134 名前:駄文太郎 ◆4wrA6Z9mx6[] 投稿日:2011/07/09(土) 00:13:03 ID:asqVRv9w [3/7]
~Side Yuri Tsumugihara~
 久坂誠二を取り戻すためにはどうすれば良いか。
 そろそろ家を出ないと朝のショートホームルームに間に合わなくなるという時間になっても、紬原友里はまだ自宅のアパートの一室に籠もっていた。
 まさか生徒会が、いや副会長がイジメに関与しているとは思わなかった。
 恐らくは周囲から孤立させ、自分にだけ頼るよう調教するのが狙いだったのだろう。
 下らない。しかし、良い策だと思う。
 友里は己の無策ぶりに、雌猫の狡猾さに、怒りと嫉妬を滲ませて下唇を噛み締める。
 では、自分はどう動くべきか。
 あの日から、プレゼントという名の紬原友里は拒否されたままだ。
 何があっても、どうしても、彼には受け取ってもらわなければならない。彼は私を救ってくれた。私の罪を浄化してくれたのだ。
これはそのお礼。言うなれば、あの日渡せなかったクリスマスプレゼント。
 私を見てくれないのは彼にじゃれつく雌猫のせい。
 では、障害を排除するためにはどうすれば良い?
 あの時と同じように殺すか?
 ――駄目だ。後処理が大変だし、何よりもそれでは雌猫の存在が一生彼の頭に残ってしまう。
 ならばどうする?
――簡単だ。あの情報を使えばいい。
けれど、単に発したところで信用する者はいない。ではどうする?
――証拠を集めよう。
どうやって?
――………………………………
思考が途切れる。だが何か、やりようはあるはずだ。友里はそう信じて記憶を探る。
確か、便利な道具が……あった、はず…………。それも、つい最近――
「あ――」
 使い勝手の良い自称・情報屋のクラスメイトがいるではないか。
 思い出し、思わず声が漏れる。そして口の端がかすかに吊り上がった。
 笑みである。
 見方によっては、妖艶な、もしくは悪魔のような笑みだ。
 彼の正義感を煽って、味方につければいい。
 結論に至った彼女はすぐさま学校に行く支度を始めた。

135 名前:駄文太郎 ◆4wrA6Z9mx6[] 投稿日:2011/07/09(土) 00:13:39 ID:asqVRv9w [4/7]
 寮を出、路面電車を使って高等部の校舎まで移動する。同じ制服を身に着けた生徒が、興味深げに視線を送っているのには、友里も気づいていた。あからさまにそうされれば、否が応でも気づくことになる。
 人をゴシップネタか何かのように見ることに、友里は吐き気を催すくらい嫌悪していると同時に、慣れていた。自身の髪の色がそうであるがゆえにだ。
 クラスメイトからは気味悪がられ、苛められもした。親からも嫌われた。
 そんな絶望的な状況に置かれて、なお彼女は生き続けた。
 誰かが助けてくれると信じていたから。おとぎ話のようではなくとも、この地球上には六十億もの人間が住んでいる。少なくとも一人くらいは傍に寄り添ってくれると、漠然と信じていた。だからだ。
 そして、齢二十にも満たないうちに偶々『彼』と出会ってしまった。
 そう、ただそれだけのこと。
 それだけだと言っても、手放すつもりはない。それに、命の恩人でもある。
 彼そのものが私に対するクリスマスプレゼント。そして私は返さなければならない。だから、私からのクリスマスプレゼントは私自身。
 だから彼を手放したりしない。手放してはいけない。
 そのために、遠回りでも安全な方法で消さなくてはならない。
「おはよう、雪下君」
 教室に入ると、普段と変わらぬ調子で情報屋・雪下弘志に話しかけた。

136 名前:駄文太郎 ◆4wrA6Z9mx6[] 投稿日:2011/07/09(土) 00:14:53 ID:asqVRv9w [5/7]


~side of Seiji and Misae~
「それで、どうして美佐枝が僕の家に?」
 今から登校すればショートホームルームまで十分時間があるであろう時間に美佐枝は久坂家のリビングに居た。
「居てはいけない理由でもあるのか?」
 誠二が淹れたコーヒーを堪能しながら美佐枝が言い返す。
 彼女曰く、一心同体であるからこそ四六時中ともにいなければならないのだそうだ。だからこうして午前五時から久坂家で寛いでいるという状況なのであった。
「いや、だって今日は平日で、これから学校に行かないといけないし……」
「誠二」
 視線を微妙に床に逸らして喋る彼を、美佐枝が優しく抱擁した。
「学校は辛いだろう? だから、私は今日、お前と一緒に、お前の家で過ごしていたいんだ」
「……いや、でも…………」
 確かに魅力的な提案だ。しかしそれは今の誠二にとっての話である。
 いじめに対抗するためには、彼女に余計な負担をかけないためには、学校に顔を出すことが最も効果的なのだ。誠二には、過去の経験から断言できる自信がある。
「誠二」
 再び彼の名を口にする美佐枝。そしてさっきよりもやや強く抱きしめられる。
 どうしたものかと困惑する誠二だったが、視線が美佐枝の肩にとまった時、彼女の肩がどうしたことか震えていることに気がついた。
「美佐枝……?」
「ああ、いや、すまない。私としたことが弱気になってしまった。なに、誠二が気にすることじゃない」
 抱擁を解き、視線をこちらに向けた美佐枝の眦にうっすらと涙が浮かんでいるのが見える。

137 名前:駄文太郎 ◆4wrA6Z9mx6[] 投稿日:2011/07/09(土) 00:15:18 ID:asqVRv9w [6/7]
「……………………」
 そんな彼女の様子に、誠二はわずかに怒りを感じていた。
ことあるごとに一心同体だのなんだのと言ってくる割に、自分のことは一切気遣わせないようにするその態度が気に入らないのだ。
 指で涙を掬い取る美佐枝を、誠二は無言で強く抱きしめた。
「せ、誠二……!?」
 突然のことに、美佐枝はひどく狼狽したようだ。
 しかし誠二は強く抱きしめたまま無言で居続ける。
「ど、どうしたんだ? 誠二?」
 戸惑いの中に、微かながら喜色が入り混じっているようだが、今の彼にはそんなのお構いなしだ。強く抱きしめたまま、彼女の耳元で静かに囁いた。
「一心同体なんでしょ? だったら、悲しこと、辛いこと、楽しいこと、嬉しいこと。美佐枝が感じたこと、全部僕にも教えてよ。じゃなきゃ不公平だ」
「……そうか。そう、だな。ふふ。まさか誠二にそんなことを言われるとは思いもしなかったぞ」
「あはは……。でも、これで本当に一心同体だね」
苦笑しながら言う誠二に対して、美佐枝が半歩だけ後ろに下がった。
自然と抱擁が解けることとなり、どうしたのかと誠二は困惑する。
「一心同体……いや、まだだ。まだ足りない。真の一心同体はな、こうするんだ」
 そう言って、美佐枝は顔を近づけてきた。
 彼女が何をしようとしているのか、誠二ははっきりと理解していた。しかし、友里の時とは違う。拒否をする気にはなれなかった。どこかで、こうなることを待ち望んでいたのかもしれない。
 潤んだ瞳が誠二の顔を映す。
「誠二……」
「美佐枝……」
 自然と、二人の唇は近づきあい。そして、触れ合った。
最終更新:2011年08月09日 12:08