、気まずくなる三九夜。
 ―――もしかして、キロトくんのお母さんって元コックさんとかそう言うの?―――
 思い出すのは、善人のこんな言葉。
 そレに対してこの少年は何も言わなかったが、母親が亡くなっていることを笑顔でペラペラ話せと言うのも無理な話だ。
 「ひょっとしてひょっとしなくても、オレら結構気に障ること言ってたか?」
 「別に」
 重い沈黙が、その場を支配する。
 「ウチも、そんな感じだな」
 ポツリ、と三九夜は言った。
 「いや、両親は生きてるけど、共働きで。ずっと仕事にかまけたままオレのことなんざ欠片も構いやしねぇ」
 「そっか、それで……」
 「お前ン家も同じって勘違いしちまって、な」
 すまない、と頭を下げる三九夜。


313 :ヤンオレの娘さん 第三回戦 まい・ふぇあ・れでぃ   ◆3hOWRho8lI:2011/07/18(月) 22:02:54 ID:CImphNxY
 「気にするところじゃ無い」
 「気にするところじゃ無くても、気まずくはなるぜ。両親はアレでも、オレにはお隣の千堂家の人たちが―――ゼンがいてくれたからなぁ」
 千堂家と、それ以上に善人と一緒に過ごした日々を思い出しながら三九夜は言った。
 「お陰で、全然寂しくはなかった」
 そう口に出して、気がついた。
 「あ、そうか」
 親の愛情が一番欲しい時期から両親がいなくて、その寂しさを善人が埋めてくれて。
 一番誰かに居て欲しい時に、善人がいてくれて。
 その時間がいつしか、かけがえの無いものになっていて。
 「だから、私は善人が好きなんだ」
 自分で口に出して、スッとそれが心の中にしみわたる。
 想いが、納得できる。
 「そうか、君にはいてくれたんだな」
 三九夜の言葉を馬鹿にすることも無く、少年が言った。
 「いつも想いを共にして、いつも隣に寄り添ってくれる、大切な人が」
 いつもの無愛想な姿とは違った、優しい声で。
 「良いな」
 素直な憧れの眼差し。
 「そ、そんな話をしに来たんじゃねーだろが!?」
 照れ隠しに怒鳴り、三九夜は話を元に戻させた。
 「ああ、そうだな」
 そして、三九夜は強引に話を戻す。
 「で、何なんだ。お前の言う『協力』ってのは」
 三九夜は言った。
 「できるかもって感じだけど……」
 「それでも言え」
 まだるっこしい奴だ、と三九夜は思った。
 「まず、確認だけど、天野さんは異性として愛してるんだよね」
 「なな!?」
 ストレートな言葉に動揺する。
 「千堂のことを」
 「なななな!?」
 図星を突かれて(剣道部だけに)更に同様する。
 「ななななな何を言ってるのかささささっぱり!?」
 「違うのなら、俺はとんでもない勘違いをしていた。それなら協力のしようが無い。ごめんなさい」
 動揺する三九夜に頭を下げる少年。
 「違わない違わない。私は彼を愛してる。好き好き大好き超愛してる!世界の中心で愛を叫ぶくらい!!」
 勢いで死ぬほど恥ずかしいことを言ってしまったと言ってから後悔する三九夜。
 「なら、いけると思う」
 それに対して突っ込みを入れるでもなく大真面目に頷く少年に、三九夜は色々な意味でホッと胸を撫で下ろした。
 「俺が思うに、千堂は嫌いじゃ無いと思う、天野さんのこと」
 「ホントか!?」
 「でも、女の子として見てるかはかなり微妙」
 「そうか……」
 キロトの言葉に、ガクリと肩を落とす三九夜。
 「でも、年相応に女の子に興味はあるみたい。冬木さんへの対応を見ると分かる」
 「胸ばっか見てるもんな!」
 「ああ、胸ばっかり見てる」
 2人で頷き合う。
 善人本人は誤魔化してるつもりでも、周りにはモロバレだった。
 中学生男子の性欲なんて、そんなものだ。
 「だから……」
 と、少年は続ける。
 「天野さんも自分の『女の子らしさ』をアピールすると良いと、思う」
 スッ、と丁寧に三九夜の頬に手を当てて、キロトは言った。
 「オ、オイ……」
 「綺麗な肌、だね。男なら、こうはいかない」
 少年の声からは、ゾクっとするような色気さえ感じられた。
 「ちょ、何を……?」
 三九夜の脳裏に、先ほどの少年の言葉が反芻される。
 『どうかと思う、女子的に』
 その警告道りになってしまうのだろうか、自分は。
 「ちょ、止め……」
 「さぁ、始めようか」
 少年の声が、2人きりの部屋に響いた。


