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195 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/01/23(水) 20:41:21 ID:WIoPUPLv
朝の通学路。
僕は今、そこを歩いている。
これは僕の意思なのか。
それとも、別の何者かの意思なのか。
実のところ、理解が及んでいない。
無論、学校へ往くと云う目的――或は慣例があり、それに従って行動しているのだから、大元では、僕
の意思であり、決定であると云える。
けれど、と、僕は思う。
こうして歩く。
否。
『歩かされている』ことは、自身の望んだそれではない。
僕の馬手に笑顔で腕を廻す一人の女性。
これは、その人の意思ではないだろうか。
織倉由良。
一昨日までは、尊敬する世話焼きな先輩。
そして、昨日からは、僕の恋人。
僕の弓手には、包帯が巻かれている。
云うまでも無い、従妹によって与えられた『罰』だ。
他方、織倉由良の押手にも、包帯が巻きついている。
それも、僕に与えられた『罰』なのだと云う。
「素直にならず」、「本心を偽った」、「悪い後輩に対する」、「本気の現れ」だと。
僕の腕にしがみ付く織倉先輩の表情は明るい。
道往く人人は、そんな僕らをどんな風に眺めているのだろう。
少なくとも、僕自身は冷ややかだ。
願わくば、今この瞬間が、夢幻であらんことを――

「ねえ、日ノ本くん」
昨日の早朝。
立ち上がった織倉由良は、銀色の金属を片手に笑っていた。
それは折りたたみ式の果物ナイフ。
刃は大きめで、一般のそれよりも若干分厚い。
彼女は刃をむき出しにして、しっかりと柄を握り締めていた。
先輩は笑顔。
華の様な、晴れやかな笑顔。
破顔したまま、僕ににじり寄る。
「・・・先輩・・・?それ、何です、か?」
僕は引きつった顔のまま、銀色の金属を指差す。
この人は、どうしてこんなものを握り締めているのだろう。
どうしてこんな事になっているのだろう。
竦んでしまったのか、上手く身体が動かない。
「これ?これはね、保険」
「ほ、保険?」
「そう、保険。日ノ本くんが素直になってくれなかったときのために、一応持ってるだけだから」
だから気にしないで?
小首を傾げるように笑う。
(そんなこと云われても)
気にならないわけが無い。
「保険って、何の保険ですか・・・?」
声が震えている。
これは本当に自分の声だろうか。
僕が問うと、彼女は奇妙な笑顔のままで、ふふふと笑った。
子供の悪戯を微笑ましく見守る様な、そんな場違いの笑みだった。
「ねえ、日ノ本くん。私、知ってるんだ」
「何を、ですか・・・?」
“銀色”ばかりに目を奪われる。彼女の顔が、よく見えない。
ゆらゆら。
由良由良。
刃物が揺れる。


