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217 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/25(金) 13:51:21 ID:New87wiq
合わせ鏡は、悪魔を呼ぶことができる魔術だという。
ならば、その鏡を割ってしまえばいい。


現れた瑞希は、私と同じ服を着ていた。こげ茶のタートルネックのワンピース。オフホワイトの
ショール。
違うのは、胸元にブローチをしているかどうかだけだ。
私のしているのは、安物の、薔薇が籠に入ったデザインのブローチ。
高校生のこーたが、誕生日にくれたプレゼント。
……そう、私達の違いなど、このブローチぐらいなのだ。

「水樹」
不思議なことに、瑞希の顔には憎しみも狂気も見出せなかった。
ただ、一仕事終えた後の疲れだけがあった。
「瑞希」
お互いの名前を呼んで、それで全てが終わる。会話などなくとも、これからすべきことをお互いに
わかっている。
「水樹、ごめんね」
ほんのすこし、悲しげに眉根を寄せ、瑞希は手鞄から包丁を取り出した。私に向かって構えたまま
手鞄をそっと地面に置く。
瑞希は、私を殺さなくてはならない。きっと、彼女はそれを望んだわけではないのだろう。
彼女は私と換りたかったけれども、私自身を殺すことを望んだわけではない。
しかし、今の状況では、私を殺さないと私に換れない。だから、仕方なく決断したのだろう。
私は、その決断を憎んだりはしない。
それに、私と瑞希は同じなのだから、瑞希が私を殺しても、どうせ、自殺にしかならない。
罪になるほうがおかしいのだ。
そして、それは、逆も、同じ、だから。



218 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/25(金) 13:52:21 ID:New87wiq
ゆっくりと退る。瑞希が、じりじりと私に迫る。
さらに退る。屋上の端、金網を背にして、追い詰められるように、退る。
さっき、瑞希が来る前にした細工が、うまくいってくれるといいけど。
願いながら、足を止める。ゆるく、手を広げた。

それが合図のように、瑞希は走り、包丁を突き出した。
一息で息の根を止められても困るので、その手を掴む。この行動は瑞希も織り込み済みだろう。
そもそも、瑞希のシナリオは、「包丁を取り出した瑞希ともみ合っているうちに、水樹である
自分が瑞希を誤って刺してしまった」というものなのだろうから。
私は、もみ合いながら、瑞希の背が金網の方を向くように位置を入れ替えて。


……そのまま瑞希を抱き寄せた。
ナイフが刺さる。熱くて何かが流れ出る感覚。痛みは、既にどうでもよくなっていた。
瑞希の目に私が映っている、その目には、きっと瑞希が映り、その瑞希には私が映っているの
だろう。
どこまでも、どこまでも、理論上は有限だけど、私達には無限に見える、合わせ鏡のように。



219 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/25(金) 13:53:56 ID:New87wiq
ねえ、瑞希。
私はあなたと自分が違うと思っていた。
鏡に映った自分の影のように、右と左が逆なのだと。
でも、それは違った。
合わせ鏡の中で、無限に続く自分のように、右も左も私もあなたも同じなのだ。
瑞希が自分とこーたを阻む者を排除したように、私もそれを望んでしまった。
こーたが、一度、私を異性として好きだと思ったならば、もう一度、好きだと思ってくれる
かもしれない。その考えが頭から離れなくなってしまった。
あの夜、奇しくもあなたと同じことを考えていた。私は一晩中、伯父さんと伯母さんを殺す
方法を考えていたのだ。
だから、伯父さんと伯母さんが死んだ時に私が抱いた感覚は、歓喜だった。あれだけ恩を
受けた人が死んだと言うのに、まず私の頭に浮かんだのは、これで私とこーたの真実を知る
者がいなくなったという事実だった。こーたの悲しみさえ、思いやれなかった。
それに、私は涙した。もう、こーたのことではなく、自分のことしか考えられなくなった
自分を知ったから。
きっと私はもう、姉には戻れない。こーたが他の人と恋をすることも、結婚することも、父親
になることも、望めない。相手を追いやって、壊して……消して、しまいたいと願っている。
そしてきっと、最後にはこーたを傷つける。
ならば、できることは一つ。



220 :合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw [sage] :2008/01/25(金) 13:54:36 ID:New87wiq
一瞬、彼女は私の行動が理解できなかったのだろう。瑞希の目が大きく見開かれる。
顔が強張り、体が硬直した。
その一瞬だけで、私には足りた。
瑞希を引き寄せ、そのまま、瑞希の背中を、屋上を覆う金網に渾身の力を
込めて叩きつける。
金網は、二人分の体重を受けてゆっくりとかしぎ、形だけ留まっていたボルトが、コトン、
コトン、と小さな音と共に落ちた。
瑞希は私を突き放そうとあがく。でも、私は、全身の力を振り絞って、彼女を押し続けた。
ナイフが瑞希の体に押されて、さらに深くささるのがわかる。温かい液体が、次から次へと
溢れていく。それでも、私は瑞希を押し続けた。
前は負けたけど、今度は、負けるわけにはいかない。
大きな音がして、金網が外れた。瑞希の片足が、ビルの縁から外れる。
きっと、次の瞬間には、私達は空中へと投げ出される。
私は今、どんな顔をしているのだろう。


ああ、これで、全てが終わる。
こーたを傷つける者から、こーたを守ってあげるのが、姉として、最後にできること。
そう、瑞希と……水樹から。


だから、さよなら。