314 :ヤンオレの娘さん 第三回戦 まい・ふぇあ・れでぃ   ◆3hOWRho8lI:2011/07/18(月) 22:03:17 ID:CImphNxY
 それから。
 結論からいえば。
 『そういう』展開にはなりませんでした。
 「十八禁板だからって、中学生がそう簡単にそういうことすると思われても困る」
 「だ、だよなー。カハ、カハハハハ……」


315 :ヤンオレの娘さん 第三回戦 まい・ふぇあ・れでぃ   ◆3hOWRho8lI:2011/07/18(月) 22:03:42 ID:CImphNxY
 それから、数日後。
 千堂善人は強烈な違和感と共に起床した。
 「あ、れぇ?」
 いつものような、幼馴染の竹刀による『目覚まし』が来ない。
 ムクリ、と体を起こして時計を確認すると、いつも通りの起床時間。
 あの乱暴な起こし方によって、体内時計がすっかりいつものパターンに固定されていたらしい。
 自分の順応性に今更ながら感心しながら善人はベットから這い出た。
 「サクー?」
 と、自室のドアを開けて呼びかけてもいるはずもない。
 とりあえず、着替えを済ませて、階下のリビングに降りる。
 三九夜が来る時よりもずっと短時間で済んだ。
 しかし、何だろうこの味気無さは。
 「母さん、サクはー?」
 キッチンにいる母に声をかける。
 同時に、どれ程三九夜の存在を当り前に感じていたのか気付かされる。
 「ああ、サクちゃん?さっき電話あったんだけど、今日は他所で食べてくるって。何か忙しいみたいよ」
 いつものように朝食を用意しながら、母親は言った。
 「忙しい、って……?」
 善人はそんな話を聞いていない。
 そんなことは三九夜と一緒にいて初めて、つまり生まれて初めての経験だった。
 「母さんも良く分からないけどねぇ。やっぱり、剣道部の部長さんは色々大変なんじゃない?アンタもサクちゃんに負けないように頑張んなさいよ」
 ドン、と大盛りのご飯をよこしながら、母が言う。
 「いや、何でそこで僕に矛先が向くワケ?」
 ご飯を受け取りながらも抗議する善人。
 「三九夜ちゃんが剣道始めたのは、お前が始めたからだろう」
 それに対しては、隣で新聞を読みながら先に朝食を食べていた父親が答えた。
 「え、そうだっけ?」
 「覚えてないのか?」
 そう言えば、近所の剣道教室で剣道を始めた頃、いつものように一緒に遊びたがった三九夜に対して「今日はけんどーがあるからダメ!」とか言った記憶がある。
 それに対して三九夜が「じゃあ、わたしもいっしょに『けんどー』やる!」と言いだして……
 「その後、やるやるといって聞かない三九夜ちゃんに根負けして、三九夜ちゃんのご両親と色々と相談したのを覚えてるぞ、私は。具体的には稽古の月謝の話とか」
 と、父が補足した。
 「根負けって。アンタは最初からサクちゃんの味方だったじゃない」
 父の言葉にツッコミを入れる母。
 「当り前だろ」
 それに対して、父は新聞から顔を上げずに答えた。
 「我が家の息子は善人だが、我が家の娘は三九夜ちゃんと言ってもいい位だからな」
 新聞から顔を上げないのは、恥ずかしがっているからかもしれなかった。
 「でも、サクの奴がそんなことを、ねぇ」
 ご飯に箸を付けながら、しみじみと善人は呟いた。
 今では率先して竹刀を振り回すような奴なので、てっきり三九夜の方から始めたものだと、長らく記憶違いをしていたが。
 「サクちゃんはアンタのこと大好きだもんねぇ」
 ニヤニヤする母親。
 「アイツがぁ?」
 善人には普段から乱暴ばかりしているような奴だが。
 自分のことを使いっぱしりか何かと勘違いしてるのではと思うこともあるくらいだ。
 「嫌いだったら、お前を毎朝起こしには来ないだろう」
 と、こちらは父親。
 「もう、うるさいうるさいうるさいよ!」
 両者の生温かい視線に耐えきれなくなり、善人は急いで食事を胃の中に押し込めた。
 そして、身支度を整えてから、鞄や荷物を持って玄関に走る。
 行く寸前に忘れ物が無いか軽く確認。
 いつもなら、そう言うことも三九夜が皮肉気ながらも口うるさく言っていたのを思い出した。
 「いってくるね!」
 「ええ、いってらっしゃい」
 「気を付けるんだぞ、今日は三九夜ちゃんがいてくれないんだからな」
 「うるさいよ!」