196 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/01/23(水) 20:43:35 ID:WIoPUPLv
「ふふ・・・」
織倉由良は、声を出して笑ったようだった。
声を出して笑って、それから無造作に僕に抱きついた。
「日ノ本くん、貴方、私のこと、好きでしょう?」
「――は?」
白。
頭の中が、真っ白になる。
“銀色”のことも忘れて僕は呆けた。
片耳は聞こえない。
故に聞き違えたのかも知れぬ、と、そう思った。
それほどまでに彼女の言動は突飛で、この状況には不釣合いだったのだ。
「日ノ本くん、いつも私のこと、見てたでしょう?いつも私のこと、気にしてたでしょう?・・・知っ
てるんだ、そういうの全部。全部知ってるの」
「なに、」
云っているんだ、この人は?
そりゃ今までは、食事を御馳走になるとか、普通の先輩後輩に比べても、仲が良かったけれど。
でも、逆に云えばそれだけだ。
綺麗な人とは思うけれど、この人に懸想したことなど一度も無い。
勿論、誤解させるような言葉も云った事が無いはずだ。どうしてそういう結論になるのだろうか。
なのに、この人は何かを確信しているように、
「そうでしょう?」
等と質して来た。
(違う)
そんな風に思っていはしない。
そう伝えようとして、思い出した。
僕の背中に廻っているこの人の右手には、刃物が握られているのだと。
「・・・・・」
僕は答えに窮する。
何と云えば良いだろうか、思いつきもしない。
時間にして数秒。
僅か数回分の呼吸の間。
けれど彼女は焦れたのか。
「答えて日ノ本くん。素直に云ってくれれば良いのよ?」
耳元に囁かれる声は強い。
(素直に?)
素直になんて、答えられるわけも無い。
「と、兎に角離れて下さい。このままじゃ、答えられないです」
取り敢えず、僕はそう返した。
背中に流れる汗が冷たい。自分の顔は多分に引きつっていただろう。
なのに、この人はどう解釈したのだろうか。
照れたような、奇妙な笑顔で頷いた。
「そうよね。日ノ本くん、奥手だものね。こうしていたら、答え難いかな?」
くすくすと身体を揺らしながら、彼女は距離を戻した。
「・・・・」
僕は彼女の持つ“銀色”に再び目をやって、じりじりと後ずさる。
一先ず答えを先延ばしにした。
けれど、このままではマズイだろう。
僕の背後は出入り口。
いざとなれば――
「駄目よ?」
織倉由良は背後に廻る。
唯一の出入り口。
それを塞がれる。
「ちゃぁあぁんと答えてくれるまで・・・・・、帰してあーげない・・・」
僕の胸中を看破した先輩は、悪戯っぽく笑う。
一寸した悪ふざけみたいに、悪意無く。
だけど、僕には、それが却って怖ろしく感じられた。
『壊れている』


197 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/01/23(水) 20:45:38 ID:WIoPUPLv
織倉由良の反応は、明らかにおかしい。
目の前の人間は、どこか壊れているのではないか。
僕には、そんな風に思えたのだ。
「せ、先輩・・・」
「ん?何、ナニ、なぁに?」
これから確実に訪れる幸福。
それを判りきっていて、尚恍ける様な仕種をする先輩。
この人は。
この人は僕が自分を愛していると“確信”しているのだ。
このすぐ後に、愛の言葉が囁かれるものと決め付けている。
何故そう思えるのか。
それを知る術は無いが、彼女がそう思い込んでいることだけが現実だ。
僕は――
「先輩」
「何かな?」
嘘だけは吐きたくなかった。
だから。
「申し訳ないです」
勢いよく頭を下げる。
「僕は、貴女を異性としては意識していない。素敵な人だとは思うけど、恋愛感情は持ってません」
ついこの間。
実の妹のように思っていたある少女に婚約を持ち掛けられた時と、類似する状況。
“あの時”は片耳を失って尚、思い通りには往かなかったが。
今回はどうなるのだろう。
嫌な予感がする。
僕は拳を握り締め、反応を待った。
「・・・・・」
答えは返ってこない。
腰を折っているので、対象の表情も見えない。
(どうなった・・・?)
恐る恐る顔を上げる。
先輩は。
織倉由良は笑顔を消していた。
「ふぅん?」
けれど意外なことに、そこに怒りは無いようだった。
予測の範囲内。
僕をまじまじと見つめる先輩の表情は、無言のままそう云っていた。
「やっぱり聞いた通りなんだ?」
「え?」
「可哀想・・・」
憐憫の表情で、織倉由良は僕を抱きしめる。
(どういう事だ・・・?)
理解出来ない。
何がどう可哀想だと云うのだろうか。
何が聞いた通りなのだろうか。
「その事も知っているのよ?」
「その事?」
先輩は頷いて抱擁を強める。
「日ノ本くん、昔好きだった娘に、酷い振られ方をしたんでしょう?」
「!!」
――藤夢。
僕の脳裏に泣きながら走り去る女の子の姿が浮かんだ。
あれは、僕にとっての忌むべき記憶。
けれど、気に病んでも仕様の無い昔話。
(いや、それよりも・・・)
「何で先輩が、その事を・・・!」
「私は知ってる」
聞こえる声は片方だけに。