316 :ヤンオレの娘さん 第三回戦 まい・ふぇあ・れでぃ   ◆3hOWRho8lI:2011/07/18(月) 22:03:59 ID:CImphNxY
 そうやって、1人登校路を歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
 「なぁ、キロト。コレ、本当に変じゃないか?」
 三九夜の声だった。
 「大丈夫、アマノジャク。全く変なんかじゃ無い。むしろ、可愛らしい」
 それに答える、キロトと呼ばれた少年の声は気のせいかいつもより優しげに聞こえた。
 「サク?キロトくん?」
 声のする方に近づく善人。
 「ゼ、ゼン!?」
 「おはよう」
 そう答えるのは、いつものように淡々とした口調のキロトと呼ばれる長身の少年と、少し慌てている様子の隣は―――誰だろう?
 身につけているのは二葉達と同じ中等部女子制服。
 黒いブレザーに赤いリボン、アクセントに校章が入れられた、近所の女学生憧れの逸品だ。
 髪は、ショートにした黒髪にシャギーを入れている。
 肌はきめ細かく、見る人が見れば校則違反にならない程度にファンデーションを使っていることが分かっただろう。
 薄化粧の施された目は大きく、猫のような釣り目で、中性的な面立ちの魅力を引き立てている。
 何故か両手の指と言う指に絆創膏が巻かれているのが気になるが、文句なしの美少女だった。
 「よ、よぉ、ゼン」
 と、その美少女が善人に声をかけてきた。
 「……誰?」
 善人の言葉に、まるでこの世の終わりのような顔をする美少女。
 「千堂」
 善人に対して剣呑な視線を向けてくる長身の少年。
 「それ、本気で言ってたら殴る。嘘で言ってたら殴る。冗談で言ってても殴る」
 「結局殴るんじゃないか、キロトくん!!」
 と、少年にツッコミを入れてから、善人は改めて美少女の顔を良く見る。
 猫のような釣り目に中性的な顔立ち―――よくよく考えてみるとどこかで見たような。
 「まさか―――サク?」
 「やっと気がついたのかよ!」
 三九夜の怒号に、どつかれる!と身構えた善人であったが……
 「ああ、良かったぁ」
 緊張の糸が途切れたかのように、三九夜は地面にへたり込んだ。
 ごく自然に女の子座りをして。
 そう言えば、なぜか三九夜は善人の前では胡坐をかくことも多いが、女の子座りもできる奴だったと善人は思い出した。
 「天野さん、女の子が地面に座らない。服が汚れる」
 「あ、ああ。悪い悪い」
 長身の少年はごく自然に三九夜に手を差し伸べ、三九夜もその手を取って立ち上がる。
 それだけの動作なのに、実にサマになり―――なぜかその様子に善人の心は一瞬だけざわめいた。
 「ええっと、サク。ソレ、っていうかその格好どうしたの?」
 「ああ、これか?」
 改めて上から下まで、表から裏まで自分の恰好を確認する三九夜。
 「やっぱ、ヘンか?」
 「い、いや、良いんじゃないかな?」
 って言うかむしろ良すぎる。
 三九夜が女の子であることを意識させられ、ドギマギさせられる。
 「天野さん、コレのためにかなり頑張った。それというのも―――」
 長身の少年の言葉を遮るように、三九夜は彼のわき腹をどついた。
 いつもの三九夜だ、と思い逆にホッとした。
 お陰で、三九夜が小声で「余計なことは言うな」と真っ赤になって言ったことには気がつかなかったが。
 「こーゆー女子っぽい格好って、意外と準備に手間かかるモンなんだな。お陰で今朝はちょっと時間食っちまったぜ」
 起こせなくてゴメンな、と手を合わせる三九夜。
 普段と同じようなおどけた動作なのだが、えらく女の子らしく、そして可愛らしく見えた。
 「いや、『女子っぽい格好』って。サク、女の子じゃないか」
 そう言ってやっと、善人はいつものやり取りに戻った気がした。
 「忘れてたんじゃなかったのかよ、ソレ?」
 いつも通りのシニカルな笑みに戻る三九夜。
 「そ、そんなことより学校行こう、学校!」
 ドキドキする心臓を押さえながら、善人は言った。
 今朝は、どうにもペースを崩されてしまう。
 それがどういう感情なのか、善人はまだ、はっきりとは理解していなかった。


317 :ヤンオレの娘さん 第三回戦 まい・ふぇあ・れでぃ   ◆3hOWRho8lI:2011/07/18(月) 22:04:19 ID:CImphNxY
 とはいえ。
 三九夜の『イメチェン』は夜照学園中等部に大きな衝撃を持って迎えられた。
 実のところ、三九夜が『アマノジャク』と呼ばれる理由は半分以上は、女子なのに男子のような格好をしていることだった訳で。
 その設定が崩されたことは大きな反響を呼んだ。


 例えば、冬木双葉さんの場合。
 「すっごーい!天野さん、かーわいー!」
 登校路で三九夜たちと合流した後、三九夜の姿を見て目をキラキラさせる二葉。
 上下前後左右から三九夜を見つめ、何枚か写メをとる。
 「ねぇねぇねぇ、今度一緒にお買い物行こう!?そして、可愛いお洋服いっぱい着よう!?って言うか着させてー!!!!!!!!!!」
 ポカンとする三九夜の手をブンブン振りながら、可愛いもの大好き二葉さんは興奮気味であった。





 あるいは、剣道部副部長さんの場合
 「そうですか」
 「って、そ れ だ け か い!!」
 天野三九夜が女子制服で、しかも美少女として登校した、という噂に対して淡白な反応の副部長。
 それに対して、クラスメートで生徒会長の一原百合子はツッコミを入れた。
 「そこは驚こうよ!ギャップに萌えたりしようよ!もっと食いつこうよ、中学生男子!」
 バンバンと副部長の机を叩く百合子。
 噂を持ってきた百合子としては、もっと大きなリアクションを期待していたらしい。
 「そんなに驚くには値しませんよ、一原さん」
 むしろ百合子の方がオーバーリアクションを取っているのを、クスクスと笑う副部長。
 「天野部長は、剣士である前に乙女ですから。それも『恋する』、ね」
 そう言う副部長の眼差しは、とても優しげなものだった。
 「ところで、一原さんはどうしてそう言った女子関係の噂が早耳なんです?噂の情報通『放導官(ルーモア・ルーラー)』さんでも無いのに」
 「そ、そうかしらん?グーゼンよグーゼン……」
 副部長の言葉に、美少女大好き一原さんは目をそらした。