198 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/01/23(水) 20:48:07 ID:WIoPUPLv
「私は、日ノ本くんの事なら、何でも知ってるよ?その事で日ノ本くんが傷ついて、恋愛に臆病になっ
てしまった事も。だから私に想いを打ち明けられないって事も。皆、皆、知っているの」
何を云っている?
藤夢の事は、確かに辛かったけど、それで恋に引け目を感じたことは無い。
どうしてそうなる?
どうしてそう思う?
どうして僕の過去を知っている?
どうして。
「でも安心して?私だけは日ノ本くんを裏切らない。傷つけない。ずっと傍で護ってあげる。だから、
素直になって良いのよ?」
「ち、違う・・・」
僕は首を振る。
「あの娘の事は関係なくて・・・。僕は、先輩を恋愛対象としては、」
「見せてあげる」
織倉由良は言葉を遮った。
そして、自らの左手に、肉厚のナイフを寄せ、
「私は、貴方のために、命だって掛けられる」
呆然とする僕の目の前で、織倉由良は刃物を引いたのだ。
飛び散るのは、赤。
生命の赤。
先輩の、命。
「う、うわあああああああああああ!!!!!」
僕は叫ぶ。
「せ、先輩!!何してるんですか!!!!」
「どう?信じて貰える?」
彼女は微笑む。
僕には意味がわからない。
何をやっている。
何でこうなるんだ!?
「ほら、素直になって?云って良いのよ?私のこと、好きだって。付き合って欲しいって」
どくどく。
ドクドク。
生命が流れて往く。
「せ、先輩!手!手、押さえて!!」
「駄目よ!」
慌てて近づく僕を突き飛ばす。
僕の顔に。
先輩の制服に。
部屋の壁に。
和室の畳に。
生命が、飛び散った。
「云ったでしょう?命を掛けられるって。日ノ本くんが素直になれないうちは、治療なんてしない」
素直って、こんな時まで・・・・!
状況がわかっていないのか!?
「まだ素直になれない?それなら・・・」
赤く染まった金属が、自身の首へと移動して往く。
動きに躊躇が無い。
それは、『結末』が確定すると云う事。
駄目だ。
この人は本気だ。
壊れている。
壊れたままで、本気で命を掛けてしまう!
「先輩!やめて下さい!!」
僕は彼女の腕を強引に押さえ込む。
彼女は激しく暴れて、傷口は益益開いて往った。
僕の服に滴った血液が、じくじくと染み込んで往く。
「離して!離して!!私は日ノ本くんのためだったら命だって掛けられる!それを証明するの!!だか
ら離して!!!!!」


199 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/01/23(水) 20:50:53 ID:WIoPUPLv
「離せるわけ無いでしょう!!死ぬ気ですか!?」
「離して!離しなさい!!」
「だから、先輩、落ち着いて下さい!!」
「落ち着いてる!私は落ち着いてる!!落ち着いているから、こうしているの!日ノ本くんのために、
本気の証明をしてあげるの!私のこと、好きだって云える様にしてあげるの!!!!!」
駄目だ。
話が繋がっていない。
死んでしまう。
こんなくだらない、訳の判らない事で。
この人は死んでしまう。
「わ、わかりました!!」
叫んだ。
彼女を止めるために、僕は力の限り大きな声で叫んでいた。
「ぼ、僕は、」
他に選択肢が無いのだから。
「僕は先輩を・・・・・愛しています!」
紡がれた言葉は全くの偽り。
その場逃れの為の方便。
自分を曲げた事に対する慙愧の念が渦巻いた。
それは多分、一人の人間をこの世に繋ぎ止める為に、より深みに嵌る行為。
暗く澱み、捩れた洞窟の奥底へ入り込むことと同義。
目の前には、真っ赤な笑顔がある。
酷く歪な、狂気と安堵を混合した緩い口元。
「あは・・・」
そこから、弛緩した空気が漏れて往く。
「やっと素直になってくれたね、日ノ本くん」

そして。
僕の腕には蕩けた笑顔の織倉由良が纏わり付いている。
傷を考えると登校なんて出来ないだろうに、それでも包帯を巻いた彼女は遣って来た。
「日ノ本くん、一緒に学校へ往きましょう?」
そう云った彼女の笑顔は、以前見た、平常なそれであった。
先の事象を忘れさせるような、いつもの笑顔。
だけど僕は知っていた。
彼女の持ち物の中に、昨日のナイフがあることを。
それは即ち、何時でも“あれ”が起こり得る事を示唆しているのだ。
今僕に絡み付いている先輩の腕は、きっと物質的なものだけでない、別の次元で僕を捕らえているのだ
ろう。
『離れれば、死ぬ』
暗にそう宣言されているように感じた。
だから、僕は気が重い。
この人自体の状況は勿論、今この状態を従妹が知ったらどうなるのだろう。
あの美しい鶯は、先輩と僕を是とするだろうか。
彼女の父。
楢柴文人は、あの婚約は破棄して良いと云ってくれた。
けれど、綾緒がそれを承諾するとは思えない。
宙ぶらりん。
否。
左右から身体を引っ張られ、宙に浮いているような状態だ。
どちらかの手が離れるにせよ、残っているのは“落下”だけではないだろうか。
そしてこの先、かなりの確率で“それ”は起こるだろう。
そうなる前に・・・この身体に命綱を巻いてくれる人間でもいれば良いのだが――

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200 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/01/23(水) 20:52:57 ID:WIoPUPLv
楢柴綾緒が楢柴文人に呼ばれたのは、その日の内の事である。
従兄――日ノ本創が病院を抜け出したその日。
名閥の総帥が自ら彼に謝罪に赴いた、数刻の後の話。
家の者に娘の健康状況を聞き、問題無しと判断した文人は、我が子を一室に通させた。

「とうさま、この忙しい最中、どの様な御話でしょうか?事業の方も佳境であると聞き及んでおりまし
たが、会社を空けて大丈夫なのでしょうか?」
「・・・・」
彼は答えない。
拱手したまま、じっと娘を見つめている。
顔色はそう悪くない。
表情もいつものそれだ。
血液の交換等と云う狂行を引き起こしたとは、とても思われない程に。
けれど文人は顔を引き締める。
外貌や雰囲気だけで他者を判断する愚者では、名閥の長は務まらない。
対する娘は、実父の表情から、重い真剣な話であると読み取り、脳内を切り替える。それでも彼女の
口元は、穏やかな薄笑みを浮かべているのだが。
「綾緒」
「はい」
重厚な声と、涼やかな返答。
鋭い瞳と、柔らかな笑顔。
それらが交叉した後、文人はゆっくりと口を開く。
「病院から連絡があった」
「病院?とうさま、何処か御身体を壊して御出でですか?」
「韜晦は無用だ。お前が創くんにした事――その一部始終を聞いたと云ったのだ」
「さて・・・」
綾緒は首を傾げる。
穏やかな笑みは、酷く妖艶に。
それは、人ではなく、妖しの者の気配であるように彼は感じた。
「わたくしが創さまに為した行為が、とうさまにどのような関係がありますか?」
「私は楢柴の総帥だ」
「存じております」
「なれば――家中の者の愚行は見逃せん」
彼の瞳は強い。
並の人間ならば、竦みあがる程に。
けれどその娘は、柳に風と受け流す。
「愚行、で御座いますか。それはどれを指しているのでしょうか?」
「莫迦者っ!!!」
獅子が吼える様に。
彼の一喝は空気を振動させる。しかし、娘に動じた様子は見られない。
「とうさま、何故その様に声を荒げるのですか。わたくしにも判るように御話下さいませ」
「お前は自分の仕出かした事の是非も判らんのか!?」
「判っているから――判っているから、質しているのです。わたくしにとって、創さまは総てです。命
よりも、楢柴の名よりも大切な御方です。その様な御方に、わたくしが無礼を働くでしょうか?」
「では問う。血液を無理矢理に取り替える。その様なことが、許されると思っているのか」
「許し?」
ふっと、綾緒は笑う。
「わたくしと創さまの間に起きた事に、何故余人の許しが必要でありましょう?創さまに流れる薄汚い
血を清算し、雑種の頸木からあの方を開放したことは、わたくしの人生の中でも屈指の善事であったと
自惚れております。その件に関しては、たとえ楢柴の長と云えども踏み入れぬ領域の話。とうさまと云
えど、立ち入って良い事ではありません」
「その様な一方的な思い込みで他者を傷つけるな!!」
「思い込み?」
綾緒の表情が消える。
何も無いのに、何処か冷たい。
そんな顔に。
「“外様”の貴方がなにを仰るのですか?創さまは一言でも、不愉快であると、苦痛であると云いまし
たか?云っていないでしょう。あの方も綾緒の行為を喜んでおられるのですから」
「そう云い切るのであれば、お前には彼の妻になる資格は無い。慕っているならばこそ、その顔で、そ
の立ち居振る舞いで、胸中を察してやるべきであろうが」