318 :ヤンオレの娘さん 第三回戦 まい・ふぇあ・れでぃ   ◆3hOWRho8lI:2011/07/18(月) 22:04:47 ID:CImphNxY
 そして、最後にもう一人―――
 その日の休み時間、中等部第二校舎の屋上でたった2人の生徒がいつものように寝転がっていた。
 本来は立ち入り禁止なのだが、それを咎める者はいない。
 良くも悪くも微妙に緩い傾向にある夜照学園で、こうしたささやかなルール違反は日常茶飯事だ。
 例えば、女子が護身用のために内ポケットにナイフを忍ばせていたりするのは最早ちょっとしたブームと言っても良い。
 「聞いたよー」
 そんな中、声を発したのはその片方、糸のように目を細めて笑う生徒だ。
 話しかけた相手は、クラスでキロトと呼ばれる長身の少年。
 「キミのクラスにいる毒舌コンビの片方が随分かわいくなった、ってねー。昔あったよねー、そう言う映画」
 「……」
 それを黙って聞く長身の少年。
 別段、機嫌が悪い訳ではない。
 彼はいつもこんな調子だ。
 むしろ、この場で会話がある方が珍しい。
 会話が無くとも、ただ2人でこうしているだけで、彼は心地良く感じていた。
 「もしかしてさー、キミが何かしたのー?」
 穏やかな声音で、目を細めた笑顔の生徒は言った。
 「どうして、そう思う?」
 「この間さ、天野さんに随分親身になってたみたいだったからねー」
 「気づいてたのか」
 先日、彼女が泣いていたのはクラス委員長と生徒会の会議をしていた教室の近く。
 長身の少年以外の人物が気が付いていたとしても何ら不思議は無い。
 例えば、この生徒のように。
 「まぁ、ね。でも、そう言う手合いってフツーそっとしとくモンじゃない?って言うか放置しとくモンじゃない?よくもまあ話しかけられたよねー。偉い偉い」
 「……」
 「どうしてそんなことできたのかなー?あ、もしかして」
 笑顔のまま、長身の少年の方に顔を向ける。
 「天野さんって、キミの『いい人』ってヤツー?」
 「誤解しないで」
 長身の少年は、そう答えてから「……お願い」と付けくわえた。
 「俺は、ただあの2人が―――天野さんと千堂の関係が『良いな』って、『羨ましいな』って思っただけ。だから協力した。それだけ」
 「羨ましい、ねー」
 長身の少年の言葉を、ニコニコ笑顔で聞くその生徒。
 「ってことは、欲しいと思ったんだー、千堂くんにとっての天野さんみたいなヒト」
 「……」
 その言葉に、無言でうなずく長身の少年。
 「ってことは、手に入ると思ったー?千堂くんにとっての天野さんみたいなヒト。キミなんかにさー」
 その言葉には、少年は何も答えなかった。
 「だよねー」
 笑顔を崩すことなく、その生徒は言った。
 「キミはボクの同類だからねー。誰にも祝福されずに生まれ、誰にも愛されずに育ち、誰にも理解されないまま―――死ぬ」
 笑顔のままで、言葉を紡ぐ。
 「ボクみたいな同類と、こーやって傷を舐め合うくらいがせいぜいじゃん」
 「それでも……」
 消え入るような声で、長身の少年は答えた。
 「たとえ傷を舐め合うような関係だとしても、俺はお前との関係が……その……嫌いってわけじゃ、無いよ、九重。

 九重かなえ


 消え入るような声で、それでもしっかりと長身の少年は笑顔と言う名の無表情をした、艶やかな黒髪の生徒―――女生徒、九重かなえに向かって答えた。


319 :ヤンオレの娘さん 第三回戦 まい・ふぇあ・れでぃ   ◆3hOWRho8lI:2011/07/18(月) 22:05:15 ID:CImphNxY
 「どうだった?」
 その後、午後の授業の休み時間。
 長身の少年(通称:キロト)は廊下で三九夜に聞いた。
 「ずっっっと女の子を見る目だった!」
 満面の笑顔で三九夜は言った。
 両手の絆創膏が逆に痛々しい。
 「いやさ、ほとんどずっとゼンの奴さぁ、隣のオレを意識しちゃってる感じがモロバレ!って感じだったぜ。オレもちゃんと女の子だって分かってくれやがったみたいだ!」
 「そうか、良かった」
 ハイテンションに捲し立てる三九夜に対して短く答える少年。
 無意識に、声に穏やかな物が混じる。
 「このまま続ければ、ゼンも私と同じくらい、オレのこと好きになってくれるかな!?」
 「うん、大丈夫。『二千のラブコメを読む男』を言われた俺が保証する」
 「ホントか!?」
 「うん、次の課題は料理」
 長身の少年の言葉に、渋い顔をする三九夜。
 「料理か……アレがあそこまで強敵だとは思っても見なかったぜ」
 先日、三九夜が長身の少年の家に行ってから重ねたことは、『自分の女の子らしさをより向上させ、アピールする方法』を身につけることだった。
 善人のような中学生男子に恋愛対象として見てもらう早道は、自分の中の女の子らしさをアピールすること。
 女子制服を用意し、メイクや髪型の見直し、更には家事全般のレッスンを長身の少年から受けた。
 受けたのだが……
 「参考までに、今まで料理の経験は?」
 「あー、家庭科の調理実習でも、芋洗ったり、皿並べたりしたくらい。それ以外は全然」
 三九夜は、とんでもなく料理が下手だったのだ。
 両手の絆創膏は先日廊下で慟哭した時の怪我よりも、包丁で指を切った怪我による物の方が多いくらいだ。
 「やっぱ私、才能無いのかなぁ」
 「そんなこと無い。俺の教え方が悪かったんだと思う」
 見た目と裏腹に、長身の少年は家事全般が得意分野だった。
 先日の弁当も全て自身の手作りだ。
 そもそも、長身の少年はその分野で何か三九夜に協力できないかと思い立った訳だが……
 「キッチンを爆発させる、なんてマンガみてーな真似を自分でやるたァ思わなかったなー」
 昨日、少年宅のキッチンで起こった惨事を思い出して、三九夜が渋い顔で言った。
 「見た目は派手だったけど、被害は深刻じゃ無い。掃除したら元通りになった」
 「そいつは重畳」
 「今日の放課後からでも、また料理の練習が始められる」
 「まーたお前のキッチンをダイナシにしちまうかもしれないけどな」
 「良いの?千堂に振り向いてもらえなくても」
 はらはらと泣かれた。
 「う、うぁ、あぅ、グス……」
 「ご、ゴメン天野さん!?そういうつもりじゃ無くて……」
 ハンカチを取り出し、泣きだした三九夜に謝る。
 「ヒック……やっぱり無理だよなぁ……料理一つできないガサツな女が、ヒック、ゼンとなんて、ヒック、釣り合わないよなぁ……」
 「釣り合わないなんてことない」
 「……本当?」
 「俺は、同じクラスになった時から君たち2人を見てた。君たち2人を見て、『良いな』って思った。だから、協力した。その2人が釣り合わないなんてはず、無い」
 決して大声ではないが、一言一言、ハッキリと言う少年。
 「……だな」
 その言葉に頷いて、少年のハンカチをひったくる三九夜。
 「ゼンを委員長に何か渡さねぇ。絶対絶対絶対、アイツをモノにして見せる!」
 「ああ、頑張って。俺も、頑張る」
 「ああ!」
 そうやって頷き合う2人の間には、いつしか妙な絆が生まれていた。
 それを遠目から見た者は、特に詳しく知らない者はこう見えたかもしれない。
 「コイツら付き合ってるんじゃね?」と。


320 :ヤンオレの娘さん 第三回戦 まい・ふぇあ・れでぃ   ◆3hOWRho8lI:2011/07/18(月) 22:06:46 ID:CImphNxY
 夜照学園中等部で噂の『放導官(ルーモア・ルーラー)』は単なる学園きっての情報通、ではない。
 『報道』ではなく『放導』であるように、学園中の情報を把握し、それらを流布し、意図する方向に出来る限り導く、まさに情報の支配者と言っても過言ではない存在である。
 その正体を知る者は全くと言って良い程いない。
 もっとも、本人としては『放導官』なんて打ち切られた少年漫画のような微妙なセンスの通称で呼ばれるのは好むところでは無いのだが。
 『放導官』でも全ての情報を支配できる訳ではないという好例だった。
 と、言うより今でこそ有用なので『放導官』と言う名を積極的に使ってはいるが、彼女(女生徒なのだ)自身情報を支配できているとは微塵も思っていなかった。
 そもそも、情報の支配者になんてなりたくてなった訳でも無い。
 女子内のネットワークの中でうまく立ち回るために人間関係(コネクション)を構築し、コミュニケーションを取る過程で、気が付いたらそうなっていた、と言うだけの話。
 少しふるまいを間違えれば、どうでも良い理由を付けられていじめられることもあたり前な中学生女子の人間関係の中で生きていくにはこの手の情報―――噂(ルーモア)を操ることは不可欠だったのだ。
 どちらかと言えば目立つ容貌をしている彼女としてはなおさらであった。
 実際、『放導官』としての初期の活動は、自分に矛先が向きそうになったいじめの種を他の人間に『斡旋』することだったし。
 最初の頃は、その為に何人の友達を『売った』か、もう覚えてはいない。
 ともあれ。
 その日、『放導官』は、模範的な女子中学生らしく自宅で数学の宿題をする傍ら携帯電話をいじっていた。
 いじめのリーダーとなる生徒の中にはメールの返信が少し遅れるだけでも気分を害し、相手を次のいじめのターゲットにするような者もいる。
 『放導官』としても、一女生徒としても、そうした類の『友人』は数多くいるので、携帯電話は常に気を配るべきツールだった。
 その日も、宿題中にメールが届いた。
 女生徒としての『友人』、クラスメートの1人からだった。
 添付ファイルには写メが一枚。
 本文の内容を要約すると以下の通り。
 『隣のクラスの廊下でイチャついてる2人を写メった!本人たちはヒテーしてたけど、コレ絶対付き合ってるよね!?』
 「……悪趣味」
 相手に聞こえることの無い感想を吐き捨て、添付ファイルを開く。
 写真に写っていたのは2人の生徒。
 泣いている女生徒を、背の高い男子生徒が優しくなだめているようにも見える。
 確か、剣道部の部長とそのクラスメートだったはずだ。
 彼らの目線はカメラの方には向いておらず、盗み撮りであることは明白だった。
 正直、これだけでは恋愛関係にあるかどうかは確証が持てるものでは無かったが、変に反論して気分を害されると厄介な相手だ。
 『写メみたよ!そうだよねー。100パー付き合ってるよねー』
 取り合えず、こう返信しておけば大丈夫だろう。