201 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/01/23(水) 20:55:07 ID:WIoPUPLv
「察しているからこそ、ああしたのです。血抜きはそれなりに苦しいのですよ?奉仕と喜びがあるから
こそ、艱難辛苦に耐えることが出来るのです」
「・・・・」
誇りに満ちた表情で云い切る娘を見て、楢柴文人は眉を顰める。
(話にならん)
ここまでとは。
ここまで歪んでいるとは、思いもしなかったのだ。
「・・・綾緒」
「はい」
「お前と創くんとの婚約は無かったことにする。その事は、彼にも伝えてある」
「――」
無。
今度は、冷たさも無い、完全な無。
突然の出来事に、綾緒は呆然とする。
「これは楢柴の総帥としての決定だ、そして、お前には謹慎を命ずる」
「・・・・・」
「本来なら、お前を引き摺ってでも彼の元に連れて往き謝罪させるべきなのだろうが、お前が自らの過
ちを認識していない状態では、謝らせる意味も無い。暫く頭を冷やせ。良いな」
これ以上言葉を交わすことは無意味。
説得も箴言も無用。
そう判断した文人は、娘に一瞥もくれずに退室して往く。
一人残された綾緒は、理解の及ばぬ状況に心がついて往かず、反駁も疑問も口に出せなかった。
何故、愛しい兄の為に行動した自分が叱責されるのか。
何故、愛しい兄への想いを説明した途端にこうなるのか。
父親が諧謔を好まぬ人間だとは知っている。
だからこそ、降って沸いた婚約の解消に呆然とする。
その決定が覆らないことを知っているから。
あの人は何故、急に婚約破棄をさせるのか。
愛しているから、尽くしたい。
愛しているから、料理をしてあげたい。
愛しているから、掃除をしてあげたい。
愛しているから、洗濯をしてあげたい。
愛しているから、ひとつになりたい。
愛しているから、不安や不満を解消してあげたい。
あれは。
血の交換は。
将来、一定以上の血統を持つ人間と交わる時に、引け目を感じないようにと考えた結果だ。
契って後、子を為した時、その子に血統を誇って貰うためでもある。
つまり、奉仕の一部でしかないのだ。
食事を作り、清掃をする。
それらとなんら変わらない“御世話”の一環なのだ。
何故それが理解できないのだろう?
父は今まで、自分を良く出来た女と評価していたはずだ。
それは、喩えるならば、料理で尽くす事を褒めておいて、掃除でも尽くしたら途端に“悪”と罵られる
ようなものだ。
何でそうなるのだろう。
綾緒には判らなかった。
その中で一つだけ理解できたこと――
それを彼女は口にする。

「・・・・とうさま、貴方は、綾緒の“敵”なのですね――」

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