321 :ヤンオレの娘さん 第三回戦 まい・ふぇあ・れでぃ   ◆3hOWRho8lI:2011/07/18(月) 22:07:05 ID:CImphNxY
 「しっかしまぁ、白昼堂々こんな姿をさらしちゃうなんて、不幸と言うか迂闊と言うか」
 瞬時に返信した後、シャーペンを動かしながら彼女は呟いた。
 「ま、隙を見せたのは向こうなんだから、心おきなく有効活用させてもらいますか」
 恐らく、放っておいても剣道部部長のことは噂になるだろう。
 ならば、噂の流布を加速させて、盛り上げてやることにしよう。
 ここのところ女子の間で面白そうな話題もあまり無いし。
 女子の中には『最近面白いことが無いからイジメる』なんて頭のおかしい連中が当り前のように存在する。
 そんな理由でクラス中から無視されたり、画鋲に靴を入れられたり、制服をズタズタにされたり、自殺の方法を考えたり、といったことなど『放導官』としては二度とごめんだ。
 そう言う訳で、部長さん達にはイジメ防止のためにも『面白い』噂の種になってもらうとしよう。
 真偽不明の噂を流すことに多少の罪悪感が無いでは無かったが、イジメのターゲットにされるのに比べれば可愛いものだろう。
 「そうだ、盛り上がるようにテキトーなストーリーをくっつけようか」
 すでに、彼女の意識は完全に、数学の宿題から『剣道部部長 天野三九夜』という情報をどう利用するかに移っている。
 元々、数学は彼女の苦手科目だ。
 歴史のような、情報を覚えるだけで良い暗記科目は得意だが、自分で考える部分の大きい数学のような教科は苦手なのだ。
 「ま、恋仲にあるあのデカいクラスメートのために一念発起して可愛らしくめかしこんできた、ってのが順当かしら、ね」
 勿論、相手の名前も把握しているが、ここで態々思い出す必要も無いだろう。
 「デカい奴は部長の幼馴染と恋敵で―――って最初からココまで設定することは無いか」
 噂とは尾ひれがつくもの。
 尾ひれがついて、拡大が加速する。
 最初から密に噂(ストーリー)を設定しすぎると尾ひれが付き辛くなるし、『放導官』にとって想定外の方向に噂が向かってしまう恐れがあった。
 「これから忙しくなりそうだね、正樹」
 シャーペンを携帯電話に持ち替えてそう呟き、少女は机から顔を上げる。
 視線の先には、壁に拡大コピーして貼られた、1人の少年の写真。
 写真はその一枚だけでは無い。
 壁や天井、部屋中に隙間一つなくその少年の様々な姿を映した写真が貼られていた。
 誰かを利用するようなこと、嘘かも知れない情報を流すことに罪悪感が無いわけではない。
 けれども、朱里はその写真の少年―――葉山正樹の姿を見れば、ひと時でもそれを忘れ、安らいだ気分になれた。
 「私は今日も頑張るからね、正樹―――まーちゃんの子供をいっぱいいっぱいいっっっっぱい産んであげるその日まで、ね」
 口元に笑みを浮かべて、『放導官(ルーモア・ルーラー)』こと明石朱里はそう呟いた。
 その笑みが悲しげに、それ以上に狂気的に歪んでいることに気が付く者は、今はまだ、誰もいない。